保健室に彼女を運び込んだ俺だが、正直この後どうしたら良いのかわからない。一応土で汚れているところは濡らしたタオルで拭き取ってやったから良いものの、そこから後をどうするべきなのか俺にはよくわからない。生憎、保険医も不在の為誰かに助けを求めるしかない。チッ…………ここまできたら本当に考え無しと言っても過言じゃないな。本当にどうするべきなのだろうか…………まぁベッドに寝かせているから当面は何とかなるか。
(それにしても…………本当によく似ている)
彼女にとっては失礼な事を言っているに違いないが、どうしても俺は彼女を見ていると彼奴の姿が重なって見えてしまう。それほど彼女は似ている。まるで、生まれ変わって俺の前にまた現れたかのようにも思えてくる。だが、ここにいるのは彼奴ではない。彼女を通して見ている彼奴の面影のようなものだ。そう考えてしまえば、本当に彼奴は別の世界へと旅立ってしまったのだと考えさせられる。理屈では理解している…………彼奴はあの時、心臓を撃たれて
(チッ…………)
内心舌打ちが頻度を増しているように思えてきた。他者との必要以上の馴れ合いを拒否してきた俺が、誰かを助けたんだぞ…………また誰かを失う哀しみを味わうかもしれないというのに、なぜ馴れ合おうとするのか…………理解できていることではあるのに、何が俺にそうしろと訴えてくる。…………確かに彼奴は誰かを助けると良いことがくるみたいな事を言っていた。本来ならそれが本当に起きるのだろうが…………俺はそんな事が起きるとは思っていない。自分がして良いと思う事は多々ある。だが、それが本当に相手にも良いと思われるとは必ずしもそうであるとは言えない。所詮は自己満足である。恩を仇で返す、そんなことの方がザラにあるだろう。そのせいで彼奴も死んだ。それが俺にはトラウマとして息づいているのか、だから俺は馴れ合いをしない。孤独にいた方が何も失わなくていい。結局のところはそうなんだ。遠ざけておけば悲しむ事なんてない。それに俺は彼奴に会う前は孤高の存在だった。昔に戻っただけだ。…………そのはずなんだ。
「なのに…………なぜなんだ…………」
思わず声が出てしまった。馬鹿なのか俺は…………。自分で言っておきながら、今やっている事はその言ったことに反しているではないか。何をやっているんだ俺は…………こんな自分に呆れてくる。そのうち呆れかえって何も言えなくなりそうだ。そんな今の自分がたまらなく嫌だった。チッ…………さっさとあの島に帰りたいぜ。
ひとまず手当はある程度済ましておいた。後はここを去るだけなんだが、既に授業は始まっている。俺が遅れるとジョウの奴にケータイで知らせたからいいものの、今更戻る気にもなれない。どうせ戻ってもつまらない事を教えられるだけだ。こんな性格のせいでテストの結果は良くないが、それが悪くても俺は生きていくことに支障はない。島に帰れば別に問題ないからな。
(しばらくここにいてやるか…………やる事もない。時間を適当に潰すには丁度いい、か…………)
俺はケータイを取り出し、ジョウにメールを送る。内容は授業をサボるというもの。俺が来ないことに気づいてジョウの奴が暴れ出したら手の施しようがない。ジン、クロウ、リオ、レイ全員が集まってやっと止められる程だ。唯一一人で止められるのは俺くらい。あと…………彼奴だけだったな。
——もう!ジョウは暴れすぎ!少しは落ち着いていてよね!——
——悪い悪い!お詫びに肉やるから!——
——…………餌付けすんな、おい——
——やったー!ジョウ、ありがと!——
——お前も餌付けされてるなよ…………——
ふと、懐かしい一コマが思い出された。そういえばそんな事もあったな…………でも、あんな場面は二度と俺の前に戻ってはこない。ジョウはあの時から変わらず陽気で気さくなバカだが、俺からすればそうやっていてくれるのがうざったるくて…………そして少しだけ嬉しかった。
そんな思い出に浸っていると俺のケータイが鳴った。ジョウから返信が来たようだ。内容は『へいよー。先公にはこっちからなんとか言っておくわ。ってか、サボるんなら俺も誘えよっ』とのこと。文面から何やらいつもの妙に高いテンションでそんな事を言ってこられると…………なんだ、無性に腹が立ってきた。一発殴ってやろうか、あいつ。だが、あいつの事だ。一発だけじゃ何も効果はない。十発もやれば充分だろう。
(それにしても…………目覚める気配は無いな…………)
俺はふとベッドに寝かせている彼女へと目を向けた。傷の手当はあまりできていないが、それでもここに連れて来た時よりはマシになっている。だが、未だに目をさます気配は見受けられない。どうしたものなのか…………正直な事を言ってしまえば、変に馴れ合いをする前に去りたいってのが本音だ。授業をサボれるのはいいが、馴れ合いをしたく無い。保険医か別な誰かが来ればそれで良し、俺はどっかにフケ、それで全てが終わる…………そう考えていた。
「…………んっ…………っ…………」
そんな時、彼女の体が少しだけ動いた。おそらく気がついたのだろう。そして、ゆっくりとではあるが上体を起こしていく。
「っ…………!?」
ところどころ痛むのか、体を動かすたびに少し顔をしかめていた。その顔は本当に辛い時に出すような苦悶に満ちた顔。それに、顔にある痣のようなものがより痛々しく見えてしまった。チッ…………俺はなんでこいつに情を抱こうとしているんだ。バカなのか俺は…………。
そして、彼女の瞳が開かれ、俺に顔を向けてきた、その時だった。琥珀色に近いような瞳、流れるような長い髪、どこか人懐っこそうな顔立ち——それは本当に
「…………アリ…………シア…………?」
彼奴そのものであった。髪の色こそ違うが、それ以外は本当に似通っている。つい俺は彼女の顔をマジマジと見つめていてしまった。まさか、彼奴の生まれ変わりだなんて言ったりしないよな…………?
「あの…………どうかしたんですか?」
俺に疑問を投げかけてくるような彼女の声が、俺の意識を現実の世界へと引き戻した。
「あ、いや…………すまない。なんでもないんだ…………」
だが、何処か他人行儀なところがやはり彼奴ではないという事を俺に突きつけてきた。それもそうだよな…………俺はなんで死んだ奴と生きている奴を重ね合わせて見てしまっていたんだ…………やはり俺はまだ過去に縛られっぱなしって事なんだな。
「…………それよりお前の方は大丈夫なのか?」
「私…………ですか?」
「お前以外の誰がいる。怪我してただろ?」
どうやら自分が怪我をしているという事に気がついてないようだ。というか、俺はどうしてこいつに情をかけているんだ…………馴れ合いをしないと俺は言っていた筈だぞ。なのに、なぜ自分から進んでいこうとするんだ、俺は!!バカなのか!?
「平気、ですよ…………これくらい、いつもの事ですから…………」
俺の問いに彼女は今にも壊れそうな笑顔でそう返してきた。これほどまでに辛そうな顔を見るのは二度目くらいか…………彼奴の死に際もこんな感じの顔をしていた筈。だから、一層俺の胸に突き刺さるものを感じた。というか、これがいつもの事って…………それはそれで問題大有りじゃないのか?
「…………そうか」
「…………」
「…………」
会話は俺の返答を以って途切れてしまった。だが、俺はこれでいいんだ。これ以上の会話は馴れ合いになる。そして、失った時——俺はもう哀しみたくなどない、今ある哀しみだけで充分なんだ。そう思って俺は腰を上げようとした。
「そういえば…………どうして私はここにいるんですか?確か、顔を蹴られた後気を失って…………」
彼女がそう聞いてきた。質問する時に小首を傾げる動作…………彼奴もそうやって俺に色々と聞いてきた。その光景が今の状況と重なり合い、俺はまたこの場に引き止められてしまう。やはり彼奴のように見えてしまうからなのだろうか…………。
「…………俺がここに連れてきた」
「そうだったんですか…………ありがとうございます」
痣が痛いのか引きつったような表情ではあったが、彼女は俺に向けて精一杯の笑顔を見せて礼を言ってきた。
「…………お前はそうやって、助けてもらったやつに礼を言うのか?」
「そんなこと当たり前じゃないですか。それに…………私に手を差し伸べてくれる人はあまりいないですから」
彼女が最後に言った言葉は少し口籠っていて、よく聞き取れなかった。だが、その言葉で彼女の顔に暗い影を落としたのは確かな事だ。それにしても、助けてくれた奴に礼を言うとは…………馴れ合いを拒み続けた俺からすれば考えられない事だ。いや、彼奴が生きていた頃はそうしていたのかもしれないが、頂点に立っていた俺とジョウは助けて貰う事すら無かったな。
「…………そうか」
「…………」
「…………」
再び会話が途切れる。俺としては続けるつもりなど全くない。このまま離れた距離の状態でいる、それが俺にとっても彼女にとっても最善の事だろう。
「あ、あの…………」
「なんだ?」
「はぅっ…………」
彼女に呼ばれたから返事をしただけなのだが、何故か少し怖がられてしまった。チッ…………だから馴れ合いをしたくないんだ。俺の目つきは自分で言うのもなんだが、相当に悪い。おまけに蒼い髪に赤い眼だ。ガラが悪いってレベルじゃない。万人が見て万人が畏怖するような姿だ。どうせ、彼女もそんな俺が怖いんだろう。
「お、怒ってますか…………?」
だが彼女の口から出てきたのは俺が怒っているように見えるとの事だった。これには流石の俺も驚きそうになった。今まで散々怖いと言われてきたが、怒っているとはあまり言われた事がない。
「別に…………で、何の用なんだ?」
「そ、その…………よかったら少しお話ししませんか?もう授業には戻れそうにないですし…………私を助けてくれた人とは仲良くなりたいですから…………」
どうやら彼女は俺と話がしたいようだ。しかし、俺としては一切その気はない。俺と彼女の接点はたったのこれっきりにしておきたい。関わりを多く持ちたくないんだ…………。だが、何処かで彼奴の面影が見える彼女ともう少しいたいと思っている自分がいる。
(チッ…………彼奴はもういないってのに、なんでそんな事を考えているんだよ、俺は…………)
きっぱりを物事を決める事のできない自分が腹立たしくて、それでいてどこに怒りの矛先を向ければいいのかもわからず、ただただ苛々が膨れ上がっていくだけだった。
「あ、自己紹介まだでしたね…………二年一組の織斑一夏です」
「一組…………って事は俺たちのようなバカとは縁のない人間だな」
俺の所属している学校は学力的にクラス分けをされている。俺がいるのは四組だ。最底辺のバカの巣窟。そうであるはずなのに、俺よりも頭がいいジン達は何故か知らないが同じ四組にいる。ジョウは…………あいつは素でバカだから仕方ねえか。そして彼女——織斑のいる一組は学年でもトップの奴らが集まっているクラスだそうだ。この時ばかりはこの勉強というものに感謝しておこう。頭のいい奴とバカは相容れないという理由付けになるからな。俺はやっとこの場を離れる事ができる。時間もいいところだ。
「俺はもう行く。あとの事は自分でやれ」
俺はそう言って腰を上げた。じっとしているという事が性に合わないのか、俺の全身から節が抜ける音が聞こえてくる。俺と彼女の関係はこれっきりでお終いだ。そう思って俺は保健室を出ようとした。
「あ、あの!せめて名前だけでも教えてください!」
俺の後ろからそんな声が聞こえてきた。チッ…………俺はさっさと戻りたいってのに。それでいて名前くらい答えてやってもいいんじゃないのかと囁く自分がいる。
「チッ…………四組の帝鋸ルオンだ」
舌打ちをしながらではあったが、そう名前を告げて俺は保健室を後にした。その途中、
「痛っ!誰!ぶつかったのなら謝りなさ…い……よ…………」
「お前からぶつかってきたんだろ」
「すみませんでした!!」
やけに急いでいるような女子とぶつかった。俺には何もなかったが、向こうはぶつかった反動で転んだようだ。しかも何故か俺に向かって綺麗な礼をして謝ってきた。
「で、何を急いでいるんだ?」
「あぁ、ちょっと友達を探していてね。一夏っていうの。こう、長い髪で、黄色のヘアピンつけている——」
「織斑のことか?さっき保健室にいたぞ」
「本当!?ありがと!助かったわ!」
そう言ってそいつはまた廊下を走っていった。それにしても…………俺はどうして彼奴の事を聞かれて答えたんだろうか。そもそもで俺はこんな社交的なやつだったか?…………考えているだけで苛々してきた。
その後、教室に戻る途中誰とも会わなかった。だが俺はこれでいいんだ…………孤独でいるのが当たり前でいいんだ。正直、何も背負わず、ただそこで生きてだけいられればいい。それ以上の事を望んだところで、道を間違えば哀しみしか生み出さない。
「およっ?ルオン、やっと戻ってきたのかー!」
…………教室に戻った途端、ジョウのバカみたいに明るい声が聞こえてきた。そして、ジョウを筆頭にジン、クロウ、リオ、レイが俺の周りに集まってくる。
「全く、どこに行っていたんだ。とりあえず先生にはこっちからなんとか言っておいたぞ」
「とは言っているが、実際こっちからしちゃいつものことだからな。ま、気にすんなよ!」
「しかしそれにしても今日のお前は調子が悪そうだな。風邪でも引いたんじゃないのか?」
「いや、ルオンに限ってそれはないでしょ?」
「やっぱ、この俺がいないと無愛想なルオンはダメなんじゃないの〜?」
口々にいろんな事を好き勝手に言ってくる。そんな空間が今の俺には何処か面倒なもので、騒いでいるこいつらの姿が何処か眩しくて、そこに行こうとしない俺が何処か苛立って、何も得ようとしない俺には何処か羨ましいものだった。だが、とりあえず一言だけ言っておくか。
「ジョウ」
「ん?なんだい、無愛想ルオン?やっぱ俺が——」
「お前、相当なバカだな」
「んなっ!?今それを言うか!?ルオン!それはないだろ!?」
「…………とりあえず島に帰りたいぜ」
「人の話を聞け!!」
だが、こんなバカが俺にとっては何処か憎めない存在でいて、あの頃から全く変わってないことだけが、少しだけ嬉しく思えているんだ。
◇◇◇
「帝鋸…………ルオン…………」
無意識のうちに私は彼の名前を口にしていた。私を助けてくれた数少ない人…………。クラスでいじめられている私には味方なんて殆どいない。誰も私に手を差し伸べてくれる人なんていなかった。そんな中でも鈴や弾、数馬は私を助けてくれた。だけど今日はそうじゃなかった…………全く知らない人、それも少し怖そうな人に助けられた。体のあちこちが痛いけど、でも、少しだけでも、あの監獄のようなところから離れられたからよかった。
(でも、あの人の眼…………なんだか何処かで見た気が…………)
私の脳裏にはあの人の赤い眼が印象強く残っていた。そして、その眼を何処かで見た気もする…………どこで見たのかは思い出せないけど。
「いーちかー!」
そんな時、突然保健室の扉が大きく開かれた。そこから姿を見せるのはツインテールが特徴的で、何処か猫を思わせる女の子——私の友達の凰鈴音が肩で息をしていた。
「り、鈴?」
「さ、探したわよ!教室に行っても、どこに行っても、アンタの姿が無いんだから…………」
「ご、ごめん…………」
どうやら私の事を探していたみたい。そう考えると、申し訳ない気持ちになってくる。
「謝らないでよ…………一夏は何も悪く無いわ。こっちこそ、一緒にいてあげられなくてごめん…………」
「仕方ないよ、鈴は部活の朝練があったんだし、昼も委員会で呼び出されていたんだから…………」
「くっ…………こんな時にあの二人は何をしているのやら」
「弾と数馬も同じく部活の朝練と昼練だって。だったら仕方ないよ。私なんかより、自分達のことを優先してほしいからね」
私みたいな人に時間なんてかけなくていいよ。迷惑しかかからないんだから。だったら、誰にも迷惑をかけずにひっそりといたいかな。でも、誰かとお喋りして、みんなと同じように過ごしてみたいって思う事もあるんだ。
「一夏…………」
「さ、こんな暗い話は終わりにしよっ。それよりさ、今日の夜あそこに行かない?やっぱり私にはあそこしかないかなって」
「もちろん行くわ!じゃ行く時には連絡の一つくらい寄越しなさいよ」
「わかってるって」
「それじゃ、まずはちょっと手当しないとね。ほらこっち向きなさい」
鈴にそう言われて顔の左半分を彼女へと向けた。だけど、体を動かすたびにあちこちが痛む。思わず顔を顰めてしまった。
「うわぁ…………これはまた派手にやられたわね…………すぐに湿布を貼ってあげるから」
鈴は保健室にある冷蔵庫から湿布を取り出し、それを小さく切って私の左頬の下くらいのところに貼ってくれた。貼ってもらう時少し痛かったけど、今はそうでもないかな。
「というか、そこ以外も擦り傷だらけじゃない!あぁ、傷薬ってどこにあるのよ…………」
「鈴、そこまでしなくても大丈夫だよ。怪我はそんなに酷いものじゃないし、もう血は止まっているから、私は平気」
「い、一夏がそう言うならいいけど…………本当に大丈夫?」
「うん、私は大丈夫だよ」
鈴はそう私が言っても納得してくれないみたい。でも、私のせいでこんなに迷惑をかけてしまっているんだから、そんな迷惑に振り回されて欲しくないから、ついつい相手に安心させるような言葉を言ってしまう。
ベッドから起き上がり、床に置いてある片っぽだけの内履きを履く。あそこまで連れて行かれた時もこのまま捕まえられて、そして殴られたんだっけ。
「…………」
「ね、教室に戻ろ。鈴が一緒ならもう大丈夫だから」
「そ、そうね」
そうして二人で廊下を歩いていく。私の方が鈴よりも身長が大きいから、どこにでも一緒にいてくれる鈴が
「そういえば、さっきすっごい無愛想な奴にあったのよね。なんか髪も蒼くてさ、眼は赤くて、何処のギャングよって思ったわ。まぁ、アンタが保健室にいるってことを教えてくれたんだけど」
突然、鈴はそう言ってきた。その特徴に私は覚えがあった。ううん、覚えがあったというレベルじゃない。さっき出会った人と同じ——
「帝鋸さん…………」
ふと彼の名字を呟いてしまった。その後教室までの間、鈴は呟いた彼について色々と聞いてきたけど、私も答えられることがないっていう問答を何度も繰り返していた。そんな時間が少しだけ楽しくて、これが終わると考えると少しだけ辛くて、こうやって笑えることが少しだけ嬉しかった。
…………ここまで書いたが、MH要素が殆どねぇ。