一回が終了して0-1。ウチが1点を追いかける形で、オープニングの初回は終わった。
打順は4番の真島キャプテンからのスタートもあり、期待はかなり高かったがレフトフライ。3番の寿也もショート前に鋭いゴロを放つもアウト。6番センター関にも雅ちゃんの横っ飛びで補殺され、結局2回もノーヒットでチェンジになった。
一方の涼子は、さっきのタイムリーを汚名返上させるかのような好投を披露。6番と7番を三振に抑えると、8番はストレートだけで三振を取り、ピンキーズ打線を切って落とした。
──そして三回の表。ここで横浜リトルが大きく動きだした。
「ここからは持久戦で行くぞ」
守備のメンバーが戻ってくるなり、監督が突然の作戦発表をしてきた。
持久戦、則ちピッチャーの球数を出来るだけ多くさせ、疲れきったタイミングで仕留める。それが一番の得策だと、監督が俺達に助言してくれた。
『8番レフト松原君』
「松原ーっ!ガンガン積極的に打てよー!」
「この回で追い付こうぜー!!」
この回で決めるのも全然嘘だ。
投手リレーで守りきるのは明白だから、そう長く粘ることはできない。
となると、攻めに出る一番のチャンスは3番の俺が必ず打席に立てる四回。
つまり、次の回が勝負所だ──。
──ッギィン!
『ファールボール!』
2ストライクになるまではヒッティングに行かず、ストライクゾーンに入った球もわざと空振りして、作戦に気付かれないよう注意を払う。
聖ちゃんのような頭が切れる捕手なら、いつバレるか分かったもんじゃない。
(低めにさえ集めれば問題ない。カーブで打たせてやろう)
コクリと頷いて投じた4球目──。
膝元ギリギリの高さで構えていたミットへ、吸い込まれるかのように落ちていく。
松原は冷静にタイミングを見て、バットに当てた。
(――バント!!?)
「なっ!?……ピッチャー!」
ピッチャーとサードの間を突くゴロ。意表を突かれた内野陣は前に出るのが遅かったため、処理を投手に任せざるを得なかった。
『アウト!』
んーっ、惜しいな。左打席だったらもしかするとセーフになったかもしれないな。
続く八番の菊地は、2-3までチップし続けて粘りを魅せるも、インハイのストレートを振らされて空振り三振に終わった。
「あのインハイ高めは打ちにくいな…」
「下からホップするように飛んできますからね。球威がなくても幻惑されますよ、アレは」
寿也やキャプテンが認めるほどの芸当だ。
俺も初めはソフトボールみたいな感覚に陥った位のレベルだったし。
『9番ピッチャー、川瀬さん』
「川瀬!」
バッターボックスに入ろうとした瞬間、監督はまたバントのサインを送った。
涼子はヘルメットの鍔をつまみながら、「はい!」と大きな声で返事をした。
(バント一つでも凄いやる気だ。この負けず嫌いさが、涼子の良い部分を引き出している最大の原動力かもしれないな)
涼子はバッティングもそこそこ得意な方のはず。それでもバント作戦で地道に体力を削らせるのを遂行するのは、それほどチームを勝たせたいという、強い意志を持ってるからなんだ。
自分で言うのもアレだけど、俺だって負けるのは絶対嫌だし、プライドも自分なりに持ってるものはある。
それでも気持ちやメンタル面では勝てないな。
特に涼子には──
「ごめんなさい…5球しか粘れなかった……」
「ドンマイドンマイ!ナイスバントだったよ!!」
一人物思いにふけてた間に涼子が戻って来て、いつの間にかチェンジになっていた。
あおいちゃんの体力をどこまで減らせられたかは分からないが、多分次の回が終わったら交代する可能性が大だ。
「……涼子」
「ん?急にどうしたの??」
「次の回だ。次で必ず点を取って、敗戦投手の汚名を消してやるからな。だから見ててくれよ」
「──うん。私は信じてるからね、大地がホームランを打ってくれるのを」
「やれやれ、随分と難しい注文だなー。ま、やるっきゃないな!」
「私のお陰で元気になった?」
「そう……だな。ほらっ!、そろそろ守備に行こうぜ」
試合も残りは丁度半分だ。
繋げてくれる人達の為にも、決意を固めて俺は守備へと就いていった。
「…………」
「どうしたの聖?ボーッとしちゃって」
「……いや…何でもない」
何だろう、このモヤモヤは──
ただ女の人との会話を見ているだけなのに…。
不思議と心が痛くなってくる。
打順は8番ファーストの岡崎から。
このバッターと次のあおいちゃんはそれほどバッティングが上手いわけではない。ここを2つアウトにして、矢部君からの上位打線さえ乗り切れば、まだ勝つ可能性は充分ある。
初球、真ん中高めの優しいコース。が、バットは空を切ってストライクになった。
2球目は緩急をつけたカーブを無理矢理振ってくも、振らされて2-0。
「くそっ……!」
お、バッターが苛ついてるな。よし、ならあのボールを使うか。
俺が送ったサインはど真ん中のスローボール──。
流石に涼子が困惑しているが、今の相手の状態なら行けるはずだ。俺を信じて投げてこい!!
アイコンタクトで意志を通し、涼子も頷いて投げた。
予想通り、裏をかかれた岡崎はただのスローボールを力任せにスイングして三振。まさかの配球に悔しがりながらベンチへと戻っていった。
ラストバッターのあおいちゃんには遊び球なしの三球勝負で抑え、これでツーアウトだ。
『1番センター、矢部君』
このタイミングでこのバッターか……。
さっきよりもバットを短く持ってるってことは、コンパクトに振って安打を狙うわけだな。
「内野前進!外野も少し前に出てフォローお願い!!」
「おう、後ろは任せろよ!」
「涼子ちゃん!打たせていこう!!」
「打てなかった分、きっちり守るぜ!」
聞こえるか、涼子。
皆が俺達の為、チームの為に頑張ってくれてる。
その期待に俺達も答えようぜ。
(外角は流し打ちされる可能性がある。バットを短く持ってる以上、インコースで詰まらせて守りきるぞ)
ロージンを付け直し、涼子が振り被った。まずは打者の懐へ突き刺すストレートを見逃した。
『ストラーイク!』
「……っ!」
審判が高々と手を挙げてコールした。どうやら矢部君はボールだと思ったらしい。
クロスファイヤーは対角線上を通ってミットに入る球だ。その軌道は真っ直ぐよりもホームベースを掠めるような錯覚が見えやすく、多少ボールでもストライクと判定してしまうことが多い。
その習性を利用して、同じコースにカーブを投じさせた。が、これは地面にワンバウンドしてボールとなる。
(大丈夫、ボールは走ってるぞ。一旦アウトコースの見せ球で振らせてこう)
内側攻めと見せかけて外で振らせる!
その念が通じたのか、見逃せばギリギリボールだったカーブをスイング。ガスッと弱々しい当たりが一塁側に転がる。
『ファール、ファール!』
「矢部君落ち着いて!今のはボール球だよー!」
「三振してもいい。冷静に球筋を見て振るんだ」
「…分かったでヤンス!」
聖ちゃんと薬師寺のアドバイスで目付きが変わった──。
矢部君の見つめる先はピッチャーのみ。迷いはない表情、だな。
(インコース低めのムービング。これでサードかショートに打たせて締めるぞ)
一番難しい要求かもしれない。
だけど涼子の力なら制球出来るはずだ、来い!!
ワインドアップ、そしてリリース。
無駄のない投球過程から放たれたボールは、どんどん構えていた所へ吸い込まれていった。
ッガギィン!と甲高い音が鳴り響きながら、打球はサード頭上へ上がる。
キャプテンが「オーライ」と手を挙げてパシッと皮の良い音と共にキャッチした。
『アウト!スリーアウト、チェンジ!!』
「っしゃあ!」
堪らずベース上でガッツポーズをし、何とか矢部君を抑えることが出来た。
さて、俺達の反撃はここからだぜ!!
☆
「早川さん、次の回どうしますか?」
神下監督が私の肩に手を置いて尋ねてきた。
うん、分かってるんだ。相手の作戦に嵌められていたことは。
あのバント作戦やカットでの粘りはボクのスタミナを削る策で、あの積極的な素振りもフェイクなのだ。
でも私は一つやっておきたいことがある──
「……必ず0点で抑えます。なのでこの回だけは投げさせて下さい!」
聖はボクにだけ、一ノ瀬大地という人の人物像を教えてくれた。元暁リトルの4番を任せれ、リトルリーグ屈指の好打者だということ。
それを聞いてボクは決めたんだ。
彼を必ず全打席三振してやる、と
浅はかで、自分勝手な願いかもしれない。でも試したいんだ!自分のボールは全国No.1の男子に通用するかを。
1打席目を三振に取れて、もう後には退けない。この密かな挑戦が達成出来そうなチャンスなんだから。
「…分かったわ。早川さんに次の回も任せます。しかし任せるからには無失点ですよ、分かりましたね?」
「はい!勿論です!!」
やるしかない。ここを無失点に、そして一ノ瀬君を三振させるんだ!
女子にだって野球がやれること、皆に思い知らせてやるんだから!!
☆
四回の表もあおいちゃんの続投で、迎えるは1番に戻って伊達さんからだ。
その初球はカーブが外れてボールとなる。
(球威が弱くなってる。これなら……いける!)
続く2球目。
少し高めに浮いたストレート。
伊達さんは逆らわずセンター返しをし、痛烈なライナーで矢部君の前に落ちた。
「おーしっ、ナイスヒットー!!」
「ようやく初ランナーが出たね!」
「ああ。頼むぜ村井!」
同じ5年生の村井が打席に立つ。
(と言われても、サインはバントなんだよね…)
少し不本意ながらも、初球のストレートを丁寧に合わせてファーストに転がせた。
アウトにはなったが、これでスコアリングポジションにランナーは進められた。
『3番キャッチャー、一ノ瀬君』
いい仕事をありがとう村井。後は俺に任せとけ!
「大地君狙い打ちだよー!!!」
「お前がダメでも次は俺だ。気楽に振ってけ!」
キャプテン。残念だけど俺はここで打ちますよ!
だって涼子と約束したんだからな。次の打席はホームランってな。
「…お願いします!」
一礼してバッターボックスへと入る。
乱れている地面を足で馴らし、ゆったりとバットを構えた。
明らかにあおいちゃんの体力はなくなってきている。
それでも帽子奥底の目は、輝きを失っていない。
油断は出来ない。全神経をボールにだけ集中させ、ギュッ!ときつく絞るかのようにグリップを握った。
「あおい、ここが正念場だ!!気持ちを強く持て!!」
聖ちゃんの声に大きく頷いて応えた。
さぁ、ここが勝負だ!!
パァァァンッ!!と心地よい捕球音が鳴り響く。
ミットは低めギリギリに構えられ、カウントは無論ストライクだ。
(……球威が戻った……?)
初回よりも手元でグンッと伸びてきた。
聖ちゃんの激励のお陰か?それとも勝利への執着心が支えてるのか?はたまた、もっと違う事への……?
(くそっ、ここしかないんだ。ここで打って逆転するしかないんだよ!)
気合いを入れ直し、再び打席に立つ。
2球目はベース前で大きく曲がるカーブが、外に外れてボール。カウントは1-1だ。
カーブの切れ味も戻ってきている。ここはスピードの遅いカーブに狙いを定め、ストレートは徹底的にカットだ!
4球目──。
俺が狙っていた球種、カーブだ。
無理に引っ張ろうとはするな。冷静に……引き付けて……ここだ!!!
──ッキィィイインッ!!!!!
低い弾道を描きながら、一塁線上へ飛んでいく。
頼む……フェンスを越えてくれぇ──っ!!!
『ファ、ファール!!』
「うわぁ!惜しいよ!!!」
「マジかよ!今絶対入ってただろ!!!」
「でも打てる!打てるぞー!!」
ベンチから大きな溜め息と声がうっすらと聞こえる。
今は打てる打てないの問題じゃない。打つしか勝ち目はねーんだよ!!!
「た、タイムを!」
堪らず聖ちゃんがタイムを取り、マウンドへ駆け寄る。
「……聖」
「あおい…多分、もうストレートとカーブだけでは抑えきれないと思う」
「………うん」
「分かってると思うが……あの球を解禁するのは今しかないと……」
「ふぅ~…聖、ここまで私のワガママに付き合ってくれてありがとう」
「……え?」
「私の一番のウイニングショット、これで最後にするよ」
「あおい…」
「ボクはリードを信じて投げる。だから聖はピッチャーを信じて構えてくれる?」
「…分かった。それで行こう」
「うん!」
面を付け直しながら、聖ちゃんが戻ってきた。
ん、あの顔はどうやら決意を固めたって顔だな。
「……覚悟は決めたのか」
「ああ、悪いが三振で終わらせてもらうぞ」
「そうか。それならこちらもホームランを打たせてもらうぜ」
互いにピリピリとした空気の中、静寂に見つめ合う。
そんな雰囲気を破ったのはあおいからだ。
全身全霊をかけて振りかぶり、右腕を大きくしならせて放った。
回転を見ろ
速さを見ろ
コースを見るんだ!
やってくるボールに合わせる。俺は無意識の中でその打ち方をする。
そして、一閃とフルスイングをした──。
☆
「残念…だったな」
電工掲示板には4-2の文字がくっきりと映り、それに目を通した薬師寺君が重い沈黙を打ち破るかのように、ボソッと呟いた。
「でも皆よく頑張ったと思う。あの横浜リトル相手に一時は勝ってたんだぜ?もっと前向きに──」
「ボクのせいだよ!!」
慰めの言葉に嫌気が差したボクは、つい声をあげてしまう。
「ボクがあそこで打たれなければ……そうすれば………ううっ……」
私のウイニングショット──そう、シンカーボールを彼は一発で冊越えのホームランにしたのだ。一番の、最高のボールを……。
このシンカーは、まだ肩が出来上がっていない小学生が投げるには負担が大きすぎると、ドクターストップが宣告されている球種だ。でもこれが投げれなければこの先、ボクは上へは必ず行けない。そんな思いがふと心を過り、解禁することを決めたが結果はこのザマだ。
悔しさのあまりに目から湧き出てくる。
ダメだ、泣くなボク。皆がいる前でこんな情けない姿を見せちゃダメだ。
だが、無情にも水滴はポタポタと地面へ落ちていく。
もう嫌だ──どうして今日の先発をやったんだろう。
「こんな情けないピッチングをするぐらいなら、みずきが投げた方が絶対──」
「それは違う!!!!」
「………え…」
不意に怒鳴ったのは薬師寺君だ。
「今日の試合で負けたのはお前だけのせいじゃない!ここにいる皆のせいなんだ!!俺なんかたった一本ヒットが打てただけで、後は何にも結果が残せなかったんだぞ!!!矢部や六道、小山だって肝心な所で打てなかったし、橘だって中継ぎとしての役目が不十分だった。それなのにお前一人が悪いような言い方をするなよ!!!!」
「………」
「そうでヤンス!オイラがもっと塁に出てれば勝てたでヤンスし!」
「私も最終回で失点しちゃったし……全部あおいに責任があるわけではないわ」
「そうだよ。でも私は皆が一丸となって挑めたから悔いはないよ。寧ろ試合には負けちゃったけど、ある意味では最高の試合が出来たと私は思う!」
「……皆…」
「だから泣くなあおい。皆で今日のことを反省して、明日また頑張ろうな。それで次対戦するときに勝つのは私らだ!」
チームメイト全員が手を取り合ってくれる。
その優しさにボクはまた涙が流れ出てきた。
こんなこと、前にもあった。
昨年の秋、延長の末に破れた帝王リトルとの対戦の時だ。試合終盤まで0が並び合う大接戦の試合、それにボクが5回に登板した。
──その結果、7回に友沢君からサヨナラホームランを打たれて負けに。あの時も打たれた球種はシンカーで、シチュエーションもほぼ同じだった。
あの敗戦で学んだはずなのに、また同じ過ちをしてしまったのだ。
もう悔しすぎて言葉に出せないくらい、悔しい──!
「…ボクは悔しいよ!正直まだやれることはあった、そう感じたよ!!だから──このままじゃ引き下がれないよ。もう一度鍛え直して、秋には必ずリベンジする!」
「おおっ!ようやくあおいらしくなったわね!」
「ここからでヤンスね!オイラの最強伝説が始まるのは!!」
「うん……それはちょっと…」
「ない…な」
「皆酷いでヤンス!」
『アハハハハハ!!』
「ははっ……よしっ、帰って反省会をしたらバッティングセンターにでも行くか!」
「いいわね、勿論メガネの奢りで!」
「そ、それだけはやめてくれでヤンス~」
やっぱりこの雰囲気だ。
この和やかなムードがボクや皆を強くしてくれる。
嫌なことがあっても辞められないよね、野球は。
「…………」
「…ねぇ、聖」
「ん……なんだ?」
「そういえば彼に思いを伝えなくていいの?」
「なーっ!?い、今はいい!試合が終わったばかりで大地だって迷惑だろっ!?」
「ふふっ、ボクは一ノ瀬君の名前なんて出してないけれど?」
「くっ……もうほっといてくれ!」
顔が凄く真っ赤。やっぱり聖は一ノ瀬君のことが…。
今日は勝負にも試合にも負けたよ。
夏の大会、次の相手も強敵揃いだと思う。
でもボク達に勝ったんだから負けないでよね!
頼れる仲間たちと共に、ボクはさらに強くなる――そう誓ったのだった。
☆
「寿也君…?」
試合後の柔軟と涼子のクールダウンも終えてバスに乗り込もうとした時のことだ。
「あ…!確か皆は…三船リトルの…」
胸に大きくDの文字、色は青を基調として赤のラインが入ったユニフォーム。
三船リトル、別名『三船ドルフィンズ』のメンバーた。
「小森君だよね?もしかして僕たちの試合を見てくれてたの?」
「うん。とても良い試合だったと思うよ。寿也君も大活躍だったけど、特に3番の…」
「俺?俺は一ノ瀬大地だよ」
「そう、一ノ瀬君のあのホームラン。とても僕には打てないや」
「おい小森!ウチの四番がそんな弱気でどーするんだよ!」
「そうだそうだ。そんな気持ちじゃ本田の所になんて行けないぞー」
「え、と……この人達は?」
「ごめん、紹介してなかったね。僕の名前は小森大介。こちらが沢村涼太君で、こっちは清水薫さんだよ」
「紹介ありがとう。皆よろしくね」
この人達が去年の神奈川ベスト4、か。
とてもそんな風には見えないけどな…。
「そういえば吾朗君の姿がさっきから見えないけど……今どこにいるの?」
ああ、そうか。前に寿也や涼子が話してた『本田吾朗』、三船リトルの一員だったんだよな。
エースを任せながらも4番を打つ天才。ウチも去年やられたんだっけ。
でも寿也の様子を見る限り、吾朗の姿が全然見えない。何かあったのか……?
「そっか、まだ寿也君達は知らないんだよね」
頭の上に?が過る。
涼子が「何かあったの?」と聞くと、小森は複雑そうな表情になりながらゆっくりと喋った――
「本田君はもういないよ」
一瞬の沈黙が漂う。
ただ一人、俺だけはイマイチこの話が理解できないまま、ついこう聞いてしまった。
「いないって……じゃあどこにいるんだ?」
「──福岡」
「?、福岡?」
真っ先に教えてくれたのは清水さんだ。
沢村が話すのを制止しようとするが、その手を振りほどいて続けた。
「本田の父親は『津々家バルカンズ』のエース、『茂野英毅』選手なんだ。だけど去年のオフにFAを使って福岡を本拠地とする球団、『極亜久やんきーズ』に移籍したらしい。だから…本田の奴も一緒に……」
「清水さん……」
清水さんの目からは一瞬であったが、一筋の涙が見えた。
…思い出したくないことだったのか。詳しい事情はよく知らないが、大切な仲間がいなくなったんだもんな。
「ごめん。辛いこと聞いちゃったか」
「ううん…いいんだ。そのかわりに私たちも決めたことがあるんだから」
「決めたこと?」
涙をグシグシと無理矢理拭き、大きな声でこう宣言した。
「横浜リトルや帝王リトルに勝って、全国大会への切符を手に入れる!そうすれば本田にだって会えるんだ!!」
清水さんの顔は本気だ。この強豪犇めく神奈川を制し、全国への出場権を掴む気だ。仮に俺等や帝王に勝ったとしても、全国で勝ち上がるなんてかなり難しいことである。去年体験した俺が、一番肌で感じているんだから。
「そうだよね!頑張って勝ち上がって、僕も本田君に会いたいよ!」
「勝手にいなくなっちまったアイツに、説教の一つや二つ、してやんないとな~」
「絶対許してやらないんだから…本田の奴~っ!!」
うわぁ……怖ぇー…しかも皆ガチで狙ってるのか。
ふっ、そりゃ面白い!
「なら俺も目指すぜ。吾朗を倒して、猪狩も倒す。そして横浜リトルが日本一になる日を再び掴んでやるよ!」
「……そうね。私たちも負けてられないわ!」
「次の対戦相手は抽選で決めるらしいけど、もし三船リトルと当たったらリベンジさせてもらうよ!」
「望む所だね。ま、僕の超ビッグストレートの敵になれば良いけとね…」
「沢村。アンタはもうピッチャーやらないから安心しろ。そんなヘナヘナボールじゃもう勝てないから」
「はははーっ、そんな言い方はないと思うけど清水さん?!」
ぷっ、ヘナヘナボールって……なんだか面白いチームだなぁ。
……でも待てよ。もうピッチャーじゃないって事は、他に誰か強力なエースがいるのか……?
「じゃあそろそろバスを待たせてるから…」
バスの窓からキャプテンやチームメイト達が観客のように、これまでのやり取りを見ていた。
やべっ、かなり待たせちまったな。
「じゃあね、寿也君、川瀬さん、大地君」
「おう。次会うときはグラウンドでなー」
「じゃあねー♪」
その後、皆を待たせた罰としてジュースを奢らされる羽目になってしまったが、帰りの道中で声を開く者はいなかった。
昨年付けられた黒星──。
それだけに因縁深い相手でもあるんだ。
事情がどうとかは知らないけど、俺のやるべき事は1つだけだ。
――勝って全員で日本一を掴む。
それを達成するまでは絶対に負けないからな。