はくのんの受難   作:片仮名

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十話

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に立つ、フードを被った一人の男。

 私は間違いなく、彼という男を――――英霊を知っている!

 

「あぁ、思い出したぜ。あのすかしたアーチャーのマスターか……んで、何の因果かこの英雄王のマスターでもあると。なぁ嬢ちゃん、もしかしてアンタお仲間(幸運E)か?」

 

 え、あの……え。

 その不憫な人を見る目は一体なに。

 というか、やっぱり貴方はあの時、凛と組んでいたサーヴァント――――クーフーリンなのか。

 

「おうよ。まぁ本来なら真名をばらすのはご法度だが、嬢ちゃんたちなら問題ない。ただ、俺は嬢ちゃんの知るランサーじゃなくて、今回はキャスターだけどな」

 

 ああ、なるほど。

 だから今回はとってもまともな恰好をしているのか。

 

「…………な、なんか聞き捨てならないことを聞いた気がするが、まぁいい。って、なぁ嬢ちゃん、悪いんだけどよ……そこの殺す気満々の英雄王を止めちゃあくれねえか? 今の俺じゃあまず瞬殺されちまうからよ」

 

「我は犬は好かん。特に青い犬はな……見ている分には非常に愉悦だが」

 

 ギルガメッシュの殺気は収まらない。

 というかこの感じ、ギルガメッシュもランサーじゃなかった、キャスターと知り合いだったのか。

 しかし出典は別のはずだから、これまた可能性があるとすれば、

 

「そうだ。我ではない我が、また別の聖杯戦争でこやつと共に召喚されていた。まぁ実際は少し違うのだが……結果的に我自らが手を下した時もある」

 

 そういうことか。

 だからこうやって殺意満々で背後の空間を揺らしているわけか――――いややめてください。

 せっかく仲間になりたそうにこっちを見てるのに殺すことはないでしょう!

 

「いや間違っちゃいねぇがなんだ、いや、いい」

 

 何だか諦めたようにキャスターが肩をすくめる。

 その光景に首をかしげながら、とりあえず先ほどから私の背中をつつく所長へと振り返る。

 

「……無視されてるのかと思ったわ。ねぇ、貴方まさか、あのキャスターとまで知り合いなの? いきなり真名当てるし、もしかして月の聖杯戦争とやらの相手だったのかしら?」

 

 その通りである。

 半神半人のケルトにおける大英雄であり、因果逆転の必殺の槍を持つランサーだった男。

 今はキャスターとして召喚されているようだが、人となりは真に英雄のものだ。

 簡単に言うと、口は悪いけど面倒見のいいお兄さん。

 

「なるほど。先輩の翻訳はとても分かりやすくて為になります」

 

「俗物じみてるっていいなさい。いえ、おかげで分かりやすいんだけど」

 

 まぁ俗物だからね。

 平凡なクラスから三番目の女子高生だからね。

 

「で、どうする白野。この犬は今すぐ挽肉にし、そこいらの怨霊にでも喰わせるか?」

 

「テメェはどうしてそう物騒な発想しかできねぇんだ!? こっちに敵対の意志はねぇよ! ちょいと面倒な事態で俺一人じゃあ手におえねえから、こうやって出てきたんだろうが! 俺は事情を説明する、お前らはなんでこの町がこうなったかを知る、悪い条件じゃねえだろ?」

 

「ふん、大方すべての原因は大聖杯だろう。あの雑種共が泥に反応し群がってきたのがその証拠よ」

 

 泥に群がって来た?

 この中に泥なんてものを持っている人はいないはずだが――――まさか。

 

「先ほど見せてやったであろう。あの泥もまた汚染された聖杯からあふれ出た、聖杯の一部だ。目敏くも聖杯の気配を嗅ぎ付け、愚かにも誘われた雑種共を見ればすぐに分かろう」

 

 あれか――――!

 あれ聖杯の一部か、なんてものを飲ませようとしているのだこの英雄王は!

 おまけに汚染されてるとか、完全に私の事を変なので上書きしようとしたな!?

 

「問題などない。あの程度の泥、貴様が飲み干せんはずもない。セイヴァーの光を退け、『この世全ての欲』を退けた貴様には害にもならん。あれで『この世全ての悪』だというのだから傑作よな」

 

 ああ、もう、こういう人だったけど、こういう人だったけど!

 なんだかどんどんハードルが上がり、同時に命にかかわる危険度も倍プッシュだよ。

 

 ――――というか大聖杯ってなんぞ?

 

「この聖杯戦争には二つの聖杯があった。人形に埋め込まれた小聖杯、そして大本たる大聖杯とな。それぞれが持つ役目など、今となっては何の意味もあるまい。ただ大聖杯さえ破壊してしまえば全て終わると知っていればよい」

 

 じゃあ大聖杯壊せば終わりか。

 ならば私たちの目標はその大聖杯の元へと向かい破壊することとなるわけだ。

 まったく、知っていたならもったいぶらず早く教えてくれればいいものを。 

 

「あの、先輩。突っ込みどころは他にもあると思うのですが……」

 

 いいんだ、なんでそんなものの泥を持っているのかなんて大した問題じゃない。

 この世の宝を蔵に収めた英雄王は何を持っていてもおかしくはないのだ。

 

 ――――いいね?

 

「あ、はい」

 

 マシュが反射的にうなずく。

 それを見届けた後、どうやってギルガメッシュにキャスターの同行を許してもらうかを考える。

 何か、何かギルガメッシュが納得するような利点はないだろうか。

 純粋に手数が増えるのはいいとして、それ以外は大抵ギルガメッシュ一人でカバーできてしまうのが痛い。

 いや実際には素晴らしいことなのだが、こういう時には困ったものである。

 

「何を悩む必要がある。大方そこの犬はこの元凶たる大聖杯の場所を知っているのだろうが、それは我も知りえることだ。精々、どのようなサーヴァントが召喚されていたのか聞き出してしまえばもう用などあるまい?」

 

「……今決めたぜ、絶対に敵サーヴァントの情報は明かさねぇ」

 

 素晴らしい判断だと思う。

 私は全面的に応援しよう――――形だけな!

 

「清々しいな、というか開き直ったな!? 昔の嬢ちゃんはまだ初々しいガキだったってのに……まだこっちのデミ・サーヴァントの方が初々しいぜ?」

 

 何度も死にかければこうなる。

 一つの事に執着するのもいいが、ただそれだけを見ていては何かを見落とすのだ。

 そう、例えば今のように――――

 

 ――――マシュのマシュマロは私の物だー!

 

 光る骨子でできた守り刀を片手に魔術、hack(16)を発動。

 その光は、マシュを初々しいとか言いつつそのお尻に手を伸ばすセクハラサーヴァントに向かう。

 

「うぉ!? ちょ、今の俺は対魔力ねぇんだから勘弁しろよ!?」

 

 ――――マシュに手を出そうとするからだ。というか避けるな。

 

「表情変えずに言われてもな……躊躇もなくなってやがる。愛されてるな、デミの嬢ちゃん」

 

 マシュの頬が赤く染まるのが初々しい。

 その表情が見れただけで私のMPは大幅に回復した――気がする。

 本当ならあそこでギルガメッシュを差し向けて消滅させてしまおうかとも思ったのだが、私はそこまでキチってないのだ。気に入らないから取りあえずぶっ殺してしまおうでは、今まで出会ったおかしな人たちとなんら変わりないのだから。

 

「……すまん嬢ちゃん。称賛するぜ、いやホント。そっちに入らず手前で踏みとどまるその精神力は恐れ入る」

 

 私がそっちに入ったら終わりだと思ってる。

 止めてくれそうなの、アーチャーしかいなそうだし。

 まぁ取りあえずその話はここまでとしよう。いい加減ギルガメッシュをどうにかせねば。

 ねぇキャスター、何か自分にしかできないことってないの。

 

「面接が始まりやがったよ。いやまぁ、今の俺にできることと言えばルーン魔術くらいのもんなんだがよ――――と、そうだデミの嬢ちゃん。ちょいと聞きたいことがあるんだが、嬢ちゃんはその宝具は使えるのか?」

 

 するとマシュ、ピクリと体を揺らして申し訳なさそうに口を開く。

 

「すみません先輩。黙っているつもりはなかったのですが、私は現在、この宝具を使用することができません。そもそも元の英霊の真名も分からないため、この宝具の名を分からず……」

 

「まぁそんなこったろうと思ったぜ。デミの嬢ちゃんにすべてを託したその英霊が何を考えてんのかは知らねぇが、丁度いい。デミの嬢ちゃんが宝具を使えるよう、俺が稽古をつけてやるよ。そこの英雄王じゃ加減が効かねぇだろ?」

 

 ちらりとキャスターがギルガメッシュを見る。

 するとギルガメッシュは意外なことに顎に手を当てどうやら思案気味。

 キャスターがそれを肯定と取ったのか、何故か所長に近づいて行った。

 

「所長ってこたぁ、まぁ指揮官みたいなもんだよな? 本当なら嬢ちゃんにルーンを刻みたいところだが、んなことすりゃあ針山にされちまうからよ。じゃあ次に優先度の高いアンタに刻んでおこうってな。よし、厄寄せ完了」

 

「――――え、え? なにしてるの、何してるの? なんで私のコートに禍々しいルーン刻んでるの?」

 

「安心しろ、アンタならまぁ襲われても自力で何とかなる程度の腕前はあるだろ? あのデミの嬢ちゃんの頑張りに期待しな、そうすりゃ早く済むだろ」

 

 愕然。

 そんな二文字がよく似合う所長の表情を見て、ギルガメッシュがニヤリと笑う。

 あ、これはアレだ、愉悦を見つけてしまったときの悪い顔だ。人の泥くさい足掻きを見て楽しもうとしているのだ。

 

「良し、許すぞ。精々我を愉しませよ。結果次第では犬、貴様の現界を認めてやろうではないか。ふはははは!」

 

「相変わらず歪んでやがんなァ…………まぁそういうこと何で頑張ってくれや」

 

「いいいい、意味が分からないんですけど――――!?」

 

「ああ、魑魅魍魎の類が、街灯に誘われる虫のように――――!?」

 

「よしよし、こんだけ集まれば十分だろ。修行における鉄則にこうあるだろ――――理性を捨てろって」

 

 ないよ。

 

「ないわよ!?」

 

 あったとしてもなんで巻き込まれるの私、そう叫ぶ所長が可愛そうになってきた。

 

「いやいや、やってみりゃ分かる。俺も昔はこうやってギリギリまで追い込まれ、気づいたらこのザマだ。なぁんか修行の途中から記憶がなくなってやがんだが、はっと気づけばこれ俺死ぬんじゃねって修行も終わっててな。実体験があるから安心だろ?」

 

「英雄と一緒にしないでくれる!? いやマシュは英雄だけど、デミだけど!」

 

「……? じゃあ問題なくねぇか? 修行すんのデミの嬢ちゃんだし」

 

「」

 

 言葉を失った所長の目が濁っている。

 ああもうこれ、いつぞやの私を思い出して切なくなってくる。

 

 ――――大丈夫、私も付き合うから。

 

「……一番まともなのは、やっぱり人なのね」

 

 ほろりと涙を流す所長を見て、なんだか私も悲しくなった。

 心が痛いとかじゃなく、なんて的を射た発言なんだろうと実感して。

 

「取りあえず、ケルトは信じちゃだめね。あの戦闘用スーツ、帰ったら仕様変更させてやるわ」

 

 円卓もね。

 あそこバケモノの巣窟だから。

 と、所長所長、進展があったようだ。

 

「もしかしてもう使用できるようになったの?」

 

 いや、なんだか敵が増量してマシュを素通りするのがちらほらと。

 要はヘイトUP的な、盾より視線集めちゃってる的な。

 

「いや――――!? コートね、コートを脱げばいいのね!? かかったお金より命よ! 私はそれを今ここで学んだわ!」

 

 所長、コート貫通して刻まれてる。

 それはもう禍々しいのが所長の背中に。

 脱ぐの、それも脱いじゃうの?

 

「何をワクワクしているの!? 脱ぐはずがないでしょう!? というかなんでアナタは余裕なの!?」

 

 だって、ギルガメッシュがいるし。

 ふはははは、こんな雑魚どもはギルガメッシュがいれば敵ではない――――いれば。

 左を見る、右を見る、前に後ろに、金ぴかはいない……うん?

 あれギルガメッシュどこー?

 

「はははは! 良いぞ、その生き汚い足掻きは見物である。どうした白野、その程度の雑魚、敵ではないのだろう。ほれ、我はここにいるぞ――――手は貸さんがな! うむ、その上がって落ちる愕然とした表情が見たかった。いつみてもそそる表情よな!」

 

 廃ビルの上、私では到底届かないその頂上に彼はいた。

 それはもう何かに満たされているかのような輝かしい笑顔で。

 

「英雄王には貴方の鉄仮面も読み取れるのね……元気出しなさい」

 

 反射的にヒシッと所長に抱き着く。

 これが大人か、大人の抱擁感か……泣ける。

 ごめんよ、頼りないなんてこっそり思っててごめんよ! 

 やっぱり所長はこの場におけるただ一人の大人だよー!

 

『あ、あれ、僕も大人の枠だと思うんだけど……というか、僕の知らない間に何があったの』

 

「せせせ先輩!? 所長が少しというかうらやましいというかああでもそんな余裕もなくなってきてますが取りあえず終わったら私にもなにかご褒美をー!」

 

 その後、ギルガメッシュはマシュが宝具を発動させるその時まで、一切手を貸してくれなかった。

 同時に私はキャスターの言が正しかった事を知る――――だって気づいたら終わってたんだもの。

 

 この時私は心に誓った。

 ケルトとは関わらないようにしよう、と。

 

 

 


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