SALO(ソードアート・ルナティックオンライン)   作:ふぁもにか

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 はい。というわけでSAEO三話目です。今回はアドゥラさんの感想を元にキリアスの甘々な話を作ろうとしていたふぁもにかですが……なぜか物凄くシリアスな話になってしまいました。精々最後の部分が微糖となっているだけです。声を高らかにして言いたい。どうしてこうなった!?
 ※今回の外伝はデスゲーム開始から半年後の話です。



星空を見上げて

 

 眼前にはオオカミのようなモンスター。グルルとこちらを睨みつける。口元から流れ落ちるよだれがオオカミがいかに凶悪かを如実に表している。冷や汗が背中を伝う感触。右手に持っている己の武器を捨ててオオカミに背を向けて逃げてしまいたい。こちらの様子を伺うオオカミとの距離を保ちながら自身の願望を無理やり押さえつける。背を向けてしまえばその先には死しか存在しない。逃亡は許されない。

 と、その時。オオカミがしてやったりと嗤ったように感じた。疑問符を浮かべていると後ろから鋭い衝撃が襲う。仰向けに倒れた視界に映るのは先ほどのオオカミとは一回り小さいオオカミの姿。仲間がいたのか。気づいた時には手遅れで。最初に対峙したオオカミが鋭い毒爪つきの前足を振り下ろしてきて――殺される。

 

 眼前には二足歩行のトカゲのようなモンスター。こちらを哀れな子羊だと見定めたのか剣を振りかぶって襲いかかってくる。中々速い。だがかわせないほどではない。トカゲの剣撃を余裕をもってかわして己の武器をトカゲに突き立てる。その武器が真っ二つに折れる。トカゲの尋常でない防御力を前に己の武器は敗れ去る。予想だにしない展開に図らずも硬直してしまいその隙を突かれて――殺される。

 

 眼前にはワシのようなモンスター。鉤爪の攻撃にかすっただけで麻痺毒に陥りなす術もなくじっくりと――殺される。

 眼前には蜘蛛のようなモンスター。その姿からは想像もつかないほどの速さで距離をつめられ抵抗虚しく――殺される。

 眼前には食虫植物のようなモンスター。地中からの根っこを使った不意打ちに対応できずに拘束されじわりじわりと――殺される。

 

 殺される。殺害される。惨殺される。刺殺される。撲殺される。殺戮される。絞殺される。扼殺される。斬殺される。圧殺される。殴殺される。いつまでも。いつまでも。終わりなど存在しない。殺されたらいつの間にか次の舞台に立っていて。眼前には当然のごとくモンスターがいて。殺されて別の舞台に移る。永遠と繰り返される。

 

 

 ――そんな夢を見た。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ぅ……ん?」

 第七層のとある宿にて。キリトはふと目を覚ます。何か物音がしたような気がしたのだ。ベッドから起き上がり時間を確認すると午前1時。夜真っ盛りな時間帯である。キリトは首を傾げる。キリトがこんな真夜中に目を覚ましたのは現実世界を含めた今までの人生の中で数回程度だからだ。徹夜ならまだしも一度就寝してからこの真夜中に起きるのは非常にレアである。再びベッドに転がって目を瞑るも全然眠れそうにない。むしろ頭が冴えわたっていく。これは眠れそうにないなとキリトは就寝を諦めると宿の外へと歩を進めた。

 誰もいない主街地をキリトは歩く。誰一人プレイヤーがいないため今のキリトは勇者の仮面を被る必要はない。外聞など気にしないで圏内を歩く。いつ以来だろうか。キリトは過去の記憶を掘り起こしながら一人自由気ままに散歩する。記憶の掘り起こしといっても真剣に思い出そうとしているわけではない。暇つぶしの一環だ。

 

「……え?」

 ふと空を見上げて言葉を失った。綺麗だった。現実世界では絶対に見られないような空一面を彩る星の数々。星座に疎いキリトでもわかるようなポピュラーな星座もいくつか存在している。プラネタリウムなんかと比べるまでもない。一晩中ずっと見続けていても飽きそうにないほどに秀麗な光景。

 

(そういえば、空なんて見上げたことなかったな……)

 この世界がデスゲームと化して以降キリトは必死に生きてきた。ただでさえ自分一人が生き残るのに精一杯なのにその上勇者の看板を背負い始めてからは他のプレイヤーが死なないよう自分の命を賭してボス攻略に挑んできた。だからだろうか。相変わらず絶望的な状況にうつむくことはあっても。勇者らしい毅然とした態度で前を見据えることはあっても。空を見上げたことはなかった。精々命からがらフレンジーボアを倒したデスゲーム開始初日が最後だ。あのあまりに綺麗に感じられた赤橙の空が最後だ。

 

「……ん?」

 明日はアスナにもこの光景を見せよう。星を見上げて感嘆の息を漏らすであろうアスナの姿を想起しながら圏内を歩いているとき、キリトの視界にスッと前方をよぎる影が映る。自分の他にも夜の街を散策しているプレイヤーがいるのかと咄嗟に勇者の仮面を被ろうとして、絶句する。

 アスナだった。別にそれだけならば何もおかしくはない。驚く要素など存在しない。アスナだって自分と同じように眠れなくて気晴らしの散歩をしているかもしれないのだから。アスベルの変装なしに主街地を歩いているのも少々意外だなと感じるくらいだ。今は真夜中。誰もが明日に備えて眠りに就く時間帯だ。他人の視線がないのにわざわざアスベルスタイルでいる必要はない。キリトが驚愕した箇所はアスナの目だった。アスナの目が虚ろになっている。榛色の透き通ったかのような綺麗な瞳が今は濁っている。目が死んでいる。まさにそんな表現が今のアスナにはぴったりだった。アスナはふらふらと覚束ない足取りでまるで吸い寄せられるかのようにキリトのはるか前方を歩く。その先にはモンスターが跋扈するフィールドが広がっている。

 

「アスナッ!?」

 一切の躊躇もなく圏外へと繰り出したアスナをキリトは急いで追いかける。アスナの歩みを止めようと何度もアスナの名前を叫ぶ。だがアスナの耳には届いていないのかアスナの歩みは一向に止まる気配がない。アスナの目的がわからない。なぜアスナはこんな夜遅くに一人で危険極まりないフィールドへと向かっているのか。何か自分に言えない理由があるのかもしれない。けれど。それでも濁りきった目をした今のアスナを放っておけるはずがない。キリトは全力で走る。

 

「アスナ! 止まれって!!」

『……何だキリトか。どうかしたのか?』

「どうかしたのかって……どうかしてるのはアスナの方だろ! なんでこんな時間帯に外に行こうとしてんだよ!? 死ににいくようなもんだぞ!?」

 まもなくアスナに追いついたキリトはアスナの肩を掴む。危なげない歩みを止めてキリトの方を振り返るアスナ。アスベルの口調でさも不思議そうに尋ねるアスナにキリトはつい声を荒らげる。今のアスナはどこかおかしい。アスナの空虚な目を間近で見てキリトは確信する。夜のフィールドはモンスターの天下だ。同じモンスター相手でも昼と夜ではまるでレベルが違う。さらに夜目が利かない分だけプレイヤーが死ぬ危険性は上昇する。そのことをアスナは知っているはずだ。知っていて外へと歩を進める。全くアスナらしからぬ行動だ。わけがわからない。一体アスナは何がしたくて――

 

『うん。だから今から死のうとしているんじゃないか』

「……は?」

 キリトは固まった。当然だろう。アスナは今この場において自殺の意思を告げたのだ。第一層ボス攻略会議で出会ってから今までずっと共にSAO攻略のために歩んできた強く気高い元ソロプレイヤーのドロップアウト宣言。アスナの言葉が理解できずに立ちすくむキリトをよそにアスナは『じゃあなキリト』と再びフィールドの奥へと歩き出す。徐々に遠くなっていくアスナの華奢な背中。キリトはハッと我に返るとアスナの前方に回り込む。

 

『何のつもりだキリト』

「……本気なのか、アスナ」

『冗談で自殺なんかするわけないだろ。邪魔だキリト、どいてくれ』

「どかない。とにかく帰るぞアスナ」

 アスナは本気で自殺しようとしている。相変わらず空虚な瞳から察したキリトはアスナの要望を拒否してアスナに立ちはばかる。今のアスナは異常だ。どうにかして正気を取り戻させる必要がある。無理にでもアスナを連れて主街地に引き返そう。話はそれからだ。キリトはアスナに近づこうとして、距離をとった。

 

「あ、アスナ……?」

『邪魔をするというのなら……君でも容赦しない』

 アスナがレイピアで攻撃してきた。想定外極まりない事態に呆然としているキリトにアスナの風を伴ったレイピアがほとばしる。アスナの殺意の籠った本気の攻撃。キリトは横っ飛びでかわすと即座に剣を装備してアスナと対峙する。

 

(本当にどうしたんだよアスナッ!?)

 無言でキリトを殺しにかかるアスナ。キリトはアスナのレイピアによる連撃を剣を使って紙一重でかわす。頭の中はどこまでも混乱している。今のアスナはどこかおかしい所じゃない。明らかに暴走している。壊れている。何がアスナをここまで壊したのか。少なくともここ数日のアスナに変化はなかった。あくまでいつも通りだったはずだ。わからない。何もわからない。徐々に激しさを増していくアスナの攻撃の中でキリトの動きは徐々に精彩を欠いていく。

 

「くッ――」

 アスナの怒涛の攻撃の全てをかわしきれずキリトのHPが段々と削られ黄色へと変化していく。キリトにとって素早く攻撃の手数の多いアスナとの相性はかなり悪い。レイピアを使用した突きにより攻撃のリーチが広いのも相性の悪さの一因だ。実際何度か秘密裏に開催している半減決着モードでのデュエルではキリトがアスナに負け越している。勇者キリト信者には絶対に知られてはならない事実である。それでも。アスナを死なせないためには。いつの間にかカーソルがオレンジに変わっているアスナを止めなければならない。

 

(けど、どうやって――ッ!!)

 しかしキリトはアスナを前に防戦一方だ。アスナの暴走を止める以前にこのままではジリ貧だ。自分の命が危ない。もし仮に自分が殺されてしまえばアスナにPKをさせてしまうことになる。自殺をさせてしまうことになる。何かないのか。キリトは言いようもない焦燥感を胸に打開策を必死に模索して――閃いた。

 

「――アスナあああああああああああああ!!」

 キリトは一つの賭けに近い策を元にアスナへと駆ける。防御を捨てたキリトはアスナのレイピア攻撃でHPが赤色に差しかかっても気にも留めずに一歩も引かずにアスナとの距離を詰める。アスナの攻撃は手数こそ多いが一回一回での与えるダメージ量は少ない。そのことを考慮したゆえの行動である。キリトの無謀すぎる一手に目を見開くアスナ。レイピアの攻撃が緩んだ一瞬の隙をついてキリトは満身の力を込めた逆袈裟でアスナのレイピアを弾き飛ばす。そのままアスナの服を掴んで自分の元に引き寄せ渾身の頭突きをお見舞いした。それはかつて正気を失ったキリトに我に返ってもらうためにアスナがとった手法。キリトはアスナの正気を取り戻すために同じ方法を使って賭けに出たのである。

 

『~~~ッ!?』

 果たして賭けは成功した。キリトの頭突きがよほど意外だったのか、頭突きの衝撃で数歩後退したアスナは目をぱちくりとさせている。その目に少し生気が宿ったのを確認したキリトは剣を装備から外す。ちなみに今現在のキリトのHPは残り数ドットである。後一回でもアスナの攻撃を受けていれば消滅は免れなかっただろう。

 

「頭は冷えたかアスナ?」

「キ、リト……」

「アスナ。お前言ったよな? 自分の独善で人の思いを蔑ろにするなって。そのアスナがなんで自殺しようとしてんだよ? エギルのことは忘れたのか?」

「――ッ!?」

 キリトはふつふつと湧き上がる怒りの奔流を何とかせき止めながらあの時と同じようにアスナに言葉を畳み掛ける。あの時と違っているのはキリトとアスナの立ち位置だ。アスナを諭す立場のキリトが口にした『エギル』という名前にアスナはビクッと体を震わせる。エギルはかつてキリトとアスナに希望を見出し二人を救うためにその身を犠牲にした。大方正気を取り戻し始めたアスナは自身がこれからやろうとしたことが自らを生かしたエギルへの最大限の侮辱だと気づいたのだろう。アスナは呆然とした表情で膝をついてストンと腰を落とす。

 

「……なんで自殺なんかしようとしたんだ?」

 キリトはアスナを見下ろして尋ねる。何があるかわかったものではないので回復結晶でHPを全快した上での問いだ。今までもアスベルの仮面をとったアスナが涙を流すことはあった。理不尽という言葉を全力で体現するモンスターがもたらす死の恐怖にガクガクと震えることはあった。だが自殺の決行をもくろんだのは初めてだ。何がアスナをここまで追い詰めたのか。キリトは自身でも色々と推測しつつアスナの返答を待つ。

 

「……夢を、見たの」

「夢?」

 数分後。俯いたままのアスナが消え入りそうな声で答える。アスベルスタイルの口調はすっかり鳴りを潜めている。キリトは予想外の答えに頭に疑問符を浮かべる。

 

「うん。私がモンスターに何度も何度も殺される夢。痛みはないんだ。でも死んだと思ったらいつの間にか蘇っててまた殺されていつまでも終わってくれないの。助けてって叫んでも必死になって逃げてもモンスターに立ち向かっても殺されてまた蘇っての繰り返し。なんで私がこんな目に遭わないといけないのって、なんで私は生きてないといけないのって思ってそれで――」

「アスナ! もういい。大丈夫だから。大丈夫だから」

「――ッ」

 キリトを見上げて息継ぎもなしに矢継ぎ早に言葉を紡ぐアスナ。話すにつれて少しずつアスナの目から光が消えていく。焦ったキリトは即座に膝をついてアスナを抱き寄せることでアスナの話を中断させる。安心させるように声をかけるとアスナは堰を切ったかのように涙を流し始める。嗚咽をあげて泣きじゃくるアスナが落ち着きを取り戻すその時までキリトはアスナを抱きしめて優しく声をかけ続けることとなった――

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ねぇ」

「何だ?」

「キリトはさ、怖くないの? HPゲージがゼロになったら死んじゃうこと」

「いや怖いよ。怖いに決まってる」

「だったら。どうしてキリトはそんなに頑張れるの? 誰も死なせないって皆を助けようとできるの? そのせいでキリトが死ぬことだってあるかもしれないのに」

「どうしてって言われてもなぁ……」

 キリトはアスナからの不意の質問に頭を捻る。ちなみにキリトは疲れ切ったアスナのためにおんぶをしている。ところで二人の現在地は依然としてフィールドのままだ。目的地は圏内たる主街地ではなく別の村。キリトへの攻撃によって見事にオレンジプレイヤーとなってしまったアスナにカルマを回復するためのクエストを受けさせることが理由である。勇者キリトの懐刀たる『閃光のアスベル』のカーソルがオレンジだと他のプレイヤーに知れたら勇者キリト伝説が一気に瓦解しかねない。アスナがキリト以外に未だ素顔をさらしていないことは不幸中の幸いであろう。

 

「……やっぱり茅場晶彦だろうな。あいつはこの世界をログアウトのできないデスゲームにした。この世界のモンスターを強くした。だからプレイヤーが死ねば死ぬほど茅場晶彦のシナリオ通りに物事が進んでる気がしてさ。俺はそれが許せないんだと思う」

「……そっか」

 しばらく考えた後、キリトは自身の気持ちを整理しながらアスナの問いに応じる。他にもキリトの考える勇者像といったようなものが我が身を顧みずに他者を助ける理由となっているのだが一番大きいのはやはり茅場晶彦への反骨心だろう。キリトはうんうんと頷きながら歩いていく。半ば奇跡的にモンスターによる襲撃がない夜のフィールドにて沈黙が二人を包む。不快な類いの沈黙ではない。ふと幻想的な空の景色のことを思い出したキリトはアスナに「アスナ。空見てみろよ。凄いから」とアスナを促してみる。背中におんぶしているアスナが息を呑んだのか気配で分かった。

 

「な? 凄いだろ?」

「うん。綺麗……」

 アスナは空から一時も目を離さずに感嘆の息を漏らす。その様は年相応の女の子そのものだ。アスナのカルマの回復が終わったら。少しだけSAO攻略から離れるのもいいかもしれない。キリトは自然とそんなことを考えていた。レベルも所持金も十分に余裕がある。躍起になってSAO攻略なんてしないで一度アスナと一緒にモンスターの脅威のない所でゆったりと暮らしてみるのもいいかもしれない。キリトはアスナと過ごす平穏な日々を想起して笑みを浮かべる。二人の上空で一筋の流れ星が流れた。

 




 ……というわけでこの後二人は一週間の間二人でゆったりと過ごします。原作みたく家購入とかはさすがにできていませんけど。キリト&アスナマジ夫婦。そしてこの話でSAEOは終了となります。後はネタが思い浮かび次第細々と連載する予定です。今の所は全く思い浮かびませんけど。とにかく一日一話更新はここで終了です。今まで本当にありがとうございました。

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