ナザリックの喫茶店   作:アテュ

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こういう方が書きやすい。という所感


幕間 エ・ランテルの喫茶店 上

「はー、最近はどうにも売れ行きが変わってきてんな。以前も需要は多少はあったが、最近は極端だ。どう思う?」

 

「間違いなく変わってきていますね、オーナー」

 

エ・ランテルで喫茶店を経営する二人。オーナーのトムズ、店長のトーマス。彼らは昔からの付き合いでエ・ランテルでもそこそこ名の知れた喫茶店 「朱の大輪」を運営していた。

 

 名前から察せるようにかのアダマンタイト級チーム「朱の雫」からあやかってつけられた名前だ。とはいってもオーナーであるトムズがちょっとした昔の知り合い程度の関係にすぎない。彼らが駆け出しの頃になかなかの手柄を立て、評判になった事がある。その時丁度店をオープンしようとしようとしていた自分達がその勢いにあやかろうということで一文字貰うことにしたのだ。

 

 朱の雫のチームリーダーであるアズス・アインドラはまだまだ無名だった自分達に目を付けた事に気を良くし快諾。今となってはその話になるたびにお前らは先見の明があったなとたびたび笑い話になる。

 

「エ・ランテルが魔導国領となった前後あたりでしょうか。紅茶への需要が急激に上がっています」

 

「分かるわー、この前卸のノキ*1がにんまりした顔で答えやがった」

 

 それはぶん殴りたくなりますねと店長が毒づく。

 

 彼ら「朱の大輪」は喫茶店であるため当然紅茶も取り扱っている。だが、それのみを専門としている訳ではない。今まで主力であったコーヒーの消費が落ち込みさらに冒険者……いや今では探索者(ディスカバー)*2なる者により「ハーブ」というポーションとはまた少し違った回復薬の活用も生まれている。

 

 要するに方針の転換、軌道修正を行う必要があるのだ。今まで喫茶店で求められた事とは簡単な飲み物と食事だ。昼頃には近くで仕事をしている者たちで賑わっていた。夜には酒をメインに出す事でうまくやりくりをしてきた。

 

 とはいっても彼らはもともと昼の喫茶をメインにやりたかったのであり酒メインの夜は当初に採算がとれなくやむなくとった手段でもあった。彼らは昔から趣味で好んでいた事もありコーヒーや紅茶に対する造詣は深かった。

 

「つってもなぁ、いや別に紅茶をメインに取り扱う事自体はいいんだよ。好きだし……ただなぁ」

 

「ええ、今までとは求められる事が違いすぎています。よもや紅茶の種類や農園などを気にし始める市民が出るとは」

 

 まさに驚くべきことはそれだ。今までメニューにはただ「紅茶」としか書いていなかった。だがここ最近はこの紅茶は何の紅茶だ?という問い合わせが相次いでいる。

 

「異常も異常だ、ノキみたいな専門の業者なら納得できるがふつーの農民でも最近は銘柄を気にして飲んでるらしいぜ?」

 

時代は変わったなとトムズが呟く。

 

「いい事でしょう、嗜好品としての幅が広がる事は我々にとってもビジネスチャンスです」

 

「そんなよーお堅い感じに飲みたくねーんだよー俺はよー。嗜好品なんて飲んでうめぇ!もう一杯!てな」

 

「貴方はもう少し自分の舌を大事にした方がいいですよ?顔は手遅れですが」

 

「え、何で顔の話題出したの?」

 

「大変残念ですが繊細な舌を持っているのでそれを活かさないのは罪というものです。顔はともかく」

 

「いや何リピートしてんの?アフタミーなの?」

 

一応上司であるトーマスを無視しつい先日買ってきた紅茶を取り出す。

 

「まぁそんなことより帝国の方で話題になっている紅茶、ダージリンです」

 

「おお!これが!ん~爽やかな香りだ。これが噂のマスカテルフレーバー」

 

私も初めてでね、一息つきましょうかと淹れる準備をトーマスが始める。

 

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「うめぇな。砂糖やミルクなしのほうが香りや味が引き立つ」

 

「そうですね、私はミルクティーが好きなんですがこれならストレートでも全然美味しい」

 

「で、この紅茶をわざわざ入手して淹れたってのはワケがあんだろう?」

 

本当にこういった事には察しがいいですねとトーマスが苦笑する。

 

 

「先ほどオーナーが言っていたようにメインで売るものを変える事はさして難しい事ではありません。今私たちの店は『飲料がそこそこ美味しい店』程度の認識です。変えたからといって店を変える人は少ないでしょう」

 

 それが今までの需要だ、食事を行い酒を飲む。その時にちょっとしたこだわったコーヒーや紅茶を出して客にお?美味いなと思わせる。その程度でちょうどいいのだ。

 

 だが流行とは常に変わっている。最近エ・ランテルでは紅茶が急激に流行っている。それも単純に「紅茶」というだけでない。ストレートに向いた茶葉がダージリン。ミルクティーに向いたサバラガムワといったように。

 

 全てを取り扱う必要は無い、しかし喫茶店を経営している立場からすれば敏感にならざるを得ない。……しかし問題はどれを選べばいいのか だ。

 

「確かにこのダージリンはうめぇ、少し前に飲んだサバラガムワってのもなかなかだった。……だけどそれだけだ一言で言うならばウリがねぇ」

 

箔がついていないとトムズが呟く。

 

 そうただ新商品の紅茶ですと売り出しても目新しさしか無い。よくて一過性のブームにしかならない。それは少しカードの切り方としては勿体ない。

 

「まー、じゃあ何のアイディアがありますかっていうと無いんだけどな!」

 

(笑)とした顔を向ける。あれ駄目だ腹立つなこの顔、顔パンパンマンにしてやろうか。

 

「声に出てんぞ……相変わらず口が悪ぃな……まぁいいやトーマス、店長としてお前から何かアイディアは?」

 

「ふむ……何でも挙げるのならば、冒険者需要でハーブティですかね。自分で淹れるのは億劫だ、上手くいかないという層は多いと思いますので。後は食事に合わせた紅茶の提案位でしょうか」

 

凡庸ですねとトーマスが呟く。

 

 確かに冒険者需要でのハーブティというのは悪くない。女性に対して一定の需要が見込めるだろう。特に冒険から帰宅した時に売上が期待できるはずだ。しかし……

 

「確かに悪くねぇ、だが最近は冒険者が街からしばらく出ている事も多い。何よりハーブは癖がある並行して進めるのはアリだがメインにはちと弱い」

 

 自分のアイディアをばっさり否定するトムズだがあまり不快には感じない、自分もあまりこれだというものを感じなかったし、どうにも新商品で推すとかそんなようなくくりから抜け出せていないように思うのだ。

 

「……アイディアの方向としては間違っていないような気がするんですよ。要は新商品としてただ出すだけでなく何か別のコトを合わせて提案すればいいかもしれません」

 

「成程、確かにアリだ。その方向は面白い」

 

 こういった時にはまず頼りにするのはやはり過去の成功事例だ。以前上手くいった事は同様に上手くいく可能性がある――かもしれない――。とはいえとんとあてもない状況で話し合っても話は進まない。まずは何かしら一つの方針を決めそれに基づいてやってみる、ダメならまた変えてやってみる。それだけだ。

 

「ん~最近の流行りっていうとさっきのハーブティが記憶に新しいが……、ん?そもそもおかしくねぇか?冒険者がなんでこんなハーブティなんて発見してんだよ」

 

「いやさっきも言ったでしょう、以前と少し冒険者の形態が変わってきていると。新しい素材の発見、既存技術の効率的な躍進も考えられているそうです」

 

「ほ~ん、なるほどねぇ。そういや最近賑やかになってるもんなぁエ・ランテル」

 

魔導国になったばかりとは大違いだだと笑いながらトムズが喋る。屋内なのでまだ大丈夫だがあまり声を大にして言うべきことではない。最近では警備のアンデッドに多少慣れたが夜中に出会うととんでもなく驚く。

 

「なあその冒険者組合にちょっと頼ってみるのはどうだ?」

 

 また突拍子もない事を言うとトムズがため息をつく。しかしいつだってトムズが思いつく事は極端な事が多いが、なんやかんやで6割は上手くいく。……思ったよりも少ない。次からは疑おう。

 

「反論は置いておいて、何を目的に行くんですか?何か素材の採集であればまずその素材すら決まっていない段階でしょう」

 

「お前のそのとりあえず話を前向きに考えてくれるところは良いところの一つだな!」

 

それを素直に褒めるところが貴方の美徳ですよとは言わないでおく。

 

「まーとりあえずだ、何の素材かってのはひとまずおいといていいと思うんだ。今までのシンプルなお願いみてーな依頼以外にも受けてくれるんだろ?なら極端な話、新しい飲み方なんかねぇ?ってのでもアリかもしれねぇじゃん」

 

「さすがにそれは極端すぎですが……まぁ確かにどんな形になっているかは調べる必要がありますね」

 

 確かにトムズの言い分は一理ある。今までのスタイルと変わっているならば新たに依頼を出す事で解決することもあるだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()を確認することでその傾向が分かる事は間違いない。

 

「よし!そうと決まったらいっちょ冒険者組合にいこうぜ~久々だな~依頼出すの」

 

まだ決まった訳ではありませんけどねと苦笑しながら飛び出したオーナーを追いかける店長だった。

 

 

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 エ・ランテルの冒険者組合、以前ではミスリル級冒険者チームを3人擁し最近ではアダマンタイト級冒険者チームが誕生したという今最も勢いのある冒険者組合と言っても過言では無い。

 

 魔導国になってから活気は悪く余所の都市へ移るチームも出始めようとした……。しかし帝国の闘技場にてアインズウールゴウン魔導王によるスカウト、冒険者組合の国営化宣言により事態は大きく変わった。

 

 最初は疑心暗鬼に苛まれていた冒険者チームもアダマンタイト級冒険者チーム「漆黒」の実績、さらにはそれに続くミスリル級冒険者チーム「虹」による既存技術、知識の発展――ハーブティによるとポーションの相乗効果――は二の足を踏んでいた冒険者チームにとって大きな後押しだった。

 

 実績を出した「虹」への報酬は受け取った当人らよりも周りのほうが驚くほどのもので更なる話題を生んだ。今まではモンスター討伐にのみ心血を注いだ冒険者だったが、戦闘力以外にも徐々に様々な物へ投資をする事が増えてきた。

 

 分かりやすい例が先ほどのハーブティとポーションの混合物だ。噂では元エ・ランテルの最高の薬師、ンフィーレア・バレアレが辺境の村でポーション作りを行っている。ハーブの採集もンフィーレア・バレアレからの依頼で行われたものだ。今までは当人が同行し薬草採集に向かう程度しか行えなかった。そのため近隣しか赴きにくく、何より戦闘面でのカバーが非常に難しかった。

 

 ところが新たな冒険者組合のスタイルが出来上がってからは専門の知識を持つものから――採集に向いたドルイドやレンジャーに――簡単なレクチャーが行われ、より効率的な採集や採集ミスが減少した。

 

 当初は貴重な知識をばらまくようで多少なり非難があったが、魔導王直々に『この程度の基礎的な知識はいずれ広まる。今先んじておくことが何より重要だ』と推し進めた――国営の施設だからこそ出来る施策だろう――。

 

「簡単にご説明させて頂きますと以上のような状況です」

 

 そうにこやかに挨拶をしているのはエ・ランテルの冒険者組合 受付嬢だった。先ほどエ・ランテルで依頼版を眺めている二人に受付から声がかかり、具体的にどのような依頼が出ているのか案内をしてもらったのだ。

 

「はーん……、採集程度はともかくその活用を実際に動いている冒険者達にやらせるとか確かに今までのやり方じゃねぇな」

 

「ええ、依頼の内容が発展的です。基本的な情報を掴みその上でいざ実際に現場で使われる方法、求められ方を明確にさせようとしている」

 

 トーマスの意見は正鵠だ。この依頼で最も重要な事は現場でどう求められているかだ。長期的な遠征すらありうる冒険者からすれば荷物は軽く小さい方がいい。効果が高いのならばなお良い。――正解を求められていないのだ。不便な事は何ですか、どうだと問いかけている――。

 

「ですが、このやり方は確かに効果的かもしれませんが冒険者によってはいい加減な事をする事もないのでしょうか」

 

「ええ、確かにそういったケースがないではありません。なのである程度すり合わせが出来る方々を中心に行っています。簡単な等級制限はありますがその等級以上の冒険者から推薦があれば問題なく行う事も出来ます」

 

「ほぉ……成程、逆に言えばコネさえあればってな」

 

トムズが疑うような声を出すが受付嬢は想定されていたように返答する。

 

「そういった例もございます。ですがそれで信用を失うのは紹介した冒険者です。――ひいては最終的な統括を行われているのはアダマンタイト級冒険者モモン様ですので――」

 

 なるほど。確かに魔道国の豊富な軍事力から得られる利益は莫大なものだろう。それを独占しようとする輩には青天白日の元、清廉潔白に遂行するかの英雄モモンがいるとなれば綱紀は揺るがない。

 

「ほぉ~ん。……なるほどね。おいトーマス閃いたぜ」

 

「え?やめましょうよろくでもない顔してますよ」

 

「馬鹿言うな超キメ顔だっただろ」

 

「ロボトミーされてるような顔でしたよ」

 

「何ロボトミーって!?言葉だけでも何か怖いんだけど!」

 

「それはともかく、どういったアイディアですか?」

 

「……まぁいいや、実はな――」

 

 冒険者組合の一角でトムズがアイディアを語り始める。予想外に大きい声は仕切られた隣のテーブルまで聞こえるほど白熱したものだった。

 

「なるほど、確かにそれは……冴えていますね」

 

うん、うんと頷いて聞いた内容を咀嚼しより理解を深めるトーマス。

 

「だろう!確かにこの仕組みはスゲーがまだ浅い。出来立てだ。ベテラン同士ならまぁ逆に何が苦手だってくらいで通じるんだけどな」

 

「ただ問題点は……コネですね。これを私たちがいざやろうとしても少々突発的ですし実績がありません。どう話を持っていけばいいのかが分かりませんね。――かなり上位の人に話通さないと不味くないですが――」

 

と、最後にトーマスが呟く。

 

「それがなぁ、それなりにエ・ランテルにはいるから組合長とも全く面識無いってわけじゃねぇがとてもよく顔を合わせてるとは言えねえ」

 

 そう結局のところ同じ問題なのだ。自分達と恐らく若手達が持っている悩みとは。()()()()()()()()()()()()

 

恐らく今までは複数のパーティが必要な依頼や銅級の時に世話になった宿屋で――相部屋などで――横のつながりが出来ていたのだろう。しかし今は以前に比べて下積みの時間が非常に少ない。要は初心者として卒業するまでの期間が早いため、同期との繋がりが非常に弱い。

 

トムズとトーマスが話し込んでしまい大分時間が経っていた。

 

「ん~、あとちょっとなんだけどな。まぁいいや喉も乾いたし一度戻って紅茶でも淹れようぜ。もう1種類くらいあんだろ?」

 

「相変わらずおかしい嗅覚してますね。そうですけども。確か……希少な紅茶らしいですよ」

 

隣のテーブルから揺れる音がする。落ち着きがない。

 

「ほぉ、いいねぇさっき飲んだダージリンとはまた別物か」

 

「ええ、ダージリンとはまた違う形で香りが豊かでしたね。フレーバーティ?というものらしいですが」

 

足をテーブルにぶつけたような音が聞こえる。鎧でも来ているようだが……どうにも隣の席の人はそそっかしいようだ。

 

「考えてばっかりもいけねぇな、早く飲もうぜ!なんて紅茶だ?」

 

「確か……」

 

チャイという名称でしたかね――いやそれフレーバーティじゃねぇ!という声が聞こえすぐに隣から勢いよく声がかかる。

 

「ンンッ、すまない、ちょっと話が聞こえてしまったんだが良ければ私が相談に乗ろうか?」

「いやまぁフレーバーティとも言えなくもないのか……?」

 

 二人が圧倒される。黒いフルプレートは正に深い漆黒、下品ではない程度にあしらわれた文様、背中には一つでもとてつもない重さが伺える大剣が二振り。誰が見ても只者ではないと唸らせる風貌だ。

 

「あ、あぁ。そりゃありがてぇが……冒険者さんか?」

 

ちらりと首元に目を向けると見たことが無い金属が首にかかっている。――見たことが無いという事はミスリル、プラチナではない。まさかオリハルコン?いやオリハルコンは見たことが無いがもっと輝きがあるものと聞いたことがある。となると――。

 

漆黒 そうトーマスが呟く。

 

「これは失礼した。私はアダマンタイト級冒険者チーム「漆黒」のモモンだ」

 

よろしく頼むと朗らかに手を差し出してくる冒険者に私たちは呑まれっぱなしだった……。

 

 

 

 

*1
エ・ランテルで主に紅茶の卸業を営む男

*2
新しい発見、既存の技術を新たな技術への発展を目的とした今までのモンスター退治の専門家のような存在から脱した冒険者の事




クリスマスチャイ、クリスマスティーってのもあったりします。何故クリスマス前に投稿しなかったかは一昨日思いついたからです(小声

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