Glory of battery   作:グレイスターリング

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第十七話 もう一人の“怪物”と奇妙な合同合宿(前編)

 地区予選も順調にスケジュールが進み、七月第三週目には早くも決勝戦が始まろうとしていた。

 組み合わせは帝王実業vs海堂学園──

 パワフル高校は準決勝で帝王実業と当たり、勝利目前まで追い詰めるも、あと一歩及ばず惜敗。

 一方の海堂はここまで全試合コールドと王者の力をいかんなく発揮して決勝戦へと挑む。

 

 決勝戦の舞台はシャイニングスタースタジアム。

 大学野球、そしてプロ球団であるシャイニングバスターズも使用するメジャーなスタジアムだ。

 

『さあ大変なことになりました!八回の裏が終了し、三対0で未だ海堂がリード!先発眉村の被安打はたった3本と完璧な投球が続いています!』

 

 歓声は回を重ねるにつれて大きくなり、打席に立つバッターへの期待もヒートアップしてきている。

 九回表の攻撃は二番蛇島からスタート。今日は全打席三振と良いところがない。

 

「くそっ…お前だけは………絶対に潰す!」

 

 悔しそうにマウンドを睨む蛇島。

 見据える先は背番号11を付ける同じ一年生。

 いつしか蛇島から穏やかな表情は消えていた。レギュラーである自分がバットに当てることすらできず、ピッチャーに対する憎しみと怒りが浮き出ている。

 

 

「っらあっ!!」

 

 ズドォンッ!と外角低めに突き刺さる螺旋回転のストレート。否、“ジャイロボール”。

 ピクリとも反応できず蛇島が見送る。

 速い。そして重みがあって手元で急激に伸び、スナイパーライフルのようにキャッチャーミットへ1cmの狂いもなく投げれる常人離れしたコントロール。

 その華麗なマウンド捌きに観客は口を揃えて言う。

 

 

 『神奈川に怪物が現れた』、と。

 

 

「いつつ~…眉村の奴…底無しかよ……」

 

 正捕手の先輩がマスクを被り直してボールを返す。

 スピードガンには百四十五キロと高校一年とは考えられない数字を叩き出している。

 それを九回の表まで、しかもコンスタントにコースを決めるとなればプロでもそう易々とできる技ではない。

 二球目は内角胸元を抉るシュートボール。

 変化量の多さに蛇島は後ろへ仰け反るが、ボールはストライクゾーンをしっかり通ってミットに刺さる。

 

『す、ストライク!!』

 

 審判が声を震えながら手をあげる。

 いつしか帝王側の応援も薄れ、ただ目の前に映る怪物のピッチングを見るしかなかった。

 

「やれやれ…本当はこんなことがあってはならないんですげとね……」

「仕方ないでしょ静香。江頭やお父さん達が話し合って決定したんだし、眉村君もそれに賛成して投げてるんだから」

「でも!いくら本人の意志だからと言って…海堂のマニュアルに背くような起用法はやっぱり反対よ!九回まで完投させるなんて……それに江頭だって何を考えているか分からなわよ!」

「それは姉である私も同感だけど…」

「だーかーら、姉じゃなくて“兄”でしょ!」

「まぁまぁ…あ、眉村君三振に取ったわよ」

 

『蛇島三球さんしーん!これで奪った奪三振は十五個!最後は高めのストレートを振らされました!』

 

 蛇島がヘルメットを地面に叩き付けてベンチへ戻る。

 ボールを受け取る眉村は頬を伝う汗を拭き、再びバッターへと視線を向ける。

 この試合が高校生活初先発にも拘わらず、彼には緊張や重圧の二文字がまるで無い。

 あくまでクールに鉄仮面なピッチャーを貫き、冷静な試合運びで主導権を渡さない抜け目の無い性格。

 ジャイロボールを投げればバッターは掠りもせずに空振り、緩急の利いたシュートやカーブ、スライダーを投げれば打者は的を絞れず手玉に取れる。

 あの百年に一人の逸材とまで騒がれている猪狩守と何ら変わりはなく、怪物と嘆かれてもそう無理はない。

 生でその姿を見た者にしか分からないその威圧的なオーラも、観客をワクワクさせる材料の一つであった。

 

『三番、キャッチャー、唐沢君』

 

 唐沢も同じ一年生であり、早くもプロから注目されている長距離ヒッターだ。

 今日眉村から唯一二安打を放っており、ホームランも期待できる怪力も併せ持っている。

 

(こごまで好投してくれた香取のためにも…絶対打つ!)

 

 肩に力が入りすぎているのを眉村は見逃さず、時折微笑むかのように低めへ変化球を淡々と投げ込む。

 決め球のフォークボールを振らせ、空振り三振。

 今日打たれている相手に対しても、尻上がりに調子を上げてテクニックで対抗する。

 

『四番サード、真島』

『帝王はこれで最後になってしまうのか!?打席には二年生ながら天性のバッティングセンスで四番の座までかけ上がってきた真島!主砲の意地をここで見せれるか!?』

 

 横浜リトル・シニアで四番を張り、全国出場経験の実績を持つ帝王屈指のスラッガーだ。

 眉村のジャイロをただ一人長打にした男でもあり、期待は大きかった。

 バットをギュッと握り締め、鋭い目付きで眉村へと集中していく。

 並みの投手なら真島の重圧に押し潰されるのがオチたが、眉村は一切動じない。

 疲れを見せない美しいオーバースローから、強烈なジャイロが投げ込まれる。

 

『ストライクッ!』

 

 豪快な音をたててミットを唸らせる。

 二球目はアウトコースのスライダー。これを逆らわずに追っ付けてライナー性の打球を放つも、フェンスに直撃してファールボールになる。

 カウント2-0。ピッチャーにかなり有利なカウントだ。

 優勝に王手をかけた海堂・眉村。

 観客はその瞬間をまだかまだかと首を長くして見守る。

 

(コイツは…必ず猪狩の前へ立ちはだかる。そして日本のエースへと……!)

 

 

 眉村が鋭く腕を振った瞬間、彼の腕が力強く灼熱の青空へ上がるのだった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、あっついなー…」

「あたりまえだろ?もう八月なんだからよ。お前ももう少ししっかりしろよ」

「八木沼さんは真面目だからいいけど、俺はもっとデリケートな心の持ち主なんだ。もう少し甘めに──」

「それじゃ今宮以外の野手はフリーバッティングな。川瀬は引き続き走り込みをしてくれ。そんでこの馬鹿には特別メニューを…」

「だー!分かった分かった!!冗談だからまた腕立て五百回とかはやめろ!」

「しょうがないな…お前も打ってこい」

「よっしゃ!あんがとよー!」

 

 バットを持ってスキップしながらゲージへ向かう今宮を見て、俺は呆れたように頭をかじる。

 八月に入り、聖タチバナにも夏休みが訪れた。

 残念ながら最初の夏を経験することはできなかったが、その間は一ノ瀬が考案したメニューをひたすら取り組んだ。

 その成果が出てきたのか分からないが、確実にチームとして一体感が生まれてきている雰囲気は感じ取れる。

 このまま行けば秋季大会でも甲子園を目指せる……かもしれないと、俺も一ノ瀬も思っていた。

 

「八木沼」

「ん?どうした」

「さっきから一ノ瀬とみずきが見当たらんが…あの二人はどこ行ったんだ?」

「さあな。俺もあんまり詳しいこと聞いてないけど、何でも、『面白いこと考えたからちょっくら行ってくるわ』って言い残していなくなったんだよ」

「面白いことって…キャブテンが勝手に練習を抜け出すのはどうかと思うが…」

「でも一ノ瀬の考えたプランならハズレは無いだろ?ここは長い目で待ってみるのも良いんじゃないか?」

「…そうだな」

 

 一ノ瀬の言う“面白いこと”が果たして何を示すのか見当もつかないが、これまで一ノ瀬の後ろをついていって何一つ間違いだった事は無かった。

 キャブテンとして自身のレベルアップよりもチーム全体が強くなるのを第一に考え、皆の意見にも耳を傾ける模範的なリーダーだ。

 恐らく聖タチバナがプラスになる計画をしていると予想するが…やはり気になるな……。

 

 

 

 

 午前十一時──

 一ノ瀬と橘がグラウンドを抜け出してから三時間ほど経過した。

 

「ふぅ…ただいまぁ……」

「お疲れさん。ほらよ」

 

 ランニングから帰ってきた川瀬にタオルとパワリンをあげる。

 

「あ、ありがと。もうヘトヘトよ…」

「しかし休憩挟んでるとは言え、よく三時間ぶっ通しでランニングができるよな。大したもんだよ」

「んぐっ、んぐっ、ふはぁ!ランニング後のパワリンは格別だなぁ……え、何か言った?」

「いや…気にせず飲んでて」

「そう…?」

 

 今は疲れてるしそっとしておいてやろう。

 こうして二十キロのランニングも始めて一ヶ月が過ぎた。

 初めの三回までは直ぐにバテるから一ノ瀬もかなり心配してたが、そんな情けはもういらないな。

 チームエースである以上は体力不足での降板はこれから先、許されがたい事だ。

 この太陽が強く照らす厳しい夏を投げきるためにも、一ノ瀬は無理を承知でこごまで川瀬には厳しい試練を与えたんだろう。

 それを愚痴一つ言わずに黙々と走り続ける川瀬も凄いが……全く、恐ろしいまでの信頼感だな。

 

「どうやら…二人も帰ってきたみたいね」

 

 川瀬の言葉を聞いてグラウンド入り口を見ると、私服姿で歩く一ノ瀬と橘がいた。

 こうしてツーショットで歩くと、まるで美男美女のカップルに見えて仕方ないな……。別に悔しいとかはちっとも思ってないからな。勘違いするなよ。

 その後ろを見かけない男二人がついてく形でこちらへ歩いてくる。

 

「よ、皆」

「よ、じゃねーよ!お前だけサボってみずきちゃんとデートかよ!ったくいい身分だ──ゴハアッ!!?」

「んなわけあるか!!調子に乗るんじゃないわよ!」

 

 橘の鉄拳が炸裂し、今宮が派手に後方へ吹っ飛ぶ。

 なんかこの光景……前にも見た気がする…。

 

「それで、どこに行ってたんだ?」

「まぁまぁ焦るなよ。まずは紹介しとき奴がいるからな。じゃあお二人さん、自己紹介頼みますわ」

「やれやれ。今度は自己紹介しろとはね~。人使いが荒いキャプテンだこと」

「はははっ。そこは否定しない…かな。でも久しぶりだね、“涼子ちゃん”」

「ふぇ?どうして私の名前を……?」

「嫌だな。四年間が空いただけでもう忘れちゃったのか。僕だよ、佐藤寿也だよ」

「え……えええええっー!!!???ほほ、本当に寿也君なの!?じゃあ隣の人は…」

「小四ん時に君達横浜リトルを倒した四番でエースの天才、茂野吾朗だ。久しぶりだな、涼子ちゃん」

「やっぱり吾朗君ね!二人とも大きくなりすぎて全然分からなかったわよ~!」

「ああ、でもまさか涼子ちゃんが野球をしてたとは驚いたぜ。しかも一ノ瀬大地とバッテリーを組んでたとはこれまた意外だな」

 

 全然状況が読めないんだが…これは一体……?

 

「一ノ瀬。どういうことなんだ?」

「実はな、この二人は海堂高校で野球やってんだよ」

「かっ、海堂!?そんなすげぇ選手なのかよ!!」

「お前はまたいつの間に復活してんのな…」

「まぁスルーしてやれ。そんで夢島っつう三軍専用の施設でみっちりしごかれ、前週やっと最終試験を合格して二軍に上がったんだ。そして二人にもようやく夏休みがやってきて…と言っても一週間半ぐらいしたら直ぐ二軍グラウンドに行っちまうけどな。こうして会ってきたってわけだ」

「そこの優しそうな人は見たことあるな…リトルと言ってたがあのバッティングが上手だった一塁手か?」

「覚えててくれたんだ。ありがとう、六道さん」

「む。私の名前も知っているのか…」

 

 なるほど。

 どうやら一ノ瀬達の知り合いだったってことか。

 筋肉の付き方もしっかりしてるし、体も一回り大きい。これはそうとうキツい練習を乗り越えてきたんだろうな。

 

「何でコイツらを呼んだんだ?わざわざ敵同士を集めてまで練習する必要はあるのか?」

「甘いわね友沢。二人を呼んだのは他でもないの。実は聖タチバナとこの二人、そして葛西君たち率いる恋恋高校と……

 

 

 

 

 

 

 

      合同合宿をしまーす♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい矢部!そこを爆撃で打ち壊すんだ!!」

「合点でヤンス!今宮君は後ろの雑魚をお願いでヤンスよ!」

「ぐあああああああぁぁ!!弾が無くて援護できねー!!」

「なんでヤンスと!?ししっ、しまったでヤンス!!こっちも囲まれたでヤンス!!」

「おい!何とかしろよ眼鏡!!さもないとゲーム機叩き割るぞ!!!」

「まままま待つでヤンス!!諦めたらそこで試合終了って某漫画で学んだでヤンスから……ギィヤァ~!!オイラのスーパーガンダーロボY.A.B.E.が死んだでヤンス~ぅ!!」

「なに~っ!!てっ、うおおっ!?俺も呆気なく破壊された!!?」

 

 聖タチバナと恋恋、そして寿也と吾朗を乗せた大型バスが向かうのはみずきちゃんの家が経営している合宿所だ。

 バス代も宿泊代もみずきちゃんのコネで超格安価格で使用することができ、立派なグラウンドと練習設備のセット付きで大々的に合宿を行うことができる。さすがは日本トップクラスの財閥のお孫さんだぜ。

 今は目的地の場所までバスの中でワーワーしてるけど……早速暴れてるコンビが出てきたな。

 PSVITAでやってるゲームはガンダーロボ最新作、『ガンダーロボ 侍の章』。

 ガンダーロボと日本の武士がコラボした超感覚、ハイクオリティーなゲーム。

 何で知ってるかって?それは矢部君がしつこいまでに語ってたからな。そこへ今宮が入ってきてこうなった…ってわけだ。

 

「ガァ~…ガァ~……ん…」

「すぅ……すぅ…」

「…………………」

 

 一番後ろで仲良く熟睡してるのは友沢と茂野。

 前の席がガンダーロボで発狂してる二人組なのによく寝れるよな…。

 その隣で八木沼が音楽を聴きながら寝ている。

 

「皆は好きな男子とかっているのー?」

「あ。聖はまだ彼に思いを寄せてるのかな~?」

「やめろみずきー!!声が大きい!」

「はは…聖ちゃんの方が声大きくないかな…」

「むぅ…ならあおいやみずき、雅はどうなんだ?」

「あれ?涼子ちゃんは聞かないの?」

「涼子は…私とライバルだからな……」

「えー嘘っ!!?涼子も彼の事がすk」

「わーわー!!こんな本人の前で暴露しないでよ!!別に私は大地君の事なんか…」

「墓穴を掘ったわね。私達は一ノ瀬君の名前なんて一言も言ってないわよー」

「むぅ~…皆揃って酷いわよ…」

「ごめんね。ほら、泣かない」

「ありがとう…それで雅ちゃんはどうなの?」

「えっ!?」

「雅は誰にでもモテるけど…一番はやっぱり」

「あおいちゃんストップー!!!はい、この話は終わり!」

「え~…ボクは他の皆の好きな人が聞きたいなぁ~」

「もういいでしょ!寝てる人だっているんだから静かにしようよ…」

 

 一番前の席では女子が壮烈な修羅場を繰り広げていた。

 俺の名前が聞こえたのは気のせいだよな…?

 その四段後ろでは生徒会メンバーと岩下・笠原と恋恋の部員が雑談をしている。

 ここが一番平和である意味良いかもな…。

 

 

 真ん中の俺、寿也、春見、田代の四人は──

 

「まさかこんな形で大地と再開するとはね」

「同感だよ。随分楽しそうに騒いでるけど…それもそれで良いか」

「三人とも悪いな。忙しいのに無理させちゃって…」

「構わねぇよ。俺達だって退屈だったし、豪華な飯も付いて良い環境で練習ができるんだ。唯一嫌だったのは親から許可得るのに時間がかかったことだけだ」

「親?」

「そうなんだよね。僕が恋恋高校で部員を集めた時も田代君が一番手強かったんだよ」

「ん、何かあったのか?」

「ああ…まぁ、な」

「……悪い。マズイこと聞いちゃったかな?」

「いいんだ、気にするな。ただ親が俺に勉強しろってうるさいから野球ができなかった。それだけだ」

「そうか…」

 

 まだ田代にはわけがありそうだが、あんまり深追いするのも悪いから止めとくか。

 人の過去をむやみに探るのは悪いしな。

 

「それにしてもこんな豪華なメンバーで合宿ができるなんて嬉しいよ!僕と吾朗君は実践的な練習よりも基礎体力を付ける練習の方が多かったから、まともにグローブを使ったりするのは新鮮だね」

「へぇ~…やっぱ海堂は厳しいんだね。僕達も負けてられないな」

「春見君だって頑張ってるじゃないか。中学でも噂は聞いてたよ。もちろん、大地君もね」

「お、それは素直に嬉しいな。……おっと、聞くのを忘れてたけど海堂に戻るのは来週だから…二人もこの合宿には最後までいるのか?」

「もちろんだよ!帰ってもまだ四日も休みはあるし、せっかく大地君や涼子ちゃんとも再開できたんだ。もっと話とかも聞きたいしね」

 

 目を凄く輝かせながら美青年が笑う。

 リトルん時から寿也は学校でもモテモテだったけど、イケメンは大きくなってもイケメンだな。もしかすると猪狩と良い勝負なんじゃないか?

 

「学校は違っても、俺達の目的は一緒だ。敵味方関係なく、切磋琢磨して頑張ろーぜ」

「ああ!」

「よろしく!」

「頼むな」

 

 瞳にメラメラと熱い思いを募らせ、俺達四人は拳を突いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら起きろ!着いたぞ!!」

「ウップ……バスでゲームしてたら酔っちまった…」

「オイラもでヤンス……もうゲロが食道付近まで…」

「いい加減にしなさいっ!!着いたんだからさっさと起きるの!!このアホコンビ!!!」

「ぎぃやぁ~でヤンスぅ~!!!!」

「頭を叩くのだけはやめてくれあおいちゃ~ん!!」

 

 もうこの二人は練習前に体力を使い果たしたって感じだな。

 無理矢理あおいちゃんに引きずられて来てるし…。

 

「おー!めっちゃ良い旅館じゃん!!」

「入り口からして庶民には無縁そうな所だけど…本当に僕らが入ってもいいのかい?」

「だいじょーぶよ!全部私に任せて!」

 

 皆がみずきちゃんにありがとうとお礼を言い、旅館へと入る。

 

「ねぇ大地君。部屋割りとかはどうするんだい?」

「そうだな……こんな感じでどうだ?」

 

 紙に全員の名前を書き、それを分けて回す。

 101号室に俺、春見、寿也、茂野

 102号室に八木沼、友沢、田代

 103号室に女子組と聖名子先生

 104号室に今宮、矢部、岩下、笠原と山田一郎先生(恋恋の顧問)

 105号室に原、大京、宇津、その他の恋恋部員

 

 

「これで各自部屋を把握しといてくれ。荷物を置いて昼飯食べたら着替えて直ぐに隣のグラウンドに集合。グローブとバットも忘れるなよ。じゃあ一旦解散」

 

 今の時間は午前十一時四十七分。

 十二時過ぎたら各部屋に飯が届くらしいから、多分一時には練習を開始できるかな。

 先に俺は下準備もしなきゃならないし、もう早いとこ飯食っとくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様。宿泊施設に着きましたよ」

「ありがとう平山さん。では行ってきます」

「お気をつけて下さいませ」

 

 タチバナ&恋恋+αが部屋に入った直後、旅館前に高級感漂う車が一台停まった。

 中からピンクのリボンを着けたセーラ服の高校生が降りた。

 見た目からしてかなりの美人で、華奢で色白く気弱そうな性格だ。

 

「えっと……あおい達はもう中に入ったのかしら…」

 

 少し躊躇いながらも旅館の自動ドアを開けようとしたその時──

 

 

「ふぅ~…やっと吐き気が治まったぜ………ん?君は…」

「え…あ、その……えっと…」

 

 後ろから声をかけたのはさっきまで矢部とゲームをして酔っていた今宮だ。

 気分を変える為に一人で三百メートル先の自販機まて歩き、ジュースを買って戻ってきた所へ偶然出くわしてしまったようだ。

 

「その制服…もしかして恋恋高校の人?」

「はい。あなたもそのユニフォームは…聖タチバナの方ですか?」

「まあね。俺の名前は今宮蓮太、よろしくな!」

「七瀬はるかです。こちらこそよろしくお願いします」

「はるかちゃんね。可愛い名前じゃん」

「そう…ですか?ふふっ、蓮太さんて名前もカッコいいですよ」

「おお…そうか?いや~!カッコいいだなんて照れるぜ~!!」

「はは……皆待ってますしそろそろ中へ入りますか」

「そうだな。もうご飯が届いてるはずだし、ここは暑いからな。入ろーぜ!」

「はい、今宮さん」

「蓮太で良いって。そんな固くなるなよ」

「それなら分かりました。蓮太さん」

「さん付けもいいんだけどなぁ…ま、いっか」

 

 長い雑談が終わり、二人は宿舎内へと入る。

 スリッパに履き替えて少し中を回ると、大広間にいた女の子五人組がこちらに気づき、近づいてきた。

 

「はるか~!!」

「あおい!あわわ…ちょっといやだ、苦しい…」

「だって出発前にいきなり貧血で来れなくなっちゃったから心配したんだよ!?はるかに何かあったら私もう生きていけないよ!」

「あおいったら…もう、大袈裟なんだから。貧血って言っても大したことなかったから平気。それに優しい人にも会ったのよ?」

「優しい人?それは誰なの?」

「──蓮太さん」

 

 ニッコリしながら今宮を見る七瀬。

 優しい人がつい二十分前に自分が叩いた人だっと知った早川はかなりショックを受けた。

 

「それ…本当に言ってるの?」

「ええ!」

 

 彼女はどうやら本気のようだ。

 女子に変態で性格もだらけてるダメ人間が、自分の唯一無二の親友と仲良しだと考えると、想像するだけで嫌になるだろう。

 

「……悪いこと言わないわ、はるか。今宮君は優しい人じゃないわよ」

「なっ…!?あおいちゃん!それはどういうことだよー!」

「野球の合宿に来てるっていうのにあの眼鏡と一緒になってゲームしてるだよ!?だらけてるったらありゃしないわよ!そ・れ・に!さっきみずきちゃんや聖ちゃんにも聞いたけど頭だってかなり悪いじゃない!」

「頭悪いって…一応赤点は取ってないから大丈夫だって!」

「赤点ギリギリもまずいと思うぞ」

「うっ…」

 

 的確に言われてしまい、返す言葉が見つからない。

 

「大丈夫ですよ。それなら今度私が見ましょうか?」

「ほんと!?それなら助かるよ!!」

「ちょっとはるかー!それは今宮君に甘いんじゃないの?」

「困ったときはお互い様って言うじゃない。いいでしょ、あおい」

「……また今度にね。ただし私も行くって条件で」

「へーへー。分かりましたよ」

 

 今宮と七瀬の間で約束(?)をし、変な珍事件は収束へと向かった。

 七瀬は仲直りと言う名目で、その後今宮も混ぜて一緒に昼食を摂ったらしいが、遠目で見てた他のメンバー(特に矢部)からかなりの罵声を受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員集まったな?」

「恋恋は皆いるよー」

「俺達もいるぜ」

 

 ちゃんと時間通りに集まってくれてなによりだ。

 103号室付近で何やら大騒ぎが起こってたから不安だったけど、まぁ一人も欠けずにこれたから良いか。

 

「よし。じゃあ練習を始めるぞー。それでメニューなんだけど、せっかくいろんな面子が集まったんだし初日の今日は試合を想定したことをしようと思う」

「え?こんな人数で紅白戦をやるのか?」

「控えが出て効率が悪いと思うけど…」

 

 友沢とあおいちゃんは試合をするのかと勘違いしてるな。

 いい線いってるけどちょっと違うぜ。

 

「試合じゃない。シートバッティング方式の実践練習だ」

「シートバッティング?」

「そう。ルールは基本的に普通のシートバッティングと同じだけど、ゲーム感覚でやろうってわけだ。まず九人がそれぞれのポジションに就き、打者が一人入る。そこで勝負をしてアウトになったらバッターはそのまま一塁を守り元々一塁手だった奴は二塁手と送り送りで守備を変える。もしヒットやフォアボールだったらもう一度打ち、それが三連続で続いたら…」

「続いたら?」

「──みずきちゃん家のシェフが作る豪華和定食をご用意いたしまーす」

「何っ!?豪華和定食だと!!?」

「うおー!食いてー!!」

 

 ふ、皆食い付きやがったな。

 まぁ豪華和定食ってのは事実だけど打者は安打三連続だから難易度はかなり高い。

 皆豪華な飯を食おうと必死になるが、これが十回チャンスがあったとしても一回達成できるかどうか…

 でもここがこの練習の盲点でもある、面白い練習だぜ。

 

「逆に投手は三回を九人全員抑えたらOKだ。ライトが打席に入り、ローテーションでまたライトが打席に…ってなるからそこんとこ頼むな。以上だけどいいな?」

「中々面白い練習じゃねぇか。となれば投手の俺は一番乗りで和定食いただきだぜ!」

「私達だって負けないわよ!」

「俺だって!」

「オイラだって!!」

 

 うんうん。競争心が出てきてこれぞ野球らしくなってきたな。

 合宿で同じ屋根の下で生活している内は仲間だげど、ここぞって時はライバル同士、勝負に燃えてもらわなきゃやる意味がない。

 

「人数が多いからここと隣のグラウンドに別れてやる。組み合わせは公平に俺が割り振ったから、アップを済ませたらそこで分かれてくれ」

『はいっ!!!』

「うーしっ!!そんじゃ皆グラウンドを三周ほどランニングだ!」

 

  オー!!!!!!!!

 

 

 こうして聖タチバナと恋恋、そして寿也と吾朗が加わって地獄の合宿がスタートした。

 ここで強い奴等と差を縮めるにも、必ず有意義に時間を過ごして頑張るぞ!

 

 

 

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