魔王は逃げ出した。   作:シズりん

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水辺の村レーン

波の音が静かな音を奏でるレーンの村

 

水に囲まれたウェナ諸島で愛の歌を詠うウェディ族が暮す静かな村、そこに魔王とキリトはいる。

 

白く丸い皿をキュッキュッと軽快なリズムで拭き取ったお皿に、ウェディ族の姿に変装した自信の姿を見て軽く溜息を吐いたキリト。

するとそこにホールからドレス調のウェイトレスのコスチュームを着た、やはりウェディ族に変装した魔王シズクが入ってきた。

 

「キリトさん、何サボってるんですか?」

「サボってる訳じゃねーよ。一通り皿洗いが終わったところだ。」

 

どれどれ?とばかりに洗い終えたお皿を魔王は一枚取ると、スイッと指でなぞり、

 

「ほら、まだ埃がありますよ?」

「お前はどこの姑だ!!ったく、本当どこでそんなこと覚えてくるんだよ。」

「内緒です」

 

ウェディ姿の魔王が、まるで女神のような笑顔で微笑み、キリトが座る横に腰を下ろす。

 

「それにしても私は仮にもグランゼドーラの姫ですよ?その私がなぜこのような姿で接客なんて・・」

隣に座った魔王は頬を膨らませるがキリトは知っている。女子更衣室でスタッフの女の子たちと、可愛い衣装を着てテンションが3段階くらい上がっていたことを。

「まぁ仕方がないさ、俺たちはグレン領を半壊させちまったからな。クエストどころか逆に討伐の対象だ。」

「これと言うのも全てあの勇者(管財人)が私たちの家(魔王城)を奪い取った(差し押さえられた)せいです!!」

 

色々と勇者の所為にしているがほとんどの場合、加減もしないで暴れた挙句の損害賠償だろとキリトは心の内で呟く。

そんなキリトの本音を知ってか知らずか、魔王は瞳を輝かせて胸を張り、そして何かを誓うかのように

 

「私旅に出ます!!」

「は?もう旅に出てるじゃねーか。」

「そうではなくて、私は私たちの平穏な生活を奪った勇者を倒すために旅に出るんです!!」

「は?勇者を倒す旅に出る?」

「そうです!」

「魔王のお前が?」

「私が!」

「勇者を倒すために?」

「はい!」

「普通逆だろーが!!何で魔王が勇者を倒す旅に出るんだよ!」

「どっちだって良いじゃないですか、面倒くさい人ですね〜。そんなことより私面白い人見ましたよ。」

 

お前の決意って・・・そんなことって言ってる時点でかなり軽いモノなんだとキリトの中で理解する。

 

「面白い人?」

「はい、ちょっと外を見て下さい。」

 

そう言って魔王は店のホールとは逆側のテントを捲ってキリトに外を見るように促す。

キリトがテントから顔だけ出して外の様子を見ると、一組の若い男女とレーンの村長、そしてそれとは別の男女がいる。

そのうち男の方はキリトには記憶にあった。

ヒューザと呼ばれるいかにもイケメンなキザな男だ。

 

「・・・あのイケメンがどうかしたのか?」

なんとなく面白くないキリトは、少しだけ拗ねたような物言いをする。

「妬いてるんですか?ヒューザさんは確かにイケメンですけど、私が言っているのは女の子の方ですよ。良く見て下さい。」

魔王に言われて改めて女の子の方を見ると、キリトは違和感を覚えた。

「一つの身体に魂が二つあるのか・・・!?あれはまさかエテーネの民か?」

「気づきましたか?そうです、彼女は絶滅危惧種のエテーネの民の生き残りのようですね。」

「しかしエテーネの民なのに何故ウェディの姿に?俺たちのような変装とも少し違うようだが。」

「不思議ですよね。一つの身体に魂が二つですから、何らかの理由で2人が1人になっているようですね。さっきお客さんから聞いたのですが、彼女はヒューザさんとシェルナー座をかけて争っているようですよ。」

 

シェルナーとはウェディの結婚を控えた男女の近しい者が、結婚の儀式を終えるまでの花嫁を護衛したりする役割を担う者だ。ヒューザと、不思議な少女はシェルナーになる為の試験のため村の外へ走って行った。

 

「しかしエテーネの民とは驚いたな。」

「ええ、エテーネの民は今は少数ではありますが、レンダーシアにある小さな村で細々と暮らしているはずなんですが。」

「確か、お前の母親がマヌーサをかけて他の種族や魔物から襲われないようにしたんだよな?村の名前は確か・・・」

「そのままでエテーネの村ですよ。ババア(お母さん)が昔、絶滅危惧種は保護しないとダメよ〜?だ・か・ら、シズクもエテーネの村で暴れちゃダメよ〜?もしエテーネの民を滅ぼしたら・・・ママ、怒っちゃうからね〜?って、マヌーサをかけながら私に脅しかけてましたからね。確か1,000年ぐらい前でしたよね?」

「ああ、俺もその場にいたから覚えているよ。そのエテーネの民がレンダーシアを出るまでに繁栄したのかもしれないな。」

「はい、それなら良かったですよ。あの一族に何かあったら私たちが怒られますからね。」

 

そう言って2人は怒っている魔王の母親の姿を思い浮かべて身震いする。

しかし2人はまだ知らなかったのだ。

そのエテーネの村を自分たち魔王軍の末端の魔物が滅ぼしてしまったことを。

 

そんな思い思いに思慮する2人に天幕の内側から声がかかる。

「2人ともここにいたのね?ほら、キリトくんは皿洗いが溜まってきたよ?シズクちゃんはホールでご指名が入ったわよ?」

 

同僚の女の子ルベカだった。

 

何で私が・・とかブツブツ言いながらホールに戻る魔王を見届けたあと、キリトはルベカと共に皿洗いに戻る。

 

「それにしてもキリトくんは皿洗いが上手になったね。最初は雑だったもんね〜。」

「そうか?まぁルベカの教え方が上手かったんだよ。」

「そんなことないよ。キリトくん頑張ってるの知ってるもん。最初2人がレーンの村に来たときはビックリしたんだよ?だってキリトくんはあの伝説の英雄エスタークと同じ名前だし、シズクちゃんも魔王と同じ名前。最初は村中恐怖でいっぱいだったんだよ?まぁ・・今は偶然名前が同じって皆知ってるけどね。」

 

残念ながら本人です。と内心で呟きながら申し訳ない気持ちと、だいぶ間違った情報がアストルティアに流れているのだと思う。

シズクが魔王をしているのには訳があるし、何よりキリト自身は特にアストルティアの住人に何かした覚えはない。巨大すぎる魔王の力が住人に迷惑をかけることはあっても自身は何もしていないのだ。

残念なことは、正体をバラせないキリトには弁解する余地がないことだ。

そんなキリトの内心をまるで知らないウェディのルベカのお喋りは続く。

 

「ねぇずっと聞きたかったんだけど、キリトくんはシズクちゃんとお付き合いしてるの?」

「え?」

「2人を見てるとルベカとしては気になるんだよね〜。」

 

そう言ってルベカはスリスリとキリトの横にぴったりとくっついてキリトの瞳を見つめる。まだ幼さの残る少女だが、色恋沙汰が気になって仕方ないところは、やはり愛の歌を詠うウェディだと思うキリトは

 

「さぁどうだろうな。」

そう応えた。

「キリトくんそんなに余裕出して大丈夫なの?ほらシズクちゃんって女神の如く美少女でしょう?ちゃんとケアしてあげないとシズクちゃん他の人に取られちゃうよ?」

「ハハ、そうだな。」

「もうキリトくんは!・・・でもさ、もしだよ?もし私がキリトくんを気になるって言ったらどうする?」

 

そう言ってルベカは瞳を潤ませてキリトを見つめると、キリトは

勘違いじゃないよな?

このウェディのルベカは自分に多少なりとも好意を寄せてくれているよなと思い、同時に勘違いであって欲しいほどの凄まじい殺気がキリトを包んでいる事を認識する。

魔王のいるホールの方を見ると、ホールの入り口付近、言わばキリトとは正反対の方で、村長を始めとした男性客数人に囲まれて談笑しているようだ。

 

「やっぱシズクちゃんが気になる?」

「気になると言ってもルベカの考える気になるとは違うけどな?まさかアイツが接客で相手を笑わせられるとは思わなかったよ。」

「そうなの?シズクちゃん凄いんだよ?シーフードサラダにドレッシングで文字書いて、美味しくな〜れ、とか言って男性客にウケてるんだよ?かと思えば、本当は嫌だけど仕方がないから貴方の為に作ってあげたわ。とか言って違う男性客の層もつかんでるみたい。よくそんなこと思いつくよね?」

 

ああ、ダメな方向に知識を身に付けやがったな。キリトは思った。グランゼドーラ城で余程ヒマだったのだろう、何処とは言わないが他の世界のマニアックな接客を真似てるようだ。

だが、アレだけ談笑しているなら先ほどの殺気は気のせいだったのかも知れない。キリトはルベカの肩を軽く抱き自身と真正面になる様に立たせる。

 

「ルベカ、俺も「キリトさん、私の前で堂々と浮気ですか?」」

 

ほんの少し目を離した瞬間にキリトの背後に立った魔王は、トーンを下げ、器用にエコーを効かせた声でキリトに話しかける。

キリトは振り向けない。全身の毛穴から汗が噴き出すようだ。アストルティア最強の英雄、エスタークのキリトの背後をいとも簡単に魔王は取ったのだ。

 

「シ、シズク?違うんだからな?違うぞ?」

「まぁ男性は最初は皆さん否定から入りますよねぇ。」

「違うって、本当に俺もルベカには好意はあるけどシズクと言う婚約者がいるんだって言うつもりで・・」

「色香に惑し憐れなキリトさん、私を傷付け貶めて…罪に溺るる業の魂……」

「ちょっ、シズク?やめてやめて」

泣きながら魔王の足に縋って謝るキリトの顔面を踏みつけた魔王の瞳は赤く光っている。

みるみる変装もとけ、白銀の悪魔と呼ばれた魔王の姿がそこにあった。

 

「いっぺん、死んでみる?」

「いやぁぁぁぁ!!!」

 

魔王がスッと上げた右手の上空に巨大な炎の球体が現れ、周りの炎の精霊が集まるかのように見る見るうちにさらなる巨大な球体へとなっていく。魔王にとってはただのメラだが、それはメラと呼ぶにはあまにも凶悪な大きさだった。

だがそれ以上に白銀の悪魔である魔王の姿を見たレーンの村中の人々は恐怖に慄き、さながら地獄絵図の如く村中が大混乱を極める。

突然上空にできた魔王の創り出したメラは、上昇気流を生み出し、巨大な竜巻となって暴風雨をつくる。

魔王が泣きわめくキリトに向かって指を向けると、太陽の如き球体が上昇気流との摩擦熱を生みながらゆっくりと地上に向かって降りてくる。

 

その時だった。

魔王とキリトのそばに立つ男が現れた。

ルベカの父でレーンの村の村長だった。

 

「ま、魔王・・いやアルバイト店員のシズク!!今すぐ止めないと給料払わないぞ!」

 

お世辞にも勇敢とは言えない村長は岩陰から顔だけ出して魔王に向かって叫ぶ。

すると魔王はピタリと動きを止めた。

 

「え?ちょっとそれ困るんですけどー!?お給料貰えないと私たちの夢のマイホームが買えないじゃないですか。シズクちゃんのような美少女は日給1万ゴールドって言ったのは嘘なんですか?」

「嘘じゃない!シズクちゃんのおかげで客数も増えたし、利益も倍増じゃ!」

「じ、じゃあお給料も・・・」

「じゃが周りを見よ!2人が暴れたおかげで、そなたらの言う夢のマイホームがことごとく壊されたウェディばかりじゃろうが!!」

「・・・」

「ワシの店でずっとただ働きか、アストルティアの女神セレシア様に訴えて損害賠償100万ゴールドを請求されるか好きな方を選ぶがよい!」

「た・・」

「た?」

「ただ働きはいやぁぁぁぁ!!そこにいる私の配偶者に請求してください!」

 

 

 

魔王はキリトに全てを押し付けて逃げ出した。

 

 

ウェディ達の視線を一身に集めたキリトは

「じゃ、そういう事で」

と、爽やかに右手を上げて挨拶すると、死に物狂いで逃げ出した。

 

 

まてー!!

 

大勢のウェディが手に武器を携えて追ってくる。

その目は尋常じゃないほどの怒りの炎を燃やした悪鬼の如くだ。

 

魔王と英雄キリトは、どこまでもどこまでも走って逃げて行くのだった。

 

2人は一体何処へ行くのか?

何処へ向かっているのか?

一抹の不安を胸に、目の前を凄まじい速度で走って逃げる魔王の後をキリトは必死に追うのだった。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、魔王と英雄にまんまと逃げられたレーンの村のウェディ族のルベカは、2人を探しだし捕まえる為に美少女探偵ルベカとなるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

借金の合計

1009995万ゴールド − 2人のバイト代2万ゴールド + レーンの村の損害賠償100万ゴールド = 1010093万ゴールド




1部は前作のヘタレ勇者とヤンデレ僧侶の大冒険のキャラクターが引き継がれています。よろしければそちらも宜しくお願いします。
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