「いよいよね……」
六月三日−–−–−。
海堂高校では毎年この日に一軍と二軍で壮行試合を行っており、今年も例年通り始まろうとしていた。
本来の目的は一軍と二軍がどれほど実力を付けてきたのかをチェックする為の試合であるのだが、今年はある男にしか注目が集まってないのだ。
「茂野君は…もし一軍を倒したら本当に海堂を辞めるのかしら……」
チーフマネージャーである江頭哲文は茂野吾郎の持つ驚異的な野球センスに惚れ込んで自らのビジネス向上の為に裏で期待する一方、二軍監督の早乙女静香はずっと前からこの試合に対して特別な思いを抱いていた。
それは死んでいった兄さんの野球が本当に正しかったのかだ。
茂野はその兄のまさに生き写しでもあり、今宵の試合でマニュアルの型を破るスタイルが正しいかどうか、証明されるだろう。
一軍スターティングオーダー
一番 セカンド 小柳
二番 ショート 大島
三番 レフト 菊池
四番 ファースト 千石
五番 ライト 竹田
六番 サード 木下
七番 センター 坂本
八番 ファースト 田口
九番 ピッチャー 桜庭
後攻、二軍のスターディングオーダーは、
一番 センター 草野
二番 セカンド 渡嘉敷
三番 キャッチャー 猪狩
四番 サード 薬師寺
五番 ファースト 大場
六番 レフト 石松
七番 ショート 泉
八番 ライト 矢尾板
九番 ピッチャー 茂野
両軍共に選手層の厚い中で一番ベストなオーダーだ。
ただ一人、一年生で早くも二軍レギュラーに名を連ねている猪狩進の存在が勝敗を大きく左右するだろう。 一軍はエースナンバーである榎本直樹を温存し、三番手の桜庭が先発に入っている。春の大会では防御率1点台と非常に安定した投球をしている厄介な変則ピッチャーだ。
『それではこれより、一軍対二軍の壮行試合を始めます! 相互に礼!』
『お願いしまーす!!!!!!!』
午前9時半、それぞれの想いが募る中、運命の壮行試合が始まった。茂野が五、六球ほど投球練習をして、肩の状態を念入りにチェックする。
(体が一回り大きくなったな。それに肩や腰周りも一段とたくましくなった感じだ………ふふ、これは期待できるぞ)
身体的な面で成長を遂げた茂野の体つきを見て、江頭は一種の期待を込めてスピードガンを持った。彼の目には"商品"としての茂野吾郎しか眼中にない。
今日のマスクを被る猪狩進がグラウンド中央へ走り、茂野に声を掛けに行った。
「……コンディションは良さそうですね」
「ああ、なんせこの日の為に何ヶ月も前から準備してきたからな。気合いだって嫌でも入るもんよ」
「そう……ですね。僕も精一杯のリードで先輩を支えるので思いっきりミットに目がけて投げてください」
「任せろって。進の指示する場所に必ず投げてやるからよ」
眼を熱く光らせながら進のミットを叩く茂野。進は苦笑いしながら「はい」と返事をし、自分の定位置に戻った。
実は今日の先発マスクに進を提案したのは茂野自身だった。それは兄である猪狩守の姿を見て決めたらしい。野球に対し、どんなライバルやりも先頭に立ってやろうとする強い意志、熱意。きっと弟である進にもそのDNAは受け継がれ、マニュアル野球に刺激を与えてくれるだろうと、二ヶ月間バッテリーとして隣に居た茂野はそう感じていた。
『プレイボール!』
主審のコールと共に小柳がバットをギュッと握って構えた。
進のサインにしっかりと頷き、ワインドアップから茂野か第一球目を投じようとする。
(…………!?)
リリースの瞬間、小柳の顔付きが変わった。
何故ならボールは座っている進の遥か上へ行き、そのままバックネットに当たったからだ。
「悪りぃ悪りぃ! つい変に力んじまった! 」
一軍ベンチからは茂野をからかう声が出ているが、二人の男だけは神妙な表情を浮かべている。
「……見たか?」
「ああ。今のがストライクだったら笑っていられるボールじゃないな」
「あの小僧……前に学校に来て俺と勝負した時よりも数段進化してやがる。一打席そこらじゃ当てることすら厳しいかもな」
「おいおい、随分弱気な発言だな。 それでも海堂の四番を打ってるスラッガーのセリフか?」
「ふん、球がいくら速くてもアイツの球種はストレートのみ。来たコースにきっちりと当てれば柵越えなんて容易い」
「そうか……」(千石がここまで熱くなってるのも珍しい。もしかすると去年の夏に勝負した猪狩以来かもしれないな)
バックネット裏で観戦していた江頭の顔も、驚愕の色に染まっていた。どんなに出ていてもギリギリ百五十キロに到達するくらいだと、初めは予想していた。
だがスピードガンの数値は、それを大幅に上回る数字が表示された。
「ば、バカな……"百五十六キロ"だと!?」
もう一度目を凝らして見てみるが、数値は百五十六キロ。
江頭はマグレではないかと半信半疑になりながら二球目のボールを測定した。
「百五十五キロ……こいつはマグレで故障でもない。この半年でかここまで球速を伸ばしたと言うのか……?」
外角高めに大きく外れてボール、続く三球目も百五十キロ台をマークするもまた外角に外れ、これでノースリー。
「何やっとんや茂野!」
「ビビってんじゃねーよ! 打たせて取れ!!」
味方ベンチから児玉と三宅が荒げた声を上げるが、当の本人はいたって冷静そのものだった。
(分かってるって。 ただ半年以上も前からこの試合を望んでたんだ。そりゃ、肩の力ぐらい入るもんよ。だけどな、そんな程度の重圧で潰れるほど、俺はオカマ達の元でヤワな練習はしてきてねーぜ)
進のミットはど真ん中。その一点だけに神経を集中させ、得意のジャイロボールを放った。今度はストライクゾーンに入り、審判が大きく右手を上げた。
『ストライーク!』
(よしっ、これで多少緊張をほぐせたはず。 ここからの茂野先輩なら勢いに乗ったままもう止まらない!)
バンバン!とミットを叩き、進がど真ん中に構える。
両腕を振りかぶり、オーバースローから強烈なジャイロが空を裂いて伸びてくる。
「−–−–くおっ!?」
それほどインコースを突いてないにもかかわらず、小柳は少し後ろに仰け反った。
『ストライクツー!』
(おいおい速いな……尋常じゃないぞ、このスピードは)
ヘルメットを付け直し、再び茂野に目を向ける。
五球目も内角よりのやや甘いコースに飛んで来たが、手元でグンと伸びてくるジャイロボールにタイミングが合わず、結局小柳は空振り三振に倒れた。
「さぁどうした? 自慢のマニュアル野球でかかって来いよ」
今日の茂野はこれまでで一番の状態かもしれない。 ここにいる誰もがそう悟っていた。何十試合と行ってきた練習試合の中で、茂野が初回から自己最速を叩き出すなどこれまで無かったからだ。普段の茂野なら序盤から中盤にかけて調子を上げ、終盤から尻上がりに強くなるタイプの投手だが、今日はスタートから本気で来ている。スタミナ配分なんて御構い無しに、正面からマニュアル野球に反抗しているかのように。
「素晴らしい! 合格だよ茂野君!」
「−–−–?」
「江頭?」
「君のピッチングは十分見させてもらったよ。 二軍ベンチ、ピッチャー交代だ」
「えっ、交代?」
「っ! なんだと!? おいちょっと待て!!」
あまりにも突然の交代に、茂野は怒りながら江頭の元へ駆け寄った。
当然だ。最初の一番を抑えただけで先発投手を交代させるなど、茂野でなくても疑問に思うだろう。
「ん、何か?」
「何か、じゃねーんだよ!! たった一人三振に取っただけでピッチャー交代なんておかしいだろ! 俺は今日の試合、全部一人で投げ切って完投するつもりでやってんだぞ!? それに水差すような事すると許さねぇぞ!!」
「はぁ? 一人て完投するのだって? そんな事をしてしまったらそれこそ一軍に乱打を浴びて自信喪失してしまうだろう。そんな単調でストレートだけの投球、我が海堂高校のマニュアル野球には手も足も出ないんだよ」
「何だと……っ!!」
「−–−–待ってください江頭さん。 それはいくら何でも横暴過ぎます」
「…………」
「進……?」
江頭の采配に進も納得がいかず、半ば抗議に近い口調で間に入った。
「茂野先輩のピッチングがストレートだけなのも、一軍のレベルが高いのも十分承知です。それでも……茂野先輩なら必ず抑えられます」
「……その根拠は何だ?」
「例え一軍クラスでも、百五十キロを超えるジャイロボールは一打席そこじゃまずアジャストするのは不可能に近く、これまでの傾向で茂野先輩は後半に強いデータもあります。 それに……」
「それに?」
「茂野先輩ならどんな逆境に立たされても必ず抑えてくれる、そんな気にさせてくれるんです。 相手バッターとしてならかなり厄介な存在ですが、女房としてはこんなにも頼もしいピッチャーは居ませんよ。だから……茂野先輩に最後まで投げさせてください」
女房である自分が頭を下げ、江頭に続投を志願した。
そんな進の姿に茂野は心を動かされ、自分もお願いしますと顔を下げようとするが−–−–−
「やれやれ……二軍キャッチャーの分際で随分偉そうな事を。全くもって話にならん。 静香君! さっさとピッチャー交代せんか!」
「っ…………!」
「こ、コイツ……!」
二人の交渉も容赦なく一刀両断し、江頭は早乙女静香に交代を催促した。
進もこのやり方にまだ納得がいかず、何とかして江頭を納得させたかったが、自身の力の無さに歯ぎしりするしかなかった。
「……茂野君、猪狩君。マウントに戻りなさい」
「えっ?」
「?」
「お言葉ですが、残念ながら私達は貴方の言いなりになるつもりは一切ありません! 勿論、貴方の商売の片棒を担ぐきもね」
(この女……真っ向から江頭に刃向かうきか。 ふ、そうこなくっちゃな)
「はぁ? 聞こえなかったんですか? 私は変えろと言ったんですよ? 二軍監督の貴方が私に楯突く事がどう言う意味か、ご承知のはず。 さもないと私の権限を持ってお嬢様を−–−–−」
「うるさいわね! このインテリとっちゃんぼーや! 解任したきゃ勝手にすれば!?」
「…………」
熱くヒートアップしている静香を、選手達はただボーッと見てるしかなかった。一息吐いて冷静になったところで、言葉を続けた。
「ただし……この試合が終わってからよ。 今この試合の指揮官を握ってるのは私なんだから。 勝手な判断で選手を替えることは許さないわよ」
江頭に力強く言い放ち、バッテリーに定位置へ戻るよう声を掛ける。茂野に江頭の計画が知れ渡っている以上、自らが責任を取って辞めたところでそう変わりはないと、この時の彼女はそう考えていた。
「おい、待てよ。誰が解任するって言ったんだ」
「………茂野君?」
「アンタは何も悪い事してねーよ。これはあくまで俺自身の問題だ。つまり俺が残りの奴等を抑えれば良いって事だろ? そうすれば監督が辞める必要だってねーんだろ?」
「ふっふっ……ま、そういう事になりますが、君の力ではあり得ませんね」
「ふん。寝言は終わってから言えってんだ」
「その口がどこまで保つか…………審判。試合を再開しなさい」
殺伐とした雰囲気の中、江頭の声で試合はそのまま続行になった。進が茂野にボールを渡し、二番バッターの青柳を迎える。
「……江頭の読みは間違ってないわ。確かに茂野君のストレートは一軍クラスでもそう簡単に打てる球じゃない。けれど−–−–−」
「茂野君のように単純な野球じゃマニュアルには勝てない、ってこと?」
「……ええ。 例え個人の勝負に負けたとしても、試合には必ず勝ちにいく。それがマニュアル野球の怖さよ」
「果たしてそうかしらね」
えっ、と静香が振り向く。
「マニュアル野球が最も恐れている存在って、茂野君や武兄さんみたいな野球じゃないかしらね。力と力を競い合って頂点を極め、目の前の相手に一球一球全力を尽くして倒す。 世間の呼び名で言えば"怪物"と呼ばれる選手、それだけが理詰められた野球に対抗できる最強のプレイヤーなのよ」
「"怪物"………」
そうだ。 それでウチは去年破れたんじゃないか。
あかつき大付属高校の猪狩守のように−–−–−。
「ふふっ、ほら見なさい」
1-1から青柳がセーフティ気味なバントを試みるが、手元でグンと伸びてくるジャイロに力負けしてしまい、ボールは小フライに。
「先輩! 任せて!!」
茂野がダイビングキャッチで捕ろうとするが、先にいち早く反応した進が声を上げて飛び込む。 ボールは辛うじでミットの先に引っかかり、審判に捕球アピールをした。
『あ、アウト!』
「っし! ナイスキャッチだ進!」
「いえいえ、茂野先輩の投球があったからこそのプレーですよ」
「へっ、あんがとよ」
進の方が反応が早かったものの、今の打球は本来ならピッチャーが捕るべきの範囲であったが、少しでも茂野の体力を温存させようと無理をして捕球しに行ったのだ。 普段の進なら確率的に投手へ任せるように指示を出していたはずだが、茂野の全力投球を見て自身の心にも火が付いたしまったらしい。
(菊池さんは右利きに対しては四割近い数字を出してるけど、逆に左利きはかなり苦にしている。 去年もあかつき戦ではその弱点が原因でスタメンから外されていた。 うん、これなら僕がミスリードさえしなきゃ絶対行ける!)
様子見程度にアウトコース低めにミットを構える。
バァァン!! と重みあるジャイロが投げ込まれ、コースもリード通りの場所にしっかり来ている。
「ナイスボール!」
小さな激励に茂野も手を上げて返し、早いテンポで構える。
進が要求するコースはインロー。 これもストライクゾーン一杯を通過し、早くも追い込んだ。圧倒的にバッテリー有利なカウントだが、相手は海堂の一軍。 次からはストライクひさえ入ればどんなコースにでも食らいつくるだろう。
(次は……ここに)
(!……なるほどな。了解したぜ)
サインが決まり、投球動作に入る茂野。一瞬サインに戸惑いを感じるも、ボールは指示通りのコースへ投げられる。
(ど真ん中! 貰っ……っ!?)
菊地の判断は間違っていない。ボールは一番打ちごろなど真ん中に飛んできていた。
だがスピードだけは違った。 これまでの百五十キロ連発から大幅に遅い、百二十キロ程度の緩いジャイロボールでタイミングを遅らせたのだ。 甘い球が来て打ち急ぎに行った事によりその効果は倍増し、結果として菊池は空振り三振に倒れてチェンジになった。
「っしゃあ!! まずは三者三振! 今度は進の番だ、頼むぜ?」
「はい! 」
兄譲りの甘いマスクと優しい微笑みが特徴の進と、熱血漢ながらも爽やかさを残す茂野。 グータッチをしながらベンチに戻って来る姿は"イケメンバッテリー"と呼べる程の絵になる。
「よしっ、頼むぞ草野ー!」
「何が何でも塁に出ろよ!」
ベンチからの声援を胸に、草野か一礼して打席に入る。茂野達と同じく夢島組から這い上がってきた選手だが、二軍トップクラスにまで成長し、頼もしい一番バッターに遂げた。
その初球−–−–−。出所の見えにくい横手からボールが繰り出し、草野の内角を抉るように通過した。
『ストライク!』
この球は無論、ストライク。
球速はそれほど出てないが、制球力は一級品の物を持っている。その上、桜庭は左利きのサイドスローであり、同じ左利きの草野との相性も抜群だ。
(これが一軍きっての"左キラー"、桜庭さんか……)
左キラーの異名は伊達ではない。去年行われた高校選抜でも、対左打者との対戦成績が防御率0.94と非常に得意としている。 そしてその背景にはある変化球の存在もあった。
桜庭の動作に合わせて草野もタイミングを計る。リリースされた瞬間にバットを振りに行く素ぶりを見せたが、ボールはインコースのボールゾーンから大きく弧を描いて曲がり、途中で腕を止めた。
『ストライクツー!』
「なんて切れ味の良いカーブなんだ……」
「ああ。しかも左に左をぶつけてる癖にしっかり内角に投げ込んでやがる」
「草野も相当打ちにくそうだ。 左の俺や猪狩でなくても攻略は難しそうだな」
薬師寺がそう苦言する程、今日の桜庭は球がキレていた。彼曰く、カーブがあのコース一杯に入った時の自分は完封さえも狙える冴えているらしい。二軍ベンチは早々に難しい顔を並べるが、草野は至って冷静そのものだ。
三球目に選んだボールは外角低めのストレート。
体制を崩されながらも逆らわず左におっつけ、鋭いゴロが三遊間を破ってレフト前に転がった。
「ナイス草野!」
「あの状態からよく左に流したな! このまま続けよ渡嘉敷!」
二番の渡嘉敷はサイン通り初球からきっちりと送りバントを決め、草野を二塁へ進めた。 これでワンアウト・ランナー二塁。 単打でも草野の俊足ならホームを狙うことも可能な状況だ。
ネクストサークルから進が立ち上がり、バッターボックスに向かう。
「よろしくお願いします」
礼儀正しくお辞儀をしてバットを構える。 広角に打ち分けられる器用なバッティング技術を持っているが、千石のような派手なパワーヒッタータイプではないので、外野は前進守備のシフトへ切り替えた。おそらくは茂野の投球を見て、序盤から大量得点を奪うのは厳しいと判断し、虎の子一点も譲らない考えでこの作戦を選んだのだろう。
左腕を大きく振り、パァンッ!と気持ちの良い音が響く。
『ボール!』
まずは外に一球際どく外れてボール。進の顔色は一切変わらず、冷静にまた構え直す。
続く球は低めのカーブ。膝元一杯に決まり、バットも手が出なかった。草野からヒットを打たれたショックはそれほど感じてないようだ。
(桜庭さんのカーブはキレも良いし落差も大きい。 ここは狙うとすれば威力のないストレートだ!)
狙い球を絞ってピッチャーを見つめる。
三球目は百四十キロのストレートが高めに外れた。進はそれをしっかりと見極めた。
カウントは2-1。セットアップからムチのように腕をしならせてボールを投げた。
(この速さはストレート! 貰っ……っあ!)
ストレートと脳で判断してバットを振るが、ベース前で内角側にボールが揺れて詰まらされてしまう。打球は強いライナーを描くも方向は千石の真正面。 しっかり掴み、これでツーアウトになった。
(あの一年……桜庭のカットボールを初見でここまで飛ばすとは想定外だったな。確か パワーはあんま無いとか言ってたが、長打も狙う事ができる良いバッターじゃねえか)
進が悔しそうにベンチへ戻り、ヘルメットとバットをベンチのケースに入れて防具をつけ始めた。
「惜しかったな進」
「茂野先輩………すいません、せっかくのチャンスで凡退してしまって…」
「何言ってんだよ。 一年のお前が一軍相手にい良い打球放ってたじゃねーか。 寧ろ俺は凄いと思うぜ?」
「そう、ですか……」
「ああ。 そんな終わった事より次は守備だ。悔しいんなら他のプレーで奴等を見返してやりゃ、それでもカッコは付くってもんよ。引きずらずに元気出して行こうぜ」
「……ええ。 次こそは必ず打ちますよ!」
すると突然ベンチから「おぉー!?」と期待の声が漏れ、全員がライト上空へ顔を上げていた。
茂野と進もつられて目で追うと、打球はライト方向へグングン伸びていった。が、フェンス手前でボールは失速してしまい、竹田がフェンス際で手を伸ばして捕球し、惜しくもライトフライに倒れた。
(ちっ、伸びが足りなかったか……)
「あーっ! おっしぃ!!」
「でも薬師寺の奴、あのカーブをよくあそこまで運んだよな。 これなら次の打席に期待が持てそうだ!」
「せやな! 二回も茂野がきちっと締めればまた流れはウチに来るはずや!」
「頼むぞ茂野。一軍は四番からだけど臆せずビシッと抑えろよ」
一回の表裏が終了し、得点は0対0。 流れとしては草野のヒットで出塁している二軍側にやや向いていた。茂野の調子は絶好調だが、桜庭も崩れているわけではない。 このままリズムを崩さずに行けばスコアボードに0か並ぶのもあり得る話だ。
「いいか、分かってると思うがこの試合は後半勝負だ。ペース配分を考えないあの手のピッチャーは必ずバテる。前半は極力振らずに追い込まれてもカットで粘り、球数を多く投げさせて体力を消耗させろ」
一軍監督を務める伊沢は極力茂野にボールを沢山投げさせ、球威が落ちて来た所で叩くマニュアルを進めようとしていた。常に百五十キロ台をマークする茂野の全力投球を逆手に、計算しつくされた綿密なデータ野球。 まるで野生対理性の戦いを見るかのようである。
「なぁ眉村。 一軍は茂野に多くボールを投げさせて体力を減らしに来るんじゃないか?」
「…………ああ」
「ん、なんだ、お前は興味ないのかよ。 初回の三者連続三振と言い、アイツ結構やるじゃねえか」
「俺達は何度も成長している奴の球を見てきた。別に驚く事でもない。 それに九回までストレートだけで一軍を抑えられるんだったら、俺だって初めから変化球なんて投げやしない。 もって六、七回辺りが限界だろう」
「そうだけどよ……ま、調整目的とは言え、お前が二軍側の一員で助かったぜ。 奴の体力が切れてもお前が出れば何とかなるしよ」
「俺が出る前にコールドゲームにならんきゃ良いがな」
ブルペンのベンチで爪の手入れをする眉村。初回から中継ぎ投手かプルペンに入るのはあまりないが、茂野の体力がいつ切れるか分からない以上、早い内に投げれる体にしておくのが良いと思い、今から米倉に受けてもらおうとしていた。
眉村の実力ならもう一軍レギュラーに割り込んでいけるのだが、一軍と戦わせてどれほど進歩したかそのチェックも兼ねており、こうしてわざと二軍チームに入っているのだ。
「よう、元気そうだな後輩」
金属バットを肩にかけ、仁王立ちで吾郎を睨んでいるのは海堂の四番、千石真人。
挑発的な口調に茂野が黙っているわけでもなく−–−–−
「ええ。あんたのそのリーゼント頭を刈るのを待ちわびてましたよ、先輩」
「ふ、随分威勢が良いな。 また俺に打たれて絶望にひれ伏すのだけはやめてくれよ?」
早くも一触即発な雰囲気で始まる二人の勝負。前に茂野が本校舎へ訪れて戦った時は、千石の完勝で終わった。
高校通算七十八本塁打−–−–−。
あかつき大付属の二宮・一ノ瀬、同じチームメイトの榎本と同様に、既にスカウト達から大きな注目を浴びてる選手の一人だ。
(この人に甘い球は禁物。 まずはインコース低めから丁寧に)
サインを見て、茂野のプレートを踏む。
構えていた場所よりも若干甘いコースに来たが、千石はピクリともバットを動かさずに見送った。
(!!、ほう………)
「速いな」、と千石が小さく呟く。
ゲージから外れて一度素振りをし、再び打席に入り直す。 この仕草も一軍側からすれば演技であり、あくまでも打ちごろの球が来れば必ず打ってやると、作戦がバレない為の嘘をついていた。
二球目は外角の良いコースに決まり、ツーナッシングで早くも追い込んだ。
進が指でサインを出して中腰に構える。
体を捻り、思い切り反動をつけて三球目をリリースした。
三球勝負だ。
千石はバットを短く持ってカットをしに行くが、タイミングがワンテンポずれ、風切り音と捕球音だけが響いた。
(な、にっ……!?)
『ストライク! アウッ!』
(よしっ、抑えた!)
心の中でガッツポーズをする進。
一方、三振を取ったのに拘らず、茂野は嬉しそうな態度を一切見せず、不満そうに千石へ言葉をぶつけた。
「へっ、海堂の四番でもあろう方、随分腰抜けなスイングをするんすね。 まさかカットでもして俺のスタミナを消耗させようって腹なんすか?」
「………………さあな」
「−–−–本能で来いよ。 そんなしょぼい野球ばっかしてると、テメェらに完全試合をぶつけるぞ! 俺がくだらないマニュアル野球でへばると思ったら大間違いだ!!」
グローブを一軍ベンチは突き立て、茂野が本気の眼で宣告した。
この試合を一種のケジメにしている茂野にとって、こういった逃げ腰の野球は誰よりも嫌いなのだ。そしてマニュアル野球をも……。
(やはり……言ってた通りだ………)
進が主審からボールを交換してもらい、茂野に投げて渡す。
彼だけは試合前に勘付いていたのかもしれない。
この人がどれだけこの試合を待ちわびていたのか−–−–−。
そして、一軍に勝ったら海堂を辞めてしまうのではないか、と……。