横須賀軍港に居を構える、第3海上部隊所有の敷地内に立つ3階建ての建物の一室。建物の外では妖精さんや艦娘が和気藹々と過ごす声が建物内にも漏れ聞こえてくる中、小柄で弓道着を身にまとった少女と、ハーフパンツを履き、髪型がポニーテールであることも相まって活発な印象を与える少女が二人並んで、軍服を身にまとった女性と執務机を挟んで相対していた。
「・・・駆逐艦『桜風』ね。今も『彼女』からくる定時通信記録や今見せてくれた写真を見る限り、やっぱり幻の産物とかではなさそうね」
「提督ぅ・・・やっぱり、信じてくれてなかったの?」
「ごめんね瑞鳳。でも私の方で調べたんだけど、瑞鳳たちが通信を寄越してくれた頃には、あの海域には瑞鳳たち以外の艦隊は居なかったの」
「『艦娘が出現するのは、深海棲艦を艦娘が沈めた時だけ』・・・でしたっけ」
「そう。青葉の言う通り、私たち人間が持つ兵器では深海棲艦を沈める事は難しいし、膨大な労力をかけて通常兵器で何とか沈める事が奇跡的にできたケースはあるけど、いずれの場合も艦娘が出現した例は報告されていない。ただし、その条件外で発生した例外が一つだけ・・・」
「『始まりの艦娘』。深海棲艦がこの海を跋扈し始めた時に、どこからともなく現れて人間を助けた駆逐艦娘。・・・今では『初期艦』と呼ばれている駆逐艦娘たちの事ですね」
「Excellent。良く勉強しているわね、青葉。・・・まあ、そういう訳だから、本来瑞鳳たちしかいなかったあの海域で艦娘が出現するのは、これまでの定石でいえば瑞鳳たちが深海棲艦を撃破した時だけのはずなんだけど・・・」
その瑞鳳たち『本土近海調査艦隊』は、結局一度も敵艦と接触する事無く駆逐艦『桜風』と接触した。既にこの事は上層部に資料付きで報告しているが、その情報を知った上層部は『何かとんでもない事が起こるのではないか』と思われたようで、駆逐艦『桜風』と接触した瑞鳳たちの提督である『深山 満理奈』少将に『桜風』を保護するように命令してきた。今執務室で深山少将と青葉たちが話していたのは、駆逐艦『桜風』と接触した時の状況の再確認と駆逐艦『桜風』の保護の話をするためである。
・・・写真を見た元帥たちの泡を食った慌てぶりには心底同情するわ・・・。青葉や瑞鳳たちには分からなかった様だけど、この写真を見る限り、駆逐艦『桜風』には『RAM』と『40㎜4連装機関砲』が搭載されている。過去、帝国海軍の駆逐艦に『40㎜4連装機関砲』がこんなに搭載されていた事は無いし、『RAM』なんて第二次世界大戦ごろの艦艇が装備しているはずがない。これまでの常識を打ち砕くこの艦娘は、絶対に沈まさせてはならないわね・・・
深山満理奈提督がそんな事を内心独白しつつも、本題の『駆逐艦『桜風』の保護』の話を青葉と瑞鳳に始めようとしたちょうどその時、突如執務室の扉を叩き破らんばかりに連続して叩かれだした。
「え、え、いきなりなんですか!?」
「大丈夫よ、入って」
突然の事態に驚く青葉をしり目に、深山提督は扉の向こうの人物に声をかけた。そして深山提督が声をかけたその直後に執務室内に転がり込む様に駆逐艦娘の『朝潮』が入室した。何時もの生真面目で謹厳実直な姿からは想像もつかないその姿に青葉と瑞鳳が目を見開く中、朝潮は敬礼しながら深山提督に対して口を開いた。
「失礼します司令官!司令官に硫黄島航空隊より電文です!」
そう言った直後に流れるように電文を渡す朝潮。【まるでフリスビーを取って飼い主の処へ戻ってきたワンコ見たい】と言う極めて失礼な感想を執務室にいる誰かが思った直後、電文を一瞥した深山提督は思わず椅子を蹴飛ばして立ち上がっていた。
「し、司令官?」
「提督?いったいどうしたの?」
「・・・硫黄島航空隊から【我、横須賀に向け進撃する深海棲艦の大部隊を発見す】との電文よ。正確な居所と進行方向も載ってるわ」
見てみて。そう言いながら硫黄島航空隊からの電文を青葉、瑞鳳、朝潮たちに見せる深山提督。そして一斉に電文を一読する三人だったが、朝潮はともかくとして、青葉と瑞鳳の顔色が見る見るうちに青ざめてきた。なぜかといえば、先に接触して横須賀に向かうように指示した駆逐艦『桜風』の進行ルートと、硫黄島航空隊が発見した横須賀目掛けて進撃中の深海棲艦の侵攻ルートが完全に重なっていたのだ。『たった一隻の駆逐艦』がこの大部隊と遭遇すれば、ほぼ間違いなく轟沈する事を強制させられる。事情を青葉と瑞鳳から説明させられた朝潮も当然ながら顔色を変える。彼女も駆逐艦に属するがゆえに、今の駆逐艦『桜風』が置かれた事態がどれだけ危険な状態であるかは簡単に理解できた。
「青葉!瑞鳳!今すぐ出撃準備!追加の艦艇は追って連絡する!二人は『桜風』と交信して今すぐ退避するように連絡して!」
「はい!青葉、今すぐ向かいます!」
「わ、分かりました!」
「朝潮は今オフの皆に深海棲艦がここ横須賀に進撃して来ている事を伝えてきて!」
「了解です!朝潮、直ちに伝えてきます!」
・・・タイミングがあまりにも悪すぎる。足の速い空母主力艦隊や金剛型高速戦艦は遠くミッドウェー、打撃艦隊の主力である『大和』や『武蔵』、『長門』『陸奥』はここに残っているけど、戦艦の宿命である足の遅さは致命的。『桜風』が深海棲艦と接触するまでに救援できるとは到底思えない。巡洋艦と軽空母、駆逐艦編成での高速艦隊では敵艦隊に良い様に嬲られかねない。
「・・・ごめんなさい、『桜風』。しばらくの間、耐えていて。必ず、救い出すから・・・!」
戦力が減少した隙を見事に深海棲艦に突かれ、『桜風』の早期救援が行えるような艦娘が払拭している中、それでも『必ず『桜風』を救い出す』と決意した深山満理奈少将は、出撃メンバーの選定と上層部への状況報告を行いだした・・・
「・・・なんていうか、拍子抜けしたね」
『ですね』『なんだよあの潜水艦』『ミサイル撃ってきませんでしたねー』『それ以前に魚雷が空気魚雷な上に誘導能力も見られませんでした』『まさか新型対潜ロケット程度であっさり一撃撃沈とは』『潜水艦の面汚しよのう』
一方横須賀でそんな騒動が起きているとは露とも知らない『桜風』。航空母艦『瑞鳳』に指示されたとおりに横須賀に向けて航行している途中にて、搭載していた『音波探信儀Ⅴ』が複数の不明潜水艦を探知し、てっきり『桜風』はあまりの探知のしやすさの前に『横須賀所属の練習潜水艦隊かな?』と誤解していた。そしてその不明潜水艦隊は突如転舵して『桜風』に向けて雷撃を一切の警告も無しに発射したのだ。無論黙って魚雷に当たるような『桜風』ではなく、回避運動を取る必要すらも無く搭載していた『40㎜4連装機銃』の迎撃によって雷撃を処理。『桜風』は抗議と警告を不明潜水艦に通信するも、当の潜水艦からの返答は浮上でも逃走でも無く再度の雷撃であったため、やむなく『桜風』は自衛権の行使を宣言した上で『新型対潜ロケット』を不明潜水艦に撃ち込んだのだった。一艦残らず等しく一撃で轟沈したのは『桜風』にも、妖精さんにとっても予想外だったが。
『艦長。やはり先ほどの『瑞鳳』からの通信と併せて考えますと、私たちが今いるこの世界は『ウィルキア王国』は存在しないのではありませんか?』
「私もそう思う。こんな低レベルな艦艇は私たちの世界ではとっくに淘汰されているし、あの『瑞鳳』の通信手が話しぶりを思い返してみても、私たちを何かにハメようというような意図は感じられなかった。・・・自沈処分の後で蘇ってみたらそこは別世界、まるで小説ね」
『・・・艦長。取りあえずこれからどうしましょうか?』
どうしましょうか。そう言った妖精さんの意図は『このまま横須賀に向かうか、それとも現在通信傍受で存在が確認された敵艦隊を殲滅しに行くか』ということである。決断するのはあくまで『艦長』であり、よほどの事が無い限り参謀や副長らはあくまで『助言』するに止まるのが海軍における通例である。因みに何故敵艦隊と断言できたのかと言えば、先の通信で航空母艦『瑞鳳』から深海棲艦の存在を警告されていたためである。妖精さんの奥ゆかしい心遣いに『本当に『桜風』の妖精さんは凄く有りがたい存在だなぁ』との率直な感想を抱きながら、『桜風』はこう返答した。
「無論、敵艦隊を殲滅してから横須賀に向かいます」
『その心は?』
「手ぶらで行くより、気持ち程度でも手土産があった方が先方に良い印象を与えるでしょ?」
そう笑顔で答える『桜風』であったが、その表情は獲物を見つけた獰猛な猛獣のそれであり、その端正な顔付きと相まって、妖精さんに『笑顔とは、本来は攻撃的な表情である』事を思い起こさせるだけのインパクトは有った。つまり要約するととある妖精さん曰く『カッコカワ(・∀・)イイ!!』と言う事である。
『了解しましたー!』『さあ異世界転移後初の艦隊決戦だー!』『自動装填装置の調子を確認してきまーす!』『ふっふっふ、我ら妖精さんの熱い一撃、その身に刻むがいい・・・!』『はてさて、これからどれだけ戦果を挙げられるのか』『賭けでもするか?俺は艦長が敵艦隊を殲滅するのに賭ける』『賭けにならんがな』
私語雑談しながらも高速で自らの職務をこなす妖精さん。この光景に早くも慣れ始めた『桜風』は妖精さんの私語を気にする事無く、自らの
・・・良し。『15.5㎝75口径4連装砲』や『40㎜4連装機銃』、『RAM』に『61㎝7連装酸素魚雷』の調子は、妖精さんに報告された通り問題なし。補助兵装も問題なく全力稼働状態。私の思い通りにしっかりと反応して動く。さっき撃沈した潜水艦のレベルを考えれば、レーザーやレールガンを敵艦隊が装備しているとは考えにくい。
・・・とはいえ、油断して無駄に被弾したらそれこそシュルツ艦長や筑波大尉に怒られちゃうし、いつも通り油断なく全力で敵艦隊を殲滅しよう。今の私は、この駆逐艦『桜風』の艦長なんだから。妖精さんたちをケガさせたりしない様にしないとね。
横須賀の艦隊が必死の形相で駆逐艦『桜風』を救い出すために艦隊を編成しているその時、その横須賀の提督や艦娘から心配されている駆逐艦『桜風』はまるで散歩の途中で買い食いするような気安さで敵艦隊に向かって進撃していた。
『桜風』と『提督と艦娘』と『深海棲艦』。この三者が同時に遭遇できるかどうかは、現在進撃中の『深海棲艦主力部隊』がどれだけ『桜風』からの攻勢に耐え切れるかにかかっていた。
次回は前菜として深海棲艦の空母部隊と桜風との戦闘に入る予定です。40㎜4連装機銃とRAMに近接炸裂弾装備の主砲が火を噴くぜ!