21世紀の現代に『省』では無く『庁』と言う中途半端な形で蘇った、深海棲艦を効果的に撃滅出来る唯一の存在である艦娘を掌握する組織である海軍庁。防衛省が有る為、その隷下に作られた庁である。その海軍庁が所有する霞が関のとあるビルから、複数名のスーツ姿の男性が窓から下界を見下ろしていた。より正確に言えば、つい先ほど自分たちへの報告を終えて自らの艦隊の場所へ戻ろうと車に乗り込んでいる一人の女性を見ていた。
「・・・彼女が、そうなんですか」
「なんだ、君は彼女を見た事が無かったのか?」
「直接、面と向かって会うのは初めてでした」
そうか。その一言だけ返して、彼女こと深山満理奈少将を始めてみたと言う防衛省の官僚から視線を再度深山少将が乗り込んだ車に乗り込んだ壮年の男性。名を『山本蒼一』。深海棲艦が出現したその時から海上自衛官(当時)として護衛艦に乗り込んで日本を守る為に戦い、そして同盟国のアメリカ海軍と共に惨敗する辛酸を舐め尽し、そして『始まりの艦娘』と人類史上初めて遭遇した男である。現在では海軍庁長官の地位について艦娘に関係する職務を行っている。年齢や慣例的に彼がこの地位に就くのは早すぎるのだが、今は『戦時』であると言う事と『貴重な対深海棲艦戦の経験持ち』と言う事で、日本官僚組織としては前代未聞の大抜擢をされたのだ。
「駆逐艦『桜風』。本人からの証言では、出身地は推定横須賀軍港。所属はこちらの世界でいうロシアのウラジオストクやカムチャッカを主な領土とするウィルキア王国の近衛海軍。艦歴は1939年3月からわずか一年と数か月程度。だが【改】ですら無い現段階の装備でも『RAM』を満載し、近接信管や一式徹甲弾のような被帽付き徹甲弾を搭載。止めに史実では誰も開発しなかった、出来なかった7連装酸素魚雷発射管に15.5㎝75口径4連装砲を搭載し、最大速力50ノット超過・・・」
「深山少将の指揮下に編入出来たのは、きっと神の恩寵だろう。【悪夢の第二期生たち】を生み出す原因になった連中の手に渡ったらどんな事態になるか見当もつかん」
「・・・長官。・・・それ以上は」
壁に耳あり障子に目あり。未だに『戦時』と言う現実を認めようとせずに『平時』の感覚のままで、政府や自衛軍の邪魔をする事しか頭にない団体や勢力が、『戦前』と比べれば大幅に勢力を激減させたとはいえ、未だに日本には存在するのだ。今の長官の発言を聞いたら確実に無い事無い事針小棒大捏造祭りにして全力で喚き散らすだろう。
「・・・駆逐艦『桜風』か。・・・君の存在は、我が国にとって吉と出るか、それとも凶と出るか・・・」
山本蒼一海軍庁長官が、そう言って『桜風』の顔写真が張り付けられた資料を見ながらそう言った頃。その『桜風』は何をしていたかと言えば。
「ごめんね。こんな身体見せちゃって」
「いえ、こっちこそ驚いてあんな声出しちゃってごめんなさい!」
「痛みが無いのなら良かったです。それと『桜風』の身体はとても綺麗であると、不知火は思います。だから、そのような事は言わないでください」
陽炎型駆逐艦娘の『陽炎』『不知火』と一緒にお風呂に入っていた。
青葉と夕方の屋上でそれぞれの思いを吐露し合った後、二人は屋上から降りて一階へと向かっていた。
「そう言えばあのグラウンドって、艦娘用の訓練場である割にはサッカーゴールとか野球のマウンドとかが有るみたいなんですが」
「時々私たちだけでなく、交流会などの名目で他の鎮守府の艦娘や提督が集まってサッカーや野球をやっているんですよ。戦闘ばかりだと精神的に疲弊するだろうからって、司令官が。まあ元学校の設備を有効活用したかっただけみたいですけど」
「・・・なんていうか、本当にここは軍事施設と思えない設備の充実ぶりなんですけど」
「福利厚生は特にしっかりしているのが、深山艦隊の自慢の一つですから」
取り留めも無い雑談を楽しむ二人だったが、日も深まり、辺りもだんだん赤から黒色が混ざり始め、もう直ぐ夕方から夜になる頃に、偶然通りかかった廊下で丁度目の前の部屋から二人の艦娘が出てきた。
「お」
「あ」
「あら」
「あ、ども。陽炎さん!不知火さん!」
上から順に『桜風』、陽炎、不知火。青葉である。陽炎と不知火の二人は衣服とタオルを持っており、見るからに『これからお風呂に行きます』と言う状態だった。そしてその二人を見て青葉はいきなり顎に手を当てて考え出した。
「・・・青葉さん?どうしたんですか?」
「『桜風』さん。いきなりですけど着替え用の衣類は持ってきていますか?と言うかありますか?」
「え?」
いきなり青葉に衣服の事を聞かれて戸惑う『桜風』だったが、思い返してみると艦娘としてこの世界に現れてから衣類の事は一度も考えた事は無かった。当然ながら妖精さんも艦艇から出る時には衣類の事は一切触れておらず、そもそも『艦長』として駆逐艦『桜風』を掌握していた時には、そう言った物の存在は感じ取れていなかった。
「・・・多分、無いかも・・・知れません」
「それじゃお風呂入れないじゃないですか!青葉、ちょっと倉庫を探して『桜風』さんが着れる予備の衣類探してきますね!」
「え、ちょ、青葉さん!?」
「陽炎さん、不知火さん、『桜風』さんのお風呂への案内おねがいしまーす!」
事態の急展開に置いて行かれた『桜風』と残り二人を他所に、青葉はその一言を残して風の様に倉庫に向かって駆け抜けていった。後の廊下に残ったのは『桜風』と陽炎、不知火の三人だけだった。
「・・・えっと」
「・・・どうしよう」
「では行きましょうか」
「え?どこに?」
「不知火?行くってどこに?」
「お風呂場に」
「ここが不知火たちが入るお風呂になります」
「今は殆ど居ないから貸し切りに近いけど、何時もならこの時間帯だとたくさんの艦娘で埋め尽くされているわ」
「・・・何といいますか、この艦隊の福利厚生充実し過ぎですよ・・・」
「司令官が頑張ってくれているからです。もちろん、不知火たちも司令官の期待を裏切らない様に頑張らなければいけませんが」
「深海棲艦との戦争中だっていうのに、こんなに私たちに良くしてくれる深山司令の期待を裏切る訳には行かないからね」
『桜風』が溜息しながら見た『お風呂』は、流石に檜風呂レベルなまでに無駄に高級な物では無かったが、少なくとも銭湯の様に広々として解放感のあるお風呂だった。流石に百人入っても・・・とまでは行かないが、伸び伸びと気持ち良く身体を伸ばして入浴出来るのは確かだ。
「では『桜風』さん、不知火たちと一緒にお風呂に入りましょうか。脱いだ衣類はその籠の中に入れてください」
「そうね。ここは同じ駆逐艦娘同士!裸の付き合いで親睦を深めちゃおうか!」
「ア、ハイ」
『艦娘』と言う形で人の依代を得て僅か三日。妖精さんとの交流は兎も角、対人経験は相変わらず『桜風』にはほとんどないド素人である事には変わりなく、冷静かつ速やかに事を進める不知火と陽炎型駆逐艦の長女としての経験からか、活発的に動く陽炎の前では、言われるがままに行動するしか選択肢は無い『桜風』だった。
「さーて、それじゃ『桜風』・・・え、さ、『桜風』!?その傷どうしたの?!」
「?どうしたんですか、陽炎さん?」
「『桜風』さん。後ろに鏡が有るので、それで見て下さい」
突然陽炎が服を脱いだ『桜風』に対して動揺した声で『傷』について問いただし、いきなりの事に疑問符を浮かべる「桜風』。そして不知火に言われるがままに背後に有った大鏡を見ると、当然ながらそこには『桜風』の下着姿の身体が映っていた。・・・全身、特に腹部や右肩、右手全般にと両足に大量に傷跡が残る『桜風』の姿が映っていた。
「・・・なにこれ?」
「『なにこれ』って・・・『桜風』、貴女その傷大丈夫なの?!」
「陽炎姉さん、落ち着いてください。『桜風』さん。痛みは無いのですか?」
「・・・いえ、全く。・・・でも、艦娘でも傷を負ったら、傷跡は残るのでは?」
「いえ、艦娘の身体には、基本的に傷跡が残ることは無いわ。船体が酷い損傷を負って艦娘本体にも連動してダメージが言ったとしても、艦艇を入渠させて艦娘自身も入渠すれば傷跡は一切残らないから」
「それに陽炎姉さんから、『桜風』さんは無傷でここに来たと不知火は聞いています。損傷を負っていない筈なのに何故傷跡が出来たのか、不知火には分かりません」
そう言いながら心配そうに『桜風』を見つめる陽炎と不知火。だが『桜風』自身は自分の身体の傷跡をペタペタ触ったり、手足を回したりして異常が無いか確認してみるも、特に痛みや違和感などを覚える事は無かった。
「・・・ごめんね、二人とも」
「え、え、『桜風』、どうしたの?」
「どうしましたか、『桜風』さん。やはりどこか痛みが有りましたか?」
そして『桜風』はなにを思ったか、陽炎と不知火にいきなり謝りだした。突然の謝罪に二人が困惑する中、『桜風』が続けた言葉とは。
「痛みとかはないんだけど・・・二人がわざわざ連れてきてくれたのに、お風呂に入る前からこんな事になったのが申し訳なくて・・・」
そして話は初めの三人のお風呂での会話に戻る。
その後なんとか『桜風』を宥めすかして風呂場に入った三人は、洗身洗髪をしっかり熟したうえで並んで入浴していた。結局お湯に浸かっても『桜風』の傷跡は一切痛む気配は無く、最終的に手に負えないと判断した三人は『深山司令官と明石さんに話をしてみよう』と言う結論に至った。深山少将は兎も角、明石に関しては『桜風』が怖がっていたが。
「・・・気持ち良い・・・」
「身体の芯から温まるよねぇ・・・」
「これだけの少人数で入浴できるのは、久しぶりですね」
陽炎と不知火は何度も入っているので今更だが、艦娘人生で初めての入浴を体験した『桜風』は、そのお風呂の温かさの前に文字通り蕩けそうだった。芯まで温まりながら、全身に染み渡る気持ち良さによってぼんやりとした頭で、シュルツ艦長や筑波大尉もお風呂に入ったらこんな感じになっていたのかなぁ、とうっすらと考えだしていた。
「・・・ねえ、『桜風』?」
「・・・なんですか?」
「・・・きっと、これからさ、『桜風』には色々と面倒事が降りかかってくるかも知れない。異世界から来た軍艦なんて史上初だからね」
「・・・だと思います」
「・・・でもね、深山艦隊のみんなは、仲間を大事にする人しかいないから、何かあったら遠慮なく頼ってね」
「もちろん、不知火や陽炎姉さんにも色々と相談してください。可能な限り力になります」
「・・・有難う御座います、不知火さん、陽炎さん」
「不知火です」
「・・・え?」
「敬称はいりません。呼び捨てで構いません」
「ああ、私も呼び捨てで構わないわよ!他人行儀なのもどうかと思うしね」
そう言って『桜風』に笑顔を向ける陽炎。個性溢れる、と言うより個性が限界を超えて溢れ出している妹艦だらけの陽炎型駆逐艦の長女としてしっかりと頑張っている彼女には、『桜風』は新しく出来た可愛い末っ子のような存在であった。特にどこか遠慮しがちな言動が。
「・・・分かった。じゃあ、これからよろしくね、陽炎、不知火」
「うん!これからよろしく、『桜風』!」
「これからよろしくお願いします、『桜風』」
お風呂場で呼び交わされるそれぞれの名前。『桜風』にとっては、艦娘人生三日目にして初めてできた同年代ぐらいの少女との友好関係だった。
「『桜風』さーん!着替え持ってきて置いて置きましたよ・・・って、『桜風』さん!?その傷は一体どうしたんですか?!」
「・・・あー」
「なんて説明すれば良いのか・・・」
「また騒がしくなりますね」
そして着替えを持ってきた後そのままお風呂に入ってきた青葉に『桜風』の傷跡を目敏く発見され、説明にまた少し時間を取られたのは、もはや言うまでもない出来事だった。
次回以降は食堂でご飯食べて寝た後深山少将の帰還と瑞鳳のやらかしてくれた報告書の処理とAL/MI作戦参加艦艇の動向報告と…何時になったら超兵器が出せるのやら。このペースだと二十話突入してからようやく『超高速巡洋戦艦 ヴィルベルヴィント』の姿が垣間見えるか否かな可能性…