SALO(ソードアート・ルナティックオンライン)   作:ふぁもにか

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 今回。思ったより早く執筆し終えたので早速投稿しました。本日二話目です。……絶望展開になった途端に執筆速度上昇するとか人間としてサイテーだと自分でも思います、はい。


Illfang the Kobold Lord Neo

 事の始まりは歓喜に包まれた第一層ボスフロアに反響する断末魔だった。

 クライン達へのメッセージの文面を何度も何度も修正&編集していたキリトが咄嗟に顔をあげると悲鳴をあげて何者かに切りつけられる光景が見えた。切りつけられた青年二名が宙を舞い床に叩きつけられる前に消滅する。

 

「は……」

『え……』

 わけがわからないままキリトとアスベルは現状を引き起こした原因に目を向け驚愕する。立っているのだ。倒したはずのイルファンが。HPゲージがゼロになったはずのイルファンが。これは何の悪夢だと呆然と二人して立っているとさらにタルワールで一人殺したイルファンの目が向けられる。そのままイルファンが二人に迫ってくる。狙いはアスベルだ。

 

「――危ないアスベル!!」

「え……きゃっ!?」

 ハッと我に返るキリト。アスベルに迫るイルファンの凶刃をかわそうと未だ思考停止中のアスベルに飛びつき寸での所で危機を回避する。勢い余って床をゴロゴロと転がり二人は揉みくちゃとなるが命があるだけ幸いである。ちなみにアスベルはつい地の声を出してしまっているのだが状況が状況なので二人とも気づいていない。イルファンは自身の攻撃をかわした二人を見向きもせずに標的を近くの者に変える。

 

「あ、あああ――」

「うわああああああああああああああ!!」

「なんでだよ!? なんで生きてんだよ!? ふざけんなよ!?」

「いいいやだ! 死にたくねええええええええ!!」

「止めろ!! こっち来るなあああああああああ!!」

 ようやく事態の深刻さに気づいたイルファン討伐し隊は死の恐怖に各々逃げ惑う。一直線にボスフロアの入り口へと逃げる者。腰を抜かしてガクガク震える者。今まで連れ添った仲間の死に現実逃避する者。自棄になってイルファンへと駆ける者。統率などもはや取れていない。落ち着けとディアベルが声を張り上げるもイルファンの雄叫びがそれを掻き消してしまう。

 混沌と化し絶望が伝染する中。キリトはアスベルとの揉みくちゃ状態から素早く立ち上がり何がどうなっているのかを把握するためにイルファンのHPゲージを見やる。余裕のないキリトだがそれでも取り乱さないでいられるのは今自分が狙われていないゆえか。

 

「……『Illfang the Kobold Lord “Neo”』!?」

 キリトはHPが全快し縦横無尽に暴れまわる『Illfang the Kobold Lord Neo』略してイルファンネオに戦慄する。一回り巨大化した体。新たに背中に二本生えて計四本と化した腕。その全てにタルワールを所持しているため現在のイルファンネオは四刀流だ。まるで暴風雨のような猛攻に次々と同じボス攻略のメンバーが殺されていく。攻撃の余波だけでプレイヤーが吹き飛ばされていく。

 

(何だよこれ……)

 キリトの眼前で同志が殺される。イルファンネオの一撃で同志が一人、また一人と消えていく。まさに地獄絵図だ。

 

「――何だよこれッ!!」

 キリトは怒りにギリリと歯噛みする。未だ座り込んだままのアスベルがビクッと肩を震わせるがキリトは構わずイルファンネオを睨みつける。

 倒したと安堵したプレイヤーを混乱させ絶望に叩き落とす。この手法にキリトは覚えがあった。デスゲーム開始後キリトが体験した初のフレイジーボア戦だ。それと現状はまるでそっくりだ。イルファンを倒したと思わせて油断させた所をイルファン第二形態たるイルファンネオが叩く。統率をとれなくしてプレイヤーの大量虐殺を狙う。統率がとれないのならば集団の利点なんてないも同然だ。むしろさらなる混乱をもたらす分だけマイナスである。

 

(あ……)

 このままではマズい。全滅だってあり得るかもしれない。そこまで考えてキリトはふと思い至る。思い至ってしまった。第一層ボス攻略のために集まった将来有望な同志がボスの圧倒的戦力を前になすすべなく全滅する。これが茅場晶彦のシナリオなのではないかと。現にイルファンネオは近場のプレイヤーを殺戮し終えると真っ先にボスフロアからの脱出を図るプレイヤーを殺しにかかっている。イルファンネオはこの場にいる全員を逃がすつもりがないのだ。そこまで理解したキリト。その時。彼の中の何かが壊れた。

 

『ちょっ、キリト!? 待てって!』

 キリトはゆらゆらとしたおぼつかない足取りでイルファンネオへと歩き始める。アスベルはキリトの変化を直感で感じ慌てて後を追う。少し歩き「あぁそうだ」とキリトは目的地をイルファンネオから変更する。向かう先にはすでに崩壊した統率を再びとろうとするディアベルの姿がある。功は全く奏していないようだが。

 

「ディアベル。皆を連れて撤退してくれ」

「それができたら苦労しない! どうにかしてあいつを止めなければ撤退なんて不可能だ!! バカなこと言ってないで君も部隊の再編成に協力してくれ頼むから!!」

 ディアベルはキリトの胸倉を掴んで悲痛の声をあげる。その目は完全に血走っている。当然だろう。イルファン攻略し隊はディアベルが総括者だ。ディアベルが有志を募って結成した一大部隊だ。イルファン第二形態たるイルファンネオの登場という全く予期せぬ事態。次々と殺されるプレイヤー達。大方自分の責任だと自分で自分を追い込んだ結果だろう。だが今のキリトにとってそんなことはどうでもいい。

 

「わかってる。だから俺があいつの囮になる。俺があいつの注意を引きつける。殿も俺がやる。その間にできるだけ多くの人をつれて逃げてくれ」

「ッ!? 正気か!? そんなことすれば君が――」

「俺はβテスターだ。他のプレイヤーとは経験が違う。格が違う。あいつの癖は把握した。一、二分なら持ちこたえられる」

『待て! キリトが囮になるならボクも――』

「その必要はない。俺には策がある。俺一人ならディアベルが全員逃がした後で撤退できる。アスベルは来なくていい。邪魔だ」

『なッ――』

「それに。手、震えてるぞ」

『え……』

 キリトは淡々と語る。ディアベルの反論を最後まで言わせずに自分の提案を通そうとする。途中で割り込んできたアスベルには手の震えを指摘して黙らせる。圧倒的な力を持ちこちらに殺意のある敵。どこまでも得体の知れない敵。怖くなんてないはずがない。普通ならガタガタと震えて当然だ。恐怖に絶叫したって誰も責めはしない。それでもキリトは震えない。暴虐の限りを尽くすイルファンネオを光を失った目で見据えるだけだ。

 

「……信じていいんだな?」

「ああ。俺に任せてくれ。アスベルを頼む」

『なッ!? キリト!?』

「分かった。行こうアスベル」

『待ってくれ! キリト一人置いていくなんてそんなこと――ちょっ何をする!? 放してくれ! ボクはまだ納得していない!!』

 ディアベルの最終確認に力強く頷いてみせる。キリトに頷き返したディアベルはアスベルの腕を掴んで撤退を始める。アスベルは抵抗するがあの細腕ではディアベルを振り払えまい。徐々にアスベルの悲鳴染みた声が遠ざかっていく。自分の提案をディアベルが受け入れてくれたことに安堵してキリトは前を向く。

 

「来いよ雑魚。俺が相手だ」

 キリトはおもむろにイルファンネオに向けて歩みを進める。イルファンネオは自身に向かってくる哀れな自殺志願者を殺そうとタルワールを振り下ろす。イルファンネオの気迫ある攻撃をキリトはある程度余裕をもってかわす。ギリギリでかわそうものなら確実に攻撃の余波で中空に飛ばされる。身動きのとれない空中で追い打ちをかけられたらキリトは間違いなく殺される。そのような愚策をとるつもりはない。

 

(……させるかよ)

 キリトはかわす。イルファンネオの振り下ろしをサイドステップで。横薙ぎをしゃがみ込んで。今のキリトは武器を装備していない。あっても邪魔だと判断したからだ。実際キリトにイルファンネオに攻撃する意思はない。さらにイルファンネオの攻撃を受け止めただけで死に至る可能性がある以上、キリトに剣は不必要だ。

 

(……お前の思い通りになんかさせるかよ。茅場晶彦ッ!!)

 これがキリトの原動力だった。茅場晶彦への怒り。憤怒。これらがキリトの死の恐怖を麻痺させることでキリトを前へ前へと突き動かす。そうでなければ今頃キリトは呆然と立ち尽くしているかガクガクと情けなく震えていることだろう。今のキリトの目的はたった一つ。茅場晶彦の描いたシナリオ通りにしないこと。この場で第一層ボス攻略組を全滅させないこと。これ以上誰一人だって殺させはしないこと。策なんてない。イルファンネオから撤退する方策なんて端から考えていない。ただキリトは避けるだけだ。イルファンネオから一瞬たりとも目をそらさず睨みつける。キリトはイルファンネオの背後に笑みを浮かべる茅場晶彦の姿を幻視していた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 あれからどれだけ時間が経過したのか。キリトにはわからない。30秒のようにも3時間のようにも思えて仕方がない。ディアベルはちゃんと皆を逃がし終えただろうか。周囲の声を拾おうと思えどイルファンネオの咆哮と絶え間ない連撃によって聞き取ることができない。ちなみにイルファンネオはイルファンから進化して凶悪性を増したが同時に頭のよろしくなさをも引き継いだようだ。一度自分の視界に入った標的を駆逐しなければ気が済まないらしく躍起になってキリトを殺そうとタルワールを振り回す。四本すべてのタルワールを駆使した猛攻はさらに勢いを増していく。

 

(しまっ――)

 一瞬の判断ミスも許されない状況下。キリトは集中力を切らし誤った選択をしてしまう。キリトが移動した先はタルワールの射線上。あぁ終わったなとキリトは死を確信する。抵抗を止めて視界に逃げ遅れがいないことに不敵な笑みを漏らす。ざまあみろ茅場晶彦。俺はお前のシナリオを狂わせてみせたぞとキリトは今どこで何をしているかわからない白衣の男に内心で言葉を放つ。痛くなければいいなと迫りくるタルワールを見つめてふとそんなことを思った。

 

「……は?」

 不意に背中を押されキリトの体はタルワールの射線上からズラされる。何が起こったのかわからないままに体を捻って後ろを見ようとする。そのキリトの視線はイルファンネオの渾身の一撃によって遮られる。

 

「――ッ!?」

 攻撃の余波に耐えきれずキリトの体が宙に浮く。イルファンネオから遠ざかる視界が捉えたのは一人の人物の後ろ姿。アスベルとは対照的に頑強な体つきをしていることが遠目でもわかった。誰かが乱入してきたのか。なんでそんな無謀なことをしたのかとキリトは心の奥底で闖入者を非難する。完全に自分を棚に上げていることにキリトは気づかない。キリトは空中でなすすべもなく飛ばされる。攻撃の余波でHPゲージを三分の一減らしたキリトの体はそのまま開かれたままのボスフロアの入口を通過。外に投げ出された。

 キリトは何回転も転がり勢いが止まったところですぐさま顔をあげる。はるか先にはイルファンネオの攻撃を斧で受け止める男の姿。パワーアタッカーなのかなんとかイルファンネオの繰り出すタルワールを受け止めている。だがイルファンネオの腕は一本だけじゃない。あれではすぐに殺されてしまう。

 

『ダメだ! 行くなキリトッ!!』

「何すんだよ!? 放せ! 放せよアスベル!!」

『くッ……ディアベル早く!!』

「わかった」

 早く助けにいかないと。再びボスフロアへと駆けだそうとするキリトをアスベルが羽交い絞めにして妨害する。全力でアスベルの拘束を解こうともがくと少しずつ拘束力が弱まってくる。アスベルの細腕ではキリトは止められない。後もう少しだとキリトがガムシャラに動いていると前方と重厚な扉が閉ざされていくのが見える。扉を閉めようとしてるのはディアベルと茶髪の男。よくディアベルとともに行動していた男だ。

 こいつらは何をやっている? まだ中に人が残っていると分かっているはずなのに。わけがわからない。キリトは混乱する頭でそれでもアスベルの拘束を解こうと必死になる。いよいよアスベルの拘束が解かれそうになりキリトはこれであのプレイヤーを助けに行けると前を向く。するとキリトの視線に気づいたのか男がこちらに顔だけを向ける。

 浅黒い肌。坊主頭。相手に無意識に威圧感を感じさせるであろう巨体。キリトには見覚えがあった。あまりに第一印象が強烈だったために忘れようとも忘れられなかったといった方が正しい。名前は確か――エギル。彼、エギルはキリトを見据えてほっと安堵の息を漏らした。キリトにはそう見えた。エギルは薄く笑みを浮かべたまま動かない。無防備な彼にタルワールの凶刃が振り下ろされる。

 

「あ……」

 果たしてイルファンネオの攻撃はエギルに命中する。タルワールの凶刃が彼を容赦なく真っ二つに切り裂いたのだ。キリトは眼前の光景に絶句し硬直する。目を見開くキリトの前でエギルの消滅と同時に扉は無情にも閉められる。かくして第一層ボス攻略は失敗。43人もの死者を出した初のボス攻略戦はエギルの死を最後に幕を閉じるのだった――

 




 ――Information.【安く仕入れて安く売る】方がログアウトしました。
ということで原作キャラ死亡ありタグが発動。対象者はエギルさんとなりました。……うん。SALO妄想当初はこんな展開のはずじゃなかったんですよ。特に原作とは関わりのない勇敢なモブの方にキリト救出に向かってもらうはずだったのにいつの間にかエギルさんにすり替わってました。まさかキャラが勝手に動く理論をこの形で体験することになろうとは……

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