異世界喰種   作:白い鴉

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いつの間にかお気に入り件数が七百件を超えてました……。自分でも驚きの数です。これからも頑張って執筆を続けたいと思います。


第七話 舞踏

 フーケを捕まえた後、金木達は学院に戻りオスマンに報告をした。

「ふむ……。ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとはな……。美人だったので、なんの疑いもせず秘書に採用してしまった」

「一体、どこで採用されたんですか?」

 隣に控えたコルベールが尋ねた。

「街の居酒屋じゃ。私は客で、彼女は給仕をしておったのだが、ついついこの手がお尻を撫でてしまってな」

「で?」

 コルベールが促すと、オスマンは照れたように告白した。

「おほん。それでも怒らないので、秘書にならないかと言ってしまった」

「何で?」

 コルベールが本当に理解できないという口調で尋ねる。

「カァーッ!」

 すると、オスマンは目をむいて怒鳴った。とても年寄りとは思えない迫力である。できればこんな所で発揮してほしくないほどだ。それからオスマンはこほんと咳をして、真顔になった。

「おまけに魔法も使えるというもんでな」

「死んだ方が良いのでは?」

 コルベールがぼそりと本音を呟いた。オスマンは軽く咳払いをすると、コルベールに向き直り重々しい口調で言う。

「今思えば、あれも魔法学院に潜り込むためのフーケの手じゃったに違いない。居酒屋でくつろぐわたしの前に何度もやってきて、愛想よく酒を勧める。魔法学院学院長は男前で痺れます、などと何度も媚を売り売り言いおって……。終いにゃ尻を撫でても怒らない。惚れてる? とか思うじゃろ? なあ? ねえ?」

 コルベールは、それを聞いてはっとした表情を浮かべた。実はフーケに、物理攻撃に弱いという宝物庫の壁の弱点を教えてしまったのは彼なのである。それもオスマンがやられたのと同じような方法で、だ。

 コルベールはその一件は自分の胸に秘めておこうと思うと、オスマンに合わせた。

「そ、そうですな! 美人はただそれだけで、いけない魔法使いですな!」

「その通りじゃ! 君は上手い事を言うな! コルベール君!」

 ルイズとキュルケ、タバサの三人は呆れた表情で二人を見ていたが、美人に騙された経験のある金木だけは何とも言えない表情を浮かべていた。

 生徒達のそんな表情に気付き、オスマンは照れたように咳払いをすると、厳しい顔つきに変わった。

「さてと、君達はよくぞフーケを捕まえ、『破壊の箱』を取り返してきた」

 誇らしげに、三人が礼をした。金木もそれにならって、小さく礼をする。

「君達のシュヴァリエの爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。と言ってもミス・タバサはすでにシュヴァリエの爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請しておいた」

 金木を除いた三人の顔が、ぱっと輝いた。

「本当ですか?」

 キュルケが驚いた声で尋ねると、

「本当じゃ。良いのじゃ、君達はそのぐらいの事をしたんじゃから」

 オスマンがそう言うのを聞いてから、ルイズは横の金木をちらりと見てオスマンに尋ねる。

「オールド・オスマン。カネキには、何もないんですか?」

「残念ながら、彼は貴族ではない」

 すると金木は両手をパタパタと振りながら遠慮するように言った。

「興味はないですし、別に良いですよ」

 金木の言葉を聞いてから、オスマンが手をポンポンと叩いた。

「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。この通り、『破壊の箱』も戻って来たし、予定通り執り行う」

 それを聞いて、キュルケの顔がぱっと輝いた。

「そうでしたわ! フーケの騒ぎで忘れておりました!」

「今日の舞踏会の主役は君達じゃ。用意をしてきたまえ。精々、着飾るのじゃぞ」

 三人は礼をするとドアに向かったが、金木だけは何故かその場から動かない。

 ルイズが金木をちらりと見つめると、金木は笑みをルイズに向けながら言った。

「先に行ってて」

 その言葉を聞いてもルイズは心配そうに金木を見つめたまま動かなかったが、やがてこくりと頷くと扉を開けて部屋を出て行った。ルイズ達が出て行くの確認すると、金木の意図を知っているかのようにオスマンが口を開いた。

「何か、私に聞きたい事がおありのようじゃな」

 金木は無言で頷いた。

「言ってごらんなさい。できるだけ力になろう。君に爵位を授ける事は出来んが、せめてものお礼じゃ」

 そう言うとオスマンは二人のやり取りを見守っていたコルベールに退室を促した。わくわくして金木の話を待っていたコルベールは、項垂れて渋々と部屋を出ていった。

 コルベールが部屋を出るのを確認すると、金木がオスマンを真っ直ぐ見据えて尋ねた。

「あの『破壊の箱』は、この世界の物じゃありません。僕の世界にあった武器です」

 僕の世界、という言葉を聞いて、オスマンの目が光る。

「ふむ。君の世界、とは?」

「僕は、この世界の人間じゃありません」

「本当かね?」

「はい。僕はルイズちゃんの召喚で、違う世界からこの世界に呼び出されたんです」

「なるほど。そうじゃったか……」

 オスマンはそう呟きながら、目を細めた。

「そもそもあれは、『破壊の箱』なんて名前じゃありません。僕達の世界では……クインケと呼ばれていました」

 喰種達の宿敵、CCG捜査官が使う武器。 

 喰種だけが持つ臓器、赫胞(かくほう)から造り出された兵器……それがクインケだ。

 しかもあの破壊の箱と呼ばれていたクインケはただのクインケではない。ゴーレムを一瞬で粉々にした破壊力から見て、恐らく相当な実力を持つ喰種から造り出されたのだろう。それを持つ人間も、かなりの実力者だったに違いない。それが誰かを知るために、金木はオスマンに対して質問を発した。

「あのクインケを持っていたのは、誰なんですか?」

 それを聞くと、何故かオスマンはため息をついた。

「あれを私にくれたのは、私の命の恩人じゃ」

「その人はどうしたんですか? クインケを持ってたって事は、きっと僕と同じ世界の人間のはずです」

「死んでしまった。今から、三十年も昔の話じゃ」

「なっ……!?」

 オスマンの口から放たれた事実に、金木は思わず目を見開いてそんな声を出す。驚愕している金木を見ながら、オスマンは悲しそうな表情を浮かべて語り出した。

「三十年前、森を散策していた私はワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのがあの破壊の箱の持ち主じゃ。彼は破壊の箱を使ってワイバーンを吹き飛ばすと、ばったりと倒れおった。怪我をしていたのじゃ。しかも相当深い怪我をの。私は彼を学院に運び込み、手厚く看護した。しかし、看護の甲斐なく……」

「……死んで、しまったんですか」

 オスマンはゆっくりと頷いた。

「私は、彼が使った武器を『破壊の箱』と名付け、宝物庫にしまい込んだ。恩人の形見としてな……」

 その時の事を思いだしているのか、オスマンは遠い目になった。

「彼はベッドの上で、死ぬまでうわ言のように繰り返しておった。『ここはどこだ。元の世界に帰りたい。そして、奴らを皆殺しに……』とな。奴らというのは分からんが、きっと彼は君と同じ世界から来たんじゃろう」

 それを聞いて、金木は顎に手を添えてその捜査官の事を考え始めた。

 その捜査官が言っている奴らというのは、十中八九喰種で間違いないだろう。捜査官には家族や仲間を殺された恨みから、喰種に対して強い殺意や敵意を持つ者も少なくない。オスマンが最期を見届けた捜査官も、喰種に対しては相当強い殺意を抱いていたのだろう。それから金木はオスマンに視線を戻すと、こんな質問をした。

「誰がその人をこっちに呼んだか、分かりませんか?」

 クインケの持ち主がハルケギニアに現れたという事は、自分と同じように誰かから召喚されてこちらに来たという可能性も考えられる。しかしオスマンは首を横に振りながら、

「それは分からん。どんな方法で彼がこっちの世界にやって来たのか、最後まで分からんかった」

「……そうですか」

 それを聞いて、金木は小さく項垂れた。そんな金木の左手を、オスマンが掴んだ。

「おぬしのこのルーン……」

「……そうだ、これも聞きたかったんです。このルーンが光ると、何故か武器を自在に使えるようになるんです。剣だけじゃなくて、あのクインケまで……」

 オスマンは金木に話そうかどうかしばし悩んだ素振りを見せた後に、ようやく口を開いた。

「これなら知っておるよ。ガンダールヴの印じゃ。伝説の使い魔の印じゃよ」

「伝説の使い魔の印……ですか?」

「そうじゃ。その伝説の使い魔はありとあらゆる『武器』を使いこなしたそうじゃ。『破壊の箱』を使えたのも、そのおかげじゃろう」

 金木は自分の左手に刻まれたルーンをじっと見つめながら、オスマンに聞く。

「どうして、僕はその伝説の使い魔なんかになったんでしょうか」

「分からん」

「……分からない事だらけだ」

「すまんの。ただ、もしかしたらお主がこっちの世界にやって来た事と、そのガンダールヴの印は、何か関係しているのかもしれん」

「………」

 金木はオスマンの言葉を聞きながら、左手のルーンから視線を外した。

 すると、オスマンが金木の顔をまっすぐ見て言った。

「それで……。実はわしからも君に一つ聞きたい事があるんじゃが、構わないかの?」

「……? はい」

 金木が何の事だろうと思いながら頷くと、オスマンは真剣そのものの表情で続ける。

「君はギーシュ・ド・グラモンと戦った時、青銅のゴーレムを蹴り飛ばしたじゃろ? ……正直言って、あんな事は普通の人間には不可能じゃ。もしかしたら君には、ガンダールヴ以外に何か特別な力があるんじゃないのかね?」

「………っ」

 それを聞いて、金木はぐっと拳を握りしめた。それからこの老人に本当の事を話すか迷った後、事実を話す事にした。短い間に話しただけだが、この老人にならば本当の事を言っても誰にも話さないだろうと思ったからだ。金木はオスマンの目を真っ直ぐ見据えて、口を開く。

「……僕達の世界には、喰種(グール)という生き物がいるんです」

「グール? この世界では、それは吸血鬼に血を吸われて動く屍になった者の事じゃが……それと同じものかね?」

「いいえ、違います。僕達の世界ではその生き物は屍じゃなくて、ちゃんと生きてます。そして何よりも人と違うのは……人を食べる事」

「人を……」

「はい。恐らくオスマンさんを助けた人は喰種を殺す人間……喰種捜査官だと思います。クインケはそもそも喰種を殺すための物ですし、それを持てるのは基本的に捜査官しかいませんから」

「しかし、それが君と一体どういう関係が………。……まさか……」

 オスマンは何かに気付いたようにはっと目を見開き、金木を見つめた。金木は悲しそうな笑みを浮かべて、自分の正体を告げる。

「僕も、喰種なんです」

 そう言うと、オスマンはじっと金木の顔をまっすぐ見た。金木もオスマンの顔から視線を逸らさずに、話を続ける。

「今まで黙っててすいません。何か問題があるというのなら今すぐここから出て行きますし、僕を殺すというのならそれでも構いません」

「………君は、それで良いのかね?」

 そんな金木の言葉を奇妙に思ったのか、オスマンが静かな口調で尋ねた。金木はあはは……と笑いながら、

「……こんな化け物と一緒にいたらみんな怖がるでしょうし、ここで死んでも、僕にはもう帰る場所も待ってくれる人もいない。だから問題は無いですよ」

 あんていくも、芳村も、入見も、古間も。自分は自分が守りたかったもの全てを失った。それなのに生きていくのは、正直言って辛すぎる。拾った命を無駄にするのはもったいないかもしれないが、運命だと思って受け入れるしかないのかもしれない。

 金木がそんな事を考えていると、オスマンは一つため息をついてから金木に言った。

「出て行けなど言わんよ。君を殺すつもりもない。君には今までと同じように、ここにいてもらう」

 その言葉に驚いたのは金木の方だった。彼はオスマンを驚いた表情で見ながら、

「ど、どうしてですか? 僕は喰種ですし、ここにいたら……」

「わしはそう思わんよ。もし君が本当にそんな危険人物なら、今頃生徒の一人か二人が君の胃袋に収まっているだろう。だが君はこの学院の生徒には誰一人手を付けておらん。それは、君に人を殺して食べる気が無いという事じゃろう? これはわしの想像じゃが……恐らくその喰種とやらは、別に生きた人間じゃなくても良いのではないかのう。死んだ人間を食べても問題はないんじゃないのかね?」

「それは……そうですけど」

「さすがに生きた人間を殺して食べるのであれば話は別じゃが、死んでしまった人間まで食べるなとは言えんよ。それは今生きている君にとって、あまりに傲慢すぎる。まぁ、残された者から見たらあまり気分が良い話ではないかもしれんが。……そして何より君は、生きている人間を殺すつもりはない。そんな人間を学院から追い出すつもりも、殺すつもりもわしにはない」

「だ、だけど僕は……」

「カネキ君」

 そこでオスマンは、初めて金木の名前を呼んだ。オスマンは金木の戸惑いの表情を真っ直ぐ見据えながら、何の偽りもない言葉を紡ぎだす。

「化け物と言うのはな、人を殺してもなんとも思わない者の事を言うのじゃよ。そして君のように人を思いやる心を持つ者は化け物とは言わん。だからそれ以上自分を追いつめるような事を言うのはやめなさい。それは誰よりも、君自身に失礼じゃよ」

「………」

 金木は反論しようとしたが、目の前の老人の言葉に何も言い返せなかった。とぼけた所を見せているが、やはり魔法学院の学院長を名乗るだけあってその言葉には力がある。オスマンは真剣な表情からにっこりと笑顔になって、

「例え周りの人間が化け物と言っても、君の味方になってくれる人は必ずおる。わしもその内の一人じゃ、カネキ君」

 そう言ってから、オスマンは金木を抱きしめた。

「よくぞ恩人の箱を取り戻してくれた。改めて礼を言うぞ」

「はい……」

 金木は小さな声で返事をした。

「お主がどういう理屈で、こちらの世界にやって来たのか、私なりに調べるつもりじゃ。でも……」

「でも、何ですか?」

「何も分からなくても、恨まんでくれよ。なあに。こちらの世界も住めば都じゃ。嫁さんだって探してやる」

「……恨みませんよ、そんな事で」

 金木はそう言うと、オスマンから離れてぺこりと一度お辞儀をした。それから背中を向けて、学院長室から出て行った。金木が出て行ったのを見送ってから、オスマンは学院長室の机に座ると、ふーと長いため息を漏らした。

「喰種、か……。それにしても、彼の秘密はそれだけではないような気がするが……」

 オスマンがそう言った根拠は、金木の目にあった。彼の目には様々な感情が渦巻いていたが、その目は孤独に酷く怯えているようだった。恐らく彼はここに来るまでに、長年生きてきた自分でも想像がつかないぐらいの悲劇に苛まれてきたのだろう。そうでなければ、あんな目には到底ならない。

 しばらく黙って天井を見上げていると、机の上に小さなハツカネズミが現れた。オスマンの使い魔、モートソグニルである。オスマンはポケットからナッツを取り出すと、モートソグニルに与えた。ちゅうちゅうと嬉しそうにナッツをかじる使い魔の頭を優しく撫でながら、オスマンは呟いた。

「例え違う世界の人間であっても、彼には幸せになって欲しいのう……。なぁ、モートソグニルや」

 

 

 

 

 

 アルヴィーズの食堂の上の階が大きなホールになっており、舞踏会はそこで行われていた。金木はバルコニーで、華やかな会場をじっと見つめていた。

 中では着飾った生徒や教師達が豪華な料理が盛られたテーブルの周りで歓談している。金木は外からバルコニーに続く階段からここまで上ってきて、中を眺めているのだった。金木のそばの枠にはシエスタが持ってきてくれた肉料理の皿とワインの瓶がのっかっていたが、金木はそれらにまったく手を付けていない。

「なんでぇ相棒、食わねえのか?」

「……喰種は、人間が食べられる物は食べられないんだよ。僕達が食べられるのは、基本的に人肉だけだ」

「へぇ、不便だねぇ喰種っていうのは。」

 バルコニーの枠に立てかけているデルフがのんびりとした口調で言った。今この場にいるのは、金木とこの剣だけである。

 先程までは綺麗なドレスに身を包んだキュルケが金木のそばにいて、なんやかんやと話しかけてくれていたのだが、パーティが始まると中に入ってしまった。彼女は今、ホールの中でたくさんの男に囲まれて笑っている。キュルケは金木に後で一緒に踊りましょ、と言っていたが、あの調子では何人待ちになるか分からないだろう。

 黒いパーティドレスを着たタバサは、一生懸命にテーブルの上の料理と格闘している。

 それぞれに、パーティを満喫しているようだ。

 金木がそれらの様子を見てため息をつくと、デルフが再び声を発する。

「ため息が多いな、相棒。元の世界の事を思いだしてんのか?」

 デルフの言葉に、金木はコクリと頷いた。この剣に自分が違う世界の住人だとは一言も話していないはずなのだが、大方先ほどのオスマンとの話を聞いていたのだろう。

「変だよね。もう帰る場所も、待ってる人もいないのに、元の世界の事を思いだすなんて……」

 すると、デルフはしばらく黙りこんでから再び口を開いた。

「なぁ相棒。お前さんには本当に、帰る場所も待ってる人もいないのか?」

 金木は少し驚いたような表情を浮かべ、それから悲しそうな笑みを浮かべてからデルフに視線を向けた。

「……いないよ。だって僕は間に合わなかったんだ。大切なものを守る戦いに。今頃、あんていくは無くなっちゃってるよ……」

「その目で見たのか?」

 立て続けに繰り出されたデルフからの質問に、金木は思わず言葉を詰まらせた。

「……見てない、けど」

「だったら、まだ可能性はあるんじゃねぇのか? 確かに相棒は間に合わなかったのかもしれないけど、直接見たわけじゃねぇんだろ? だったら絶望するのはまだ早いと思うがね」

「………」

「それに、だ。案外待ってる人間はもういなくなったって思っても、案外ちゃんといるもんだぜ、そういう人間は。相棒にも、一人ぐらいいるんじゃねぇの? ……例えどんだけ時間がかかっても、お前さんの帰りを待ってる人間が、さ」

「……そんなの、いるわけ……」

 そう言いかけた金木の脳裏に、ある人物の顔と言葉が思い浮かんできた。

 ――――お前なんかあんていくに帰ってくるな!!

 ――――なんで、そんなんなっちゃったのよ……。

 それらを思い出して、金木は思わずあっ、と声を出した。

「いるのか?」

「……いや、分かんないよ。彼女とは喧嘩別れみたいになっちゃったし……」

「だけど、待ってないって言われたわけじゃないんだろ? ……それを確かめるにも、相棒はそいつに会わなきゃならないんじゃねえのか?」

 それを聞いて、金木は再び黙り込んだ。

 あの時の彼女は、今にも泣きだしてしまいそうな表情をしていた。もしかしたら彼女は、口ではああ言っていたが、本心では金木に自分達の所に帰ってきてほしかったのではないだろうか。

 この世界に来る前の戦いでは、彼女はあの戦いに参戦していなかったはずだ。だとすると、あの少女は今も元の世界で生きている可能性が大きい。ならば、彼女は今も自分の帰りを待っててくれているのだろうか。

 ……もしも本当にそうだとするならば。あの少女が、自分の帰りを待っててくれているのだとしたら。

 例えどんなに小さな可能性だとしても、その可能性が残っているのだったら。

 金木はぐっと拳を握ると、デルフに言った。

「……デルフ。決めたよ。僕は……」

 と、ちょうどそんな時、門に控えた呼び出しの衛士がルイズの到着を告げた。

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~り~!」

 現れたルイズは、長い桃色がかった髪をバレッタにまとめ、ホワイトのパーティドレスに身を包んでいた。肘までの白い手袋がルイズの高貴さをいやになるぐらい演出し、胸元の開いたドレスが作りの小さい顔を、宝石のように輝かせている。

 主役が全員揃った事を確認した楽士達が、小さく流れるように音楽を奏で始めた。ルイズの周りにはその姿と美貌に驚いた男達が群がり、さかんにダンスを申し込んでいる。今までゼロのルイズと呼んでからかっていたノーマークの少女の美貌に気付き、いち早く唾をつけておこうという事だろう。

 ホールでは貴族達が優雅にダンスを踊り始めた。しかしルイズは誰の誘いをも断ると、バルコニーにいる金木に気付いて近寄ってきた。

 ルイズは金木の目の前に立つと、腰に手をやって首を傾げる。

「楽しんでる……ようには見えないわね」

「まぁね……」

 金木は苦笑しながらそう答えた。デルフがルイズに気付き、「おお、馬子にも衣装じゃねぇか」とからかうような口調で言う。

「うるさいわね」

 ルイズは剣を睨むと、腕を組んで金木の顔をじっと見据える。

「ルイズちゃんは踊らないの?」

「相手がいないのよ」

 ルイズはやれやれと言うように肩をすくめると、金木にすっと手を差し伸べた。

「だから……踊ってあげても、よくってよ」

 目を逸らして、ルイズは少し照れたように言った。

 突然のルイズの台詞に金木は戸惑ったが、やがて柔らかな笑みを浮かべながら答えた。

「喜んで」

 そして、ルイズの手を握ると二人は並んでホールへと向かった。

 ダンスなどした事のない金木だったが、ルイズはその事を予測していたのか「わたしに合わせて」と言って金木の手を軽く握った。金木は見よう見まねで、ルイズに合わせて踊り出す。ルイズは金木のぎこちない踊りに文句をつけるでもなく、澄ました顔でステップを踏んでいる。流石に彼女の方は貴族なだけあって、こういう事には慣れているらしい。

「ねぇ、カネキ」

 ルイズは軽やかに優雅にステップを踏みながら、金木に呟く。

「何?」

「あんたは、元の故郷に帰りたいの?」

 金木はぎこちないステップを踏みながら少しの間黙ってから、口を開いた。

「うん。帰りたい」

「でも、ちょっと前はそうでもなかったみたいだけど?」

 そう言われると、金木は苦笑して、

「確かにそうかもしれないけど……。でも今は、帰りたいと思う。僕の帰りを待ってる人が、いるかもしれないんだ」

 全てを失った自分を待っているかもしれない存在。

 自分に色々な事を教えてくれた少女……霧嶋(きりしま)菫香(とうか)

 いや、彼女だけではない。それ以外にも、自分を待っている人達がいるかもしれない。

 あんていくは無くなってしまったが、そこにいた全ての人達も全員いなくなってしまったわけではないかもしれない。それを確かめるためにも、自分は元の世界に帰る必要がある。

 そして、もしもまだ自分の大切なものが全て無くなっていしまったわけではないとしたら……、いつかは彼らのいる場所に帰りたいと、金木は強くそう思っていた。

 そのためにはまず、自分の世界に帰る必要がある。 

 だから金木は、目の前のルイズに言った。

「元の世界に帰るための手段は探すけど、さすがに簡単には見つからないと思うから、しばらくは君の使い魔をするよ。それまでは……君を護る」

「……そう」

 ルイズは小さく呟くと、しばらく無言で踊り始めた。

 それからルイズは少し頬を赤らめると、金木の目から目を逸らした。そして、思い切ったように口を開く。

「ありがとう」

「え?」

 金木は不思議そうな表情を浮かべると、ルイズは何かを誤魔化すように呟いた。

「その……、フーケのゴーレムに潰されそうになった時に、助けてくれたじゃない」

 ああ、と金木はその言葉を聞いて、その時の事を思い出した。

 楽士達がテンポの良い曲を奏でだした。金木はその演奏を聞きながら、ルイズに柔らかい表情を向ける。

「気にしないでよ。当然だから」

「どうして?」

「だって僕は、ルイズちゃんの使い魔でしょ?」

 金木はそう言いながら、ルイズと一緒に踊り続けた。

 

 

 そんな様子をバルコニーから眺めていたデルフが、こっそりと呟いた。

「おでれーた!」

 二つの月がホールに月明かりを送り、蝋燭と絡んで幻想的な雰囲気を作り上げている。

「相棒! てーしたもんだ!」

 踊る相棒とその主人を見ながら、デルフはひたすら驚いたように繰り返す。

「主人のダンスの相手を務める使い魔なんて、初めて見たぜ!」

 

 

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