駆逐艦『桜風』による日本国首都東京に侵攻してきた深海棲艦の侵攻部隊主力艦隊を一夜にて殲滅した、正式名称【関東沖事変】。超兵器『ヴィルベルヴィント』と駆逐艦『桜風』が殴り合った【小笠原沖海戦】。深海棲艦との戦争により制度的には戦時体制となった日本国であっても、この二つの海戦を隠匿する事は不可能だった。壁に耳あり障子に目あり、人の口には戸が立てられない。今回の硫黄島沖大演習は、現在深海棲艦との戦争状態にある各国に超兵器の情報を伝えると共に、それに対抗する手段が有る事を通達すると言う主目的が有った。実の所、第一期生の『桜風』の転属要請等はただの切欠に過ぎない。
「全く・・・。想像を遥かに超えてとんでもない力であるな、駆逐艦『桜風』」
『これは参った』と言わんばかりに苦笑いしながら会議室のプロジェクターに映る、駆逐艦『桜風』と大石艦隊との大乱戦を眺める海軍庁長官の山本蒼一。幾多の砲弾が飛び交い、無数の機銃弾と短距離対空ミサイルが火箭を描き、多数の固定翼機と相対する僅か4機の回転翼機が空を支配し、海上は秒以下の単位で斉射される酸素魚雷の津波が覆いつくしている。確かにとんでもない光景である。
一応山本長官を含む海軍庁上層部は、駆逐艦『桜風』のカタログスペック自体は把握していた。だが流石に現実的な視野を持つ彼らの頭脳では、この様な白昼夢の様な非現実的光景は想像出来ていなかった。あくまで海上自衛軍が現在所有している最新鋭艦である【いぶき型イージス駆逐艦】から対艦ミサイルとファランクスを取り外し数段強化した程度のイメージで、単艦戦闘であれば物量に押しつぶされて終わると思われていた。
「・・・これは面倒な事になりそうですね、長官」
「そうだな・・・。だが、そこを何とかするのが、我々後方の人間の役目だ。悔しい限りだが我等には深海棲艦、そしてこれから交戦すると推測される超兵器と戦う力は無いのだから、彼女たちがまともに戦える様に場を整えなければならん」
「外務省や警視庁、自衛三軍等の関係各所との連絡をこれまで以上に緊密に致します」
「よろしく頼む」
深海棲艦がこの世界に出現し、既存の兵器は全く通用せず、深海棲艦と戦うには艦娘が絶対必須、と言う状況になった現在、日本を始まりとしてアメリカや欧州でも『始まりの艦娘』が現れたが為に、世界各地で戦闘中では有る。だが、一番最初に『艦娘』を確保し、尚且つ『提督』も多数戦力化に成功している日本に対して様々な物良いを付けてくる国家は、この状況となっても未だに複数存在する。病的なまでに『大日本帝国軍の艦艇』と言う物の存在自体をこの世から抹消したい国、戦略上どうしようもないとは言え自身の生命線である海上通商路を握られているのが面白くない国。この深海棲艦との戦争で日本の国威が増すのを嫌う国。日本が世界で一番大量に抱え込む艦娘の戦力を、国連軍と言う旗の下に自国の制御下に置きたい国。
勿論、日本の保護下に入る事によって、日本艦娘の武力によって深海棲艦からの侵略を防いでいる東南アジア各国や、ハワイやミッドウェー等が陥落した為に、実質的に太平洋の通商路が完全に途絶状態でありながらも未だ深い同盟関係を続けているアメリカ合衆国、艦娘の運用方法に関する情報を濃密に共有する英仏伊主体の欧州諸国等からは絶対的とも言える支持が有るが、それでも外交的に面倒で有る事には変わりない。今回の演習では色々悲惨な具合では有ったが、『桜風』の生み出す現代兵器が一般艦娘にも問題無く搭載出来る様になったら、確実にこれまで以上に風向きが強くなることは予想できた。まあ確かに、運用コストが極めて低い現代艦艇が唐突に100隻単位で出現したらパワーバランスがどうのこうのと言う問題では無い。
「・・・またぞろ『アジアへの侵略』だの『反省していない』『粛軍しろ』等と喚き立てるやかましい輩が増えそうですね。国内だけでなく、国外からも」
「適宜反論して潰していくだけだ。今のわが国にはそんな野心も、出来るだけの国力など欠片も存在しない」
人類滅亡、とまでは今の所は行っていないが、それでも日々少しずつ増大傾向を見せる戦費問題や、極めて安価に『調達』可能な艦娘の存在が無ければ即時破綻一直線間違い無しの防衛領域、そして全く意思疎通も不可能な深海棲艦と実質内ゲバにしか目が行っていない一部の人類国家と各種勢力と言う4連コンボの前に、正直言えば全てを投げ出したい海軍庁上層部の面々であったが、今ここに集まっている人間は幸か不幸か、どこぞの振り切った政治的思考を持つ人間ならば『過去を全く反省していない、今すぐ全世界に謝罪して辞職するべき侵略主義者』と言われるであろう現実的愛国者たちであった。日本と言う国家が危機に瀕すると極々自然に頭角を現した優秀な人材が続々と各地から集結するのは、日本人の本能なのだろうか。別に日本人だけに限った話では無いだけだろうが。
「敵決戦支援艦隊の殲滅を確認。後は戦艦と水雷戦隊混合の水上打撃艦隊を殲滅すれば勝利です。総員、気を抜かない様に」
『イエスマム!』
本土の海軍庁でそんな会話がなされているとは露とも知らない駆逐艦『桜風』の艦橋では、大石艦隊本隊との海戦の最終段階へと突入していた。この会話中も普通に雨あられとばかりに砲爆撃を受けていたが『こんな物は小雨です』と言った感じで事も無げに回避し続けていた。お陰で駆逐艦『桜風』に同乗している鈴谷と摩耶は何回目かも分からなくなる位には椅子から弾き飛ばされ、床に叩きつけられていた。
『残存敵兵力は戦艦3隻、航空戦艦2隻、空母2隻、巡洋艦3隻、駆逐艦2隻の合計12隻。陣形は低速戦艦が単縦陣にて、高速水雷戦隊は同じく単縦陣にて西側から包囲する形で進撃中』
「これなら分断する必要性は有りませんね。水雷妖精、雷撃準備。面舵一杯にて敵艦隊を中央突破し連続雷撃で撃滅します」
『いよっっっっしゃゃぁぁぁーーーー!!!待ってましたあぁぁぁーー!!!』
『うるせえよ水雷妖精!手前今は真面目な演習中なんだからちったぁ黙れよ!』
『黙ってられるかボケぇぇぇぇええーーー!!俺は苦節数週間、一月弱この魚雷を撃ちまくれる時を今か今かとだなぁ!!』
「水雷妖精。静かに」
『はい』
『・・・・・・』
『・・・何か言えよ』
『いえ、やめときます』
妖精さんと『桜風』との間でどうでも良い漫才を繰り広げている駆逐艦『桜風』艦橋内部であったが、そんな事がなされていても『40㎜4連装機銃』と『RAM』は、銃身加熱等の故障や問題を一切起こす様子も無く攻撃を続けており、お陰で先程まで空を覆いつくしていた日の丸軍旗を記した航空機は今では大分『掃除』されて綺麗な青空が見える状態である。
「・・・さて、相手は如何出て来ますかね」
『さて・・・砲撃投射数も少ないですし、何か秘策が有るのかも知れませんね』
「心当たりが有るのは、あのライブラリーにも無かった小型潜水艦位ね。・・・でもあんな物を、普通戦場に投入するとは思えないし・・・」
―――すまん、『桜風』。『桜風』の居た世界では無かった見たいだけど、あたし達の世界では実戦投入された物なんだ、その小型潜水艦こと『甲標的』・・・
未知の感覚である重度の船酔いかつ全身を打ち付け続けた結果完全にグロッキー状態で言葉も発せ無くなった摩耶と鈴谷の両名。特に演習開始直前に『桜風』の主計科妖精から提供されたケーキをお代わりした鈴谷に関しては文字通り危機的状況であった。何がとは言わない。察して欲しい。
「・・・ごめん摩耶っち。鈴谷、離脱するね・・・」
「・・・おう」
そうしてとうとう限界が迫ってきた鈴谷は、摩耶に一言告げて艦橋から退室する。鈴谷が観戦武官の任務を放棄してどこに向かうのかと言う疑問には、彼女の名誉の為に回答拒否させて頂こう。
「何なんだよーあの駆逐艦ー!こんなとんでもない相手だなんて聞いてないよー!!」
「口を動かしている位なら対空砲と艦載機を動かして隼鷹!!このままだと一矢すら報えないままに終わるわよ!」
「分かってる!分かってるけどさぁ飛鷹!でも、でもあの4機の壁を突破出来ないんだよぉ!!」
―――・・・くっ、まさか、此処まで強いとは。・・・恐れ入りました。駆逐艦『桜風』・・・!
平和で平常運転状態な駆逐艦『桜風』の艦橋とは違い、その『桜風』の鉄火の暴風雨を一身に受けている大石艦隊は文字通りに修羅場状態だった。空がきれいになってきていると言う事は、大石艦隊本隊の飛鷹、隼鷹の操る艦載機が次々と撃ち落されているという事であり、それは即ち弾着観測の為の水上観測機も落とされ始めていると言う事でもある。最早『駆逐艦『桜風』への航空攻撃』等出来る状況では無く、全航空機は死ぬ気で『桜風』からの対空砲火と『AH-64D
『RAM』から放たれるミサイルの噴射煙が空を覆い、『40㎜4連装機銃』の銃座が煌く度に、彗星や烈風、流星が被弾炎上しジュラルミンの流れ星となって海へと落ちていく。栄え有る『華の二水戦』の旗艦であり、太平洋戦争では敵手のアメリカ人から『太平洋戦争に置いて最も激しく戦った軍艦』と称えられ、艦娘としてこの世界に現界してからも戦場ではその勇猛さを保持している神通も、流石にこの様な『雨の様に味方機が撃ち落され、海に降り注ぐ中を強行突撃する』と言う経験は初であり、得体の知れない『桜風』の戦闘力に、知らず知らずのうちに『畏れ』の感情を心底に抱き始めていた。
【「神通達の道を酸素魚雷で作らないとね。大井っち行くよー!・・・甲標的、どこにいっちゃったんだろう・・・」】
【「はい!北上さん!酸素魚雷!20発!発射です!!」】
【「全主砲、斉射!てーーッ!!」】
【「敵艦捕捉!全砲門、開け!」】
一方空から視点を移して海上では、決戦支援艦隊を砲撃と『AH-64D
『艦長、敵巡洋艦から酸素魚雷の発射を確認』
『遠距離かつ射角も広い。牽制の積りだとしても早計ですね』
「取り舵45度を取りつつ全速後進で一端停止し雷撃と正対して回避、その後先頭艦の長門に対して牽制砲撃開始。射点に着き次第転舵しながら雷撃を開始」
『了解』
雷撃巡洋艦姉妹の大井と北上、通称ハイパーズの歴戦で磨き上げた勘に基づいて発射された先制雷撃も、既にレーダーで観測した敵艦の艦体の向きとソナーで探知した魚雷疾走音、そして見張り員の報告で完全に命中ルートが割り出されている以上容易に回避された。長門と陸奥の砲撃も、射程距離の問題も有って航空攻撃を処理して居た頃から散布界のど真ん中を航行していたが、レーダーで砲弾の飛翔状況を測定して着弾点を推測し、その着弾点の中にある隙間を突破し続けたために、至近弾こそ続出していたが、それだけに終わっていた。至近弾の爆発と回避運動による衝撃で鈴谷と摩耶が死体撃ち状態だが、被害はそれだけな物である。
【「くっ・・・せめて、せめて一撃だけでも叩き込めれば、あの回避能力も低下する筈だ・・・!」】
【「主砲、副砲、撃てえっ!」】
【「主砲、よく狙って、てぇーっ!」】
【「長門、大丈夫!作戦通りよ、もう相手は罠の中に入り込んでいるのよ!」】
「罠と言うのは、恐らく味方艦の誤射を厭わぬ包囲攻撃でしょうが、ならば私たちはその罠ごと貴方達の全てを喰らい尽すだけです」
『敵艦主砲射程圏内!』
「主砲、撃ち方始め。十秒後に面舵一杯、雷撃始め」
近距離で有る為か、大石艦隊の艦娘同士の通信が混線して聞こえたが、その内容は殆ど戦局を左右する様な物でも無い物であった為に軽く流され、予定通りに攻撃が開始された。
―――目の前の光景が信じられなかった。
「がっ・・・、なんの、まだまだ、この長門は戦える・・・!」
【『戦艦長門、艦橋に砲弾20発命中、指揮不能。前部第二砲塔、ターレット破損、砲撃不能』】
「なっ・・・判定員、冗談を言って貰っては・・・」
『艦長!ぎょ、魚雷が、魚雷多数接近!数不明!無数です!!!』
「やだ魚雷?!取り舵一杯!絶対に回避して!!」
「機関最大船速!取り舵一杯!第三砲塔、何をしてるの?砲撃して!!・・って、舵損傷?!」
「取り舵一杯!主砲、副砲!撃てぇ!山城、回避して!!」
『だ・・・駄目です!命中します!!!』
滝の如く浴びせられた『桜風』の主砲弾が、大石艦隊の旗艦である戦艦長門の艦橋と艦艇前部に集中して命中。演習弾で有る為に本当に炸裂して殺傷する事は無いが、代わりにカラフルな色彩で長門が彩られて大変無惨なオブジェクトへと変貌する中、『桜風』は反航戦で長門たちのすぐ脇を突き進む傍ら、その身に搭載した『61㎝7連装酸素魚雷』を
「じ、神通さん!霧島さん!『桜風』さんが反転してこっちに向かってきます!!」
「・・・わ・・・私の計算では、こんな事になる筈は・・・」
「霧島さん!敵艦です!指示を下さい!!」
「えっ・・・げ、迎撃!全艦、一斉回頭!砲雷撃戦、開始します!」
「おうっ!島風、砲雷撃戦入ります!私には誰にも追い付けないよ!!!」
「はいっ!雪風、頑張ります!!」
第二艦隊に所属する戦友が、第一艦隊の戦艦娘が悉く爆沈判定を受ける惨事にも関わらず『桜風』に対して突入を仕掛ける。『駆逐艦『桜風』の艦隊中央突破』と言う想像外の展開に呆けていた霧島も、雪風の声にて正気に戻り、戦闘を再開していた。
『艦長!』
「―――!―――!!」
『了解しました!機関最大船速!敵艦にぶつけるつもりで行きます!!』
自分が、軽巡洋艦娘である神通の口が何を言ったのかも、自分にすら分からない。だが自身に染み込んだ戦い方、そして妖精さんと積み上げた戦闘経験が、霧島と似て呆然とした状態である神通の精神に関わらずに船体と兵装を、極々自然に動かしていた。
「艦隊をお守りします!主砲、撃ち方始め!当たらなくても良いです!牽制出来れば・・・!」
「砲撃する速さも、誰にも負けないよ!撃ち方、始めー!」
「北上さんに近付けさせはしません!酸素魚雷!今度こそ喰らいなさい!」
「妖精さん、砲撃開始してねー。あー、でもなんか嫌な予感がする・・・」
戦闘中で有るにも拘らず、単縦陣から一糸乱れぬ回頭にて駆逐艦『桜風』に対して舳先と砲口を向ける霧島率いる第二艦隊。本来の主敵である深海棲艦が相手であれば、これだけの一発芸をアドリブで完遂出来る様な艦娘たちには蹴散らされるのがオチであろうが、彼女たちが砲口を向けている相手は、彼女達と同じくらい、否それ以上の連携能力を発揮して、通常艦艇で編成された艦隊で唯一『桜風』を撃沈寸前まで追い込んだ天城艦隊を沈没寸前の状態から一艦残らず撃滅し返した、端的に言って狂っている過去を持つ駆逐艦である。
【『艦長』】
【「砲撃開始」】
つい先ほど、戦艦長門を襲った『15.5㎝75口径4連装砲』前部砲塔二基から放たれる、重巡洋艦娘が扱う『20.3㎝連装砲』の砲弾よりも高威力を持った中口径砲弾が、一秒間に2斉射以上の連射速度で再度砲撃を開始。
『雷撃巡洋艦『北上』前部砲塔、艦橋、魚雷発射管に被弾!砲弾、魚雷に誘爆、轟沈判定!』
「くぅぅー・・・。防御力は無いんだよぅ私ー」
位置関係から『桜風』に真正面から突っ込む状態となった北上が、その砲撃を艦艇全体に万遍なく被弾し、文句無しの轟沈判定を受ける。元々旧式で防御力も弱い軽巡洋艦に酸素魚雷を満載した艦艇である雷撃巡洋艦は、被弾に対して極端に弱い。こうなるのは必然であった。
「そんな、北上さん?!・・・北上さんを傷付けるのは、許さない、って、こっちにも砲弾が?!」
そして愛する北上の轟沈判定に大井が完全に逆上するも、何かしらの行動に移す前に『桜風』が撃ち込んだ砲弾が艦橋に3発直撃。その直後に前部砲塔にも15発以上の15.5㎝75口径砲弾が命中。判定員からは『艦橋被弾、指揮不能。前部砲塔崩壊、砲弾誘爆、艦首部分断裂、浸水多量。雷撃巡洋艦大井、沈没判定』との裁定が下され、大井が全力で食って掛かるも、判定は覆される事は無かった。
「主砲!敵を追尾して!撃てっ!」
「艦隊をお守りします!雪風達は負けませんっ!」
「連装砲ちゃん!まだまだ行くよー!!」
「じ・・・神通、いきます!」
明らかに自身の声が上擦っているのが分かる。だが幸いな事に、戦友にも、傍にいた妖精さんにも、『桜風』から放たれる砲撃の爆音に紛れた為に、自身の上擦った声を聴かれる事は無かった。
【『艦長』】
【「雷撃戦用意。斉射、始め」】
―――まただ。あの声が、通信に混線して聞こえるたびに、私の中の何かが、打ち震えだす・・・
何時もの自分に有るまじき感覚に襲われて困惑する神通だが、戦闘は神通の事を斟酌する事無く進んでいく。因みに先程大井が再度放った渾身の酸素魚雷20発はものの見事に回避されている。と言うよりまともに回避運動を取る事も無く僅かに取り舵を切っただけで『桜風』が酸素魚雷の網の中を突っ切って回避してのけた事実に、大井は完全に打ちのめされていた。
「全艦回避して!面舵一杯、主砲!敵を追尾して!撃っ、きゃ!?」
『桜風』の雷撃しようとする行動を即座に看破した霧島が回避を命令し、自身は砲撃を続行しようとするも、その前に『桜風』から撃ち込まれた主砲弾が、戦艦霧島の艦橋ガラス部分に直撃。流石に中口径砲としては高威力を持つとはいえ、戦艦の重装甲を撃ち抜けはしないが、脆弱な艦橋部分ともなれば話は別だった。無論実弾では無い為、艦橋のガラス部分がカラフルに彩られただけであるが。
『戦艦霧島。艦橋大破、指揮要員全滅』
「くっ・・・これでは・・・!」
『か、かかか艦長!!!魚雷が、魚雷が来ます!!』
「数はいくつ!?」
『・・・じゅ、十以上・・・!』
「・・・ごめんなさい。神通、後はお願いね」
『艦長!こっちにも魚雷が!!?』
「おうっ?!」
霧島のその言葉を最後に、進行方向に被せる形で『桜風』の放った酸素魚雷が命中。余波の流れ魚雷で島風にも酸素魚雷が4本命中し、轟沈判定が下される。島風は、相変わらず無茶苦茶な動きで回避し続ける『桜風』への砲撃に注意を向け過ぎていた事に加えて、『桜風』が長門たちに大量の酸素魚雷を発射した為に『駆逐艦に回すだけの魚雷は残っていない筈』と言う予測によって回避運動が遅れてしまったために、起きてしまった結果だった。神通と雪風に魚雷が届かなかったのは、神通は偶然霧島が庇う様な陣形だった為、雪風は回避運動に加えて見様見真似の機銃による魚雷迎撃が奇跡的に成功した為である。実力と言うよりも、殆ど運任せで成功したような物だが。
―――魚雷も次発装填済です・・・これからです!
理由が良く分からない、自身の震える心を叱咤激励して無理矢理奮い立たせ、霧島に託された望みを一欠けらであろうとも叶える為に、神通は修羅となる。雪風こそ生存したが、代わりに島風が敢え無く撃沈判定を受けており、その事からも神通は引き下がることは出来なかった。今が実戦では無く演習である事は、完全に頭の中から飛んでいた。
「取り舵一杯、機関最大船速!駆逐艦『桜風』に突撃します!!二水戦の戦い方、あの娘に教えます!!」
『了解!突貫します!!』
「雪風。分かっていますね?」
「はい!神通さん!!」
艦長である神通の命令に即座に反応して転舵と機関増速を開始する妖精さん達。物言わぬ艦艇時代には同じ二水戦に所属して居た為か、余り多くを言わなくても意思疎通を図れる雪風に己の意図を察しさせつつ、反転して三度目の突入を図る『桜風』に対して、残存する僅か二隻の軽巡と駆逐艦が行動を開始する。最早体面だの戦訓の洗い出し等の理屈云々の問題では無い。太平洋戦争で勇猛な艦艇として戦い抜いた魂が、『桜風』に対して一方的に、戦闘らしい戦闘すらも出来ず、一矢報いる事も出来ずに敗北するのを拒否しているだけである。
「砲雷撃戦・・・開始します!探照灯、照射開始!!」
『はっ!探照灯、照射開始!!』
神通が探照灯を『桜風』に対して照射するが、現在時刻は日も未だ沈んでいない、夕刻とも言い辛い時間帯である。本来の使用方法とは全く違うやり方では有るが、少なくとも神通は破れかぶれになったわけでも、何も考えていない訳では無い。
【『敵軽巡洋艦、探照灯を照射!?』】
【「・・・何が目的?総員、警戒を怠らない様に」】
―――良いです、そのまま私に注意を向けていて下さい・・・!
神通が狙っていたのは、自身が沈む海戦となったコロンバンガラ島沖海戦の変形とも言えるかもしれない、自身を囮として本命である雪風の『桜風』への突撃の援護である。その本命の雪風も神通のすぐ傍で『桜風』から見れば重なる様に航行しており、視認出来る様な陣形では無かった。仮にレーダーを『桜風』が装備していたとしても、電波を飛ばしてその反射で索敵すると言う技術的構成上、神通の影に完璧に隠れ込んでいる雪風を捕捉するのは困難で有る筈だった。一瞬でも雪風の存在を隠す、又は誤魔化すが出来れば、雪風の技量であれば『桜風』の喉元まで迫れるはず。神通の頭脳で弾き出された目算は、そうだった。
「よく・・・狙って!砲撃戦、始めて下さい!!」
号令一下、神通が装備する『20.3㎝連装砲(3号砲)』が咆哮し、その内一発が『桜風』に直撃する。『桜風』の様に高度な情報処理能力や高性能コンピューターも無い、技術的にはWW2時代の日本の持つ技術で可能な程度に強化されたレベルでしか無い神通が初弾命中と言う神業を行えたのは、運もさることながら積み重ねた実戦経験によって導き出した『勘』である。人員の交代で容易に連度が乱高下する通常の艦艇とは違い、疲れを知らない妖精さんと経験を積み続けられる艦娘の組み合わせだからこそ実現可能な『奇跡』である。
『・・・駄目です!効力無しと認む!あの【壁】に弾かれています!!』
「なら【壁】が壊れるまで撃ち続けるだけです!!」
初期型電探に勝る視力を誇る見張り員妖精からまた【壁】の報告が飛び込んでくるも、既に幾度か【壁】によって大石艦隊の面々の攻撃が防がれているのを知っている神通にとっては、今更な報告であった。一発で駄目なら二発を、二発で駄目なら3発を、それでも駄目なら撃沈できるまで撃ち込めばいい。単純明快な話である。
【『艦長』】
【「分かりました。・・・終わらせましょう」】
【『はっ!』】
そうこうしている内に、『桜風』も応射を開始。15.5㎝75口径砲弾が着弾し神通の周囲に多数の水柱が立つも、何とか思い通りに進んでいる状況に、神通は『最悪でも意地だけは見せられる』・・・と、どこか安心し始めていた。
・・・やはり、この短時間で経験した無茶苦茶な光景が、神通達の精神を知らず知らずの内に疲弊させていたのだろう。彼女の考えた作戦は『冷静に考えて作られた作戦』では無く『そうなって欲しいと言う願望』にすり替わっていたのだ。
「雪風!」
「はい!雪風は沈みません!!」
神通の合図によって、伏兵状態だった雪風が飛び出し『桜風』へと肉薄を開始する。その直後に『桜風』の砲撃が神通の艦艇全体に命中して判定員から爆沈判定が下されるも、悔しがる妖精さん達とは違って、神通自身は『役目を終えることが出来た』と、少しばかりほっとしていた。
「沈むわけにはいきませんっ!」
【「・・・もう、終わりですよ」】
その通信が神通の耳に届いた直後、判定員からの『駆逐艦雪風、魚雷6本命中。轟沈判定』と言う通信が流された。
「・・・あ、あは、あはははは・・・」
白目を剥いて絶句する周囲の妖精さんを他所に、神通は思わず笑いだす。ここまで良い様に『桜風』に手玉に取られた末に盛大に敗北してしまうと、恥等と言った感情も湧き出て来ず、最早笑い出す位の事しか出来ない。
「・・・これが、これが、異世界の戦争、ですか」
見た目一切被弾した痕跡も見られない『桜風』の艦影を見ながら神通は、自身の経験した戦争の記憶と照らし合わせ、そう呟いていた。
『今回の演習はお味方大勝利、と言う事になりますね』
「副長、それ本気で言ってる?」
『いえ全く』
「私も同感。・・・まさか此処までとは、ね」
一方見た目完全勝利で演習を終えた駆逐艦『桜風』だったが、艦内の雰囲気はお祝いムードなど欠片も無かった。
『二回敵旗艦を連続的に撃沈させたと言うのに、すぐさま指揮系統を回復させて戦闘継続するとは予想外でした』
「『前の世界』では考えられなかった事だね。それに、今の大石艦隊は相当貧弱な筈の電子機器しか装備していない筈なのに、相手方は普通に至近弾どころか命中弾も出して来た」
『今の私達は何処かコンピューターの処理能力に依存している部分が有りますからね。まあ、別にCPUが唐突に全滅しても砲雷撃戦は可能ですが』
「・・・艦艇の装備だけで、皆の戦力値を相当低く評価し過ぎていたかも知れないね。私達の兵装を使わない限り超兵器の撃沈は出来ないと言う判断は変わらないけど」
駆逐艦『桜風』が元々存在していた世界では、超兵器機関の影響からか技術進化が異常なレベルで発達した為、僅か一年程度の期間で多数の海上戦力を投入する必要が有ったウィルキア帝国は『艦隊の徹底的無人化』と言う手段で戦力を揃えていた。ウィルキアの人口自体が少ない上に、技術者集団である海兵の新規錬成には最低でも一年以上の時間が必要となる為、『人』と『時間』を節約するにはこうするしか無かったのだ。だからと言って一個艦隊に必要な人数を僅か20名程度に抑えたせいで、艦隊の指揮を行う旗艦が撃沈された場合、指揮系統の委譲に人入りの時よりも遥かに時間がかかって艦隊全体の攻撃能力が一時消失すると言うのは流石にやり過ぎであっただろうが。
その事を問題視した天城大佐率いる天城艦隊は、省力化こそ進めるも各艦から人員をゼロにする事に関してだけは徹底的に避けた。その選択の正しさは、『桜風』と交戦した通常艦隊の中で唯一『桜風』を沈没寸前にまで追い込めたのは天城艦隊だけだった・・・と言う事実が証明している。
「・・・これが、異世界の戦争、ですか」
『・・・あのー艦長。感慨深い状況の所申し訳ありませんが、宜しいでしょうか?』
「どうしたの?」
『あの、摩耶さんがついさっきから・・・』
「え?」
そして妖精さんの声でようやく摩耶の方を顧みた『桜風』。その『桜風』が見た光景とは・・・
「・・・沈む、かぁ・・・ちょろい、人生、だった・・・なぁ・・・」
「摩耶さん!?ちょ、ちょっと摩耶さん一体どうしたんですか?!え、えええ衛生兵!衛生兵お願いしますー!!!摩耶さん!摩耶さんしっかりして下さい!・・・返事をして下さーい!!」
何時もの元気な姿はどこへやら、青や白を通り越して土気色の顔色と何かが抜け落ちかけている状態の摩耶が、うつ伏せのままうわごとを呟いている姿だった。
「・・・あ、やっと終わったんだ。摩耶っちには悪いことしたなぁ、後で間宮連れていこ」
艦橋で『桜風』が荒ぶっている中、その頃の鈴谷は某所から艦橋へと帰投している最中だった。そのまま棺桶にいれてもパッと見違和感が無さそうな顔色の摩耶とは違い、鈴谷の表情はそれなりに血色が戻りつつあった。
「・・・ん?」
そんな中、鈴谷は偶然とある一室の前で止まり、その部屋のネームプレートを凝視する。そこには『駆逐艦『桜風』艦長室』と言う名が刻まれていた。
「・・・入っちゃダメだろうけど・・・・・・」
自身の良心が常識的に咎めるも、自然と自身の手は艦長室の扉に手をかけ、一瞬動きが止まった末に開かれた。
「・・・うわぁ・・・すっごーい・・・」
そうして艦長室に入った鈴谷の眼に飛び込んできたのは、部屋中を埋め尽くす、ケースに大事に保管されている大量の勲章。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、日本等各国海軍から受勲したと分かるペナント。そして駆逐艦『桜風』の八面六臂の大活躍が乗った各国の新聞の切り抜き。鈴谷の所属していた大日本帝国海軍には、艦艇に対して勲章を授与する習慣は無かったが、太平洋戦争の敵手であったアメリカ海軍にはそう言った慣習が有る事は、鈴谷は偶然ネットで知って居た為に『そう言う物なんだ』と納得出来た為に、そこまでおかしいと思う事は無かった。
「・・・何ていうか、本当に『桜風』って別世界の駆逐艦だよねー」
圧迫感を感じてしまうほどに壁一面に埋め尽くされた勲章やペナントを見て、思わずそう呟く鈴谷。何を今更と言う話では有るが、こうして自分達の世界に存在していた艦艇とは全く違う事を改めて突き付けられて仕舞うと、そうも言いたくなる物である。
「・・・んじゃもう戻らないと・・・お?」
唐突に自身が不法侵入しているような物である事を思い出した鈴谷は退室しようとするも、扉に振り返る際に偶然視界の端にとある物が映ってしまう。
「・・・航海日誌?」
机の上に置かれた、黒地に糸で綴じられている、何処にでも有りそうな日誌。一瞬逡巡するも、またもや好奇心に負けてしまった鈴谷はその『航海日誌』に手を伸ばし・・・
「・・・なに、これ・・・」
己の不用意な行動を後悔した。
「摩耶さん・・・大丈夫かなぁ・・・」
『医務室に早急に叩き込みましたので、まあ後は時間が解決してくれるでしょう』
『取り敢えずエチケット袋は使用されなかったのは不幸中の幸いだったのかそうでなかったのか』
『・・・残念だ。転売したらきっといい値段が付いただろうに』
「ボソッと小声で馬鹿なこと言ってる妖精さん。地引網の重りとして海底を引き摺られたくないなら黙りなさい」
『はい』
『・・・そもそも誰も買う奴いる訳無いだろうに』
幾つかの妖精さんを肩や頭に乗せて、艦内の廊下を歩く艦長の『桜風』。摩耶が文字通り川を超える五歩手前だったのを医務室に即座に連行して休ませる事で何とか事なきを得た後、演習途中で艦橋から離れた鈴谷を迎えに来ていた。
「あ、いたいた。鈴谷さーん」
「ひゃひい?!」
丁度艦長室の前に居た鈴谷に対して『桜風』が声をかけ、後ろから声を掛けられた為か奇声を発して文字通り飛び上がった鈴谷。鈴谷の妙な反応に驚きつつも、『桜風』は再度声を掛ける。
「す・・・鈴谷さん?一体如何したんですか?」
「な、ななななな何でもないよー鈴谷さんちょっと後ろから声かけられてびっくりしただけだしびびビビッて何か全然無いし?!」
『いや幾ら何でも動揺し過ぎや有りません?』
「
「・・・えっと、取り敢えず大石提督や深山提督からの総評があると言う話なので、鈴谷さんも艦橋に来てくれませんか?」
「あ、うん分かったよー。・・・あれ、摩耶っちはどうしたの?」
「・・・えっと、今は・・・医務室に・・・」
「あ、うん。大体分かった」
鈴谷の変な反応は兎も角として、つい先ほどの摩耶よりも血色の良い鈴谷の姿に安心した『桜風』は『じゃあ行きましょうか』と言いながら踵を返す。
「あ、御免『桜風』。ちょっと良い?」
「え?何ですか?」
「あの艦長室には・・・『桜風』は入った事有る?」
「あー・・・。ちょっと今まで入った事は無いですね。色々有りましたし、何でか艦橋に居る方が落ち着きますので。仮眠室や給湯室も併設されていますしね」
「そ・・・そうなんだーへー。ソレなら良いんだー」
「・・・変な鈴谷さん」
言動がやけに妙な鈴谷に対してそう漏らす『桜風』であったが、何故かその時はそれ以上の疑問となる事は無く、数時間もすればその違和感も疑問も勝手に消えて行っていた。
・・・アレはただの間違いだよね・・・きっとそうだよね。うん、きっとそう!鈴谷が勝手に変な想像しているだけだもんね!って言うか、『桜風』に無断で艦長室入っちゃった事どう言おう・・・
身体に乗せた妖精さんと語らう『桜風』の背を追いながら、鈴谷は兎に角先程艦長室で見たあの光景を記憶から消去しようとしていた。『桜風』に無断侵入した事に関する引け目も有るが、あんな物の存在を『桜風』に伝えるべきか等、今の鈴谷には判断が付くはずが無かった。
―――同じ年月日から始まり、全く異なる日付と終わり方が書かれた
次回は山本蒼一海軍長官視点での国際情勢解説と『桜風』の日常風景のコーナーに入るんじゃないかなぁ(願望)
Q.長々やってたこの演習、結局どんな意味が有ったの?三行で
A 1,今の段階の艦娘では『桜風』製新兵器はまともに使えません
2,『桜風』と艦娘間の【戦争】の感覚のズレが少しだけ分かる…?
3,鈴谷、何かヤバそうな物見つけるも封印
大体こんな感じ?