終わってしまえばそれっきり。ぼくと胡桃ちゃんは、そんな思い出を、寂しいなって、思うんだ。
{①}
賑やかで活気のある人の波、ここ、宮守女子は割りと田舎の高校ではあるけれど、さすがに文化祭ともなれば、それなりに人がやってくるものだ。
少なくとも、全校生徒全員の家族や地元の人、それからそもそもこの高校の生徒達で、常時数百人はこの高校の中にいるんだろう。うん、そうやって計算してみるとなかなかすごいな。
さて、考え事をしながらの道中を終え、ようやく目的地に到着した。そう、宮守女子の一クラスが担当する出しものである。
このクラスの出し物は喫茶店だ。出し物はいくつかあるが、喫茶店はここ1つだけである。そして、ぼくはそれを目当てにこの文化祭に来た、と言ってもいい。
入り口ではウェイトレス姿の少女が呼び込みをしている。今はマダ十時ほど、昼食に人が集まることが予想される喫茶店は、今のところ静かなものだ。
当然、中で動き回っている少女たちにも時間の余裕が有るわけで、ぼくはそれを当てにしてこの時間にここへ来た。
顔見知りであった少女と軽く談笑しつつ中へ案内されて、その少女がある一人の女の子の名前を呼んだ。
「はーい」
と声がして、ぼくが席につくと同時に、その少女がぼくの下へとやってくる。
――人形のような少女に、西洋風のミニスカートは、どこか異質さを持ちながらも、綺麗に噛み合っている。この女の子はどちらかと言うと和風の装いが似合うのだけど、これはこれで、といった良さがある。
なんというか、白いふりふりが非常に子どもらしい愛らしさを出していて、非常にいいのだ。この子は非常に背が小さい――130cmである、確か小学校の頃からほとんど変化はなかった気がする――ので、こういった子どもらしさを全面に押し出す服が、非常に似合うのである。
「聞こえてるから!」
うわ!
いきなりお盆で叩かなくてもいいじゃないか、胡桃ちゃん!
「いきなり目の前でトランスするほうが悪い! ちゃんと人目を気にする!」
ごめんなさーい。まぁでも胡桃ちゃん――この子は鹿倉胡桃ちゃんというのだ――の良さはぼくが一番良く知ってるから、一番語りたくなっちゃうのも仕方ないよね!
「何をいうかな!」
どうどう。
「怒るよ!」
あぁもうかわいいなぁ。両手をぶんと振り上げて、威嚇するようにしている胡桃ちゃんは、いつもの十倍可愛い。いつもが百万可愛いパワーだったら、今は一千万可愛いパワーだね。
「聞こえてるから!」
おっといけない。そうだよね、胡桃ちゃんは元から可愛いパワー無限大だったね。
「相変わらずずうずうしいなぁ」
胡桃ちゃんも割りとズバズバ切り込んでくるタイプだよね。
「それが自慢……!」
胡桃ちゃんのチャームポイントだね。
「ちゃ、チャームポイントはちょっとおしゃれ過ぎないかな。言葉が」
そうかな?
「そうだよ」
まぁ何にせよ、今日の胡桃ちゃんはかわいいよ、ぼくがチャームされちゃいそう。
「ほ、ほんとに今日はぐいぐいくるなぁ」
お祭りだからね、好きな子にいいところ見せたいのは仕方ないと思うよ。
それにしても胡桃ちゃんはかわいいなぁ、ちょっと照れて顔が赤くなってる。
「それでそれで、ご注文は?」
ん、そーだねぇ。昼はもうちょっとガッツリ行きたいから、とりあえずドリンクだけもらおうかな? あ、そうそう、これも忘れちゃいけないよね?
「ん?」
胡桃ちゃん一人プリーズ。
「な、何言ってるの! っていうか塞も乗らないでよ!」
一家に一人胡桃ちゃん、世界の常識だよ?
「変なこと言わない!」
はーい。
{②}
ちなみに胡桃ちゃんはテイクアウト限定でした。というかぼくが来た時点ですでに休憩時間で、そのまま一緒に外を見て回ることになりました。
ちなみに現在もウェイトレス姿は継続中である。喫茶店の宣伝を兼ねてるからね、胡桃ちゃんの可愛さがあれば多分集客率はとんでもないことになってると思う。
「いやー、シロたちのクラス、すごかったね。お化け屋敷!」
そんな訳で、現在は丁度先ほど胡桃ちゃんと一緒に見てきた白望ちゃん達のクラスが行なっているお化け屋敷に行ってきたのである。
高校のお化け屋敷がなんだー、と二人で笑い合っていたのだけど、思ったよりもクオリティの高いお化け屋敷であったのだ。
「いやー、エイちゃんが片言でうらめしやーってやって、こっちの毒気を抜いた後にシロがいきなり現れるんだから怖いよねー」
白望ちゃんっていつもダルダルしてるから生気がなくって、ああいう場所だと地味に強いんだよね。
エイスリンちゃんで油断させて、その後いきなり脅かして、出入り口付近だったからこれで終わりかな? って完全に気を抜かせてからぬぅ、ってね。うん、すごかった。
……何がって、胡桃ちゃんがなんか顔を青白くさせて黙っちゃったところ!
「う、うるさいなぁもう!」
胡桃ちゃんって、あんまり動じないイメージがあったんだけど、リアクションが顔に出ないだけなんだね。
「どうだろ、驚いた時は割りと顔に出るし」
いつも笑ってる感じだから、感情の振れ幅がそんなに変にならないんだよ。なんて言うかな、いつだって丸っこい胡桃ちゃんが、どんだけコロコロ表情を変えても、丸っこくて可愛いことは変わらないってことだよね。
「それはわかったけどさ、かわいいって言いすぎ!」
えー、いつものことじゃん。
「今日は特に鬱陶しいよ!」
いやさ、胡桃ちゃんがいつも以上に可愛いから、ぼくとしてはいつも以上に張り切って可愛いって言わなくちゃいけないかな―って。
「張り切り過ぎじゃないかな……」
うむ、若干困り顔の胡桃ちゃんも可愛いね!
「……ドン引きしていい?」
ご、ご褒美でっす……!
「もうやだー」
軽く半べそ書くようにしながら走りだす胡桃ちゃん。ぼくはそれを微笑みながら追いかけるのであった。
{③}
「でさー、シロがね、いつもみたいにダルってなっちゃって、それで塞がねー」
うん、うん。
「それからエイちゃんと豊音の方も大変で、どうしたらいいのさーって」
アハハ、みんな自由だね。
「それが私達のいいところでもあるんだけどさ」
うん、すごく楽しそうで、聞いてるこっちまでその場所で一緒に楽しんでるみたい。ぼくも一緒にいたかったなぁ。
「その時に丁度タイミング悪く風を引いちゃうのが悪いと思うな!」
ごめんねぇ、どうしても行きたかったんだけど。それに解散早めてまでぼくんち来てもらっちゃって、申し訳なかったなぁ、あの時。
「いいのいいの、困ってる時は助けなくちゃ、仲間じゃないでしょ」
仲間……かぁ。
うん、そうだね。
ぼくがなんとなくしんみりした様子でいうと、胡桃ちゃんはそれを見ておかしそうに笑った。
「なにしみじみしちゃってるの? らしくないよ」
……多分、それは今、言葉にしなくても良かったんだと思う。ぼくと胡桃ちゃんは、それなりに長い間、交流を続けてきた仲で、そんなこと、聞かずとも分かることなのに。
ぼくは、それでも胡桃ちゃんに、問いかけずにはいられなかった。笑ってそんなことを言う、胡桃ちゃんに向けて、一言。
それは、胡桃ちゃんも同じじゃないの? ――って。
「……」
そうしたら、胡桃ちゃんはその場に立ち止まって黙ってしまった。
――ここは未だ変わらず、宮守女子の文化祭会場、その廊下である。違いが在るとすれば、今がもう午後である、ということか。
そう、午後である。もうすぐ文化祭も終了だ。人はまばらで、ぼくらの周りを、行き交う人はほんとうに少ない。
行き交う人も、ほとんどはこの高校の生徒だ。もしかしたら外部からのお客は、全員はけてしまったのかもしれない。いや、さすがにそれはないけどさ。
「…………文化祭、もうすぐ終わっちゃうね」
ぽつりと漏れた胡桃ちゃんの言葉、ぼくはそれを振り返りながら聞いていた。二人の視線が合わさって、ぼくはなんとなく、気恥ずかしくなって頬を掻いた。胡桃ちゃんの視線は、それだけまっすぐぼくに、向かっていたのだ。
「トヨネがね? インハイの団体が終わった後に、対局した人たちのサインをもらってきたんだ。私達と一緒にインハイっていうお祭りに参加して、そのサインはお祭りが思い出になった時の、記念になるんだって」
思い出の、記念――印って、ことだよね。証を残して、けどそれって……
「……うん、私ね、思ったんだ。やっぱりこういうお祭りってさ、そういう証しか、残せないものなのかな……って」
祭りのあとってやつかな。終わってしまったんだって、もうお祭りは、記憶の中にしか無いんだって、そう思っちゃったんだ。そっか、そうだよね、お祭りは、いつか絶対に終わっちゃうものなんだよね。
「そしたら何にも残らないかなって、……しょうがないのかな、こうやって考えちゃうのって」
どうだろうね、分かんないや。
「……はは、そうやって素直なのは、ホント変わらないよね」
そうやって、胡桃ちゃんは苦笑して、ぼくも釣られて軽く笑った。それから、ふと周囲を見る。――人はもう、どこにもいなかった。
軽くケータイを開いて時間を見る。どうやら、もう文化祭は終了間際であるようだ。
「終わっちゃうね。文化祭」
そうだね、楽しかったはずのお祭りも、もう全部記憶の中だ。
「……ねぇ」
……?
「行こっか」
…………どこに?
「後夜祭」
{④}
祭りのあと。
後夜祭。
人、たくさんいるね。
「うちの後夜祭は外の人に公開してるし、当然でしょ」
そうだったね。
宮守女子の文化祭は、後夜祭の花火も目玉の一つだ。スターマインとかを、かなり間近で見れて割りと好評だったりする。
それでえっと、花火はいつ頃だっけ?
「まだ外が明るいから、先にキャンプファイヤーに火をつけるんだよ。花火はそれの火を消してから」
キャンプファイヤーかぁ。昔はマイム・マイムとかやったなぁ。今はちょっと恥ずかしいからやらないけどさ。
「微妙に踊り方が難しいんだよね」
――今は、お祭り好きの人たちが、火元に集まって大はしゃぎだ。豊音ちゃんと塞ちゃん、そしてエイスリンちゃんの楽しそうな姿が見える。
ぼくたちは、それを外から眺めていた。お祭りだったらぼくたちだって大好きだけど、なんでか、輪の中に入ろうとは、思えなかった。
「文化祭が終われば、もう進路のことだよね。そうすると、みんなと一緒に遊ぶ時間もなくなるのかな」
夏は、もう終わっちゃったからね。楽しかった時間は、あっという間になくなっちゃうんだ。冬は寒いよ、ぼくは嫌いだな、寒い冬。
「私も……でも、こたつは嫌いじゃないな、シロみたいだけど、こたつでダルダルってなるの、好き」
ぼくもだよ。
……
……………
たっぷり、沈黙。ぼくも、胡桃ちゃんも、それからずっと炎を見つめ続けた。――楽しそうにしていた三人が、疲れたのか火の側から離れてゆく。それからその炎自体も、ゆっくりと鎮火して勢いを失ってゆく。
やがて、そこに炎があったという証は、煤けた灰と木炭以外には、なくなってしまった。
きっと、この残りカスも、明日には片付けられて、消えていってしまうのだろう。夏の思い出や、今日の思い出と一緒に。
そんな折、胡桃ちゃんが口を開いた。
ぽつり、ぽつりと、言葉を落とした。
「いつか、こうやってみんなではしゃぐことも、なくなるのかな」
「楽しかったお祭りも――それ以上に楽しかった毎日も」
「全部思い出になっちゃうのかな」
……多分、そうじゃないかな。
大きくなればなるだけ、ぼくたちの周りには、自由が減って束縛が増える。生きていくって、きっとそういうことだよ。
「しわくちゃなおばあちゃんになる頃には、動くことも大変だもんね」
それでも、ぼくは胡桃ちゃんのことが大好きだと思うな。
「……」
――胡桃ちゃん。ぼくがそう、呼びかけた時だった。
夜空にポン、と華が開いた。花火が始まったのだと、僕たちはそれに意識を向けて、しかしそれを会話につなげることはない。
「……何?」
――――付き合おっか。
不意に、そんな事を言った。胡桃ちゃんは一瞬呆けたようにして、
「……え? あ、うん」
と、頷いた。それから改めて、顔を真赤にしてから、
「――お願い、します」
……こちらこそ。そうやって、ぼくははにかむ胡桃ちゃんに、同じように笑んで返すのだ。
――空に浮かぶ花火は、あっという間に、浮かんでは消える。
どれだけ後に尾を引く花火であろうと、次が浮かぶ頃には、もう闇に溶けてしまう。浮かび上がる花火には、心躍る宇の華に、思い出以外は残らない。
だからこそ、ぼくは思う。綺麗で、楽しくて、そして美しい思い出は、思い出であるからこそ価値が有るのだ。いつまでも、その思い出の中にいれば、世界は色あせて、つまらないものになってしまう。
けれども、何もかもが通りすぎて、過去になることはない。
こうして隣に寄り添う人がいるのであれば、ずっとその人と一緒にいれるのであれば、それは永遠のまま、思い出になることもなく、一つの形としてぼくの前に――あり続けるのでは、ないだろうか。
というわけで、予告通り胡桃ちゃんとのことでした。
今は6月ですが、時期的には九月当たりを想定してます。
今回は学校が舞台だったせいで、いつも以上に主人公の性別がわかりにくい事態。
こういう青春の一幕って自分大好きなので、皆さんも楽しんでいただければと思います。