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気をつけてください。
トウカがこっちに来てからしばらく経つというものの、俺に特に大きな変わりなどなく本当にいつも通りの生活が送れていた。その事に少し安心している。もしかすると俺の安寧までも犠牲になるのかと思っていたが、そうではなかったようだ。
「ジョウ、今日もちゃんとお昼ご飯作ってきたわよ」
「おー!助かる!いや、腹減って仕方なかったんだよなー!」
ついでに言えば、何故かトウカが少し素直になってきたのと、ジョウもそれを楽しそうに過ごしているから別段なにも問題なさそうに思える。この間までトウカが来たから自由にできないとか言っていたが、別にそんな事はなさそうだ。むしろ、前より自由になっているような気がするのは俺だけか?ちなみにトウカがこっちに来た理由だが、素材の溜まり具合を把握するにはこっちにいるのが最適だからだという。それ以外に理由があるように思えるのは俺だけではないはずだ。
「いよー、今日も夫婦は熱いねー!」
「昼から見せつけてくるねえ!」
「ば、バカッ!そ、そんなんじゃないわよ!」
周りの連中もそれを囃し立てるように言う。トウカはそれが恥ずかしいのか顔を一気に赤らめた。まぁ、そうなっても仕方ないか。顔に出やすいようなやつだし。こんなのが毎日のようにある。恒例行事みたいなものだ。
「今日もトウカさん、元気ですね」
「まぁ、あいつの場合、感情の起伏が激しいから仕方ないんだよな」
そう俺は向かいに座っている織斑に返した。現在昼休み。織斑に凰に五反田に御手洗で飯を食った後から、織斑は昼休みは基本的に俺のところに来るようになった。ついでに俺と飯を食っている。どうやら一組にいると、昼休みもゆっくりしていられないらしく、極めて安全なここにきているとの事だ。凰の奴もそう言っていた。あの三人もそのうち来ると言っていたな。
「でも、あんな風に自分をさらけ出せるってすごい事ですよね。ちょっと羨ましいです」
本日もいつも通りのトウカを見て織斑はそう言った。確かにあそこまで自分をさらけ出せる奴は大したものだと思う。だが、別にさらけ出さなくてもいいんじゃないかと思う俺がいる。元はすべて拒絶して受け付けず、自分も表に出さないような性格の俺だったから言える事なのかもしれないな。
「そうか?別にさらけ出さなくてもいいんじゃないか?」
「で、でも…………こうやって私みたいに縮こまっていたら、ダメだと思うんですよね」
「まぁ、お前の遠慮がちな性格だけは直してもらいたいがな」
織斑は何をするにも遠慮ばかりしてくる。遠慮するなとは言ってないが、あまりにもされすぎるとこっちが苛々してくる。自分がこうしたい、というものがあればはっきりと言ってもらわなければ俺としても困る。その点アリシアは…………彼奴は彼奴で遠慮なくやってきたからな。偶に自重して欲しかった。その上をいくのがジョウである事は変わらないが。
「そ、それは…………で、でも、ルオンさんにあまり迷惑をかけるわけには!」
そして、こいつのさらに面倒な性格。自分の事よりも他人の事ばっかり気にしている。別に悪い事ではないが、少しは自分を優先して物事を考える事が出来ないのかと思ってしまった。向こうにいるときのジョウは殆ど自分の事しか考えてないぞ。あと主任に至っては自分のやりたい事しかやってない。他人の事も少しは考えるが、ほぼジョウと同じと考えていい。
「別に迷惑だなんて思っていねえよ」
だから、俺は別に迷惑だなんて思った事はない。むしろそれらに巻き込まれた方がもっと迷惑だ。氷ブレスをぶつけてやりたくなるほどに。それに…………アリシアからの頼みでもあるからな、織斑の事を守ってくれって。まぁ、頼み事だからやっている、というわけでもないように最近は思えてきたんだがな…………。
「俺がしたくてやっているだけだ。今更迷惑だなどと思ったりしねえよ」
「で、でも…………」
「それにだ、お前は妙に礼儀正しいからな。たとえ俺に手間をかけさせても、その分の礼がくる。だから、苦にはならねえんだ」
まぁ、この間は飯を持ってきてもらったわけだし、そうやって人に礼をしてくるのがこいつのいいところだ。別にそれが目的じゃない事だけは先に言っておく。そうなると俺が見返りを求めているように思われて仕方ない。
「そ、そうなんですか…………」
「ああ、そうだ。…………傷付かれるよりは何倍もマシだからな」
「何か言いました?」
「いや。何も言ってないぞ」
…………何故か心の内が出てしまった。正直、織斑と初めて会った時、こいつは一方的に責められていて傷付いていた。俺にはそれが堪らなく嫌だった。その時はアリシアと似通っていたこいつが傷付くのが、アリシアを失った時に似ていたからなのかもしれない。だが、今は違う。一人の人としてこいつには傷付いて欲しくない、そうどこかで思っている俺がいる。失う哀しみから逃げたいだけなのかもしれないけどな…………。
「…………本当ですか?」
そう織斑は俺に懐疑的な目を向けてくる。最近は表情が少しずつ増えてきているように思える。初めて会った時の壊れそうな笑みは見受けられない。代わりに本心からの笑みが見られるようになってきた。最も、俺が織斑の事をすべて知っているというわけではないからなんとも言えないのだが。それでも、そう思えるほど織斑は明るくなってきた。
「本当だ。嘘をついてどうする?」
「ですよね。ルオンさん、見た感じ嘘は苦手そうですし」
「つまり、俺がバカだと…………」
「そ、そこまで言ってませんよ!?」
織斑、俺は嘘をつくのが苦手なんじゃない…………そもそもで嘘をついていい意味でもあるのか?というか、アリシアが素直な奴だったし、ジョウは単純バカだから扱い易くて、嘘なんてつく機会がなかったんだよ。しかし、織斑にまでバカと言われると少々心にくるものがある…………あの悪意のない顔で言われてしまうと、俺も俺で怒るに怒れない。だから呟いて自虐して発散しようとしたが、それを織斑は俺がキレかかっているとでも思ったのか、慌てて否定しようとしている。否定しても、俺がバカだって事に変わりはないのだがな。
「ほ、ほら!る、ルオンさんは正直ですから!」
「別に怒っていねえから、そこまで慌てふためくな。周りの奴らに笑われるぞ?」
実際、俺たちのやりとりを見ているクラスの連中はどこかほのぼのとした表情をしている。どうしてそんな顔をしているのか気になるが、俺がその事を告げた途端、織斑は顔を赤くして下を向いてしまった。
「どうした、急に」
「…………ちょっと恥ずかしくなっただけですぅ…………」
どうやらこの視線で恥ずかしくなってしまったようだ。だが、恥ずかしいのはお前だけじゃないんだ…………目の前でそんな反応を見せられた瞬間、急に心臓の鼓動が強く感じられた。理由はわからない。だが、それでも目の前で悶えているこいつの事を直視出来ない。
「そ、そうか…………」
「…………」
「…………」
会話が途絶してしまった。今までの俺ならこの状況から変えようとはせず黙ったこの沈黙の空間を作って、それを保ち続けていようとしたことだろう。あの時は誰との深い関わりを持ちたくなかったからな。だが、今の俺はそうではなくて、もう少しこいつと——織斑と話をしたいと思っている。本当に今までの俺はどこに行ったんだというほどの変わり様だ。しかし、何を話したらいいのかなんて俺にはわからない。故にこの沈黙空間が生み出されてしまったわけだ。織斑は織斑で未だに下を向いたままだ。これでは会話にならないことは周りから見てもすぐにわかるだろう。
「一夏!ルオン!来たわ…………よ…………?」
そんな時だった。このクラスに盛大に声を出してやってきた奴がいる。あの声は凰だな。丁度いい、この状況から脱するのを手伝ってもらうとしよう。
「…………あー、お見合いならゆっくりどうぞ〜」
「り、りりり鈴!?な、なな何を言っているの!?」
「あれ?違うの?」
「ち、違うから!!一緒にお昼ご飯を食べているだけだから!!」
だが、どうやら凰は派手にやらかしていったようだ。まぁ、織斑も顔は真っ赤だが凰に噛み付く様な勢いで返事するほどに戻ってくれたからいいとするか。…………ってか、さっき凰の奴、お見合いとか言っていたよな…………?確か見合いって、威嚇行動後に相手の出方を窺うのと…………求愛行動のはずだよな?そう考えた瞬間、俺は何故か急に心臓の鼓動が速くなってきた。どうしてなんだ…………全くもって理解できないぞ。
「へぇ〜?それにしてはいい雰囲気だったけど?」
「べ、別に私とルオンさんはそういう関係じゃないから!!」
ならどういう関係なんだと気になってしまう俺だが、ここで変に口を挟んでしまうと凰に弄ばれそうなので止めておく。一回変に口を挟んでしまって、その時は根掘り葉掘りいろいろ聞かれて大変だった。悪い気はしないからいいんだが、中々に面倒だったから今後は出来る限り避けたい。
「とか言いながら、私らよりあんたとルオンが一緒にいる時の方が多いわよ。そうよねぇ、ルオン?」
「あ、ああ。そう、かもしれないな」
突然話題を振られた事に俺は戸惑ってしまったが、なんとか返答する事は出来た。まあ、昼休み限定だがこいつとは最近よくいるしな…………それよりもジョウがトウカに拉致られ、リオとレイはいつも通りの夫婦仲、ジンとクロウは旧友同士といった中じゃ自然と俺と織斑が多くなる。
「ぬおぉぉぉぉっ!俺達のアイドルに婿は要らねえ!!」
「その通り!そして、害虫は俺達が振り払う!!」
「あんたらは黙ってらっしゃい!!ウチのフルコースをあんたらの自腹で食わせるわよ!!」
「「すいませんでした!」」
途中から五反田に御手洗も合流してきたが、凰がどうやらこの面々で最も強い権力を有しているようで、謎の宣言をしながら入ってきた二人を一瞬にして黙らせた。昼休みも終盤だ。だが、その僅かな時間でも、今のこの少し騒がしいくらいの明るい声が飛び交う空間は、俺にとってとても眩い光を放っているように見えた。そしてその中に俺がいることが、どこか未だに信じられずにいた。
◇
「それにしても、お前本当に変わったよな」
「そうか?俺はそうは思ってないんだがな…………」
放課後。帰り支度をしていた俺に向かってクロウがそう言ってきた。俺が変わった、か…………実感はないんだよな。確かに今までの俺とは違ってきているのはわかっている。だが、ゼーキューレ半島でアリシアと暮らしていた頃に戻ってきていると考えれば、変わってないようにも取ることができる。ジョウに言わせれば、昔の俺になったなー、とでも言うのだろう。ジョウ以外の面々に会ったのはアリシアが死んだ後だったからな…………やさぐれていた頃の俺だから、そう思っても仕方ないか。
「まあ、いい傾向じゃないか。やさぐれているルオンは中々に面倒だった」
「間違いねえ。やさぐれルオンは何を言っても反抗的だったしな!」
「…………そこまで酷かったか?」
ジンの言う事に納得するクロウ。そんなに前の俺は面倒だったのか?まぁ、拒絶ばっかりしていたから会話なんてほとんどしなかったが、俺はそこまで手間をかけさせた気なんてないぞ。
「必要な事以外話さなかったから、こっちはコミュニケーションが大変だったんだぞ?これほど面倒な事があると思うか?」
「…………ないな」
話さない、という点では以前の織斑と似た状態だな…………。前は織斑と話をしている時、時々声が小さくなって聞こえなくなる事があったからな…………そうなると会話にはならない。ましてや俺に至っては話さないという状態。相当面倒な奴だったと実感させられた。だが、そこまで言われると俺だって少しは傷つくぞ。
「その辺でいいんじゃねえか?ま、俺らからすれば今のお前は話しやすくて気が楽だわな」
そう言ってクロウは笑い飛ばした。それもそうだな、とジンが納得する。本当こいつら仲良いよなと俺は思った。
「そうか。さて、先に俺は帰るぞ」
「おう、りょーかい。ジン、今日は店どうすんだ?」
「今日は定休日だぞ。休みに決まっているさ」
「ほいよー。というわけで、店は開けなくていいからなー」
「了解した」
そうか、今日は定休日だったな。毎週月曜に店を休みにしている。まぁ、言ってなんだが、月曜はあまり人が来ないからな。休みにしておいても損はない。俺はジンとクロウにそう言って教室を後にした。そして、昇降口へと向かう途中、
(あいつ…………何やっているんだ?)
廊下でうろうろとしている織斑を見かけた。しかも、時々どっかのロッカーを開けたり、教室に入ったり、ゴミ箱の中を覗いたりしていた。不審すぎる。あいつの頭が逝ってしまったのかと思ってしまった。
「…………何やってんだ、お前」
「ひゃい!?」
ふと後ろから声をかけたら背筋を異様なまでに伸ばして、裏返った声で返事されてしまった。そんなに驚く事なのか?別に危害を加えるつもりはないから、その点の警戒をされる必要がないのだが…………。
「る、るるるルオンさん!?い、いいいつからそこに!?」
「驚きすぎだろ…………ついさっき教室を出たばっかりで、そこでお前が何か怪しい行動をしているから声をかけたまでだ。全く…………何をしていたんだ?」
明らかに動揺しているのが見え見えだ。そんなにやましい事でもあるのだろうか?だが、こいつが卑怯な事をするような性格ではないというのが最近わかってきた。だから、別にやましい事をしているわけではないと思いたい。
「え、えっと…………」
俺の問い掛けに言葉を濁す織斑。目線は俺から明らかに外している。丁度その時、織斑が自分の胸の前に手を持ってきた時だった。
「お前…………なんで靴を持っているんだ?」
そう、彼女の右手には革靴が握られていた。ここで持っているという事自体変だと俺も理解しているが、それ以上に何故片方だけしか持ってないのかという事が気になって仕方なかった。
「え、えっと…………その…………」
「それ、お前のものなのか?」
「…………はい」
織斑はそう答えると沈んだ顔になった。…………なんとなく予想はついたが、これは厄介な事になったものだ。凰達から話は聞いている。俺が今まで見てきた織斑だけが一方的に責められているのは人間でいういじめというものらしい。弱者を集団で襲う卑劣な行為。それは何も暴力だけではなく様々な形で織斑を襲っているとの事だ。おそらくこれもその仲間の一つなのだろう。精神的に責めてくるからタチが悪い。言っておくが、俺はそんな事は大の嫌いだ。どんなに仲間を引き連れて来ようとも、正面から啖呵を切って突っ込んできてくれる奴の方が清々しくて気分がいい。裏で姑息な手を使って苦しめてくる奴はサマーソルトなり氷ブレスなりで息絶えてほしいくらいだ。
「…………仕方ねえ。探すの手伝ってやるよ」
だから、こんな風に姑息な手で苦しんでいる奴を放っておく事が出来ない。おそらく、この場にいるのが俺でなくても、俺の仲間なら俺と同じ事をするに違いない。あいつらも正面から啖呵を切ってくるような連中より、姑息な手を使ってくる連中が大嫌いだからな。
「い、いえ!一人で大丈夫ですから!そ、それに…………ルオンさんには迷惑かけられないですから…………」
だが織斑は俺の提案を受け入れようとしなかった。どうやら俺が手伝う事で俺に迷惑がかかると思っているらしい。…………ふざけるな。寧ろ、そうやって苦しんでいる姿を見せられる方が俺にとっては迷惑だ。俺には正義感とかそういったものはない。何が正義なのかなんてわからないからな。それでも、目の前で辛そうな顔を必死になって隠そうとして、誰にも迷惑をかけないように一人で抱え込もうとする奴を見過ごせるほど人ができてないわけじゃない。
「いいから俺にも手伝わせろ」
「で、でも…………」
「俺が手伝う事で俺に迷惑がかかるらしいが、それよりもお前がそんな辛そうな顔してるのが俺には迷惑なんだよ」
「…………」
俺がそう言うと織斑は黙り込んでしまった。少し強い口調で言ってしまったから怖がらせてしまったのだろうか?
「…………無茶苦茶ですね…………でも、優しいです…………」
「何か言ったか?」
「…………いえ、なんでもないです」
「そうか。それで、どの辺を探せばいいんだ?」
「校内の方はもう全部見てまわったので…………あとは外だけですね」
そう呟く織斑の顔はとても沈んでいて、見るに堪えない状態だった。もしかすると今にも泣き出してしまうかもしれない。こいつにこんな顔をさせるやつらに対して苛々が募っていく。
「わかった。そうと決まれば、探しに行くとするか」
「そう、ですね…………でも、もういいんです。校内で見つからなかったら、もう出てきませんから…………」
「そんな事を言うな。見つかるかもしれないだろう?それに、お前だって見つからなければ困るんだろう」
「それは…………そうですけど…………」
「なら探すしかないだろう。ほら行くぞ」
俺は無意識のうちに彼女の手を取っていた。放っておく事が出来なかったんだ。もしかすると失ってしまうかもしれないという恐怖がどこかで俺を支配していた。
「あっ…………」
突然の俺の行動に織斑が驚いている。内心、こんな行動に出た俺も驚いている。だが、今はそんな事を考えている余裕などない。とにかくこいつの物を見つけてやらないと。
そんな風に織斑を引っ張っていったわけだが、昇降口で急に彼女が立ち止まった。
「どうしたんだ?」
「いえ…………その…………私今、外履きがないので…………」
完全に頭から抜けていた。こいつは今、靴を隠されて帰れない状態だったんだ。つまり、外には出られない。どうすればいいんだ…………?
「…………すまない、頭から抜けていた」
「き、気にしないでください!それに、内履きで外に出るのも慣れていますから…………」
どうやら、俺が失念していた事を気遣って織斑はそういったと思うのだが、俺にはどこか辛いものにしか聞こえてこなかった。より一層苛々が募っていく。正直、この苛々をどこまで抑えている事ができるのかわからない。いつ爆発してもおかしくない。
「そうか…………それなら行くか」
「はい…………」
織斑は俺より先に外へと出て行く。俺もその後を追うように外へと出た。夕暮れが近いのか、外は妙な明るさに包まれていた。
「場所に心当たりはあるか?」
「そうですね…………前は校舎裏の茂みにあった事もありましたけど、それからは…………」
「なら、その辺を探してみるしかないな」
校舎裏か…………そういえば、織斑を初めて見かけたのも校舎裏だったな。あの日、アリシアが夢に出てきて、その時の苛々を晴らすために向かった先でこいつが一方的に責められていて、そして何もできずに、俺は気を失っていた彼女をただ保健室に連れて行っただけだった。その時何もできなかった事への罪滅ぼし、というわけではないが、全くそういうわけではないというわけでもない。結局のところどっちなんだ、俺は…………。
そんな風に考えていたら、いつの間にか校舎裏に辿り着いていた。ここには木がそれなりに植えられていて、それと共に茂みが幾つかある。この中から探すとなると大変だな。だが、それでも見つけなければならない。他でもない、彼女の為に。
「さて、探すか」
「はい…………」
俺と織斑は茂みをかき分けながら探していく。だが、そう簡単に見つかるはずもなく、何も出てこない。時間は待ってなどしてくれない。只々時間が過ぎていくだけだった。それと同時に焦り、そして苛々が募っていく。
「見つからないです…………もういいですよ」
「いや、もう少し探させてくれ…………まだ諦めたくねえんだ」
だが、そう簡単に諦めるわけにはいかない。別に頑固というわけでもないが、目の前にこんな辛そうな顔をしている奴がいたら、否が応でも助けてやりたい。だから、限界まで探してやる。
(しかし、ここまで見つからないとはな…………なんとならないのかよ…………)
額の汗をぬぐうため上を向いた、その時だった。ちょうど視界に入った木の枝に何かが乗っている。黒い塊だ。もしかするとだが…………。
「なぁ、織斑。もしかして、あの枝に乗っている奴か?」
俺はそう織斑に聞いた。織斑は俺の指差す方向を見ると一瞬安堵したような顔をして、すぐに暗い表情に戻ってしまった。
「た、多分あれです…………!で、でも、あんなに高いところじゃ…………」
確かに、あそこまでは俺が跳んでも届かない。飛ぶ事さえできれば簡単に取れるのだろうが、今のこの身体ではそんな芸当は出来ない。それに、俺には木登りなどということは出来ない。本当の身体でそんな芸当ができないからだ。ここまで何もできないとなると、余計に苛々してくる。
「くそっ!」
とうとう苛々を抑えきれなくなった俺はその木に体当たりをしていた。だが、そんな事で落ちるわけでもない。派手に木を揺さぶったようだが、落ちてくるのは木の葉だけだった。どうせ落ちやしないと思ってふと上を見た。するとどうだろうか。少しではあるが、さっきより場所が変わっている。もしかすると、このまま体当たりを続ければ落とせるかもしれない。
「ふんっ!」
少し助走をつけてもう一度体当たりをした。再び木は派手に揺れるがまだ物が落ちたような音がしない。もう一度だ…………!また木にぶつかる俺。さっきからぶつかっているところがあまり痛くないのは無意識のうちに鱗が出ているからだろう。
「る、ルオンさん!?怪我しますから、やめてください!私が諦めたらいいだけの話なんですよ…………!」
「ならより一層諦める気にならなくなったな!少しは希望が見えたんだから、俺の好きなようにやらせろ!」
ここまで声を張り上げたのはいつぶりだろうか。きっとアリシアの最期を見届けた時以来かもしれない。きっとそうだ。それほど俺は諦めたくないらしい。再び体当たりをする。さっきよりも助走をつけたせいか、より一層木が激しく揺れた。その時、何かが茂みに落ちる音が聞こえた。俺はすぐさまその音の発生源へと向かう。するとそこにあったのは片方だけの革靴。俺はそれを取って織斑の元へと戻った。
「こいつか?」
「は、はい!これで間違いないです!」
織斑は俺がそれを差し出すとすぐに受け取って、さっきまでの辛そうな顔はなく一安心したような顔になった。その様子を見て、俺の苛々も自然と消えていった。諦めなくてよかったと心の底から思う。さて、見つかったことだし、俺の役目は終わりだな。
「それじゃ俺は帰るからな。気をつけて帰れよ」
そう言ってその場をあとにしようとした。
「ま、待ってください!」
だがそれは俺を呼び止める織斑の声によってできなくなってしまった。
「どうしたんだ?まだ何かあるのか?」
「そ、その…………一緒に帰りませんか?」
少々恥ずかしいのか手を弄ばせながらそう言う彼女。その姿を見た俺の心臓は急に鼓動を強めた。破裂してしまうのではないのかと思うほど強い鼓動だ。それに、俺の顔も自然と熱くなっていくのがわかる。こんな姿を見られたくなく、すぐにここを去りたいという俺がいる。だが、俺は彼女の期待を裏切るよあな残酷な選択を取れる性格ではなかった。
「…………わ、わかった。正門で待っているぞ」
俺はそうとだけ答えると早足で正門へと向かっていった。全く…………どうしてしまったんだ俺は…………織斑と知り合って暫くしてからずっとこんな感じだ。わからない…………どうしてこんなことになってしまったのかがわからない。
(アリシア、答えてくれ…………俺は一体どうしてしまったんだ…………)
そう俺は心の中で呟くが、答えてくれるはずもない。織斑が来るまでの間、俺は一人そのことについて考え続けていたのだった?