SALO(ソードアート・ルナティックオンライン)   作:ふぁもにか

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 えー、どうも。ふぁもにかです。
 今までは徹底して読み専をやっていたのですが、この度ようやく受験勉強から解放されたので物は試しと二次創作に挑戦してみました。えっ後期受験勉強はいいのかって? ……こまけえことはいいんだよッ。


本編 SALO
VS.フレンジーボア


 

 少年は走っていた。

 草原地帯を赤く染める秀麗な夕日など目もくれずに。

 その顔つきはとても男らしいと言える類いのものではない。女装すれば性別をもごまかせるレベルの童顔である。相手次第では一目惚れすること間違いないだろう。……男女問わずだが。

 少年が走るのには理由があった。

 

 ――数十分前。この世界はログアウト不可なデスゲームと化した。

 それをもたらしたのは茅場晶彦。ナーヴギアをはじめとしたフルダイブ用マシンの基礎設計者にしてSAOの開発ディレクターである。

 彼によりこの世界――アインクラッド――はゲームであっても遊びではなくなり、HPがゼロになった瞬間、この世界からの消滅と現実世界での死を意味することとなった。

 

 少年は走る。茅場の演説により混乱と混沌と混迷にみちた広場を後にして。βテスターの知識を存分に利用してこの世界を有利に生き残るために。そのために切り捨てた青年――クライン――のことを脳裏から振り払うようにして。

 

 目の前には光の粒子とともに現れた豚のようでイノシシのようなモンスターが少年へと突進してくる光景がある。その名はフレンジーボア、所詮雑魚敵である。

 だが、少年にとってそれは恐怖の対象だった。判断を誤ればたとえフレンジーボアでも殺される。身がすくんで動けなくなれば殺される。極度の緊張からソードスキルの使い方から呼吸の仕方までそのすべてを忘れてしまえば殺される。

 

「ォォォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 少年は雄叫びをあげる。声を枯らす勢いで咆哮する。死の恐怖を振り払い前に進むために。フレンジーボアごときに自身の前進を止められないように。

 

「――ッらあ!」

少年はソードスキルを発動しフレンジーボアを一直線に切り裂き、体の硬直がとけると同時に再び走り出す。フレンジーボアを倒した証左として表示される獲得経験値や獲得金など一瞬たりとも目を向けずに。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 少年は叫ぶ。生き残るために。この世界に気持ちで負けないように己を奮い立たせるための魂の叫びを無意識のうちにあげる。かくして少年――キリト――は目的地へ向けて一心不乱に走り続ける。

 

 

 ……そのはずだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その時何が起こったのか、キリトには分からなかった。

 反転する視界に思考停止していると背中から地面に叩きつけられた。

 

「かはッ!?」

 この世界において痛みという概念は制限されている。それでもキリトは衝撃で息ができない錯覚を覚えてしまう。

 何が起こったのか、何故俺は倒されているのか。

 わけが分からないまま顔をあげて、驚愕した。

 

「ぇ――」

 フレンジーボアが生きているのだ。今さっき倒したはずのフレンジーボアが。クラインへのソードスキル指導の際に見本として同じソードスキルを放ったときは一撃で倒されていたはずのスライム相当の最弱モンスターが。

 ソードスキルを外してしまったのかと咄嗟に考えて、否定する。ソードスキルは発動すれば必ず敵に当たるようにできている。ここはそういう世界だ。ゆえに攻撃が命中しなかったなんてことはあり得ない。現にフレンジーボアのHPは減って――

 

「……は?」

 キリトは目を疑った。減っている。たしかにフレンジーボアのHPは減っている。だが問題はそこじゃない。キリトはたとえフレンジーボアを仕留めそこなっていたとしても精々残り数ドットの命だと思っていたのだ。だが実際は三分の一程度しか減っておらず、HPゲージも緑色のまま。フレンジーボアは今も健在である。

 フレンジーボアが困惑中のキリトめがけて鼻息荒く突っ込んでくる。

 

(なッ!? 速ッ!?)

 だがその速さが尋常ではなかった。ついさっきまでは見た目相応のとろさだったはずなのに今や時速40キロを軽く超すほどのスピードを有する巨大な弾丸と化している。

 キリトは瞬時に身をひるがえして紙一重でかわし、ふと自分HPゲージが目に入った。見てしまった。

 

「――ッ!?」

 キリトは今度こそ驚愕した。残り数ドットの命と化しHPゲージが赤色に突入していたのはフレンジーボアではなく他ならぬ自分だということに。

 

(なんで? なんでだよ!? なんで俺のHPがこんなに減ってるんだよ!?)

 

 わけが分からない。βテスト時の、さっきまでの常識が通用しない。いよいよ混乱し頭を抱えてうずくまりたい衝動にかられるキリトを、自身の突進をかわされご機嫌ナナメなフレンジーボアが睨みつけた。

 

「ひッ」

 その視線にキリトは動けなくなる。頭の中が恐怖一色で埋め尽くされ何も考えられなくなる。情けない悲鳴を漏らしたことすら気づけずに体を震わせる。

 この時。ロクに働かない頭の中で、それでも直感した。さっきの視界の反転は、自分のHPゲージが残り数ドットまで減っているのは、眼前のフレンジーボアの攻撃がもたらしたものだと。そしてもしも、もしももう一度フレンジーボアの攻撃に当たれば、いやかすりでもすれば自分は死ぬと。

 

「う、ああああああああああ!」

 再び猛烈なスピードで気迫とともに突進してきたフレンジーボアを寸でのところで避ける。その際横転し何度も草原地帯を転がったことで図らずもフレンジーボアの視界から姿を消すことに成功したキリトだったが、当の本人はそれどころではなかった。

 

(こ、殺される、いやだ、いやだ! 死にたくない!!)

 死の恐怖に身を丸めてガタガタと震える。クラインを見捨てた罰があたったんだとか他人を顧みずに自分の利益のみを求めたせいだとかと後悔する精神的余裕すらない。そんなキリトを嘲笑うように辺りをキョロキョロと見渡していたフレンジーボアはキリトの居場所に目ざとく気づき一直線に突き進んでくる。キリトの横向きの視界が偶然それを捉えた。

 キリトは弾かれたように起き上がり真横に跳躍してよける。フレンジーボアは即座にブレーキをかけ、振り返りざまに突進してくる。キリトは必死によける。何度もよけられ完全に怒り心頭なフレンジーボアの憤怒の突進を、ガタガタと震えを増す体を何とか動かしてひたすらかわし続ける。

 

 キリトの回避とフレンジーボアの攻撃。これが始まってから何度目だろうか。

 

(ダメだ、このままじゃ殺される。俺が倒さないと、殺される――)

 

 先ほどよりほんの少しだけ冷静さを取り戻したキリトの頭がフレンジーボアからの戦闘離脱不可と自身の攻撃の肝要性を結論づけた。キリトは震える手で武器をフレンジーボアに向ける。自身をどこまでも浸食しようとする死の恐怖を歯ぎしりで押さえつける。

 ここまで必死によけつづけたことで分かったことがある。フレンジーボアの攻撃があくまで一直線だということだ。キリトがよけた瞬間に方向転換ができないのだ。そうでなければキリトはとっくの昔にこの世界から消滅していただろう。

 

(なら……)

 フレンジーボアが突進攻撃しかできないのならばすれ違いざまに切りつけてやればいい。たった三分の一だけとはいえ、ソードスキルは確かにフレンジーボアのHPを減らしたのだ。決して目の前のフレンジーボアは無敵ではない。倒せない相手ではない。その事実に気づいたとき、キリトの震えが少しだけ和らいだ。後は克己するだけだ。

 

「オオオオオオオオオオオオオ――!!」

 フレンジーボアを見据え、大地を踏みしめてキリトは腹の底から叫ぶ。同時に相変わらずの速さで突っ込んでくるフレンジーボアをサイドステップでかわし、真横から切りつける。上段からの一撃だ。そしてすぐさま距離をとる。このフレンジーボアは何をしでかすか分かったものじゃない。突進以外の攻撃手段を持っていても何らおかしくない。そう思考した上での行動だ。その考えは果たして的中した。

 

(あっぶなぁ……)

 何とフレンジーボアが立ち止まるとともに突然全身の体毛をハリネズミのごとく逆立てたのだ。もしもあのまま攻撃を続けていれば確実に串刺しENDだったろう。キリトは身震いをした。フレンジーボアは全身の毛を元に戻した後、キリトへと突き進む。体毛を逆立てたまま襲ってこないのは自分を油断させるためか、ただ体毛を逆立てたままの突進ができないだけなのか。

 おそらく前者だろうとキリトは予測する。根拠は最初にフレンジーボアと対峙したときのフレンジーボアの行動だ。最初、フレンジーボアはゆっくりとキリトに向かい敢えてソードスキルを喰らった。そしてフレンジーボアを倒したものと思い込んだキリトを背後から襲撃したのだ。ソードスキルの一撃だけでは自分は倒されないと分かっていなければできない芸当だ。つまり、それだけの知能をこのフレンジーボアは有している。希望的観測など、できるはずがなかった。

 だが、今回はキリトの予測は良い意味で外れた。どうやら本当に全身ハリネズミ化からの突進はできないようだ。フレンジーボアの一挙手一投足を注意深く観察して結論を下したキリトは再び反撃ののろしを上げた。

 ワンパターンに突撃してくるフレンジーボアをギリギリまで引きつけて、かわして、切りつけて、ただただフレンジーボアのHPを削り続ける。一瞬であろうと気は抜けない。少しでもタイミングがズレれば死が確定するからだ。タイミングが早すぎたらフレンジーボアは軌道修正するだろう。タイミングが遅すぎたらなんて言うまでもない。

 

「せいッ!」

 そうして残り数ドットの命を燃やしてフレンジーボアと剣舞を繰り広げること数分。9度目のキリトの袈裟切りでようやくフレンジーボアのHPはゼロに達した。フレンジーボアは弱々しい鳴き声をあげて、登場時と同じ光の粒子とともに消え去った。

 

「やった、のか……?」

 今度はフレンジーボアの最期をしっかりと目に焼きつけながらキリトは呟く。こちらもフレンジーボア同様弱々しい声だった。

 

「は、はは……」

 キリトは乾いた笑い声を漏らし、その場に大の字に倒れこむ。生きてる。今俺は生きている。ここまで明確に生を実感したことは初めてだとキリトは笑みを浮かべて空を見上げる。赤橙の空が自分が生き残ったことを祝福しているようでなおさら嬉しかった。

 このままでいられたらどれほど良かったか。なぜあのフレンジーボアが異常に強かったのかという疑問。ついさっきまで自分が殺されそうになっていた事実。ついでに先のフレンジーボア討伐による獲得経験値と獲得金がデスゲーム開始前のフレンジーボアの軽く三倍を超えていたという新事実。それらへの思考が極度の緊張からの解放とともに脳裏から抜け落ちたキリトは今、この瞬間。誰よりも幸せに浸っていた。

 しかし幸せは、至福の時間は総じて終わる。何の前触れもなく突如として。

 

「ああああああああああああああああああ!!」

「く、くく来るなッ!? こっち来るんじゃねえええええええ!」

 キリトにとってそれは草原地帯に響きわたる男二人の絶望に満ち満ちた断末魔だった。

 幸せ空間から我を取り戻しモンスターの存在するフィールドへと意識を浮上させたキリトはハッと体を起こし辺りを見渡すと、100メートルほど先の、キリトの現在位置から比較的近い場所に捕食者たるフレンジーボアと必死に逃げ惑う若者二名の姿があった。

 彼らは確実にβテスターだろう。自分と似たような思考をたどって混迷極まる広場を後にした者達。自分と同類の、我が身が恋しい部類の人間である。

 

「……嘘、だろ?」

 だが、キリトは男二人がフレンジーボアの餌食に遭い光の粒子と化す瞬間など目もくれずにある一点を凝視し、固まっていた。男二人を囲んでいたフレンジーボアの数が多いのだ。その数五匹。キリトの視線を察知したのか、計五匹のフレンジーボアが一斉にキリトを睨みつける。

 

「うぁ――」

 刹那。一時的に和らいでいた恐怖がぶり返す。完全に忘れていた死の恐怖の復活および浸食に為す術なくキリトは飲み込まれる。そして――

 

「うあああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ……そこから先のことをキリトは憶えていない。気づいた時、キリトは呆然と広場前で立ち尽くしていた。表情は幽鬼のごとく目もどこか虚ろで焦点が定まっていない。

 生きてる。今俺は生きている。そう実感すれど感じるのはただ疲れだけだ。周囲の怒号だったりヒステリックな声だったりが疲れに拍車をかけている。

 キリトは疲れ果てていた。この世界を有利に生き残るためにここ広場から駆け出した心は既にボロボロで、フレンジーボアの洗礼をもってズタズタに引き裂かれた精神はもはや修復不可能だなとキリトは他人事のように思った。

 とにかく疲れた。眠りたい。キリトは宿に泊まるという選択肢を選ぶまでもなく地面に倒れこむ。ひんやりとした地面にほんのちょっとだけ心地よさを覚えつつ、キリトは数秒後には深い眠りに落ちたのだった――

 

 




 ……というわけで、茅場さんがやらかしてしまったことはズバリ『SAOの難易度の大幅アップ』です。ホントにやらかしましたねここの茅場さん。
 キリト君マジ頑張って。

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