暗い部屋の中。そこを照らすのはテレビの光だけ。その画面を瞬きしながらジッと見つめる女性が一人。膝を抱え込み、真剣に画面に映る人物を見ていた。
「かっこいい……」
彼女の口から出た言葉は尊敬のもの。壊れたカップに向かって手で直すような動きをすると、綺麗なカップに戻る。そのカップを机に置くと、口角を上げて楽しそうに笑みを浮かべた。
画面の向こうにいるヒーロー________それは、スパイダーマン。
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いつものスーツを着こなした男が宙を舞う。地下鉄より早くビルからビルへと糸を飛ばして自身も飛ぶ。
彼はスパイダーマン。ニューヨークに属する、親愛なる隣人。時には妬まれ、時には愛された彼は、今日も街を守るため空を行く。
満足したように空を飛んでいると、突然糸がプツリと切れた。それに気づいた時にはもう遅く、一気に地上へ落下する。大きな声を張り上げながら空気を掴むように足掻く。
だがそれも虚しく、池の中に落ちてしまった。
「何でまた?力が弱まっているのかな?」
自分で自分に問うと、試しに蜘蛛糸を飛ばす。切れることなく狙った気に張り付いた。異常はないようだ。ならば何故切れてしまったのか?
池から上がりながら原因は何かと頭を悩ませていると、草花を踏む足音が聞こえてきた。犬のように体についた水を飛ばそうと頭を横に振りながら前を見た。
「初めまして、スパイダーマン。地上100メートルから落ちた気分はどう?」
パーカーがついたワンピースのような服を着た女性。服の袖は長く、手が見えない。ワンピースのようには見えるのだが、下にスパッツのようなものを履いている。サラサラの綺麗な髪の毛はポニーテールになっており、目にはスパイダーマンの目に似たようなアイマスクが付いている。
「詳しくは地上125メートル。気分は最悪だね。蜘蛛は水が好きじゃないの知らないの?」
「やめて。数字は嫌いなの。こうしないとあなたまたどこか行っちゃうでしょ?」
「ワオ、熱狂的なファンだね。けどキミはただのファンではなさそうだけど?」
皮肉が皮肉を呼び、言葉が言葉を呼ぶ。こうなるとキリがないだろう。女性はフッと笑い自己紹介を始めた。
「私はカーラ。あなたのファンなのは当たりね。一応これでもすごい力を持ってるんだから」
「力?」
「人を蘇生できたり壊れた物を復元させる、あとは炎を使うことも容易にできるわ」
混乱しているスパイダーマンにカーラは詳しく説明をした。人を蘇生する、とは言ったがこれには厳しい条件がある。だから、容易にはできない。それでも、彼女の能力はヒーローの中でも不可思議なものだろう。
「キミの力はよく分かった。それを言うためにわざわざ糸を切って僕を池に突き落としたの?」
「カリカリしてはダメよ、スパイディ。ヒーローだってできないことがあるわ。致命傷を負った市民を救える?無理よ。ヒーローができるのは病院に運んで彼らの生をただただ祈るだけ。そこに私が入るのよ。数は少なくても救える命はあるわ」
スパイダーマンの腕を掴み、説得させるような優しい声を出すカーラ。彼女のいうことが理解できないわけではなかった。ヒーローなんて言いながらも、できるのは病院に市民を届けるだけ。治すのは医者だ。だから、真のヒーローはきっと彼らなのだろう。
掴まれた腕を払い、人差し指を出しながらカーラに言った。
「確かにキミの言うことは正しい。でも、僕は望まないね。それをするのは僕たちではなく、いくつもの試練を越えてきた医者たちの役目だ。それを奪うなんてしたくない」
「警察だってそうじゃない」
「分かってる。だから、彼らができることには手を出していない。僕が主にするのはデカイ怪物たちだ」
叫び声が聞こえた。スパイダーマンはカーラを一度だけ見ると、糸を伸ばして飛んで行ってしまった。カーラはしばらく彼の後姿を見ていた。
「ま、そうなるわよね」
マスクを取ると、その下に隠れていた綺麗な青い瞳が姿を現した。大きく深呼吸をすると、またマスクをつけて彼女も空を飛んで行った。