暴鋸物語(仮題)   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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第9話

「〜〜♪」

その日、私はかなり舞い上がっていた。というのも、私が作ったお弁当をルオンさんに食べてもらえたから。本当は今まで返せなかった恩を返すだけだったんだけど、美味しいって言いながら食べてくれるルオンさんを見ていてとても嬉しかった。多分、鈴や弾、数馬、そして千冬お姉ちゃんや私の住んでいる町の商店街の人を含む私を知っている人以外で褒められたのは初めてかも…………そう思うとより一層喜びが強くなった。丁度私の家はルオンさんの住んでいるところと一駅分離れている。この距離があるから私は自分の町だとあまり嫌がらせは受けない。でも、そうじゃないところに行くと、やっぱり嫌がらせは受けちゃうんだ。たまに駅の階段から突き落とされかける事もあるしね…………あの時は本当に酷かったよ。でも、今はそんな事ないところにいるから、別に問題はないかな?この町にいる、それが私にとって数少ない平和な一時。平日は殆ど学校にいる方が多いから仕方ないんだけどね。けどね、鈴や弾に数馬、そしてルオンさんやその周りのみんながいるから、今はなんとか耐えていける。一人だったら辛くて立ち直れないと思うしね。そう思っていればきっと大丈夫。

そんな事を考えながら家に向かっている私の足取りは非常に軽かった。やっぱり嬉しい事があったらこうなるよね?でも、自分でもなんでこんなに嬉しい気持ちになっているのかよくわからないんだ…………褒めてもらえたから、だけじゃないみたい。今の私にはそれが何なのかよくわかっていなかった。

「〜〜♪」

それでも嬉しかった事に変わりはない。今度もまたルオンさんや今回誘えなかったジョウさん達に何か作って持っていってあげたいなって思っている。だって、あの輪の中にいると、何だか自分が自分で居られるような気がするんだ…………理由はわからない。でも、私はその輪がとても眩しくて、羨ましかったんだ。モンハン以外でそんな事を思ったのは久しぶりだと思う。

次第に家が近づいてきた。今日は千冬お姉ちゃん、午後から仕事があるって言っていたし、また一人ぼっちの生活に戻っちゃうね。少し寂しいけれど、でも千冬お姉ちゃんにはあまり私の事を気にかけないでお仕事して欲しいよ。私が負担になっちゃダメなんだから。

(あれ…………?)

そんな風な事を考えながら家に向う途中、丁度私の家の前くらいのところにある電信柱の近くに誰かがいる事に気がついた。夕方近くだからまだ明るくて、どんな人かは外見ならわかるけど…………。

(あんな人、この近くにいたかな…………?)

まるで海のように青い髪が特徴的で、何だか複雑な髪型をしている。まるで、重力に逆らっているかのようだ。そして、その目も同じように青い。一体どこの外人さんだろう?よく見ると…………すごく綺麗な人で、つい私と比べてしまった。はい…………私の完敗です。どう見ても出るところは出てて、引っ込んでいるところは引っ込んでいます。平凡な私とは比べちゃいけなかったようです、はい。

初めて見る人なので、私は少し警戒しながらその場をやり過ごそうかと、自分の鞄を前で抱きしめ、体を出来るだけ小さくして小走りで早く家に帰ろうとした。

「ねぇ、ちょっと」

だが、その人の前を通り過ぎて少ししたところ、私の家の玄関の前で呼び止められてしまった。とても綺麗な声だったけど、何処か威圧感のあるような声。その声に私はビックリして、つい背筋が伸びきってしまった。

「貴女…………匂うわね」

(に、臭う…………!?)

初見の人にこんな事を言われたのは初めてだよ…………というか、臭うって何!?た、確かに少しは汗臭いかもしれないけど、そこまで酷いとは思わないよ!?言われた事があまりにも酷すぎて、泣いちゃいそうだよ…………ぐすん。次第に足音が近くなってくるのがわかる。その都度、私は何だかよくわからない威圧感に襲われて、もうあと一歩先は家だというのに進めずにいた。そして、足音が止んだと思った瞬間、

「やっぱり、匂うわね…………」

「ぴゃあっ!?」

首筋近くの辺りで何かを嗅ぐような音がした。こ、この人かなり怖いんですけど!?でも、それ以上にこの人の行動が読めなさすぎて、どうしたらいいのかわからなくなっていた。あまりの恐怖に思わず振り返ってしまった。その時に少しバランスを崩して、玄関の扉に背を預けるような形でへたり込んでしまう。向けられていた視線は、私に強い何か気迫のようなものを送り込んできている。そして、私に向かってその人は、「ずびしぃっ!」とでも効果音が付きそうなほど人差し指を向けて、こう言った。

 

 

 

 

 

「貴女…………ジョウとどういう関係なの?」

 

 

 

 

 

「…………はい?」

質問の意味がわからず思わず間抜けな声が出てしまった。その後暫くの間、私と目の前の残念そうな美人さんはそのままの形で固まっていたのだった。

 

 

ひとまず、あのまま外で固まっているのもどうかと思った私は、その人を家に入れてお茶を出したわけなんだけど…………

「…………」

会話がないです。物凄く威圧されています。お茶を出したけど手をつけてもらえそうな気配はないし、何よりあの疑っているような目がこっちを常を見つめている。というか、初見で臭うなんて言われたら誰だってこのくらい警戒すると思うよ…………でも、そんな人を家に上げちゃう私も私でお人好しなんだろうね。自分のお茶も淹れた私は彼女の丁度向かい側に座った。

「それで、なんであんたからジョウの匂いがするのよ?」

そのセリフを聞いた瞬間、私は思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになってしまった。って、まだその話なの!?しかも、やけにジョウさんにこだわっているような…………。

「じ、ジョウさんの…………臭い…………ですか?」

「違うっ!!"臭い"じゃなくて、"匂い"!!」

「ぴゃあっ!?」

突然叫ばれたものだからまたビックリしてしまって、ソファに尻餅をついてしまった。というか、今突っ込むべきところってそこなの!?た、確かに一文字違うだけで結構変わってくると思うけど…………普通、そこまでの匂いわからないよ?

「な、なんで…………ジョウさんの匂いだってわかったんですか?」

ここで私は疑問に思っていた事を口にした。だって、普通なら他人の匂いなんてわからないだろうし、そもそもでそんなことあまりしない。それに、たとえ私にジョウさんの匂いが付いていたとしても、普通の人ならまずわからないはずなんだよ…………それをこの人は私からすると言っているのだ。どんな鼻を持っているんだろう?

「簡単な事よ。私とジョウは幼馴染なの。このくらいわかって当然だわ」

ドヤ顔で答える目の前の残念そうな美人さん。いや、幼馴染でもそれは無理だと思うんだけどな…………いかに目の前の人が常軌を逸脱しているのかが分かった気がする。何故かため息が出てしまったのは、少し疲れたからなのだと思いたい。

「なんでため息なんか吐いているのよ…………それよりも、いい加減に答えてくれないかしら?」

そう詰め寄ってくる残念そうな美人さん。もう目と鼻の先に彼女の顔がある。見る人が皆美人というか、整った顔だと言うかもしれないが、それ以前に目力が普通じゃない。私が今まで経験した中でこんな事はあまりない。最近あったことでこんな事は…………モンハンでジュンゲル密林に行った時、ディノバルドと鉢合わせした時かな?あの時はいきなり過ぎて本当に怖かった…………。

「じ、ジョウさんの事ですか?」

「それ以外に何があるの?いいから、答えて」

有無を言わせない口調でそう言われる。だが、ここで私が嘘をついてもいい事はないし、千冬お姉ちゃんには嘘はいけないことって教えられたし…………正直に言った方が何かと良さそうだ。

「じ、ジョウさんは私の友達です…………」

私はそう答えた。別に間違ってもないし、ジョウさんからも友達だって言って貰えたから本当の事だ。それを聞いた彼女は私の目をまるで射抜くかのように見つめてくる。

「はぁ…………その眼は嘘をついてないようね」

けど、それも一瞬。割とすぐに納得してくれたようで、彼女は詰め寄っていた体勢からソファに深く腰掛け一息ついた。それと同時に張り詰めていた空気もどこかへと消えていく。謎の圧迫感から解放されたせいか、私も少し気が抜けてしまった。

「し、信じてもらえてなによりです…………」

「こっちこそ、疑って悪かったわ」

そう言ってさっき出したお茶に手をつけてくれる彼女。本当にさっきまでの威圧感はどこかへと消え去っていた。

「でも、どうしてジョウさんの事がそんなに気になるんですか?」

「そ、それは私の勝手じゃない!べ、別にあいつの事が好きなわけじゃないんだから…………」

この瞬間、私は悟った。この人、完全にジョウさんに落ちている、と。口調こそ何やら否定的な感じがするが、その顔までは嘘をつけていないようで、ほんのりと頬が赤くなっている。それに視線もどこか宙を彷徨っているようだ。ここまであからさまな反応をする人、初めて見たかもしれない。そんな反応を見ていたら、さっきと物凄いギャップを感じてつい笑ってしまった。

「ちょ、ちょっと!笑わないでよ!」

「ごめんなさい…………でも、さっきとの差が大きかったから、可笑しくてつい」

「はぁ…………私の印象丸潰れじゃない…………」

そう言って意気消沈してしまった。何故かどんよりとしたオーラも少し見える。まさかオーラで伝えてくるなんて…………この人、どれだけジョウさんの事が気になっているのだろうか?

「まぁ…………ジョウに見られなかっただけマシとするわ」

彼女は残ったお茶を飲み干すとソファから立ち上がった。

「これで失礼するわ。そろそろ行かなきゃいけないところもあるし、そもそもそこを探さないといけないから。あ、お茶、ありがとうね」

「ところでどこに向かうんですか?」

「あら、言ってなかったかしら?」

言ってないですよ、と抗議の視線を送るも、彼女にはどこ吹く風といった感じで全く相手にされなかった。ちょっと悲しいよ…………。というか、最初に私を見つけて匂うと話しかけてきて、あらかじめ言っていたような風に言うことだけはやめて…………私の記憶違いかもしれないと思ってしまうから。

「飛竜の巣、っていうところの近くよ」

彼女の口から出てきた場所の名前は、昨日私がルオンさんに連れて行かれた場所だった。

「こっちに来たのはいいけれど、慣れない土地は少し辛いわ」

「あのー、良かったら案内しましょうか?私、そこ知っているんで」

目の前の人を放っておくわけにもいかないと思い、つい道案内をしようと提案してしまった。日は既に沈み込みかけていて、いつ真っ暗になってもおかしくないような状態なのにだ。やっぱり、私ってお人好しなのかな…………?

「本当!?それじゃ、案内任せるわよ!!」

そして、この人もその話に乗ってきていた。私は自分でそう提案してしまったことを後悔し、もう少しこの人に振り回されるのかと考えたらまたため息が出てしまった。

「待っていなさいよ、ジョウ!」

 

◇◇◇

 

「——!?」

「急に震え上がってどうした?」

閉店後の後片付けをたまたま残っていたジョウと共にやっていた俺だが、突然その仕事をしていたジョウが何かに脅えるかのごとく震え上がっていた。そう、まるで自分の命を狙う天敵に見つかった時のように。

「い、いや、今俺の事を誰かが狙っているような…………」

「そんなバカなことあるか?第一、お前を狙う物好きなんているか?」

だが、ジョウは本当の意味で狙われることはまずない。そもそもでこいつに敵う相手がいないのだ。それ故に自らの命を落としかけるといった事にはならない。その筈ではあるのに、ジョウの顔には汗が出ている。それも尋常ではない。顔色もどこか悪そうだ。

「…………いるから困ってるんだよなー」

「なんか言ったか?」

「べ、別に!さ、さぁ、仕事しないとジンに怒られるぞー!」

露骨に会話を避け、仕事を再開するジョウ。怪しすぎる。完全にこれは何かあるな…………ジョウ程ではないが、バカな俺でもそれは薄々感付いていた。

「…………なぁ、ルオン。ジョウの奴、何か悪いものでも食ったか?」

「…………俺が知るかよ…………俺もあんなのは初めて見たんだ」

クロウからの疑問にそう答えた。古くからの付き合いがあるとはいえ、俺は完全にジョウの事を全て知っているわけではない。特定の場所を持たないジョウと一定のテリトリーを持つ俺では、そうそう出会うこともないからな。

「…………嫌な予感がするな」

「…………嵐の前のなんとか?」

「おいバカ。それを言うな」

とうとうジンとレイの真面目組までそんな事を言い出してしまう。それほどジョウの状態が異様であったのだ。リオは彼らの言葉に一抹の不安を抱え、ツッコミを加えているようだが、内心はあいつらと同じだろう。あいつは警戒の目をしている。リオが警戒の目をした時、それは相当にマズい事態であると考えた方がいい。

「…………これ、相当にやばくねぇか?」

「…………さぁな。だが、なるようになるのを待つしかないだろ」

いつもは能天気なお調子者のクロウですら、こんな感じに不安げな顔をしている。そんな彼を俺は適当に流し、自分のやるべき仕事へと向かった。…………おそらく俺もこの状況から逃げたいのだと思う。そもそもで関わりたくない、関わるなと俺の本能が警告をしている。

「今日も一日、さいこーでーす!」

だが、それよりも完全にジョウが壊れかけている。いつものようにバカ騒ぎしているが、顔は全然笑っていない。むしろ恐怖のどん底にでもいるような様子だ。額からは汗が流れ出ていて、よく見れば膝が震えており、背筋は可笑しいほど真っ直ぐだ。この様子を見た俺はこう思った。

(これ、ひょっとしてかなりマズいんじゃないのか?)

おそらくこう思ったのは俺だけじゃないだろう。それだけ、今日の店内は異様な空気に包まれていた。そんな時だった。店内に響き渡る鐘の音。入り口の扉が開いた音だ。普通なら何でもないようなものだが、この時だけは違っていた。緊迫した空気の中、突然異質なものが混じり混んできたんだ。リオとレイは身構え、ジンとクロウは最早いつでも飛び出せるような体勢に、そしてジョウに至っては最早この世の終わりのような絶望な顔をして、俺はちょうど手に持っていたモップを重槍のように構えていた。何故か知らないが俺まで汗が吹き出てきて、謎の恐怖が俺たちを支配していた。

「あの…………皆さん、どうしたんですか?」

だが、そんな俺たちに向かって聞こえてきた声は透き通るような綺麗な声。そして、声の主は扉からこちらを覗くようにして少しだけ顔を出している。

「お、織斑…………?」

「そ、そうですけど…………どうしたんですか?」

俺達の様子を見て戸惑っている織斑。鐘を鳴らした正体が織斑と分かった途端、俺達は一気に脱力した。織斑は俺たちに危害を加えるような存在ではない上に、彼奴から守ってくれと言われているからな…………別に何ともないということだ。

「な、なんだよ…………織斑ちゃんなのかよ…………」

「久々に緊迫した空気になったぞ…………」

「し、死ぬかと思った…………」

「これ以上は勘弁してくれ…………」

「ちょ、皆さん!?本当にどうしたんですか!?」

気が抜けて床に崩れ落ちた面々を見て織斑が気遣う。こいつは誰に対してもこんな風に接しているのだろうか?それでいて、傷つけられているのか…………?そう考えるとどうしても同じような目に遭っていたアリシアが重なって見えてくる。

そんな風なことを考えている俺だが、他の面々と変わらず脱力している。モップを持っていたおかげで、それを杖のようにして立つ事が出来ているのが他との違いだ。

「まぁ…………いろいろあったんだ」

織斑に俺はそう言ってやった。正直、俺もどうしてこんな状況になってしまったのかよく分からないでいる。ジョウを除く他の面々は脱力して床に崩れ落ちているしな…………って、待て。何故、ジョウだけがあの状態から変わらずに絶望的な顔をしているんだ?そう思った瞬間、俺は何か気配を感じた。織斑ではない。また別の誰かだ。

「見つけたわよ!ジョウ!」

そう叫んで店内に入ってくる奴が一人。この声…………聞き覚えがあるぞ。それに、あの青い髪に瞳…………俺の記憶が正しければ間違いない。俺、アリシア以外でジョウを止められる奴がもう一人いたことを俺は思い出した。

「な、何故に…………お前はここにきたんだ…………?」

色々とやばい顔になっているジョウはそいつに向かってそう言っていた。だが、そいつはそんな事を耳に入れていないのか、それとも答える気がないのか、それについてはわからないが、一目散にジョウ目掛けて突撃していく。

「決まっているわ!貴方に会うためよ!」

どうやら、ジョウの質問は聞こえていたようだ。まぁ、あいつの両肩をがっちりとつかんで至近距離で答える必要があったかどうかは定かではないが。

「そろそろ離してやれ…………ジョウの奴、意識失っているぞ」

このカオスな環境の中、何故かマトモな思考ができた俺は、そいつに向かってジョウを離すように言った。既にジョウは意識を喪失しており、口からは何故か泡が出ている。これは誰がどう見てもまずい状態だろう。いくら身体が頑強なジョウであろうとこれ以上はやばい。

「煩いわね——って、る、ルオン!?貴方、いつから——」

「…………俺はずっとここにいるぞ。それに、俺だけじゃねえ。お前の見知った面々は全員いる」

俺はやれやれといった感じにそいつに言った。そうだ、こいつは一応俺達の知り合いという形になる。俺との関係はジョウ繋がりだが、それ以外は偶然的にも似たようなところに住んでいるから鉢合わせする機会が多い。つまり、此処にはこいつを知らない奴はいない…………織斑はどうか知らないが。

「それで、お前は何しに来たんだ…………トウカ」

考えなしに突っ込んでくる行き当たりばったりな奴、トウカが俺たちの前に姿を見せたのだった。

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