Glory of battery   作:グレイスターリング

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第四十話 vs三船高校 覚醒の兆し

 

 十月第二週目。

 ついに秋季県大会の幕が切って落とされた。

 もう一度大会周りの情報についておさらいすると、秋は夏と異なり、優勝と準優勝した高校が県の代表として春のセンバツへ出場できる。つまり甲子園を目指すのであれば最悪、優勝は狙わなくても行けるのだ。

 

 だが俺が引いたクジはどれだけ勝ち進んだとしてもベスト8で帝王、ベスト4に海堂と当たるから事実上は優勝しないと道はないものだった。

 

 しかも杞憂している点はそれだけじゃなかった。

 

「よし、全員集合だ。いよいよ今日が初戦のわけだが、前にも言った通り、今大会は夏とは訳が違う。相手も練習時の偵察や試合の研究、それら分析の末に対策を立てて挑んでくるはずだ。これまで通りに挑めば間違いなく痛い目を見るだろうな」

 

 パワフル高校の撃破と帝王実業との試合で良くも悪くも世間からの注目を集めてしまっている。つまり、厳しいコース攻めやシフト、最悪の場合、敬遠策を打ってくることも予想できるのだ。

 

「ああ。だが向こうがいくら対策を立てようとも、俺たちがそれを実力で上回れば良いだけの話だ」

「そうね。癪だけど私もコイツと同意見だわ」

「周りが研究をしていても、私らも立ち止まってたままじゃない。各々が力を出し切れば、必ず勝てるぞ」

 

 友沢、みずきちゃん、聖ちゃんがそれぞれが頼もしい言葉を返してくれた。

 いらない心配だったかもしれないな、こりゃ。

 

「ん、じゃあこのままオーダーも発表するぞ−–−–−」

 

 

 聖タチバナ学園 スターティングオーダー

 

1番 センター 八木沼

2番 ファースト 六道

3番 キャッチャー 一ノ瀬

4番 ショート 友沢

5番 サード 大島

6番 セカンド 今宮

7番 レフト 東出

8番 ライト 原

9番 ピッチャー 川瀬

 

 

 三船高校 スターティングオーダー

 

1番 ショート 駒坂

2番 ライト 石嶺

3番 ファースト 大林

4番 キャッチャー 小森

5番 ピッチャー 山根

6番 サード 太田

7番 センター 山﨑

8番 セカンド 木村

9番 レフト 峰

 

 

 相手の三船高校も夏の大会では帝王実業に敗れたものの、結果はベスト16。それに、帝王戦以外は全部の試合で5得点差以上離しての勝利をおさめている為、油断は決してできない。

 

「…………」

「ん、どうしたんだ八木沼?」

「いや……何でもない」

 

 妙だな。

 普段冷静な八木沼がこの日は何故か観客席の方を特に気にしている。

 誰か知り合いでも観に来ているのか?

 

「大地」

「おう、どうした?」

 

 あと数分で試合が始まろうとするタイミングで、涼子が俺の肩をポンと叩きながらやって来た。

 

「−–−–−私、頑張るから。絶対に甲子園へ行こう」

「?、ああ……」

 

 どこか意味深に感じられるエースの意気込み。

 気合いが入っているのは確かに伝わったが、どこかいつもの涼子と様子が違って見えた……。

 

 

 

 

⭐︎

 

『プレイボール!!』

 

 午前9時。

 ウチの先行で試合がスタートした。

 

「お願いします」

 

 トップバッターの八木沼がゆっくりと打席へ入る。

 相手のバッテリーは山根・小森のコンビ。が、山根に関しては夏の大会には一度も登板しておらず、データらしいデータが全くない。まだどのレベルのピッチャーなのか不明である以上、まずは球種を探るところから始めるのが先決になる。

 

「しまっていこう!!」

 

 小柄ながらも大きな掛け声でチームを盛り上げる司令塔、小森大介。

 三船高校の新キャプテンを任され、キャッチャーながら4番に座る選手だ。ちなみに夏の大会では本塁打・打点・打率共にチームトップの成績で、帝王実業戦では先発の山口からヒットも放っている。リード面は強打者に対しては安易な勝負はせず、より確率の高い方を的確に選ぶ頭脳的な一面も併せ持つ。

 彼の他にもファースト守る大林も打力が高く、また、ショートの駒坂は名門『パワフルシニア』でも1番ショートを任されていた有名な一年生だ。

 走攻守でどれを取っても侮れない、非常にバランスの良いチームだぜ。

 

 セットアップからスリークォーターのフォームで山根が投じる。

 ボールはインコースギリギリにストライクゾーンへしっかりと収まった。

 

『ットーライクッ!』

 

 球速は124キロとやや遅いが、初球からコントロール良く厳しいコースを突いてきた。

 続く2球目は外角低めへ僅かに外れてボールとなり、続く3球目−–−–−

 

 カキィィィィンッ!!

 

(よしっ!)

 

 内角よりやや低めのストレートを引っ張り、打球はサード線ギリギリを強襲する。打った瞬間に八木沼は抜けたと確信するが−–−–−

 

 バシッ!! 

 

「アウト!!」

 

 サードの太田に逆シングルで上手く捕られ、アウト。

 今のよく捕ったな……サードの反応が良いのか、それと位置取りが良かったのか、とにかくこれはしょうがない。

 

『2番ファースト、六道さん』

 

 静かに一礼し、打席に入る。

 初球はインコース低めにストレートが決まり、ストライク。続く2球目3球目もインコースにストレートへ投じるが両方ボールに。

 

(インコースが多いな……)

 

 続く4球目もインハイへのストレート。

 ヤマを張っていたかの如く聖ちゃんはそのストレートを引っ張る。

 

「!、ふっ!!」

 

 打球は三遊間を襲う強いゴロ。

 が、今度はショートの駒坂が横っ飛びで捕球すると、体を一塁方向へ捻りながら送球した。

 

「あっ、アウトー!!」

 

 これも捕るのかよっ!?

 なんつー守備範囲の広さだ……しかもあれだけ無理な体制ながら一塁への送球はストライクだった。

 このファインプレーには観客席からも拍手が送られ、三船サイドも大いに盛り上がった。

 

「ドンマイ聖、しょうがないわ」

「……うむ」

 

 難しそうな顔をしながら聖ちゃんが戻り、次は俺の打席となる。

 ツーアウトランナー無し。

 今の所ストレートしか投げてない以上、まずは変化球がどんなものか見極めた方が良さそうだな。

 ふぅ、と一息ついてから打席に入る。

 

 しかし三船バッテリーが選択したのは勝負ではなく−–−–−

 

 

  小森が右手を横に出しながら立つ。そう、敬遠だ。

 

 

「ツーアウトランナー無しで敬遠だと!?」

「一ノ瀬の打力を警戒するのも分からなくはないが……初回からやるとはな、驚きだ」

 

 山根も特に気にすることなく、大きく右に外して投げる。

 それだけ俺の実力を警戒してるってわけだからそこは嫌じゃないけど、この場面なら別に勝負しても問題ないと思うが……バッテリーはそれでも避けたかったのか。

 

『ボールフォア!!』

 

 何もしなくても塁に出れるんだ、とりあえず良しとしよう。

 次の友沢ならホームランも期待できるはず−–−–−

 

「なっ……!?」

「はぁ!?」

 

 

 みずきちゃんと聖ちゃんの驚嘆する声が聞こえる。

 それもそのはずだ。このバッテリー……次の友沢も勝負を避けやがったんだからな。

 

『ボール!!』

「もうっ! 一回の表のツーアウトよ!? ここも勝負しないってどういうことよ!!」

「落ち着けみずき。 それに2連続敬遠のおかげでツーアウトながら1・2塁だ。逆にチャンスじゃないか」

「む〜、それはそうだけど……」

 

 友沢も歩かされ、これでツーアウト1・2塁。

 こんな形でチャンスが生まれとはな。予想できるかっての。

 

『5番サード、大島君』

 

「…………」

 

 ん? 珍しいな。

 普段なら「いよっしゃ!!」とか声を荒げながら打席に入るんだか、今日は嫌なくらいに冷静だ。

 大島は夏の大会後から友沢につきっきりで変化球打ちの練習をひたすら行っていた。当初は俺も大島に付く予定だったが、友沢から「俺に任せてくれ」と強く押されたため、アイツに任せてみた。

 友沢の打撃センスはチームでも随一な上、その頃は蛇島から受けた怪我がまだ癒えておらず暇な日々を過ごしてたからな。リハビリと並行して打撃指導してくれたのはありがたい話だぜ。

 

「よしっ、山根くん!! 行くよ!!」

 

 小森がどっしりと構えながらミットをバンッ!と叩いて構えた。

 俺と友沢は避けて大島で勝負か。おそらく大島が変化球を苦手としているのを知っている上での敬遠策って事か。

 

(小森……こりゃ予想以上の激戦になるかもしれないな)

 

 試合に戻り、大島への初球。

 セットアップからの一発目は大きく弧を描いて外角低めのミットに収まった。

 

『ットーライクッ!!』

 

 カーブか。

 良いコントロールだな。

 右打ちからすればサウスポーのカーブはシンカーと同様の軌道に見える。シンカー自体が高校野球ではあまり見る変化球じゃなく、しかもあれだけ厳しいコースを突かれればいくら球速が遅くても手が出しにくい。

 

 2球目も同様のコースへのカーブ。

 大島はそれを強振するも、ボールはバットの下を通過する。

 

「くっ……!」

「大丈夫だ大島ー! もっとボールを引きつけて打つんだ!!」

 

 ネクストサークルの今宮からアドバイスを投げられるも結局3球目もカーブを空振り、三振に倒れてチェンジになった。

 

「くそっ……すいませんでした」

「気にするな、まだ初回だ。ゆっくりとタイミングを合わせていけば良い」

「……っす」

 

 友沢に諭されながら守備に付く大島。

 そうだ。まだ初回だ。それに友沢が無策なまま大島を試合に出すとは考えにくい。今は2人を信じて俺は出来ることをやるだけだ。

 

「よし、久々の試合だけど緊張はしてないな?」

「ええ。多分だけどこの試合、投手戦になるかもしれないからね。初回から飛ばしていくわ」

「ん……それだけの気合いがあるなら大丈夫だな」

 

 互いのミットを軽く叩きそれぞれの場所へと戻る。

 涼子も帝王戦後、イチから体を鍛え直し、最近では球速もついに130キロを超えるようになった。と言っても筋肉を無理に付けるとかそういったトレーニングではなく、体幹と柔軟を重点的に伸ばしつつ、彼女の体格に合わせて重要な部位の筋肉を付けるといった内容だ。

 

 実は球速を伸ばす方向でのトレーニングは俺の提案ではなく、涼子からの頼みだった。

 俺としては多彩な変化球と精密なコントロールをウリにする技巧派が合うんじゃないかと考えていたが、真島さんから強烈なホームランを打たれ、今後ああいったバッターを抑えていくには技術面だけ出なく力でねじ伏せていかなければならないと、涼子が1番痛感したらしい。

 

 女性選手で130キロ、ハタから見れば速すぎる速度だ。しかし男子を交えての野球となれば話は大きく変わってしまう。

 それでも彼女が弱気にならずに強打者は立ち向かっていけるのは生まれつき持った負けず嫌いとたゆまぬ努力があるからこそだ。

 

(さて……)

 

 まずはこの大事な初戦。

 油断せず、そして勢いをつけて必ず勝ってやるさ。

 

 

 

 

 

⭐︎

 

「ナイスピッチ山根君〜」

「ああ、大林」

 

 グローブ越しでハイタッチをしながら山根君と大林君がベンチに戻ってくる。緊張した初回だったけど何とか作戦通り無失点で切り抜けることができた。

 聖タチバナは新設校ながらもほぼ全員が全国区レベルの実力とポテンシャルを秘めている。特に帝王シニアで投手と遊撃手の二刀流を備えていた友沢亮君、チームのキャプテンと守備でも要を務める一ノ瀬大地君は特に警戒しなければならない選手だ。

 

「ここまでは計画通りだな、小森」

「うん。でも問題は守備よりも……」

 

 そう、打撃だ。

 聖タチバナはとにかく投手の層もかなり厚い。

 エースナンバーは技巧派右腕、その他にも左のサイドスロー、140キロのストレートとナックルを操る二刀流、影に隠れがちだが地味に140キロ前後のボールにスライダーとフォークを投げる本格右腕と、4人もタイプの違う投手が控えている。

 夏の大会の試合を見る限り、対抗できそうなのが僕と駒坂君、大林君、山根君の4人だけだ。

 

「バッティングなら小森達を信じるさ。俺は自分の仕事を徹底的に遂行するから安心して打席に入れ」

「山根君……」

 

 ううん、弱気になるな僕。

 少しずつだけど三船だって力を付けてきているんだ。選手層で負けているとしても、甲子園を目指す気概は絶対に負けていない。

 キャプテンとしてこのチームを勝利に導く、それが僕の役目であるんだから試合が終わるまでは本田君のように闘志を持って立ち向かうんだ!

 

 

 

 

⭐︎

 

『1番ショート、駒坂君』

 

 駒坂瞬。

 パワフルシニアでは俊足巧打の1番打者として活躍。大島と東出が言うにはパワフル高校の奥野樹をも凌ぐ天才らしく、一言で表すなら「パワーが落ちた友沢」と言わしめるほどらしい。

 夏の大会時からレギュラーとして出場し、ベスト16までの成績は最終打率が6割5分、盗塁数7、エラー数も守備機会が多い遊撃手ながら0と、大車輪の活躍だ。

 

 俺としてもこの試合で最も警戒しなければならないのがこの駒坂だ。

 パワーこそはないもののヒッティングのセンスは友沢に迫るほど。しかも選球眼も良く変化球への対応もかなり良い。球種の多い涼子でもかなり不安要素が多い相手だ。

 

(まずは外角低めにストレート。思い切り振ってこい)

 

 しなやかなギブソンのフォームから繰り出される129キロのストレート。ボールは俺の構えているミットからほぼズレずに吸い込まれた。

 

『ットーライクッ!!』

 

 よし、よく回る良いボールだ。少々張り詰めた表情をしていたが、緊張はなさそうで安心したぜ。

 2球目もムービングファストが低めに決まり、早くもカウント2ストライクだ。

 

(3球勝負で決めるぞ−–−–−)

 

 俺の出したサインはインコース低めは落ちる縦スラ。

 投じられたボールは少々真ん中に寄ってしまったが、高さは文句なしだ。いくら駒坂といえどもカットするのが精一杯のはず−–−–−

 

 キィィィィンッ!!

 

(なっ!?)

 

 あのコースをアジャストだと!?

 打球は矢のような軌道でセンターを守る八木沼の方向へ飛ぶ。

 

(っ!、届けっ!!)

 

 普通の捕球では届かない。

 瞬時の判断で八木沼は懸命にグローブをはめた左腕を伸ばしながらダイビングキャッチの体勢を取った。

 

『あ……アウトアウトォ!!』

 

 とっ、取りやがった……。

 おいおい。三船の連中といい八木沼といい、さっきからファインプレーのオンパレードだぜ。

 

「ナイキャッチ八木沼ー!」

 

 立ち上がって帽子を被り直し、右手を軽く振ってクールに応える。たまに忘れちまうが八木沼の足の速さは聖タチバナ陸上部の連中が部員として欲しがるほどの速さだ。更に八木沼は打球が飛んでからの判断と反応も良い。

 

(……でもこの打球も取れるとは思わなかったけどよ)

 

 この好プレーに感化されたのか、続く石嶺を変化球のコンビネーションで三振、大林は僅か3球で平凡なライトフライに打ち取り、一回の守備は終わった。

 

「良い立ち上がりだな。ナイピッチだぜ」

「うん。でもまだ一回だから油断はできないわ。それに……」

「ん……涼子?」

「ううん、なんでもないわ」

 

 何か言いかけたが、涼子はそれを飲み込んでそそくさとベンチへ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 試合は8回の裏に入ろうとするところ。

 私は川瀬先輩と約束した通り、三船戦の試合観戦に来ていた。今日は日曜日ということもあってか、両校の関係者の他にも一般の観戦客や他校のチーム、そしてメモを片手に観戦する大人も僅かではあるが確認できる。

 多分、メモを取っているのはどこかのプロチームのスカウトなのかな。パワフル高校を下し、帝王実業にも途中まで善戦した影響は私の予想を超える影響力だった。

 

 やっぱり凄いなぁ、川瀬さんやお兄ちゃん達……。

 

 得点は両軍とも未だ0対0。

 けれど安打数はタチバナ8なのに対し、三船はたったの2だ。

 

 が、三船高校も私の予想を上回る粘り強さを見せている。

 確かに被安打数こそ多いものの、要所要所を敬遠やシフトで切り抜けている。もしかしたら守備に関しては神奈川県全体で見てもトップのチームなのでは……と思わず考えてしまうほどの良いチームだ。

 

 これが……高校野球の舞台なんだ−–−–−

 

「ごめん愛美ちゃん! 遅れたッス!!」

 

 試合へ見入っていた間に入る聞き覚えのある声。

 すると横には桃色の髪が特徴の女の子が息を切らしながら膝に手をついたていた。

 

「あ、ほむらちゃん。遅かったね」

「本当にすまんッス……お父さんがギックリ腰をやったせいで店の手伝いが長引いて……し、試合はどうッスか?」

「うーんと……丁度スリーアウトになったから次は9回の表だよ。得点は0対0」

 

 この子は『川星ほむら』ちゃん。

 私と同じ三船南軟式野球部に所属する一部員の女の子だ。

 部員と言っても選手ではなくマネージャー。でも実家はバッティングセンターを経営しており、家族揃って大の野球好きだ。

 

「緊迫する投手戦ッスね。てっきり聖タチバナのゴールド勝ちに終わると思ってたんスが」

 

 ふぅ、と一息つきながら私の隣に座る。

 私とほむらちゃんは小学校からの幼馴染だ。お互いに野球が好きな女の子同士、すぐに打ち解け、気が付けば同じチームの選手とマネージャーになっていた。

 語尾に「ッス」を付けたり少々抜けている部分はあるけど、とても優しく、何より女性選手である私に対して偏見の目を持たずに応援してくれる。

 私にとって心から気の許せる大切な友人。それがほむらちゃんだ。

 

「で、愛美ちゃんお気に入りの川瀬さんはどんな感じ……おおっ、調子良いじゃないッスか! この調子なら完封勝利も行けるッスね!」

「うん。そう、だね」

 

 そしてイニングは9回の表へと入る。

 打順は1番のお兄ちゃんからだ−–−–−。

 

 

 

 

 

 

「ナイスバッチ八木沼ー!」

 

 9回表。

 先頭バッターの八木沼が外角のカーブを綺麗にライト前へ流し、ノーアウトから出塁。

 好投を続ける涼子の為にも、いい加減この回で先に先制しておきたいが、俺と友沢はスイングさえさせてもらえていない徹底マークを喰らい、変化球がからっきしの大島との勝負に行っている。

 本当は聖ちゃんにバントをさせてチャンスを広げるのが定石だけど、おそらくこの回も敬遠策をするだろうからバントは意味をなさない。となると聖ちゃんがヒットで出塁すれば俺と友沢のどちらかで勝負せざるを得ない状況を作れる。ここは打たせるのが正解だ。

 

「六道。行けるか」

「ん……ああ、分かってるぞ」

「すまないな。お前も……」

「気にするな。これも"アイツ"のためだ」

 

 友沢から何か一言を貰って打席へ入る。

 今日の聖ちゃんは当たりこそ良いもののヒットに恵まれていない。

 

(次は……あっちだな)

 

 初球は真ん中からインコース低めへ落ちていくカーブ。

 山根も9回まで1人で投げているが、落差を見る限り衰えを感じさせない。エースナンバーを付けるだけの事はある、スタミナもきっちり鍛えてやがるぜ。

 2球目はインコース低めへのストレート。これもストライクゾーンに収まるが、聖ちゃんは見送り、早くも追い込んだ。

 

 実は聖ちゃんがボールをヒットにした際のコースを割合で分けてみると、約7割が外角ゾーンのボールで、内角は僅か1割程度しか打っていない。本人曰く、集中力やミート力云々ではなく、単純なパワー不足らしいが、それでも打率は友沢、俺に次ぎ3位だ。普通にすげぇよ。

 

 高めボールゾーンのストレートで一度様子見を入れ、1-2。

 そして4球目−–−–−来たのはインハイのストレートだ。

 

(ふっ−–−–−!)

 

 打球はインコースであったが聖ちゃんはこれをライト方向へ流した。

 快音と共に打球はファーストの右横を襲う。

 

 バシッ!!

 

 恐るべき打球反応、それとも186cmという長身が助けたのか。

 ファーストを守る大林が懸命にグラブを伸ばして捕った。

 

「っ!、戻れっ!!」

 

 しかも運悪く八木沼は長めにリードを取っていたためファーストからかなり離れた位置にいた。

 一塁コーチャーの岩本が声を荒げるも大林のタッチが僅差で早く、最悪のダブルプレーだ。

 

「…………」

「…………」

「気にすんよ2人共!! あれは運が悪かっただけだぜ!」

 

 2人が落ち込みながらベンチへと戻る。

 後から今宮がフォローするも、試合の流れは芳しくない。

 

『3番キャッチャー、一ノ瀬君』

 

 俺が打席に入る前に小森は既に立っている。

 俺、そして友沢はこれで今日5度目の敬遠だ。

 

『ボール! フォア!!』

 

 くっそー。

 出塁率10割なのは文句ないが問題はこの後だ。

 大島は今日全ての打席が得点圏でまわっているが、結果は3三振とピッチャーゴロ。特訓の成果に期待して5番に戻したのだが……まだ時期早々だったのか……。

 

(代打……)

 

 この言葉が頭に浮かぶ。

 今はとにかく単打でも良い、一点が欲しい場面だ。大島には本当に悪いが調子の悪い選手を使い続けるより、ここは代打を送った方が可能性はまだあるかもしれない。

 

(−–−–−よし)

 

 ここは大京を代打に送ろう。

 腹を括り、俺は二塁塁審に声をかけようとする−–−–−

 

『タイム!!』

 

 しかしタイムの声を発したのは二塁ではなく一塁の塁審だ。

 ?、一体誰がタイムを−–−–−

 

 

 

 

 

 これほど悔しい思いをしたことはなかった。

 それは俺なら勝負をしても問題ないという三船の策略に対してではなく、俺の不甲斐なさにだ。

 変化球に対応できずにいる俺をそれでも我慢強く起用し続けてくれた一ノ瀬先輩、俺の為に貴重な時間を割いてまで特訓に付き合ってくれた友沢先輩。他のチームメイトも口にはあまり出さないが、俺へまだ期待を寄せているのは同じ時を過ごしているからこそ、嫌でも感じ取れる。

 

 なのにこのザマだ。

 ストレートには滅法強くても変化球は高校どころか中学レベルのままだ。もっと引きつけろ、よく見ろ、雑に振るな……昔からキリがない数の助言を貰っても一向に改善できない。頑張ってはいるのに、決して努力を怠ってはいないのに。

 

 

 −–−–−代打を志願しよう。

 

 

『タイム!』

 

 ……ははっ、俺が頼む前に頼んであるじゃないか。流石一ノ瀬先輩だ。

 さてと。これで俺の役目は仲間の応援のみだ。結果は出せなかったがせめてチームを鼓舞するくらいはしないと−–−–−

 

「大島」

「分かってるっすよ一ノ瀬先輩。後は先輩方に−–−–−って友沢先輩?」

 

 なんで友沢先輩が来てるんだ?

 選手交代の采配は一ノ瀬先輩が出すはずなのに……。

 

「時間がないから手短に言うぞ。いいか、お前はバカなんだから一度に複数の考えを張り巡らせるな。お前がすべき事はただ一つだ」

「ただ……一つ……」

 

 

 

 

 −–−–−3日前。

 

「苦手じゃない?」

「ああ。お前は変化球が苦手と思ってるが、それはお前のバッティングに対する考え方が悪いだけだ」

 

 打ち込みの合間の休憩時間。

 ふと、友沢先輩にこんな事を言われた。

 

「お前最近、どんな事を考えて打席に入ってる?」

「考えって……まぁ、来たボールをしっかり引きつけながらも芯を捉え、かつフルスイングで長打を狙う……って感じっすかね」

「確かにどれも決して間違いではない。いや、寧ろ正解だ。単打よりも長打の方がチャンスも得点も得られやすく、引きつけわ芯を捉える意識もバッティングの基本だな」

 

 だが−–−–−と続けて友沢先輩が続けてこう言った。

 

 

「お前は東出と違って複数の考えを張り巡らせながら打席に立つのができない選手だ。普段言われてる言葉で表すなら……単細胞、バカだ」

「ばっ……う……」

 

 唐突なディスりがグザッと胸に刺さる。

 いや頭は悪いし要領もあんま良くないけどさ! そんな真っ正面から悪口言われると普通にショックっすよ!

 

「でも……その弱味は裏を返せば長所でもある」

「ええー……馬鹿なのが長所なんすか……?」

「最後まで聞け。お前はマルチタスクはできないが、反対に1つの物事に対して発揮される能力は他の誰よりも高い。多様な変化球はダメでも直球打ちは超高校級だ。ストレートに的を絞って打てば150キロオーバーのストレートでさえ長打にできる才能を持っている。つまり……その長所を変化球にも傾ければいいんだ」

「変化球にも……」

 

 うーん。

 それならもうやってるつもりなんだけどなぁ。俺と友沢先輩との間で考え方に違いがあるのか?

 変化球に対して色々考えながらやって−–−–−

 

 

「あ、ああっ!?」

「やっと気がついたか」

「つまり、変化球に対しても1つに絞って考えろって事っすね! 俺がバ……あー、マルチタスクが苦手なんで!」

「そうだ。お前のオツムでも理解できたのはいいが、残念ながら試合までもう時間がない。あんまり技術的な事を深く教えた所でお前にはかえって逆効果だ。となると俺からのアドバイスはただ一つだ−–−–−」

 

 友沢先輩からのアドバイス……それは、

 

 

 

 

 

⭐︎

 

 

「ただいま」

 

 試合を終え、学校で各自解散となったのは昼の1時半頃。

 それから近所のミゾットスポーツに寄って足りなくなっていたグローブオイルを買い足し、家に着く間に時計は2時を回ろうとしていた。

 

「おかえりお兄ちゃん」

「おかえりッス八木沼さん」

「ん? 川星さん、来てたのか。久しぶりだな」

 

 テーブルに食べ終えた後の食器が残っているのを見ると、リビングで2人仲良く昼食を食べていたのだろう。

 試合が終わったのが昼頃だったのもあり、まだ昼食は食べてなかったな。確か昨日の晩の余りが冷蔵庫に……

 

「あれ……おい愛美。昨日母さんが作った生姜焼きの残りは?」

「あー……ごめんね。あまりにもお腹空いてたからほむらちゃんと全部食べちゃった」

「−–−–−来月のお小遣い俺に半分寄越せよな」

「ええっ!?それはないよー!!!」

「黙れ。食べ物の恨みは恐ろしいってことをちゃんとに妹に教えてやるんだ。逆に感謝しろ」

「ううっ、ごめんってば〜」

「はぁ……」

 

 全く、怒ったら余計に腹が減ったな。

 仕方ない、適当にスパゲッティでも茹でて食べるか。

 

「相変わらず仲の良い兄妹ッスね〜、関心関心」

「はいはい。いらない褒め言葉ありがとな、川星さん」

 

 パッパとスパゲティを茹で、上にミートソースをかけて完成だ。

 ソースはレトルトだが、お腹がかなり空いているからそれだけで十分すぎるほどの調味料となっている。

 

「美味しそうッスね。ほむらにも一口−–−–−」

「−–−–−ウチを出禁にするけど大丈夫か?」

「あ……冗談ッス」

 

 そんなこんなで雑談を交えつつ、簡単な食事も終えてようやく一息付く。少し休んだら道具の手入れをして、学校の課題も早めに片付けないとな。と、その前に……

 

「愛美。今日試合観に来てただろ」

「えっ、あ、う、うん……」

「俺が高校に上がってから試合観戦になんて一度も来たことなかったのにどういう風の吹き回しなんだ? しかもまだ県大会の初戦なのに」

「っ〜、お兄ちゃんには関係ないの! なんとなく私が見に行来たかっただけだから!」

「お、おう……」

 

 そんな食い気味に怒らなくてもいい気はするが……まぁいいか。

 

「でも予想外だったッスよ。てっきり聖タチバナがもっと大差で勝つと思ってたんスから」

「うん。決して弱い相手ではないと思うけど、得点も9回まで取れなかったし。もしかして調子が悪かったりした?」

 

 ……そうか。2人"も" まだ知らなかったっけな。

 

「もう試合も終わったしいいか。実は今日の試合はな−–−–−」

 

 

 

 

 

 聖タチバナ野球部・部室。

 

「意図的に打たなかった?」

 

 友沢からの衝撃的な言葉に俺は自分の耳を疑った。

 試合は9回まで互いに無失点のままもつれたが、大島が起死回生のタイムリーツーベースで先制すると、その後は面白いように点を取り、終わってみれば6対0、涼子も完封勝利のおまけ付きで完勝した。

 結果だけに目を向ければこんなに驚くことはなかった。そう、友沢からのこの説明がなければ−–−–−。

 

「ああ。大島が変化球を捉えるまで、俺がお前と大島以外の野手陣に頼んで0点になるよう調整してもらったんだ」

「は、え、嘘……だよな?」

「本当だ」

「……マジかよ」

 

 皆の悔しさや張り詰めた表情を見る限り、とてもそんな風には見えなかったぞ?

 

「……まさかだが、大島を極限まで追い込めば打つんじゃないかって考えたからやったのか?」

「当たりだ」

「当たりかい!!」

 

 いくらチームメイトの成長を促す目的とはいえ、負けてたら本気で怒っていたぞ。

 

「うーん……結果的に勝てはしたから不問にするけどさ、俺を含めても良かったんじゃないのか?」

「ほら、よく言うだろ? 欺くにはまず味方からって。1人くらいそういう奴がいないとバレるんじゃないかって心配でな」

「それで俺が選ばれたのかよ……」

 

 はぁ〜……もう何が何だか分からんよ。

 

「んで、タイムの最中に大島へ何を吹き込んだんだ?」

「ああ、そのことか。別に大した事は言ってないさ。ただ一言−–−–−

 

 

 

 −–−–−適当なスイングで良いからバットにボールを当てろ。

 

 

 

「それだけだ」

「……え?」

 

 たったそれだけで……大島はカーブを捉えてタイムリーツーベースを打った、のか?

 

「あれだけの反射神経とパワーがある選手がなぜ高校野球平均レベルの変化球に全く対応できないか。俺はずっと疑問だった。豪速球に反応できる眼と恵まれたフィジカルを持ちながら、変化球だけはダメ。ここ1、2ヶ月アイツを見て、辿り着いた答えが打ちやすいようにさせてやること、だったのさ」

 

 元々ポテンシャルはあるんだからバットに当てさえすればヒットゾーンに運べる。無駄にアレコレ考えるくらいなら全部捨てて一個に絞ってスイングしろ。

 なんつーか、長い時間考えた末の結論がコレとは、大島らしいと言うかなんというかさ。

 

 だが変化球を捉えた際の大島のフォームは適当とは言い難いほど綺麗にまとまっていた。

 一切力みを感じさせず、それでいてボールは真芯をしっかり通り、体の軸も全くブレぶすに一直線に回る、まさに理想に近いフォームだったのだ。

 

 もし……これを大島が高い次元でマスターできれば、アイツに死角はないんじゃないか……?

 

 一瞬だけ、背中をゾクリとする感覚が俺を襲った。

 

「ははっ……化けるかもしれないな、アイツ」

 

 なんだろうなこの期待感。もはや先輩という枠を超えて、同じ野球人として、アイツがどこまで伸びるのか、気になってしかたないぜ。

 

(順当に行けば先に帝王か……)

 

 香取・山口有する帝王実業。

 リベンジの鍵は−–−–−覚醒の兆しを見せ始めた一年生なのかもしれない。

 

 

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