SALO(ソードアート・ルナティックオンライン)   作:ふぁもにか

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 前回割と原作キャラ出すといったな? ……あれ嘘です。ごめんなさい。
 登場してることはしてるんですけどほとんど地の文だけなんですよねぇ。というか今回地の文の量が凄まじいことになっている気が……


アスベルとアスナ

 このデスゲームが始まってから実に二ヵ月が経過した。死者は推計四千人。二万八千人の一般プレイヤーと二千人のβテスターが閉じ込められたこの世界においてこの人数を多いと見るか少ないとみるか。難易度を考慮すればかなり少ない方だろう。参加者一万人程度じゃああっという間に全滅してしまうと急遽参加人数を三万人に増やしSAOを大量に発売した茅場明彦もこの展開は意外に思っているはずだ。今頃自分が活躍する機会を今か今かと待ちつつほくそ笑んでいることだろう。清々しさを放つヒースクリフのアバターで。大方例の質素極まりない宿の一室で。

 

 さて。ここで死者の内訳を見てみよう。

 慣れない戦闘及び難易度天元突破な世界の仕打ちで順当に殺された者が約千人。茅場明彦の演説を真に受けずに飛び降り自殺またはフレンジーボアへと無防備な身をさらす形での自殺が約千五百人。中でも一際異彩を放つのは残りの約千五百人。『フレンジーボアの洗礼』を受けたβテスター達だ。

 あの日。彼らはβテスト時の情報を元に我先に広場を飛び出した。自分がより有利に生き残るために。故に突発的事態に弱い。βテスト時との少々の誤差は覚悟の上だったろう。だが、果たして彼らのうちの何人がキリトのごとく魔改造され凶化されたフレンジーボアに対応できただろうか。βテスト時の情報への信仰度に応じて死亡率が高まったのは想像に難くない。

 上手くフレンジーボア戦を切り抜けた将来有望な者達も先の初戦闘でアインクラッドの難易度上昇と自身の火力不足を実感。その大半が現状を切り抜けることのできる一筋の光明――アニールブレード――を求めてリトルネペントの巣窟へと足を踏み入れたきり誰一人帰ってきていない。その結果が全βテスターの四分の三の開始早々のこの世界からの消滅だ。今頃どこかの名前が『キ』から始まって『ウ』で終わる茶髪の男などは「ざまあみろ!」と歓喜を全身で表現していることだろう。

 

 これらの情報をキリトが入手できたのは一重に情報収集に奔走してくれた頼れる兄貴分、クラインのおかげだ。キリトが見た目おっさんな仲間三人にソードスキルを始めとするSAOの改変されていないであろう知識をレクチャーしている間、デスゲーム前に一足早くキリト先生の師事を仰いでいたクラインが自ら情報集めを引き受けてくれたのだ。あらゆる人という人に聞き込みを敢行し信憑性の高い情報を精査してくれたことは人間関係に苦手意識を有するキリトにとって非常にありがたかった。この時ばかりは典型的な野武士面に思わず神を幻視した。ちなみにクラインの集めた情報は最終的にキリトが確認し早くも情報屋を気取る善良なβテスターに譲渡してある。このβテスターもクラインコミュニティの産物である。

 

 言っておくが今現在キリトは再びソロで活動している。二週間の時を経てようやくフレンジーボアのトラウマを解消したからだ。キリトは仲間三人に知識を叩き込んだ後、人気の少ない所でクラインを交えて模擬戦を開催していた。もちろんフィールドでそんなことはしていない。キリトのトラウマは根深くフィールドと安全地帯の境界線が目に入るだけで強い嘔吐感に駆られたというのもあるが、戦闘訓練なしで『初心者殺し』の異名を持つフレンジーボアと対峙するのは無謀だというキリトの妥当な判断が主だ。

 模擬戦の対戦カードはキリトVS.クライン一行。当初「さすがにそれは俺達を舐めすぎだろう」と抗議を上げる四人。だがキリトが情け容赦なく彼らをコテンパンに打ちのめしたことで彼らは『打倒キリト先生』を目標に結託。てめえらテレパシーでも使ってんのかと声を上げたくなるほどの綿密な連携で模擬戦開始三日後にキリトを撃破した後はランダムの二対三をメインに、時々王者キリト先生と挑戦者との一対一の真剣勝負が繰り広げられた。さすがにここでキリトが敗れることはなかったが。βテスターとしての経験はダテじゃない。

 

 かくして二週間もの間。戦闘経験値を積み上げたキリト達は草原地帯へと足を踏み入れた。キリトにとってトラウマ溢れる場所のため、何度か精彩を欠き奇声を上げてあらぬ方向へと走り始めるキリトを取り押さえて落ち着かせて再び彼らは歩み始める。その作業を幾度となく繰り返したので五人の行軍はかなり遅いものだった。

 そして彼らの前にフレンジーボアが現れた。光の粒子とともに姿を現したそれを目前に機能停止になるわけにはいかないとなけなしの勇気を総動員したキリト。皆と事前に打ち合わせた通りにフレンジーボアを取り囲む。作戦は至って単純だ。フレンジーボアに狙いを定められた者が囮となり残り四人がフレンジーボアに通常攻撃でダメージを与える。その名も『数の暴力☆大作戦』。命名者はカンナちゃん大好きバンダナ二号である。☆に深い意味はない。気分の問題だ。

 行使した後に硬直するソードスキルは使わない。与えるダメージ量は魅力的だが硬直なんて隙を作りたくなかった。これはキリトの経験談もあって満場一致だった。

 五人は地道にフレンジーボアのHPを減らし続ける。多数対一ではそれほど脅威でないフレンジーボアを一分足らずで倒した彼らは獲得経験値や獲得金の表示など目もくれずに瞬時に広場へと戦線離脱する。フレンジーボアは最初の一体が倒された場所に大量発生する。クラインコミュニティからの情報を元にした賢明な行動である。

 一旦安全地帯――ここは今までの常識が全く通用しない世界なので広場だろうと100%安全だとは言えないのだが――で一時間ほど時間をつぶし再び狩りに出かける。これを繰り返し5匹のフレンジーボアを狩り、日没が近いということでこの日の狩りは終了とした。すべてが終わり互いが互いを褒めたたえる。キリトはこの時自身のトラウマの消失に気付いた。

 

 その次の日。キリトは心優しき四人と別行動を取ることにした。四人との二週間はここが絶望漂うデスゲームだとつい忘れてしまうほど有意義な時間だった。だからこそこれ以上彼らに依存するわけにはいかない。自分が自分であるために下した決断だった。

 キリトの出した答えに四人の男達は寂しそうな表情を浮かべながらも、それでもキリトの新たな旅立ちを祝福してくれた。その後「なにかあったらいつでも帰ってこいよ。離れ離れだろうが俺達はずっと仲間だ、な?」「おうよ。いつでも大歓迎だぜ師匠!」「また五人で駄弁ろうぜ」「次会った時は一対一で勝って見せる……フフフッ、首を洗って待っておけぃ」「え? おめぇがキリトに勝つの? 無理じゃね?」「無理だな」「右に同じく」「……」とキリトの健闘をたたえる言葉からすっかりお馴染みと化した漫才を繰り広げてくれる。順番はクライン→バンダナ二号→頬の痩せこけた男→小太りの男→クライン→バンダナ二号→頬の痩せこけた男→小太りの男である。小太り天然パーマ男は仲間から弄られる星の下に生まれていたようだ。当の本人は涙目だ。ここでいつものごとく膝を抱えてふてくされないのは今がキリトとの別れの瞬間だからだろう。

 キリトはそのやりとりに思わず笑って。つられて四人も笑って。そしてキリトは歩き出した。彼ら四人の温かい言葉がキリトの歩く原動力そのものと化していた。

 

 それからの6週間はただフレンジーボアを狩って経験値を上げ続ける日々だった。誰一人生存者を出していないリトルネペントの住処に近づくことはしない。草原で巧妙に隠されていた宝箱からキリトの洋服センスに合致する黒マントを偶然見つけてからは宝探しを兼ねて草原地帯に出向いていた。難易度が跳ね上がった影響か、フレンジーボアのみの討伐でも十分獲得経験値及び獲得金は手に入る。相変わらず定期的にクラインコミュニティから仕入れた情報をメッセージで飛ばしてくれるクラインに感謝しつつ、『フレンジーボアキラー』とクラスチェンジしたキリト。一体、また一体とフレンジーボアを狩り続ける。

 

 こうして。狂気のデスゲーム開始からちょうど二ヵ月の今日。キリトはアインクラッド第一層ボス攻略会議へと歩を進めることにした。

 

 

◇◇◇

 

 

 キリトは今、窮地に立たされていた。きっかけは第一層ボス攻略会議を取りしきる蒼髪長髪の自称ナイト。いかにも人間関係に関する苦悩がなさそうな男――ディアベル――の「まずは6人のパーティを組んでみてくれ」の一言だ。

 

(まずい……)

 ここにクライン一行がいれば即座に5人パーティが完成する。信頼度も以心伝心度も申し分ないだろう。だが彼らはレベルの低さを考慮して今回のボス攻略会議の参加を見送った。フレンジーボア戦しか体験していない経験の少なさも理由の一柱だ。その点キリトはソロでフレンジーボア狩りをし続けたためレベルもまぁ問題ない。他モンスターとの戦闘はβテスト時に散々経験している。知識は全くあてにならないが、戦闘経験は確かなものとしてキリトの戦闘能力を底上げしている。会議に参加しない理由がなかった。

 だが今回はそれが裏目に出た。頼れるクライン一行はいない。乏しい人間関係構築スキル(※ソードスキルではない)を駆使してなんとか6人パーティの輪に入ろうとするも場所が悪かった。周りはとっくに近くの人達でパーティを組んでおり時すでに遅し。人のいない場所を好んで座っていたキリトは完全に孤立した。クラインレベルの人間関係構築スキルがあればすでに形成されたパーティへの割り込み加入もできただろうが、キリトにはハードルが高すぎた。

 こういうときあぶれ者にさりげなく手を差し伸べるのが総括者たるディアベルの役目なのではないのか? 期待を存分に込めた眼差しで精一杯はぐれ者である自身の存在をアピールするも彼が気付く様子は欠片もない。浅黒い肌をした、第一印象が情報操作するまでもなく恐怖畏怖で統一されていそうな大男が順調にパーティの一員に入れた光景にうんうんと頷いている。ディアベルにとっての心配要素はキリトではなく彼らしい。となるとディアベルからの救いの手は期待できない。

 

(やばいやばいやばいやばい――)

 キリトは冷や汗タラタラだった。いやもはやダラッダラである。このままでは自分一人孤立したまま話が進んでしまう。遅かれ早かれこの会議の参加者一同がパーティを組んでいない自分の存在に気づいてしまう。彼らから自分はどのように映るだろうか。パーティなんぞ俺様に必要あるか、なぜその辺の有象無象と連携しなければならんのだと悠然と腰を据える絶対王者もとい慢心家とみなすのか。はたまたただの哀れなコミュ二ケーション障害者とみなすのか。

 先生だの師匠だの魔王だの覇者だの選ばれし者だの光の勇者など見た目おっさん四人衆に散々言われ続けてきたキリトにとって前者として認識してくれるならなんら問題ない。しかし現実は絶対にそうはならないだろう。先の大男のような溢れんばかりの男気を放つ外見ならともかくキリトは童顔である。一部の女性を「負けた……」とorz状態にさせる程に可愛らしい顔つきをしている。相手を無差別に威圧するオーラを放ち他者から恐れられる経験などゼロだ。人付き合いのできない可哀そうな奴だと憐憫の眼差しを向けられる。それだけは何としても避けたかった。プライドの問題だ。

 いるはずだ。自分と同じあぶれ者が。キリトは必死に視線をさ迷わせて同類を捜索する。本人はディアベル等に悟られないように平静を装っているつもりだがその表情は崩れに崩れきっている。折角の童顔が台無しだ。

 

(いたあああああああああああ! 見つけたあああああああああ!!)

 必死の捜索の末、果たしてキリトは発見する。その者はフード付きの赤黒い服に身を包んでいるため顔も性別もわからない。精々華奢な体つきだなと感じる程度。はっきり言って怪しい人である。だがワラをもつかむ思いのキリトにとってその存在は救世主そのものだ。唯一の懸案事項はフードの彼もしっかりあぶれているはずなのに焦る様子が全くないことだ。そわそわどころか微動だにしていない。ディアベルを見定めるように凝視しているようにキリトには見えた。

 パーティ形成のあてがあるのかもしれない。誰かと落ち合う約束をしているのかもしれない。それらの『かもしれない』が脳裏をよぎる。思わずフードの彼との接触を躊躇してしまうが、この場の全員の憐憫の眼差しの集中砲火と天秤にかけた後のキリトの行動は早かった。座った体勢を維持しつつフードの彼との距離を一気に縮める。

 

『?』

「あんたもあぶれたのか?」

『……あぶれてない。周りが皆お仲間同士みたいだったから、遠慮しただけだ』

 その声は男にしては妙に高く女にしては妙に低い。口調から彼が男だと判断したキリトは先の彼の発言から彼を世に珍しいソロプレイヤーだと当たりをつける。

 

(――凄いな)

 キリトは純粋に彼を称賛する。あくまで心の中でだが。

 この世界においてソロプレイヤーは絶滅危惧種だ。あらゆるモンスターが理不尽に魔改造されているアインクラッドではソロプレイの利点はほぼ生かされない。確かに獲得経験値や獲得金を独り占めできるのはおいしい。しかしそれを手に入れるために多大に精神をすり減らすことを考慮するとどうしても割に合わない。この難易度MAXな世界に攻略法があるとすればそれは前述の『数の暴力☆大作戦』のような数にものを言わせたフルボッコもとい公開処刑のみである。パーティを組んで当たり前。ソロで活動しようものなら大概自殺志願者のレッテルを貼られる。キリトのソロ活動が成り立っているのはクライン達の存在がキリトの精神の大部分を支えているからだ。

 だけど。眼前のフード男はおそらく最初から一人だ。一人であの『威圧』スキルをガンガン行使するフレンジーボアの洗礼を乗り越え。フレンジーボア以外の理不尽モンスターをも倒してここまできた。たどり着いた。同じソロプレイヤーでありながら次元の違う彼。彼に対するキリトの好感度は上がる一方だ。

 

「ソロプレイヤーか。なら俺と組まないか?」

『ん?』

「ほらあのディアベルって人が言ってたろ? このボス攻略会議は彼主催だからできるだけ彼の意向に従った方がいい。第一層ボス攻略までの暫定だ」

『……わかった』

 キリトにしては滅多にない積極的な勧誘だ。いつの間にかキリトはフードの彼と純粋に関わりたいと思うようになっていた。自身よりはるかに強靭な心をもつ彼と。当初の哀れな子羊として見られたくない願望はすでに忘れ去られている。フードの彼は少し逡巡しキリトの提案を受け入れた。

 

「っと。自己紹介がまだだったな。俺はキリト」

『……ボクはアスベルだ』

 空間ディスプレイを操作してあぶれ者パーティ結成の手順を踏む中。二人は軽く自己紹介をする。といってもただ名前を伝え合うだけ。一瞬で終わるコミュニケーションだ。

 

(そっかぁ、アスベルっていうのかぁ)

 だがキリトは内心で喜んでいた。その様はさながら恋する乙女のようである。止まることなく好感度が上昇を続ける影響でキリトの彼に対する認識が『強く気高いソロプレイヤー』と化した結実だ。なにもおかしくはない。もしもこの場にクライン一行がいればキリトの変化に目ざとく気づき格好の弄り対象としていただろうが。

 一定の手順を終えたキリト。対面のアスベルが眼前に表示されたパーティ加入の確認画面の丸を押したのを確認する。アスベルのHPゲージがきちんと表示されているか。最終チェックを行って――キリトは目を疑った。

 

『? どうかしたか?』

「ッ!? ああいやなんでもない。気にしないでくれ」

『??』

 ますます首を傾げるアスベルをしり目にHPゲージをもう一度確認する。『Asuna』と書かれた部分を凝視する。今ここにおいて目の前のアスベルが偽名を使っていると証明された。分からないのは偽名を用いる目的だ。

 アスナ。明らかに女性がつけるアバター名だ。ここから考えられる可能性は二つ。一つはこのキリト憧れのソロプレイヤーが当初ネカマプレイをしていたというもの。キリトはこの人に限ってそれはないなと即座に否定する。好感度の高さは時として人の判断を狂わせる。キリトも例外ではない。もう一つはこの強く気高いソロプレイヤーが本当に女性だというもの。そこを考えてふと違和感に思い至る。さっきも気になった声の高さだ。改めて考えると意図して作られた声な気がする。口調だけで男と決めつけたのは早計だったかもしれないとキリトは己の判断を振り返る。

 しかし。たとえ目の前のソロプレイヤーが女性だったとして、やはり目的が分からない。顔を隠すことに何の意味があるのか。群がる男対策か。顔に何らかのコンプレックスを持っているのか。ただその装備がフードを被らなければ効果を発揮しないだけなのか。そもそも眼前の謎人物が女性だと決まったわけじゃない。あまり考えたくないがやっぱりネカマプレイを求めてこの世界にリンクスタートしたゆえの正体隠しの可能性も残っている。

 

 キリトは考えを巡らすも結局は分からずじまい。直接本人に聞けばいいだけの話なのだが機嫌を悪くしてそのままパーティ解散なんて展開もあり得る。それは困る。

 好奇心猫をも殺す。でも知りたい。キリトは相反するもやもやとした気持ちを抱えたまま、アインクラッド第一層ボス攻略会議終了の時を迎えることとなるのだった――

 




 うん。皆さんとっくに分かってると思いますけど『アスベル』→『変装アスナ』です。原作よりは徹底して正体隠しに励んでいます。偽名と口調&声音変えを駆使しています。なぜそうなってるかは2,3話後辺りでさらっと明かす予定。
 というわけで次回は第一層ボス攻略回です。ルナティックなボスに対して主人公勢は果たしてどのように対処するのでしょうね?

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