Glory of battery   作:グレイスターリング

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第三十三話 束の間の夏休み

 甲子園の出場権をかけた夏季大会も佳境を迎え、決勝は去年と同じく海堂学園vs帝王実業のカードとなった。

 ここまで聖タチバナ戦を除けば順調に勝ち進んだ帝王に対し、海堂は決勝こそ進んだものの度重なるアクシデントで怪我人を続出させたままでの勝負となった。

 特に辛かったのが主砲の千石が準々決勝でデッドボールを手首にもらい骨折、更には2年の絶対的エース・眉村も大会前から腰の張りを訴えてここまで先発登板なし。 エースナンバーの榎本直樹と三番手の桜庭、そして最も注目を浴びたあの猪狩守の弟である猪狩進の活躍が特に光っていた。

 

『打ったーっ!!! 4番・真島のスリーランホームラン!!! ついに均衡を破りました帝王実業!!』

 

 先に点を奪ったのは帝王実業だった。 0対0で迎えた7回の表で2番坂本、3番蛇島と立て続けにヒットを放ち、チャンスで4番に座る男が期待に応えてみせた。その後帝王は先発の山口、犬河、最後は香取と完封リレーを披露し、見事、神奈川を制した。

 海堂は榎本がで8回3失点被安打5のピッチングをするも、絶対的4番を欠いた差が出てしまい、結果的にヒット数は猪狩進の長打を含む2安打、8番ライトで出場した草野のヒットなど、計4本と完全に押さえ込まれてしまった。

 

 こうして一ノ瀬達、神奈川県勢の夏の大会は幕を閉じた。 勝ち残った帝王実業のみ、次のステージである甲子園へ進み、敗れ去った学校の思いも背負いながら、灼熱の太陽が照らす高校球児の聖地に足を踏み入れるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

「イヤッホォォォォゥ!!」

 

 海水浴シーズン真っ只中の8月初頭のある日。

 普段なら練習の虫である聖タチバナであったが、ここ最近まともな休みが取れてなく、ピリピリした緊張感がずっと続いていた為、こうしてリフレッシュをしに泳ぎに来た、というわけだ。

 恋恋高校の連中も誘ったのだが、どうしても事情があって来れないとの事で、今回は聖タチバナ野球部+翔太君と朋恵ちゃんのメンバーで橘財閥が管理しているプライベートビーチにお邪魔させてもらっている。

 

「今宮、大島!! 入水する前には準備体操をしておけ! 体がつっても知らないぞ!」

「ぎぬまっち〜ちょっと真面目すぎるぜ〜」

「そうっすよ〜この日頃鍛えた肉体ならちょっとやそっとじゃ−–−–−」

「聞こえなかったか? た・い・そ・う・を・し・ろ」

「「……サーセン」」

 

 開始早々いきなり八木沼のお灸炸裂か。

 全く、ウチきってのアホコンビはどこに行っても変わらないな。

 

「ん……そういや女子達はどうしたんだ?」

「あー、みずきさん達なら着替え中らしいですよ」

「何っ!!? 着替え中だとぉぉぉ!!?」

「い、今宮さん!!?」

「大京くん、君は良い情報を皆の前に開示してくれた。 この一世一代の大チャンス、逃すわけにはいかないよなぁ! 大島君よー!」

「そうっすね! じゃあ行きましょ−–−–−」

「あ? どこに行くんだって?」

「「え?」」

 

 ぎゃああああああああああ!!!!!!

 

「……友沢ナイス」

「女子達にバレたら殺されるぞ……」

「はぁ……」

 

 ていうかあんなにプロレス技をかけてるが足は大丈夫なのか? 隣では八木沼と東出が呆れながらその様子を見ていた。

 

「久しぶりやな、ここに来るのも」

「原達は来たことがあるのか?」

「僕たちは去年の夏前に一度掃除の為に来てたのさ。 美味しい料理に釣られて見事に雑用を押し付けられたけどね」

「……なるほどな」

「生徒会のお仕事って名目で連れてこられましたけど、よくよく考えたら生徒会は辞めてましたし目的が曖昧でしたのでこんなことだろうとは思ってましたが」

 

 苦笑いを浮かばせながら大京と宇津が語る。

 

「わーいうみだー!」

「よっしゃ、お兄さんと一緒に泳ぐぞー!」

「うん!!」

「……岩本と翔太君、かなり仲良しだな」

「岩本は将来小学校の体育担当の教師になりたいらしくてさ、中学の頃から勉強してたんだ。 今でも練習後に家帰って独学で教職員の勉強してるくらいだしね」

 

 今宮や大島とは対照的に岩本と笠原はかなり頭が良く、試験はいつも3位以内に入っているという恐ろしい秀才っぷりだ。 元々県内No.1偏差値の帝仁高校を受験しただけあって、俺もテスト前にはよく分からない問題は2人に聞いたりしている。

 

(それにしても遅いなぁ女子達。 もう20分くらいは待ってるぞ……?)

 

 

 

 

 

「だ、だめだみずき……こんな過激なもの着れるわけがない!」

「えー、聖なら絶対似合うと思うんだけどなぁ」

「じゃあこんなのはどうかしら?」

「ん……なー!? 無理だ無理無理無理!! それ以前にこれでは胸がギリギリ見えてしまうじゃないか!」

「うわぁ、涼子ったら大胆ねー」

「ふふっ♪」

 

 別荘内の更衣室では女子3人組が楽しそうに(?)着替えをしていた。 川瀬は自宅から持ってきた白色のフレアトップ型の水着で、橘は自身のイメージカラーと同じく水色のビキニ型と、すんなり決まったのだが、問題は元々水着を持っていなかった六道だ。

 

「ひじりおねえちゃん、これはどうー?」

「あー、これはいいわね! 朋恵ちゃんナイス!」

「むぅ……しかし露出が多い気が……」

「私たちに比べたら全然抑えてる方よ。それに聖ちゃんってスタイルが良いからどんな水着でも似合うと思うわ」

「そ、そうか……? なら……」

 

 選んだのはタンキニと呼ばれる水着の中ではかなり露出度の抑えられたものだ。色は紺と白の横しまで、とてもよく似合っていた。

 

 

 

 

 

 

 数分後−–−–−。

 

「おー、やっと来たか」

「お待たせー!」

「!……」

「うわぁ……」

 

 男性陣の開いた口が塞がらなかった。

 まずみずきちゃんだ。 3人の中で特に水着が過激すぎる。 胸が大きいのも相まって魅力を更に引き出していた。

 

「どう友沢? 似合うかしら?」

「……似合ってると、思う」

 

 見ろよ、あの友沢でさえも顔を赤くして視線を逸らしている。 その他今宮や大島もいやらしい目でみずきちゃんを見ているが巻き込まれたくないのでスルーだ。

 

「六道が水着を着てるのも珍しいな」

「わっ、私は反対だったのだが……どう、だ?」

「和服姿も良いですかだ水着もよく似合ってますよ、先輩」

「そ、そうか……ありがとう、俊」

「!、い、いえ、どういたしまして……」

「おいおい〜顔を赤くしてどうしたんだ東出君〜? まさか六道先輩の水着を見て照れてるのか〜?」

「はぁ? お、俺は照れてなんか……」

「無理もないだろ大島。 こんなに可愛ければ東出でも照れるさ」

「なー!?」

「ちょっ、八木沼先輩まで変なこと言わないでくださいよ!! 」

「ははっ、そんなに興奮するな」

「う〜……」

(か、可愛いのか……ホッ)

 

 聖ちゃんと東出が茹でタコみたいに赤くなったりそれを珍しく大島と一緒に八木沼もからかったりと、ワイワイしていた。

 俺もよく似合ってると思うぜ、聖ちゃん。

 

「大地」

 

 声の方へ振り向くと、目の前には普段とは違う姿の相棒が立っていた。 少しだけ照れながら、声を振り絞って−–−–−

 

「どう? 似合ってる……かな?」

 

 と、一言。

 一瞬、自分の心臓がドクンと大きくなった気がした。 いつもの制服姿やユニフォーム姿も充分魅力的だ。 けれど、水着姿の彼女はそれを遥かに上回る可愛いさだった。

 

「……ああ。よく似合ってるよ、涼子」

「そう、ありがとう♪」

(……!!)

 

 くっ……今の笑顔は反則だろ! しかも不意打ちは卑怯すぎる!

 

「……今一ノ瀬も照れたな」

「まぁからの場合は相手が悪すぎるな。 だって意中の相手だもんな」

 

 岩本笠原ーっ! 余計なことは言わんでいいわ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで約数時間、緊張感から解放された俺たちは束の間の休みを思い切り海で楽しんだ。

 今宮がガンターロボの必殺技を唱えながら翔太君に水をかけたらあまりの強さに泣いてしまい、友沢とみずきちゃんに10倍返しにされたり、中学時代バレーボール部に所属していた岩本・笠原の提案でピーチバレーをして2人が無双したり、最後にはビーチフラッグによるガチトーナメント戦で優勝者には最高級の夕飯をご馳走できるという景品付きに友沢が食いつくも、決勝でチーム1の俊足を誇る八木沼に敗れてかなりのショックを受けたりの、なんだかんだ大いに楽しんだ。

 

「うまいな……! こんな料理食べたことないぞ?!」

「あったりまえよ! ウチの専属シェフが腕によりをかけて作ったんだから! 不味くないはずがないわ!」

「くそっ……あと少しだったのに……」

「友沢君、まだ落ち込んでいたんだ……」

 

 ご飯に関しては友沢の奴、変に執着心があるからなぁ。 この前なんて練習メニューについてファミレスで相談してたらこれでもかっ、てくらいに注文しまくってたからな。しかも的確にコスパが良いものばっか食ってたのがまた意外で面白かったぜ。

 

「このおさかなおいしい〜!」

「うんうん!」

 

 残念ながら友沢は敗れたものの、翔太君と朋恵ちゃんにはグレードアップした夕飯をご馳走させてもらっただけ、まだ救いだったかもしれないな。

 

「みずき、きんつばはないのか?」

「はいはい、聖ならそう言うと思ってパワ堂から買い占めておいたわよ」

「本当か!? 恩に着るぞ!」

「聖ちゃん、私も1つ貰ってもいいかな?」

「…………いいぞ」

 

 今聖ちゃんめっちゃ悩んでたな。 てか涼子もかなり食ってるはずなのにまだきんつばも入るのかよ。 ウチの女性陣の甘党っぷりは恐ろしいぜ。

 

「いや〜、今日は久しぶりに野球から解放されたな!」

「そうだなー。 俺と笠原は勉強と野球でここ数年どこも出かけてなかったからこういうお出かけって新鮮で楽しかったよ」

「俺達も中学では練習や試合ばっかで海なんて小学生以来だからめっちゃ楽しかったっす!」

「……そうだな」

 

 おのおのがこの解放された時間を有意義に楽しめたらしく、企画した俺やみずきちゃんも嬉しい限りだ。 来年も皆で来れればいいが、もし引退していなかったらそうはいかないんだよな……。

 

「……さて。 皆、食べ終わったら浜辺に集合よ!!」

「ん、まだ何かやるのか?」

「ふふっ、当然よ!! 夏と言ったら最後はアレでしょ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー……綺麗……」

 

 バチバチと独特な音を立てて輝く赤や緑の火花。

 そう、みずきちゃんが最後にやろうと言ったこと、それは夏の風物詩の花火だ。

 

「なぁ亮」

「なんだ?」

「ちょっとさ、この線香花火で1つ勝負しないか? お前が勝ったら次のオフの日に焼肉食い放題に連れてってやるぜ。 勿論俺の " おごり " でな」

「何っ……おごり、だと?」

「ああ、奢りだ」

「……俺が負けたらどうなるんだ?」

「そうだなー、今あっちで花火してるみずきちゃんの後ろから抱きつくってのはどうだ?」

「!?、だっ、抱きつく!? 馬鹿かお前!、そんなことしたら殴られるに決まってるだろ!」

「いやぁ? そうとは限らないんじゃないか? だって2人とも仲良さそうだし、全然脈アリだと思うぜ」

「……今宮。 お前俺にこれをさせたくてこの勝負をふっかけたな?」

「ほらほら、そんな細かいこと気にするな。 どうする、やるのか? やらないのか?」

 

 ニマニマと悪い笑みを浮かべながら悪魔の提案をする今宮。

 確かに焼肉食い放題は友沢にとって魅力的だ。 だが負けた時の代償が大きすぎる。 2人きりならまだしも、今は他のメンバーもいる。 そんな状況下でこんな行為をしだしたらどうなるかなんて目に見えている。

 

(万が一負けたとしても橘なら俺は……って何考えてんだ俺! どう見たって変態だろ!! でも……)

「さぁどうするんだー? 別に嫌なら断ってもいいんだぜ?」

「……分かった。 その勝負、受けてやる」

「ほぉ……随分と強気に言ったな。 面白い、もう取り消しは無しだからな。 ほらよ、これ」

 

 線香花火を渡し、用意したロウソクに火を付けて準備をする。

 

「よし。 それじゃあ始めるぜ。 よーい……スタート!!」

 

 ほぼ同時のタイミングで火を付け、熱戦の火蓋が切って落とされた。 お互いに向きや態勢、風の向きを読み、そして全ての神経と意識を花火を持つ手に集中させる。

 

(焼肉はもらうぞ……今宮!!)

(悪いな亮。 この勝負俺が貰う!)

 

 違う意味でも、この2人は変な闘志を燃やしていた。

 

「なんだあの2人……やけに真剣に線香花火をしてるな」

 

 目が充血しそうな勢いで見開いてるし、勝負でもしてるのか?

 

「……っ、くぅー…………」

「…………!?」

 

 開始から数分。 わずかな指の動きで花火が揺れ、友沢の火が地面に落ちた。

 

「いよっしゃあああああ!! 俺の勝ちだなー!」

「………………くそっ……!」

「それじゃあ友沢君? 約束をきっちり守ってもらいましょうかねー」

「……ああはいはい。やればいいんだろやれば」

 

 あーあ、短い人生だったな。 振り向きざまにエルボーくらわされるか、それともリハビリ明けの足をやられるか、とにかく覚悟を決めて行くしかない、か……。

 

「涼子、その花火取ってくれない?」

「いいよー、はいどうぞ」

「ん、ありがとね」

「聖ちゃん線香花火とっても上手だね。 羨ましいなぁ」

「小さい頃はよくお父さんとやっていたからな。 コツさえ掴めば簡単だぞ」

「浴衣姿で花火してる聖が容易に想像できるわね」

「確かにそうね! 聖ちゃんはこの中で1番大和撫子だもん」

「……言い過ぎだ」

「もー、聖ったら照れちゃって」

 

 幸いにも今橘は花火に夢中で全然こちらに気付いていない。 どうせボコボコに殴られるならより確実に済ませてやられるしかない。

 

(地面が砂で助かったな……)

 

 足底が砂で沈むため、足音が聞こえにくいのが助かる。1歩、また1歩と慎重に橘へと近づく。 届く距離まであと5歩程といったところか。 ゆっくりと……ゆっくりと……ゆっくりと……。

 

(ふぅ……悪く思わないでくれ橘っ!)

 

 橘とはほぼ射程距離を捉えている。 せめて傷つかないよう、そっと腕を伸ばして包もうとしたその時だった−–−–−

 

 

「きゃあああああああああ!!!!」

「!?、ぶはっ!!」

 

 なっ、何だっ……突然驚いて俺の方に突っ込んで来たぞ……しかも橘の頭が俺の頭と当たって芯に響く……ってぇー……。

 

「いったた……」

「なんなんだいった−–−–−」

「え−–−–−」

 

 言葉が、出てこなかった。

 橘の体当たりを不意にもらったからでない。 橘と俺が今、超が10個付くほど体と体が密着しているからである。 右を向けば水色の髪が俺の頬を擦り、腹に意識を向けると何やら柔らかい膨らみが当たっているのが分かり、彼女の左手は俺の右腕を偶然にも掴み、もはや色々と急展開すぎて思考が完全に停止してしまった。

 

「あ……だ、大丈夫、か……」

「っ……うん……アンタは……?」

 

 何とか言葉を紡ごうと口を開くが、心臓が吐きそうなくらいに痛く、自分でも分かるくらいに顔が赤くなる。

 どうなってんだ俺……今までこんなに興奮したことはないのに……。

 

「俺は大丈夫だ。 その、なんだ……色々とごめん……」

「う、ううん。 私が悪いから……気にしないで……」

 

 気まずそうに、そしてどこか名残惜しそうに橘が離れる。

 

(うわー……みずきちゃんいいなー。 私も大地にあんなのやられたら……)

(わ、私だったら恥ずかしくて死にそうだ……でも少しだけ羨ましいぞ!)

 

 女子2人はそんな光景をなぜか羨ましそうに観察していた。

 男達は花火に夢中で気づかなかったのが本当に良かったよ……。 とりあえずさっきからクスクス笑ってるあのセカンドは後でかならず地面に埋めてやろう。

 

「ところで……なんでそんなに驚いたんだ?」

「だっていきなりゴギブリみたいなのが現れて……」

「ゴギブリ? ちょっと待て、それはゴギブリじゃなくてフナムシじゃ……」

「どっちも同じよ!! 早くどっかに捨ててえええ!!!」

「ったく……」

 

 六道と川瀬は余裕だってのに情けないな。 でも……

 

(アイツもあんな感じで驚くことってあるんだな……)

 

 普段見られない橘が見れて、内心どこか嬉しかった自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花火を終えた俺たちは枕投げやトランプ、元々置いてあったパワプロ最新作の対戦やらで盛り上がり、結局皆が完全に寝たのは1時過ぎだった。 花火の後で友沢が今宮を追いかけ回したり、みずきちゃんの様子がどこか変だったのが少し気になるが、中々に面白かった。 特に2イニング制のパワプロトーナメントはかなり盛り上がった。 普段ゲームをあまりやらない聖ちゃんや笠原や岩下も楽しんでたし、1番面白かったのは意外にも八木沼がめっちゃくちゃパワプロが上手くてみな絶句していたことだ。 一回戦で当たった涼子なんて1イニングで8点も取られてて拗ねてたからな。 歴代の作品を殆どプレーしていただけのことはあるぜ。 もしかしたらパワプロの全国大会的なのに出たら優勝できるんじゃないのか?

 

「……夜風が気持ちいいな」

 

 俺はと言うと、夜にはしゃぎすぎたせいで寝れず、砂浜に設置されていたベンチに腰をかけて夜の海を1人でボーッと眺めていた。

 時々吹く風が心地よく、これまでの疲労を癒してくれるようだった。

 

「なーにしてるの?」

 

 聞き慣れた声が聞こえて後ろを振り向くと、そこには涼子が立っていた。

 

「ちょっと眠れなくてな……ここで風に当たってた」

「そうなんだ。 あ、隣座ってもいいかな?」

「え? ああ、構わないが……」

 

 ありがとう、とニコッと微笑みながら涼子が隣に座る。

 

「?……どうしたの?」

「あ、いや……」

 

 どうしたのって……今の涼子の格好がだいぶラフ過ぎて目のやり場に困るんだが……。

 ミゾット製の黒ジャージを着ている俺に対し、涼子の姿は白色のフリルの付いたパジャマ。 前かがみになると前の襟から女性特有の膨らみが見えそうだし、シャンプーの甘い香りが俺の中の変なスイッチを入れそうで色々とヤバイ。

 

「涼子も女の子なんだなぁってね」

「ふふっ、どういう意味よ」

 

 そのまんまの意味だけどなぁ。

 つまりお前が可愛くてしょうがないんだよ! とは恥ずかしくて言えないから遠回しに伝えたつもりだ。

 

「それにしてもさっきのパワプロは面白かったな」

「うーん、面白かったけど八木沼君が強すぎて途中から萎えしかなかったよ……お父さんとよくやってたからそれなりに勝ち進めるんじゃないかと思ってたのになぁ」

 

 はぁ……と悔しそうに涼子がため息をつく。

 俺もあかつき小にいた頃は猪狩兄弟の家でたまにやらせてもらったけどアレ一度負けるとヒートアップしすぎて勝つまでやりたくなっちゃうんだよ。 だから涼子の気持ちも何となく分かるぜ。

 

「……ねぇ大地」

「なんだ?」

「もうすぐ始まるね、甲子園」

「甲子園……か」

 

 スポーツニュースや雑誌を見ても、どこもかしこも明後日にいよいよ開幕戦する夏の甲子園大会の話題でもちきりだ。

 1番の優勝最有力候補は何と言っても猪狩を筆頭とするあかつき大付属だ。既にドラフト上位指名が確実視されている一ノ瀬、二宮は当然、2年生ながら4番に座る七井アレフト、俊足巧打の八嶋、守備の名手六本木などなど……猪狩以外にも実力と話題性を重ね備えたタレントは数多く在籍している。

 そして強肩強打の最強キャッチャーも−–−–−。

 

「今年は帝王が俺たちの分まで頑張ってくれるさ。 真島さんだって前に友沢の見舞いに来た時に謝りながらお前らの無念も背負ってあかつきを倒すって意気込んでいただろ? きっとあの人なら大丈夫さ」

「真島さん……いつのまにか私たちよりも遠い存在になっちゃったね。 試合だって私は真島さんを一度も抑えられなかったし、失点だって少ないわけじゃない。 やっぱり私ってダメなんだなぁって痛感したよ」

 

 珍しく涼子が心の底にあった弱音を吐いた。

 帝王相手に6回途中2失点。 相手が相手なだけにこの結果なら充分なはずだ。 でも、彼女は決して満足しなかった。 1番に抑えなければならない4番には全打席にで安打を打たれ、みずきちゃんにも苦しい場面でマウンドを譲ってしまった。 自分がエースナンバーを背負っている以上、その責任は他の投手とは比べものにならないくらいに重大だ。 誰よりもそういった部分に敏感な性格だからこそ、つい弱音が出てしまったんだろう。

 バッテリーを組んでる俺にも涼子の辛さや重圧は知っている。 けどな−–−–−

 

「涼子は全然ダメなんかじゃないよ」

「え−–−–−?」

「あの相手に2失点しか取られてないんだぜ? 全然凄いじゃないか。 まぁ後半に差し掛かった所で失速したのは否めないけど、それでもお前は今の自分の中で出せる全ての力を出し切って立派に投げた、俺はそう思うぞ?」

「大地……」

 

 あの試合が終わってから、他のメンバーもだが、涼子はより練習に没頭するようになった。 怪我で練習に出れない友沢から自分の弱点や修正すべき点を洗い出して早速改善に努めていたし、それを他の仲間の分も独自でノートにまとめて俺に見せに来たりもしていた。 あの時は本当に驚いたよ。 普通自分のチームメイトの細かいデータはキャッチャー兼キャプテンの俺がやらなきゃならない仕事なのに、俺がやる前に涼子が先にやってたんだから。

 そんな奴がダメな投手だなんて、他の奴が認めても俺が絶対に許さない。

 

「お前はチームで1番負けず嫌いで、勝利に対して貪欲な選手だ。 俺はそんなお前が大好きだし、これからもそうであってほしい。 だからさ……もっと自信を持て。涼子はウチで1番のエースなんだからさ」

「……うぅ……う、ん……」

 

 ポツリとこぼれ落ちる一滴の涙。

 やっぱり、お前はずっとプレッシャーと戦い続けてたんだな。 猪狩だってそうだ。 甲子園での奪三振記録や連勝記録も何も知らない奴からすれば凄い、の一言で片付いてしまうが、その裏には凡人には理解し難いくらいのプレッシャーや責任がのしかかっている。

 それらに潰されそうになって逃げたくなるかもしれない。 でもそんな時に支えになるがチームメイト、そして1番の相棒であるキャッチャーなんだ。

 

「ありがとう……大地」

「ああ。辛いときは俺に弱音を吐け。 人間ってのは心に溜まってるものを吐き出せば気持ちが楽になることだってあるんだぜ?」

「そっか。じゃあ……神奈川に帰ったら一緒にご飯を食べに行きたい♪」

「はぁ? おいおい、俺の言ってたことちゃんと聞いてたのか?」

「えー、大地とはご飯をゆっくり食べながら色々と話したいことがあるのにー……」

 

 むー、と頰を膨らませながら拗ねる涼子。

 全く……こうなると頑固だからなぁ。

 

「……はいはい。 ただし変なことだったらすぐ帰るからな」

「ふふっ、それは大丈夫だよ。だって話したいことって秋の大会に向けてのトレーニングについてだから」

「おー、それはいいな。 なら聖ちゃんと友沢も誘うか。 もう1人のキャッチャーと天才もいた方が絶対−–−–−」

「それはダメ!!!!」

「うおっ!?、どうして?」

「ふぇ? だってそれは……その………」

 

 モジモジと言葉を濁らすせいで最後の方が聞き取れない。 もっとはっきり言ってくれないと分からないぞ。

 

「大地と……2人きりの方が良い…から……」

「っ!?」

 

 そんな近い距離で照れながら頼むとか反則すぎる……っ!

 堪らず俺は視線を海に向け、必死に自分の鼓動を抑える。 落ち着け……間違っても変なことは考えるなよ。 例えば微妙に見える涼子の胸元とかスレンダーで綺麗な脚とかその髪先をいじる仕草とか……

 

「ってああああああ!!! ダメだっていってんだろぉ!」

「だっ、大地!? 大丈夫?」

「はっ! あぁ……ごめん……」

「急に叫ばないでよもう、ビックリするんだから」

「……すいません」

 

 自分が変態過ぎて最悪だよ……はぁ。

 

「で、さっきの話なんだけど……」

「あーもう分かった! 2人で行こう! だからこの話は終わりだ! 戻るぞ!」

「えぇ!? なんか嫌々了承してない!?」

(これ以上涼子の隣にいると理性が崩壊しそうで危険すぎるんだよ!)

「え、なんて?」

「なーんーでーもーなーい!!」

 

 時々すっごく可愛くなるの、本当にやめてほしいぜ……。

 本人からすれば無意識なのかもしれないけど、それを受ける俺からすると心臓に悪いだけだからさ。

 まぁそれくらい俺が彼女を好きだと思ってるからこその感情だから悪くはない、と思うことにする。

 

 

 

 

 

 

(もしかして私のパジャマ姿に照れてたりするのかなぁ……)

 

 そうだと買った甲斐があって嬉しい。 大地なら喜んでくれると思ってこの日の為に奮発して買ったんだから! それにいつもより甘えた感じの声で大地の側にいればイチコロだってお母さんが言ってたから試してみたけど……どうやら多少ではあるが効果はあった様子だ。

 

(……ありがとう、大地。 さっき慰めてくれたことは心から感謝してるよ)

 

 甲子園が始まり、それが終わると直ぐに秋の大会が始まる。

 敗れたチームはもう秋に向けて始動している。 私もタチバナのエースとして絶対負けられない!! 今度こそ甲子園大会の出場権を得るんだ!!!

 

 

 

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