Glory of battery   作:グレイスターリング

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第四話 vs帝王リトル

 どこまでも透き通った青空。まさにスポーツ日和の陽気な天気だな。

 今日は日曜日──。待ちに待った帝王リトルとの練習試合の日だ。相手は昨年の神奈川大会の覇者。つまり、今シーズン最大のライバルにもなる強敵だ。

 ここ一週間、ひたすら監督の指導のもと横浜リトル流のハードな練習を積み重ねてきた。しかもあの日以来、涼子とはバッテリーとしての仲も深まってきている気がするし、今日は少しでも成長した所を発揮して活躍したいぜ。

 

「どう?横浜リトルのユニフォームは」

「ああ…デザインした人のセンス、いいな」

 

 オレンジとホワイトを基調とし、帽子にはYL(Yokohama Little)としっかり標示されていた。

 暁の時と比べて基本色がブルーからオレンジに変わったため自分に合うか心配だったけど…どうやらオレンジも満更悪くないね。

 

「あっ、来たんじゃないかな?」

 

 グラウンド後ろの駐車場、中型ぐらいのバスが一台停まった。

 いよいよ帝王リトルのおでましか──。バスの扉がプシューと開くと、中から選手達が次々と降りてくる。

 …さすが前年度王者。全国で猪狩と対戦した時よりも強豪チームとしての貫禄に磨きがかかってるな。特に猪狩と白熱した投手戦を繰り広げた帝王リトルのエース『山口 賢』は帽子奥底の眼がギランッと光ってるし、その姿は並の幽霊より怖いって……。

 

「樫本さん、今日は一つ勉強させて頂きますよ」

「いえいえ。こちらこそ今日一日よろしくお願いします」

 

 両陣営の監督が笑顔で挨拶を交わす。樫本監督のサングラスしてからの笑顔って似合わないな…はははっ。

 

「野手は15分間シードノック、一ノ瀬は川瀬の肩作りを手伝え」

 

 おっと、俺はシードノックしないのか。まぁ知ってたけどな。

 今日は寿也がファースト固定。ってことはこの試合での失点は俺の責任にもなる。あ~…そう考えるとかなりプレッシャーがのし掛かるなぁ。

 

「大地君、早くアップしようよ」

「ん、ああ、ごめん」

 

 試合前からグダグダ考えてても仕方ない。とにかく今日の俺の仕事はこのピッチャーを無失点でリードさせること、更に打席でもチームに貢献すること。これらを守れるようにせねば。

 まずは新チーム初試合を幸先よく勝利でスタートしてやるぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったより調子は良さそうだね」

 

 三塁ベンチ帝王リトル側──。準備体操を終えたナイン達が横浜リトルのシードノック風景を見ている。

 

 

「そうだな。ノックを見る限りはウチと対して実力は変わらないし、蛇島も結構キツいんじゃないか?」

「クックック…僕がこの程度でキツいわけないじゃないか。むしろ叩き潰してあげたいくらいだよ。君も山口君から先発を取られて悔しくはないのかい?」

「ふん、俺はいいさ。内野手としても一流のプレイヤーを目指したいからな」

 

 若干悔しそうな顔を見せながら金髪の少年は答えた。山口からエースナンバーを取られ、それをストレートに言われては強がるのも無理はない。

 

「なんだかんだ言ってもウチには君や山口君、それに秘密兵器だってスタンバイしているからね。まず負けるはずはない」

「秘密兵器…か。まだ実践経験は無いだろうけど、登板機会があれば一泡吹かせてやることはできるかもな」

「友沢、蛇島。ウチの番になったから早く準備しろよ」

「「はい」」

 

 一つ上の先輩に促され、二人は急いでグラブを用意して自分のポジションに入ろうとする。

 

(ん……アイツは…?)

 

 友沢がショートに就こうとしたとき、一塁側横浜リトルの先発ピッチャーが投球練習をしているのが目に入った。

 が、彼が注目したのはピッチャーの方ではない。

 

「オッケーオッケー!ナイピッチ!」

(あの捕手…どこかであった気がするな……)

 

 目線の先に写ってる姿は女投手のボールをキャッチする捕手だ。確か前に俺達と対戦したことがあった気がするけど……誰だっけな?

 

「おい友沢、早く守備に就けよ」

「……はい」

 

 …まぁいいさ。今は誰かを忘れていても試合になれば分かることだ。

 現時点で確認できたのは捕手だってことだけ。でも一人、心当たりが有るには有るけど………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではこれより、横浜リトル対帝王リトルの練習試合を行います。相互に礼!」

『お願いしまーす!!!!』

 

 キャプテン同士が礼をする。それを見て俺達も一礼をした。

 ジャンケンの結果は帝王リトルが先行となりこちらは後攻。まずは涼子と一緒に帝王打線を無失点で切り抜けなきゃな。 

 まぁでも、涼子の調子は悪くなさそうだったし、案外良いところまで行けそうな感じもする。ストレートのノビは許容範囲だったし、カーブや自慢のムービングもキレていた。俺もここ一週間でムービングの捕球練習を積んだから、初めの頃よりはミスの量が大幅に激減している。

 あとは緊張しすぎなければいいだけだ──。

 

 

 

 横浜リトルのオーダーは、

1番ショート 伊達

2番セカンド 村井

3番キャッチャー 一ノ瀬

4番サード 真島

5番ファースト 佐藤

6番センター 関

7番レフト 松原

8番ライト菊池

9番ピッチャー 川瀬

 

 監督が先週発表した通りのオーダーだ。

 

 

 

 帝王リトルのオーダーは、

1番センター宮國

2番ファースト後藤

3番ショート 蛇島

4番セカンド 友沢

5番キャッチャー 米倉

6番レフト 猛田

7番ピッチャー 山口

8番サード中畑

9番ライト栗林

 

 注目はなんと言っても4番とエースの二人。

 友沢はセカンドながらも本職はピッチャーの二刀流選手。驚異的なミートセンスに好守好走の3拍子を揃え、投げては百二十キロに迫る高速ストレートに切れ味抜群のスライダーを投げてくる化け物だ。今日は先発じゃないってことは、途中リリーフの可能性が大きいかもしれないな。うわぁ~マジで勘弁してほしいぜ。只でさえ先発が山口だってのによ。

 

 

「よし、全員集まれ」

「集合!」

 

 真島キャプテンの集合に全員がはいっ!と返事をして監督の周りに集まった。

 

「いよいよ今シーズン最初の練習試合が始まる。まずはこの試合、必ず勝って夏の大会に弾みをつけろ。いいか!」

『はいっ!!』

 

 そうだ。全国で猪狩が待ってるっつうのに、こんなところで負けるわけにはいかない。相手が帝王でも自分達の野球をすれば必ず勝てるはずだ。

 

「んじゃ、円陣組むぞ」

 

 キャプテンを真ん中に囲み、ナインがガシッと強く腕組みをする。

 やっぱ良いな、試合前の円陣ってのは。気合が入るってもんだ。

 

「去年の敗北から俺達は強くなった。今日は新生横浜リトルの力、帝王リトルに見せ付けてやろーぜ!!」

「おうッ!」

「はいっ!!」

「ああ!!」

「よっしゃ、この試合絶対勝つぞっ!!ファイッ!!」

『オオッーーーーッ!!!!!!!』

 

 円陣を終え、各選手ポジションへと就く。

 審判からボールを貰ってマウンドへ駆け寄った。

 

「涼子、あんまり緊張するなよ」

「ふふっ、私は大丈夫よ。大地君こそパスボールしないでよね」

 

 ふーん…どうやら緊張はしてないようだな。今年初試合だからドキドキしてんじゃないかと思ってたけど、メンタルは強くてなによりだ。

 

「おう。じゃあストレート・カーブ・ムービング、それぞれ2球ずつ練習で」

「分かったわ」

 

 キャッチャーサークルに戻り、ミットを構える。投げ込まれたボールはストレート。

 帝王ベンチからは涼子の投球フォームを見て、『あれってメジャーリーガーの…』とか『ギブソンのモノマネかよ』などいろんな声が聞こえる。

 彼女がモノマネだけに覚えたフォームか、本場アメリカで努力して覚えたフォームかは、打席に立てば分かることだぜ。

 

「ボールバック!セカンド送球行くぞ!」

 

 サードとライトがボールを戻し、セカンドが準備できたのを確認して涼子にボールを投げさせた。素早い捕球から丁寧なスローイング。ボールは低い弾道を走ってピッタリセカンドベースに届いた。

 バッティングやリードだけじゃ捕手っていうポジションは務まらない。こうやってランナーが出た時のためにスローイング力も付けておかなきゃ刺せないしね。

 

「まずは初回!0点で終わらせようぜ!!!」

『オオッ!!!』

 

 投球練習が終わり、一番バッターの宮國が左打席に入った。背丈が小さめでバットをあんなに短くして持ってるってことは、足は結構速そうだな。恐らくゴロで内野安打を狙ってくる可能性が高い。

 

(ここは外角に高めにストレートを使おう。あんまり変化球見せすぎても二打席目が大変だし、生半可な打ち取り方じゃ内野安打にされそうだからな)

 

 元気よく頷いてプレートを踏んだ。ガバッと左足を強く蹴りあげて猫背になる。その反動を使ってサイドスロー気味にボールがリリースされ、パンッと綺麗な音を立ててミットに収められた。

 

「ストライッ!」

「オッケーナイボッ!」

「うんっ!」

 

 笑いながらボールを取った。余裕があって何よりだぜ。

 一球目からはさすがに振っては来ないか。粘って球種を探ろうとしても、俺はクリーンナップまでは変化球は使わないつもりだってのにね。

 

(次は内角にストレートだ。多少甘くてもいい。とにかく目一杯投げてこい)

 

 帝王リトルなら間違いなく甘いコースに投げては長打されるケースが高い。

 ──が、涼子の場合なら左打ちに内角は充分な驚異になる。

 テンポよく振りかぶり、ボールはやや真ん中よりの内角に向かって進む。 

 宮國は待ってましたと言わんばかりに強振するが、ゴキッと鈍い音と共に、ボテボテのサードゴロが真島キャプテンへと転がる。

 

(っ!……なに!?)

 

 真島キャプテンが冷静にゴロを処理し、一塁へ送球。寿也が両手でしっかり捕ってアウト。

 よっしゃ、まずは一番を簡単に抑えたぜ。

 

 

 

 

「何故ヒット出来なかった?」

 

 悔しそうにベンチへ戻る宮國を見て、蛇島が吐き捨てるように声をかけた。

 

「……球が…変な角度で食い込んで来やがったんだ」

「角度?ぷっ、それが凡打に終わった言い訳かい」

「あ?何だと?!」

「お前らなにやってんだ!!!試合中だぞ!!」

 

 一瞬即発の二人を帝王リトルのキャプテン、米倉が止めに入った。宮國はチッ、と舌打ちをして荒々しくベンチに座った。

 

「宮國」

「なっ、なんだよ友沢」

「お前が体感したその錯覚。アレは『クロスファイヤー』と言われる投球術だ。」

「く、クロスファイャーぁ?」

「ああ。見てれば分かるさ」

 

 

 

 

 続く2番の後藤が同じく左打席へ立つ。

 重心を低く構え、バットを横に寝かす独特のフォーム。どんなバッターかは知らないが、宮國同様にミート力はあると見ていいだろう。

 

(コイツも徹底的に内角攻めだ。一球目は低めに入れて詰まらせる)

 

 サインにコクリと頷く。

 先程と同じく内角一杯にストレート。ボールは構えていたミットへドンピシャリ。

 判定はギリギリストライクだ。

 

(ナイスコントロールだな。次は高めに散らそう)

 

 間髪いれずにすぐさまミットを構えた。ピッチング勝負は自分達のリズムで展開を進めていくのが重要だ。特に初回で相手の出鼻をくじけば、攻撃の際にも流れは回ってくる。

 涼子がサインに頷き、サイドスローで投げ込む。

 少しボール球に浮くが、思わず手が出てしまってファーストフライ。

 

「オーライっ!」

 

 寿也が大きく手を広げ、余裕をもって捕球。塁審がアウト宣告をして早くもツーダンとなった。

 今のところは理想通りの組み立て方だ。変化球はここまで一度も使用してないし、球数もまだ四球しか消費してない。

 やっぱ涼子のクロスファイヤーが効いてるみたいだな──。

 

 

 

 

 

 五日前──

 

「クロスファイヤー?」

「そうだ。やってみないか?練習は付き合うぜ」

 

 使おうと決めたキッカケはこれまた単純なものだ。

 毎月出版されてる野球週刊誌『パワスポ』を読んでいたとき、たんぽぽカイザーズ期待のルーキー、神童裕二郎選手の特集が掲載されていた。

 最初は興味本位に読んでいたが、その記事の中で神童選手はこう言っていた。

 『自分がプロのマウンドへ立てれるのは、今の投球フォームを身に付けたお陰です』

 続けてインタビューをしていた記者が、その投球フォームとは何なんですか?と質問を振ってきた。それに対する神童選手の答えが『クロスファイャー投法ですね』と笑いながらの返答。

 ──これが“クロスファイヤー”を知るキッカケとなった。

 パワスポに載っていた投げ方をくまなく読んで読んで読みまくり、一晩かけてクロスファイヤーの8割をほぼ理解した。

 利き腕とは逆の打者に特に有効であること、サイドスローはより角度がつきやすいこと。もしかすると涼子にとって最大の武器にもなるんじゃないか?そんな簡単な思いつきでクロスファイヤーの練習を勧めてみたが、涼子自身も賛成してくれた。

 まだまだ荒削りな点も目立つが、それでも試合前までに間に合わせることができたのだ。

 

 

 

 

 

 さて、話は戻ってツーアウト・ランナー無しから。

 向かえるバッターは3番の蛇島。

 

「クククッ…よろしくお願いしますね…」

 

 なんだ?コイツから感じられるドス黒い雰囲気は…。紳士な顔を演じながらも裏の顔は悪意の塊…何故かそんなイメージしか伝わってこないな。

 

(まぁいいや。取りあえずここからはクリーンナップだ。そろそろ変化球も混ぜながら投げるぞ)

 

 最初は外角低めにカーブのサイン。さすがにクロスファイヤーを多用し過ぎてもヤマ張りそうだし、蛇島は守備も凄いが打撃力もかなりあった。ここは冷静に変化球で様子を見るのが一番だろう。

 ベース手前でククッとボールが逃げる。打者の足元に並ぶ完璧な高さだが、判定は僅かにボール。

 

「あれ?もうクロスファイヤーは使わないのかい?」

(…えっ……?)

 

 蛇島の奴……まさかもう見破ったのか?

 いつかは読まれると思っていたけど、こんなに早くクロスファイヤーが分かるとは…帝王リトルの3番を打つだけのことはあるじゃん。

 

「ま、そんな遅い球じゃ僕には通用しないけどね」

「…なら野球が球速だげが全てじゃないってことを教えてやる」

「ふん。返り討ちにしてあげるよ」

 

 おー怖い怖い。作ったような微笑から、顔がいきなり険しくなったぞ。

 でもな、その台詞を涼子に言ったら間違いなくキレてるぞ。そしてあのとき同と様に強烈なビンタ貰うって…

 さて、そろそろリードに集中しないと。

 

(蛇島のお望み通り、インハイにクロスファイヤーだ)

 

 指でサインを伝え、涼子がキャッチする。

 半ギレ中の今ならこの球種で抑えられるはずだ。コースはリード通りのやや高めインハイ。

 

(バカで残念だよ…貰った!)

 

 何の躊躇もなく蛇島が来たボールに合わせる。それがストレートだったら間違いなく長打かホームランにしてただろう。

 ──残念だが、俺が指示したのはストレートじゃない、ムービングファストだ。

 スイートスポットでボールが若干不規則に落ち、グギィンッと金属バットの打撃音が耳に響いた。

 打球は弱々しくピッチャー前へと転がる。何のイレギュラー もないまま涼子のグラブに吸い込まれ、慎重に寿也へ送球。

 

「アウト! チェンジ!!」

(うっしゃっ!)

 

 心の中で小さくガッツポーズ。立ち上がり、100点に限りなく近い投球内容で締めれたぞ。

 次はバッティングで涼子に余裕をさらに持たせないとな…。

 

「ナイピッチ!調子よさそうだな」

「ふふっ、ありがとう。大地君が好リードしてくれるから私も投げてて気持ちいいよ」

「それは何よりだぜ。このまま完全試合ペースで行くぞ!」

「りょーかい!」

 

 どうだ蛇島、それに帝王リトルのナイン達よ。これが新生横浜リトルのバッテリーだぜ。体が男に勝ってなくても、一人の投手としてマウンドで立派に躍動してるぜ。

 さぁて、今度は山口を打ち崩す番だ!

 

 

 

 

(くそっ……何故クリーンヒットしなかった……タイミングは合っていたはずだぞ…)

 

 この僕が女ごときにコケ扱いされるなんて…。

 非力で体力もない女が調子に乗りやがって……。

 

(見てろよ……次こそは打ち潰してやるからな…)

 

 輝きのない眼に写るのは川瀬・一ノ瀬のバッテリー。拳を強く握りしめ、少年は審判に促されるまでずっと睨み付けていたのであった。

 

 

 

 

 

 一回の表が終了して0-0。

 上位打線を三者凡退で切り抜けたのは大きいな。この勢いを崩さずに点を取っていきたい所だが、相手もエース級のピッチャーを二人も持っている。そう一筋縄に打たせてくれるわけじゃない。

 

「頼むぜ伊達ーっ!」

「塁に出ろよー!」

「おう!任せとけって!!」

 

 意気揚々にバッターボックスへ乗り込んでバットを構える。

 伊達は上から叩きつけるように打って内野安打を狙うバッティングを得意とし、その成功率も7割強をマークしていたらしい。

 確かに妙技とも言える高等技術な技だし、相手側からすると厄介極まりない存在になる。

 ――しかしこれが山口に通用するかは分からない。コイツにも“妙技”とも例えられる魔球を持っているからな……。

 

(横浜リトル……悪いがこれ以上好きにはさせん)

 

 山口が深く振りかぶる。

 しなやかな腕振りとは対照的に、重みある球威で伊達の膝上付近をドスンッ!と通過した。

 

「ストライッ!」

「なっ……!?」

 

 予想外の速さに伊達が絶句する。

 速いだけじゃない、コントロールも抜群だ。相手の膝元ギリギリに百十キロ後半のストレートが的確に飛んできたら驚くのも無理はないな。

 たった一球のストレートを見て確実に分かったことは、去年より球の質が向上したことだろう。…これは先に点を取った方が勝てるかもしれない。

 帽子を整えて二球目──。ほぼ同じ球威のボールがアウトコース甘いゾーンに流れ込む。

 

(今度こそ!)

 

 ベストな打点にまで引き付け、外にめがけて迫るボールを迷いなく叩きつける。

 が、バットはボールよりも約5cm高い場所を通過し、伊達は豪快に空振りした。

 ──これが山口の伝家の宝刀“フォークボール”だ。本来のフォークはストレートとのタイミングをずらすために速さよりも落差を重視して投げるが、山口のフォークボールは他と一味ちがう。

 百キロ台の速さで打者のスイートスポット1m前からカクンと逃げながら落ちる、超高速フォークである。変化量は僅かに劣るも、それでも充分過ぎるほどに三振を狙える球だ。

 

(落としやがったな…。だったら俺も更に角度をつけて叩くまでだ!)

 

 グリップの一番上を握り締めて再び打席へ立つ。

 あくまでも自分のスタイルを貫くつもりか。雰囲気からして次で仕留めにくるはずだ。だったらフォークにヤマを張るのが一番だと思うが果たして…?

 山口がサインに頷いてワインドアップをつくる。ダイナミックなフォームから頭で見えにくい場所てリリースされる。球種は読み通りフォーク。 

 懸命に追い付こうとするも、今度は“大きく変化する“フォークで三振に倒れた。

 

(さっきよりも変化量が増した…?認めたくはないがつまり…)

 

 山口は凡打専用と三振専用のフォークを巧みに使い分けができるピッチャーってわけだ。

 普通のフォークさえリトルではあまり使われない変化球なのに、こんなに多用されてしかも二球種用意がしてあるとかなりめんとくさいぜ。

 

「悪い、どうしても当たらなかった」

「ううん。そのお陰でフォークの正体はつかめられた。俺が代わりに打ってきてやるよ」

 

 ヘルメットを被ってネクストサークルへスタンバイ。

 続くバッターは六年生の村井さんだ。俺からの願いはできる限り粘ってもらい、少しでもフォークのタイミングを計りたかったが、二球目の高速フォークを引っ掻けてピッチャーゴロで終わった。

 

( いくらなんでも早すぎっすよ!!これだけじゃタイミングがとれないってのに~!)

 

 愚痴ってても始まらない。間近で堪能すればまた違う見解ができるかもしれないし、最初は頑張って食らいつこう。

 

「お願いします」

 

 ヘルメットを外して深々と頭を下げる。さて…一泡吹かせてやるか!

 

(とは言ったものの、フォークを完璧な位置で捉えるのはまだ厳しい。初球は完全にストレート読みでヒットさせる)

 

 カウントされてない今しか大胆なヤマは張れない。ならキツくならないうちにこういう事を試した方が得策だ。

 涼しい顔を見せながら投じた初球はインハイ高めのストレート。

 張った通りのストレートだが、肩よりほんの少し低い厳しいコースだ。

 カアァァンッ!!と芯に響く音が鳴るも、打球は三塁線を大きく切れるライナー。

 力みすぎて振るのが早かったか。せっかくジャストミートしたのにもったいないことしちゃったな。

 

(伊達や村井さんに対しての配球によれば、次の二球目は高速フォークを投げていた。クリーンナップに対してキャッチャーがどんなリードしてるか分からないけど、中途半端に向かい打つならこれも張って打つ!)

 

 腹をくくり、高速フォークをが来るのを祈って構える。

 バッテリー間は長い間合いをとり、ようやくサインに頷いて投げ始める。

 ──球筋をよく見るんだ。

 ボールはストレートよりも回転数が少ない。つまりこれはフォークだ!しかも球速が高いってことは高速フォークの可能性大のはず。

 真ん中から低めへ落ちるボールをフルスイング。ガコンッ!と弱々しく打球がセンター方向へ飛んだ。カスい当たりが幸いして、センターはショートバウンドでの捕球を余儀なくされた。

 

「ナイスバッティングー!!」

「真島さんも続いてくれー!」

 

 ふぅ…なーんとかポテンヒットにはさせたぜ。もっと強く打てると思ってんたんだけど、ネクストで見てたよりも落ちてきやがったから正直驚いたな。

 

(さて…監督のサインは…)

 

 特にバントや盗塁はなくて自由に打て、か。真島キャプテンはチームの中で1、2を争うバッティングの持ち主だ。2-3になるまではキャプテンを信じてみるとするか。

  ワインドアップからセットアップに切り替えた一球目──。アウトコース低め一杯のエグいコースにフォークが落ちるが、あまりの落差にキャッチャーの米倉が後逸する。

 

「ストライッ!」

 

 今のでもストライクなのか。フォークじゃなきゃ普通のアウトコースだったから入ってないことはないが…。

 監督の指示は変わらず二、三球目は高速フォークが低めに外れて1-2。

 ランナーがいるのにフォークをこんなに多く使用するってことは、相当キャプテンの打撃力を警戒しての配慮だろう。

 

(ん……あれは………)

 

 監督が腕の仕草でサインを送る。

 送られてきたサインは、盗塁──。山口の慎重さに漬け込んで惑わすのか。よーし、足はそれほど遅くないから後はキャッチャーの肩次第だ。

 目をチラチラさせて警戒している素振りをする山口。キャプテンに集中してランナーをあまり気にしてないなら、俺を刺せるはずがないぜ。

 素早いクイック。もう牽制がないのを確認した瞬間、大きく右足を踏み出す。

 山口が投げたのは、落差の大きいフォーク。クイックからの難しいフォーム、このタイミングで俺が走ったという衝撃が重なり合ったのか、コントロールが乱れてまたもやバックネットへ逸らした。

 

(このチャンスを待ってたんだよ!)

 

 二塁ベースを蹴り、米倉がまだ捕球している最中なのを判断して三塁ベースへ滑り込んだ。

 

「セーフ!!」

 

 俺はたまらず塁上でガッツポーズをした。ここまで計算しつくしてこんなサインを出すなんて…やっぱ監督は凄い人だよ。

 カウントは1-3。ここまで来ればワイルドピッチや後逸を恐れて容易に難しいフォークは投げないはず。

 その予想通り、5球目はインハイに切れ込むストレート。山口にしては全然甘いコースだ。

 キャプテンは瞬時にオープンスタンスへチェンジして、冷静にレフト方向へ引っ張った。

 ショート友沢が果敢に飛び付くが、ボール3個分の長さが足りずにヒット。その間に余裕で俺が生還し、ついにこの試合初めての得点が入った。

 

「やったわね!!まずは初回先制よ!」

「ああ、これは大きいぜ」

 

 ハイタッチで涼子が出迎え、監督が小声で「ナイスランだ」と褒めてくれた。はははっ、なんか照れるな~。

 

 

 

 

 

 

「審判、タイムをお願いします」

「タイム!!」

 

 見かけた米倉が主審にタイムをお願いし、山口の元へとかけよった。

 

「山口、その……すまない。俺のリードとキャッチングが下手くそなせいで……」

「いや、悪いのは俺だ。ランナーがいたのに無警戒のままフォークを投げたり、盗塁されただけでリズムを崩されたりした俺の責任だ」

「山口…」

「とにかく次のバッターも強打者だから警戒していこう」

「そうだな。リードも改めてみるぜ」

 

 話を終えて定位置に戻る二人。どうやら作戦の算段をつけたっぽいな。

 ここからどうリードを変えてくるかも注目だ。

 

(大地君や真島さんも頑張ってるんだ。僕だって続いてやる!)

 

 素振りをしながらやる気満々に打席へ入る。顔も引き締まってるし、きっちり打ってくれそうだぜ。

 ロジンバックを叩きつけ、寿也に対して初球が投げられた。

 真ん中よりやや高めのコースから、低めへと逃げるフォーク――。

 キャッチャーが捕球したのを見て、審判は右手を上げた。

 

「ストライク!」

 

 初球からフォークを使い始めたか。今までの打者に対してはストレートで初球を勝負してたが、やっぱ散らしてくるか……。

 ゲージを出て大きく深呼吸を吐き、再び戻った。

 フォークを見逃した時の寿也の顔、驚嘆に道溢れた顔してたからな。一度初心へ戻るために呼吸を整えたんだろう。

 早いテンポからの二球目は決め球のフォーク。外側に鋭く落ちるが、逆らわずに右へ流し打った。

 こちらも鋭く打球が飛んでいくものの、一塁線へ切れてファール。

 

(おっしい!あと少し右だったらフェアなのに)

 

 あぁ~っと一塁ベンチから多くの溜め息が溢れ出る。それほどいいバッティングを寿也は魅せてくれた。

 

(俺のウイニングショットを流し打ちしただと……ふっ、さすが横浜リトルだ。そうこなくっちゃ面白くない)

 

 長打を想像させる打撃を魅せてくれるも、ボール球の高速フォークを振らされて三球三振。

 健闘虚しく、この勝負の軍配は山口に上がった。

 

「ごめん…結局全然打てなくて…」

「何言ってんだよ。あんなまともにフォークを打てたのは寿也だけだろ?だから自信持てって」

「……そうだね。次は守備だから大地君と涼子ちゃんも頼むよ!」

「任せて!このまま無失点で終わらせるわね!」

 

 ドーンと胸を叩きながら涼子が答えた。

 おおっ、今涼子が頼もしく見えたぞ。もしかすると完全試合とか……って一瞬思っちゃったけどこの回最初のバッターがこの人とは……

 

「友沢~!一発打てば同点だぞー!」

「繋いでくれよー!」

 

 よりにもよってコイツですかい。俺、友沢とあんまりいい思い出がないんだよねー。

 だって去年対戦したときはどのコースをリードしても、全部打ち返してきやがったからなぁ……唯一のトラウマだぜ。

 

(でもあの時は猪狩で今は涼子なんだ。また猪狩とは違うって所を見せてやるぜ、友沢)

 

  マスクを被って俺の用意が完了したのをチェックして友沢が左打席に立つ。

 ケースの後ろへ移動すると、顔を俺の方へ向けてぼやいた。

 

 

「お前…暁リトルにいた一ノ瀬大地か?」

「…………えっ?」

「ふっ、やっぱりそうだったか。ここでお前と出会うとはな、まさかクビにされたのか?」

「……どうだかね」

 

 友沢の冗談を素っ気なく返した。

 今はお前を打ち取ることしか考えてないからな。悪いがギャグをかますのは試合後にしてもらうか。

 

(さて、と。コイツ相手に小細工は通用しない。初球からムービングで責めてくぞ)

 

 中途半端なカーブやストレートより、安定して凡打を狙えるムービングの方が効果的だし、友沢自身もムービングを間近で体験したことは無いはずだ。

 ミットをやや顔面近く(ブラッシュボール気味)に構える。涼子がサインに少し戸惑うが、俺は変えない。

 

(大丈夫だ、俺を信じろ!)

 

 視線で言葉を送り、涼子が頷く。

 ボールは構えたところ通りに制球されてきた。友沢は素早く仰け反らしてブラッシュボールを避けたが、これが俺の狙いだ。

 

(ボールだったがこれでいい。次の二球目と三球目も同じコースをストレートに)

(ええっ!?またそこへ……?)

 

 今度は誰が見ても分かるくらい涼子が困惑の表情をした。やっぱ躊躇するよな……こんな配球を指示したら。

 でも変えるつもりはないぜ。だって俺は友沢を三振で抑えたいっていう強い気持ちがあるからな。そのための戦略をオレ流に遂行させようとするだけのことだ。

 

「気にするな!顔面にぶつけるつもりで投げてこい!!」

 

 ぶつける──。

 その言葉に涼子がビクンと過剰反応を起こした。ああ、なるほどな。もしかしてギブソンのデッドボールがフラッシュバックしてるんじゃ?

 くそっ、あの時のトラウマをまだ引きずってるのか。

 

「すいません、タイムを」

「タイム!!」

 

 この情緒不安定のまま投げさせたら本当にお陀仏しかねないな。いや真面目な話。

 仕方ない、ここは女房の俺が一肌脱いでやるか。周りからの視線を感じながら、マウンドへ走った。

 

「…涼子」

「あのサインはなにか意味があるの?」

「意味?」

「だってそうでしょ?敬遠させるつもりならアウトコースに外せばいいのに何で……頭を狙って投げなきゃならないのよ…」

「敬遠ねぇ…。ふっ、俺は最初からそんなつもり無いよ」

「えっ、じゃあなんでなのよ!?」

「理由は簡単。俺はあの怪物バッターを正々堂々と三振で打ち取りたいからだ」

「打ち……とる?あんなリードで?はははっ、笑わせないでよ」

「笑いたきゃ勝手に笑え。だけどな、過去の事に逃げて腰抜けなリードするくらいなら、キャッチャー交代を監督に申し出るぞ。そんだけお前が腰抜けピッチャーだってこともな」

「……腰抜けですって?」

「ああそうだ。それが嫌ならミットを信じて投げてみろ。俺は何度も言うが、最終的に涼子が三振で勝ってくれることが何よりの願いだからな」

「……願い………」

「君達、そろそろいいかね?」

「すいません。今戻ります」

 

 ボールを涼子のピッチャーミットに直接挟ませ、定位置へ小走りに戻った。

 果たしてこの気持ちが何処まで伝わったかは知らないが、投げなかったら所詮その程度の決意だったってことさ。

 

(さぁ来い!責任は俺が取ってやるよ!!)

 

 十数秒の間合いをとり、ゆっくりと顔を上げた。さっきと違うところは、迷いだらけの目が勇気ある目へと変化したことだ。

 いい顔つきになったじゃん。やっぱ涼子、お前はスゲーよ。お前のために、全身全霊をかけて捕球してやる。

 そして数秒後──。力強く振った右腕から魂のこもったストレートが黒いヘルメットへと伸びていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合終了のコール、『ゲームセット』を審判が口にしたのは午後十五時ぴったりに針が揃った瞬間だった。

 練習試合とはいえ、互いに尽力しあったよいゲームが出来たんじゃないかと俺は感じた。

 スコアボードの数字を消そうとしたとき、俺はもう一度結果を見てみた。

 

 

 TL 0 0 0 0 1 2  3

 

 YL 1 0 0 2 0 0  3

 

 

 四回に俺が二塁打で出塁すると、真島キャプテンがセンター返しで続く。そして寿也が左中間を抜く適時二塁打を放って二点を追加。

 涼子は四回まで無安打・無四死球・4三振の好投をするも、慣れない先発や体力切れもあって、友沢のソロホームランや猛田のタイムリーヒットなどで追い付かれた。途中からバッテリーを交代してピンチを切り抜けるも、残念ながら引き分けという不本意な結末で幕を閉じた。

 

「…一ノ瀬」

 

 試合用具を片付けしていた後ろから、クールな声で名前を呼ばれた。察しながらも振り向くと、想像通りの人物がそこに立っていた。

 

「勝者が敗者に言う言葉はないって言われてるけど…この場合はいいぜ、用件は?」

「二回に俺の頭部へ当てたストレート。その事だけを褒めに来てやったんだ」

「そうかい。そりゃどうもな」

 

 頭部へ当たったときは大騒ぎになったが友沢曰く、『俺はアウトコースに来るとはっていたらまさかの連続ブラッシュだった。しかも外へバットが出てたから結果はデッドボールじゃない、スイングだ』と。

 三球目も同じコースへストレートが送り込まれるも、胸元ギリギリの高さに決まったストライクゾーン。

 勝負を決めにいった四球目──。アウトコース低めに制球された渾身のストレートを空振りし、三振させた。

 

「あの彼女、お前の事を信頼してたな。まさかマウンドで変なことでも吹き込んだのか?」

「ぶっ、そんなことするかよ。ただチキンになるなよって一言声かけただけだ。全部涼子の実力で奪った三振だよ」

「………でも本音はこだわってたんだろ?猪狩が唯一俺だけを三振できなかったからな。今度こそリベンジを果たすために、あそこまで大胆なリードをしたんだろ?」

「あー…半分合ってるかな?それともう一つはデッドボール恐怖症の治療目的も兼ねてしてみた」

「ははっ、試合後になると芸人以上にボケをかますんだな。ま、今回はそういうことにしておくよ」

 

 これはボケじゃなくて本意で喋ったんだけどな。まぁ意味を教えたらまた面倒な方へ捻れるからいいや。

 

「夏はこう簡単にいかないぜ。俺ら帝王にはまだ秘密兵器が残ってるからな、覚悟しとけよ」

「秘密兵器?」

「横浜リトルがコケなかったら登板できるかもな。じゃあそろそろ戻るな、監督が呼んでるし」

「ああ、またな」

 

 地面に置いてあったエナメルバックを肩にかけ、スタスタとその場を後にした。

 それにしても秘密兵器ってなんだよ。可笑しな響きなんだけど凄い気になるぜ。

 

(夏、か。俺達も負けてらんないな)

 

 猪狩の待つ全国大会へ。強豪犇めく神奈川地区だが、必ず横浜リトルが優勝をもぎ取ってみせる!

 優勝という決意をさらに頑固としてくれた、今日の俺が得たものはそれが一番だっただろう──。

 

 

 

 

 

 

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