大きく深呼吸をして、尾崎がバッターボックスに入る。
このまま疲労さえなければ完封も狙えるペースだ。 あとはこのピンチの場面を私がどこまでしのぎ切れるか、それだけが心配だ。
(まずは外角低めへスクリュー)
初球からクサいコースを徹底的に突き、的を絞らせないようにする。 ボールは私のミット通りの場所に投げ込まれる。
『トーライクッ!』
制球も変化球の質も、まだ落ちてはいない。 相棒である私がこんなことを思うのはおかしいが、正直、みずきがここまで投げれるとは思っていなかった。 涼子は先発経験豊富だからまだしも、みずきはどちらかと言えば先発というよりセットアッパーの方が適正だとずっと思っていたからだ。
中学時代−–−–−シニアチームであるお元気ボンバーズでプレーしてた際も、先発を任されたのは鈴本と別の男子だった。 監督は直接私とみずきに言うことはなかったが、言葉にしなくても本心は間接的に伝わっていた
女の子じゃ先発マウンドは厳しいだろう−–−–−と。
『ットーライクツー!』
前のチームが決して嫌だったわけではない。 寧ろ女性である私とみずきの事を配慮してくれていたし、無理をさせないようにと厳しいトレーニングはさせなかったら悪いわけではなかった。
けど、このチームは違う。 私たちを女性として見るのではなく、" 一人の選手" として 扱ってくれる。 同じ分の練習を重ね、同じ分だけ汗を流した。 本当に少しずつではあるが、過ごした日々の分だけ野球に対する力と自信を私とみずきに与えてくれた。
最初は鈴本との対決と、『女が野球なんてできない』と陳腐な考えを持った輩を見返すことしか考えてなかった。 大地のように、チームを考えることなど一度もしてなかったと思う。
「頑張れタチバナー!」
「聖〜! みずき〜!私たちがついてるわよ〜!!」
「苦しい場面だけど負けんなよ!!」
学校から来てずっと応援してくれた生徒や先生たち、忙しい中時間を割いて私たちをの為に熱い応援を送ってくれるOBやOG、影で私たちをずっと支えてくれた聖名子先生、そしていつも側にいてくれた大切なチームメイト−–−–−その人達のためにも、勝って甲子園へ連れてこうと、今はそんな想いで一杯だ。 それもこれも、全て大地の姿を見てきたせいだと思うと、少しだけ心がくすぐったかった。
「来い! みずき!!」
鈴本……申し訳ないが私はお前を倒して上へ行く。 この聖タチバナを甲子園で優勝させるまでは、絶対負けるわけにはいかない−–−–−!
☆
「うーん……状況が大きく変わってきましたね…」
木佐貫が私の横でそう呟く。 五回まで "公立校No.1" とまで評されていたあのパワフル高校を相手に無名の新設チームが、しかも女性投手がここまで完封ペースで封じ込めているのだ。 まさかこのような展開になるとは思いもしていなかった……が、今またその状況が移り変わろうとしているのだ。
「ツーアウトランナー満塁……まだピンチな上にに二点差をつけられて逆転となるとタチバナ側からすればキツイっすね……」
「……うむ」
尾崎君を抑えて順調に思われた矢先、東條君にこの日初失点となるタイムリーツーベースを浴びると、香本、生木、松倉と連続ヒットを浴び三失点、更に鈴本君と森久保君にはファボールで塁に出し、塁が埋まった。
(崩れた原因はやはり……)
急に増えた息切れと汗を拭く仕草で一目瞭然、疲労だろう。
ここまで無失点に抑え、一見順調に見えていたが、橘選手と鈴本君には見えにくい大きな差が浮き彫りになっているのだ。
(おそらく……球数で疲労に差が出ているのだろう。 被安打数を見ても鈴本君が4本に対し、橘選手は9本。 しかも全打席の4割近くはフルカウントまで使って抑えている……そんな印象だ)
鈴本君が極力体力を温存しつつも全力で投げているのに対し、抑えるので精一杯な橘選手は疲労を覚悟してでも全力で投げて抑えてきていた。 ましてや30度中盤の炎天下で既に百球以上投げているとなると、疲れが見え始めるのも無理はない。
(さて一ノ瀬君……君ならこの場面をどうする?)
主審にタイムをとった聖ちゃんが内野陣をマウンドへ集めさせ、相談する。 まさかいきなり崩れるとは思いもしなかったのだろう。 実際、俺もこのままなら勝てるとタカをくくってたからな。
「はぁっ、はぁっ…ゴメン、皆んな…………」
「気にするなって。みずきちゃん一人のせいじゃない。 もっと追加点を取れなかった俺たちにも責任はあるよ」
今宮が肩を軽く叩きながらそう言う。 表情から滲み出ている悔しさがこっちにもビンビンに伝わってくる。
「しかし4対2、ビバイントの状況で次のバッターが奥野なのはかなりヤバイっすね……」
「ああ。 しかもアイツは橘のクレッセントムーンを前の打席で完璧に捉えていた。 疲労が見えているこのコンディションで奥野を抑えるのはかなり難しいだろうな」
「……………………」
「なぁ一ノ瀬。 どうするんだ? キャプテンはお前なんだから最終的にお前が決めるしかないぞ?」
「分かってる……みずきちゃん、本当の事を言ってほしい。 俺としてはまだ投げれると言うならバッテリーの意見を尊重するつもりだ。 ただ忘れないでほしい。 一度負けてしまったらその時点で終わりだという事も」
「……………」
決してみずきちゃんを信用していないわけじゃない。 ただこれは大会だ。負ければその時点で敗退となりそれ以上上へは行けない。 俺たちが目指すのはあくまで勝利だ。 選手の気持ちを尊重しつつも、やはり一番はチームが目の前の試合に勝つことなんだ。 だから……俺はこうして聞いている。
「……私、降板するわ」
「!」
「みずき……本当にいいのか?」
「うん……これ以上私が投げたら失点を重ねるのがオチだわ。 私も一ノ瀬君と同じ、この聖タチバナが勝つことが一番なの」
「そっか……分かった。 でもよくここまで投げきったよ。 ありがとう、みずきちゃん」
「へへ……大したピッチングじゃないけどゴメンね……皆……」
聖ちゃんの肩をポンっと叩くと、「ありがとう聖」と感謝をしてマウンドを降りた。 パワフル高校相手に六回途中四失点。 決して良い結果とは言えないが、それでも慣れない先発登板をみずきちゃんはやり遂げてくれた。 その姿は観ていた観客や応援に来た生徒達にも伝わったのだろう、ベンチは戻るみずきちゃんに労いの言葉が送られた。
「……一ノ瀬、次は誰が投げるんだ? 川瀬なら急いでアップしないと時間がないぞ?」
「いや、それなら心配はいらない。 二番手は涼子じゃないからな」
「えっ? だったら誰が投げるんだよ? 宇津には少し荷が重い場面だし……それだともうピッチャーいないだろ?」
「今宮……忘れてないか? ウチにはまだ投手適正のある選手がいるのをよ」
聖ちゃんだけはそれが誰なのかを直ぐに察し、静かに笑った。
そりゃそうだ。 昨夜俺の家へ来てこの "策" を教えてくれたのはまぎれもないその二人なんだからな。
俺はベンチで見守る聖名子先生へ、こう伝えた。
「−–−–−先生。 ピッチャーみずきちゃんに代わってライトの東出と変えてください」
『ピッチャー、橘さんに変わりまして、東出君。 ライトへ変わりまして、笠原君』
「おっ、向こう側ついにピッチャーを変えやがったな」
「……川井。 あのライトにいた奴の情報はあるか?」
「えーっと……野手としての情報ならあるけど、投手としては中学時代に横浜シニアで先発をして以来、まだ一度も投げてないからなんとも言えないのよ」
「僕も川井先輩と同じなんだなぁ。 とりあえずは奥野君に頑張ってもらうしかないですねぇ」
(東出俊……確か中学の時に一度戦ったことがある……。 その時は僕が完全に勝ったはずだ。 それを知っててあえての登板か、それとも何か作戦でもあるのか……どちらにせよここで点を取ればほぼウチの勝利は決まる。 必ず打って鈴本先輩を楽にさせよう)
「ふぅ……ねぇ涼子、大丈夫なの?」
「分からない……けど今は大地達を信じるしかない。 東出君を登板させたのはきっと何か理由があるはずよ」
「理由……か」
☆
登板される予感はあった。できることなら自分を使わずに勝てたらそれが一番なのだが。 しかし状況が状況なだけにそうは言えなくなっていた。 二点ビハインドのツーアウト満塁。 相手は俺にとって因縁の相手−–−–−奥野 樹。 初登板の最初のバッターがよりにもよってコイツとは……運が良いのか悪いのかもう分からないな。
「東出。分かってはいるがお前は昔とは違う。 何も意識することはない」
「…六道先輩がそんなこと言えるんですかね? プレイボールから今までずっと鈴本選手しか見てないじゃないですか」
「なーっ!? わっ、私は別に鈴本など気にしてるつもりは……そんなことよりもお前の方はどうなのだ? "あのボール" は投げれそうか?」
「!……はい、多分いけます。あとは俺がしっかり投げて六道先輩が取れれば大丈夫です」
「私も最善を尽くす。 とにかくここを絶対抑えて逆転へ繋げよう」
「はい−–−–−!」
虚勢に過ぎない。 実際、俺がそのボールを投げれる保証など全くないからだ。 だが裏を返せば、決まりさえすれば例え奥野であっても打つのは難しいはず……つまり次の打席で勝敗がほぼ決まると言っても過言じゃない。
『一番ライト、奥野君』
(さて……あれからどれだけ変わったのか、お手並み拝見だ)
プレートを踏み、セットアップからの初球。 六道先輩のサイン通り、低めへのストレートが決まった。
「ナイスボール!」
球場がおぉ〜っという声に包まれる。 電光掲示板のスピードガンには百四十一キロと表示されていた。予想外の速さに観客が驚いたのだろう。 確かに一年生にしては百四十一キロはかなり速い方だ。
(………なるほど。 スピードは以前よりもかなり増している。 だけどそれだけじゃないね)
二球目は同じくストレートだがこれは外側に外れてボール。 続く三球目はカーブを内角寄りの低めへ入れるが、若干甘く入ったそのボールを奥野は見逃さず、フルスイングする。
「−–−–−!」
一塁線、一ノ瀬先輩の横を鋭いライナーで飛んでいく。 ダメだ……これだけはフェアにならないでくれ! 頼む……頼む!!
『ファール!!』
ふぅ……危なかった……。 ほんの少し引っ張り過ぎたのが幸いだった。 やはり生半可な変化球じゃコイツはいとも簡単に対応してくるな……。
カウントは2-1。 選球眼の良い奥野なら釣り球は確実に振ってこない。 そんな相手にボール球で散らしても逆にこっちが劣勢になるだけ。 かといって勝負を急いで甘く入れば長打にされる………くそっ、どうすればいいんだ…………。
「−–−–−東出君!! 頑張れ!!! あなたの力はそんなものじゃないでしょ!!」
……涼子先輩?
「大丈夫だ! 私のミットだけに集中しろ!! お前なら抑えられる!!」
六道先輩………ああ、そうだ。 何弱気になってんだ俺。 まだ勝負がついたわけじゃないってのに。 それで前回も負けたのに、また俺は同じ過ちを繰り返そうとするのか?
−–−–−違う。 俺は変わった。 目の前に立つ男を倒してこのチームを勝たせる為に、俺は "本当の俺のピッチング" をしようと、試合前に誓ったはずだ! 憧れだった、初めて好きになった人のフォームで奥野にリベンジを果たしたいなど……涼子先輩やチームは誰も望んじゃいないんだ!
でも、一ノ瀬先輩はこんなワガママな俺を信じて使ってくれた。だったら次は俺がそれに応える番なんだ−–−–−!!
(……吹っ切れたか。 よし−–−–−)
(来たか……!)
そのサインに俺は力強く首を振った。 あの敗戦以降−–−–−俺が密かに作り上げてきた新しい武器。 成功さえすればどんなに優れたバッターでも "当てることさえできない" 、それほどまでの威力を誇る球だ。 それが−–−–−いよいよ解禁される。
(……なっ!?)
「え、はあっ!?」
(−–−–−しめたチャンスだ!!)
ランナー満塁のこの状況で俺のフォームはワインドアップ。 当然ランナーはその間に走るし、敵味方関係なく誰もが「何やってんだ!?」と驚きの声を上げた。 馬鹿と思うなら勝手に思っててほしい。 けどな−–−–−これを見てから判断してくれ!!
(遅い……貰った!!!)
緩く遅いボール。 しかもコースはど真ん中の絶好球だ。奥野振り子の勢いをさらに貯め、タイミングを計ってそこへバットを振った。
本人からすればバットに当たったはずだど、絶対届いたはずだど思って振った–−–−–−–そのはずなのに、
ボールはバットの下を全く掠りもせずに通過していく。
「な−–−–−っ!?」
バシッ。
ボールはしっかりとノーバウンドで六道先輩のキャッチャーミットへ吸い込まれた。 体の全神経をボールへ集中させて、死に物狂いでフレーミングしたのだ。
『っ、ットーライッ! バッターアウト! チェンジ!!』
「っしゃぁー!!!!!」
グラブをバン!! と叩き、吠えた。 それくらいに嬉しいんだ、今の俺は。
「よく投げたぞ! 東出!!」
「いえ! 六道先輩がいたからですよ!」
「ふ、私のお陰ではない。 全部お前の実力だ、東出」
「六道、先輩…………」
喜びを分かち合いながらベンチへと戻る。 チラッとバッターボックスへ視線へ向けると、変なものでも見たかのような顔付きで奥野がいつまでも俺を睨んでいた。 悔しいというよりも、きっと「今のは何だ?」と驚愕の方が強いのだろう。
「おいおい、今の変化球ってまさか……」
「ああ、そのまさかだろうな」
スピードこそ全然ないものの打者の手元で不規則に曲がりながら落ちる、正真正銘の魔球だ。
(……間違いない。 僕に最後で投じたあのボール……鈴本先輩も投げていたナックルだ)
☆
8回の表。
得点は4-2でパワフル高校がリード。 あれから東出は140キロのストレートとナックルのコンビネーションで一度も一塁ベースを踏ませないパーフェクトピッチングを続けていた。 その頑張りに俺たちも応えなければと鈴本へ立ち向かうが−–−–−
『ットーライクッ! バッターアウトォ!!』
「っ〜!」
こちらも東出と同じ投球術を駆使し、中々点を与えくれない。 八木沼がバットをギュッ、と握りしめながら戻ってくる。
『2番キャッチャー、六道さん』
二度、三度スイングをし、バッターボックスへと歩む。
なんだろう……どこか今までの聖ちゃんとは雰囲気が違う気がした。 表情が思い詰めていたというか、鈴本をより意識していたような……そんな風に感じ取れた。
(聖…………)
(鈴本…………)
両者がこれまでにないくらい視線を対峙させる。 みずきちゃんから前に聞いたことがある。 2人は中学時代、同じシニアのチームでバッテリーを組み、どんな時もずっと一緒に戦ってきた相棒だったと。 そんな2人が今、敵同士として再会を果たし、平常心でいられるはずがない。
(勝つのは僕(私)だ−–−–−!)
−–−–−パァァッンッ!!!
インコースギリギリを抉る強烈なストレート。 8回2/3を投げ、球数も110球投げているにもかかわらず、球速は143キロをマークしていた。
「……スピードが更に上がった」
「おい……まだこんなに力を残してたのかよ……」
今宮がははっ……と苦笑いを浮かべながら嘆く。 いや違う。 鈴本とてそろそろ体力の限界が近づいてきている。 通常のストレートや変化球と違い、ナックルは一球一球握力を使うボールだ。 それでもアイツがマウンドに立って投げ続けられるのは−–−–−
( "絶対に負けない" という強い意志が今の鈴本を支えているんだろうな)
「−–−–−っっ!!」
2球目、3球目とスライダーを続けて投げる。 聖ちゃんも食らい付き、それを全てカットした。
(はぁっ、はぁっ、はぁっ………やっぱり君を抑えるには−–−–−)
(必ず来る……鈴本なら全力で私を抑えに来る!!)
4球目−–−–−。
鈴本が選んだのは彼女にただ勝ちたいという想いで作り上げた魔球−–−–−ナックル。
聖ちゃんはこの1球だけ、普段短く持っていたバットをグリップの先まで長く持ってスイングした。
マウンドに立つ男は白球の行方を一度も確認することなく、バットを空へ掲げる少女の姿だけをじっと見つめ、笑った。
ボールはレフトの芝生席へと綺麗な放物線を描きながら真夏の空の下で飛んでいった。
「やった……やったぁぁぁぁ!!!!!」
みずきちゃんが手を高く上げて喜ぶのに続けて、俺たちも歓喜の声を上げた。
三塁ベースを回ったところで聖ちゃんは嬉しく笑いながら小さくガッツポーズをした。 いつも冷静沈着でクールな聖ちゃんも、このホームランだけは嬉しさがわれんばかりに溢れていた。
「やったな六道」
「ナイスバッティング! 流石聖ちゃんだ!」
「六道さん、ナイスホームラン!」
チームメイトと先生から温かい歓迎を受けながらベンチへ戻ってくる聖ちゃん。 今日だけで彼女に何回救われたことか……もう感謝してもしきれないくらいだぜ。
「大地! 頼むぞ!! 打ってくれ!!」
……ああ。 任せろ。 何が何でも打って戻ってくるからな!
「……決まったな」
マウンドに集まる内野陣と監督。 その数分後にパワフル高校のエースナンバーはマウンドを降り、降板した。 これがどういう意味になるか、私は直ぐに予想できた。
「木佐貫君、そろそろ帰るぞ」
「えっ? 今帰っちゃうんですか? まだ一点差でこれからって時ですよ?」
「誰が見ても結果はもう分かる。 松倉君では勢いに乗ったこの2人を抑えられないからね」
……正直、聖タチバナがここまで強くなっているとは思いもしていなかった。 主将の一ノ瀬君は中学時代に比べてバッティングが格段に上達している。 肩の故障を機に野球から離れていた友沢君は元々高かった野球センスを買われショートで4番の大活躍。 一番に座る八木沼君もシニアから密かにチェックしてきた選手だが持ち前の足と守備は健在、今宮君の鉄壁とも言える守備も魅力的で、今日先発した橘選手は四失点を喫するものの東條君や尾崎君率いるこの打線をよくここまで抑えたと思う。
そして何より、今日一ノ瀬君の代わりにマスクを被る少女−–−–−六道選手。 打っては2ホーマー、守っては2人の投手を自慢のリードで導く大活躍っぷりだ。 彼女がもし今日いなかったら、きっと聖タチバナは一点も取れずに負けたかもしれない。
途中登板した一年生の東出君のあの力強い速球とナックルも、面白い選手だった。 大島君と共に次のタチバナを引っ張っていく存在として頼もしく感じた。
(その上、川瀬選手は今日一度も投げていない……エースを温存してここまで勝負できるとは……本当に見逃せないチームだ)
カキィィィンッ!! と金属音が気持ち良く響く。 気付けば一ノ瀬君が右手を上げながらゆっくりとベースを回っていた。 これで4-4の同点だ。
「う、打ちましたね……」
「ああ。 木佐貫君、これを先に事務所に戻って編集長へ渡しといてくれ。 私はちょっと寄るところがあるんで後から合流する」
「え、あぁ、はい。 でもどちらへ?」
「−–−–−キャットハンズの上層部へ報告しに行く。 これから、聖タチバナを追いかけてもらえるよう頼んでくる」
きっとあのチームなら近いうち、最強として名高い海堂高校とあかつき大附属の前に立ちはだかると、そう予感してならない。
長年のスカウト人生で培った勘がそう感じさせるのだ。
だったら追うしかない−–−–−。
この選手、このチームなら一時代を築き上げてくれると予感したのなら、あとはがむしゃらに追いかけるしかない。 1人のしがないスカウトマンとして……ただの野球好きなおっさんとして……。
『ットーライッ! バッターアウト!! ゲームセット!!』
奥野をチェンジアップで三振に取り、試合は終わった。
あの後、俺の同点ホームランを皮切りに友沢が勝ち越しホームラン、今宮・大島・東出と連続で安打を放ち、一挙に4点を返して逆転勝ちだ。 東出は途中で東條に長打を浴びるもそれ以外は完璧に抑え、勝利投手となった。
聖 2 0 0 0 0 0 0 4 0 6 ◯
パ 0 0 0 0 0 4 0 0 0 4
これにより俺たちは準々決勝、帝王実業と3日後に当たることとなった。 次の相手はまた更に強敵だが、今の俺たちなら勝機は十分ある。 あとはどこまで気持ちを切らさずに戦え抜けるか、それだけだ。
☆
「聖」
「……鈴本か。 それと……」
「少し話がしたくてね、東出君もいいかな?」
「あ、ああ、はい。 俺は構いませんけど……」
「一ノ瀬君、悪いけど少しの間2人をお借りしてもいいかな?」
「……分かった。 俺たちは先にバスで待ってるから早めに戻ってきてくれ」
「了解した」
大地から許可を貰い、球場前の木陰へと場所を移す。 鈴本の隣には今日一番ライトで出ていた奥野樹もいた。
「−–−–−強くなったね、聖」
「……ああ。 鈴本もだ」
「ううん。僕なんか全然だよ。 一番抑えたかった選手に2本もホームランを打たれちゃったからね。 この上なく悔しいよ」
「最後なんか試合を忘れて一対一の勝負になっていたからな。 こんなに気持ちが高ぶったのは初めてかもしれない」
試合中に私情を持ち込まない私が今日だけは持ち込み、それに任せてプレーした。 2ホーマーできたのもきっとそれが原因なのだろう。
「……東出君」
「ん、何だ?」
「 "今日は" 負けたよ。 そして最高の一日だった。 君のような強い選手と戦えて、良い経験をさせてもらったよ」
「よせよ、俺はたいして強くはない。 俺からすればお前の方が何倍も天才で、誰もが憧れる羨ましい存在だ」
「いや、それは違う。僕からすれば君の方がずっと凄い選手だよ。 初めて対戦した時からこの日まで、君はそのナックルを完成させるためにずっと努力してきた。 僕はまだ半分才能だけでやってたに過ぎず、君はその才能を上回るだけの鍛錬を積んで試合に臨んだ。 簡単そうに思えても、実際はそれが一番難しいことで、最も大事な要素だった。 それに気づいたんだ気づけなかったか、そこで勝敗が別れたんだと僕は思うよ」
「……………そうか」
「だから、次戦う時……最短で秋季大会かな。 その時には君以上に努力して今日のリベンジを果たす。 そのストレートとナックルを打ち砕いて、今度こそパワフル高校が勝つ!」
「ふ、うるせぇよ。 返り討ちにしてやるから覚悟しとけよ」
「そうこなくっちゃ」
試合が終わったばかりだというのにこの2人は早くも再戦へと意識が傾いていた。 もしかすると2人はこれから良きライバルとして何度も戦うかもしれないな。
「……そろそろ戻ろうか。 聖、東出君。 次の帝王戦も頑張ってね。僕たちに勝ったからには優勝を目指してくれよ」
「ん、当然だ」
「ええ。 負けませんよ」
「次は僕たちが勝ちますからね。一ノ瀬さんによろしくお伝えください」
最後に奥野がそう言い残して2人は去っていった。 後ろ姿を見てみると、鈴本の左拳が石のように硬く握られていた。 ずっと待ち望んでいた私との再戦で敗れらそしてチームがここで敗退となってしまった事実が悔しくてたまらない。 それは隣を歩く奥野も同じだった。
「先輩、六道さんに言わなくていいんですか?」
「……うん。 もう良いんだ。 彼女が僕とのバッテリーを断った時点で、伝えても意味はないからね」
一ノ瀬君と東出君、か……。 聖がここまで熱くなるのも何となく分かった気がするよ。
「……勝ったのだな、私たち」
「はい。 試合前はどうなるか不安でしたけど、全部六道先輩のお陰でした」
「違う、勝因は全て東出だ。 お前が前日に自分を起用してくれと大地に頼まなかったらあのまま奥野に追加点を許して負けていた。 その決断力と勇気が勝ちに繋がったんだ」
「……六道、先輩…」
ツー……と東出の目から涙が滲み出ていた。
ずっと不安だったのだ。 自分のせいで負けたらどうしようと、自分の選択が果たして合っていたのかと、今日の試合で勝つまで苦悩の連続を繰り返し、ようやく掴んだものだ。 その涙はきっと……嬉し涙だ。
「よく……頑張った」
軽く背伸びをして東出の頭を撫でた。 どうしてか……目の前の男をほっとけなかったから。 試合前、いや、最初に話をした時からずっと、私と東出はどこか似ているような気がしてならないからだ。
(分かっていた……あの2人はただのバッテリーの関係じゃないってことを。 私と東出は勘付いていた。 でも−–−–−)
それでも憧れ、想いを寄せていた。 経緯は違えども、その気持ちはどちらも一緒だ。 叶わないだろうと薄々感じていても、諦めきれない自分がそこにいた。
「……私たちも戻ろう。 皆が待ってる」
「はい」と小さく返事を返し、皆が待つバスへと戻る。
東出も同じ気持ちなのだろう。 昨夜、私の家で自身の気持ちを打ち明けた時、どこか私の考えていたことも察したような様子だった。
ふふ……どこまでも似た者同士なのだな、私たちは。
「六道先輩……」
「ん、何だ?」
「−–−–−今日は本当にありがとうございました」
滅多に笑わない彼が見せる、最高の笑顔だった。
「私も−–−–−今日は本当にありがとう」
「!、あ、はい……」
ニコッと柄になく笑ってみせる。 何故か顔をそらされてしまったのが少し嫌だったが、今日は東出の活躍に免じて許そう。 なぜなら私と東出が今日のヒーローなのだから。