暴鋸物語(仮題)   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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今回もイジメ描写を含んでおります。
フラッシュバックを引き起こしそうな方は気をつけてください。


第4話

「ふぅ…………体が怠い」

「そういや、島に帰ったんだよな?どうだ?少しは機嫌がよくなったか?」

「まあ、それはそうだな…………ただ、こっちに帰ってくる時に疲れるのが相変わらずの難点だ」

島に行った翌日、俺はいつも通り学校に行っていた。そして俺の横にはジョウの奴がさも当然のようにいる。確かに昨日の昼間のようにやさぐれてはいないが、それでもあとこの場に彼奴がいればかつてのようになる…………そう思ってしまう弱い自分がいる。もう戻る事など出来ないのにな…………いつまでも過去にすがっている事など出来ないのに、俺はそこから離れることができないでいた。それはそれでいいのかもしれないが…………。

「それは仕方ないことだ。島に行くにはある一線を越えなければならないからな」

「怠いですむお前らが俺たちからすれば相当羨ましいわな」

「全くだぜ。俺たちが帰って戻ってきたときなんか、一日中寝込んでいたんだぞ」

「ま、タフネスだけはお前らに負ける気しねえし!」

「とか言って、すぐにスタミナ切れるんでしょ?」

「ごごっともです…………」

確かに、俺とジョウだけは何故か怠さだけで済むのに対し、ジン達は一日中寝てないと治らないという。それだけ俺たちの体力が高いということなのだろうか。それとも、俺がゼーキューレ半島出身で異様なまでに高い体力を持っているからなのだろうか?俺たちの間では一種の謎となっている。

しかし、ジョウはスタミナが切れるのがものすごく早い。五分激しく動けば、もう息も絶え絶えといった状態になってしまう。打たれ強さだけは俺たちの中で随一なのだが、どうしてそこまで持久力が無いのかが疑問になる。

「お前ってさ、変なところで弱点が出てくるよな」

「クロウ、お前…………お前だって、寒いと動くことすらままならねえだろ!?あと、寝息が無駄に可愛いとか——」

「ノォォォォッ!?それ、俺のコンプレックスだっつーの!バラすなよ、おい!」

クロウの奴がジョウの変な弱点に対して笑ったようだが、逆にジョウがクロウの変な弱点を暴露することにより、若干発狂気味となってしまった。というかクロウ、お前は寒い所がダメなのか?だったら

「…………ゼーキューレに連れて行くか」

「ルオン!?お前今、さらっと死刑宣告しなかったか!?」

「…………気のせいだろ」

「せめて目を見て言え!」

そう言ってクロウをからかう俺。どうしてなんだろうかな、やはり昨日とは違って軽口を叩けるほど俺の心は安定していた。やはり、彼奴に形だけでも会ってきたからなのだろうか。そう考えると俺の心には、本来なら彼奴がいるべき場所というものがぽっかりと穴を開けたままでいるのだろう。そうでなければ、この事の理由にはならない…………そして何より、俺の心の中には何処か彼奴を待ち続けている場所があるというわけでなくなる。そうなったら最後、彼奴は本当に消えてしまうのかもしれない。肉体の方では無い、魂としてだ。

「久し振りに冗談を言うルオンを見たな」

「いつ振りだろうね。ずっと不機嫌そうだったし。あ、リオ、私お手洗いに行ってくるねー」

そう言ってレイはお手洗いの方へと向かっていった。

「全く…………なんでいちいち報告するんだ…………聞いてるこっちが恥ずかしいんだよ」

リオはそれを何処か鬱陶しそうに愚痴を言っている。…………俺にもあんな時があったんだよな…………。リオとレイ、二人のいつも通りの光景であるが、俺にはその光景がとても羨ましく思えてくるのだった。

 

◇◇◇

 

昼休み。私は尿意を感じてお手洗いに駆け込んでいた。またまた鈴は委員会でいないし、かといって弾や数馬にも頼めないからね…………流石に恥ずかしいし。

(はぁ…………やっぱりこっちは辛いよ…………)

ふとそう思ってしまう。ここにいると、どうしても自分が自分でいられないような気がしてきてやまない。今朝下駄箱開けた時、昨日無くなってしまっていた内履きのもう片方が戻ってきていたけど、やっぱり落書きをされていて、中には水が注がれていた。幸いだったかどうかはわからないけど、鈴達がいたからティッシュを貰って中を拭いたからいいけど…………朝からこんなことをされると気分も落ち込むし、何より周りの目が怖い。

「はぁ…………」

ため息が漏れてしまう。きっと疲れてきているんだと思う。体も、心も。そう思った時だった。上から勢いよく降りかかってくる冷たいもの。それは私の頭からつま先まで全てを濡らしていく。制服がびっしょりと濡れてなんだか気持ち悪い。

「織斑ー、トイレに入っているんなら、勉強しなよー」

「お前一人でクラスの足を引っ張っているんだからねー」

「もう千冬様の顔に泥を塗るなよー」

何かが床に落ちて金属音をたてる。それと同時に私に対する誹謗中傷にも似た言葉を投げつけられる。夏服で半袖でいるけど、それでも髪が濡れて張り付いているし、下着まで濡れちゃったから、なんだか気持ち悪い。

「うぅっ…………ひっぐ…………」

やり場の無い悔しさが込み上げて、涙が溢れて止まらない。どうして…………どうしてなの!?どうして私だけがこんな目にあわなきゃいけないの!?溢れ出した涙はより一層私の制服を濡らしていった。

 

◇◇◇

 

(ふぅ…………危なかった。人間の生活となると色々不便。というか、なんでお手洗いがこの階に一箇所しか無いのよ)

用を足し終えていた私——レイはふとそんな事を思っていた。こっちの世界に来てからもう半年近く経つけど、それでも人間の生活にはあまり慣れていない。用を足す時もそうだけど、ご飯を食べる時も寝る時も、それぞれの場所が決まっていて、それに従って生きている。昔の私たちから考えたらそんな事はまずありえない。私たちは自然の中で自由に生きてきたから、何かに縛られるというのは好きじゃ無い。でも、今となってはそれが当たり前のようになっていて、私もそれに順応している。慣れってすごいね。

終わった私はお手洗いを出て、リオ達の元に向かおうとしたけど、隣の隣の個室から何か水を零すような音が聞こえてきた。それから聞こえてきたのは誰かを貶めるような、心ない言葉。…………聞いているこっちまで気分が悪くなってきた。

そんな事を思いながら個室を出ると、その一つ隣の個室からも誰かが出てきた。長い髪を肩よりも下まで伸ばしている、見た感じはとても可愛い子。だけど、彼女の状態は余りにも酷すぎで、不憫にも思えてくるようだった。その綺麗な黒髪は濡れてしまって張り付いて、頭から全身、制服も何もかもがずぶ濡れ。何より、涙を流しているのが心に突き刺さってくる。今は夏だけど、流石にこのままでは風邪を引いてしまうだろう。知らない子だけど、だからと言って見て見ぬ振りができるほど人がなっていないわけじゃない。

「こっちにきて」

私は思わず手を差し伸べていた。彼女よりも少し身長の低い私が手を差し出しているのはどこか不思議な光景だと思う。

「…………え…………?」

彼女もそれに戸惑っているようだ。そして、目を私から逸らし、何処かへと後ずさりして離れていこうとする。もしや、彼女は私に何か迷惑がかかるとでも思っているのだろうか。それとも、不安でも抱えているのだろうか。確かに、初めての人から声をかけられたら戸惑いもするだろう。でも、今の私は彼女のそんな気持ちを考える余裕などなかった。同じ女なんだから、何をどうしたいのかだけはなんとなくだけどわかる。

「いいから!何も悪い事はしないわよ」

「え…………あ、ちょ、ちょっと!?」

彼女の手を強引に取った私はそのまま教室へと向かった。身長では負けているけど、力は負けない。彼女は手を振りほどこうとするけど、私の握る力が強いからそう簡単には逃げられない。それに、廊下を全速力で走っているから、彼女の姿も余り見えてないことだろう。寧ろ、そうであって欲しい。でなければ、色々と彼女の尊厳が失われそうだから。…………制服が濡れて下着が透けて見えているのよ。その姿を誰にも見られないように私が肉壁となって必死に隠す。そんな光景を不思議そうに見ている他の生徒達を尻目に、私と彼女は私のクラスである四組に到着したのだった。

 

◇◇◇

 

「…………やけに騒がしいな」

「そうだな。何かあったのか?」

何やら教室の入り口が賑やかだ。俺の耳にはそんな喧騒が入ってくる。その喧騒の中に、レイの声が混じっているのが聞こえてきた。

「リオ、レイが騒動の中心になっているんじゃねえの?」

「マジかよ…………何をしたんだあいつは。普通にお手洗いに行っただけなんじゃなかったのか?」

「もしかして、途中で水ブレスしちまったとか?」

「クロウ、後で爆炎地獄やるぞ」

「悪い、あと喋らん」

…………クロウの奴は何を言おうとしているんだろうか。あいつの頭の中は皆目見当がつかないほど、何を考えているのかがわからない。だが、それが大概いやらしいことである事はリオも理解しているようだ。そこにレイをバカにする話が入ってくると…………地獄を見ることになる。俺は受けたこと無いが、クロウとジョウが受けているところ見たことはある。中々にあれは悲惨な光景だった。地面は燃え上がり、岩は溶けるような灼熱の中に取り残され、本当に地獄の果てまで追い回し、自らの命をかけた勝負が始まる。それがリオの爆炎地獄だ。

「仕方ない。一旦向かって、事の沈静化を図ろう。話はその後だ」

この中ではかなりまともな部類に入るジンが俺たちにそう提案する。ジンの言うことはまず間違っていない。だから俺たちはそれに従う。ジンの提案に乗った俺たちは騒動の中心へと向かった。

「こらー!野郎どもは向こうを向いてなさーい!」

何やら謎の剣幕を立てて、このクラスの男子を牽制しているレイ。そして、その後ろには、あのアリシアにそっくりの織斑がいる。織斑は雨にでも打たれたのかというほどにびしょ濡れだ。一体何があったのだろうか?…………ダメだ、織斑を見ているとアリシアの影が重なって見えてしまう。昨日、島に帰って彼奴と会ってきたからこそなんだろうか。より一層アリシアであるかのように思えてきてしまってやまない。それがいかに失礼な事かは理解している。しかし、なってしまうものは仕方ない。俺はもうそんな事を思わないように、その場を離れようとした。

「帝鋸…………さん?」

そんな時、織斑が俺の名を呼んだ。それを皮切りにクラス全員の目が俺に集まる。チッ…………なんでこうなるんだ。

「あり?もしやルオン、知り合いだったりするのか?」

「大した関係じゃない…………昨日会っただけだ」

ジョウがそんな事を言ってくるが、俺はなんでもないかのように素っ気なく返答した。そうだ…………俺には関係のないことなんだ。

「ほほぅ…………つまりはあれか。昨日授業をフケていた理由はこの子に会う為だったか」

「なっ…………!?ち、ちげえよ!お、俺はただ…………」

「ただ、なんだよ?」

「…………いや、なんでもない」

俺は結局まともに答えなどせず、口を濁した。言えるわけがない…………俺が彼女を保健室に連れて行っていた事など、こいつらに言えるわけがない。彼奴が死んでから俺は誰がどんな目に遭おうと、無関心である事を貫き通してきた。関わりを持ちたくない、関わりを持って哀しい目に遭いたくない…………つまりは自分の保身であったわけだ。だが俺はどうしてなのか彼女の事を助けてしまった、関わりを持ってしまった。もしかすると、俺はまた失ってしまうかもしれないというのに…………。

「て、帝鋸さんは私の事を助けてくれたんです…………だ、だからそんな不良みたいに言わないでください…………」

だが、織斑の奴は俺が昨日授業をサボった本当の理由を言った。その瞬間、ジンやジョウ、クロウにリオとレイ、挙句クラスの面々までもが俺の見る目を変えてきた。誰もが意外だという顔をして。一方の俺はと言えば、内心舌打ちをしていた。なんでバラすんだよ…………そんな事どうだっていいじゃないか。

「おーおー、無愛想ルオンもよくやるじゃん!」

「チッ…………たまたま気が向いただけだ。他意はない」

ジョウがそう俺を小突いてくる。やけにテンションの高いこいつに絡まれた俺は、また舌打ちをした。それに誰が無愛想だ、誰が。俺はそこまで愛想のない奴じゃないぞ。

「それなら、ちょうど良かったわ。ルオン、ジャージとか持ってたりしない?」

「はぁ?なんで俺が——」

「だって、このままこの子をずぶ濡れの格好でいさせるのもかわいそうでしょ。かといって私のジャージを貸そうにも小さいし。だったら面識のあるルオンならいいでしょ」

レイは俺にジャージを貸すように言ってきた。どうして俺なんだよ…………俺以外にも当てなんていくらでもあるだろ。そう内心思っていると

——自分が本当に正しいと思った事をすればいいんだよ——

アリシアが俺にそう言ってくるように思えたんだ。暗に彼女を助けろ、と。本当は俺は何がしたいんだ…………関わりを持ちたくないのか、それとも誰かに手を差し出したいのか…………それすらもあやふやなままだ。

「…………わかった。今持ってくる」

それが本当に正しい事なのかはわからないが、俺もどこかで織斑をそのままにしてはおけないと思っている。この季節どのみち使う事は殆どない長袖のジャージを俺は自分のロッカーから取り出した。四月からずっと置きっぱなしにしているが問題はないだろう。

「これでいいのか?」

「うん、これならいいでしょ。ルオンなら置きっぱなしにしているだろうと思ったし、頼んで正解だったよ。ほら、これ着て」

レイは俺からジャージを受け取るなり、織斑に差し出した。だが、肝心の織斑はなかなか受け取ろうとしない。

「…………着るんなら、さっさと着ろ」

「あ…………は、はい。ありがとうございます…………」

俺はぶっきらぼうにそう言った。すると、織斑は小さい声ながらも礼を言ってきた。それを聞いた俺は少し面倒だと思ったが、少しだけこれで良かったと思っている。

「…………ちょっと、大っきいですね…………」

袖を通し、ファスナーを上げた織斑はそんな事を言っていた。それは仕方のない事だろう。俺の身長はジョウの次に大きい。織斑は俺よりも身長が小さいんだ。その分、服だって大きくなるだろ。ジャージの袖の中に手が少し隠れてしまっているが、使えない事はない。

「でも、これでなんとかなるわね。あとは大丈夫?」

「は、はい…………なんだかすみません」

「気にしなくていいわ。私がしたかったからしただけよ」

自分がしたかったからしただけ、か…………俺もそんな事を言ってみたいが、無理だろうな。それに、そんな事を言わないように生きてきたんだから仕方ない。今更俺は何を考えているんだ…………。

「あ、あの…………帝鋸、さん」

「なんだ?」

「ジャージ…………洗って返しますね」

「…………好きにしろ」

俺は織斑に返事をしたが、彼女と目など合わせてはいない。俺の勝手だが、どうしてもアリシアが重なって見えてしまう。だから、これが俺にとっても、彼女にとっても最適なんだろう。俺はそう思っている。俺は席に戻り、また適当に外を眺める事にした。

 

 

「なぁ、ルオン」

「なんだ、今度は」

織斑が教室を去った後、ジョウが俺に話しかけてきた。しかもいつになくテンションが普通だ。かえって不吉な予感しかしない。

「さっき来たあの子なんだけどよ…………」

「織斑がどうかしたか?」

「いや、気のせいならいいんだけどよ…………何処かアリシアに似て——」

その瞬間、俺は立ち上がり、ジョウの首を掴み上げていた。自分でもおかしいと思うほど力が入っている。俺より少し身長の大きいジョウが床から浮いている。

「な、なんだよ…………ルオン、苦しいぞ…………」

「言うな…………それを言うな。織斑にアリシアを重ねて見るんじゃねえ…………彼奴はもう死んでんだよ。生きている奴に死んだ奴を重ねるな。それに、彼奴は彼奴だ。織斑は似ているだけで彼奴なんかじゃねえ。それだけは覚えておけ」

ジョウの首から手を離し、俺は再び外を眺める。…………俺だけが哀しみを背負っているわけじゃないって事はわかってる。だが、さっきのジョウの発言だけは俺も思うところがある。だから、否定したかった。彼奴は彼奴だけの存在だ…………この世界には存在などしていない。

「あー…………その、悪かったな。ただ、もしかするとお前がそれで昔のように戻るのかって思ってしまったからよ…………お前がそう考えているなんて知らなかったんだ」

ジョウは明らかにもしわけなさそうな声でそう言った。こいつがここまでテンションの低い声で喋るときは大概本心から謝っている時だけだ。

「…………俺も悪かった」

つい俺も謝ってしまう。だが、これはこれでいいんだ…………ジョウがそんな事を考えていたなど俺も知らなかったわけだし、俺に至っては絞め殺すような勢いで首を掴んだわけだ。俺にだって非がある。

「それじゃ、これはお相子って事でいいな!」

そう言ってジョウはなんでもなかったかのように笑い飛ばした。そんなこいつが俺にはとても眩しく見えて、俺はしばらくこいつに目を向ける事が出来なかった。

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