零:Side
イトナ君の件から数日後。僕はカルマ、渚、杉野の3人と一緒にE組の山を降りていた。このメンバーでの下校はもはやお決まりになりつつある。
……といっても普段はここに舞花と茅野さんが混ざるんだけど、この後女子の何人かで出かけるらしく、今は一緒じゃない。
今日はこの前までのどんよりとした天気が嘘みたいに、快晴の空。
「ようやく梅雨明けだ~」
杉野は体を伸ばしながら気持ち良さそうにそう言っていた。まあ、今まで出かけようと思ったらいつも雨で、じめじめして気持ち悪かったし。
「結構暑くなって来たね」
「アウトドアの季節だよな。ってことでどっか外で遊ばねー?」
「外での遊びか……」
杉野の言葉に、少し考える。確かにせっかくこんなに晴れてるんだし外遊びがいいよな……猛暑で外に出たくなくなる前に。
とはいっても、僕はここ数年
そこで案を出したのは、カルマだった。
「じゃあ、釣りとかどう?」
「……え」
この提案に僕は思わず目を瞬く。珍しく、カルマにしてはまともな遊びだ。なんか似合わないと思ったりするけど。
「いいね、今は何が釣れるの?」
渚があまり気にしてないのか普通に聞く。と、カルマは
「夏場はヤンキーが旬なんだ。渚君をエサにカツアゲを釣って逆にお金を巻き上げよう」
「……ヤンキーに旬とかあるんだ」
「……流石カルマ」
……非常にカルマらしい遊びだった。これには渚だけでなく僕たちも苦笑いする。さすがにそれは渚が可哀想だし却下。
と、雑談しながら本校舎前を通っているところでふと、杉野が立ち止まった。どうしたのかと思うと、その目線は野球コートへいっていた。丁度野球部が練習をしている様子が見える。
そういえば、杉野って野球好きだっけ。市のクラブにも入ったっていうし。
あ、今投げていた人がこっちに気づいた。
「お、なんだ杉野じゃないか。久々だな!」
その言葉に、周りで練習していた他の野球部員たちも気づいて杉野に対して声をかけて来ていた。
杉野は一瞬、複雑そうに俯いた。けど次の瞬間には明るく返事をして普通に笑いながら、フェンス越しに部員たちの元に近寄っていった。ああ、なるほど。杉野は元部員か。
会話の内容とか、部員たちの雰囲気からしても「E組の生徒と本校舎の生徒」という関係にしては意外に友好的だった。今まで散々E組を見下したり馬鹿にしたりする生徒ばかりを見てきたせいか、ちょっと意外に感じてしまった。
……いや、多分他所ならこれが普通なんだろうけど。なんとなくその仲の良さそうな様子にちょっと和む。
「来週の球技大会、投げるんだろ?」
「ん?そういえば決まってないけど、投げたいな」
ああ……そういえば来週、球技大会があるんだっけ。確か男女別で、男子の種目は野球……つまり杉野や彼らの得意分野だ。
「楽しみにしてるぜ」
「おう!」
部員の一人の言葉に、杉野は嬉しそうに相手とフェンス越しに拳を突き合わせた。その様子を見て僕らは思わず顔を見合わせて微笑んだ。
「だけど良いよな~杉野は。E組だから毎日遊んでられるだろ?」
……ああ、やっぱりそこは変わらないか。
後に続いたその言葉、声色や周りの様子に僕は最早苛立ちよりも呆れが大きかった。……この、E組を下に見て馬鹿にするような風潮は、やっぱり深く根付いている。……本人たちはそこまで考えないで思ったこと言ってるだけかもしれないけど。
杉野は直前まで、恐らく以前野球部に所属していた頃と同じノリで会話をしていたためか、一瞬衝撃を受けて、俯いた。
「俺ら、勉強も部活もだからヘトヘトでさ」
「よせ、傷つくだろ」
続く言葉を止めたのは、さっき投げてた男子生徒。タイミング的にも内容的にも杉野を庇うようなセリフだけど……。
「進学校での勉強と部活の両立、選ばれた人間じゃないならしなくても良いんだから」
それに続けた言葉は全くそんなんじゃなかった。
……へぇ、随分と自信があるみたいで。
悔しそうに俯いている杉野の横へ、僕たち3人は近寄った。
「すごいね~、まるで自分が選ばれた人間みたいだね」
カルマがいつもの相手を煽るような口調でその男子生徒へ声をかけた。
それに対して、
「うん、そうだよ」
この男子生徒は即答、きっぱりと認めた。……いっそ清々しいというかなんというか。
でもまあ、ちょっとムッとした。
「気に入らないか?なら球技大会で教えてやるよ。選ばれた人間とそうでない人間、この年で開いてしまった大きな差をな」
僕らの様子を見た男子生徒は、その自信に満ちた顔で堂々とそう言ってのけた。
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―――次の日。教室ではあの来週行われる球技大会の話し合いをしていた。
磯貝が黒板に今決まった面子の名前を書いていく中、殺せんせーは球技大会のトーナメント表を見ていた。
「クラス対抗球技大会ですか。健康な心身をスポーツで養う、大いに結構!……ですがトーナメント表にE組が無いのはどうしてです?」
殺せんせーはプリントを見て、困惑した様子でその疑問を僕らに問いかける。それには近い席の三村が答えた。
「E組は本戦にエントリーされないんだ。1チーム余るって素敵な理由で。その代わり大会のシメにエキシビション……要は見せ物に出なきゃならない。全校生徒の前で男子は野球部の、女子はバスケ部の選抜メンバーと試合するんだ」
ああ、なるほど。やっぱりこれもいつものやつなんだ。
こういう大会で野球部やバスケ部がクラスのチームに入るのは禁止されてるし、かといってそれだと部活で本気でやっている奴らが可哀想だから、こうして活躍の場を与えようって感じかな。
「そ。でも心配しないで殺せんせー。暗殺で基礎体力ついてるから良い試合をして全校生徒を盛り下げるよ、ねー皆!!」
片岡さんはそう女子に向かって声をかけると、それに乗って他の女子たちがおー、と拳を突き上げた。
盛り下げるとはなかなか言い得て妙だ。
と、そこで舞花が別に手をあげる。
「そこは良い試合なんて生ぬるいものじゃ駄目ですよ。圧勝しなきゃ」
「確かに!」
「それじゃ、圧勝目指してがんばろう!!」
「「「おーっ!!」」」
女子は声をそろえてそう言って、作戦会議を始めた。
『片岡さん、お任せを。ゴール率100%のボール射出機を製作しました』
「あ……いや、律はコートに出るにはちょっと四角いかな……」
「あはは……。まあその代わり、ちょっと情報収集してもらいたいんだけど……」
あっちは統率力の高い片岡さんが纏め上げ、やる気たっぷり士気も上々。心配しなくて良さそうだな。まあ、こっちは……
「俺等、晒し者とか勘弁だわ。お前らで適当にやっといてくれや」
この言葉は寺坂。彼はそう言うと吉田、村松を連れて教室を出ていった。こういうイベントじゃあやる気皆無な奴もいるんだよな……。
「寺坂!……ったく」
「ほっとけよ磯貝。にしても野球で頼れんのは杉野だけど何か勝つ秘策ねーの?」
前原は杉野にそう聞いたが杉野は俯きながら答えた。
「…………無理だよ。最低でも3年間野球やってたあいつ等と、殆どが未経験の俺等。勝つどころか勝負にならねー」
諦めているかのように言う杉野。まあ僕も野球はやったことないからなぁ……。
続けて杉野から開示された情報は、今の野球部はかなり強い事、今の主将である進藤……昨日自信満々に宣戦布告してきた男子生徒のことらしいけど、彼が投げる球は剛速球で高校からも注目を集めているらしい。
そして、杉野からエースの座を奪った奴だとも。
確かにこう情報を並べてみると、勝ち目どころか今のところ惨敗しそうな戦力差ではある。
……けど、
「だけどさ……殺せんせー。
そういう杉野の顔はやる気に満ちている。だけどその後、やっぱ無理かな~と笑う。
ふと、それを聞いていた殺せんせーの方を見た。
……頭は野球ボールの色と模様がつき、服は野球のユニフォーム。手にはグローブやバット……何故か竹刀。……いつもの事ながら、早着替えはともかくそのコスチュームは事前に用意してたのかな?
ついでに「ワクワク」と態々声に出して言ってるところからも、殺せんせー自身がかなりやる気満々なことが窺える。
「お、おう。殺せんせーが野球やりたいのは良く分かった」
そんな殺せんせーにちょっと引いてる杉野。
「先生実は一度、スポコンものの熱血コーチやりたかったんです。殴ったりは出来ないのでちゃぶ台返しで代用します」
「「「用意周到すぎだろ!!」」」
殺せんせーの手にはちゃぶ台、そしてその上にはよく飲食店の前に置かれているような食品サンプルが。いつ用意したんだろそんな物。
「最近の君達は目的意識をはっきり口にするようになりました。殺りたい、勝ちたい。どんな困難な目標に対しても揺るがずに。その心意気に応えて、この
その殺せんせーの言葉とともに僕たちのトレーニングが始まった。
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―――球技大会当日。
女子たちは男子より先にバスケ部との試合を始めていた。そして今、僕たち男子は試合が始まる直前だった。
『それでは最後に……E組対野球部選抜のエキシビションマッチを行います』
A組の生徒であり放送部部長でもある……えっと確か荒木だったか、彼が実況を担当している。E組と野球部は列に並び礼をした。
「学力と体力を兼ね揃えたエリートだけが選ばれた者として人の上に立てる。それが文武両道だ杉野。お前はどちらも無かった選ばれざる者。選ばれざる者がグラウンドに残っているのは許されない。E組共々、二度と表を歩けない試合をしてやるよ」
進藤がそう杉野に言って離れていく。彼の後ろ姿からはかなりの闘志が感じられた。
「そーいや殺監督は?指揮すんじゃなかったけ?」
菅谷が渚に聞く。
「あそこだよ。烏間先生に目立つなって言われてるから……」
渚はとある場所を指差して答える。コートの端の方、その場所には無数のボールが転がっていて……その中にボール模様の殺せんせーが地面から顔だけ出して混ざっていた。
「遠近法でボールにまぎれてる。顔色とかでサインを出すんだって」
「……そっか」
「ねえ、普通にバレそうな気がするのは僕だけ?」
「……それは触れない約束だよ、零君」
遠近法なんてどう考えたって、近い位置の人から見ればバレバレな気がするんだけど。
そんなやり取りの中、殺せんせーの顔色が三段階で変わる。
隣でカルマが殺監督に向かってやっほーと声をかけて、慌てて引っ込んだのを見て笑ってた。その隣で渚がメモ帳を開く。
「えーと、青緑→紫→黄土色だから……殺す気で勝てってさ」
なんというか、僕たちにぴったりの言葉だ。
「確かに俺等にはもっとデカイ目標がいるんだ。奴等程度に勝てなきゃ殺せんせーは殺せないな」
「……よっしゃ殺るか!!」
渚の言葉に磯貝が杉野の肩を叩きながら重ねる。そして杉野が声をあげる。
「「「「おう!!」」」」
その言葉に皆は声を合わせて応え、試合に向かった。
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一回の表、E組の攻撃だ。最初は木村。
「やだやだ、どアウェイで学校のスター相手に先頭打者かよ」
そうぼやきながらも打席に入る木村。
審判のプレイ!と言う声と同時に進藤は真ん中にストレートを投げ込んだ。
結果はストライク。実況が振らないとカッコ悪いとか言ってるけど気にせず、彼は殺監督の方を見ていた。
赤、紫、ピンクと変わった殺監督の顔。それを見て木村は、
次に飛んできたボールをバントで当てた。
ボールはピッチャーとファーストの近くに転がっていき、内野手の誰が捕るかで一瞬迷った様子の中、木村は素早く走り一塁に着いた。木村はE組の中じゃあ足が飛びぬけて速いし、意表を突いた今じゃあ楽勝だろう。
それを見た進藤は遠目から見ても明らかにイラついている。そりゃいつも見下しているE組に初っ端から打たれればそうなるか。
次に打席に入ったのは渚。殺監督の指示は、黄色で左に転がり緑で右に転がり最後は白の真顔。
そして渚もバント……それもプッシュバントでボールを打つ。それは三塁線へ、白線ギリギリを強く転がっていき前に出てきたサードの脇をすり抜ける。
渚はあれでもE組の中じゃあ野球に触れていた方だ。確か放課後とか杉野の練習相手になってたし。
これでノーアウト一・二塁。相手はかなり驚いてる。まあ、バントとはいえ進藤の剛速球を打ち、しかも狙い通りの場所へと転がすのは普通に考えればかなり難しい。杉野のボールじゃ練習相手にもならないはずだとか思ってるんだろうな。
確かに杉野のボールは進藤のとは性質が全然違うから、その認識はあってるっちゃあってるけど……。
けど、それは前提情報が違う。
僕たちが練習期間で相手していたのは、あそこでサインを出しながらもニヤついている
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―――時は遡り球技大会前1週間。
一週間の練習期間の内、まずは前半の3日間をほぼ初めての人を含めて野球に慣れるための期間とし、殺せんせー対僕たち生徒で試合をしていた。
「ニュャアアアアアアッ!!」
……まず、殺ピッチャーは300km/hの球を投げる。そんな物普通に打てる筈が無い。
そしてたとえ打てたとしても分身があの猛スピードで鉄壁の守りを固めている。……しかもその分身同士が、誰が取るか譲り合っているという完全にこちらを舐めまくっているムカつく光景。
そして駄目押しに殺キャッチャーが打者に対して何かを囁きかけ、集中を乱す。
丁度打席に入った三村が、その地味な口撃を食らって顔を赤くしていた。何を言われたかは分からなかったけど……これは酷い。
……ちなみに僕が打席に入った時は。
「この前の日曜日にショッピングモールで……」
「そのボール頭打ち抜いてやろうか?」
とりあえず何を言う気かは知らないが碌なことじゃなさそうなので軽く殺気を向けた。
そのタイミングで飛んできたボールは何とかバットに当てることが出来たけど、心穏やかじゃなかったせいか殺ピッチャーの顔面にまっすぐと弾丸のように飛んでいき……そのままグローブでキャッチされた。……チッ。
そんなめちゃくちゃな野球をやり続けること三日間。僕達はもうへとへとになって、地面にへばり込んでいたところで。
「さて、次は対戦相手の研究です。竹林君に本校舎へ偵察に言ってもらいました」
「面倒でした」
殺監督のその言葉に竹林はクイッと眼鏡をあげながら答える。その手には諸々のデータが写ったノートパソコン。
「進藤のボールはマックス140.5km/hで持ち球はストレートとカーブのみ。練習試合も九割がストレートでした」
まあそんな剛速球なら、中学生レベルだと大抵がストレート1本で終わるな。
「でも逆に言えば、ストレートさえ見極めればこっちのものです。では、これから先生が進藤君と同じフォームと同じ球種で、
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とまあ、これが僕たちE組の練習風景の一部。
この練習に参加したクラスの男子全員がこの1週間で、少なくとも進藤球に対抗できるバントは習得した。次の磯貝もバントで打ち、ノーアウト満塁になった。
そして次に打席に入ったのは杉野。そして殺監督の指令はニヤニヤしながら、水色、緑、そして目を妖しく光らせる。
杉野はそれを見てまずバントの構えを取る。そして飛んできたのは内角高めのストレート。だけど杉野は球が投げられた瞬間にはスッと、持ち方を変えていた。
カキィィンッ!!
気持ちのいい快音が響く。そのボールはコートのギリギリまで転がっていった。
そして三塁、二塁、一塁に居た三人がホームベースを踏み、杉野も三塁へ行く。これで三点先制だ。
しかし、野球部はそこでタイムを取った。相手方のベンチを見ると、そこには……
……いや、いつか来るとは思ってたけどね。