Glory of battery   作:グレイスターリング

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第四十七話 vs海堂学園(後編)

 

 気が付けば、試合は息を呑む緊迫した投手戦が繰り広げられていた。

 6回表終了時点で涼子は被安打6を浴びるも要所はキッチリと抑えて失点はまだ0。

 一方の眉村はなんと失点0どころかまだ一度も出塁すらさせていない完全試合のペースでここまで投げている。奪った三振の数も11個で、特にここまでの試合で機能していた俺・友沢・大島の3人だけで5個稼がれている。

 

『6回の裏。海堂学園の攻撃は、一番センター草野君』

 

 また一巡して、草野から始まる。

 意外な事に涼子の球数はここまで61球と被安打の割には球数はかなり抑えられている。打線は眠ったままでも、守備は効率よくアウトを重ねているから主導権はまだ握らせていない。

 

 涼子の方も疲れを見せない投球術を披露してくれている。

 4度目の対戦となる草野に対してもセンターフライ、続く渡嘉敷には今日4つ目の三振で早くもツーアウトまで漕ぎつけた。

 

(次はお前か……っ?)

「−–−–−」

 

 なんだ……この感じは?

 進の雰囲気がこれまでとは明らかに違う。

 普段の真剣勝負の中に優しさも備わっていたアイツが、この打席ではそれが全く感じられない。

 

 例えるなら狩り行う前のライオンのような……一撃で獲物を仕留めてやると、そんなオーラが漂っていた。

 

「僕は……負けない−–−–−」

 

 微かに聞こえた進の独り言に、一瞬背筋がゾクッとする。

 ……っ、ダメだ。ビビるな俺。この回は既にツーアウトで有利なのは俺らだ。ここで三者凡退に抑えて今度こそ流れを引き寄せるんだ。

 

 十数秒熟考し、最初のサインを出す。

 涼子も頷き、投じられたボールはインコース真ん中から低めへ逃げていくスライダーだ。

 進は積極的に強振するが、バットは空を切る。

 

「ナイスボールだ涼子!」

「打たれても俺たちが後ろにいる。気にせず投げ込め!」

 

 後ろで友沢と聖ちゃんが声をかけて鼓舞する。

 他の皆も全く成績がふるわなくて歯痒いはずだが、誰1人としてまだ諦めの2文字を考えていない。

 聖タチバナの観客席に目を向けると生徒の数も試合を重ねる度に増えていき、今日は特別に1年生と2年生全員が応援してくれている。

 

 尚更負けられないんだよ。

 俺たちの背負ってる期待だって大きいんだからな。

 

 ズドン−–−–−と魂の込められたストレートも空振り、2球で追い込んだ。

 

(遊び球はなしだ。3球で勝負するぞ)

 

 進が何を考えているのか全く分からないが、この2球のフルスイングは『必ず打つ』という強い意志がマスク越しでも伝わった。

 そんなお前をここで抑えられれば流れを手繰り寄せるキッカケに繋がる。

 

「−–−–−来い」

 

 本人と比べても瓜二つのギブソンのフォームから、勝負の3球目として選んだボールはインロー、ストライクゾーンからボールゾーンに逃げていくムービングファストだ。

 

 長年、俺と涼子が信頼して投げてきた相棒のような球種だ。

 コースもキレも完璧。これなら当てられても絶対に打ち取れる、少なくとも俺たちバッテリーはそう確信していた。

 

 

 −–−–−カキィィィンッ!

 

 

 

 進は打球の行方を確認してせずに、バットを静かに置いてゆっくりと歩く。

 

  確信歩き−–−–−。

 

 それが示す意味とは、打者が100%確信した最高のホームランだ。

 

 今日最初の得点は−–−–−進のホームランだった。

 

 

「うおっしゃぁぁぁぁ!!!」

「やーっと点取ったか!!」

「進君カッコいー!!!」

「これで流れはこっちのもんだ!! 追加点取るぞ海堂!!」

 

 ホームランを皮切りに騒ぎ出す海堂の応援席。

 息が詰まる展開が続いたせいか、普段はあまり騒がない海堂のダグアウト側も進のホームランを大いに喜んでいた。

 

「…………くそっ!」

 

 悔しすぎる。

 涼子は何も悪くない。悪いなら全て俺の責任だ。考えられるのは俺の配球がドンピシャで読まれたか、あるいは進が来たボールにそのまま合わせて運んだのか。

 どちらにせよ、あんな厳しいゾーンに完璧なムービングを俺のサイン通りに投げてくれたんだ。誰もアイツを責めはしない。

 

 

「……悪い。これは俺のリードミスだ。勝負を急ぎ過ぎたから−–−–−」

「−–−–−ごめん」

「え?」

「先制点は許しちゃいけなかった……必ず0点で抑えるって約束したのにっ……私は…私は−–−–−っ!!」

 

 なんで……なんでお前がそこまで責任を感じるんだよ。

 悪いのは俺なのに−–−–−どうして?

 

「っ、とりあえず落ち着け! まだ負けは決まってない。ここで相手の流れを断ち切ればまだ勝機はあるんだ!」

「流れ……勝機……」

「……大丈夫か? もしダメなら交代も−–−–−」

「−–−–−投げる。私なら大丈夫だから。もう2度と……打たせはしない」

「……分かった」

 

 俺はここで戻るべきではなかった。

 確かに海堂相手に、しかも投手戦の末に先制点を取られたのはかなり痛手ではあるが、ここまで涼子が1人で気負いすぎているのをもっと疑うべきであった。

 

 −–−–−キィィンッ!

 

「っ、ぐそっ!!」

 

 薬師寺も初球からボールを捉えてライト前へ運んだ。

 今のは明らかに高めへ浮きすぎてる甘いボール、失投だった。

 

「涼子落ち着け。大地のミットを信じて投げれば良い」

「…………うん」

 

 聖ちゃんが優しく諭すも、今度は大場相手に制球が定まらず5球でフォアボールになり、ツーアウトながらランナー一・二塁となってしまう。

 

「っ、タイムをお願いします」

 

 流石に我慢できず、一度タイム取って一呼吸置くことにした。

 明らかにおかしい……なんでここまで高い集中力を保てていたのに進のソロ一発から簡単に崩れ始めたんだ……?

 

 もしかして−–−–−何か言えない理由でも抱え込んでいるのか?

 

 

「−–−–−悪い。ここは2人きりにさせてくれ」

「……分かった。みんな、戻ろう」

 

 聖ちゃんが先に察し、後の3人もつられながら定位置へと先に戻っていった。

 

「……何か隠してるのか?」

「!…………」

「なぁ、俺が信用できないのか? もしさっきのホームランが不服だったら俺がお前のどちらかが交代するしかないぞ。少なくとも俺はあの一打に関しては涼子のせいだと1ミリも思ってない。悪いのは俺の−–−–−」

「違う……違うの!」

「……?」

「そもそも……この試合は絶対に点を取られちゃ行けなかったの!! 分かってたから!! もし先に点を取られでもしたらより眉村君から点を取るのが難しくなるからっ! だから……だからっ……!」

「…………」

 

 ……ああ、そうか。

 やっぱり悪いのは尚更俺の方だったよ。

 

「ごめんな。俺はお前のこの試合に対する覚悟をちゃんと受け取れていなかった。悔しくて悔しくてたまらないはずなのに……庇ったって逆に傷付くのは打たれたお前なのにな」

 

 バカだったな、俺。

 言葉でならいくらでも言える。でも野球は点を相手より取らなきゃ勝てない。言葉の一つごときで勝てるなら努力なんて必要ない。

 

 

 本当に涼子を助けてやりたいなら俺がやることは一つだけだろうが。

 

 

「−–−–−なら約束するよ。次の打席で、俺が必ずホームランを打ってやる。だから……お前はここを1失点だけで抑えるんだ」

「っ……そんなの……む…」

「無理じゃない。俺がお前との約束を破ったことがあるか?」

「ある。ケーキを奢ってくれるって言ったのに食事に気を遣えって言って結局無かったことにしたもん」

「−–−–−お前はそういう話に限って覚えてるのかよ」

「ぷっ……ふふっ。だって……好き、だからね」

 

 全く。

 俺の相棒はどうしてこうも苦労を沢山かけるんだが。

 

 −–−–−ま、俺は涼子のこういう所に惹かれたのかもしれないけどよ。

 

「じゃあ約束……だよ?」

「任せろ。それに俺だって何も考えずに6回まで過ごしてたんじゃねぇぞ?」

「−–−–−分かったわ。大地のこと、絶対信じる」

 

 互いに腹を割って話、落ち着いたところで持ち場へと戻る。

 さあて。互いにとんでもない約束をしちまったぜ。俺のホームランの為にもまずは涼子−–−–−ここを抑えるぞ!

 

『6番レフト、石松君』

「おっしゃー! 俺も続くぜ〜!」

 

 意気揚々な所に水を差すようで悪いな石松。

 

(これ以上点はやらせないぜ!)

 

 133キロ。

 これは今涼子が投げたストレートの球速だ。アイツの今までの最高速度は131キロだから、ここへ来ての最速記録更新だぜ。

 

 続くボールも油を注ぎ直した精密機械の如く無慈悲にコーナーへと散りばめて涼子が投げ込む。

 石松も追い込まれてからカットして粘るが、カットするのがやっとのご様子だ。

 

(やっぱりお前のボール−–−–−最高だよ)

 

 再び息を吹き返した涼子。

 石松を最後はスライダーで三振、7番の矢尾板はなんと三球三振と完璧に封じ込めた。

 

「ットーライッ! バッターアウト!』

「っおしっ!!」

 

 涼子がマウンド上でグラブを叩いて熱く吠えた。

 良くやった……本当に良くやったぜ!

 

「はじめっから抑えなさいってのよ! でも1失点以内なら上々ね!」

「あとはワイらも川瀬はんの為にも打点を上げるだけやな!」

「まぁ……それが一番難しいんすけどね……」

 

 大島の一言でまた皆の表情が難しくなる。

 しゃーないな。もう後半戦に入ってるのに未だ得点は0どころか出塁すらしていない。

 

 −–−–−仕掛けるならもうこの辺りだな。

 

「皆、聞いてくれ。眉村を打ち崩して逆転するにはこの回しかないと思ってる。ちょうど打順も3巡目に入る1番からの好打順……さっきまで当たることすら困難だったはず。でもここからは "当てることなら" できるはずだ」

「え? 当てることならって……どういうことですか?」

 

 東出が頭を傾げるのも無理ない。

 眉村はただ当てるだけで勝てる投手じゃないからな。俺のこの言葉だけ拾っては意味不明だろう。

 

「つまり俺の作戦は−–−–−」

 

 

 

 

「さて、進のホームランでやっと一点をもぎ取ったな」

「ふむ。あとはこのまま眉村がきっちり抑えてゲームセットだ。油断だけはせずにいこう」

「にしても……猪狩。お前どうしてあのボールをホームランにできたんだ?」

「確かに気になるよなぁ? 相手も相手で良いボール放ってたしよ。もしかしてやっとリードに読み勝てたんか?」

「ああ。あのホームランは偶然打てただけですよ」

「え、はぁ? 偶然だと?」

「ええ。強いて理由をつけるなら……あの打席の瞬間だけ気持ちで上回ったから、ですかね」

「気持ちって……もうちょいタメになる理由じゃねぇのかよ」

「はいはい、そんな事はもう良いじゃないですか。それより阿久津さん、念の為キャッチボールをして準備していて下さい」

「あ、ああ、わーってるよ! おめぇも当たはないよう気をつけろよ!」

 

 阿久津さんが米倉さんを呼び、ベンチ裏のプルペンでアップをしに行く。

 先程の会話は決してふざけてそう返答したつもりじゃない。

 あれから一ノ瀬先輩のリードにどこか穴がないか探してみたが、結局それらしき部分は見当たらなかった。僕が逆手に取って読んできそうな要所は殆ど対策されていたし、地味に川瀬選手の投手としての完成度の高さも僕の想定よりも大きく上回っていた。

 

 理論で相手バッテリーを打ち崩せる手段が見つからないのなら、残された手はただ一つ。

 

(気持ちでなんとか持っていくしかなかった−–−–−)

 

 対策どうこうの小細工を捨て、全面勝負で迎え打つ。

 これは結果的に最高の形で勝てたから良かったけど、期待値はかなり低かった。

 だからこそ本当に嬉しく、追加点は得られなかったけどチャンスを作って勢いに乗れそうな雰囲気は作れた。

 

(このまま先輩が終わるとは思えない。もう少し眉村先輩になんとか投げてもらいたいけど……)

 

 一度崩れたと思わせたが、再び息を吹き返されたのは大きかった。

 あそこで追加点を取れてれば勝利はほぼ確実だったのに……。

 

 

 

 

「なぁ一ノ瀬、本当にやるのか?」

「さっき言っただろ? この試合負けたら全部俺の責任にしてくれていい。せめてこのイニングだけはやらせてくれ、頼む」

「くどいぞ今宮。一ノ瀬が全部責任とるって言ってるんだから気にするな。その代わり負けたら卒業まで毎日昼飯奢れよ」

「あ、なら私はプリンね〜」

「私はきんつばでいいぞ」

「私はプロテインにしましょうかね」

「ワイはたこ焼きや!」

「僕はバラかな」

「みんな俺をいじめて楽しいんすか!?」

「そうなりたくなきゃ大地が打つこと! ちなみに私はケーキね!」

「へーへー! 必ず打ってやるわ!」

 

 おふざけはここまでにして、試合に戻る。

 7回の表の攻撃で、打順は三巡目に入って八木沼から始まる。

 

(頼むぞ八木沼、聖ちゃん。繋げてくれ−–−–−)

 

 

 

 

 

「非情で失礼なことを今から言うが悪く思わないでくれ。まずこの回から始まる八木沼と聖ちゃんはヒットを狙わなくていい」

「は? ヒットを狙わない? ならどうやって点を取るんだよ!」

「いいから話を最後まで聞いてくれ。2人には塁に出るよりやってもらいたい事があるんだ」

「やってもらいたい……こと?」

「ああ。まず、2人にはジャイロを捨てて、変化球にだけ対応してバットに当ててほしい」

「当てる……それは言葉の通り、本当に当てるだけなのか?」

「そうだ。ジャイロは全て空振りし、代わりに変化球をできる限りカットして、前へ飛ばしてくれればいい」

「そっ、それだけ? じゃあ追い込まれてからジャイロが来たら−–−–−」

「−–−–−三振してくれ。とにかく不自然に見られないように空振りしてくれれば大丈夫だ」

「……一ノ瀬、お前ふざけてるのか? それではみすみすチャンスを潰してるようなもんだろ!?」

「−–−–−分かったぞ」

「六道?!」

「これまで大地が野球に対してふざけた事など一度もない。涼子が大地を信じるように、私も大地を信じる、それだけだ」

「……ありがとう、聖ちゃん」

「…………」

 

 信じるしかない、か。

 こんな馬鹿げた作戦、本当は実行したくないがアイツの目はホンモノだった。

 

(……責任は取れよ、一ノ瀬!)

 

 基本に忠実なオーバースローから繰り出されたのはジャイロだ。

 俺は一ノ瀬の指示通り、フルスイングで空振りした。

 

「っ……!」

 

 速いだけじゃなく、強い。

 ぶっちゃけ今の空振りは狙ったスイングじゃなく、自分の実力で起きた空振りだ。

 悔しい。あれだけ甲子園を目指して練習し、努力して、苦い思いを何度も経験したってのに、本当の天才には勝てないってのか?

 

(……違う)

 

 そんな理屈があってたまるか。

 たとえそんなくだらない理論がこの世の真理だったとしても、そんなのは俺が−–−–−

 

「−–−–−打ち崩す!!」

 

 1-1から投じられたフォークを、ギリギリまで引きつけて流し打った。

 一瞬、ベンチと観客席がわあっと盛り上がったが、ライト線を僅かに右へ切れてファールに。

 

「おっしぃ!!」

「ぎぬまっちー!! ちゃんと引きつければ当てれるぞー!!」

 

 −–−–−一ノ瀬、絶対打てよ。

 俺はお前を信じるからな。

 

『ットーライッ! バッターアウト!!』

「……六道」

「うむ。任せてくれ」

 

 

 今度は私の番だ。

 深く深呼吸をして、打席へと入る。

 

 別次元の投手、それが第一印象だった。

 まだ対戦はおろか生で見たことすらないが、大地のライバルである男、猪狩守もこのレベルの選手なのだろうか?

 

 ならこの投手を攻略できなければ仮に甲子園へ行ったとしても、日本一になんか絶対になれない。

 

 私が打てないのなら、次の期待が持てる打者に繋げればいい。

 私にはわかる。大地は−–−–−次の打席で勝負をかけると。

 上位打線2人の打つ機会を捨ててまで決断した作戦を、大地なら絶対に無駄になどしないと。

 

『ファール!』

「−–−–−」

 

 全神経を研ぎ澄ませ。

 私の仕事は大地の為にお膳立てすることだ。

 ボールの回転と縫い目が見えるほどにまで集中し、最短距離でバットを走らせて当たるだけでいい。

 

 141キロのシュートボール。

 眉村の変化球では1番の決め球としている球種らしいが、そう簡単に三振はしない。

 みずきのクレッセントムーンを捕球する時の同等、もしかしたらそれ以上の超集中でこのシュートを芯で捉えた。

 

「−–−–−!」

 

 打球はこの日初めて良い当たりをしてくれたが、方向が眉村の正面過ぎたせいでピッチャーライナーに倒れた。

 

「…………大地。これでいいのか?」

「十分だ。さて次の作戦は−–−–−

 

 大地は私の肩をポンと叩き、自信満々に宣言した。

 

 

 

 −–−–−俺がホームランを打つ!」

 

 

 

『3番キャッチャー、一ノ瀬君』

 

 八木沼、聖ちゃん。

 2人が俺に繋いでくれたこと、絶対無駄にしない。

 

「っしゃあ! 来いよ!!!」

 

 タチバナの応援席も大盛り上がりで応援歌を歌う。

 昂っていた俺の心臓や鼓動が更に速く脈打ち、興奮してきた。

 

 眉村も一瞬だけ笑うと、大きく踏み込んで投げた。

 ズバアンッ! と雷でも落ちたかのような捕球音で決まった。

 

 スピードガンの表示に、観客席にいる大半がざわめく。

 

(ここで150キロを出すかよ−–−–−)

 

 速い。

 空を切り裂き、打者へ銃弾でも打ち込むほどの威力だ。

 せめてこのボールだけで済ませてくれるならまだいいのに、この男は慈悲の欠片もなく淡々と投げてきた。

 

「−–−–−と!」

『ボーッ!』

 

 129キロのフォーク。

 寸前のところでバットが止まるが、これもまた落ちる落ちる。

 山口ほどの変化量はなくても、奪三振を取る目的なら十分すぎるボールだ。

 

「…………」

(…………)

 

 チラッと後ろを振り向くと、進と一瞬目が合った。

 なぁ、進。

 野球って面白いよな。ただ単に打って投げて守るだけじゃねぇ。案外色んな戦術があって、1人でできることもあれば仲間がいなきゃできないことだってある。

 この打席はな、その両方なんだよ。仲間が俺を信じて託し、俺が決めてやらなきゃならないんだ。

 

 

 −–−–−じゃあ……約束だよ?

 

 

「−–−–−!」

 

 緩急がついたカーブ。

 ボールは俺の手前でワンバウンドしてボールとなる。

 違うな。俺が狙っているのはこのボールじゃねぇ。

 

 焦るなよ。進はきっと選ぶはずだ。

 そして眉村も−–−–−必ずやるはずだ。

 

『ットーライッ!』

 

 スライダーで追い込まれ、1-2。

 球場のボルテージも更に高まり、俺への応援の声も比例して強くなる。

 

 

 −–−–−眉村が帽子の中の汗を拭い、ロジンを付け直した。

 

 

 来るか、怪物。

 俺も短く握っていたバットをグリップエンドの先端にまで握り直す。

 

 八木沼と聖ちゃんのお陰で俺の勘は確信へと変わった。

 進のリードの傾向もやっと掴めてきた。

 あとは……最後のホームランへのピースは−–−–−

 

(俺自身だ−–−–−!!!!)

 

 何百、何千、何万と振ってきたバット。

 一体……なんのためにここまで振り続けたのだろうか。

 そう、全ては−–−–−

 

 

 −–−–−たった一度のこの打席の為だ。

 

 

「!?」

「なっ……!?」

 

 海堂の野手陣が一瞬にして空を見上げた。

 渾身のピッチングに応えた俺の渾身の一振りは−–−–−ライトスタンドの最上段付近で大きく跳ねた。

 

「やった……やったあああああああ!!!!!」

 

 涼子が大喜びする声から少し遅れ、地響きのような大歓声がスタジアムを包み込んだ。

 約束−–−–−果たしてやったぜ。

 

「っしやあああああっ!!!」

「ヤベェよ!! ウチのキャプテン神すぎる!!」

「ったく打つのがおせーよ!!! でも……ホントによく打ちやがったな!」

 

 ダイヤモンドを一周し、ベンチに戻ると仲間からの手洗い歓迎が待っていた。

 おいおい。まだ同点だってのに気が早いぜ。真に喜ぶのは試合に勝ってからなんだけどな。

 

『4番ショート、友沢君』

「あ、友沢っ!」

 

 打席に向かう友沢を呼び止め、ある事をアドバイスする。

 

「!……本当か?」

「ああ。あとで大島にも伝える。進に気付かれる前にお前らで逆転するぞ」

「……了解した、キャプテン」

 

 友沢なら大島に繋げてくれるはずだ。

 俺がホームランにできたなら友沢にも−–−–−きっとできる。

 

「あの……一ノ瀬さん」

「ん? なんですか先生」

「あの打席、どうやってホームランにしたんですか? 今まで当たることすら困難なボールをなぜ……?」

「そういえば……一ノ瀬先輩、いい加減ネタを教えてくださいよ」

 

 あ、まだ指示だけ出して肝心の狙いは言ってなかったけ。

 まぁ海堂側もいずれは気付くだろうし、そろそろ教えるか。

 

「ホームランは出過ぎだったけど、眉村を攻略できた理由は大きく分けて2つ。1つは配球の意識を変えさせたこと、そしてもう1つは仲間も把握していない眉村のある癖だな」

 

 簡単に説明すると、まず今日のここまでの進のリードを振り返った時に、1箇所だけ気になる点があった。

 

 それは、追い込まれてからジャイロボールで三振を取りに行く割合がかなり高いこと。

 

 先生に取ってもらった配球ノートを逐一確認して分かったのだが、眉村は追い込んでから使う球種としてシュートが1割、フォークが2割、そしてジャイロは残りの7割を占めていた。

 なぜジャイロが多いか明確な意図は掴めていないが、おそらく考えられる要因として、シュートは眉村の持つ変化球の中では1番の決め球として数えられているが、腕への負担がかなり高い変化球でもあるから。フォークも三振を取るには最適なボールなはずなのに割合が少ないのは前の試合で山口をある程度攻略できたのがリードにも影響したのだろう。

 そうすると消去法で一番信頼できるボールは何か? と尋ねられた時、残されたのはジャイロボールのみとなる。

 

 けど進だってバカじゃない。

 確かにジャイロの割合が多いと言っても、それぞれの打者に対して打席ごとに配球をきっちり変えているからこのままヤマを張っても打つのはほぼ不可能だ。

 

 そこで八木沼と聖ちゃんに協力してもらったってわけだ。

 2人がジャイロを完全に捨てて変化球を狙っていると錯覚させ、進が無意識にジャイロを決め球として選ぶように誘導させたのだ。

 

「誘導って……でも仮にその作戦が上手くいってたとしても、コースもある程度読まなきゃ打つのは難しくないか。しかもお前へ投じた最後のボールもインローギリギリの良いボールだったし……」

「ああ、八木沼の言う通りだ。コースの方は−–−–−」

 

 

 −–−–−カキィンッ!

 

 

 お、やっぱり友沢の奴も打ちやがったな。

 打球は残念ながらホームランとは行かなかったが左中間を真っ二つに破るフェンス直撃の二塁打となった。

 

「うえっ!? アイツも打ちやがった?!」

「けど今のはアウトコースのジャイロだったぞ? どうして……?」

「もう一つの理由は−–−–−眉村の癖さ」

 

 多分次の大島が捉えたら勘付かれるかもしれないが、眉村はインコースにジャイロを投げる際、必ず投球前にロジンを付ける癖がある。

 これは割と単純な理由で、ジャイロは通常のフォーシームと違い、打者の目線からして螺旋を描くように指先で回転をかけるが、これが慣れているジャイロボーラーでさえもたまにすっぽ抜けるらしい。

 そこでインコースに投げる時だけロジンを念入りに付けてから投げるようにしていると思うが、これがまさか攻略の糸口になるとは、向こうからしたら微塵も思わないだろうな。

 

「こんな短時間で大地はここまで考えて……」

「なんかここまで来ると最早変態の領域ですよ」

「変態言うな。努力の勝利と言いなさい」

 

 −–−–−ま、本当はもう一つ理由があるんだけどこれは進が前の打席で見せてくれたから言わなくていっか。

 

『5番サード、大島君』

「大島ー! 死んでも友沢先輩を帰させろよ!!」

「……お前に言われなくても分かってる」

 

 ……なんつー目だ。

 いつものおちゃらけたアイツとはえらい違うぞ。

 

 ここまで眉村を相手に二打数ノーヒット、2三振。

 アイツのプライドの高さを考えるならこのチャンスは何がなんでもモノにしたいはずだからあんな表情をするのも無理はない。

 

(……頼むぜ、もう1人のウチの最強バッター)

 

 もしかしたら、この打席が勝敗を大きく分けるターニングポイントかもしれない。

 向こうはまだタイムを取っていないから少なくとも眉村の癖だけは気付かれていないはずだ。

 あとは進がリードの修正をするかどうかだが、大島の天性のバッティングセンスならきっと−–−–−。

 

 

 

 

 

 何故だ。

 何故このタイミングで一ノ瀬先輩達がバットで捉え始めたんだ?

 

 リードが読まれているからか?

 いや、それならもっと早い回で攻略されてもおかしくはない。それに僕のリードを読んだとしても、眉村さんのボールをこれまで初見で攻略したチームは甲子園で見てもあかつきくらいしか思い浮かばない。

 

 それとも眉村さんの疲労がピークに近いから?

 ううん、それも考えられない。球数だって84球と眉村さんならまだ投げ込める範囲にある。それにもし疲れているなら自分で判断して降板を申し出るはずだからだ。

 

(……こうなったら)

 

 僕は眉村さんにあるサインを送った。

 

(−–−–−いいんだな?)

(……はい。この打席だけは任せます)

 

 迷いだらけの僕がリードを出したところで決して良い風は吹かない。

 一度気持ちをリセットするためにも、ここは先輩の力を借りさせてもらいます。

 

『6番サード、大島君』

 

 今日2三振に倒れている大島君。

 帝王戦ではあの香取投手のスライダーを攻略し、見事逆転のホームランを打ってみせている。

 

 注目の初球−–−–−眉村さんはフォークから入った。

 凄い……後半になっても変化球のキレが未だ衰えていない。先ほどからタチバナはジャイロには殆ど手を出していない。ボールゾーンギリギリに変化球を散りばめ、カウントを取る時と追い込んだ時にジャイロを使えば大丈夫なは……ず……?

 

(いや、待てよ?)

 

 それでは変だ。

 確か一ノ瀬先輩と友沢さんがヒットにしたボールは全部追い込んでからのジャイロじゃなかったか?

 その前の2人が変化球に"だけ"対応していたからてっきり変化球が狙い球だと思ってたが……まさか−–−–−

 

 1-2。

 眉村さんからのサインはインコース低めのジャイロ。

 念入りにロジンを手に含ませ、セットアップの構えへ入る。

 

(−–−–−っ!、まずいっ!!!)

 

 そうか!、だからジャイロボールを攻略できたのか!

 僕のリードと眉村さんのあの動作を利用して−–−–−

 

 

「−–−–−今度こそ打ち砕く!!」

 

 

 一歩遅かった。

 恵まれた体格から振り抜かれた凄まじいスイングスピードは148キロのジャイロを完璧に捉え、超高速で薬師寺さんの右を抜き去った。

 

「レフトっ! バックホーム!」

 

 当然、間に合うわけがなかった。

 地方球場の広さならまだしも、横浜シャインスタジアムはホームから外野フェンスまでの距離が他のプロ野球の球場と比較しても長く、ランナーは身体能力の高い友沢選手だ。

 石松さんが渡嘉敷さんへ中継する頃には、既にランナーが帰ってしまった。

 

「うおおおおおおお!!!」

「まさか3連打の大逆転だなんて……」

「もしかして俺たち……あの海堂にも勝てるんじゃないか!?」

「とにかくよく打ったぜ! ウチの最強クリーンナップ三人衆!」

「あとは私が抑えれば−–−–−うん、絶対行ける!」

 

「…………」

「すまん、してやられたな」

「眉村……さん…」

 

 眉村さんも今の一打で気が付いたか……。

 

「お前のリードと俺の癖。一ノ瀬がこの試合の中で見破り、利用すらするとはな。敵ながら脱帽ものだ」

「……すみません。僕がもっと早く気が付いていれば……」

「謝るな猪狩。それを言うなら俺たち他の野手陣だって今日は全く点が取れてないじゃねぇか。責任は俺達にも絶対ある」

「そうそう。て言うかさ、ホームラン打ったお前が責任感じてんなら全く良いところのない俺たちはなんなのさ?」

「そうそう。もうここまで追い詰められちゃ認めざるを得ないよ」

「聖タチバナ……甘く見ていたつもりはないがあの練習試合の頃より遥かに強くなっている。ここからは死に物狂いで行くしかない」

 

 気付けば薬師寺さん、渡嘉敷さん、泉さん、大場さんの4人も僕へ温かい言葉を投げてくれた。

 逆転されたばかりだと言うのに……淡々と勝ちを納めていた時より、皆の顔は何故か生き生きとしている。

 

「−–−–−これ以上は点をやらせん。それがせめてもの俺の務めだ。お前ももし本当に悔しいのなら、もう一度自分のバットで取り返してみせろ。アイツ−–−–−一ノ瀬のようにな」

「!!、はいっ!」

 

 諦めてたまるか。

 僕だって考えもなしに海堂を選んだんじゃない。

 

 あかつき中時代、ずっと背中を見て憧れを抱いていた先輩達に勝ちたくて、その一心で3人がいない高校を選んだんだから。

 

 『猪狩の弟』と言う呼称を消すため−–−–−。

 攻守でバッテリーを陰ながら支えた副キャプテンよりも強く−–−–−。

 そして−–−–−僕が最も憧れているあのキャッチャーを超えるために−–−–−!

 

 まだ試合は終わっていない。

 逆転のチャンスは−–−–−残されている。

 

 

 

 

 

 とんでもない展開になってきた。

 良い試合になるだろうなと予想はしていたが、ここまで両者の力が拮抗するとは……。

 

 そして、特に驚いたのは一ノ瀬君と猪狩君のキャッチャー2人だ。

 野球関係に長年携わっていると、たまにこんな言葉を聞くことがある。

 

 

 『優勝チームに優秀なキャッチャーは必要不可欠』と。

 

 

 私は個人的にこの理論を強く推している人物だ。

 実際は投手が試合の7割をコントロールしているのだが、その投手を最も身近で支えられるのはキャッチャーなのだ。

 

 投手が気持ち良く投げられるフレーミング力。

 盗塁を阻止する強い肩力。

 高い次元の洞察力が求められるリード。

 周りを誰よりも見渡し、時にナインの士気を上げるために人一倍声を張るメンタル面。

 

 もはや投手だけでない。

 試合上の登場人物、全ての命運を握っているのがキャッチャーとも見て取れないだろうか。

 

「木佐貫君、よく見ておくんだ。強いチームに必要な力とはなにか。そしてどんな選手が真のスターへなれるのかをね」

 

 やっぱり−–−–−私の目に狂いはないようだ。

 単にバッティングが良い、足が早い、守備が上手い、そんな選手はプロアマ関係なく有象無象に存在する。

 

 しかし、たった1人でチームを変えることのできる人間はそういない。

 

 仲間を、首脳陣を、そして周りの観客の心すらも動かせる選手とは−–−–−きっと一ノ瀬君や猪狩君のような選手なのだろう、と。

 

「全く……どこにいるかと思ったらこんな場所でのんびり観戦とはな」

「え、くっ、草津さん!?」

 

 彼はキャットハンズスカウト部では私の先輩にあたる草津さんだ。

 私より6つ上の先輩で、過去に他球団でも何人もの原石達を発掘してきた優秀なスカウトマンだ。

 

「遅かったですね。試合ももう終盤ですよ」

「影山が追いかけているというチームはアレか……ふむ、凄いじゃないか。海堂相手に逆転するとは。やはり話に聞く彼の影響か?」

「ええ。それで草津さん、例の話は−–−–−?」

「−–−–−やはりダメだったな。猪狩守や眉村健のような実績のあるスター選手ならまだしも、一ノ瀬君にはまだ結果が伴っていない。我々が納得しても他のスカウト達……特に上層部が納得しなければ獲得には動かないだろうな」

「……そうですか」

 

 やはり彼を指名候補に挙げるには彼自身がぐうの音も出ないほどの活躍を残さなければならないか。

 

 現在、我がキャットハンズの置かれている状況は散々だ。

 実力の低迷により移籍・ドラフト戦線に立っても入団を拒否されるケースが増えている。まだそれだけならマシなのだが、1番の問題点はフロント、すなわち親会社だった。

 

 ここ10年だけで4社もの親会社に変わり、その度に経営不振に陥って身売りを繰り返すと、目も当てられない事情があるのだ。

 本当なら次の会社がまともな経営を行ってくれるのならそれで解決するはずであるのだが、1つの成績不審の年から長い暗黒期真っ只中の状況に、親会社によって選手達のモチベーションが低迷しているチーム事情で、一般の会社ならここまで不安定すぎる球団を買収しようとは考えてくれない。

 結局オーナーになる者と言えばプロ野球の経営なんて1ミリも理解していない経営者だけだった。

 

 話を戻し、今、上層部の中でキャットハンズに必要な選手は即戦力かつその年に特にメディアなので話題になった選手なのだ。

 地に堕ちた人気と実力を簡単に取り戻すには確かに最適解かもしれないが、結局は球団の上から下までの風通しが悪すぎるせいで育つ選手も育たないでいる。

 

 だから私は長い年月をかけたとしても、この腐り切ったチーム事情を変えるには一ノ瀬君のような数字では測れないカリスマ性が必要だと思っているのだが−–−–−

 

「でも、私は諦めませんよ。彼らが試合を放棄しないように、私だって彼の獲得は来年、なんとしてでも実現させてみせます」

「ふ、ははっ。お前は昔っからちっとも変わらんな。自分の気に入った選手が現れたら子供のように追いかけ続ける。全く、スカウトが直感だけで選手を発掘するなど上の連中が知ったら大いに叩かれるだろうが……ま、今の上層部の連中と比べたらお前の方が100倍面白いから俺は気に入っているがな」

 

 年季の入った愛用の鞄を肩にかけ、草津さんは席をゆっくりと立った。

 

「もう帰るんですか?」

「ああ。ここへは仕事のついでで顔を出したもんだからな。影山、帰ったらあとで試合結果を教えてくれ。それと……俺もあのチームを追いかけるのは賛成だ。腐ったこのチームを変えられるのはあんな風なバカ熱い志を持つ球児だけだならな」

 

 そうこう話をしている内に試合は7回の表が終わった。

 大島君に逆転のタイムリーを許してしまうも、その後の今宮君を三振で抑えている。

 ここへきて今日初めてタチバナが優勢に立つ展開。後は残り3イニングを抑えれば甲子園出場の権利を獲得できるが……

 

「まだ試合は分かりませんね。あの海堂がこのままズルズル負けるとは思えませんよ」

「……うむ」

 

 ある意味、ここからが本当の勝負になるかもしれない。

 果たして川瀬・一ノ瀬バッテリーが最後まで持つのか−–−–−手に汗握る試合展開はまだ終わりそうにない。

 

 

 

 

 

「……皆、いよいよ最終回だ」

 

 7回・8回もピンチを背負いつつも涼子が粘り強い投球で無失点に抑え、2-1のままいよいよラストイニングを迎えた。

 

「ここを抑えれば念願の甲子園だ。だけど最後まで気は絶対に抜けない。向こうもこうした逆境を何度も跳ね除けてきた百戦錬磨のチームだからな」

「−–−–−でも今は僅かに俺たちの方が勝ってる、だろ?」

 

 そう、友沢の言う通りだ。

 

「ああ。だから皆……あともう一踏ん張り頼むぞ。勝って絶対に甲子園に行くぞ!!」

『オーッ!!!!!』

 

 ベンチ前で最後の円陣を組み、声を張り上げながら各自ポジションへとついていく。

 あとスリーアウトで勝ちだ。

 この回はまた9番の眉村から始まるから1人でも出塁すれば進にも打順が回る。確実に、サヨナラのリスクを無くすためにもここは全神経を使ってでも必ず3人で抑える。

 

「…………」

 

 眉村は1ミリも表情を崩さずに打席は入る。

 他のレギュラーが目立っているからあまり注目されていないが、今日2安打を放つなど眉村もバッティング力は全然ある。

 

(頼むぜ……ウチのエース!)

 

 涼子も……本当に良く成長した。

 去年までなら6回か7回で交代が先の山だってのに、今日は8回を117球投げてたったの1失点に抑えている。

 普通なら117球も投げさせている時点で交代させるケースが殆どだろう。けれど、俺が最終回のマウンドを彼女に託したのには理由があった。

 

「−–−–−はあっ!」

 

 未だ衰えない彼女のボールと−–−–−皆が信頼してマウンドを託してくれたからだ。

 

 

「セカン!!」

 

 一・二塁間の強いゴロも、今宮が華麗に処理してワンナウトとなった。

 よし……眉村をまず抑えられたのはデカい。涼子のボールもまだ走っているし、"あの時"の涼子の言葉はやっぱり本当だったのか……?

 

『一番センター、草野君』

「頼むぞ草野ーっ!!」

「何でもいい!! どんな手段を使ってでも必ず塁に残ってくれー!!」

 

 海堂側のベンチは焦りがどんどん増してきてきる。

 すげぇよ俺たち。ここまでこのチームを追い詰めたんだな。今年の夏こそ甲子園に出場していないが、去年の夏と春で甲子園準優勝してるチームだぞ?

 

 ああ−–−–−本当に強くなったよ、タチバナは。

 

『皆。行こうぜ、甲子園に!!』

 

 俺は内心、疑いつつもこの時点で確信していたのだろう。

 この試合−–−–−絶対にこちらの勝ちだと。そして念願の甲子園へ行けるのだと。

 

 

  だから……思いもしなかった。

 

 

  あんな形でタチバナがサヨナラ負けするなんて−–−–−。

 

 

  この敗戦がキッカケでチームがバラバラになるなんて−–−–−。

 

 

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