今回、イジメの描写があります。
もしかすると読んでくださる方の中にはそれが原因でフラッシュバックを引き起こす方がいるかもしれません。
そのような方はブラウザバックをお願いします。
大丈夫なのであれば、どうぞよろしくお願いします。
——逃げろ!お前は逃げるんだ!——
——嫌!私も戦う!——
——バカ!俺のそばを離れるんじゃねえ!——
——危ない!避けて!——
——っち!くそったれがぁぁぁぁぁっ!——
——…………ごめん…………もうダメみたいだよ…………——
——バカなことを言うんじゃねえ!死ぬな!——
——…………ばいばい…………——
「——っ!」
夢を見ていたようだ。だが、俺にとっては見たくもない夢ではあったが…………。何に恐れているのか、真夏でもないというのに俺の全身からは汗が吹き出している。
(懐かしい夢、だったな…………久しぶりだな、これを見るのも…………)
反面、どこか懐かしく思っている自分もいる。彼奴と会えるのはこの夢の中だけでしかない。もう俺は…………彼奴とは二度と会えないからな。だが、その夢を見るたびに俺は自分の力の無さに打ちひしがれてしまう。あの時…………あの時俺が油断しなければ…………。そう思う度、自分というものが嫌になってくる。そして、誰かを失うということが俺は怖い…………だから、必要以上の馴れ合いなどはしなくない。
(くそっ…………)
嫌なところで夢から覚めてしまったせいか、今の気分は最悪の状態だ。こんな状態でまた眠りにつくなどできそうにない。
(顔でも洗いに行くか…………)
そう思った俺は床を出て洗面所へと向かった。顔でも洗えば少しは気分がマシにはなるだろう。チッ…………まだ朝も開けてないのに最悪の目覚めだ…………。
◇
「よぉ、ルオン!今朝はやけに早いな」
「…………俺が早いと何か問題でもあるのか?」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
あの後結局寝ることなどできず、無駄な時間を過ごしていた。そのせいなのか苛々が収まる気配が見られない。ちょっとしたことでも怒りが滲み出そうになる。…………俺の場合はそれが本来の姿なんだろうが、そんなことは関係ない。俺は俺だ、他の奴らとは一緒にされたくない。
「…………そうかよ」
「全く、朝からやさぐれているな。またあの夢か?」
「ああ…………その通りだ。また彼奴の夢を見てしまった。暫くの間、苛々が消えそうにはない」
「仕方ねえな。ジン、どうするんだ?」
「彼奴の好きなようにさせるさ。クロウ、朝ご飯の用意を頼む」
「はいよ」
黒髪のジンと呼ばれた奴に言われて色黒のクロウと呼ばれた奴は朝飯の準備を始めた。こいつらはそれぞれ影刃ジン、黒虎クロウという。俺と共に生活している奴らだ。
「おはよー。あ、ルオン、今日は早いね」
「うぃーす、飯まだ?お?お前が早起きとは珍しいな、ルオン」
「チッ…………好きで早起きした訳じゃねえよ」
二階から降りてきた蒼色と桜色の髪が特徴的な男女が俺にそう言ってきた。こいつらは蒼天リオ、桜花レイ。ジンやクロウと同じく同居人だ。この家には俺を含め五人が住んでいる。それにしても…………どいつもこいつも俺が早起きしているってことに疑問を持ちすぎだろ…………好きでもないのに早起きしたものだから、こっちは機嫌悪いってのに…………おまけに朝からイチャイチャしてんじゃねえよ…………。
「ほら、朝飯出来たぞ。早いとこ食ってくれ」
「だそうだ。リオもレイもそこでイチャイチャしてないで、朝ご飯にしよう」
「へーい」
「はーい」
どうやら朝飯ができたようだ。だが俺はそんな気分じゃない…………虫の居所が悪い時は何も口にしたくない。それでも、胃の中に何かを入れておかなければ、俺の体を維持するのは困難になる。
「ほら、ルオンもそろそろ機嫌を直して朝ご飯にしよう」
「悪い…………今日の俺はこれだけで十分だ」
ジンに朝飯を食えと促されるが、そんな気分ではない俺は俺の分として出されているパンを鷲掴みにした。最低限、こいつさえ腹に入れておけばなんとかなる。
「先に行ってる」
「お、おいルオ——」
クロウの奴が何か俺を呼んだ気がするが、俺は気になどしない。鞄を片手に持ち、もう片方の手に持ってるパンを噛みちぎりながら、俺は家を出た。全く…………なんで学校に行く必要があるのかわからねえ。どうせ行っても、生きるのにも大して必要のない訳のわからねえ事を教えられるだけだ。使い道なんてあるのか?俺の場合、基本的に全部寝て過ごすか、ただ漠然と外を眺めているだけだ。そうやってこれまでも過ごしてきた。関心など何処にも向かない。今の俺は死んでいるも同然だからな…………。
「よぉっ、ルオン!おはよーござい——」
「死ね」
「普通の挨拶なのに朝から容赦ねぇ!?」
「お前が煩いのが悪い。人が機嫌悪くしているってのに、無駄にでかい声で話しかけて来やがって…………」
濃緑の短髪が特徴的な男が俺にそう挨拶をしてきた。だが、それが異様に煩い。とにかく煩い。こいつのせいで何回鼓膜が破れそうになったのやら…………。そんなこいつの名前は暴牙ジョウ。昔からの付き合いがある腐れ縁だ。付き合い自体はジン達よりも古い。
「いいじゃん、いいじゃん。いつも無愛想なお前とやけに明るい俺がいれば釣り合いがとれるだろ?」
「まぁ…………確かにそれはそうだが…………俺は無愛想じゃないぞ」
「それはいい冗談だな!」
そう快活に笑うジョウを俺は一瞥し先へと進む。
「って、おい!?置いてくなよ!」
「バカ笑いしているお前が悪いんだろ」
「ったく、つれない奴だなぁ…………」
「無駄口はいい。さっさと行くぞ」
「へいへい」
ジョウはそんな風に気軽に返してきた。…………こんな奴だから俺といても苦にならないなのかもしれないな。それに、こいつは殺しても死にそうにないし。こいつのバカは死んでも治らなさそうだしな。
そうこうしているうちに学校へと着いた。さて、今日はどうやって時間を潰そうか…………。
◇◇◇
(あっ…………やっぱり無くなってる…………)
朝、学校に来た私を迎えていたのは下駄箱の中にある片っぽだけの内履き。それも、色んな落書きをされていて大分汚れている。ついこの間も無くなって、新しく買い換えたばかりなのに…………。
「はぁ…………」
ため息だけが漏れる。殆どいつものこと、こんな事にも慣れてきてしまった。だけど嫌な気持ちになるのは当たり前。どうして私だけがこんな目にあうのかと考えてしまう。でも、今日は一人だったからよかったかもしれない。誰にも迷惑をかける心配がないしね。
残されたもう片方の内履きを取り出して床に置き、それを履いた。片っぽだけじゃ意味ないって思われるかもしれないけど、あるのとないのとじゃ結構違うよ。前は両方隠されて、靴下で教室に向かったら私の椅子の周りに画鋲が沢山撒かれていたから、あの時は踏まないように避けるのが辛かった。だからもしそうされていたら、内履きを使って画鋲を避けることができるからね。そう考えているだけで何処か私の心は沈んだ気持ちになってきた。
教室までの道のりの間、何処からともなくひそひそ声で何か話しているのが聞こえてきた。内容までは私に聞こえてこないけど、それでも私に関係する事を話しているのかもしれない。そう思うと私はすぐにこの場を離れたくなって、急ぎ足で向かった。
教室に着くと、さっきまで騒いでいたのが信じられないほど静かになって、廊下の時と同じようにひそひそと話している。
(一々気にしていたら仕方ない…………早く席に座ろ…………)
そう思って自分の席へと向かった。だけど、自分の席にあと一歩というところで私は足を止めてしまった。だって…………椅子が乱雑に倒されているし、机の上に落書きをされているし、何か大きな傷もつけられているし、花瓶まで乗せられているから…………。
『バカ』『クラスのゴミ』『死ね』『カス』『社会のゴミ』『消えろ』『恥さらし』『出来損ない』
黒のマジックで大きく書かれているそれらは私の心に否応なく突き刺さってくる。もうこんなところにいたくない…………ここにいると私が私じゃなくなってしまいそうで、気持ちが悪くなってくる。
それでも、千冬お姉ちゃんに迷惑をかけないように隠していくしかない。一先ず椅子を起こし、花瓶を避けて私は準備を始めた。カバンの中から取り出した教科書やノートにも落書きをされた。ある時は破かれもした。そんな中ここまで耐えてきた自分が本当に凄いと思う…………多分、鈴や弾、数馬の支えがあったからかな…………。
先生に話してもどうせ、何もしてくれないし、より一層嫌がらせが酷くなるばかりだった。それに…………先生も何処か私が悪いみたいな目で見てくるようになったし…………もう嫌だよ、こんなところ。
(今日もあそこに行こうかな…………?)
私が唯一いられる場所はあそこしかない。こんなところより、あそこは何倍もいい。私が私で唯一いられる。そんな僅かな楽園の事だけを考えて、今日も乗り切ろう…………。
◇◇◇
「あー…………怠ぃ」
「昼休みに言うセリフじゃねえだろ、それ?」
「ここにいるだけで俺は辛いんだよ…………そのくらいわかれ」
昼休み。俺はそれまでただ外を眺め、飛び去っていく鳥の数を数えていた。そうやって授業の全部を過ごしてきた。別にまともに授業を受ける気など全くない。ジン達はどう考えているか知らないが、俺からすればこんなもの学んだところで何に使えるかわからない。だったら学ばなくてもいいだろう。
「いやー、俺はそう思わねえけどな。ま、授業が怠かったのは仕方ねえだろ」
「チッ…………ここにいること自体、俺は無駄にしか思えないぞ」
ついつい舌打ちが出てしまう。それだけ俺の心が苛立っているということだ。あの時の事を無理矢理思い出されたからな…………ああ、また思い出そうとしている。少し頭をすっきりとさせたいな…………そう思った俺は徐ろに席を立った。
「ん?どっか行くのか?」
「何処に行こうと俺の勝手だ…………授業の開始までには戻る。それまでジン達のところにでも行っておけ」
「へいよー。ごゆっくりとなー」
ジョウにそう告げた俺は教室を出る。正直、こんな人の多いところにいたら俺の気が狂いそうで仕方がなかった。昔はこんな性格などしていなかったのに、あの時を境に俺はこんな風にしか生きられなくなってしまった。周りの楽しそうな喧騒、そんなものまでもが今の俺には耳障りなものにしか聞こえてこない。そう考えると自然と舌打ちが出てしまう。どれだけ俺は苛々しているんだよ…………わけわかんねえ。
気がつくと俺は校舎の裏まで来ていた。いつ正面玄関を出たのかなど気がついてなかった。それだけ俺は苛々に苛まされていたのか…………。しかし、ここの場所はまだ悪くはない。風の音、木々の揺れる音…………それらはすべて俺のいた場所にはなかったようなものだ。代わりにあったものは凍てつくようなもの…………それから比べたらこっちの方が断然いい。俺としても心がそれなりに安らぐ。悪くはない。
「——めてくださ——」
「——は黙ってい——」
「——この出来損——」
そんな時だった。人が折角気分を変えようとしているってのに、何かの喧騒が聞こえてきた。邪魔をされた俺の気分はここに来る前よりも酷いものへと変貌している。…………邪魔するなよ…………苛立っているのを抑えられないだろうが。
(チッ…………何処のどいつが騒いでいるんだ…………)
その騒いでいる奴らに対して舌打ちをし、苛々を抑えるように頭を掻きながらその声のする方へと向かっていった。
「こいつ!またヘマをして!そんなに千冬様の顔に泥を塗りたいの!?」
「この出来損ない!お前のせいでまた私たちのクラスの平均点下がったでしょ!責任取りなさいよ!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「謝れば済む問題じゃないのよ!このクズ!」
「きゃあっ!」
…………なんなんだこれは…………。それが俺の抱いた正直な感想だった。明らかにこれは寄ってたかって一人だけを責めているように見える。こんな光景を俺は今まであまり見たことがなかった。あったとしてもそれは力の強い奴に対抗するためであったりとか、確実に何かを得るためであるとか、生きるために必要な時に限られていた。だが目の前のあの光景はなんなんだ…………人は特に何もしていなくても生きることはできる、互いに争うことなど滅多にない。なのに、何故一番弱そうな奴が寄ってたかって責められているんだ…………?わけがわからない…………俺の理解の範疇を超えている。より一層苛々が募っていく。
「…………も、もうやめ——」
「うるさい!お前に喋っていいなど言ってないわよ!」
「はうっ…………!」
さらに、それよりも俺が苛々している理由がある。今責めらている奴——そいつが、彼奴に雰囲気が似ていて、まるで彼奴が責められているように思えてならない。そして、それに加えて今朝の夢…………それらが組み合わさり俺の目の前には彼奴がいるようにしか見えなくなってくる。…………いや、死んだ奴を重ね合わせるのは今を生きている奴に対する冒涜なのかもしれない。だが、それでも俺には彼奴の声が聞こえてきそうで仕方がないんだ…………。
——自分が本当に正しいと思った事をするといいんだよ——
ふと脳裏をよぎった言葉。いつか彼奴からかけられた言葉だった。そんな事を言っていた彼奴は本当に別の名前とは裏腹にお人好しで優しすぎるやつだった。だから、俺は今すぐにでも動いてやりたいと思った。そうしなければ俺は彼奴に…………彼奴が言ったことに背いてしまうことになると思ったからだ。
この光景は人間として本来存在してはいけない事だ。これを止める事が彼奴への何かへと繋がるとなるなら…………そう思った。
だが、人と関わる事を拒絶しようとする俺もいる。もしかすると必要以上の関わりを持ってしまうかもしれない。いくら彼奴に似ているからといって見ず知らずの人間に手を出せるような奴に俺はできてない。そんな二つの自分がせめぎあって、なかなか行動へと移す事が出来ずにいた。チッ…………俺は結局どうしたいんだ…………!
そんな葛藤をしていると、いつの間にかあの喧騒は終わっていた。結局、俺は何もできなかったのだと思い、教室へと引き返そうとした。その時、俺の視界にはふと映るものがあった。何だろうと思い、よく見てみるとそれは…………倒れているあの責められていた奴だった。どうせ少しすれば起き上がるだろうと思っていたが、そんな気配など全くない。——嫌な汗が流れ落ちた。その汗が何を意味しているのかわかる。俺はそいつの元へと駆け寄った。
改めてそいつの姿を見ると彼奴を思い出してしまうが、今そんな事を気になど留めてもいなかった。そいつの白を基調とした制服や青を基調としたスカートは土で派手に汚れていて、至る所に擦り傷みたいなものが見受けられた。そして顔にも痣のようなものができているように思えてくる。これだけの仕打ちを受けていたのかと思うと、さっきの奴らへの怒りと何もできなかった自分への怒りが膨れ上がってきて仕方がなかった。だがそれが、他者との深い関係を結ぶ事につながると恐れている自分がいるのも事実である。
しかし、俺の難題としては今の状況だ。幸いにも気絶をしているだけであるということであり、命に別状はないと思われる。だが、だからと言って外に放置しておくなど俺には到底できそうにない。…………どうやらやるしかないみたいだな。
(仕方ない、か…………保健室まで連れて行ってやろう)
そう思った俺はそいつを抱き上げ、保健室へと向かった。あそこなら勝手に寝かせておいても問題などないだろう。どうせ保健室なんて大した人間が来るわけじゃないわけだし。
ちょうどその時、昼休みの終わりを告げる鐘がなった。次の鐘がなれば授業が始まる。おそらく保健室へ行くとすると、次の授業に間に合う事などない。だが、俺からすれば怠い授業の一つを潰せるのだから、寧ろ丁度いい時間潰しにはなる。…………ジョウには悪いが授業にも遅れそうだと教師に言っていてもらうとしよう。
(チッ…………今日は色々面倒な事しか起きてないな…………)
無意識下でも自然と舌打ちをしている。面倒な事に巻き込まれてしまったというのはまだわかる。そもそも自分で突っ込んでいったようなものだからな。だが、こいつと彼奴が重なってしまうのは悪霊の気まぐれなのだろうか?そうであるならば俺は再び舌打ちをするかもしれない。面倒な事に巻き込まれるのは好きじゃないからな。
(なぁ…………俺はこれで正しい道を進んでいるのか?答えてくれ——
——アリシア…………)