この世界で 平和に 暮らしていた
すべての 生きとし生けるものは
滅亡の危機に さらされた。
今 空には ふたつの太陽が 昇っている。
ふたつめの太陽…… それが現れてから
この世は 地獄と化してしまったのだ。
いまわしき ふたつめの太陽は 自在に空を駆け
大地を焼き 海を干上がらせ
人々を 灼熱の絶望に おとしいれた。
太陽が ふたつになった理由など 知る由もない。
わかっていることは 地上に 生きる者すべてが
滅亡しようとしているということだけだ。
微睡みの中、母の夢を見た。
今ではハッキリと思い出すことももう叶わない遠いセピア色な日々。
レイダメテスの出現によるアストルティアの危機の中、母ヤクルに手を引かれ歩く幼い私は、一族を連れてオークグリードを目指しひたすら歩く日々。そんな辛く苦しい日々の中でも母は優しい笑顔で私をいつも護ってくれた。
そんなとき母が必ずかけてくれた言葉があったのだけど…なんだっただろうか、上手く思い出せない。
「ヒメア様、お具合は如何でしょうか?今日は天気も良いので少し外を歩かれては如何でしょうか。」
天幕の向こうで巫女ヒメアを警護するヨンジャの呼び掛けで目覚めたヒメアは、おもむろに身体を起こすと今日は久しぶりに身体が軽く感じた。
緑豊かなツクスルの村。
木々の間から木洩れる陽射しの中を元気に走り回る子供たち。最近ではエルフだけでは無くプクリポなどの多種族の子供たちも目に付くようになり、種族を超えて笑い合う姿に平和を感じる。
そんなヒメアの所に数人の子供たちが集まってきた。
ツクスル村でも特に元気な子供、シシノタにコノタ。そして2人の仲良しの女の子アカシだ。
その3人が見慣れないウェディの男女と共に『知恵の社』
に行くらしい。
3人は知恵の社に行くことをヨンジャに伝えに来たのだが、体調が良く久しぶりにツクスル村の中を歩く巫女ヒメアの姿を認めると、笑顔いっぱいで走り寄ってきたのだ。
3人の子供たちは今習っていること、これから知恵の社に行くことなどを楽しそうに語るのだが、ヒメアの意識は2人のウェディに向いていた。
隣にいるヨンジャは特に何事もなく笑ながら談笑しているが、世界樹の巫女であるヒメアには2人が見た目通りには映っていない。
姿は今は余り見られなくなった人間のようだが、1人は少年のような姿こそしているが、まるで底を見通せない程の深遠のような力と、力の根源そのもののような巨大な力を秘めた姿がダブって見える。
世界樹の守り手として数百年を生きるヒメアをして、まるでその片鱗の一部さえ見えないような、底知れない少年。
そしてその隣にはこれまた人間の姿のようだが、流れるような輝く白銀の髪を靡かせて颯爽とするその姿は、同じ女性であるヒメアが見てもため息が出るほどの絶世の美女である。陶器のような滑らかな白い肌。ほんのりと赤みを帯びた瞳は怪しい魅力を放っている。
そしてやはり彼女も少年と同じように底知れない闇の深遠を覗いているかのような、自身の足元さえ揺らぐような無重力の空間に放られたような気分になる。
そんな2人が何の気だか知らないがウェディの姿でいるのだ。
「じゃあヒメア様、知恵の社に行ってきますね。」
5人はシシノタの元気な挨拶と共に、知恵の社のある方へと走り去って行った。
「・・・」
「どうかされたのですか、ヒメア様。」
「ヨンジャ・・・申し訳ないのですが、あの5人を影からサポートしてくださいませんか?」
「何かあるのですか?」
「いえ、特にそういう訳ではないのですが・・・。」
「・・分かりました。では影ながらサポートし、ヒメア様に逐一報告します。」
「ヨンジャ、ありがとう。」
それだけ言うと、ヨンジャはヒメアに頭を下げて5人を追いかけて行った。
社に帰るとヒメアは今日出会った2人のウェディを思い出していた。どう見ても普通のアストルティアの住人ではない2人。人間の姿がかぶるところからレンダーシアの住人であろうか。しかし、先日にツクスルを訪れた一つの体に二つの魂が存在するエテーネの民の女の子とはまた少し違うように見える。アレはもっとそう・・・光の河の根源に繋がるような・・。
ヒメアが考え事に耽っていると、ふと風邪に乗って女性の声が耳に届いた。
透き通るようなその声は、巫女であるヒメアだけに聞こえるエルフの種族神であるエルドナのものだった。
『ヒメア、もうお気付きでしょうがあの2人はヒトではありません。』
「エルドナ様?それではあの2人はいったい・・・。」
『アレらはグランゼドーラの・・・いえ、魔界の主人《あるじ》と言った方がアナタには解りやすいですか?』
「魔界のあるじって、まさかアレが!?」
『そうです。あの2人こそが英雄エスタークのキリトと、魔界の神、神魔王シズクです。』
予想していなかった訳ではない。しかし突如現れたあまりにも強大な存在を前にヒメアは思わず言葉を失った。
戦神であるエスタークに神魔王の伝説は、アストルティア開びゃくの伝説より古いと言われ、数多くの物語が存在し、そのどれもがとてもヒメアに対処できるようなものではない。
かつて母ヤクルを失ったレイダメテスの厄災を遥かに超えるアストルティア存亡の危機にあるのだ。
しかしエルフの種族神であるエルドナからの返答は予想外なものだった。
『ですがヒメア、あまり心配はいりません。エスタークは勿論のこと、神魔王もアストルティアの伝説に伝わる程の死や破壊をもたらす者ではありません。』
「あの2人がですか?」
『そうです。強大過ぎるその力のせいで誤解が先走りしている所がありますが、決して2人がアストルティアの滅亡を望むような者たちではないのです。それは創世の女神セレシアの言葉でもあります。色々心配はあるでしょうが今は静かに静観してはいただけませんか?』
「エルドナ様がそう言われるなら・・・。」
ハッキリ言ってしまえば不安が無いわけではないのだが、エルフの種族神が言うのならあながち嘘ということもない。自身の力でどうこうできない存在の2人。
結局ヒメアは暫く様子を見ることにした。
そんなヒメアの元に知恵の社から子供達が戻ったのは陽が暮れた夜だった。
「ヒメアさま、仙者の霊薬をもってきました!これならヒメアさまのご病気も治るって!!」
霊薬を持ち帰ったアカシの頭をそっと撫でたヒメアは、社の守り手であるヨンジャにさえも教えていない事実を語ろう思った。
自分の為に野山を駆け回り、知恵の社で万病に効く仙者の霊薬の存在を知り、子供達では大変であったであろう素材集めをしてくれたことは、 言葉に出来ない程に嬉しい。
ツスクルの村の外にはモンスターも徘徊しているが、変な言い方ではあるが英雄エスタークと神魔王シズクがいれば心配もない。
でもそこまで一生懸命になってくれる子供達に隠し事は、ヒメアにとっても心苦しい。
「アカシ、シシノタにコノタ。そしてヨンジャも聞きなさい。私の500年に渡る生は間も無く終わりを迎えようとしています。」
3人の子供達とヨンジャは突然のヒメアの告白に息を飲んだ。
通常80年くらいのエルフの寿命のなかで500年を生きる巫女ヒメアは、世界樹の守り手である。
世界樹が枯れるとエルフは滅びると言われる所以となるほどに世界樹は生活と密接な関係にあった。
前の世界樹がレイダメテスの厄災で甚大な被害を受けたとき、巫女であった母ヤクルの《不老の秘術》により次の巫女として何百年ものあいだ天涯孤独に生きてきたのだ。
その世界樹が最近になり魔障に侵され始めたことが巫女ヒメアの身体を蝕んでいるのだ。
話しを聞いた子供達は涙を流しながら抱き着いて死なないでと言うが、ヒメアはそんな子供達の頭を優しく撫でることしかできなかった。
そんなヒメアの目の端に2人が入った。
ウェディに化けているエスタークと魔王だ。
エスタークも周りの雰囲気を察してか、顔を伏せている。
しかし魔王の手には何やら手紙のようなものが握られている。それを見たヒメアは嫌な汗が頬を伝う。
何故ならそれは見覚えのある手紙だったからだ。
「あの神ま・・・シズクさん、その手紙は?」
「これですか?封印された本に挟まっていたので解除して手にしたものですよ。」
「そ、そうですか・・しかし封印してあるという事は勝手に読まれない方が良いのではありませんか?重大な内容かも知れませんよ?」
「大丈夫そうですよ?先ほど軽く目を通しましたがとても素敵な文章なようですから♡」
そう言った魔王は、まさしく女神の如く眩しい笑顔で手元の手紙を開き声に出して読み始めた。
「生涯をかけて 君を幸せにしたい。
神代の間にて 願いが 天に通じたなら
約束の あの丘へ向かおう。
そして 永遠を約束する 誓いの盃を
ふたりで 交わそう・・・・・」
ギャー!!!
ヒメアは心の中で声にならない叫び声をあげた。
それは別れだらけの自身の人生において、初めて交わした恋人からのラブレターだったのだ。
ヒメアから見て一番遠くにいる魔王の表情は、ニヤリと不敵な笑いを見せている。彼女はどうやら手紙の相手がヒメアである事を悟っているようだ。
隣にいるエスタークのキリトの表情もやれやれと言った表情だ。
「ひ、ヒメア様?お顔が真っ赤ですが熱が上がったのでは?」
隣のヨンジャが言うと、その場にいる皆んなの視線がヒメアの顔に集中する。
「キャー!!」
ヒメアは堪らなくなり逃げ出した。
深夜、ツスクルの村中が寝静まる中、1人隠し扉から神代の間に向かう者がいた。
ヒメアだった。実に数百年ぶりに来た扉の前でヒメアはため息を吐いた。何百年もたちツスクルの村の住民も何代も変わり、今では目の前の神代の間を知る者はいない。この扉の向こうにいる彼を知る者はいないのだ。
扉に手を掛けた手に自身の涙が溢れ落ちた。
決して油断していた訳ではなかった。
或いは長い年月がかつての恋人を元に戻してくれるなどと言う夢を見ていたのかもしれない。
扉を開けた瞬間、黒い影がヒメアを押し退け逃げて行ったのだ。
「大丈夫ですか?ヒメアさん。」
放心状態のヒメアに話しかけてきたのは魔王とエスタークだった。
「すみません。」
キリトの差し出した手を取り立ち上がるヒメア。
「今のが?」
「・・・やはりあなたたちに隠し事はできませんね。彼の名はコハクと言います。私の長い人生の中でただ1人愛した人・・。お二方少し聞いてくれますか?」
頷く2人を見たヒメアはゆっくりと話し始めた。
もともとツスクルの村の民は世界樹に使える一族です。その中でも秀でたものは世界樹の守り人に選ばれて不老の禁術で長い寿命を与えられ、巫女となり世界樹を守ります。
私は先代巫女である母に500年前に選ばれた世界樹の守り人なのです。
死の無いお二方なら少しは理解できるかと思いますが
不老の禁術で与えられた長い寿命は私にとって呪いにも等しきものでした。・・・みんな、誰も彼もが私を置いて死んでゆく・・・愛するものと共に生きることもできない・・・それが私の巫女としてのさだめです。
ですが、私は定めに逆らいあやまちを犯してしまった。
300年前・・・私はコハクという男に出会いました。誰もが私に課せられたさだめを知ると去っていくのに彼だけは全く意に介さぬ様子で・・・
彼のそばにいると心がやすらいだ。いつしか2人は愛し合っていきました。そして彼は永遠に私と一緒にいたい。そう言いました。
私は禁を犯し彼に不老の秘術を施しました。
ともに永遠に近い人生を生きる為に。
でも彼の体は不老の禁術は耐え切れませんでした・・・そして先ほど逃げて行った獣にコハクは成り果てたのです。
辺りはシンとしている。
魔王は期待していた恋バナとは違いながらもヒメアの話しに感動したのか、興奮気味だ。
キリトは魔王ほどではないが、何か思うことがあるのか複雑な顔をしていた。
「あの・・御二方にお願いするのは筋違いだとは思いますが、あの獣を・・コハクを安らかな眠りに就けてあげてもらえませんか?神魔王様やエスターク様なら・・・」
「シズクです。」
「俺のこともキリトでいい。コハクを救うためと言うなら手を貸してやる。」
そんな2人の言葉にヒメアは心が少しだけ軽くなった気がした。
「鬱蒼とした木だらけだな。」
あくる日、ヒメアのクエストを受けたキリトと魔王は、エルフの子供3人を連れ世界樹を目指して久遠の森を歩いている。
普段からあまり人が立ち入ることのない久遠の森は、大小様々な草や木によって行く手を阻む。
油断すれば旅慣れたキリトでさえ方向を見失うような迷いの森だ。
「なんか・・・昔もこんな迷いの森を2人で彷徨った事あったよな。」
キリトは草木を掻き分けながら昔を懐かしむように言う。
「そうでしたっけ?」
しかし魔王はアッサリ忘れている。
「なんでお前は普通に忘れるんだよ全く・・」
「そんなことより大丈夫なんですか?何か先ほどから同じところをグルグル回っているような気がしますが。」
「そんなことって・・まぁ良い。大丈夫だ、道を見失わないように森に入った時から定期的にパンの切れ端を・・・って、シズクお前なにしてんの?」
魔王の手には無数のパンの切れ端があり、シシノタとコノタが一生懸命ソレを食べていた。
「え?だってキリトさんがゴミを森に捨てているから。妻として旦那様の悪行を放置できないじゃありませんか。」
「アホかー!!」
静寂な森にキリトの叫び声が響くとギャーギャーと鳥や獣が一斉に飛び立つ。
「目印を回収してどうすんだよ!帰れねーじゃねぇか。」
「大丈夫ですよ。世界樹と言えば他の木々に対して凄く大きな木なんですから。辺りを見渡せば・・・」
「どこにあるんだよシズク。」
太陽さえ視界に入らないほどの高い木々は、ルーラさえ阻むかのように覆い茂っており、とても世界樹を見付けられるようには見えない。
「まぁいざとなったらモゴモゴ・・・。」
辺りを吹き飛ばして…とでも言い出しそうな魔王の口を慌てて塞ぐキリト。一緒にエルフの子供たちがいると言うのに平気で正体を晒す気だろうか。
そんな二人のやり取りを笑いながら見ていたアカシは、
「わたし、世界樹の場所知ってるよ。」
と言った。
「ん?戦闘の気配がするな。」
世界樹にほど近くまで来たとき、戦神であるキリトが戦闘の気配を察知した。道を知らない者が迷わず世界樹に辿り着けることは稀な久遠の森。
そんな最奥で戦闘の気配となると・・キリトはその相手にある程度の予想がついた。
広場に着くと、全身を自身の血によって赤く染めたヒメアがいた。その相手は予想どおりコハクと呼ばれていた魔物だった。
キリトは倒れたヒメアを抱き起こし、傷の状況をみる。
世界樹の巫女の秘術は、不老であって不死ではない。
限りなく致命傷に近い傷で彼女の意識は絶え絶えになっている。
「何故俺たちを待たなかったんだヒメア。」
「キリト様ですか?やはりコハクは・・・愛したあの人が他の方の手にかかるのが我慢できませんでした。あの人の手にかかり死ぬのなら、私は・・・」
「バカ!見ろ!お前の周りの子供達の顔を。」
キリトに言われてヒメアが周りを見渡すと、心配で今にも泣き出しそうな顔をしたシシノタ、コノタ、そしてアカシが目に入った。
ヒメアは学びの庭ツクスルの子供達の顔を見て胸が締め付けらた。
長く辛い自身の人生。
それが終わる事は苦しみや悲しみではない。むしろ死は安らぎに近いものと思っている。だが、そんな自身を慕ってくれる子供達が、確かにここにいるのだ。
「ヒメアさん。自分自身の責務を理解しましたか?」
ヒメアが子供達を慈しんでいると、コハクの前に立った神魔王が背中越しに話しかけてきた。
彼女は私に責務と言った。
そう、昔コハクと共に創った学びの庭ツクスルの住人を、私たち二人は子供達と呼び、幸せに暮らせるように努めると誓ったのだ。
だから彼らを護り幸せにするのはヒメア自身の責務なのだ。
いくら神魔王とは言え、そんな私とコハクの誓いなど知る由もない……にも関わらず彼女は私が生き続けることを責務と言ったのだ。
「しんま・・・シズク様。お願いがございます。コハクを・・・コハクに安らぎを与えてやってくださいませんか?」
彼女は振り向きもせずに頷くと、コハクに向けて手を振り上げた。
それは魔法によるものなのか、または自分の知らないスキルなのかは分からない。
創世の神の力など、高々500年程度生きた自分に到底わかるはずもない。
彼女が手を振りかざすと、何もかもが音を無くして無へと還っていく。
久遠の森の新緑の木々や草花が、虫が、動物が、太陽の陽光が…光と闇が、全てが音もなく細かな粒子となって無へと還っていく。
やがてそれはコハクの身体にも影響を始める。淡い光を放ちながらコハクの身体が光の粒子となっていく。
「コハク・・・」
ヒメアの頬を涙がこぼれる。
ソレは愛する者を失う、悲しみの涙だけではなかった。
淡い光に包まれた穏やかな表情をした・・・あり日のコハクの姿がそこにあった。
コハクは変わらない優しい笑顔を浮かべ、声は無いが私に向かって何かを語りかけているようだった。
そして彼は穏やかな笑顔を浮かべたまま、アストルティアの空に、無数の光の粒子となって還って行った。
「ありがとうございますシズク様。彼は、コハクは最後に魔物ではなくエルフとして逝くことができました。きっと彼も幸せだったと思います。」
言葉にしきれないほどの感謝の気持ちを神魔王に伝えるヒメアに答えたのはヒメアを支えるキリトだった。
「ヒメア、お前は俺たちの言葉を聞いていなかったのか?」
「え?」
「俺たちはコハクを救うことに力を貸すと言ったんだぜ?なぁシズク。」
そう言ってキリトとヒメアが魔王の方に視線を向けると、彼女は正しく神々しい女神の如き笑顔を見せた。
魔王が今度は両手を空に掲げると、それに呼応するかのように世界樹が光り輝いた。
目がくらむほどの光量ではあるが、それは優しい色を彩っていた。
光に包まれたヒメアはーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「もう行かれてしまうのですか?シズク様、キリト様。」
「ええ、私たちは魔王とエスタークですからね。あまり一所に長居してしまってはエルフに迷惑をかけてしまいますからね。」
「そんな・・・私たちエルフはお二方をいつでも歓迎致します。なんならいつまでもこのツスクルに居て貰っても・・・。」
「ヒメアありがとう。だが俺たちにも帰りたい場所があり、帰りを待つ部下もいる。だから・・俺たちは行くよ。」
「そうですか・・・。では私たちエルフは、お二方がいつでも立ち寄れる場所としていつまでもお待ちしていますね。」
そう言うと二人は笑顔で手を振りツスクルを後にして旅立って行った。
「不思議な方たちだったなヒメア。」
「えぇ、あの伝説の二人が本当はあんなにも優しい方たちだったなんて・・まるで夢を見ているようです。」
二人の旅立ちを見送るヒメアの肩を抱き寄せるコハク。
彼は今ヒメアの隣にいる。
神魔王はコハクにかけた不老の秘術の副作用は呪いだと言った。身体の深部まで侵食した呪いを解くには文字通り一度分子レベルまで分解する必要があったのだそうだ。
無への回帰を司る魔王はコハクを一度分解し解呪を施し、その後に世界樹の無限の生の魔力を利用してコハクを蘇えらせた。
「聞いてコハク、神魔王・・・シズク様が世界樹の生命力を使った時に世界樹はその幹に小さなツボミをつけました。花が咲いたとき新たな世界樹の誕生を意味し、私の役割は終わりを告げます。」
「ヒメア、その時が来るまで俺たちの子供達であるツスクルの村を見守ろう。二人で一緒に。」
誰もが私に課せられたさだめを知ると去っていく長く辛い巫女の役割りとしての人生。
でも今はもう一人じゃない。隣には愛するコハクが共に笑っている。そして二人には、子供同然のツクスルの民が、何ものにも変えがたい幸せを与えてくれる。
ふと、辛い旅路のなかで母ヤクルが私に言って聞かせた言葉を思い出した。
『ヒメア、不老の人生はあまりにも長く辛く・・・きっとあなたの心に暗い影を落とすかもしれない。でも忘れないで?私は長く辛い人生の中でお父さんに出会いヒメアが生まれたの。これから始まるヒメア長い人生にも、きっと幸せは訪れる。だから絶望して心を閉じないで・・・』
母は、私が責務に潰されないようにと、こんな優しい言葉を遺してくれていたんだ。
今更ながらに母の優しさに触れていると、何処からともなくヒメアだけに聞こえる種族神エルドナの声が風に乗せてヒメアの耳に届いた。
『あれが伝説にうたわれた神魔王とエスタークです。』
「エルドナ様。」
『あの二人、特に無への回帰を司る魔王の力は、時に人間に破壊の恐怖を与えてしまう。恐怖が恐怖を呼びそれは伝説となって語られます。魔王の伝説はこうしてできていったのです。』
「それは・・・悲しい定めですね。直に二人に触れた私には神ま・・シズク様の辛さが分かる気がします。あの方たちはいったい何処へ向かっているのでしょうか。」
『それは私にも分かりません。彼女の城はレンダーシア大陸のグランゼドーラにありますが、あの二人自身がグランゼドーラの民と言うわけではありません。古えの龍族の神と言われる神龍が正体とも言われる魔王は、世界の創造神と言われているのです。我ら種族神の創世の女神セレシアに、その父であるグランゼニスを創造し、世界を創造した彼らこそが真の創造神たちです。』
「そ、創造神ですか・・・」
あまりにも自身の手に余るその正体にヒメアは萎縮してしまいそうになる。しかしヒメアは思う。彼女等の正体など関係ない。
あの二人がくれたのは、ありあまる幸せ。人生に諦め、死という名の安らぎを求めた私に、これ以上ないくらいの夢を与えてくれた。
母ヤクルの今際の際に遺した言葉。
『どんなに苦しくても、辛い人生や運命が待っていようとも、決して絶望しないで。世界はこんなにも美しく、神の慈愛に満ちているのだから。』
今なら分かる。世界は私が思ってた以上に美しいのだ。
残りの人生がどれほど残っているのかは分からないけど、私は私を抱き寄せる愛しきコハクとともに、ツクスルの民を慈しみ生きて行こう。
私の手を握る小さな手の顔を真っ赤にした少女アカシや、鼻血を垂らしたヨンジャや、シシノタにコノタが・・・鼻血?
彼らを改めてよく見直すと、女の子であるアカシは顔を赤らめ、男性であるヨンジャたちは鼻血を垂らし、一同が後ろに何かを隠し持っているようだ。
「ヨンジャ、あなた鼻血が出ているけど大丈夫ですか?」
「ヒ、ヒメアさマ。だ、大丈夫でござイます。」
声が裏返るヨンジャの返事は明らかに不自然だ。
「ヨンジャ、その後ろに隠し持っているものを私に見せてもらえますか?」
「え?あ・・あの、これは・・・」
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ツクスルからの帰り道。
鼻歌交じりの魔王は今にもスキップでも踏みそうな程上機嫌な様子で、ゴールド紙幣を数えている。
「随分と上機嫌だなシズク。」
「見てくださいよキリトさん。なんと今数えたら100万ゴールドもありましたよ!1枚5万ゴールドは強気かなと思ったのですが、ツクスルの殿方全員が買ってくださいました。人によっては2枚も買っていたんですよ?さすがはヒメアさんですね。」
敢えて大袈裟に言うならば、闇の深遠を覗けば深遠側もまたその者を覗いていると言ったところだ。
巫女であるヒメアが自分たちの正体に気付いていたのは魔王もキリトも察知していたのだが、ヒメアが様子見を選択したこともあり、キリトも特にエルフに対して何かをする気は無かった。もちろん魔王にも破壊させないように細心の注意を払いはしたが。
しかし当の魔王の行動は予想外なものだった。
ツクスルの村外ではヨンジャと呼ばれるエルフの中年の男性であるヒメアの護衛に、我々にバレないように・・・まぁもろバレしていたが後ろからこっそりと監視させていたが、ツクスルの何ではヒメア自身が積極的に我々の側に監視もかねて近付いているようだった。
特に同じ女性である魔王にヒメアは、文字通り寝起きやシャワーまで自身の社を提供し、四六時中魔王が何かを起こさぬよう監視していたみたいだが・・・とうの魔王シズクは逆にそれを利用したのだ。
普段ツクスルの村にいながら社を滅多に出ないらしいヒメアは、村の中で崇めらる存在でありながら同時に深窓の令嬢の如く、村中の男性の憧れの的でもあった。
そんなヒメアと寝食を共にすれば、嫌でも普段ヒトに見せない姿も見えてくるものである。
シズクは、そんなツクスルの村中の男性の憧れの的であるヒメアの、パジャマ姿の写真や寝顔を始めとした、あんな写真やこんな写真までこっそりと撮っていた。
さすがにシズクに可哀想ではないか?と提言したのだが、私を監視している時点で自分も監視されている事に気付かないのが悪いんです。
人を呪わば穴2つ
必ず自身にも相応の報いがある事を私は優しくヒメアさんに教えてあげているんです。
と、魔王は全く悪びれる様子なく女神の如き眩しい笑顔で微笑んだ。
「キリトさん、どうしたんですか?顔が暗いですよ?只でさえ冴えない顔が余計に貧相になってしまいますよ。」
「ほっとけ!!」
この魔王様は、考え事もまともにさせてもらえそうにない。
「まぁ、キリトさんの残念なご尊顔は良いとして、100万ですよ100万!!これだけあれば海の見える丘に白い庭付きの家とまでは行かないまでも、暫くは衣食住に困りません。久しぶりに美味しい物を食べに料理ギルドのあるプクランドに行きましょうよ♡」
魔王は、テーブルいっぱいのスイーツでも想像していそうな程、目を輝かせて言った。
まぁ・・・ヒメアも愛するコハクと供になれたのだし、ちょっとぐらいセクシーな写真ぐらいは多めに見てくれるだろうか。
かく言う俺もこっそりエルフに頼んで自分の分も買っていたりするわけだし。
俺はどうぐの大事なものを入れた袋をしっかりと握りしめ、シズクの提案に従いプクランドを目指そうとした時だった。
はるか後方にエルフの集団が見えた。
「ん?見送りはいいと言ったのな。ヒメアはあれで恩義に熱い・・・な?」
キリトが手をあげてエルフの集団に笑顔で応えようとしたのだが、エルフの集団は女の子だらけだ。しかも、先頭には目は悪鬼の如く怒りに燃えているヒメアがいる。
不思議に思い隣りの魔王に視線を移したとき、そこに居るはずの絶世の美女は居なかった。
振り向くと、エルフの集団以上に早い速度で振り向きもせず逃げている魔王の後ろ姿がそこにはあった。
そう
魔王は逃げだした
「なんだ・・と・・」
「待てエスターク!!貴様よくもヒメア様の♡♡♡を覗き、さらに写真まで撮ったなぁ!!」
全く見に覚えがありません。
だが、残念なことに想像はついた。
既に点となる程遠距離まで走り去るあの白銀の悪魔が、おおよそ自身に変装して何かをやらかしたのだろう。
遥か後方の怒りに燃えたエルフの集団は、実に彼女等らしくあらゆる種類の魔法を撃ち込んでくる。
よく見れば集団の後方には、おそらくヒメアを始めとしたエルフの女性にボコボコに殴られたであろうコハクを始めとした顔が変形した男性群もみえる。
捕まれば自身もあれか・・・
キリトは振り返ると、先に逃げだした魔王にならい逃げだした。
まてー!!
大勢のエルフたちが手に魔法や武器を携えて追ってくる。
その目は尋常じゃないほどの怒りの炎を燃やした悪鬼の如くだ。
逃げるキリトの足元をエルフの魔法がエグる。エグる。エグる。矢のような魔法が、投槍がキリトの髪と頬をかすめる。
今のはちょっと危なかった。
うん、危なかった。
しかしキリトは振り向きもせずに遥か前方を走る魔王を追って必死に走る。
魔王シズクと英雄キリトは、どこまでもどこまでも走って逃げて行くのだった。
2人は一体何処へ行くのか?
何処へ向かっているのか?
一抹の不安を胸に、目の前を凄まじい速度で走って逃げる魔王の後をキリトは必死に追うのだった。
2人の借金
1115093万 - 100万 =114993万ゴールド
ドラゴンクエストのパロディです。一部、前作のヘタレ勇者とヤンデレ僧侶の大冒険のキャラが引き継がれているので、よろしければそちらもよろしくお願いしますm(_ _)m