暴鋸物語(仮題)   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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気がついたら超展開していた…………


第5話

「ただいま」

家に帰れば普通であれば、おかえり、と返ってくるはずなんだろうけど、私の場合、そういう事はない。

(そうだよね…………返ってくるわけ、ないもんね)

そう落ち込んだ気持ちで靴を脱ぎ、自分の部屋に行こうとした。そんな時、ふとリビングのドアが少し開いている事に気がついた。もしかすると閉め忘れたのかもしれないと思い向かうと、リビングからお酒の匂いがしてきた。勿論、私がお酒を飲んだなんて事はない。という事は…………!

(お姉ちゃんが帰ってきた!)

リビングへ入ると、そこにはソファでだらしなく寝ている千冬お姉ちゃんの姿があった。テーブルの上には飲んだであろうビールの缶が一つあった。お姉ちゃん、いつも帰ってくるとお酒飲んでいるからね。

私の姉、織斑千冬は日本の国家代表IS操縦者。そして、第一回モンド・グロッソで全部門を優勝し、ブリュンヒルデの称号を得て世界から注目されるようになった。私からしたら、それは本当にすごい事だと思うし、憧れだったり目標だったりしてる。でも…………ブリュンヒルデと呼ばれるようになってからはお姉ちゃん、家に帰ってくる事が少なくなったから、ちょっと寂しいんだよね。学校では鈴達がいるからそんな事はないんだけど、家に帰ると殆ど一人。そんな日々が続くようになってしまった。だから、こんな風に帰ってきてくれるのはとても嬉しいんだ。

でも、そんな輝かしい事の反面、私はいつでもお姉ちゃんのおまけ扱いされていた。お姉ちゃんはそんな事ないって言ってくれたけど、周りの人はいつもそうだった。昔から頭も良くて運動神経もいいお姉ちゃんと比べて私は何においても平凡、努力してもそれに結果が見合わない。そんなことばっかり。それでいつもお姉ちゃんと比べられて…………たとえどんなにいい点数をとっても『それが当たり前』、悪ければ『恥晒し』…………そう言われ続けていた。嫌な思いは沢山してきたけど、だからと言ってお姉ちゃんを恨んだりはしていないよ。だってお姉ちゃんは私の憧れなんだから。

「ふあぁぁ…………」

どうやら、お姉ちゃんが目を覚ましたみたい。大きな伸びをして、目を開けた。髪はボサボサになっているけど、目は凛としていて、威厳が感じられる。

「おお、一夏!おかえり。寂しい思いをさせてしまったな」

でも、今のお姉ちゃんからは威厳よりも優しさみたいなものが感じられる。だから思わず抱きついてしまった。

「おおう…………どうしたんだ、いきなり」

「しばらく一人で寂しかったから抱きついちゃった…………ごめんなさい」

「謝る必要なんてないさ。寧ろ、私が抱きしめたいくらいだ」

逆にお姉ちゃんにも抱きしめられちゃった。少し力が強いけど、でも間近にお姉ちゃんの温もりが感じられる…………それだけで私は十分なの。

「…………ん?」

そんな時だった。お姉ちゃんが何かに気がついたようだ。一体何か変なところでもあったのだろうか?

「なぁ、一夏。お前、左頬の辺り怪我していたか?」

「…………!?」

この瞬間、私はしまったと思った。お姉ちゃんに変な心配をさせてしまう…………私の家は両親が蒸発してお姉ちゃんと二人暮し。国家代表のお姉ちゃんがお金を稼いでいる。この家を支えているのはお姉ちゃんなんだよ。ただでさえ国家代表として忙しくて心労の絶えない日々を送っているのに、これ以上心配なんてかけられないよ…………。

「ちょ、ちょっと、ね…………体育の時間に転んじゃって、打ち所悪かったみたいで、痣ができてるの」

だから、私は嘘をついて誤魔化した。私が学校でいじめられているなんてお姉ちゃんに言ったら、それこそ終わりだよ…………お姉ちゃんにこれ以上、迷惑をかけないためにも私が耐えるしかないんだから。こんな時だけはお姉ちゃんがあまり帰ってこないのが幸いだよ。例えば、通学用の靴を隠されて内履きで帰ってきてもばれないしね。

「そうだったのか…………それは痛かったな」

「今はそうでもないから大丈夫だよ。一旦、二階に荷物置いてくるね」

そう言ってお姉ちゃんから離れて、二階へと上がっていった。そして、自分の部屋へと向かう。そんなに大きい部屋ではないけど、勉強するには丁度いい広さ。机の上には鈴達と撮った写真とかお姉ちゃんと撮った写真とかが飾ってある。そして、部屋の片隅には少しだけ違和感を感じる段ボールがある。その中には片方しか見つけられなかったりボロボロにされてしまった内履きや通学用の靴、ズタズタに切り裂かれたノートや教科書、筆箱とかが入っている。お姉ちゃんに見つからないようにここに隠している。捨てるにもお姉ちゃんに見つかったらそこで終わりだからね。

荷物を置いた私は、鞄の中からジャージを取り出した。胸のところには帝鋸の文字が刺繍されている。今日貸してもらったジャージ。先生には呆れられたけど、そのまま着ててもいいって言われたし、このジャージのお陰で濡れて透けている姿を見られる事もなく済んだ。本当、帝鋸さんには感謝してもしきれない。少しジャージが湿ってしまったから、ちゃんと洗って返さないと。

(でも…………あんな人初めて…………)

私はふと帝鋸さんの顔を思い出していた。確かに帝鋸さんは髪は蒼いし、不良みたいに見えるかもしれない。でも、あの目…………あの赤い目がどうしても頭から離れない。力強い印象を受けるけど、その奥に哀しみみたいなものを抱えているようにも感じられる。

「帝鋸…………さん…………」

ふと、彼の名前を呟いていた。それと同時に何処かで彼の事をもっと知りたい、もっとお話ししてみたいと思っていた。

 

◇◇◇

 

私——千冬は一夏の様子に疑問を抱いていた。彼奴はただの怪我だと言っているが、本当にそうなのだろうか?確かに転べば怪我はするだろう。だが顔に痣ができるほど強く打ち付けることなどあるのだろうか?…………いや、そんなはずはない。寧ろあの位置にできる痣など私には一つしか考えれない。時々あるんだが、ISでの近接格闘戦時に回し蹴りが入ることがある。その時に狙うのは頭だ。絶対防御がある為、意識は刈り取ってしまうが、死に至らしめることはまずない。それでも痣はできる。一夏の怪我をしている位置はどちらかというとこちらに近い。

思い返してみれば今までも不自然な怪我をしてくることがあった。顔だけじゃない、腕や脚にも痣や切り傷、擦り傷のようなものが不自然なほど多くできていた。それに、私が偶々先に家に帰ってきている時で、一夏が内履きで帰ってきた事も多々あった。それらの事に私が質問すると

——ちょっと転んじゃって…………——

——なんかそのまま帰ってきちゃったみたい——

そう言って、まるで何かを隠すようにしていた。一体なにを隠そうとしているのか、私にはわからない。それがどこか不甲斐なく、何もしてやれない自分が腹立たしかった。しかし、ここまでの証拠があればある程度なら想像はつくが…………

(まさか…………一夏はいじめられている、のか…………?)

それだけはどうしても考えたくなかった。第一、一夏がいじめられるいわれなどないはずだ。学校での成績もいい、誰にでも優しい、そして家事はなんでもできる…………私よりもずっと人としてできている。そうであるはずだから、一夏がいじめられる事などありえないと思っている。だが、これは私自身の勝手な考えだ。私の考えが必ずしも当たっているとは限らない。むしろ外れている方が多いだろう。

(一度、ゆっくり話をしてみる必要があるな…………)

そう思った私はいつの間にか拳に力を入れていた。一夏に何もしてやれない自分が悔しいのか、それともまた別の感情なのか…………それもわからない。だが、家族一人の事すら気を回せない自分が腹立たしかったのは確かな事だ。

 

◇◇◇

 

外がやけに明るい…………もう朝にでもなったのか?瞼を通して伝わってくる僅かな明かりが俺の脳を覚醒させようとしてくる。そんな衝動に駆られ、俺は瞼を開けた。するとどうだろうか。眩い光が俺の目を襲ってきた。あまりの眩しさに目を閉じてしまったが、それは仕方のない事だ。それに、感じる風がどこか涼しい。おかしいぞ…………今は夏のはずだ。それに、俺はエアコンなんてものは付けてないから涼しいどころか暑いはずだ。疑問を幾つも抱いた俺は恐る恐る目を開けた。そして、奴婢混んできた光景は——一面氷の大地、その先に広がるのは広大な海、舞い上がるダイヤモンドダスト…………間違いない、ここは氷に覆われた極寒の世界、ゼーキューレ半島だ。だが、どうして俺がここにいるのかがわからない。別にゲートを越えてここに来たわけではない上に、そもそもで俺は島に帰ってすらいない。それならば本当なら俺はここに来るわけがないんだ。

それに俺と俺だ。溶けた氷に映る俺は竜と人の中間に当たるような姿をしている。爪先は完全に竜のそれであり、手の甲からは翼膜を支える翼を構成するような骨格ができており、挙句尻尾まで生えている。わからない…………全くもってわからない。しかし、それのおかげで俺はこうして氷の大地の上に滑らずに立っている。そして、目の前には見慣れた洞窟がある。気がつけば俺はそこに向かって歩き始めていた。

「まだ、引きずっているんだね」

その時だった。俺の後ろから声が聞こえる。俺はその声に聞き覚えがあった。いや、そのような言葉で言い表せるようなものじゃない。思わず俺は後ろを振り返った。

「久しぶり、ルオン」

そこにいたのは、頭から特徴的な角と、剣のような尻尾を生やし、脚の爪を氷に突き立て、俺と同じように竜と人の中間に当たる姿をしているアリシアの姿があった。何故なんだ…………何故ここにいるんだ。彼奴は…………彼奴は死んだはずなんだぞ!なのにどうして俺の目の前にいるんだ!?あまりにも状況へ追いつけず、ただでさえ考える事が苦手な俺の頭は悲鳴を上げていた。アリシアはそんな俺の事はいざ知らずといった感じで、あの時と変わらない笑顔を浮かべていた。俺には氷によって反射する光よりもずっと眩しかった。

「どう、して…………お前が…………だってお前は——」

「別にいいでしょ。こうやって会えたんだから」

そう言い切るアリシア。ここにいる事自体がまるで当たり前のように言っている。その言葉とこの光景…………それらは俺に、嘗て俺たちが過ごしていた時をもう一度味あわせてくれるように思えてきた。そして、それが今まで途切れる事なく続いてきた、そうとまで思えてくる。それほどまでにこの光景は俺の記憶と合致していた。

「それと、ありがとルオン。ドスビスカスの花、綺麗だったよ」

「そうか…………そいつは良かった」

「ねぇ、ルオン。この花、付けてもらってもいいかな?自分じゃ上手く髪につけられないの」

「あまり自信はないが…………やってやるさ」

俺はアリシアからドスビスカスの花を受け取った。だが、それはドスビスカスというには少し小さい花。それでも、花弁は美しく開いている。俺は彼女の氷のように透き通る青い髪にその真っ赤な花をつけてやる。対照的な二色であるが、彼女にはよく似合っている。だが、俺のセンスがないのか、いまいちしっくりとくるところにつけてやる事が出来ないでいた。

「ねぇ、ルオン」

「どうしたんだ?」

アリシアが俺の事を呼んだ時、丁度いい場所を見つける事が出来た。俺は迷いなく花をそこにつけてやった。俺の力では簡単に潰れてしまう花をそっと髪に挿してやった。やはり、アリシアにはこの花が似合っている。

「私がもうこの世界にいないって事、わかっているよね…………?」

どこか顔を俯かせたアリシアの口から出てきた言葉は俺の心に深く突き刺さった。確かに、こいつは既に死んでいる。俺の目の前で殺されたんだから、今更目を背ける事などしない。むしろ受け入れなければならないんだ。だが…………それでも、哀しい思いは込み上げてくる。

「…………ああ。俺の目の間で起きた事だからな…………理解しているさ」

「それならいいの…………私の事でルオンが苦しんでいたら、私は哀しいから…………」

「アリシア…………」

「でも、ルオンが無事で良かった。私はそれだけで充分だよ」

そう言ってにっこりと笑うアリシア。その笑顔はどこか儚いものであったが、それでいて満足気そうだった。そんな彼女にかける言葉を、俺は持ち合わせていない。それだけが悔しかった。

「それに、ルオンは会ったんでしょ?」

「誰にだ?」

「私とそっくりな人。前、そんな事言ってたよね?」

確かに俺はそう言ったが…………それはアリシアの亡骸にだぞ。それなのにどうしてそんな事を知っているんだ?俺は疑問を抱かずにいられなかった。

「そうだったか…………?」

だが、俺も俺で、まるで本当に彼女に話した事があるように返した。実際、亡骸には話したから、一応彼女に話した事にはなるのか…………?

「そうだよ。それも、すっごく似てるんでしょ?…………だからね、その人を通して私の姿を重ねないでね。その人に失礼だし」

「まあ…………それはわかっているが——」

「それと、その子を守ってあげてね。ルオンはその子を助けたんでしょ。だったら、哀しみから守ってあげて…………私はルオンやその周りにいるみんなが哀しむのが辛いから…………」

そして、アリシアの口から出てきた言葉は、俺の予想を超えるものであった。どうして俺が織斑を守らなければならないんだ…………確かにあの時、俺は彼女に手を差し伸べた。だが、それはただ気が向いただけであり、俺に善意などは全くもってない。だが…………あの時、俺の脳裏にはアリシアからの言葉が浮かんでいた。自分が正しいと思った事をすればいい、その言葉がどんな深い意味を持っているのか、バカな俺にはよくわからない。

「俺が…………彼奴を守る、だと?」

「そう。ルオンが行っている世界は、楽しく生きようとしても差別がある、哀しい世界。だからね、その子にそんな哀しみに打ち勝って欲しい。ルオンはどう?そっちの世界は楽しい?」

アリシアの質問に俺は迷わず答える。まだ一ヶ月と少ししかいないが、それでも俺でもあの世界については理解している。

「楽しい時もあるかもしれないが…………どっちかといえば、普通に生きていても貶されるような奴がいる」

そう話す俺の脳裏には何故か織斑の姿が浮かんだ。初めて会った時、気を失って傷だらけだった彼女。その時、姉がなんとかと言われていた。

「そいつはな…………何故か知らないが、怪我を負わさせられていた。織斑は真面目なヤツなんだろうが、そんな奴が苦しんでいるなど、俺には…………」

手が震え始めているのがわかる。きっと今までずっと他者との馴れ合いを拒み続け関わりを持ちたくない俺と、誰かが苦しんでいるのを見過ごせない俺が、どこかでせめぎ合っている。そのどちらにも傾かない為、手の震えという形で現れてきたのだろう。…………だが、俺は——

「俺には…………見捨てる事が出来ないんだ…………!哀しい思いを、俺のせいで誰かを失う事などしたくないのによ!なのに…………心のどこかで俺が、後悔だけはしたくない、そう言ってくるんだ…………!!」

いつの間にか、彼女を——織斑の事が気になって仕方がなかった。アリシアの姿が重なってしまったという事もあるかもしれないが、それ以上にあの不条理な目に遭っていた彼女をそこから連れ出したい、そう思ってしまっていたんだ…………。心のどこかではまだ関わりを持ちたくないと叫んでいる。哀しみを背負うかもしれない。だが、だからと言って、俺は…………生きている奴を否定される事がもう嫌なんだよ…………!自分でも、自分の意思が未だに定まらず、宙を舞い続けている。そんな自分が腹立たしく、奥歯を噛み締め、ただ足元の氷を見つめていた。

「それならよかった。ルオンは正義感強いからね。それに、一度哀しみを知った人なら、そんな哀しみから誰かを救う事だってできるよ。だから、自分を信じて。ルオンはもう誰も失わないから」

アリシアはこんな俺に優しい言葉を投げかけてきた。未だにアリシアから離れる事ができない俺がどこか不甲斐ないように思えてくる。でも、その言葉が、俺の誰かと関わりを持ちたくないという思いを少しずつ消していく。

そんな時、風が吹き始めた。雪や削られた氷の欠片が風に吹かれ、やがて全てを凍てつかせるブリザードへと変貌していく。ゼーキューレ半島ではこんな事は日常茶飯事だ。ふと、俺が視線を上げるとアリシアの姿がどこか薄くなっているように思えてきた。

「お、おいアリシア——」

「…………もうそろそろ、私も行かなくちゃ。本当は私、ここにいちゃいけないからね。久しぶりにお話できてよかったよ」

ブリザードに飲まれゆく彼女の姿。俺は思わず彼女へと手を伸ばしたが、それは空を切るだけであり、彼女に触れる事すら叶わなかった。

「ま、待て!待ってくれ!」

「——あの子の事、頼んだよ。約束してね」

姿は殆ど見えない。だが、それでも必死に彼女の姿を捉えようとする俺。そんな時、一瞬であったが彼女の顔を見つける事ができた。

「——それじゃ、()()()

その言葉を最後に、アリシアの姿は完全にブリザードへと飲まれていった。突き刺すような凍てつく風が肌に吹き付けるが、俺には最早どうでもいい事だった。どうして俺の元にアリシアが現れたのかはわからない。だが、それによって俺の心が少しずつ変わっていくのがわかる。そして、やはりアリシアは死んだのだと再び哀しい現実を突きつけられた。姿が薄れていく際彼女は、またね、と残していった。それがまた再会する可能性があるという事なのかはわからない。それでも、もう過去には戻れない、嘗てのような楽しい時は戻ってこないと考えると、どこか切ない気分になってきた。哀しみが込み上げてくる。涙腺が緩むのがわかる。…………もう、抑える事を止めようか。現実を受け入れていると言っている俺が未だに縛らている。

 

 

 

 

 

——その日、ゼーキューレ半島には哀しみに満ちた俺の咆哮が響き渡った。

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