Glory of battery   作:グレイスターリング

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お久しぶりです
更新ペースは相変わらず亀ですが、気長に待っていただけると幸いです





第二十七話 俊の苦悩

『さぁ、試合もいよいよ最終回! この回もマウンド上がるのはパワフル高校きっての天才左腕、鈴本大輔! 今日は既に百十二球を投げていますが依然として疲れは見えません! また、今大会も未だ防御率0.00と並いる打者達を手玉に取っています!』

 

 マウンド上に立つ1人の男に観客達は釘付けだった。 最速百四十キロ台をマークする快速球に正確無比のコントロール。変化球のキレや精度も高次元に重ね備え、そして何よりも球場全体が心踊らされたのは−–−–−

 

『ストライク! バッターアウトォ!!』

『さんしーん! これで奪った三振は十四個! それでもクールに清々しい表情で集中力を高める鈴本! 観客席からもそのマウンドさばきに声援が送られています!』

 

 猪狩守や佐藤寿也と匹敵するほどのルックスとその存在感だ。 彼を投げさせれば必ず0点で抑えるそのオーラ、時折見せる笑顔も女性を中心にとても人気らしい。

 

『あーっと、インロー一杯にストレートか決まった! カウントはノーボールツーストライク。 投手有利なカウントですがここで意地を見せるか!?』

 

 相手バッターは悔しそうにベースへバットを叩きつける。

 たった一人のピッチャー相手に何もできずに自分達の夏が終わるのか? 負けることよりこの圧倒的敗北感にどうすることもできないそれぞれの無力さに悔しくなっている。

 せめて一太刀−–−–−この男に一泡吹かせてやりたい。 ベンチのメンバーもバッターも同じ心中だった。

 

「−–−–−ふっ!!」

 

 リズムよく振られる左腕。 ボールは打者の手前で深く沈み込み、バットに当たるのを拒否するかの如く曲がる。

 

『ストライク!! バッターアウトォ!! ゲームセッツ!!!』

『試合終了ー! 七対〇と強豪・川上実業相手にパワフル高校が危なげなく四回戦に進出!』

 

 鈴本が小さく左手でガッツポーズをし、試合は終わった。 三塁側スタンドは大いに賑わい、対照的に一塁側は敗戦の悔しさを噛み締めている。ある者は涙を流し、またある者はその場に倒れこんで仲間に抱えられいた。

 

「やりましたな先輩」

「うん。 ありがとう香本」

「完封とはやるじゃねぇか! 流石はウチのエースだぜ!! なぁ東條!」

「……ああ。 ナイスピッチング。 アイシングを忘れるなよ」

 

 男−–−–−東條小次郎は自分のエナメルバックを持ち、先に一人ベンチから出て行った。 素っ気ない返事ではあるが、彼なりに肩のことも気にかけているので鈴本は「うん」と笑いながら返した。

 

「さて、俺たちも帰るとするか。 あと川井」

「はい? なんでしょうか?」

「急で悪いがこの後学校に着いたら香本と奥野を連れて次の相手の偵察に行ってきてくれ。 欲しいデータは香本に伝えておくから」

「あ、はい。 分かりました。 任せてください!」

 

 マネージャーに偵察を頼み、他のメンバー達も荷物を持ってバスへ向かう。

 試合が終わった直後でも浮かれることなく次の相手へ目を向ける、これもパワフル高校の一種の強みなのかもしれない。

 

(次の相手……確か聖タチバナ……)

 

 今大会特に注目されているチームの一つだ。 あの猪狩守の女房であった一ノ瀬が主将のチームで、実力こそ未知数な部分が多いものの、二回戦では同じあかつき中出身の葛西率いる恋恋高校を倒している。 これまでと同じ気持ちのままでは自分たちが負ける可能性も少なからずある………だが、

 

(ようやく逢えるね……聖。 君がパワフル高校ではなく聖タチバナを選んだ理由−–−–−次の試合で聞かせてもらうよ)

 

 男は胸の底に密かな想いを秘め、グラウンドを一度振り返ってから球場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁこれが次の相手、パワフル高校だ」

 

 四回戦を二日後に控えた土曜。 この日は練習を早めに切り上げ、みずきちゃん家で録画しておいたパワフル高校対川上実業の試合を皆で観ることにした。 広々としたリピングに最新型の超大型テレビ、フカフカの高級ソファに腰を掛けおやつを頬張りながらの鑑賞だったが、それでも試合中は全員の目が真剣そのものだった。

 

「強いな……」

「ああ。 投打のバランスが非常に噛み合っている。四番の東條はこの試合二本のホームランを放ち、エースの鈴本は今大会全て無失点勝利を上げている。 やはりこの二人は別格というわけか」

 

 友沢が認めるほとの実力者、か。 だが凄いのはこの二人だけではない。

 

「三番を打つ尾崎君も厄介ね。 広角に打ち分ける高いバッテイング力と勝負強さが厄介だわ」

「そうよね。 東條に隠れがちな存在だけど他校なら普通に四番を任せられるほどの実力者だと思うもの。 それとキャッチャーの一年生……えっと……誰だっけ?」

「香本だよ、みずきちゃん。 あいつは体型からして鈍足なのは分かるけど、チームで五番を任されてるからそれなりに実力もあるし、鈴本をここまで引き立ててるのもアイツが居てこその物だぜ、ありゃ」

 

 そう今宮が答える。

 うーん……なんかこうして整理すると余計不安になるな。 恋恋高校と違って一番から九番、そして投手陣も全てが経験者、しかも試合で確認する限りレベルも高い。 その分リードのしがいはあるが逆に捉えれば負ける可能性も増える、というわけだ。

 

「あとはショートを張ってる生木の俊足と守備もいいっすね。 尾崎からショートのポジションを奪うまでに認められてるらしいですから。 くぅ〜! 俺にもあのフィールディングを分けて欲しいくらいですよ!」

「確かに。 大島は肩が良いのに捕球がまだ荒いからなぁ。 サードに打球が飛ぶといつもハラハラするよ」

「う……ストレートに言いましたね宇津先輩……」

「中学ん時からこいつの守備は酷かったからなぁ。 よくピッチャーから試合中に文句を投げつけられてたっけな。 ははっ!」

「今宮先輩!! 」

「極め付けはチームメイトから『開通王・今宮』のレッテルを……』

「友沢先輩ぃぃぃぃぃ!!! それは言っちゃいけんやつっす!!!!!!」

 

 わっはっはと笑いが上がるリビング。 おそらくトンネルが多いせいで開通しまくってたからそう名付けられたんだろう。 これ考えた奴中々のセンスだぜ、こりゃ。

 

「……………………」

「ん? どないした東出。 ちっとも笑っとらんや」

「……っ、いや、何でもないですよ。 ただ、もう一人気になった選手がいて……」

 

 東出だけは表情を崩さず、神妙な顔つきで考え込んでいた。ついさっきまで和やかだった空気が一変し、全員の視線が東出に集まる。

 

「奥野 樹……か?」

 

 その名を口にしたのは聖ちゃんだった。 その声を聞くと、東出は小さく頷きながらこう続けた。

 

「奥野 樹。 右投げ左打ち。 ポジションはライトで打順は主に一番。 俺や誠也と同じく学年は一年生なので今大会が初の公式戦ですが、ここ三試合の通算打率は十五打席立って驚異の八割越え。 アイツは初見の球でも自慢の適応力の高さで瞬時に学習し、一度見たボールは簡単に攻略してしまう恐ろしいセンスを持った男です」

「あら、やけに詳しいわね。 私も気にはしてたけど……名前は初めて聞くわ」

「ああ、俺もだ。 シニアでも奥野なんて名は聞いたことがない。 これだけの能力を持ってて無名だってのも珍しい話だが」

 

 みずきちゃんも友沢も奥野 樹については分からず、か。 要注意人物であることに変わりないが、データが乏しい現状、別で対策を立てるのは厳しい。 選手それぞれがどれだけ力を発揮できるかが、明後日の試合の注目点になりそうだ。

 

「奥野については俺もまた調べておこう。 とにかく、次の相手はこれまで以上に強い。 でもな、俺たちだって負けちゃいないぞ。臆せずに挑めば自ずと結果もついてくる。 入学ん頃から比べても見違えるまでに強くなった。 明後日はその全てをパワフル高校にぶつけてやろう。いいな?」

「うん!」

「とーぜん!」

「ああ」

「ウォッス!」

 

 バス停前、恋恋、二日前に戦った音羽高校との連戦で着実に自信と実力は付いてきている。 あとは鈴本・香本の新パッテリーのリード傾向、あの重量打線の対策、東出が気にしていた奥野についても家に帰ったら再確認しておくか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俊くん、ちょっといいかな?」

 

 ビデオ会が終わったのは夕方の5時前。 明日も午前中のみだが練習が入っているので、橘先輩の家(豪邸)を出ると各自で解散となった。

 俺も帰ろうと門をくぐると、後ろから声をかけられた。

 

「涼子先輩。 どうしたんですか?」

「えっと……良かったから途中まで一緒に帰らない? トイレ借りてたらもう俊くんしかいなかったから……」

 

 ……これはつまり先輩と二人きりで帰る、そうなのか?

 俺としては全然嫌でない。 寧ろ嬉しいんだが、一つ気がかりがある。

 

「……大地先輩は帰らないんですか?」

「あ、大地ならもう一試合観るから先に帰ってくれって。 まだ帰らないんだ」

「そう、ですか……なら良いですよ。 行きましょう」

「ありがとう♪」

 

 ニコッとお礼をしながら笑うと、先輩は俺の隣に沿って歩き出した。

 ……変わってないなぁ。 初めてシニアで会った頃から、この笑顔はずっと色褪せていない。 マウンドに立つと誰よりも闘志をむき出しにして投げているが、こうして見ると普通の年頃の女の子だ。 ストライプ柄の黒い長めのスカートに白プリントのTシャツ、髪をポニーテールにして腰へダンガリーシャツを巻いた部分がよりファッション的な部分を意識しているんだと伝わる。

 

「………………」

「………………」

 

 会話が……ない……。

 何か話さなきゃと考えてはいるが、ネタがまるで見つからない。 折角先輩と二人きりになれたってのにまともに会話もできないとは情けない男だよ……俺。

 

「……さっきは大丈夫?」

「うえっ!? えっ、あっ、何がですかぁ?」

 

 ヤバイ、突然話しかけてきたからビックリして思わず変な声が……。 先輩もこっち見ながらクスクス笑ってるし……完全にやっちまった。

 

「ビデオを観てた時に奥野くんのことを気にしてたでしょ? 気持ちは分かるけど……」

 

 ……ああ、そうか。 先輩だけはあの試合を観に来てたんだっけな。 それで……。

 

「ははっ、もうあの試合のことは気にしてませんよ。 それとこれとは別ですから。 ただ……こうも早く再開するとは思いもしませんでしたが」

 

 先輩に心配されないよう、大丈夫だと笑いながら虚勢を張った。

 

「そう……私はずっと気になってたの。 俊くん、まだ敗戦を引きずってるんじゃないかって。 試合観てた時もずっと暗かったから……心配で…」

「あ………」

 

 申し訳ないと思っている。 失礼なのは十分承知。

 しかし今の先輩は心臓が跳ね上がるくらいに魅力的だった。 不安げな表情やじっとこちらを見つめてくる仕草が可愛いのは当然なのだが、一番はそれを俺にだけ向けて心配してくれたこと。 一瞬だが、また怯んでしまった。

 

(……でも、この人には…………)

 

 それは知っていた事実だ。 先輩が一番に心を開いている人物は俺でないことくらい。 けど……それでも俺は…………あなたをずっと尊敬していて、それでいて……。

 

「……あ、もうこんな所に」

 

 先輩の声で我に帰ると、住宅街からいつのまにか大通りまで歩いていた。 先輩の家は歩いてあと十分の場所だが、俺は逆方向へもう二十分歩いた先の駅に行き、電車に乗って帰る。 つまり、先輩とは必然的にここで別れなければならない。

 

「今日は一緒に帰ってくれてありがとう。 明日も頑張ろうね♪」

「……はい。 先輩の後は俺が抑えます。 明後日は絶対勝ちましょう!」

「うん! 俊くんが控えてるな心強いよ! ありがとう!」

(っえっ!!?)

 

 右手が暖かな感触に包まれた。 ちょ、え、ま、手ぇ、握られてるんですが……不意打ちにもほどがある。

 はぁ…今日は何度ビックリすれば気が済むんだ……。

 

「っ、じゃあ俺は行きますね! 失礼しますっ!!」

 

 頭を下げ、俺は逃げるように先輩から走って去っていった。振り返ることなく、最寄りの駅までただひたすらに足を動かした。

 恥ずかしかった。 話はいつも先輩から振ってもらい、チームのエースを担う重圧もある中で俺の心配もしてくれた……ヘタレな自分以上に、涼子先輩へ負担しかかけない自分の無力さが恥ずかしく、そして苛立つ。

 俺は横浜シニアから……ちっとも変わってない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 気づくと俺は駅のホームにいた。 次の電車のアナウンスが流れ、人も一斉にホームへ集まってくる。多分学生や社会人にとっては帰宅ラッシュに入る時間帯だからだろう。 現在何時なのかを確認しようと腕時計を覗いた瞬間−–−–−横から聞き覚えのある声で、

 

「東出か?」

「え……あ、六道先輩」

 

 紫の髪を赤い組紐で縛った和風感を漂わせているため一発で分かった。 そういえば、六道先輩も電車を使ってるんだっけ。 練習帰りでもたまに同じ電車に乗ることはあるが、こうして野球外で鉢合わせるのは初めてだ。

 

「随分息が乱れているが……走ってきたのか?」

「あー……はい。 色々ありまして……」

 

 涼子先輩に手を握られて恥ずかしくなったから走ったとは死んでも言えない。

 

「そうか。 理由は聞かないが間に合ってよかったな」

 

 機転の利いた一言で俺はホッとした。

 すると丁度電車が停まり、待っていた人が一斉に乗り始める。 後ろからやや押される形で俺と六道先輩も乗り込んだ。

 

「……東出」

「はい。何ですか?」

「その……もし良かったら……私の家に来ないか?」

「ああ、家ですね。 良いですよ。行きましょう…………え、今何て?」

「だから私の家に来ないかと言ってるんだ。 お前に少しばかり聞きたいことがあるからな」

 

 ……予想外の誘いだ。 俺と六道先輩の降りる駅は偶然一緒。 先輩の家に寄ること自体は可能と言えば可能だが……。

 

(流石にマズイんじゃないのか……いくら知ってる人とはいえ…)

 

 この時間から女子の家へ訪れるのは大丈夫なのかと割と大きめな疑問を自分へぶつける。 本人は聞きたいことがあるから家に来てくれとの話だが、それならどこかファミレスなどでも良い気がする。 それを自分の家でするとは……少しばかり変な汗が出てきた。

 

(落ち着け俺、 相手は六道先輩だぞ? この人に限ってそんな話はないはずだ。 きっとまともな話であるはず……多分)

「安心しろ。 卑猥な目的でお前を呼ぶつもりはないからな」

「ぶっ!? 先輩っ、声が大きいです!」

 

 今何人かこっちを睨んできた気がするけど……。 絶対誤解を招いたな、今。

 

「で、どうする? 明日も練習があるから無理はしなくていいぞ」

 

 この人はそういうつもりじゃないらしいし、案外まともな話かもしれないから少しくらいなら……いいか。

 

「ええ。 いいですよ」

 

 悩んだ結果、俺は先輩の家に行くことに決めた。 何度も言うが決して卑しい目的で近づくわけじゃないからな、そこは勘違いしないでくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一言で言えば、『The お寺』だった。

 入り口には立派な山門があり、くぐるとそこには「西満涙寺」と呼ばれるお寺が悠然と建っている。 和風なイメージがとても強かったので家もこんな風に神社やお寺なのでは? と勝手に決めつけていたが、その考えは見事に的中した。

 

「さぁ、ここが私の家だ。 遠慮せず入ってくれ」

 

 本堂の隣、立派な木造造りの大きな平屋が先輩の家だ。 引き戸式の扉を開け、「お邪魔します」と言って家へ上がる。

 

「リビングはこっちだ」

 

 大きめの玄関に靴を置き、リビングまで案内してもらう。 お寺の家であるが、リビングはそのままリビングと呼ぶらしい。

 

「そこへ座って待っててくれ。 今お茶菓子を用意する」

「あ、いや、どうもお構いなく」

 

 敷かれてあった座布団に座り、荷物を横に置く。

 ここも和の要素が詰まった情緒ある部屋だ。 畳の匂いとか、壁に掛けられている習字の文字、襖や障子張りの扉がなんとも新鮮な気分にさせてくれる。

 

「待たせたな」

 

 配膳台にお茶とあれは……多分きんつばか? それが大量に並んだ皿を机へ順に置いていく。

 

「遠慮せず頂いてくれ。 このきんつばは全てパワ堂から取り寄せた最高級品だ」

 

 と、自分で説明しながらムシャムシャ食べ始める六道先輩。 これって俺の分じゃなかったのかとちょっと疑問に思ったが、特に触れることなく爪楊枝で俺も頂く。

 

(初めて食べたが意外に旨いな………っておい、肝心の話を忘れてた)

 

 危うくきんつば食べてそのまま帰る勢いだった。 熱いお茶を一口飲んで、本題へ入る。

 

「それで、俺に聞きたいこととはなんですか?」

「む、そうだったな。 実はさっきの……奥野 樹についてなのだが」

 

 ……話がよりにもよって奥野についてとは。 やはり今日の俺、色々とついてなさそうだ。

 六道先輩は自分の爪楊枝を皿に置くと、真剣な眼差しで話を進める。

 

「昼にみずきの家で試合を観ていた時、東出はこの男を知っている口ぶりで話していた。 それも無名で活躍して間もない選手にもかかわらずだ。 もし辛かったら何も喋らなくていいが、言えるのであれば教えてほしい。 昔……この男と何らかの因縁でもあったのか? 今日の東出はどこかいつもと違うように感じたからな……」

 

 大通りで別れ際に見せた涼子先輩と同じ表情で問いが投げられた。 今思えば奥野について口走らなければ良かったと後悔している。 俺のせいでエースと捕手を心配させてしまったのが心痛い。

 ……潮時かもしれない。 これ以上隠して不安感を与えるよりは、全部吐いてしまった方がまだマシかもしれない。

 

「……ええ。 実は俺、シニアの時にコイツと対峙したことがあるんです」

 

 

 

 

 あれは今から去年の夏に遡る。

 今年の神奈川県No.1シニアを決める大会の決勝戦で俺は奴と初対決をした。 この試合に勝てば全国大会出場権を獲得でき、それが最後の大会であった俺にとって、気合の入りもこの日はいつも以上に高かったのを覚えている。

 

『一回の表。パワフルシニアの攻撃は、一番、ライト、奥野樹くん』

 

 前エースであった涼子先輩の後を継ぎ、エースの座を手に入れた俺はこの決勝戦で先発出場を果たした。 ここまで数戦を投げ抜いた俺であるが、失点はたったの一とほぼ完璧なピッチングを続けていたのだ。

 

 −–−–−しかし、この男だけには通用しなかった。

 

 独特のリズムを刻む振り子打法。 初めは珍しい打法だと思う程度で、さほど脅威を感じることはなかったが、様子を見に行った初球のカーブを奥野はいともたやすくホームランにしてみせた。出会い頭の偶然起きたホームランだと、まだこの時はそう思っていた。

 

 

「−–−–−結果、四打数四安打二本塁打。 俺はアイツの失点をキッカケに五回七失点と総崩れして完敗でした」

 

 

 何一つ通用しなかった。 敗戦はこれまで何度も経験してきたが、これほど一方的に打ちこまれて負けたのはなかった。 かつてないショックと、自分の憧れであった野球が何一つ通用しなかった無力さにその日は無性に悔しくて、涙も流した。

 

「……先輩の本職はキャッチャーですから分かりますよね。 俺のピッチングがあの人と似ているのは……」

 

 何かを察したように、六道先輩は「ああ」と目を瞑って頷いた。

 やはりピッチャーを常に観察しているキャッチャーには特に……いや、薄々他の先輩方も気がついているだろう。

 

 

「俺は……涼子先輩にずっと憧れてたんです」

 

 

 俺がまだ小学四年生だった頃。 誠也と共に他チームの試合を何気なく観戦していた時、涼子先輩のピッチングを初めて生で観た。

 

 

 

 あの日本一とも呼ばれた横浜リトルの先発が女の子なんて……絶対負けるな。

 

 

 

 女の子なんていくら練習しても所詮男には勝てない。 体格でも力でも劣っているのに、野球なんてできるわけがない。 当時、まだ小さいガキだった俺はこんな醜い思考しか持っていなかった。 本心でけなしたつもりではない。 野球は男のスポーツだと、生まれてからそう信じ込んでいたからだ。

 

 −–−–−実際に涼子先輩のピッチングを観た後で、そんな考えはあっという間に崩れ去った。

 

 野球に男も女も関係ない。 たとえ自分が女であって、色んな人に非難されたとしても、挫けずにただ自分の夢に向かって突き進む。 どんな逆境でも、相手が帝王リトルであったとしても闘志を萎えさず挑み続けるその強い意志と姿勢が、俺の脳内から離れなかった。

 俺もあの人のような強いピッチャーになりたい。いつしか川瀬涼子と言う存在は俺の憧れそのものになっていた。翌日から監督に頼んでピッチャーの二刀流を半ば強引にお願いし、卒業後は誠也と別れてまで横浜シニアへ行き、何度も先輩から球種を教わった。

 少しでも自分の理想に近付きたくて……ただそれだけでのはずだったのに……。

 

「涼子のことが……気になっているのか?」

「………そう、かもしれません」

 

 でも、それは無理だ。

 あの人が真にそんな感情を見せるのは俺に対してではなく、一ノ瀬先輩に対してだから。 俺と知り合うずっと前からバッテリーを組み、時には意見が合わず衝突し合ったりもするが、その分だけ互いを信頼し、特別な仲にしているんだと、まだ先輩たちと数ヶ月だけの付き合いだが、そう感じ取れた。

 

「俺は……今度こそ証明したいんです。 涼子先輩のピッチングは間違ってないんだと」

 

 あの日、涼子先輩は直接球場に訪れ、横浜シニアとパワフルシニアの決勝戦を応援に来ていた。 あの時は負けてしまったが、約一年の月日が流れ、俺も少なからず強くなった。 自分があの人をずっと尊敬し、好きだからこそ奥野にリベンジを果たしたいんだ。

 他人からすればどうでも良い私情であるが、六道先輩は茶化すことなく静かに話を聞いている。 一通り話終え、少しの沈黙の後、先輩は口を開いた。

 

「私は東出の話を聞く限り、このままではタチバナが負けると思う。 東出と涼子のピッチングは瓜二つ。 その片側が容易に攻略されたとなれば、涼子が投げても奥野抑えるのは至難の業だろう。それに相手の先発は鈴本だ。 アイツとまともに勝負できるのも友沢と大地くらいしかいない。大量得点が期待できないこの状況で東條率いる破壊力のある打線を完璧に封じ込められるかどうか……」

 

 顎に手を当てて先輩は考え込む。この考えは俺自身も正論だと思う。 若干違いはあったとしても、球種はチェンジアップを除いて残りは全く一緒。 ましてや対応力もバッティグセンスにも長けている超アベレージヒッター、このまま涼子先輩を先発にしたとして、打たれるリスクの方が高いかもしれない。 だったら……

 

 

「先輩。 お願いがあるんですが−–−–−」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合前日にもかかわらず、朝8時から選手達がグラウンドで最終確認を行っていた。 私と木佐貫は練習の邪魔にならぬよう、フェンス越しから選手を順にチェックしてはメモを取る。

 

「神奈川県No.1公立校の名は本物みたいですね。 投手も野手も一級品が揃ってますよ」

 

 と、選手に眼を輝かせながら自分の感想を言う木佐貫。 それは私も同意見で、この猪狩・眉村世代のパワフル高校は近年稀にみるまでのベストメンバーなのだ。

 目の前で投球練習を行なっている本格派左腕の鈴本。 彼はストレートも平均以上に速く、スライダーとシュートを中心に変化球のキレも制球もある。 また、今大会自責点は未だ0。 唯一失点を許したのも秋季大会決勝で当たった海堂戦の三失点のみと、非常に安定感あるピッチャーである。

 

(良い投手だ。 また猪狩や眉村とは違うタイプの選手だが素質は十分ある………ん……?)

 

 ふと、ある選手に目が移った。

 古い木製バットを使って快音を響かせる青年。 独特のリズムでタイミングを計り、来たコースに逆らわず痛烈なライナーで外野前へ運んでいる。

 ……見覚えのあるフォームだ。あれはメジャーの−–−–−

 

「お、アイツに目を向けるとは……流石影山さんですね」

「おや、あなたはパワフル高校の……」

「根津 清。 一応ここの監督をやってる者です」

 

 男は根津 清と名乗り、帽子を取って礼を交わした。額に付けた赤いバンダナが特徴の熱血漢漂う男で、パワフル高校の監督でもある。

 

「しかし……今年は有望な選手が揃いましたな」

「やっぱりそう思いますか? 俺もここの監督に赴任して6年が経ちますが、この代ほど強かったチームは無い。 不動のエース・鈴本、最強の四番・東條、チームの精神的支柱・尾崎……そいつらから刺激を貰って他のメンバーも切磋琢磨してますからね。 強いですよ、今のパワフル高校は」

「なるほど……」

 

 二年生ながら主将を務める尾崎のリーダー性も私は密かに評価していた。 三年生が僅か四人しかいない中、誰よりも熱くチームの中心に立って声を上げる姿、そんな彼らしい得点圏での勝負強さ、東條に次ぐ長打率も面白い。 数々のドラマを生み出す高校野球で、まさに彼のような熱く心を踊らせる選手は語るに必要不可欠な存在だ。

 強いて言うなら聖タチバナの一ノ瀬と似たオーラを感じさせる……そんな男でもある。

 

「根津監督。 先程からあそこでフリーをしている選手……」

「あー、奥野ですか? アイツも中々面白い奴ですよ」

「面白い……とは?」

「そのままの意味ですよ。 奥野のフォーム……どこかで見覚えがありませんか?」

 

 あるにはある。

  投手側に向けた足をすり足に近い形て移動させ、体を投手側にスライドさせて踏み込むあの打法−–−–−長年からの経験を探ってこの打法と一致する名は……"アレ"しかない。

 

「メジャー、シアトルシーガルズで尚も活躍中。 日本でも渡米前にバスターズ最強のヒットメーカとして数多くの栄冠を手にした男……そう、『鈴木コジロー』の振り子打法なんです」

 

 同じ日本人メジャーリーガー、野呂・松尾・神童と共に渡米開拓を進め、新時代を切り拓いた一人−–−–−それが鈴木コジローだ。

 昨年、自己最高記録となるシーズン打率.386を初め、盗塁王、最多安打、首位打者、プラチナゴールドグラブ、MVP……そして三十三歳にして早くも日本・米の双方で殿堂入りも検討されており、アメリカではコジローを「現役最強の外野手」とまで讃えている。

 

「奥野は元々、中学二年の春まで野球を一度もやってなかったんですよ」

「!……やっていない? 」

 

 どういうことだ?

 あれほども綺麗なフォームでコンスタントに広角へ打ち分けるバッティングは相当の熟練者でなければ成せる芸当ではない。 それを初心者がたった二年でマスターしたのか……?

 

「奥野は最初、パワフルシニアに在籍していた友人からの誘いで野球を始めました。 元々野球以外のスポーツも万能にこなしてしまう天性の感覚を買っての些細な誘いでしたがね……いざ打席に立たせたらまぁ凄いこと。 初打席でホームラン、しかも相手は帝王実業のエース、山口賢ですよ?」

「山口−–−–−!」

 

 我々スカウト業界の中でも耳にする選手だ。 彼のフォークボールは超高校級……いや、プロにさえ通用する落差とキレを持っていると評判で、我がキャットハンズでも手薄な先発陣補強の目的で度々名が上がっている。

 その投手から初打席でいきなりホームランを打つとは……相当な野球センスを秘めているとしか考えられない。

 

(私もスカウトマンとしてまだまだ未熟者だな……)

 

 こんなにも面白い選手、そうはいない。 彼なら猪狩・眉村世代が去った後の次期ドラ1後継者として申し分ない素質だ。

 −–−–−無名だった鈴木コジローをスカウトに成功した私だから言える、彼は次世代のスター選手に上り詰める選手かもしれない、と。

 

「根津監督。次の試合、健闘を祈っています。 それでは私らはこの辺で」

「おお、もうお帰りに?」

「ええ。 少し見直しが必要なので。 それでは」

 

 青いニット帽を取ってお辞儀をし、私と木佐貫はパワフル高校を後にした。 言うまでもないが、スカウトリストには鈴本、東條らに続いて新たに "奥野" の名前が追加された。

 今年のパワフル高校はかなり強い。 正直、試合前の私の予想では6-4でパワフル高校が勝つと思う。 聖タチバナが鈴本、東條をしっかりマークし、あの天才をどう封じ込めるかで試合の勝敗は決まるだろう。

 

(さて……一ノ瀬君。 君はこのチームにどう対抗するか、見せてもらおう)

 

 ダークホースが勝つか、古豪が勝つか。 どちらにせよ、上へ上がれるのは一チームのみ。 明日の試合、非常に楽しみだ−–−–−。

 

 

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