Glory of battery   作:グレイスターリング

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第四十九話 帰宅

 

「…………」

「………………」

 

 ……気まずい時間がしばし流れる。

 振り返ってみれば、俺と聖ちゃんの言い合いから始まったんだもんな。ならまず最初にやる事は一つしかない−–−–−

 

 

「「あのっ−–−–−」」

「あ、や、ごめん……」

「私こそすまない……大地から言ってくれ」

「うん。その……さっきは本当にごめん。あんなキツく当たっちゃって……」

「いや、最初に吹きかけたのは私の方だ。こちらこそすまなかった……」

「……ぷ」

「むっ、何故笑うんだ?」

「いやっ、だってお互い気まずかったら謝ったのに逆にもっと気まずくなってさ……なんなおかしかって……」

「−–−–−確かに。でも喧嘩したって考えてることはお互い一緒だった。別に互いを貶したい訳でもない。ただ試合に負けて、悔しいさのあまり苛立ってついあんな事を言ってしまっただけだからな」

 

 リードやプレイスタイルが大きく異なっていても、やはり根底にある考え方自体は同じキャッチャーだから似てたんだろうな。

 俺も聖ちゃんと喧嘩なんかしたくない。やっぱり聖ちゃんは怒ってる時より、こうして笑ってくれる方がとても可愛いからな。

 

「−–−–−涼子を探そう」

 

 謝るんじゃない。

 彼女の心の傷を慰めるんじゃない。

 アイツが心に抱えている本心を聞き出し、これから歩みを進めるためにはどうするべきか共に考えなきゃならないから。

 

 聖ちゃんも納得した表情で頷いてくれた。

 さてと。そうと決まればアイツの家に行くか。

 

「……む」

「どうしたの?」

「大地……雨が降ってるな」

「雨?」

 

 忘れてた。

 今日、夕方から結構降る予報が出てたな。

 運良く部室に俺の予備傘があるから雨に当たる心配はないな。

 

「……大地、頼みがあるんだが」

「頼み?」

「えっと……その、言いにくいんだが……」

 

 ……なんだ、俺の前に立つこの可愛い女の子は。

 そんな恥ずかしそうにもじもじとしないでくれ……俺の顔まで赤くなるぞ。

 

「私、今日傘を持ってきてないんだ……」

「−–−–−あ」

 

 なるほど、そういうことだったのか。

 

「じゃあ−–−–−一緒に入ろうぜ」

 

 女の子を雨に濡らすわけにもいかないしな。

 部室の電気を消し、戸締りをして俺と聖ちゃんは涼子の家へと出発したのだった。

 

 

 

 

 雨は思ってたよりも強かった。

 もうすぐ11月とはいえ、この時期ならまだギリギリ秋雨前線の時期に入る。やっぱ天気予報を確認してから家を出るべきだったな。

 

「聖ちゃん大丈夫? 雨、当たってない?」

「私なら問題ない。それよりも大地、肩の方が濡れてないか?」

「ああ、このくらい平気さ。聖ちゃんが濡れる方が俺からしたら困るからな。俺の事は気にしなくていいよ」

「う、む……」

 

 反応がやや鈍い気がするが、俺は聖ちゃんの歩幅に合わせて歩く。

 こうして改めて見ると、聖ちゃんも女の子なんだなぁ。

 体は一回りも小さく、当たり前だけどフィジカル的な面も男子と比較して遥かに低い。そんな子が俺と対になって捕手という激務をこなしてるなんて……涼子も凄いけど、聖ちゃんも負けないくらい凄いんだよな。

 

 

 

 

(ど、どうしよう……大地の肩が私の体に当たってるぞ……)

 

 一方、こちらは会話をする余裕すらなかった。

 思いかけず、初恋の相手と相合傘をするなど六道の経験上、これまで一度も無かったからだ。

 嬉しさよりも可笑しく見られていないか、緊張の方が圧倒的だった。

 

(……大きいな、大地の体)

 

 華奢な自分の体より遥かに大きく、あちこちの筋肉を見ても鍛えられているのがよく分かる。ちらっと見えた手のひらに目をやれば、たくさんのタコやマメができている。

 彼が影でどれだけの練習を積んできたのか、この短時間で容易に想像がつく。

 

「……聖ちゃん」

「なっ、なんだ……?」

「なんかさ、こんな感じで2人っきりで帰ると、まるで付き合ってるみたいで照れるよね」

「なー!? つつっ、付き合うって……!?」

「あ!、いやいや。みたいって話!! ごめん、突然変な事言って……」

「いや……私はその……」

 

 もちろん、一ノ瀬が本気で言ってはないと六道も分かっている。

 彼には川瀬涼子という意中の相手がいて、このセリフも鈍感な彼らしい悪気のないモノだって事も。

 

(……付き合ってるみたい、か)

 

 本当に彼らしくて、優しくも……悲しくなる。

 自分がどれだけ願っていても、叶うはずないと分かっているから。

 

「−–−–−大地。その言葉は涼子に言ってやったらどうだ?」

「うえっ!? 別にアイツになんか言わんでも……!」

「……ふふっ。分かりやすい奴だ」

「ったく〜、あんまからかわんでくれよ……」

 

 耳まで真っ赤になる彼に、六道はたまらず吹き出した。

 その後も2人は他愛のない話をしながら川瀬の家へ向かった。

 

 

 

「お、ここだここ」

 

 俺自身も久々だったから迷わずに来れて安心した。

 あの別れ方なら真っ直ぐ家に帰ってるはずだからあとは向こうが話に応じてくれるかどうかだが……。

 

「そういえばどうやって話を切り出すんだ?」

「………考えてなかった」

「大丈夫なのか? また喧嘩みたいにならなきゃいいが……」

「だ、大丈夫だ! 俺からは絶対に怒らないからな! 多分……」

「はぁ、正直不安だぞ」

「聖ちゃん、細かいことは気にしちゃダメだ。話してれば流れでどうにかなるさ」

 

 若干緊張しながら、玄関に設置されたインターホンを押す。

 10秒ほど待つとドアが開き、見覚えのある女性の方が中から出てきた。

 

「どちら様……あら、一ノ瀬君じゃない!」

「紗織さん、お久しぶりです」

 

 この方は川瀬紗織さん。

 俺はリトルの頃から世話になっている涼子の母親だ。

 昔はよく試合の応援にも来てくれたし、たまにこちらへ招待されて夕飯をご馳走になったりもしてたから仲は結構良い。

 高校に上がってからはあんまりこっちに顔を出していなかったから、こうして面と向かってお会いするのは沙織さんの言った通り、久しぶりとなる。

 

「あら、こちらの可愛い子は一ノ瀬君の恋人さん?」

「なー! 違うぞ!! 私と大地はあくまでチームメイトであってそんな深い関係では……!」

「はは……紗織さんは相変わらずですね。この子は六道聖ちゃん。僕と同じ聖タチバナに通う野球部の一員です」

「そうなのね。私ったらてっきり涼子の他にも別の子と付き合ってたと……」

 

 やれやれ。

 お茶目な性格は未だ変わらずですか。

 俺はまだしも、何故か聖ちゃんが顔真っ赤にして動揺してるからこのくらいにしてもらいたいぜ。

 

「で、改まって今日はどうしたの?」

「涼子に話があって来たんですけど、もう家に帰ってます?」

「それがね、帰ったには帰ったんだけど、あの子ったらすぐ着替えて家を飛び出しちゃったのよ。多分トレーニングに出ちゃったと思うんだけど……」

「え、でも今日ってこれからまた雨が強くなるはずじゃ……」

 

 −–−–−なんだか嫌な予感がする。

 

「大地……」

「ああ。紗織さんすいません、また後で改めて伺います」

「えっ、ああ……ねぇ一ノ瀬君。あの子に何かあったりでもしたの?」

「……戻ってきたら訳は必ず話します。とにかく俺と聖ちゃんで必ず連れて帰るんで待ってて下さい」

「−–−–−一ノ瀬君がそこまで言うなら分かったわ」

 

 涼子と聖ちゃん用の傘を2本借り、ペコリと頭を下げて玄関を出ていく。

 雨もさっきより強くなってるな。そういやアイツ……傘持ってたっけ?

 

「聖ちゃんは先に帰った方がいい。家もこっからそこそこあるだろ?」

「私も大地と一緒に探す。私も涼子と会って話がしたいからな。それに1人より2人の方が絶対効率も良い」

 

 聖ちゃんの家って最寄りの駅から二駅先で降りて少し歩いた先の場所だから帰らせたかったんだけど……彼女の眼を見る限り、とても素直に帰りますとはならなさそうだ。

 

 ……しゃーないか。

 

「分かった。とりあえず心当たりのある場所を片っ端から当たろう」

「うむ」

 

 先にスマホへ連絡だけは入れておき、雨が降る注ぐアスファルトの道を走り出した。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

 "無理なら交代したっていい。お前は十分よく投げてくれたよ"

 

 

「はぁ、はぁ、はぁっ、っく……」

 

 

 "……分かった。そこまで言うならお前を信じるよ。進のことは気し過ぎるな。わざとじゃないのはアイツも知ってる"

 

 

「はぁっ、なんでっ……なんでよ…っ……!!」

 

 

 "僕のことは気にしないで下さい……っぐっ……避けきれなかった僕も悪いですから……っ……"

 

 

 雨風が自分の顔に深く、強く突き刺さる。

 悪天候の中でいくら走っても消せないあの時の記憶に、私は苛立つ。

 

 忘れたいのに……消えるどころか私の意思とは反比例するかのようにどんどん記憶が再生されていくようだった。

 

「っ……うっ……ぐすっ……」

 

 あと何回泣けば済むのだろうか。

 負け試合なんてこれまで何度も経験してきたのに、あの日の試合だけはいつまで経っても立ち直れる気がしなかった。

 

 実力差は当然あった。

 でもあれは最後にミスさえしなければ勝てる試合だった。

 やっちゃいけない事だけさえしなければ皆の夢に手が届くはずだったのに−–−–−

 

 

 −–−–−私が全て壊したんだ。

 

 

「ねぇ……私、どうすればいいの?」

 

 雲がかかった薄暗い空を見上げる。

 この天気と一緒だ。私の気持ちは−–−–−まだ晴れそうになかった。

 

 

 

「聖ちゃん、そっちはどうだった?」

「ダメだ。この天気だから人1人いなかったぞ」

「そっか……」

 

 バッセンや近場の公園とかトレーニングでよく使いそうな場所は回ってんだけどな……。

 時刻ももうじき19時を回るところだ。

 ちゃんと家に帰ってくれればいいがあんな別れ方をした手前、やっぱり自分の目で彼女を見つけるまでは安心できない。

 

「あと涼子が行きそうな場所……」

 

 −–−–−1つある。

 ここからまた少し離れた場所にある河川敷のグラウンド。

 あそこは昔、俺と涼子、寿也達ともよく自主練していた思い入れのある場所だ。

 逆にそこにいなければ正直、もうお手上げだ。

 

「実は一箇所、まだ心当たりがあるんだ。案内するから行ってみよう」

 

 10分ほど走り続け、薄暗い夜の河川敷グラウンドに着いた。

 利用者など突然いない。灯りはランニングコースに設置された街灯のみで、人気も全く感じられなかった。

 

「ふぅ……大地、本当に涼子はいるのか?」

「わっかんないけど、一応辺りを探そう」

 

 ぶっちゃけここに来たのは俺の勘だ。

 試合に負けた日や、練習で思い通りのピッチングができなかった時、リトルん頃はよくここで居残り練習してたからな。

 横浜リトルの練習場を使った方が時間的にも効率が良いのになぜここへ来て練習してたかって? それは樫本監督の存在だ。あの人の練習は確かに厳しかったけど、同じくらい怪我へのリスク管理は徹底してたからな。

 練習後の投げ込みとか勝手に行うと大目玉を喰らうのは目に見えていたから昔はここまで来てこっそりと練習してたってわけだ。

 

「っく……雨が強くなってきたな……」

 

 もう帰ってるなら良いけど、俺の送ったメッセージに既読は一切ついていない。

 紗織さんからの連絡もないから多分まだ帰ってないはずなんだけど……ここにはいないのか−–−–−

 

 

「……ん?」

 

 一塁側のベンチに人影が見える。

 手を前で握り、必要以上に前のめりになって座る少女。ウインドブレーカーは着ていたが、顔は全く隠れておらず雨でびしょ濡れただ。

 

 

 −–−–−ここにいたのか。

 

 

「涼子……」

 

 傘を頭上にかけ、彼女の顔色を伺う。

 

「…………」

 

 どこか気まずそうに下を向いたまま、ギュっと手を握りしめていた。

 俺が再び声をかけようとした時、聖ちゃんも遅れてやって来た。

 

「涼子っ……ここにいたのか……」

「お母さんも心配してる。傘持ってきてやったから一緒に帰ろう」

「…………2人に合わせる顔がないよ」

 

 彼女は泣きそうになるのを必死に堪えながら声を絞り出した。

 

「……昔っから変わんないよな。試合に負ける度に泣いて、下を向いて、クヨクヨしてさ。その度に慰めてる俺の身にもなってくれよ」

「っ……」

「大地っ! そんな言い方をしては……」

 

「−–−–−でも、そんなお前だから好きになったんだよ。その度にまた上を向いて、マウンド上で必死に戦うお前をな。 だから決めたんだ。俺がお前を支えてやるって……何があっても必ず助けてやるってな」

 

「……そうだな。寧ろ私からすれば羨ましいくらいだ。裏を返せばそれだけ自分の気持ちに正直だってことだからな。それに大地のような頼れる恋人がいるじゃないか」

 

 聖ちゃん……堂々と言われるとちょっと恥ずかしいっす……。

 ここでぐだぐだしててもしゃーない。俺は半ば強引に涼子の右手を取り、立たせた。

 

「っ……」

「とにかく帰ろーぜ。文句言うなら歩きながらいくらでも聞いてやるから」

「そうだな。涼子もだいぶ頭を濡らしているから風邪でも引いたら困るぞ」

 

 聖ちゃんは鞄からタオルを取り出すと、それを涼子の頭にかけて優しく拭く。

 

「……ありがとう」

 

 彼女もようやく観念したのか、俺の手をギュッと握り返してきた。

 よし、あとは家まで届けるだけだな。しっかし涼子の奴、いつまでここにいたんだ? ここに俺達が訪れた時点で相当雨に当たってたから風邪でも引いてなきゃいいが……。

 

 

 

 

 

「……ほんとすみませんでした」

 

 涼子の家に着くなり、俺と聖ちゃんは紗織さんに頭を下げて謝った。

 

 それもそのはず、俺の不安が見事に的中し、家に着く頃に涼子が熱を出してしまったからだ。

 道中、呼吸がやや乱れていたから気にはしていたが、家に到着して安堵したのか、聖ちゃんの方へ体を預けるようによろけた。

 

 熱を測ってみれば38度近くまで上がっており、このまま放置すれば間違いなく熱が上がるのは目に見えていたため、体だけ拭いて紗織さんが寝室に寝かせてくれた。

 

「いいのよ、話はあらかた聞かせてもらったから。あの子ったらまた皆に迷惑かけて……こちらこそごめんなさいね」

「いえ……あ、あの、しかし良いんですか?」

「ん、なにが?」

「私と大地まで夕飯をご馳走になってしまって……明日は土曜で学校もお休みなのでこのまま帰るつもりだったんですけど……」

「むー、だったら尚更召し上がって下さい。あ、なんなら今日はウチに泊まってっても良いのよ。 色々と聞きたい話もあるから♪」

「わっ、分かりまし、た……」

 

 向こうの勢いに押されるがまま、聖ちゃんは頷く。

 あー……これは完全に紗織さんのペースに乗せられちまったな。こうなると紗織さんを止めれる人がいないからな。

 

 しゃーない。

 あとで俺ん家と聖ちゃんの家に連絡を入れておくか。

 

 

 

 涼子は元々アメリカで生まれ、幼少期もそこで過ごしていたらしい。

 その影響を強く受けたのか、紗織さんの食事は洋風な物が大体数を占めており、ボリュームも一般の家庭に比べたらかなり多い方だ。

 

「む……」

「あら、もしかしてあんまりお腹空いてなかった? ごめんなさい、涼子の友人が久しぶりに訪ねてくれたから気合を入れて作りすぎちゃったかしら……」

「いえ、そういうわけではなく……」

(……あ)

 

 そうか。

 聖ちゃんの家は実家がお寺だからそもそも洋風系の食事は皆無に等しいもんな。しかも聖ちゃんって肉料理があまり好きじゃないって言ってたっけ。

 

「大地。良かったらハンバーグとサラダ、交換しないか?」

「ああ、良いぜ」

 

 紗織さんが少ししょんぼりとしてしまったが事情を話し、なんとか理解を得てくれた。

 

「そっか。どうりで凛としてて落ち着いてる子だなぁって思ったわ」

「すみません。私も先に伝えておくべきでした」

「いいのよ。あ、そうだ。お詫びと言っちゃなんだけど、昨日パワ堂で美味しい和菓子の詰め合わせを買ったんだけど−–−–−」

「なっ……毎週木曜限定で10個しか販売していないあの詰め合わせを!?」

「え、ええ。良かったら2人もどうかなって思ったんだけど−–−–−」

「食べます!!」

 

 聖ちゃんの即答にビックリとした表情の紗織さん。

 気持ちは分かります。俺でさえ女性陣の甘党っぷりには未だ慣れてないですから。

 これでも昔に比べれば俺や友沢で過剰に糖分を摂りすぎないようにさせたつもりだ。

 

 

 

 

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