Glory of battery   作:グレイスターリング

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第十八話 もう一人の“怪物”と奇妙な合同合宿(後編) ~線を越えた甘い時間~

 アップを済ませ、各自が自分のポジションへと就く。 

 控えが出てしまうと当然その分の練習ができなくなって勿体無いので二グループに分かれて練習をすることにする。

 制限時間は十三時半から十七時までの約三時間半。

 グループはこんな感じで分けた。

 

 

 

 Aグループ       Bグループ

 一ノ瀬大地(捕手)   佐藤寿也(捕手)

 田代智洋(捕手)    六道聖(捕手)

 大京均(一塁手)    安藤和人(一塁手)

 葛西春見(二塁手)   今宮蓮太(二塁手)

 原啓太(二塁手)    木村誠一(三塁手) 

 小山雅(遊撃手)    友沢亮(遊撃手)

 矢部昭雄(中堅手)   八木沼隼人(中堅手)

 岩下雄介(左翼手)   笠原信(右翼手)

 大久保慎一(右翼手)  後藤直樹(左翼手)

 茂野吾朗(投手)    早川あおい(投手)

 川瀬涼子(投手)    橘みずき(投手)

 宇津久志(投手)

 

 投手力と守備力だったらAチーム。

 強烈な一発と繋げる一打が打てる打撃力だったらBチーム。

 これで試合をしたら案外面白そうだが、あくまで今日はやることが決まってるからな。ここは我慢だぞ!

 おっと。言い忘れたが投手はこのチームで最初は回すけど、少し経ったらまたごちゃ混ぜにしてどちらのチームでも対決できるように配慮はするつもりだ。それとAチームはセカンドが二人いるから基本は肩も強い春見にやってもらい、アイツが打席に入ったら俺が代わりにやる。

 軟投派がいれば本格派や変則派だっている。これで投手リレーすればどんな強力打線も抑えられると言っても過言じゃない。

 それほど投手陣のレベルが高いんだ。何時間もコイツらとやり合えば間違いなくレベルアップも見込めるはずだ。

 ただ…欠点と言えるのは捕手が有り余るぐらいに存在してる点かな?そのせいで三塁手がいないんですけどそこはツッコミ無しな。

 

「トップバッターは田代と寿也。先発は茂野とあおいちゃんが頼む」

「ああ。任せろ!」

「分かったよ」

「おう」

「うん!」

 

 ごめんな田代。

 本当は順番的に俺が最初なんだけどどうしても茂野の球を受けたくて変えたんだ。

 寿也から聞いた情報では凄腕のピッチャーって評判だが…そのお手並みを拝見させてもらおうか。

 

 

 

 

 

 Aチームside──

 

「わりぃ、待たせた」

「大丈夫だ。それよりも今日は一ノ瀬を信じて投げるからな。リード頼むぜ」

「飯グレードアップに協力はしてやるが…サインとかはどうしてるんだ?」

「サイン?そんなのいらねーよ。俺は真っ直ぐしか投げないからな。打たれないようにお前がリードして、逸らさずきっちり捕ってくれればそれでいい」

「真っ直だけ?おいおい。大丈夫なのかよ……」

「──ただし集中してろよ。油断してたら意識飛ぶぞ」

「……なんか知らないけど了解した」

 

 真っ直だけは裏を返せば真っ直ぐに自信がある意思表示だ。

 面を被る以上は油断なんてしないが、速球なら猪狩の百四十キロ近いのボールを手が潰れるまで受けたんだ。俺のキャッチングをあんまり舐めない方がいいぜ。

 

「四球だけ投球練習するぞ!自分の肩をならす程度でいいから来い!」

 

 ロジンバックをポンポンと左手に付け、茂野が投球動作に入る。

 バアンッ!といい音をたててボールはミットに挟まった。

 球速はだいたい百三十後半。

 高校球児でこのスピードは平均以上だが、こんなんで春見とかを抑えられるんだろうか…?

 

「…お願いします」

 

 投球練習が終わり、田代がお辞儀して右打席に入る。

 確かパワフル高校との練習試合とかでも三番を任されてたな。ミートもあってパワーもそこそこあるはずだ。立ち上がりだしここは丁寧にコースを突くか。

 

(アウトローにストレート。一発目だから多少甘く入ってもいい。とにかく全力で投げろ!)

 

 茂野がニヤリと笑いながら頷き、ダイナミックに振りかぶる。

 百八十センチの長身から高い位置でボールをリリースし、空を切り裂く勢いで一直線にキャッチャーミットへと──

 

 

 

  ズバアァンッ!!!!!

 

 

 

   凄まじい爆音と共に突き刺さった。

 

 

 

「っ……ストライクだぜ…」

「………あ……ああ…」

 

 突如雷鳴の如く放った異質なストレートに田代や守備陣の表情が凍り付いた。

 まず第一声は、──速すぎる!

 明らかに投球練習の時とボールの速さも質も異なるし、回転軸が妙に違ってた。

 てかミットしてるのに痛てーよ!!

 

「なんや…今のは銃弾かいな…?」

「百四十……ううん、百五十近くは…」

「ありえねぇ……速すぎて全く見えなかったぞ…!?」

 

 化け物染みたストレートに驚き、よりも“絶望”していた。

 こんな速いストレートが自分に打てるわけない。打席に立つことすら怖いのに、その上ヒットにさせるなんて夢のまた夢。

 ほとんどの人間をたった一球でここまでビビらせたのだ。

 

(こいつは猪狩より速いかもしれないな……しかもこのストレート…回転軸がおかしい……)

 

 二球目もストレートだがコースはど真ん中。

 が、あまりの速さにはんのうできず豪快に空振った。

 

「マジかよ……こんなの打てねぇだろ…」

 

 田代が弱気に呟くが、打てないのも無理ない。

 正直、俺や友沢でも一打席見ただけでヒットさせるのは厳しいな。多分百五十近くは出てると思うが、ノビや回転をプラスαすれば体感速度はもっと出てるはずだ。

 高校生でこんなの放れるのは猪狩や眉村くらいと思ってたけど…ストレートだけだったら茂野の方が上なんじゃないか?

 三球目は内角にピシャリと決まり、田代は三球三振で終わった。

 

「参ったなぁ…この人が対戦相手だなんて、私絶対打てる気しないよ…」

「うん…僕でも当てるのが精一杯かも……」

「葛西君でもあの球は厳しいの?」

「守とはまた違う打ちにくさがあるからね。一打席そこらじゃ難しいよ」

 

 大久保と岩下も手が出ず、二人も呆気なく三球三振。

 おいおい…これ誰も打てないだろ。田代もシニアで名のある選手だったらしいのに、当てることすらできてない。それを始めて数ヵ月の人間が当てるなんて不可能に近い。

 キャッチャーとして完全なリードをしてる、とは言いにくいな……俺が配球しなくても勝てそうだからな。

 

「次はオイラでヤンスね!ここで打ってモテてやるでヤンスよ!!」

 

 四人目は矢部君か。

 鼻の下伸びまくってて憎たらしいなぁ。

 足の速さだったら超高校級だけど、打つのはどうなんだろう…?

 

「っうおらぁっ!!!!」

「ヤンスっ!?」

 

 豪速球を初球から果敢にスイングするも、大きく振り遅れてその場に倒れた。

 

「今のはなんでヤンスか!?手元でボールが消えたでヤンスよ!!」

「矢部君。多分このボールはジャイロなんだと思うよ」

「ジャイロって……眉村君も投げてたあのジャイロでヤンスか?」

「恐らくね。矢部君が言う消えたような錯覚はその螺旋回転が手元でのノビを助長してるからだよ。それに球威が加算されれば振り遅れも無理ないって」

「なるほど…そいつは面倒でヤンスね……」

 

 二球目はスッポ抜けて外角へ大きく外れてボール。

 コントロールは特別長けてるわけじゃないな。カットして粘ればフォアも誘えるかもしれないけど…

 

(内角にいこう。矢部君はかなりビビってる)

 

 後ろから見ても腰が引けてるのが分かる。

 ここでインコースに全力投球すれば次の外角は絶対手が出せない。

 単純なリードだが、矢部君はまんまとその作戦に嵌まり、ストライクのコースをくの字にして避けた。

 

「ストライクだぜ矢部君」

「わ、分かってるでヤンスよ!」

 

 一度ゲージを外れ、ブオンッ!と素振りをし直して打席に戻る。

 お、やっとバットを短く持ち直したか。

 だが気付くのが遅かったな。内角の百五十前後のジャイロの後に、キャッチボール程度のスローボールを外のボールゾーンに俺が要求する。

 やや不本意ながらも了承し、見分けのつかないフォームからチェンジアップ気味のボールが飛んでくる。

 

「ンスッ!?」

 

 捕球する前にバットが出てしまい、手も足も出ず矢部君が三振。

 これで四者連続三振か。このグループじゃ春見と俺しか当たんないな、こりゃ。

 二軍の海堂とやった時はピッチャーが百四十さえも出てなかったのに、つい最近まで三軍だった奴が百五十に迫るジャイロをサウスポーで投げれるって…一軍でも通用しそうなのにどうしてだろうと甚だ疑問に感じる。

 変化球が無いのはネックにしろ、ストッパーでも活躍は期待できそうなのに認められないのはあの女性監督達のせいなんだろうな。

 

(…茂野もデータに入れておくか)

 

 やれやれ。

 これでまた一人厄介な敵が増えちまったわけか。

 学校に帰ったらこのテの投手相手にも臆せず打っていけるメニューを考えねばな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 Bチームside──

 

「あおいの最初は佐藤さんと友沢さんのヒットで被安打二、と」

 

 用意されたテントの下ではるかは選手達の記録を取っていた。

 四十分が経過し、一打席目を制したのは友沢君と佐藤君のみ。聖と今宮君、八木沼君の三人は当たりとしては悪くなかったものの、飛んでいった場所が悪く凡打に倒れている。

 私のスピードは百十キロ後半と茂野君のに比べてかなり球速に劣りが浮き出てしまうも、持ち前の制球力とウイニングショットである“高速シンカー”でカバーし、苦しい相手ながらもまずまずの結果を残したと思う。

 

「よく頑張りましたね、早川さん」

 

 ベンチに戻る時、顧問である山田先生はねぎらいの言葉をかけてくれた。

 

「いえ…ボクはまだまだですよ。立ち上がりから打たれちゃったし、友沢君からはツーベースヒットですから」

「いいえ、あなたはまだまだこれから伸びます。この合宿で悔しい気持ちをたくさん味わい、それをバネにして修正していけば自身の成長にも繋がります。エースである自覚は忘れず、もっともっと頑張ってください」

「……はい!」

「そうそう。あおいはよく頑張ったんだからそんなに落ち込まないの!私が無念を晴らしてくるからここで観てなさいよ!」

「ははは…ファイトみずき」

 

 続いてのピッチャーはみずき。

 無念を晴らしてくれるのなら友沢君と佐藤君から三振を奪ってほしいけど……みずきが勝ったら勝ったで複雑なんだよね。

 嫌な言い方かもしれないけど、ボクよりもみずきが打たれてほしい。

 それは心から嫌悪に願ってるわけじゃない。ただ…ボクだって負けず嫌いな一面は少しながらあるんだ。

 自分の顔を保ちたい──

 それは皆が聞けば最悪な考えだけれど、半分はそれが真実だ。

 

「まずは僕からだね。橘さん、よろしく」

「ええ!絶対アンタを打ち取ってあおいの敵を取ってやるんだから!覚悟しなさいよー!」

 

 ボクの敵、か。

 ふふっ。みずきって良い具合に乗り気で子供っぽい所が可愛いんだよねー。

 大きく手のひら返しするけど、自分の顔を保ちたいなんて……死んでも思えないよ。

 普段がやや自己中でも、友達思いが非常に強い子だから憎めないんだよ。

 だから頑張ってみずき!佐藤君を抑えて一人だけでも和定食ゲットしてよね!!

 

「行くわよ聖!しっかり捕りなさいよー!」

「……分かっている。みずきも頼むぞ」

 

 セオリーなら左利きのみずきが有利のはず。

 サイドスローながらも百二十を超える速度をマークし、得意の高速スクリューとクロスファイヤーに突き刺すコントロールがある。正しく“変則”と呼ぶに不足ないほど手強いピッチャー。

 寧ろ佐藤君が曲者相手にどんな策で勝負するか、ボクも皆も注目する。

 

(インコース低めに第一のスクリュー。ゾーンを掠めながら曲げる)

 

 サインを出して左腕を大きく振るう。

 一度浮き上がるかのようにホップし、ベース前で鋭く内側へ切れ込む。

 

「……ストライクだ」

「!……入ってたか……」

 

 ──佐藤君の表情が変わった。

 聖がストライクを判定した瞬間、反射的に後ろを振り向いて何か言おうとするが、直ぐにバットを握り直して平然を装う。

 外面は誤魔化しても内面は嘘つきれない顔をしてる。

 ボクも佐藤君も微妙に外れてたと脳で判断した。

 

(その頭脳にみずきのコントロールが勝っているの…?)

 

 二球目はインハイのストレート。

 ほんの僅か内に外れたがそれでもボール半個分の間隔。クロスファイヤーの効果も入り混ざって充分な威圧になる。

 …相変わらず強気だね、みずき。

 

(一度ストレートで外角に外す。パワーだけでなく当てる技量も佐藤にはある。フルカウントを使ってでも慎重に)

 

 アウトコースに一個外し、これで1-2。

 ふぅ…なんて手に汗握る対決なんだろう。チェスや将棋のように相手の出方を先読みしながら着実に追い詰めるその頭脳戦。力で押す野球に対して迫力は薄いけど、ボクはこの心臓の高鳴りが大きくなる緊迫した野球も好きだ。

 聖とみずきの目指す自分達の戦闘スタイルも、行き着く先は“精密かつ頭を使う高次元の駆け引き”だろうか。

 ──ギュッと膝元で拳に力が入る。

 ボクは女子だから男の人と比べてやはり非力だ。だから筋力に劣るボクが勝つには誰よりも一枚、二枚も上手な駆け引きをするしかない。

 それはみずき…もしかすると涼子だって同じ志しなのかもしれないんだ。

 

 

  負けたくない。

 

 

 他の皆が自分のプレーを貫くように、自分も自分の持ち味を生かして勝ちたい。いや、勝つんだ!

 

 

 

 ギィンッ!

 

「頑張ってるわねみずき……」

「白熱してきましたね、聖名子先生。私もお恥ずかしながら野球初心者なんですがこれはゴクリと唾を飲む展開ですよ」

「はい…私も目が離せませんよ」

「山田先生。今カウントっていくつですか?」

「これでファールが三本続きましたから……ツーストライク、ツーボールですね」

「…そうですか。ありがとうございます」

 

 ファールが三本も続いてたんだ。

 佐藤君も必死に粘ってチャンスが来るのを待っている。

 ……悔しいなぁ。ボクの時は二球目でレフト前に弾かれたのに…。

 まだまだ自分が未熟なんだなって、つくづく実感させられるよ。

 

(追い込んでいるんだ。ここでクレッセントムーンを使って断ち切る。抑えるぞみずき!)

 

 バンバンッ!とキャッチャーミットを強く叩いてアウトロー一杯に構えた。

 二人は次の一球で終わらせるつもりだ。

 みずきか、佐藤君か。勝っているのは果たしてどちらか──

 今まで投げた五球よりも体がより地面スレスレまで落ち、スナップをおもいっきり利かせて放った。

 佐藤君は迷いもなく、ただ自身の膝の高さに迫るスクリュー回転のボールをフルスイングした。

 

 

 

 バットはボールより上を過ぎて当たらない。

 

 

 

 次の配球はスクリューだ。

 そう言わんばかりに外角を強振するが、変化はボク達の予想を書き換えて曲がった。

 聖が必至に腕を伸ばし、弱々しい捕球音ながらもキャッチしている。

 

「バッターアウトだ」

「!!………消えた…?」

「ん?」

「ううん。何でもないよ」

 

 最後のスクリュー……あれは普通にポンポンと投げれる変化球じゃない。

 それまでの平均的なスクリューを伏線に変化量に違いを付け、打者がどこにバットを出せば当たるという予測の裏を掻いた。

 しかも今のコースは見逃していてもギリギリストライクになっていたかもしれない完璧な場所だ。

 打者なら追い込まれれば振ることすら困難な領域に、決め球の超スクリューがマシンばりの制球力でこうも決められてしまってはもう打てない。

 ──この勝負はみずきが凄かったと、その一言しか頭に思い浮かばなかった。

 

「ナイスピッチだみずき!最高のスクリューだったぞ!!」

 

 駆け引きと制球力、そして一撃必殺のスクリューボール。

 リトルで離れ離れになってからみずきも聖も確実に進化を遂げつつある。

 

(ボクも負けてられない……自分だけのウイニングショット『オリジナル変化球』を身に付けるんだ)

 

 アンダースローの利点を最大限に生かせられる一番被安打率の低い凄まじい変化球へと。

 このボクの高速シンカーを何十倍、何百倍にも強化させ、大会でアッと言わせてやろう。

 

 

 その手応えを少しでも掴む──

 それがこの合宿で掲げるボクの目標だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ全体での練習はここまでだ。七時になったら食堂で夕飯にするからそれまでは休んでるなり自主練するなりして自由に過ごしてて構わないよ」

 

 グラウンド整備を全員で協力し終え、一日目は終了となった。

 時間も忘れて野球に夢中だったのか、初日で大半が疲労に満ちた顔を浮かばせている。

 ……一人だけ余裕そうな顔をしている豪腕がいるけどやりやがるな、茂野のめ。

 投手・野手のノルマを達成できたのは茂野、友沢のたった二人だけ。

 友沢はみずきちゃんからホームランを放ったし、茂野は九人の打者に対して奪三振を六つも取っている。

 寿也、春見、俺、今宮、原が二安打。

 聖ちゃん、雅ちゃん、矢部君、大京がかろうじて一安打。

 残りのメンバーは残念ながら不発に終わったが、後半になってくると茂野のジャイロにも慣れていき、一通り終えた二戦目からは三振が劇的に減っていた。

 初めは打てなくてもいいんだ。今が打てなくても嫌になるまでその目で追い続ければいつかは当たる。

 そのいつかをどうやって早い段階に持ち込むか、その辺は才能や経験量で個人差が出てきてしまうが、才能無しと断言できる奴は一人てしていないんだ。

 これから短期間の内に多様な事をさせ、順能力を高めてやるのがまず優先かな。

 投手もボカスカ打たれるのは減ってきて安定性が増してきている傾向だ。夏前から行ってきた足腰のトレーニングがここへ来て芽が出始めたって感じられた。

 投手も野手も引き続き試合を想定した練習をやり、いつでも戦える状態に俺が作ってやらないとな。

 

「大地君……ちょっといいかな?」

「ん、どうした涼子?」

「あのね……もう夕方になっちゃったけど、もし暇だったら私のボールを受けてくれない?どうしても大地君に捕ってもらいたくて…大丈夫?」

 

 受ける、ってことはキャッチボールじゃなく投球練習か。

 うーん。今日は球数もそんなに多くなかったし、ちょっとなら捕ってやっても問題ないな。よし──

 

「六時までだったら良いよ。あんまり遅くまでやると疲労が溜まって逆効果になるから程々に頼む」

「やった……ありがとう!!」

 

 何かかなり嬉しそうにはしゃいでるなー。

 俺が捕るなんて普通の風景なのに今日は特に笑顔だ。

 涼子が喜んでくれるならそれは俺だって嬉しいけど…あれ?それだとただご機嫌を取ってやってるだけにしか聞こえないぞ。

 ただ純粋に涼子と投球練習するだけなのに…どうしてこんなに緊張してるんだ、俺?

 

「大地君……?」

「…いや。そんなわけない…よな」

「??」

「さ、早くブルペンに行こうぜ。一球でも多く捕ってやるよ」

「う、うん……」

 

 防具とミットを用意し、グラウンド端に設置されてるブルペンへと入った。

 軽くキャッチボール程度に約十球投げ、肩が温まってきた所で俺が座る。

 

「まずはストレートから。ど真ん中に七割の力で」

 

 どうしちまったんだろう俺。

 最近涼子と顔を合わせると何故か顔が赤くなって反らしちまう。離れた距離にいると勝手に目が涼子の方へと追うし……前にもあったな、こんなこと。

 

 

 ──スバァンッ!!

 

 

(……集中できないな…)

 

 練習中に他の事へ意識が行くなんて今まで一度もない。

 それが涼子と二人きりだけで練習すると、キャッチングはできてもリードや声かけが適当になってしまう。

 あの日、猪狩から「ご機嫌を取るためだけに野球はするな」と、俺に強く叱った時があった。

 あの時と今は……どこか違うんだ。

 気遣いってよりも、自分の気持ちが動いてるっつうか………ただ言えるのは野球以外で他人にこんな感情を持ったのは初めてだってこと。

 キャプテンだからとか、バッテリーだからって肩書きや仕事で動いてない。

 

 ──涼子の近くにいたい。たったそれだけの思い。

 

 

「……なぁ…涼子…」

 

 夕方のグラウンド。

 赤く輝く夕日が山に大半隠れてしまった中、俺は名前を呼んだ。

 彼女も可愛らしい笑みで返す。心臓のバクバクが加速していくのが自分でも分かる。挙動不審にならないよう、精一杯に平常心をたもちながら口を開いた。

 

「俺のことさ……嫌いか?」

 

 唐突な質問に涼子はキョトンとする。

 好きか?とはさすがに聞けない。そんなん聞いたら百パーセント引かれるからな。遠回しに問いかけてみれば、怪しまれることはないはずだ。

 

「俺のことって…大地君が好きか嫌いかなの?」

「ああ……まあな…」

 

 グローブを外し、涼子がキャッチャーサークル近くに寄ってくる。

 サズッ……サズッ……っと歩く音をたてながら、ゆっくりとホームベース前まで距離を縮めた。

 顔は下を向いてて目線が合わない。

 ──やっぱり聞いたタイミングが悪かったか?どう感じ取ったかそこまでは読めないけど、全然俺を見てくれない。

 たった三十秒の短い沈黙が、異様なまでに長く感じる。

 くそっ、ダメだ。この雰囲気が俺には耐えきれない。このヘタレって呼ばれても構わない。ゴメンと謝ってなかったことに──

 

 

 

「──私は、嫌い」

「──!」

「大地君のことなんて大嫌い。野球部で私が唯一顔も見たくなくような人よ……だって──!」

(………っ!?)

「大地君はズルいんだもん!!!私が失敗して挫けた時や泣きそうな時、真剣な眼差しで心から勇気付けてくれた!バッティングやバントで悩んだ時も、夜遅くまで私につきっきりで教えてくれたのも大地君!そう、私が進む道には必ず一ノ瀬大地の存在がいてくれた!大切な……私が野球を好きでいられる存在………それが大地君…ううん、大地よ!!」

 

 うっすらと瞳から垂れる一筋の涙。

 一滴一滴が地面に静かに落ち、その映像が脳で理解されると自然に俺の涙腺も崩れていく。

 

「それなのに大地は答えてくれない!ただ優しく接してくれるだけで…私の本当の気持ちを全然理解してくれないのよ!!ここまで私を苦しめて……好きか嫌いかも自分から言わない!ずっと前から毎日が不安たったのよ………大地は私をそういう対象で見てくれて、ないのか、って………っ……」

 

 本当の、気持ち?

 俺が涼子をどういった対象で捉えているか?

 全然分からん。じゃあこれまでの俺は嘘だって言うのかよ!ただ俺は涼子が──

 

(!!!、そうか!俺が…!)

 

 ──ああ、俺ってなんてバカなんだろう。

 こんなに単純で簡単な問題に気が付かないなんて。

 それが涼子を苦しめていたのも分かってやれないなんて、俺はバカ以下だった。

 男として…一番大事な部分が抜けてたよ。

 

「──今日の夜、二十一時に駐車場へ来てくれ」

「……ぇ………」

「そこで本当の気持ちを話す。ここじゃ場所もアレだし、まだ練習中だ。切り替えをしっかりしてから話そう。それで良いか?」

「……ぅん。返事…待ってる」

 

 野球との切り替えはしておかなければならない。それがどんなに大切な告白でも、あくまで投球練習をしている最中だ。

 それに、このままだと互いに号泣しちまってまともな会話ができそうにない。ここは切り上げて先に飯食って落ち着いてからの方が動揺も抜けてくるし悪くない。

 

「たった一球しか受けてないけど上がろう。俺もそろそろ顔がヤバイわ」

「ふふっ…泣き顔は思ったよりも可愛いわね…」

「うるせーよ。別に泣いてないし」

「はいはい。クールダウンして上がりましょ」

「…おう」

 

 練習と呼べるほどの量はしなかったが、良い事が聞けたと俺は思う。

 自分の気持ちにもう嘘はつかない。今度こそきっちり言うんだ。真実を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂で仲良く夕食を食べ、人目を盗んでこっそりと宿舎を抜け出した。

 一応風呂にも入ってさっぱりしたままだから匂いとか臭くないよな……多分大丈夫だろう。

 合宿の初日にこんな告白まがいな行為が皆にバレたりでもしたら激怒されるに決まってる。今宮と矢部君にだけは知られたくない。だから数少ない自由時間の間で解決しようって腹だ。

 

「ごめん。待ったか?」

「ううん。私もさっき来たばっかりだからいいわよ」

「ここじゃアレだし…場所を変えよう」

「うん……」

 

 夏の夜。

 蝉の煩い鳴き声と所々ポツンと置かれている街灯の道を二人で歩く。

 三十センチ有るか無いかの距離に互いの体が接近している。いつも三つ編みにしていた髪は、この時だけ手を付けず縛らないままだ。ほんのり香るシャンプーの匂いが鼻に行き、より俺を緊張させた。

 

「あれ…こんな場所に公園があったんだ……」

「丁度いいし、ここにしようか」

「そうね」

 

 一キロと半分ほど歩いた場所に滑り台やシーソーが設置してあるシンプルな公園へと足を踏み入れた。

 夜風が透き通って涼しいな。有名な旅館と言っても隣には大きな山が連なる田舎の場所。ここも人が少なく、最近で遊ばれた形跡は無に等しかった。

 

「ここに座るか」

「!……ここに二人で?」

「そうだけど…なんかマズイか?」

「いえ、そういうわけじゃないけれど……このベンチじゃ体が…」

 

 何年も放置された小さなベンチが置いてあったので座ろうとするが、涼子は顔を赤くしながら渋る。

 多分座る場所が狭いから体が当たるかもしれないって事か……そんなん気にするなよって言いたいけど、それは俺も同感だ。これ作った設計士を殴りたいくらいに小さすぎるぞ。

 

「…やっぱり座ろっか」

「ん…だな」

 

 悩んだ挙げ句、座ることにした俺達二人。

 結局肩と腕が密着してしまい、温かい皮膚の感触が神経を通じて伝わったくる。こんなに敏感な感想する俺ってエロいかなぁ。今宮ほどお茶らけてないから大丈夫だと思うけど…。

 

「…私ね、本当は好きだよ」

 

 座った後の長い沈黙を先に破ったのは涼子。

 とても小さく弱々しい声だけれど、俺の両耳にはしっかりと入った。

 好きって……俺の事は嫌いだって宣言したばかりなのにどうして?そう言い返すのを堪え、そのまま話を聞く。

 

「心の底から、一人の男性として私は一ノ瀬大地が大好き。鈍感な部分もあっておっちょこちょいな面もあるけど、野球に対して誰よりも貪欲に取り組み、女性選手の問題にも必死になって考えてくれた。実践したのは葛西君達だけど…その意志は世間にも伝わり、将来の野球少女にも希望を与えられたんだよ」

「俺が希望を…?」

「昔ね、両親から女の子は野球で男子には絶対勝てないって会話を聞いたことがあるの。いつかは野球を辞めなくちゃならない、だから野球はやっちゃダメなんだって。──だけどそれは間違ってたんだ。男の子も女の子も野球が好きなのに高低は存在しない。お前が野球をして何が悪いんだって、初めて会った時から今日まで、大地君がその事を教えてくれた。男の子には絶対負けないって敵対視してた心が、共にキャッチボールをしてく中で和らいできたの。」

「そうだったのか……」

「うん…だからどんな優しさなんかよりも、大地君が側にいてくれるだけで…私は──」

 

 

 

  ──ガバッ

 

 

 

「ぇあっ……ぇ…!?」

「俺も涼子が…好きだ」

「だいちぃ…くん?」

「ひた向きに頑張る姿とか、光輝くその笑顔とか……涼子の全部が好きだったんだ。あかつき中に行く決心を付けた時よりも前から気になってたんだけど、完全に惹かれたのはそん時だと思う。ただ告白する度胸が無いだけで、もし今日みたいな日が無かったら告白してなかったかもしれない」

 

 ああ、そうだよ。

 俺は川瀬涼子が好きだったんだ。

 友沢や八木沼に鈍感野郎って煽られてからどうしても疑問に思い続けたが、二人はコレを間接的に気付かせようと、アイツらなりに気遣ってくれたんだ。

 

「バッテリー関係なく、俺と付き合ってほしい。こんな俺だけど…良いか?」

 

 抱きついていた一旦外し、お互いの顔と顔が十センチしかない場所で止まって最高の笑顔で──

 

 はい。私で良ければこれからもよろしくね、と、ゆっくり顔を接近させて口と口が触れた。

 

「ん………すっごく甘い香りがした」

「ちょっとー、何匂いを嗅いでるのよ。まぁ大地だから良いけど…」

「呼び捨てで呼んでくれるのか?」

「うん。二人だけの時は、ね」

「そんな顔するとまたやるぞ」

「ええー…思ったより息が続かなくて大変なんだよね…」

「それじゃまた明日にする?」

「もう…分かったわよ。急に積極的になると調子狂うんだから…」

「嫌い?」

「ううん。好き」

 

 スイーツのようにとても甘い二人だけの時間。

 それは心も体も癒す、二人にとって至福の瞬間なのかもしれない。

 俺自身もこのままでは歯止めが利かなくなってしまいかねないので、名残惜しくも腕を離して立ち上がる。

 

「ただし野球ん時はケジメをしっかりつけて取り組むことな。この関係も俺達だけの秘密。誰にも言うなよな」

「うん。分かったわ」

「よし。じゃあ帰るとするか。皆待ってるし」

「バレないように帰らないとね」

「…そうだな」

 

 行きの固さはとうに消え、涼子の右手を取って公園を後にした。

 …これからは涼子とこうして帰ってたり、遊んだりできるとつい考えてしまい、顔がニヤけてしまう。

 だが野球を疎かにするわけにはいかない。最終的な目標は聖タチバナを甲子園に出場させ、日本一を掴むことだからな。

 そして密かにもう一個新たな目標も生まれた──

 

 

  涼子を日本一のピッチャーにさせ、俺達バッテリーの名を世間の頭に刻み込ませてやる、ってな!

 

 

 

 

 

 

    

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