Glory of battery   作:グレイスターリング

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第二話 明かされる実力

「全員集まれ!」

 

 練習を途中で切り上げ、グラウンドに散っていた選手達が、一斉に監督の周りへと集まった。

 

「練習の途中だったが、今日付けで入部となった選手を紹介する。では自己紹介を頼む」

「はい。暁リトルから来ました、一ノ瀬大地です。学年は5年生でポジションは捕手がメインです。野球の腕はまだまだですが、これからよろしくお願いします」

 

 一礼をしてメンバーの数を数えてみると、部員数はざっと24人ってところだった。でも暁リトルと一度戦ったことがあるから知ってる選手も少なくはないね。

 

「えー既に知っているかもしれんが、彼は夏のリトル大会で全国制覇を成し遂げた名門チーム、暁リトルで正捕手として猪狩守とバッテリーを組んでいた。家庭の都合上で退部せざるをえなかったが、今日からはウチでプレーすることになった。なにか彼が困ってたら、遠慮なく教えてやってくれ」

 

 やっぱり俺や猪狩のことは知ってたか。道理で皆、俺の名前を聞いて動揺しないわけだ。

 

「早速だが、彼にはバッティングとキャッチングの2つを測定してもらう。そこで、今から名前を呼ぶ選手は彼のテストを手伝ってくれ。まずは江角…真島…それと佐藤に川瀬だ」

 

 この4人は確か主力の選手だった気がするな。

 江角は横エースナンバーを背負う本格派右腕で、カーブの切れ味には定評がある。キャプテンで四番を打つ真島は走攻守全てをハイレベルに重ねもつ強打者だ。

 しかし一番要注意なのは──

 

 

(佐藤寿也、だな)

 

 

 昨年夏の大会で対戦したときは小四ながらも6番キャッチャーでスタメン出場し、猪狩相手に3打数2安打2打点の結果を残していた。あのストレートを綺麗に流し打ちした数少ないバッターでもある。

 ポジションも俺と同じだから、いわばライバル同士にあたるってことか。

 

「ではまず、彼のバッティングをチェックする。相手は江角・佐藤のバッテリーだ」

 

 んっと、いきなりエースと対決か。江角のカーブは勿論だけど、佐藤のリードも注目しておかないとな。

 レガースとプロテクターを装着すると、佐藤はキャッチャーボックスではなく俺の側へ駆け寄った。

 

「大地君、よろしくね」

「おうっ。本気で頼むぜ」

 

 軽く頷き、佐藤はキャッチャーボックスへと入って投球練習を始めた。相手ピッチャーの江角は、俺と一つ歳上ということもあり、球威・制球・変化球、投球練習を見る限りは遜色ない良いピッチャーだ。

 

「大地君、私のだけどヘルメットとバットを貸してあげるわね」

「ん、ありがと」

 

 川瀬さんからバッティング用具を一式借り、準備が整った……

 

  はずだったが──

 

 

(んーっ、なんだコレ?全然被れないぞ!?)

 

 ヘルメットを借りたのはいいものの、俺の頭のサイズと合わず、いくら押し込んでもスポッと填まらない。

 同い年の選手とはいえ、体は女子だから仕方ないと言えば仕方ない、が、さすがにノーヘルでバッターボックスに立つのは危険過ぎる行為だ。

 

(しょうがない…半かぶりだけどこれで行くか)

 

 イマイチ頭にフィットしなかったが、強引に押し込んでなんとか安全圏までヘルメットが入った。

 

(さてと、そろそろいくか!)

 

 ブォンッ!ブォンッ!と二度素振りをし、今度こそ準備は整った。

 横浜リトルの実力がとれほどのものか、見せてもらうぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 江角先輩の調子は全然悪くなく、むしろ好調に近いほどの良いコンディションだった。四年生の夏前から先輩のボールは捕っていたから分かるんだけど、ベストなテンションのときは決まってカーブのキレが冴えている。

 

 ブォンッ!ブォンッ!

 

(!……このスイングは…!?)

 

 バッターボックスの前で大地君が肩慣らしのように素振りをする。端から見ると、何気ないスイングにしか見えないかもしれない。

 

  ──でもなにかが違う。

 

 スイングスピードじゃない。バッティングフォームでもない。それなのに大地君からは、不思議な雰囲気が込み出ているかのような錯覚に陥られてしまう。

 一言で言えば、「彼ならどんな球でも打ってくる」というオーラが。

 

「佐藤」

「……あっ、はい!」

「今日のサインは全部お前に任せる」

「えっ…僕が、ですが?」

「やつのバッティングは本物だ。年下だからと言って、油断したり熱くなったりしたら結構ヤバイからな。だから冷静にお前を信じるってわけだ」

「…そうですか」

「ああ、とにかく頼むぜ。そんで横浜リトルの底力を見せつけてやろーぜ」

「はい、分かりました」

 

 先輩は僕を信頼してくれている…。全ては僕のリードにかかってるんだ、絶対負けられない!

 

「もう話は終わったのか?」

「うん…君から三振を取る算段は付けてきたよ」

「ふっ、取れればの話だけどな」

 

 不適な笑みを見せながら、彼は右バッターボックスへと立った。

 

 

「ではチャンスは一打席のみ!ヒット性の打球や四死球ならバッターの勝ち、それ以外はバッテリーの勝ちとする!ジャッチは寿也に全部やってもらう」

 

 僕たちは彼にヒットを打たせなければ勝ち…か。果たしてどこまで僕のリードが通用するんだろうか。

 

「では始めろ!!」

 

 さて、一打席きりしかチャンスはない。リードは初球の配球が肝心で、立ち上がりは慎重に攻めていくのがセオリー。

 

(まずは外角にストレートで)

 

 大地君の構えは基本充実なスタンダード打法。スタンスは恐らくスクウェアのはずだから、内外角のどちらにでも対応できる。

 でも江角先輩のストレートなら初球からは手がでないはず。

 先輩はコクっと頷き、投球動作に入った。斜め65度の角度で腕をブルンッ!と振り、外角ギリギリにボールが放り込まれた。

 

「ストライクだね」

「……そうだな」

 

 大地君は言って、再びバットを構え直す。球速は百数キロってところかな。充分速い方だと思うんだけど、大地君は見慣れているかのように見逃した。

 さすが、猪狩君の球を受けてきているだけのことはあるね。

 

(次は真ん中から低めへカーブ)

 

 先輩がカーブを持ち球として使っていることは大地君も知っているはず。それでも江角先輩のカーブを初見で捉えるのは、いくら大地君でも難しい。

 試合でなくても先輩は本気でボールに回転をかける。ミットとの距離が近づくにつれて、斜め左方向にボールは逃げていく。

 

(これなら打てない!)

 

 間違いない、今日の先輩はボールにキレがある。絶対に打てないと確信し、ミットをボールに合わせて捕球態勢を作る。

 

 

「そう、これを待ってた」

「えっ?」

 

 さっき見せたスイングスピードでカーブに対応し、キィィィンッ!!!とあとから金属バットの打音が聞こえた。

 ライナー性の打球は一塁線上を痛烈に襲うが、フェアゾーンより右に逸れてファールになる。

 

(カーブを完璧に捉えてる…なんてセンスだ……)

 

 何十試合も試合をして“あの時”以来かもしれない。こんなにも早くカーブに順応できたバッターは。

 そうだよね、吾朗君──

 

 

 

 

 

 

「いきなり江角のカーブを捉えるなんて中々のバッターだな」

 

 ベンチで勝負の行方を見守る横浜ナイン達。先程のバッティングを見て、次の勝負のスタンバイをしていた真島がポツリと呟いた。

 本調子の江角からこんなにも早くカーブに対応できたのは

 

「三船ドルフィンズ以来、だな」

 

 そう、今から一年前。神奈川地区の大本命として、誰もが横浜リトルの全国行きを予想していた。県大会レベルでは一回戦、二回戦、三回戦とも10点以上の差で勝ち進み、もはや優勝に死角はないと思われてた。

 ──準々決勝、大番狂わせが起こった。

 一回の表で9点もの大差をつけ、誰もが横浜リトルの勝利を確信しきっていた。そんな絶望的な中、一人の男が『負け』を『勝つ』に変えたのだ。

 

「吾朗君達…ですよね」

 

 野球というスポーツは、たとえどんなに負けていようが、そのチームの実力差が明白であったとしても、最後に審判がゲームセットのコールを発するまでは何が起こるか分からない。

 つまり、諦めることさえしなければ、勝利を掴むことは誰にでもできる。

 

「だけど江角のやつだって、あの試合で打たれてから大きく変わったんだ。そう易々と打ち崩されるはずはねぇよ」

 

 

 その三球目。内角低めの際どいコースにストレートが制球されるが、これはボール球となる。

 

(危なかったぁ~…思わず振りそうになったよ)

 

 でもまぁ、俺の勘が外れなければ次のボールはストライクの確率が高い。

 追い込まれて圧倒的に不利な状況。となると次は決め球が来るはずだ。

 

(今度こそカーブを叩いて打つ!)

 

 腹をくくり、バットを更に短くもって構える。あんまり長く持ってたらスイングが遅くなって詰まらされるからな。

 そして運命の四球目。スリークウォーター気味に投げ込まれたボールは──カーブ。

 

(来た!)

 

 二球目よりも深く低めに沈んできている!このままだと引っ掛けて凡打になる!!

 

(頼む!、当たってくれぇぇ!!)

 

 

 ギィィイィンッ!!

 

 

 

 鈍い音がを残して打球は高く上がった。風はほぼなく、障害はなにもない。そして打球が最高度の高さを過ぎた瞬間、ゆっくりとバットを置いて一塁へと走った。全員が打球の弾道に目を向けているが、俺はもう分かっている。

 

 一塁ベースを踏んだ瞬間、ボールはリトル規定のフェンスを超えて、ホームランになった──。

 

 

 

(まさか……打たれるなんて…)

「嘘…だろ?」

 

 ダイヤモンドを回ると、ピッチャーが打った後のボールを見続けているのが目に入った。自分のウイニングショットを打たれ、その悔しさは大きいものだろう。

 

「………」

「先輩……すいません。僕のリードが甘かったせいで…」

「いや、ちげぇよ」

「えっ…?」

「俺のカーブもお前のリードも完璧だった。それでもホームランを打たれたってことは、ただ単に一ノ瀬の方が強かったってだけの話だ。だからくよくよすんな、次は必ず三振すりゃいいんだからよ」

「…そうですね」

 

 ベンチへ戻って早々、真っ先に声をかけてきたのは監督だった。

 

「狙って打ったのか?」

 

 狙って打った、か。確かに投球前からカーブが来るって予測はしてたし、狙い打ちはした。

 

「はい。だけどあそこまで変化するとは思いませんでした」

 

 今打てたのはたまたまバットを短く持っていたからと、それによってスイングスピードが僅かに上がり、カーブの変化と一致していたから打てた。

 もし、最初のままで打っていたら立場は逆転していただろう。

 

「そうか…ナイスバッティングだ。じゃあ次はお前のキャッチングを見させてもらうぞ」

 

 成る程、今度はキャッチングか。正直言うと、バッティングよりキャッチングの方が俺は好きなんだよな。打者との頭脳を競い合う駆け引き、ボールがミットに挟まったときのあの感触。それが好きだから辞められないんだよな、キャッチャー。

 

「ピッチャーは川瀬、バッターは真島で、次は二打席勝負にする。但し、リードは一ノ瀬に任せて抑えるという条件のもとでやる」

 

 じゃあつまり、真島を川瀬さんと一緒に協力して抑えれば勝ちってわけか。

 

「おい、一ノ瀬」

 

 唐突に後ろから声をかけられ、振り向くとそこにいたのは真島キャプテンだった。

 

「悪いが今度は先程のようにそう易々と勝つことはできねーからな。覚悟しておけよ」

「…悪いですけど、俺だって負けるつもりはありませんよ」

「ははっ、いい面構えだ。退屈しなくてすみそうだな」

 

 真島キャプテンと別れ、カバンからキャッチャーミットと防具を取り出す。コレを実戦で使うのも猪狩のとき以来になるな。

 ん……まてよ。そういえばまだ重要なことを聞いてなかったよ!

 

「くっそ…川瀬さんから聞いておかないと……」

 

 急いでプロテクターを装備し、マウンドで待機していた川瀬さんの方へ走った。

 

「ごめん、遅くなって」

「ううん、大丈夫よ。今私も準備できたところだから」

「そっか…あ、そういえばまだ川瀬さんの球種を聞いてなかったよね?」

「確かに、私も忘れるところだったわ。じゃあ教えるわね、まずこれがストレートで……」

「うんうん」

「で、これがカーブで最後にこれも投げれるわね」

「えっ?でもこれって…」

「大丈夫よ。私を信じて!」

「…りょーかい。本当にそれが投げれるなら、リードのしがいがあるね」

「フフッ、頼りにしてるわ」

 

 サインと球種の確認をし、サークルとマウンドへ互いに戻った。真島キャプテン…悪いですけど三振で抑えさせて貰いますよ!

 

 

「ではスタート!」

 

 うっし!それじゃあ始めますかね。相手のデータは余り無いからまずは丁寧に様子を見るか。

 

(まずはストレートからだ。内角低めに攻めよう)

 

 投球練習を見ていた限り、川瀬さんの球速は九十キロ前後程。遅くはないが、四番相手には打ち頃のスピードボールだろう。

 それでも打ち取る方法はある。たとえ球威がなくても、制球でそれを補えば充分通用するはずだ。

 足元に置いてあったロジンバッグを掴み、地面へ置いて直ぐに投球スタンスを作った。

 

(っ!?これは……!)

 

 俺は彼女のピッチングフォームに驚愕した。左足を高く蹴り上げ、猫背になって上半身と限界まで引き上げてその勢いのまま、サイドスロー気味にリリースされた。

 ボールはリード通り、パァァンッ!!と綺麗な音を立てて内角低めのミットへ挟まった。

 

(マジかよ…この投球フォームって……)

 

 

 野球の本場、アメリカで生まれた超豪腕ピッチャー『ジョー・ギブソン』の投球フォームと全く一緒だ。

 ジョー・ギブソンは、数年前に日本のプロ野球球団、『シャイニングバスターズ』で3年間エースとして活躍していたのだが、ある試合でバッターにデッドボールを当ててしまい、不慮の事故でそのバッターを亡くしてしまっていた…。

 が、今はメジャーリーグの第一線で活躍をし、毎年のように最多勝やらのタイトルを獲得している。

 

(二球目はボール球のカーブを外角に)

 

 ギブソンのフォームも拝めたし、そろそろ集中しないとな。次はストライクゾーンからボール1、2個分外れるぐらいに投げれれば上出来だ。理想としてはつい手が出てしまい、ファールになったてしまった、がいいけどさすがにそう上手くはいけないかな…。

 指でサインを送り、川瀬さんがリズムよくワインドアップする。

 コースと低さは許容範囲に来たが、涼し気な顔で見逃した。さすがに一筋縄では引っ掛からない、か。

 

「そんな小細工じゃ俺は打ち取れないぜ」

 

 ヘルメットを上げて、真島キャプテンはそう言い放った。ちまちまやってても俺には通用しない、てか?

 

「それはどうですかね?まだ終わってませんけど」

「…まぁいいさ。次のストライクで終わらせてやるからな」

 

 ふっ、と笑いながらバットを立て、タイミングを伺うかのように川瀬さんを見つめる。

 ──しかし言うだけのことはある。後ろから見ても隙の見当たらない構えに、どこからか感じ取れる独特の威圧感。まさしく四番に相応しいバッターだ。

 

(お望み通り、ストライクゾーンにいこう。川瀬さんの得意球でね)

 

 一瞬笑って頷き、更に躍動感をつけてプレートを蹴る。本当にそれが投げれるのなら、川瀬さんは無敵になれるかもしれない。

 コースは大甘のど真ん中。予想通り、真島キャプテンはこの甘いコースに食い付いて来た。カーブでもない、スライダーでもない。ストレートのように真っ直ぐミットに向かうが、ストレートでもない。

 

(失投か、貰ったぜ!)

 

 

 言わんとばかりにバットを一閃する。タイミングも高さもドンピシャに思われた──。

 

 

 ゴキッ!と詰まる音。打球は上空へ飛ばす、地面をバウンドした。歩くまでもなく、そのゴロを川瀬さんは余裕でキャッチ。

 

「っ!?、なにっ?」

 

 真島キャプテンはおどけたような声を出すが、一番ビビったのはサインを出した俺だった。

 

(…恐ろしい子だな。ホントに投げれてるよ……)

 

 ストレートより球速はなく、コースはど真ん中。それでも打てないのには訳があった。

 

 

 ムービングファストボール──。

 それはストレートこその速さはないものの、手元で僅ながらナックルのように不規則に落ちながら進む、日本で言う『癖球』の一つにあたる。ナックルといっても、全然球が落ちるわけではない。しかし、三振は取れなくてもバッターの芯をずらす程の変化量はあるから、ゴロを打たせて取るには効果は絶大だ。

 それにしても、俺と同じ小学五年生がこんなボールを投げれるとは思わなかったな。もしかすると猪狩を超えるんじゃないかな?……なんてね。

 

「どう?見てた?!」

 

 俺がマウンドへ駆け上がると、えっへんと誇らしげに感想を迫ってきた。

 

「うん、予想以上の球だったよ。こりゃ自信満々に言う訳だよ」

「ありがとう。でも大地君のリードやキャッチングも凄かったわね。初めてなのに一球も逸らさなかったのにはビックリしちゃった」

「たった二球捕れただけだよ。まだ一打席残ってるんだ、油断せずに頑張ろう」

「うんっ!」

 

 幸先のよいスタートが切れたぜ。後は残り一打席をどうするかだよなぁ…。

 川瀬さんの持ってる球種は全部見せちゃってるし、これは俺のリードにかかってるわけだ。

 

(二打席目はムービングを多用しながら惑わすか)

 

 面を被り、二打席目の勝負が始まった。真島キャプテンの構えは以前と変わってはいない。

 

(初球からムービングで。インコース気味で釣らせよう」

 

 このテのバッターは打撃能力はあっても、打てそうなボールが来たら躊躇なく振ってくる。そこを狙ってムービングを内角に投げれば、またゴロで詰まってくれる可能性は高いはずだ。

 ギブソンフォームから初球──。打者の腹部近くにボールは迫り、そこから僅にボールが動く。しかも運が良いことにバッターは打つ構えをして来た。よしっ、これで俺が捕って終わりだ!

 

「甘いな」

 

  限界まで懐に引き付け、逆らわずに思い切りボールを引っ張った。

 今度は真芯で捉え、打球はレフトへ高く上がる。

 

(!!?、やばいっ!)

 

 半分終わったかと思われたが、風で僅かに逸れてファール。

 

(ふぅ~…危なかった~)

「チッ、風に救われたな」

 

 この人、もうムービングのタイミングが掴めているのか?それともプルヒッターだから打たれたのか?もしくはその両方か…?

 

「川瀬がムービングを持っていることなんて既に知ってたぜ」

 

 困惑する俺を見て、真島キャプテンは静かに呟く。

 

「一打席目はムービングを忘れていたからミスっただけで、本来の俺なら今ぐらい打てて当たり前なんだよ」

「…いいんですか?そんなこと教えなければ、俺はムービングに頼っていたかもしれなかったのに」

「バーカ、いくら頑張ってリードしても俺を打ち取るなんて無理な話だ。癖やボールの回転は全部把握してるんだからな」

 

 …やはりそうか。初球の見逃し方の時から気になってたけど、相手の癖をインプットしてたからか。

 

「だったら俺が分かっていても打てないリードをすればいいだけのことですよ」

「ふん、俺を三振に取れたらの話だがな」

 

 こうなりゃぜってー三振で抑えてやる!

 ドカッと座り、サインを出す。二球目は外にカーブが外れてボール。

 これで1-1。打者と投手、どちらも不利なカウントではない。

 

(外角にムービングを使おう。ストライクとかは気にしなくていい)

 

 ミットをバンバンと叩き、ぐっと構えた。今日2球ムービングを投げてきたが、まだ一度も捕球はしていない。ボール球でもキャッチャーの捕り方によってやり易さは違ってくる。

 この一球……絶対に逸らせられない!

 サインを受け取り、ゆったりと投球動作をする。体の動き・リリース・足の方向、全体を見て捕る。

 

 ──放たれた。三球投げた中でも一番のムービングだ。全神経を集中させろ…動けよ俺の左腕っ!!

 

 

 

 

 スバンッ!!!

 

 

 

 

 手元で変化する軌道を見逃さず、なんとかミット真ん中で捕球することができた。

 

「ふぅ…今のはギリ入ってますよね………」

「……お前…………」

「えっ?」

「いや、何でもない」

 

 なんだ?なにも変わらないムービングだったのに凄い動揺してるな。

 今そんなにヤバイことでもあったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三球目は外角にムービングを指示され、私は力一杯に腕を振って答えた。この時、私は一つ不安なことがあった。

 大地君は私のムービングを取ってくれるかということ。

 そもそもムービングはフォーシーム(ストレート)と違って、打者の打点で微量に変化していくボール。逆にとれば、捕手のキャッチするタイミングもズレることにも解釈できる。

 ムービングを捕球するには何十球、何百球も目で凝らして慣れないと、前へ落とすことも困難。あの寿也君でさえも一発で捕ることはできなかった。

 それなのに、彼は捕ってくれた。私のボール、私の事だけを考えて捕ってみせた。

 

(大地君…)

 

 なんだろう、この安心感。どんなに暴投しても彼なら命を懸けてでも逸らさない、そんな気がしてくる。

 

「川瀬さん、ナイスボーッ!!」

 

 そうだ、私だって頑張らないと。自分の勝利よりもバッテリーの勝利を遂行してくれる彼の為にも。

 

 四球目は高めに内角高めにストレート。ミットはストライクゾーンギリギリに構えてる。

 

(ありがとう…私も全力を尽くすわっ!)

 

 強く左足を蹴り、今日最大に体を縮こまらせた。右足でバランスを保ち、背負い投げのように体を回してボールを放した。

 力が強すぎて思わず前へ倒れてしまう。そんなことはどうでもいい。ただ、私のボールがバットを通過してミットに収められれば――。

 

 

 

 ッバァァアンッ!!!!!

 

 

 

 音が聞こえた……後はこれがストライクなら私達の…

 

 

「ストライクだ」

「……えっ!?」

「かっ、監督っ!!今のは少し高いっすよ!誰が見ても今のは」

「俺がストライクと言ってるんだ。今のはどんな審判でも必ずストライクを宣告する」

 

 監督……じゃあ私達は…

 

「川瀬、一ノ瀬、よく頑張ったな。これで一ノ瀬の入団を正式に許可する」

 

 

 …やっ……やった…………

 

 

 

「やったーーっ!!!!やったね、大地君!!」

「お、おおう…ありがとな……てかこれで正式入団なのね……」

 

 嬉しさの余り、大地君の手を取って喜んだ。自分が真島君を抑えられたことじゃなくて、“彼と一緒”に真島君を抑えたことが嬉しかった。

 

「今日からよろしくね、大地君」

「うん。こちらこそよろしくね、川瀬さん……いや、涼子の方がいいか」

 

 

 この日が、私と彼の忘れられないバッテリー結成日になったのでした──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラスが鳴く夕暮れ。俺のテストが終わり、グラウンド整備をして各自解散となった。

 それぞれが自分の帰路へ行く。俺も荷物を整理して帰ろうとしていた。

 

「大地君」

 

 声の主は寿也だった。

 

「今日は凄かったね。攻守どちらとも、僕より充分上手かったよ」

「…そいつはどうも」

「だけど…」

「ん?」

「僕は…キャッチャーの座は渡さないからね。涼子ちゃんとバッテリーを組んだとしても、正捕手は絶対に取らせないよ」

「そうか……じゃあ尚更俺も頑張らないとな。そっちがその気なら、俺だって負けないぜ!」

「そうこなくっちゃ。共に協力しあって戦っていこう」

「……ああ」

 

 寿也は後ろを振り向き、そのままグラウンド出口に出ていった。初めは猪狩と別れて不安だったけど、このチームメイトとなら俺はきっと強くなれる。

 

 

 見てろよ猪狩。次会うときはもっと成長してるからな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい……では来週の日曜日に……はい、分かりました。よろしくお願いします、では失礼します」

 

 帰ってきて早々、俺はあるところに電話を掛けていた。

 そう、あるチームと練習試合をするための電話だ。その動機は一ノ瀬のテスト直後に遡る。

 あのムービングを初球で捕った直後のストレート。

 普段は百キロいくかいかないかの球速だった川瀬の球が、

 

  109km/h

 

 なんと百十キロに迫る記録をマークしたのだ。なぜいきなり彼女の球速が突発的に上がったのかは分からない。しかし一番の思われる原因は、一ノ瀬の存在ではないか──と俺は行き着いた。

 昨年秋、横浜リトルに黒星を味あわせたチームのエース『本田 吾郎』の百十六キロに近い速球を投げれた。こいつはもしかすると今年は……。

 

「ふふっ、ますます楽しみになってきたな」

 

 練習試合の相手は全国屈指の強豪リトル。だが負けることは考えてはいない。

 あのバッテリーなら、どんな強打者からも勝ってくれるような気持ちが沸いてくるからだ。

 

「見せてもらうぞ……一ノ瀬大地」

 

 

 今シーズン最初の練習試合まで、あと一週間──

 

 




 読んでいただきありがとうございます。
 今回話で出てきた、ギブソンの所属していた球団が東京ジャイアンズからシャイニングバスターズに変更されていましたが、話の都合上でオールレボリューション(レリーグだけの6球団)のみの設定にしたためです。
 なので、原作で所属していたチームと大きく異なっていくことがありますが、ご了承ください。

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