「それで、本当に何をしに来たんだ、お前は…………」
一度後片付けを切り上げ、俺達は大テーブルに座りトウカから話を聞くことにした。何故こいつが此処にきたのか、その理由が気になったからな。だが、先程の直後である為、非常に空気は気まずい状態だ。正直、ゼーキューレ半島の方が何倍もマシに思えてくるほどに、俺は居心地が悪かった。少しでもなんとかしようとジンが全員分のコーヒーを淹れてくれたが、誰も手をつけてない。いや、つけられないと言った方が適切か。この状況で茶を飲める奴などいるわけが——
「…………?」
…………ふと横に目を向けたらいた。ほぼ巻き込まれたと言っても過言ではない、ある意味今回の被害者でもある織斑だけがジンに用意してもらったココアをちびちびと飲んでいる。おそらくあまり周りを気にしてないような感じもするが…………だが、それにしても肝が据わっているというか、空気を読めてないのか、よくわからない。
「そろそろ答えたらどうだ?それとも、答えにくい理由でもあるのか?」
一向に喋る気配の無いトウカに痺れを切らしたのか、リオが若干の怒りに似たようなものを込めて言う。よくよく見ると顳顬には青筋が浮いている。レイに関してもそうだ。リオが怒ればレイも同調して怒る。あいつらが本気を出したら、この辺一帯が地獄と化すぞ。確実に俺は住めない。
「べ、別に、そんなことは無いわよ」
「じゃあ、答えられんじゃね?」
リオの問いに半ギレで答えるトウカ。だが、その後のクロウからの疑問に答えることはできず、再び黙ってしまった。沈黙が俺たちの間に流れる。…………何故か俺は今すぐにでも此処から逃げ出したいような衝動に駆られてしまう。本能的にそう言っている。このまま此処にいると後々面倒な事になるかもしれない、と。ここまで部屋に戻って寝たいと思ったのは初めてだ…………。
「というか、トウカはさー、少し素直になればいいんじゃないの?」
「れ、レイ!?な、何を急に——」
「あ、ゴメン。元からトウカは顔に出やすいから素直も何も無いわ」
「三枚におろすわよ!」
この沈黙を破ったのはレイであった。何かトウカにアドバイスでもするのかと思いきや、一気にはたき落としやがった。そのあまりの手のひら返しにトウカも怒り心頭気味。レイに噛み付くんじゃないかという勢いだ。まぁ、ああもされてしまえばそうなるか…………これがアリシアだったらちょっと怒る程度で済むのだが、トウカとなったらどうなるのかわからない。本当に三枚におろされるのだろうか?それはそれで勘弁して欲しい。
だが実際トウカの考えていることは顔に出やすい。故に相手に読まれるなんてことはザラだ。顔だけならまだしも態度までもが相手にまさにそうであるかのようにアピールしているからな…………それじゃレイに言われても仕方ない。
「と、とりあえず落ち着きましょう。このままじゃ話進みませんよ?」
「…………この状況でそう言えるお前が凄いと思うぞ、俺」
織斑は皆に対してそう言うが、このカオスな状況でそれを言ったところで変わるかといえば否だ。まず未だにジョウが目を覚ましていない。この時点で既に普通でない。本来ならどんな致命的な一撃であろうとも、直ぐにケロっとした顔で蘇ってくるのがジョウなのだ。それがこの有様だ。さらに言えば、普段はなかなか表情を崩さないジンですら額から汗が流れ落ち、困惑やら不安やらが出たり隠れたりを繰り返している。最早、通常通りに戻ることが困難ではないかと思ってしまう。
「…………まぁいいわ。その子にはここに連れてきてもらった恩義があるし、ちゃんと話すわ」
だが、その織斑の一言がトウカに真面目に話をさせるきっかけを作ってくれたのだ。このことに関しては驚きしか出ない。今まで碌に人の言うことを聞かなかった奴が、すんなりと人の言うことを聞いているんだ。驚かない方が逆に驚く。
「——って、一夏ちゃーん?今、トウカがここに連れてきたって言ったんだけど…………」
「はい、その通りですよ。なんだかこの辺に用事があるって言っていたので、案内してきたんです」
「…………マジでか」
「…………よりによって事の元凶、お前かよ」
…………正直、織斑は間違ったことはしていない。人間として、道のわかってない奴を案内する事は非常に礼儀正しいことだって事は俺にもわかる。だが、今回ばかりは些か問題があった。それで今の状況ってわけだ。こんな状況、アリシアが見たらなんと言うのか…………あいつの事だからまず話し合いをしてから、次の
ツッコミを入れて聞いたクロウも、聞いてしまった俺もゲンナリとしてしまった。というか、何故か面倒ごとが向こうから歩み寄ってきたことに嘆いている。
「も、もしかして…………いけませんでしたか?」
その様子を見た織斑は非常に申し訳なさそうな顔をしてきた。はぁ…………どうしてこいつはすぐそんな申し訳ないような顔ばっかりするんだろうか。ここで出すのはあれだが、トウカまでとは言わなくてもジョウのように自分のしたことに悔いを持たないような感じになってもらいたい。こっちの調子が狂ってしまいそうだ。
「そんなことないわ。貴女がいなかったら私、ここに来ることもできずに、あそこで只々いたずらに時間を浪費するだけだったのよ?貴女のお陰でこんなに早くもジョウに会えたんだから、そんな顔しなくていいの」
(…………は?と、トウカが織斑を…………他人を慰めているだと!?)
…………何故だろうか。物凄く頭が痛くなってしまった。俺は目の前で起きていることが現実のものである事ということを信じることができなかった。そもそもでトウカが誰かを慰めることを見たことがなかったからなのかもしれないが…………普段のあいつから考えたらはまずありえないことが起きていたのだ。これ、ここが本当にゼーキューレ半島になるんじゃないのか?俺としては住み慣れた環境だから歓迎するが。
「それに、用があるのはジョウだけじゃないのよ。ルオン、ジン、クロウ、リオ、レイ、貴方達もなの」
「俺達も?どういう事なんだ、トウカ」
トウカの目がジョウ一辺倒の時とは違い、野生の目に変わったのを俺達は本能的に感じた。だが、俺達にまで用があるとは一体どういう事なのだろうか?その事が疑問として残ったのか、まともな思考ができていると思われるジンが質問した。
「あ、すみません。そろそろ私帰りますね。それじゃ、また」
「ああ。またな」
それと時同じくして織斑は自宅へと帰っていった。それに対して俺は当たり障りのない返答をしたのだが…………お前ら、なんで
「ち、ちょっと…………る、ルオンは一体どうしたのよ…………あの生きるゼーキューレ半島みたいな奴はどうしたのよ!?」
「まさかここまで変わってしまったとは…………想定外だな」
「俺はいい傾向だと思うんだけどねー。寧ろ、今のルオンの方が受けいいかもよ」
「そいつはそうだが…………これは変わりすぎじゃねえか?」
「まーまー、一夏ちゃんのおかげって事でいいじゃん」
…………俺の評価って、お前らの中でどうなっているんだ?そんな事が非常に気になって仕方ない一幕だった。てかトウカ、生きるゼーキューレ半島ってなんだよ。そこまで俺は鬼畜じゃない。ゼーキューレ半島は本気で生命を消し去りに来るぞ。そんなところを故郷としている奴らもいるわけだがな。
「でも…………その一夏、だっけ?その子が帰ってくれたおかげで話しやすくなったわ」
「どういうことなんだ?」
トウカは一息置いた後にそう言った。織斑がいては話せないような内容だったのか?それも俺達全員に関わることか…………。
「…………ぬぅ?何がどうなったんだ…………?」
そんなシリアスな空気を一切読む事なく蘇ってきたジョウ。それと共に張り詰めていたものが解き放たれ、全員の力が抜けていく。かく言う俺もだ。トウカが俺たち全員に関わる事を話すというから気を引き締めていたらこの有様だ。つくづくこの食欲魔王の自由っぷりが羨ましい。
「まぁ、お前に話したところでわからないだろうから、適当に聞いておけ」
「へいへい…………にしても、なんで出会って直ぐに首を絞められなきゃならねえんだ…………ついてねえぜ」
ジョウは喉仏のあたりを摘んでは離し、摘んでは離しを繰り返している。どうやらそうする事で喉の調子を取り戻せるらしいが、実際のところ本当なのかわからない。だが、こいつの体の事だ。気がついたら元通りを通り越して、元より元気になっているに違いない。
「ジョウも目を覚ましたようだし、そろそろ話すわ」
トウカが一段と真剣な目をしてくる。ここからはガチの話という事だ。何故か変に緊張が走る。
「貴方達の素材、古いのがそろそろ溜まってきた頃でしょう?」
素材。ハンターが俺達を狙って狩るのはその素材を求めてだ。だが、その素材は鱗や皮、爪といったものであり、生きていれば自然と古くなったものから剝がれ落ち、また新しいものが出来てくる。しかし、この世界のものとは一癖も二癖もある俺達の鱗などは普通にゴミに出せない。この世界と向こうを出入りし続けてどのくらいが経ったのだろうか…………覚えてはいないが、剝がれ落ちた鱗は溜まってきているな。
「まあ、確かに。溜まってきてはいるが、それをどうしてお前が?」
「知っているくせに…………私の移動する場所、主任がいるじゃない。その主任がどうしても貴方達の古い素材が必要らしいのよ」
「よりによって主任かよ…………今度は何をするつもりなんだ、あいつ?」
主任の言葉にトウカもクロウもゲンナリとしている。そういえば、彼奴らは振り回されてばっかりいたからな…………俺はそこまで悪い気はしなかったんだが。というか主任、ヴルカン火山から俺の活動限界であるジュンゲル密林までよく来ていたよな。
「…………どうにも、人間の使っている武器が欲しくなったらしいの。そのお陰で持ってこさせられたのが、これよ」
ため息をつきながらトウカはテーブルの上にあるものを置いた。緑色の甲殻を用いた、洗練されたもの。かといって自然が生み出したものではない。
「こいつは…………チャージグリフサルトじゃねえか!?」
「クロウ、知っているのか?」
「ああ。俺も人間の武器が欲しいって思った時があって、一度人間の村に行った事があるんだ。そこでこいつを見たのさ。確か、武器種は——」
「——ヘビィボウガンよ。人間の間じゃ、あまり使う人は見かけないって話ね」
まさか人間の武器を持ってくるとはな…………。しかも、この甲殻、竜のものではないな…………。
「虫を使ったか…………」
「ええ。ここ最近、密林じゃゲネル・セルタスとアルセルタスが大発生していて、その駆除のついでに主任が作っちゃったのよ」
何故か頭が痛くなってしまったのは俺だけではないと信じたい。何故、敵対しているような俺達が人間の武器を手に取ろうとしているのだろうか…………。今回は駆除されてしまった奴らから作られたらしいが、そうではなくその武器の為だけに狩り殺され、無残な姿にされてしまうのはゴメンだ。ゼーキューレに来る節度を持たない奴らのような事だけは、主任にして欲しくないな。
「そうしたら、貴方達の素材で作りたいって言い出して…………それでお使いに来されられたってわけなのよ」
トウカはテーブルの上に置かれたヘビィボウガンを一度しまうと、再びため息をついた。どうやら相当主任に振り回されてしまっているようだ。だが、あの主任に忠告をしたところで聞き入れてくれるはずがない。それをわかっているからこそ、ため息が出るのだろう。
「でも、貴方達の素材で作った武器は貴方達にあげるらしいのよね…………」
「嬉しいのか嬉しくないのか、よくわからねえ話だな…………」
リオのもっともな事に頷く俺ら。本来俺達の武器は、自前の身体。それだけで幾多もの外敵を退けてきた。それに、自分の武器を使う事に抵抗があるのだろう。しかし、この体ではそんな事も言ってられないのが事実だ。様々な事ができるようになった反面、攻撃力は大幅に下がったからな。それを補強する意味合いで武器を手に取るのだろう。
「で、話ってのはその俺達の素材回収だけって事か?」
「まぁね。ちゃんとジョウにも会えたし、私としては上々の結果よ」
そうトウカは満足そうに頷く。それを見たジョウは再び絶望を見たような顔をしていた。確かにトウカの行動には加減というものがないが、別にそれはどうでもいいだろ。俺のように完全に失ったわけでもないんだし、他の面々もジョウのように向こうから会いに来るという奴を持っているのが羨ましいと思っている。
「それじゃ、今持ってくるね。ほら、ジョウも一回取りに戻ったら?」
「お、おう!遠慮なくそうさせてもらうぜ!」
「じゃ、私もついて行くわ。別にいいでしょ?」
「ま、マジかよ…………」
どうやら纏めて置いてある古い素材をレイが取りに行ってくれるようだ。また、それに乗じてジョウも一人で取りに戻ろうとするが、敢え無くトウカに捕まってしまった。…………どんどんジョウの気力がトウカに吸われてきているような気がするのは気のせいなのだろうか?
◇
「これで全部ね」
テーブルの上には回収された俺達の素材が乗せられている。主に鱗だが甲殻の一部とかもある。それを見たトウカはどこか満足そうだった。
「これだけじゃまだ足りないけど…………まぁ、主任ならしばらく喜ぶでしょうね」
「しばらくって…………」
それでも主任がしばらくでもおとなしくしているのであれば、この際問題ないだろう。…………本当にあいつは自重ってものを知らないからな。しかも前にゼーキューレ半島へ帰った際、ヴェリスの奴から主任が弟子を取ったとか取ってないとかと言っていたから、より一層しばらくは黙っていて欲しいと思う。
「それじゃ、今日のところはこれで帰るから」
「おお、そうか。気をつけて帰れよ」
「ふ、ふん!べ、別に貴方に心配されるほどヤワな体じゃないわよ!」
ジョウの心配にツンとした態度で返すトウカ。ジョウは別にトウカといる事を嫌がってはいない。恐らくだが、俺よりも前に知り合っているはずだから、彼女を邪険にあしらうなんて事はしない。だが、トウカは素直になんてならず、いつもこんな風な態度しかとらない。それがこいつらの仲の良さ特有の事だってのは俺達もわかっているんだがな。
「そいつはそうだったな!」
「全くもう…………そのうちまた来るから、それじゃ」
いつものバカ笑いをするジョウを見て、トウカは呆れたような顔をするが、その顔は呆れだけではなく少しの満足さを秘めていた。トウカはそう言って店を後にした。再び静寂が訪れる。
「にしても、人の武器かぁ…………」
「別に俺は悪くないと思うが、リオはやはり気に入らないか?」
「そういうわけじゃねえよ。俺も使ってみたいとは思っているが、扱いこなせるかどうか…………」
「私はそういうの抜きで使ってみたい!」
しかし、それもつかの間の事だった。話題はさっきトウカが持ち出した、俺達の素材から作られた武器を俺達が使えるようになるかもしれないという事だ。どうやら、ジンを含め殆どが使ってみたいらしい。俺も気になっている。ゼーキューレ半島にいた頃、俺から見ればアリと大して変わりないハンターが、俺の身体に傷を刻み込んでいくのだ。あの非力な人間が俺の強固な鱗や甲殻を砕き、命を削っていく。それ程までに武器というのは使うものに力を与える。だが、俺はそこまで考え込んで止まってしまった。確かに力があるというのは悪い事ではない、むしろいい事なのだろう。しかしだ、もしその力を使えなかったとしたら…………そう考えるとあまり意味のない事ではないかと思ってしまう。
「ルオンはどうなんだ?」
「そういうジョウ、お前こそどうなんだ?」
「俺?そうだな…………どっちでもいいな、俺。あれば使うし、なければ使わない!これが一番だろ?」
そう、当たり前の事を特別な事のように語るジョウ。だが、それが本当に一番いい答えなのかもしれない。そんな風に思ってしまった。
「確かに、それに違いないな。俺もお前と同じさ」
「だろ?やっぱ俺って天さ——」
「いや、筋金入りのバカだ」
「即座に否定されたし!?」
このやりとりも慣れてきたものだ。いつもの事ではあるが、それでも俺達の間で笑い声が飛び交っている。せめて、こっちにいる間だけでも哀しみなんて味わいたくないからな。
◇
数日後。
俺達は予想外の事に出くわす事となってしまった。そう、ジンすら予想できなかった事だ。
「おーい、お前ら。転校生を紹介するぞ。じゃ、自己紹介してくれ」
そう、転校生が俺達のクラスに来たのだ。そのせいでクラスの野郎共は歓喜の叫びを上げているわけなのだが…………俺達はそんな事どうでもよくなってしまった。それ以上に、その転校生というものがある意味問題大有りだった。海のように青い髪に瞳が印象的で、その髪に至っては重力に逆らっているように見える。そう、間違いない。あいつは
「斬乃トウカよ、よろしく」
何故か名字というものをつけてこっちに戻ってきたトウカだった。マジか…………よりよってあいつまでこっちくるとはな。これは少し騒がしくなりそうだ。
「お、俺の安寧は…………」
「あるわけねえだろ。覚悟を決めろ」
「マジかよ…………」
俺の隣でジョウが崩れ落ちたが、この際気にしないでおこう。とまぁ、そんなわけで俺達の仲間がまた一人、こっちの世界に追加されたのだった。