Glory of battery   作:グレイスターリング

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第二十六話 vs恋恋高校 後編

『ストラックアウト! チェンジ!』

「よしっ!」

 

 マウンド上で笑顔を見せながらガッツポーズをする涼子。 一・二回に続き、三回も下位打線を三者凡退に抑え、パーフェクトは未だ継続中だ。

 投球内容は完璧だが……ふぅ、だいぶ暑くなってきたな。 キャッチャーをしている俺は防具のせいで余計暑く感じるが、一人マウンドで投げ込む涼子だってこの炎天下はいつもの倍以上体力を消耗しているはずだ。 順当に行けば完封を狙えるかもしれないが、いつ疲れが見え始めるかは分からない。 ここんとこは女房である俺が常にチェックしておかなければならない仕事の一つだ。

 

「はい涼子、ドリンクよ」

「ん………ありがとうみずきちゃん」

「何とかして追加点を挙げたい所だが早川もあのホームラン以降、すっかり立ち直ってきてるからな」

「特にあの高速シンカーだな。 アンダーからあそこまで切れ味の良いボールをコーナーに投げられると狙っててもそう簡単にはジャストできないぜ」

 

 やはり全員があの高速シンカーに手こずっている。 大島のはたまたまストレートを狙いに行ったのが飛んでったから良かったが、その後は田代のリード通り要所でシンカーを使い、ピンチを切り抜けている。 友沢でさえ初見で打つことができなかったそのボールを打たない限り、また追加点を挙げることは一生できない。

 

『四回の表、聖タチバナ学園の攻撃。 三番、キャッチャー、一ノ瀬君』

 

 だったら、キャプテンである俺がその不穏な空気を払拭しなきゃならない。三番で主軸を打っている以上、例えどんなボールが来ようとも、対応していかなければならないんだ。 それができなきゃこの先、勝ち上がるなんて夢のまた夢だ。

 あおいちゃんの疲れはまだ見えない。 涼子と同様、相当走り込んできたのだろう。 投手として生命線である下半身の軸の強さがよく分かる。 その鍛えられた力がこういった高速シンカーを生み出しているのかもしれないな。

 アウトローのストレートを思いっきり振るが、ブオンッ! と空を切った。

 

(慣れない速さだから二巡目に来ても合わせにくいな……シンカーを意識すればまたタイミングが狂っちまう)

 

 普段速い速度でバッティング練習している身からすれば、何十キロも遅い。 となれば全ての球種にタイミング良く合わせるのは至難の業………だったら一球種に狙いを定めて打つのが得策のはずだ。

 

(勢いづいてる今のあおいちゃんを崩すなら……俺が狙う球は"アレ"しかない!)

 

 バットをいつもより短めに持ち直す。

 ホームランや長打はいらない。 次のバッターは友沢だから、アイツの前にランナーを作っておきたい。

 二球目はインコース低めのカーブ。 際どいコースに決まり、主審がストライクのコールをする。

 む、今のは入ってたか。 結構ギリギリの場所へコントロールしてきてるな。

 今のはよく見て引きつけていれば打てたかもしれないが、おれの狙いはこのボールじゃない。 右打者の内側に鋭く切れ込む−–−–−あの高速シンカーだ。 自身が一番すがっている変化球を打つことで精神的にショックを与えられ、多かれ少なかれ次の投球にその影響を及ぼすはずた。

 体力的にもそう長くは投げれないのも考慮すると……三球勝負の高速シンカーで締めくくると予測できる。 断言できるとは限らないが、俺がキャッチャーだったら少しでも負担を減らそうと絶対にシンカーを投げさせて三振を狙う。

 サインを出し終え、コクッと頷く。

 一度深く沈み込むため、リリースが見えにくくてタイミングが取りづらい。 それでも、来るボールは予測できている。 あとは自分のスイングを信じて来たボールを…………打つだけだ!!!

 

 

 −–−–−ジャンプする春見の上を、打球は痛烈なライナーで頭上を超えていく。

 

 

 転々と転がるボールをレフトが捕球し、その間に俺はセカンドベースまで進んだ。

 

「よく打ったね」

「ん、おお、どうも」

 

 敵である雅ちゃんが褒めるくらい、今のバッティングは良かった。

 ボールも俺の読み通り高速シンカーで来たし、腕をちゃんと畳んでスイングしたから今の打球を放つことができた。

 ベンチからの喜びの声に、俺は軽く腕を上げて答える。

 ノーアウト・ランナー二塁。 今度は頼むぜ、友沢。

 

『四番ショート、友沢君』

 

 さっきのホームランのインパクトで大島の打席でランナーを貯めたくないと考えるはずだから、友沢の打席は間違いなく勝負してくるはず。 それに、アイツはベンチからずっとシンカーのタイミングを計っていた。 俺以上のセンスを持ってる男が、打てないはずはない。

 

「ビビるな早川! 苦しいがここを乗り越えたら次で俺たちが点をとってやる!!」

「頑張ってあおいちゃん! ここが正念場だよ!」

 

 恋恋も今日イチの声で守備のボルテージを上げてきている。

 三遊間と二遊間の守備範囲はバケモノだ。 打つんだったら引っ張るか外野を抜くかしないと無理だぞ。

 

(皆がボクを頼ってくれてるんだ……! まだまだこんな所で追加点はあげられない!!)

 

 ナインからの温かい声援を受け、セットアップから友沢へ初球を投げ込んだ。

 

(いっ、っ………失投!?)

 

 やや高めに浮いたストレート。

 友沢は迷わずバットを振るが、音は聞こえなかった。

 

『トーライッ!!』

(いたた……ふぅ、危なかった………)

 

 珍しいな、友沢があんな甘いコースを空振るなんて。

 二球目から早くも高速シンカーが飛び出すが内側に少しズレてボール。 続く三球目も高めにストレートが大きく外れ、カウントはこれで1-2だ。

 珍しく慎重な配球だ。 これまではストライクを先行してきていたが、今度はポールゾーンも活用して組み立てている。 高速シンカーを追い込んでないカウントて使うってことは、バッテリーは相当友沢を警戒しているな。 最悪、カウントが悪くなったら歩かせることも考えられるぞ。

 三球目はアウトコースのカーブ、四球目はインハイボール球のストレート、そして低めの高速シンカーをカットし、フルカウントまでもつれこませた。

 ただ甘い球が来るまでカットして粘り、ホームランが狙えるその時まで辛抱強く待っている。

 

「絶対打ちなさいよ!! また三振したら承知しないんだからね!!」

「みっ、みずき……! 打席に入っているときに何もプレッシャーをかけなくても……」

「ううん、アイツなら打ってくれる。 私は絶対信じてる−–−–−!」

 

 粘りに粘った七球目−–−–−。

 真ん中やや低めのカーブ見逃さず、友沢が真芯でボールを捉える。

 ッキイィィイィンッ!!と気持ちの良い音を奏でながら、打球はライトスタンド上段でボーンと席に当たって跳ねた。

 

「よっしゃあ!! 待望の追加点がきたー!!!」

「いいぞ友沢ーっ!!!」

「ほら見なさい!! 私が予言すれば絶対打つのよ!」

「よく言う……打つ直前までハラハラしながら見ていたのに……」

 

 セカンドランナーの俺がホームベースを踏み、友沢も後から遅れて踏んだ。

 

「ナイスバッチ。 完璧に捉えたな」

「ふ、これくらい四番なら当然さ。 それに同じ失敗を繰り返さないのが俺のポリシーだからな。 甘く見ては困る」

「……マジっすか」

 

 してやったぞと言わんばかりのそのドヤ顔……味方ながらも少し憎たらしく思っちまうが、結果を残してんだからここは許しておこう。

 五番の大島は変化球に手も足も出ず、空振り三振に倒れる。 直球には滅法強いが、緩い変化球だとあの長身が崩されるからフォームがバラバラになる。 試合が終わったらそこんとこも修正させておかないとな。

 

『六番セカンド、今宮君』

「おっしゃあ! 打つぜ!」

 

 一球カーブを見逃した後に外角のストレートをライト前に流し、今宮にも今日初ヒットが生まれた。 よしよし、この回になってたからようやく打線が繋がってきたぜ。 アイツも嬉しさのあまり塁上で叫んでやがる。

 

『七番ファースト、六道さん』

 

 −–−–−ッギィンツ!

 

「っ!、セカンド中継だ! ホームまでは行かせねぇぞ!!」

 

 右中間を突き抜ける二塁打。

 あわやホームにまで到達しそうな勢いで三塁ベースを踏むが、コーチャーの岩井が慌てて止め、ランナー二・三塁でストップした。

 これも上手いこと追っ付けたたな。 ミートセンス抜群の聖ちゃんならではのバッティングだ。

 

(今のボール……まさか……!)

 

 堪らずタイムを取り、内野手全員がマウンドへ集まった。

 体力的には余裕であっても精神的にはだいぶ堪えてきてるはず。 ノックアウトを狙うならこの回が最適なのかもしれないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめん皆………球は悪くないの、に………」

 

 初回にとったタイムより、明らかに早川の様子がおかしい。

 葛西や小山もその雰囲気を察し、ポンと肩を置く。

 あの時だ。 一ノ瀬が高速シンカーを捉えてから、急激にコントロールが定まらなくなっていた。

 俺と早川で試行錯誤を何度も繰り返し、絶対に打たれないと大きな自信と誇りを持って強化させたシンカー…………いや、"マリンボール"を−–−–−

 

 一ノ瀬達はいとも簡単に狙いを定めて打ってきた。

 

 おかしい。 おかしいはずだ。

 いくらバッティング力のある一ノ瀬でも、早川のマリンボールを一発で打ち返すなど無理なはず……だった。

 疲労にしてはまだ早い。 体調が悪いわけでもない。 だったら考えられる理由は一つしかなかった−–−–−。

 

「……中指を見せろ」

「!……大丈夫だから……早く戻って」

「いいから見せろ!!」

「ボクは大丈夫だって言ってるでしょ!! 早く戻っ……っ!?」

「……やっぱりな」

「あおいちゃん……まだ中指が…」

 

 地団駄を踏む早川の腕を強引に引っ張り、利き腕側の中指を確認する。

 俺がある箇所を軽く触ると、早川は苦痛の顔を見せた。

 

「シンカーの強化練習からずっと悩んでたが、お前また血豆が潰れたんだろ? それに医者からは暫く投球は控えろと言われてたのに無理して投げやがって…………」

 

 去年の冬場から、早川はシンカーによってできた中指の血豆に悩まされていた。

 普通の血豆だったら少し休めば投球に支障は出ないはずだが、早川の場合は普通の患者よりも重症だった。

 リリース時に強く内捻りをしながら放つ際、指全体、特に中指へ強い摩擦が襲いかかる。 その指への負担が練習の中で積み重なり、爪と隣接している箇所に一個、そのすぐ真下にも大きい血豆ができ、ボロボロに近い状態で投げ続けていた。

 その事実を知ってから、俺や葛西は何度も早川にシンカーを投げるのはやめろと言ってきたが、彼女は、

 

 

『ボク一人の都合で打たれて負けたら元も子もないでしょ? ボクなら大丈夫! 試合までには必ず直して万全の状態でマウンドに立つから! 二人はチームが勝つことだけを考えて!』

 

 その結果がこれだ。

 血が滲み出て、いつ流血してきてもおかしくない色に変色している。

 もっと俺が早く気づいてやれば…………痛みに耐えながら投げずに済んだのに………。 バッテリーだってに……俺がシンカーを進めてやらなきゃこんな事には……。

 

「もうシンカーを投げるのは−–−–−」

「−–−–−投げる」

「!?」

「あおいちゃん!?」

「確かに投げるも辛いくらい痛みが出てきてるし、また失点だってするかもしれない。 だけど、こんな怪我でエースがマウンドを降りたらどうするの?! まだ試合を半分も残して手塚君に『もう投げれないので後はお願いします』なんて無責任なこと……ボクはしたくない!!」

「っ!……だから無理だった言ってんだろ!! その指じゃシンカーどころか他のボールにも悪影響が出る! お前の気持ちも分かるが……もう交代した方が身の為だ!」

「たった一人の都合で交代して降りるのが身の為だって言うの!? 田代君はボクの女房じゃないの!? ピッチャーであるボクの気持ちなんかどうでもいいとしか考えてないの!?」

「なっ……俺はそんなこと言ってないだろ!! お前いい加減に−–−–−」

「待って田代、あおいちゃん」

「っ…………」

「葛西君……」

 

 言い合う俺と早川の間に割り込む形で、葛西が止めた。

 正直……止めてくれて良かった。 あんな興奮してた状況なら間違いなく早川に手を出していたかもしれなかったから。

 

「二人の言い分は分かる。 どっちも正論だ。 でもね、僕達は恋恋高校と言う名のチームで戦ってるんだ。 二人だけの主張でチームの命運を委ねるマネを僕は許さない」

「………………悪い」

「ごめん、なさい……」

「あおいちゃん。 自分の指と真剣に向き合って考えてほしい。 まだ投げるかい? それとも手塚と交代するかい? 嘘は言わず、この選択がチームにとって正しいと思う方を選んで」

「チームにとって……正しい方……」

 

 頼む。 もう降りると言ってくれ。 これ以上苦痛を浮かべながら投げるお前の姿を、俺は見たくない。

 

「……投げる。 まだまだこんな場所で終わるわけにはいかない!」

「はっ、早川……!」

「……そっか。 分かった。 皆! このピンチを何としてでも切り抜けよう! あおいちゃんが苦しい時は皆が助かるんだ!」

「そうだね! ここまでまだ三点差。 次は一番からだから十分チャンスはある!」

「先輩の熱い思い、確かに感じました! バッティングがダメならせめて守備で援護します!」

「俺も頑張るぜ、早川!」

「皆…………うぅっ……ありが、と、ぅ……」

「泣くのはこの試合が勝ってからだよ。 田代!」

「…………あ……」

「頼むよ。 あおいちゃんを助けてやれるのはお前だけなんだから。 キャッチャーが苦しい時はピッチャーだって苦しいんだ。 そんなときこそお前が助けてやらなくてどうするんだ」

「!!」

「マリンボールは二人のウイニングショットだろ? 支えているものはあおいちゃんだけじゃない、お前も支えられてるんだ。 それだけは忘れないでね」

 

 優しく微笑みながら胸を叩き、葛西も定位置へと戻った。

 そうだ……俺だけが苦しいんじゃない。 俺と同じくらいに、いやそれ以上に痛みと戦いながら苦しんでるエースが目の前にいるだろうが! それを理由に降板させて目を逸らすなんて……俺の方がどうかしてたぜ!

 

「……間違ってたのは俺かもしれねぇな」

「え…………?」

「痛かったら俺と練習してた頃を思い出せ。 そうすりゃ少しはマシになる」

 

 ボールを早川のグローブに入れてやり、俺はマウンドから降りた。

 数秒してから早川が「うん!!」と言い返し、俺は気付かれないように一瞬だけ笑った。

 ったく、お前は苦しいんだが楽しいんだがまるで分かんねぇよ。

 ただ……一つ言えることは、俺もお前と一緒にいるとどんな困難でも乗り越えられそうって気にさせてくれる。 そんなな力をお前は与えてくれる。

 −–−–−野球を辞めさせられて絶望していた俺を救った時みたいにな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長かったタイムが終わり、ワンナウト二・三塁から試合は再開した。

 途中田代とあおいちゃんがエキサイティングしていた場面が見られたが、なんとか仲直りまではいったみたいだな。 今の話し合いでどう腹を括ったのか、見せてもらうとするか。

 

『八番ライト、笠原君』

 

 下位打線だが、笠原も打撃には安定性がある。 ここは最低でも犠牲フライを打って追加点を奪いたいところ。

 パァンッ!! と乾いた捕球音が心地よく聞こえた。

 

『トラーイクッ!!』

 

 インハイのストレート。

 さっきまではあのコースにコントロールできてなかったが、ここへきてまた落ち着きを取り戻したらしい。 敵ながら天晴れなコースと球威だ。

 速いテンポで二球目を投げた。 ど真ん中の絶好球。 笠原は「チャンス!」と思いながら真ん中を振るが、ボールは途中で内側に沈み込みんでバットから逃げていく。

 

『ストライクツー!』

(うっわ〜……シンカーだったのか。 速いからストレートと見分けがつかなかった…)

 

 なんだ……? 今、俺に対して投げた時よりもキレが鋭くなかったか? 遠距離で見ていた俺でさえ今のはストレートだと思ったし、落ちるタイミングもチェックゾーンをかなり過ぎてから落ちていた。

 

「ナイスボール!」

「うん!」

 

 俺に打たれてからの動揺さも消え、むしろ今日一番なくらいに明るい前向きなオーラを放ってやがるな。

 さっきマウンドに集合した時、アイツらは何を話してたんだ? 何かあおいちゃんの闘志を奮い立たせる言葉をかけたに違いないが……。

 

「笠原ーっ! 積極的に振っていけ! 気持ちで負けたらボールは飛ばないぞ!」

「おう! 任せろ!」

 

 笠原だって初心者からここまで成長したってプライドを抱いてるんだ。 それに、同じスタートでベンチを温めている岩井の分まで簡単には終わらないぞ!

 

(問題ない。 このバッダーは前の打席じゃほとんどタイミングが合ってなかった。 ここは低めのシンカーで三振た!)

 

 強くリードに頷き、足を上げた。

 ここも三球勝負で来る、そんな気配を漂わせながら低めへ強烈なシンカーが投げ込まれた。

 

(何でも良い…っ……当たれえええええ!!!)

 

 ガキィンッ!

 

(あっ、当てた!?)

 

 打球は高々と上がる外野フライ。

 矢部くんが数歩前へ出て捕球体勢に入ろうとしていた。

 距離的には微妙だが、聖ちゃんが三塁ベースまで戻ってタッチアップの用意している。

 矢部くんの肩と聖ちゃんの足を考えればややこちらに分が悪いが……果たして−–−–−

 

 

 パシッ−–−–−

 

 

『アウトォ!!』

「矢部君! バックホームだ!!」

 

 春見がホームベースを指差しながら指示を送り、それを受けて矢部君はホームに鋭いボールを返球してきた。

 笠原が頑張って打ってくれた犠牲フライ。 その努力を無駄にしたくはないと、普段感情を表に出さない聖ちゃんがこの時は必死の表情で走っていた。

 ネクストで待機していた涼子が「回り込んで!!」と助言し、キャッチャーのタッチを避けながらホームインしようと試みる−–−–−。

 

(届けっ、届けえええええ!)

(遅い!! これなら刺せる!!!)

 

 

  ズザザァァァァーッ!!!!!!

 

 

「ぅ……くっ…!」

「!、審判!」

 

 田代のミットにはボールはしっかりと収められ、滑り込んだ刹那、タッチをしていた。

 俺の角度からは聖ちゃんの手の方が早く見えたが……審判はどうジャッチする……!?

 

 

 

 

『あ……アウトアウト!!!』

「っ!! ううっ!!」

「っしやあああ!!!!」

 

 田代がグローブを叩いて叫んだ瞬間、恋恋側の応援席から「わああああああ!!!」と歓喜の声が生まれた。

 結果はアウト……だったか。 残念だけど聖ちゃんはよく走ったし、笠原も頑張ってくれた。 最後に命運を分けたのは恋恋全員の思いが俺たちタチバナの思いに勝り、それがこのバックホームに強く込められていたから審判はこのジャッチをしたんだろう。

 例え負けていても諦めず立ち向かうその意志の強さは、もしかすると他のどのチームよりも大きいかもしれないな。

 

「ドンマイ聖! ナイスランよ!」

「ダブルプレーにはなっちまったがこの回貴重な追加点は入ったんだ! そんな落ち込むなって!」

「……ああ。 分かってるぞ」

 

 全員が聖ちゃんの走りを讃え、守備へと散っていった。

 次は走りでも気持ちでも両方に勝ってやろうぜ−–−–−。

 

 

 

「まだ中盤で3点差だよ! 矢部君! 諦めずしぶとく塁に出よう!!」

「合点でヤンス! 雅ちゃんに死んでも繋げるでヤンスよ!」

 

 面を持ってサークルに行くと、既に矢部君がやる気満々にスタンバイしている。

 あのバックホームで矢部君のモチベーションは上昇してきている。 ここがある意味でも大きな山場かもしれない。

 

(勝ってるとはいえ風は恋恋方向に吹き始めている。 一番から始まるこの回は慎重に攻めてこう)

 

 最初に俺が選んだのは外角低め、ボール球になるカーブだ。

 ほんの僅か高めに浮いてストライクゾーンを掠めそうだが打つには難し過ぎるコースだ。 まさかいきなりは−–−–−

 

「ヤンスっ!! 」 カキィンッ!!!

 

 何っ!? 初球から打ってきやがった!

 今宮と聖ちゃんの間を綺麗に抜くライト前ヒット。 くっ……初めからカーブに狙いを定めていやがったのか。 丁寧に行ったのか逆に裏目に出ちまった……。

 

『二番ショート、小山さん』

 

 さて、前の打席ではピックオフでお得意のパターンを封じ込めたが、今度はそれも通じないだろう。 一度あんなプレーをしてしまうとランナーはアウトになるのを恐れてリードや盗塁が消極的になる傾向があるから引っ掛かりにくくなる。

 

(ん……思ってたよりも矢部君のリードが広いな。 あの程度のトリックプレーじゃビビらないってことか)

 

 だったら一球、ウエストで外すぞ。 今度のはあくまで盗塁阻止の為の目的でいい。

 サインに首を縦に振り、セットする。 肩越しに一塁側をチラッ、チラッと何度か見てから投げた。

 投球動作に入った瞬間−–−–−矢部君はスタートした。

 

「ランナー走った!!」

「させるかよっ!!」

 

 パシッ、と捕球し、ボールを素早く右手に握り変えて友沢に送球をする。 それを見て矢部君も右足を向けてスライディングをして足を伸ばす。 ベースに足が到達したときと全く同じタイミングで友沢もタッチをした。 審判は砂埃が少し消えてから腕を横にし−–−–−

 

 

『セーフ!!』

 

 

 うおっとぉ、ウエストしたってのに刺せなかっただと……。

 捕ってからの動作はほぼ完璧だったが、友沢が貰った場所がベースから少し離れていた。 焦ったせいて指がちゃんと握れてなかったか…。

 

(……了解)

 

 一打席目と同様、バットを横に寝かせた。

 ベンチからはバントのサインか。 まぁ妥当っちゃ妥当だな。 次は三、四番だし。 点差がそれほど離されてない中盤のこのイニングじゃまずは一点を返すのが最優先だからな。

 

(雅ちゃんのバントはかなり上手い。 去年の成功率を調べてみても七回バントを試して一度も失敗をしていない。 それにランナーの足を考えればここは三塁を刺すより確実にワンアウトだ)

 

 ファーストとサードを少し浅めに守らせ、低めにボールを投げさせる。

 ヘッドを下げず膝で高さを調節し、コキンッ と一塁方向へ上手に転がした。

 

「ファースト!」

 

 逆方向に転がされたので間に合わない。 俺はランナーを一度見てから一塁アウトを指示し、聖ちゃんがそのまま自分でベースを踏んだ。

 ランナーは進んだが点差はまだある。 それに、今日の涼子は立ち上がりから調子が良い。 ここは彼女と俺のリードが恋恋のポイントゲッターを抑えられると信じよう−–−–−。

 

『三番サード、葛西君』

 

 今日二度目の対決だな、春見。

 ワンアウト、ランナーが三塁。 ここは内野全員を前進させてホームインを許さない覚悟でいく。

 スクイズをも視野に入れて最初は完全に外して様子を見るが、走りに行かない。

 どうやら自分のバットで返すつもりだな。 バットの握り方を見ると打つ気満々なのが伝わってくるぞ。

 二球目はインコース低めにムービングが決まってストライク。 三球目は高めに外れてボールになるが、次は外角寄りのカーブを見逃してカウントは2-2にな

(打ってくれ葛西………そうしたら俺が絶対打ってやる……!)

 

(分かってるよ田代。 ここで打てなきゃ雅ちゃん達に申し訳ないからね……絶対打つ!)

 

 

 俺が春見に対して最後に選んだ球種は−–−–−縦スライダー。

 春見がバットを振った直後に耳へ響く嫌な金属音。 前進していた八木沼が半身になりながら急いで下がる。

 頼む……間に合え………間に合え…………!!

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ〜! ナイスバッティングだなアイツ! 涼子ちゃんのボールに食らいついてきやがったぜ」

 

 名前なんつったっけな……確か葛西か? フェンス直撃のタイムリーツーベースヒット、お見事だったぜ。 塁上でグッ、とガッツポーズしてる姿を見てると、ますますやる気を焚きたててくれるぜこりゃ。

 俺はここんとこ数日、ある目標を達成するべく新天地のチームを探していた。 一回戦の途中からずっと観戦してきたが、大体は俺の思う野球とはかけ離れていて手応えなしだった。

 だけどこの二校は………他の学校と何か違う"モノ"を持っている。

そんな気がしてならなかった。

 かつて俺が小学四年の時に在籍していた三船リトルのように−–−–−

 俺が思う本来の野球のあるべき姿を、コイツらはやってくれる。

 

『四番キャッチャー、田代君』

 

 一点を取り返すもランナーはまだ得点圏の位置にいる。 ここで長打力のある田代がバッターか。 恋恋からすれば死んでも追加点を上げたいし、タチバナからしてみれば何が何でも抑えたい。

 どちらの心が強いか−–−–−ここは静かに見守ってやろうじゃねえか。

 

 

 

 

「やっぱ油断できないな」

「ええ……コースは良い所を通したつもりだったけど完璧に狙い打たれたわね」

「……どうだ? まだ投げれそうか?」

「勿論。 こんなに早くリタイアするわけにはいかないわよ。 体力的にもまだ余力はあるから安心して」

「ん、分かった。 だが恋恋はお前のボールにタイミングを合わせ始めてきている。 点差もそれほどないし、あと2点取られるか崩れ始めてきたら即座に交代する。 いいな?」

「分かったわ。 ここを絶対に抑えて良い流れのまま攻撃に持っていきましょ!」

「ああ!」

 

 互いのグローブをバシン!とぶつけて気合を入れ、バッターへ意識を向ける。

 「何が何でも打ってやる」と言わんばかりの顔付きで田代が構えた。 闘志は満ちているようだな。 ここも油断はできないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

「タチバナが逃げ切りるか、それとも恋恋が追いつくか。 まだ地区大会の二回戦というのに随分と白熱してるじゃないか」

「去年合宿で会った頃よりも一段二段と進化を遂げているよ。 これは僕たちも負けられないね……そうだろ、"吾郎君"」

「………だからどうした? 向こうが一つ先に進むなら俺は十先に進んでやるよ。 それにしても随分と余裕あるんだな。 流石は天下の名門校、あかつき様だ」

 

 その2人がどこの高校かは声を聞いただけで分かる。 片方は俺のライバルと書いて親友の最強キャッチャー、もう片方は今や社会現象になりつつある高校史上最強エース。 お前らの記事や試合だけは嫌でもチェック済みだからな。

 

「久しぶりじゃねえか猪狩、それに寿。 まさかここで会うとはな。 自分達の県の相手よりも他県を偵察とは随分と余裕かましてんじゃねーか」

「ははっ、まさか。 埼玉は他のメンバーや偵察班が見てくれているから心配ないよ。 それに今日は偶々近くを通ったから少し寄り道しただけさ」

 

 全然変わらないその口調−–−–−まるで海堂に戻ってきた感覚だぜ。 で、そちらの最強エース様は相変わらずスカした態度を維持してやがるな。 目だけは試合の方に熱くいってるが。

 

「あ、そういえば海堂の一軍を倒したんだってね。 進君から話は聞いてるよ。 吾郎君ならやりかねないとは薄々感じてはいたけど……まさか本当に倒すなんてね。元チームメイトとして驚愕の一言に尽きるよ」

「まあな。 けど俺としてはお前んとこの弟を頼っちまったって部分があるから完全にやり切れたって納得してないんだよ。 だから次は−–−–−自分自身の力のみで海堂やお前らをぶっ倒したいんだ」

 

 目線は試合の方に向いてるが、気持ちは寿に向けながらそう強く宣言した。 強豪校の力を借りなくたって自分の力で道なんていくらでも切り拓ける。 それを海堂含めた全国の連中に知らしめてやりたいんだ。 これが俺なりに見つけた栄光ってやつだからよ。

 

「ふ、そうか。 だが今は思いを語ってる場合じゃないぞ。 アレを見てみろ」

 

 猪狩が指を差した方向は戦っている最中のグラウンド。俺と寿也は何かあったのか? と気になりながら再び試合へ目を向けた。

 

 

 すると、真っ先に映ったのは歯をギリリと噛み締めながらかベンチに戻る田代の姿だった。

 

 

 

「!…………三振、か……?」

 

 

 

 見ているこっちまでもが悔しくなる顔を浮かべていた。これまで逆風だった流れを一・二・三番コンビが必死に繋ぎ、一点を返した。 流れは恋恋寄りに傾きかけ、四番がここでランナーを返せば完全にゲームの流れを呼び戻せたその打席を−–−–−返せなかった。

 チームの主軸にとってこれほどの屈辱と悔しさはない。 ベンチに戻ればチームメイトが「ドンマイドンマイ」と労いの声をかけるかもしれない. だがそれも今の田代からしてみれば聞きたくもない言葉だろう。

 

「これは大きいね……」

「ああ……恋恋側からすれば痛すぎるほどにな」

 

 次の五番は明らかに田代よりバッティングが劣っている打者。 しかも主軸を抑えたことによってチームの士気も間違いなく低下している。 そんな状況、状態で涼子ちゃんから打ち返すとはとても考えにくい。

 

「……タチバナが勝つ」

 

 そう猪狩か小声で呟く。

 

「どうしてそう言い切れるんだよ。 まだ試合は四回の裏だぞ? 確かに今の流れは恋恋不利だがこれから−–−–−」

「そのこれからで流れを覆す力がないからタチバナが勝つと言ってるんだ。 冷静に考えてみろ。 戦力的にもタチバナはシニア上がりの連中が多く、その中には友沢や大地のようにハイレベルな選手までもが名を連ねている。 それに対して恋恋は上位打線とピッチャー以外は全員高校から野球を始めた初心者達。 総合的な守備力や打撃力を分析しても結果はもう見えている」

「………………」

 

 猪狩の言い分は正しい。 野球を知らない奴がこの試合を観ても同じ答えが返ってくるはずだ。 結局野球は実力だけで決まると皆考えちまう………けどよ−–−–−!

 

「俺はまだ恋恋にも勝機はあると思うぜ。 ほら、葛西に目を向けてみろよ」

 

 交代になっても1人先陣を切ってグラウンドへ駆け、声を出して諦めるな!と盛り上げている。

 そうだ。 こいつらはまだ試合を捨ててないんだ。 たとえ一点さだろうが百点差だろうが関係ない。 勝利への執着心が萎えない限り、野球はゲームセットが宣告されるまで何が起こるか分からない。

 

「葛西や一ノ瀬のように1チームのキャプテンとしてチームの全てを引っ張るその姿勢、俺は嫌いじゃないぜ。 確かに猪狩の言う通り、恋恋はまともに先発を任せられるのが早川だけしかいないくらい層が薄い。 なら、一つお前らに質問するけどよ、

 

 

 

 

 

 

 −–−–−あのチームに俺が入れば勝てるんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が西に傾きかけている時間帯。

 今日行われる予定だった全ての試合が終わり、観客ももう試合はないんだと知ると、潮を引くように去っていった。

 

「大地。ちょっといいかな?」

 

 グラウンド整備を終えて道具をベンチから撤去しようとした時、春見が不意に声をかけてきた。 八木沼に「先に行っててくれ」と伝えると、察したようにベンチを出てった。

 

「で、何の用だ?」

「いや……大したことじゃないんだけどね………まずは二回戦突破おめでとう。 まさかウチが6点差もつけられて負けるとは考えもしなかったよ」

「ははっ、ま、今日は出来過ぎだったよ。 あおいちゃんが指の怪我さえしてなかったらまだ試合は分からなかったしね」

「この日の為にあの新型シンカーを練習してきたのが逆に裏目として出ちゃったからね。 様子を確認したけどどうやら試合前から指のマメが酷かったらしい」

 

 そうか……友沢に失投を投げたのはこれが原因だったのか。 いや、それ以前に俺の打席でもシンカーのキレが若干鈍っていた。 つまりあおいちゃんは初めからハンディを抱えたまま試合に望んだってわけか。 敵ながら大した根性とだぜ。

 

「次の相手は順当に進めばパワフル高校だってね。 あそこは恋恋よりも一癖ある強者が揃ってるからね。 決して楽な試合にはならないと思うけど……僕たちの分まで甲子園を目指してくれよ」

「……おう。 必ずな」

 

 互いに顔を見合わせながら笑い、握手を交わした。

 試合に勝ったチームは今度、負けたチームの思いもしょって試合に臨むんだ。 次の試合はまた一段と負けれなくなってくる。

 

「じゃあ僕はこれで帰るね。 次の試合、頑張ってね」

「おう。 応援ありがとよ。 じゃあ」

 

 手をバイバイと横に振り、春見仲間が待つ一塁ベンチに戻った。 そうか……次は鈴本と東條率いるパワフル高校か。 これにも勝てばまた更に強い相手と当たり、また勝てばそのまた強い相手と戦うことになるんだ。 これまで以上に気を引き締めて戦わないと決勝まで辿り着かない。

 猪狩が待っているあの舞台に行くにも、まずは目の前の試合に集中だ!

 

 

     

  T  010 210 111  8

 

  R  000 101 000  2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本気かな? 吾郎君」

「どうだろうか。 彼が退学してどの学校に編入するかは自分の自由だ。 ただ、唯一誤算だったのはその学校が恋恋高校であったことだ。あのチーム状況に茂野が加入すれば来年の夏はタチバナに一泡吹かすチームになって戻ってくるかもしれないな」

「吾郎君は恋恋か……彼らしいと言えば彼らしいよ−–−–−」

 

 

 

『決めたぜ。俺、恋恋高校に編入する! 俺がしたかった野球を見せてくれた恋恋と協力して、次はタチバナを負かしてやるんだ。 猪狩の言う選手層なんて俺一人で十分、大事なのは勝利への執着心だってのを改めて思い知らせてやるからな! 覚悟しておけよ!』

 

 

 

 

 

「覚悟しておけ……か。 生憎こちらも手を抜くつもりはないからな。 万が一甲子園でドローが当たったら、完膚なきまでに叩き潰すさ」

 

 君が精神面で勝とうとするなら、僕はそれさえも上回った力で君を倒すよ。

 まだ大地と戦うまでは負けられないからね。

 

 

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