時刻はヒトフタマルマル。オータムでクラウドな同人誌系女子が俵持ちで艦娘宿舎の一室に搬入され、その一室を鶏を絞め殺した様な鳴き声を響かせている頃。睦月、如月、皐月、そして『桜風』は武道館から間宮食堂に戻る為にゆったりと歩みを進めていた。
「……三人とも大丈夫?」
「へ…平気にゃしぃ~……」
「うふふっ。睦月ちゃん、意地張っちゃって…」
「ボクは何ともないよ!」
武道館の二階に上って間宮特製の甘いお菓子を、ガールズトークを主に睦月達が繰り広げ、『桜風』はそれに時折言葉を挟みながらで食した後、睦月が『睦月も、ちょっとやってみたい』と言いだした為、それに引き摺られる形で如月と皐月も【『桜風』流格闘戦臨時講習会】に参加したのだ。尚、いの一番に言い出した睦月が慣れない筋肉を使い過ぎたせいか、このメンバーの中で唯一歩みがおかしい事になっているが。
「うーん……良し」
如月と皐月が有る程度セーブした動きに止めていたのとは違い、『桜風』の動きを再現しようと意地を張った睦月が少し辛そうに歩いているのを見て、一時間
「……にゃ?」
「食堂までおぶっていくよ。睦月がこんな事になったのも、私のせいだしね」
「……じゃあ、お願いするにゃしぃ……」
『桜風』の言葉に、先ほどまで張っていた意地はどこへやら。言われた通りに『桜風』の背中に負ぶさった睦月は、間宮食堂製のお菓子で小腹が膨れ、又自身も気付いていなかった遠征で溜まっていた疲れと一時間の格闘戦講習を本気で受けた事による再度の身体的疲労によって、『桜風』に負ぶさって暫くすると、静かに寝息を立て始めていた。
「あらあら、睦月ちゃんったら。『桜風』さんの言葉には素直ねぇ……」
「良い顔で寝ちゃってるね睦月姉。可愛いね!」
「……やっぱり睦月の希望、退けた方が良かったかなぁ……」
三者三様の、睦月に対する感想を交わしながら、梅雨の時期には珍しい青空を視界の中に入れつつ、彼女たちは歩いて行く。もう直ぐ間宮食堂での昼食の時間だ。
「はふぅ~~……。お腹、一杯にゃしぃ……」
「睦月ちゃんは本当に元気ねぇ……御馳走様」
「御馳走様~。やっぱり間宮さんのご飯は何時食べても美味しいね!」
「……まあ、元気ならそれで良いか」
ヒトサンマルマル。『桜風』の背中で少々寝入った睦月が目を覚ますと、既に間宮食堂近くの廊下であった。周囲に漂う良い香りでお腹を鳴らして某少女が赤面する中、4人はテーブル席に着いて楽しく昼食の時間を過ごしていた。傍目から見れば『従妹を世話するお姉ちゃん』と言う風景は、一部の者達の脳内フォルダを埋め尽くす程度には微笑ましい光景であった。
「あ、長門さん!こんにちわ~」
「おお、皐月…それに『桜風』たちもか」
「あらぁ、長門さん。お疲れ様です」
「およ?長門さんも、お昼ご飯ですかにゃ?」
「こんにちわです、長門さん」
そうして4人が昼食を食べ終わって妖精さんを呼ぼうとした時、長門に声を掛けられる。丁度お膳を持った妖精さんがレーン上を疾走していたので、長門も『桜風』と同じく昼食を食べ終えた様子だった。
「長門さん、補助兵装の状態はどうですか?」
「ああ、今の所は大丈夫だ。……未だに『音波探信儀I』で潜水艦を探知して、『対潜ロケット』を撃ち込む感覚には慣れないが、もう暫く使い続ければ何とかなるさ」
「戦艦が対潜攻撃出来る様になったら、睦月達はお役御免になりそうにゃしぃー……」
「睦月姉、きっとボク達にはボク達にしか出来ない事が一杯あるから、そんな事言っちゃ駄目だよ!ね?」
「そうねぇ。『桜風』さんも、そう思うわよねぇ?」
「当然だよ。睦月もそんなにしょ気ないで、ね?この間宮アイスと伊良湖羊羹あげるから」
「!『桜風』さん、ありがとうにゃしい!!」
―――良かった。機嫌直って
―――皐月、そうむくれた顔をするな。後でやるから、な?もちろん、如月にもな
―――ホント!?有難う長門さん!
―――本当に?有難う、長門さん
現金な事に『桜風』の間宮アイスにて、落ち込んだ睦月の気分も吹き飛んだ所で、この場にもう一人が登場する。
「あら、『桜風』さん、それに長門さんたちも。皆さんお揃いで」
「夕雲さん?」
「夕雲?どうした?何か用か?」
「ええ、少し長門さんにご足労をお願いしたくて……」
「……うむ、今日の午後は休養となっているから、問題無いぞ」
「……あ!?そ、そう言えば睦月達、遠征の報告書を書いてない!」
「あれ、ご飯後に皆で書くって、如月姉が伝えて無かった?」
「あぁ、そう言えば良い忘れてたわぁ。ごめんね、睦月ちゃん」
「……んーと、じゃあこの場で解散って事で良いのかな?」
「『桜風』はこの後どうするのだ?」
「資料室に言って色々読み漁ろうと思います」
夕雲の一言を切欠に騒がしくなる『桜風』の周囲。そして何となく雰囲気を呼んだ『桜風』の一言によって、この場に集まっていた6隻の艦娘はそれぞれ歩み始める。因みにこの後、艦娘宿舎内の自室にてワイワイ騒ぎながら報告書を仕上げていた睦月達が、突如宿舎内に響き渡る殴打音に続く悲鳴に驚いて、睦月に要らぬ言葉を吹き込んだ事のある某駆逐艦娘の部屋に入ろうとして、その部屋から出て来た真っ赤な顔をした長門、そして巨大なタンコブを作った陽炎型駆逐艦娘と遭遇して目を白黒させるのだが、『桜風』には関係の無い話なので此処では置いて置く事にしよう。
ヒトゴーマルマル。深山艦隊の宿舎には、巨大な公立校を全力で匠たちが改造した経緯も有って極めて立派な元図書室、現資料室が存在する。蔵書には艦娘用に作成された戦術教本や、古代地中海のサラミスの海戦から現代のフォークランド紛争に至るまで網羅された海戦の歴史書、戦史書のような鳥海、吹雪、霧島等と言った真面目だったり自己鍛錬好きな艦娘御用達のお堅い書籍から、主に駆逐艦娘や巡洋艦娘が読む様な漫画雑誌、果てにはファッション誌に至るまであらゆるジャンルが網羅されている。娯楽系雑誌の多くは深山提督の私費で、艦娘の要望を集めた上で購入しているが。お陰で将官で有る割には深山提督の懐は少し寒めである。
「……やっぱりこの世界の技術進化は、私がいた世界よりも格段に遅い……。まあ、こっちの方が本来の正常な速度なんだろうけど」
その資料室にて『桜風』は、10冊程度の本を並べて読み漁った末に、そんな感想を漏らしていた。その『桜風』が集めた本は、殆ど触れられた形跡の無い様子である近代の歴史書に加えて各分野の技術史や専門書である。核融合炉や対空パルスレーザー、荷電粒子砲、レールガン等を装備したり、装備している敵艦と交戦して来た記憶を持つ『桜風』にとって、未だに原子力機関やガスタービン、そして普通のミサイルや小口径速射砲が主流であるこの世界の艦艇には、大きな違和感を持たざる負えなかった。今更そのような繰り言を言っても、詮無きことであるが。
「違うのは……やはり…超兵器機関……か……。一体、何だったんだろう……」
「…もし、『桜風』殿。もしよろしければ、『桜風』殿の世界の兵器の事を教えて頂けませぬか?」
「うひゃあ?!」
前触れも無く後ろから声を掛けられて、驚きの余り文字通り椅子から飛び上がった『桜風』。
「さ、『桜風』殿!自分で有ります!あきつ丸であります!」
「落ち着きなさい『桜風』。あきつ丸は敵じゃないわよ?」
「え、あ。あきつ丸さん?それに…提督?」
『桜風』に声をかけたのは、白粉を塗った様な白い顔に黒い学生服の様な軍服を着た揚陸艦あきつ丸。ちょっとした悪戯心で『桜風』にささやきかける様に呼びかけた結果、『桜風』は飛び上がった直後に流れる様にあきつ丸に対して反射的に
「……えっと、私の世界における兵器や技術の進化について……ですか?」
「そうであります。以前の映像にて、艦艇の進化した状況は大体把握出来たと自分は思うのであります。ですが『では陸軍の方は一体どうなっているのでありましょうか』と、あきつ丸は少し疑問に思ったのであります」
「あきつ丸は陸軍出身だからね。因みに私も同じく興味本位だけど『桜風』の事をもっと聞いてみたいね」
「記録はこの青葉にお任せ下さい!」
「……え?青葉さん?いつの間に此処に?」
「きょーしゅくです『桜風』さん!記事のネタのある所に青葉あり!最近は演習にずっと集中していたので青葉新聞が丸一月と少しの間取材皆無の休刊状態だったのです!」
―――なので今回は『桜風』さんの特集を組ませて欲しいのです!……駄目ですか?
まるで子犬の様に潤んだ瞳でそう問いかける青葉に対して、『桜風』には断る術など存在しなかった。『桜風』にとっても、別に知られて困る情報などないと、本人は思っているのだから、態々断る理由だって無いのだが。
「私のいた世界では、此方の世界とは違って一年程度で急激にあらゆる技術が進化しました。その主な要因は『超兵器機関』に依る物です」
「『超兵器機関』……」
「超兵器の機関だから『超兵器機関』……そのまんまなネーミングですねー」
「その『超兵器機関』と言う物は、一体どこの国家が開発したのでありますか?やはり『桜風』殿の敵対していたウィルキア帝国で有りますか?」
あきつ丸の問いに対して、頭を振って答える『桜風』。
「『超兵器機関』は何処の国家も開発、製造していません。『超兵器機関』は例外無く火山から発掘された物です」
「発掘……それも火山から、でありますか?」
「まるでオカルトですね…」
「古の古代文明の産物か、それとも惑星外生命体が置いて言った物なのか……あの時超兵器に関して調査を行っていたブラウン博士も、結局結論は出せませんでした。唯一つ言えるのは、あの超兵器機関は『あの時の人類』には理解不能な科学力で構築された代物であると言う事です」
「防御重力場や電磁防壁を作り出した、『桜風』の世界の技術力でも解明出来なかったの?」
「微細な破片となっても稼働し続け、測定不可能な出力を発揮可能であり、そして一定の出力ラインを超えるとどう足掻いても暴走する。こんな訳分からない物、アメリカのロスアラモスに集った世界最強の頭脳群どころか一番精通していた筈のウィルキア帝国すらも解析不能に終わりました。後、防御重力場等を開発出来たのも、超兵器機関を使用して出来た超高精度の電算機や超兵器自身に存在していた技術情報の為です」
言葉にすると改めて分かる、超兵器を超兵器足らしめる『超兵器機関』の意味不明さに『桜風』は『良くもまあ、あの時マスターシップに打ち克てたなぁ』と、昔を思い出して自然と遠い目をせざる負えなかった。懐かしくは有るが、絶対にもう一度は体験したくない想い出の日々であった。
「……ならば一つ聞いても良いで有りますか?『桜風』殿?」
「なんですか、あきつ丸さん?」
「そこまで技術が発達していたと言うのであれば、何故『桜風』殿は新幹線の映像を見てあれほどまでに驚かれたのでありますか?」
「…えっと……鉄道は変わらずにずっと蒸気機関車だったので、それに新幹線を見たのは初めてだったので、あの時は、つい……」
「……ちょっと無理有りませんか?航空機は音速ジェット機、艦船もミサイル等を搭載しているのに、鉄道は変わらずに蒸気機関…?」
青葉の当然の疑問に対して、『桜風』は『うーん……』と言いながら、顎に人差し指を当てて、小首を傾げて答えを纏めだす。因みにあきつ丸の言った新幹線の話は、『桜風』が『ヴィルベルヴィント』との戦闘で負傷した身体を休めている時に、病室に有ったテレビで偶然流れた映像を見て『蒸気機関車じゃない弾丸列車かぁ』と口走った物である。
「……細かい所までは良く知りませんが、多分技術面の問題よりも利権調整とかの問題が有ったんじゃないかなと思います」
「利権…?」
「これはまた面白そうなネタが……」
「軍艦建造や航空機増勢の場合、民間の港湾施設や工廠、飛行場の近代化とそれなりに拡張を済ませれば対応可能ですけど、鉄道の場合は既存路線の改良や新規敷設をする場合でも、長距離に跨るが故に発生する複雑な土地利権や駅の配置場所等で面倒が有ったんじゃないかなと思います」
「……まあ確かに、たった一年程度で広範囲の土地の買収や敷設計画、ダイヤ設計をするのは難しそうね。しかも主に戦場となっているのは海空と言う状況で」
「因みに日本だけじゃ無くて、ウィルキア帝国軍の陸上部隊と主に戦っていたドイツに関しても、蒸気機関車のままだった筈です」
「え、ウィルキアの場所って、コッチで言うウラジオストクですよね?どうやってドイツまで軍を派遣したのですか?」
「ソ連に技術提供する代価として無害通行権を得たんです。勿論ヴァイセンベルガーもそう甘くは無かったので、提供したのは全て低位の技術に限定していました。お陰で終戦した1940年でソ連軍が装備していたのは2000馬力級のレシプロ軍用機や第一世代型主力戦車ですらない旧式戦車だらけでしたけど」
「またボルシェビキの仕業でありますか!!やはりアカはこの世から消毒すべきであります!!!」
陸軍の記憶のせいか、何故か全艦娘の中でも特に共産主義が大嫌いなあきつ丸の絶叫は軽く流されつつ、『桜風』の話は陸上兵器へと移り、海空の技術発展の余波で戦争主要参加国の中でも一番陸上兵器の発達が遅れていた日本帝国ですら、終戦時点には数的主力として74式戦車、近衛師団や樺太防衛部隊には90式、試験段階として10式相当の戦車が開発、生産されていたと言う事実を知ったあきつ丸が死んだ目で大口を開けて魂の抜けた顔を晒していたが、その話はまた置いて置くとしよう。
ヒトキュウマルマル。深山艦隊程に艦娘が多数所属していると、いくら大きい浴場が有るとはいえ、流石に一度に全員が入浴する事は無理で有る為、艦娘それぞれの入浴時間は分散されている。出撃した艦娘の方が優先されるなどの例外は有るが、深山艦隊は17時から19時にかけて全員が入浴する様に設定されている。『桜風』は本日は休日だった為、少し遅めの入浴時間の配分だった。
「……うーん……」
「ぴゃ?どうしたの『桜風』ちゃん?」
「……いえ、やっぱりこんなに傷跡が有るのは、皆の目に悪いのではないかなと…」
「そんな事有りません『桜風』さん!その傷は『桜風』さんが頑張ってきた証じゃ無いですか!」
「そうだよ『桜風』ちゃん!そんな風に隠さないで胸を張っていれば良いんだよ!酒匂くらいしかお胸無いけど」
「なにゆえそこで胸の事を言うんですか酒匂さん?後吹雪、ありがとね」
『桜風』とは又違う方向性の天然気質な酒匂と、良く『桜風』の比較対象として引き合いに出される吹雪によって、今なお入浴時に自身の傷痕を衆目に晒す事に色々と思う事のある『桜風』が励まされている時、後ろから眼帯をした少女が忍び足でにじり寄っていた。
「そうだぜ『桜風』!その小さめの胸張って傷曝せばいいんだぜ!」
「ぴゅぁぁーーー?!」
「ゴァッ!?」
深山艦隊切ってのカッコつけ型自爆系艦娘筆頭格である天龍型軽巡洋艦娘一番艦の天龍が、思春期の男子中学生レベルの悪戯心で『桜風』の背後からその小さめの果実をバスタオルの上から揉みしだき、いきなりの奇襲で『桜風』は反射的に背後の天龍に対して、マトモな警告を発する事も無く右ひじで天龍の米神を精密無比に
「はひっ……はひっ……え、天龍、さん?」
「あらぁ~…ごめんね~『桜風』ちゃん。天龍ちゃん時々こういう悪戯しちゃうの。私がしっかり叱っておくから、許してくれないかしら?」
「え、ええ…分かりました。龍田さんに全部お任せします」
「ありがとね~『桜風』ちゃん。じゃあ、ちょっと天龍ちゃん連れて行くね~」
そう言うと、龍田は己の姉を背負って脱衣所へと歩いて行く。何時もと変わらぬ龍田の美しい微笑に、超兵器とは別物の得体の知れない恐怖を感じざる負えなかった『桜風』だった。
「お願いします、龍田さん。……大丈夫ですか?『桜風』さん」
「ぴゃあ~……『桜風』ちゃん、大丈夫?」
「う、うん。私は大丈夫。……天龍さん、思いっきりやっちゃったんだけど、大丈夫ですかね…?」
「天龍なら龍田さんに任せておけば大丈夫だよ!それより、大丈夫ならお風呂に入ろうよ!」
「酒匂さんの言う通りです。天龍さんなら放っておいても大丈夫です」
「お……オウ……良いのかな、それで……」
何かやけに酷い扱いな天龍に一抹の同情心を覚えつつ、『桜風』の脳内人物相関図に『天龍の威厳はそんなにない』事をしっかり記録している辺り、深山艦隊なりの流儀と言うか、雰囲気の様な物に慣れつつある『桜風』である。尚、その後何でかツルツルテカテカでキラキラ状態になっている龍田に連れられた天龍が、真っ白い顔をして『桜風』に謝るのだが、それはまた明日の話である。
フタマルマルマル。この時間帯となると夕食を取る為に深山艦隊の艦娘の殆どが集結する為、間宮食堂は大賑わいの大盛況である。一部の戦艦娘と駆逐艦娘は珍しく此処には来ずに、艦娘宿舎に食事を取り寄せていたが。勿論『桜風』も風呂上りから直行してこの席に混ざって居たが、夕食よりもよほどの大事に遭遇していた。否、
「……それで那珂さん。本当の事を言って下さい」
「もー、『桜風』ちゃん、那珂ちゃんの事は那珂ちゃんて読んで欲しいの!」
「額の傷、那珂さんは『転んだ』と言ってますけど、それ……石か何かを投げつけられたんですよね?…そうですよね?」
「那珂、本当なのか?」
「……本当だ。那珂に言わない様に止められていたが、コンサート中に石を投げつけられてな…」
「ちょっと那智さん!?那珂ちゃん言わないでってお願いしたのに!!」
深山艦隊イチのアイドル艦娘、と言うより唯一のアイドル系艦娘である、川内型軽巡洋艦娘三番艦の那珂。その額に張り付けた絆創膏の事を『那珂ちゃんちょっと転んじゃっただけだよー』と嘘の説明をしたのを、『桜風』は即座に看破したのだ。とは言え、別に『桜風』で無くとも那珂の嘘は直ぐにバレたであろう。本当に『額から出血する勢いで』転んだのであれば、額以外にも何かしらの傷が有る筈なのだから。
「那智。……那珂に一体、何が有ったの?」
「川内。……コンサート中に観客席にいた複数の人間が、いきなり掌サイズの尖った石を投げつけて来たんだ。即座に周囲に居た那珂のファンや警備員に取り押さえられたが、それが運悪く那珂に直撃してな……。その後、数百人ぐらいが押し寄せて来て抗議活動始めて、結局コンサートは中止だ」
「それどう考えても那珂さんが普通の人間だったら殺す気満々の所業じゃないですか。艦娘頑丈何でそれくらいじゃ怪我はしても死ぬ事は有り得ませんが。と言いますか、何故コンサートに対して抗議活動を?」
「『桜風』ちゃん……それだと那珂ちゃんが乙女じゃ無いって感じになるから、もうちょっと言い方変えて欲しいかなーって、那珂ちゃん思うんだ……」
直球ど真ん中の170㎞ストレートな感想を投げまくる『桜風』にそう哀願する那珂を他所に、『桜風』は話を進めていくが、その那珂に対して石を投げつけた犯人の供述に話が及ぶと、『桜風』は絶句せざる負えなかった。
「……那智さん。その那珂さんに石投げつけた野郎と
「……だと、良かったのだがな…。これは事実だ」
「『桜風』は未だ知らなかったんだね。今の日本には…そんなに多くないけど、こういう人たちや団体がいるんだ。でもだからと言って、何か変な事しちゃだめだからね?」
「…………ええ、はい。分かっています、川内さん。深山提督や、陽炎や、不知火や、青葉さんや、皆に、迷惑、かけちゃ、駄目、です、から、ね……。……ええ、分かってます、分かってますとも……」
「さ、『桜風』ちゃん!?湯呑!湯呑に皹入っているから!力抜いて!!あと落ち着こう!ね!アイドル那珂ちゃんのお願い!!那珂ちゃん負けたりしないから!!」
「……若いって良いな、川内」
「艦娘になってから年寄り染みた言葉言える程歳喰ってないでしょ、お互いに」
お風呂場で酒匂と吹雪から武道館に記載されていた那珂の名前の事を聞いて、人知れず艦娘としての仕事を完璧にこなしながらも、仕事後に疲れ切った体で夜中までダンスや歌の自主練習に励んでいる事を知って那珂の事を尊敬した直後にこの顛末である。青筋立てて湯呑を再起不能にするまで音を立てて握り潰して怒りをこらえている『桜風』程で無くとも、大なり小なり似たような思いを抱くのは普通であろう。
「……深山提督は、なんと?」
「警察や公安に連絡して動いて貰って、提督自身も動くってさ。でも『桜風』も以前聞いたと思うけど、罪状は『器物破損』になるだろうってさ」
「『艦娘管理法の為、艦娘は例外無く海軍が
「まあそれも今暫くの辛抱だと思うよ。今国会で『艦娘保護法』が審議中だから、何事もなければ私たちは人権を、ちゃんと艦娘に配慮した形で得られるだろうし」
「……もー!暗い話はもう止め止め!那珂ちゃんの事心配してくれるのは有難いけどー!那珂ちゃんこんな事で負けたりなんかしないもん!だってアイドルだから!!」
そう宣言した後、軽やかに間宮食堂に設置してあるカラオケボックスへと駆け寄り『深山艦隊のアイドル!センターの那珂ちゃん!スペシャルなゲリラライブをお届けするよー!!』といきなり歌いだす。色々鬱陶しがられたりもしているが、その那珂の血の滲む努力と天性の才を好むメンツも以外と多いもので、この突然の事態でも那珂のファンな艦娘は黄色い歓声を上げていた。この位メンタルが強くないと、アイドルにはなれないと言う事だろうか。とは言え、『桜風』の那珂を本気で心配している反応に救われた部分も少なからずあるだろうが。
マルフタマルマル。既に深山艦隊の宿舎は完全に消灯時間となり、数多くの艦娘がそれぞれの床に就いている頃、『桜風』もまた、陽炎たちと共に布団を敷き、床に入っていた。三人仲良く川の字で休む姿は、見ていてとても微笑ましい光景だ。
――――今日は色々あったなぁ…
そんな中、ふと目が覚めた『桜風』は今日の出来事を思い出していた。朝起きて、陽炎たちとあいさつを交わし、朝食を賑やかに食べ、武道館にて身体を思いっきり動かし、睦月達と語らい、たくさんの本を読み、あきつ丸や青葉、深山提督に故郷の話をし、お風呂では……色々あって、夕食では那珂の受けた仕打ちに義憤にかられ、それを吹っ飛ばす那珂の生ライブに目を白黒させ……駆逐
――――きっと、そう遠くない未来に、超兵器『ドレッドノート』が来る。……この生活を、日常を、絶対に壊させはしない。…絶対に……
そう誓いつつ、再度眠りにつく『桜風』。彼女が超兵器『ドレッドノート』と何時相対するか、そして彼女とどうなるのかは、今はまだ分からない。だが一つ言えるのは、『ドレッドノート』と『桜風』が遭遇する事だけは、確実に起こる未来である、と言う事位である。
「……こんな梅雨真っ盛りな時期なのに、ビルのワンフロアーを焼き尽くす大火事だってさー」
「不用心だな、全く。こう言う時期だからこそ、火の気には注意しないといけないと言うのにな」
「ホントだねー。……あれ、この写真の人たち、どこかで見た様な……」
「…ん?……なんだ、コイツ確か那珂ちゃんのコンサートを訳分からん理屈で妨害した連中じゃないか」
「あー、そうだったねー。でもお酒飲んでからの寝煙草で火事起こして逃げ遅れて全員死ぬって結構お間抜けさんだよねー。それに鎮守府への襲撃計画書はしっかり残ってたみたいだし」
「……相変わらず可愛い顔して結構辛辣だな、我が姉は」
「ふえ?……あれ、長月ちゃん」
「何だ?」
「コメンテイターの人たち、この人たちは他殺じゃ無いかって言ってるよ?この人たち、皆みんな酒も煙草も飲まない人たちだから、だって」
「馬鹿らしい。どうせそう言いながら裏で隠れて飲んでいたに決まってるさ。……ほら、もう直ぐ遠征だから早く行くぞ」
「あ、ちょっと待って待ってー」
二隻の駆逐艦娘が、急いで港に向かって走り出す。食堂で電源が点いたままのテレビは、誰も居ない食堂に『まるで推理小説の様な複数焼死事件』の報道を流していた。
「……急いでいたのはいいけれど、テレビはちゃんと消さないと、ね」
そう言いながら食堂に入り、テレビの電源を消した深山満理奈少将。彼女の表情は、その『複数焼死事件』の報道内容を見ても、
しかし以前『戦闘は一万字越え、日常は五千字程度』とか抜かしていたのに、結局は一万字越えとなる始末。圧縮技能が欲しいです(願望)