艦娘の咆哮 ~戦場に咲き誇る桜の風~   作:陣龍

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楽しい時間は、すぐに流れ、消えゆくもの。

祭りの痕に残る物は、たった一つの記憶のみ。


第四一話  龍虎相打つ夢の痕

 『ドレッドノート』搭載するアクティブステルスソナーは、自身(『ドレッドノート』)に向けて照射されたソナーに対してピンポイントかつ照射されたソナー以上の威力を発揮しない様に調整して打ち消すと言う夢物語の様な装備である。自身から音を出すと言うのに、敵手に捕捉されない様に調整すると言う矛盾した行動を実現出来るのは、超兵器が発揮する電算能力において他は無い。

 

 

 その為、『桜風』は『ドレッドノート』がアクティブステルスソナーを装備している事を看破した瞬間に、アクティブソナーとパッシブソナーを用いて行う通常の対潜捜索術を放棄する事を決めた。『ドレッドノート』の静粛性は極めて高い為にパッシブソナーによる探知は先ず持って絶望的。アクティブソナーでは肝心のソナーが打ち消されて意味を成さず、それどころか自身の位置を精密に暴露するだけであったからだ。

 

 

 

『じゃあどうするんですか?ソナー両種使用しないって』

 

「まずはちょっと前の第六駆逐隊と共同で行った船団護衛訓練の時の様に、機関制御で速度を低下させる。10ノット以下が目安かな」

 

『機関が死ぬゥ?!』

 

 

 霞を何故か艦内に有ったボディバッグ(遺体袋)に無理矢理詰め込み、SH-60J(シーホーク)に乗せて安全圏に脱出させたのち、『桜風』は妖精さんたちに対して『ドレッドノート』の探知方法の説明を行っていた。因みにボディバッグ(遺体袋)には何も記載されていない無地の物であったため、詰め込まれた霞は自身を覆う袋の事は知らなかった。まあ後でバレるのだが。

 

 

「その次は『ドレッドノート』に魚雷を撃たせる。直進限定の酸素魚雷……それも、最低二本以上。一本だと幾ら何でもデータ取りが不足している」

 

『……雷撃させただけだと方位くらいしか推測出来ませんが』

 

 

 妖精さんの疑問は最もである。二次元移動しかできない水上艦視点では、潜水艦から放たれた魚雷の速度と方位だけで敵潜水艦の居所を特定するのは不可能である。そもそもソナーを使用せずにそんな事が出来るほど『桜風』は化物では無い。別方向に化物なのは否定出来ないが。

 

 

「撃たせただけだとね」

 

『……一体何する気ですか』

 

「単純明快。被雷して『ドレッドノート』の深度を特定すれば良いだけだもの。その後は『ドレッドノート』に向けて、『5連装新型対潜誘導魚雷』をノーロックで撃ち込めば…恐らく、アクティブステルスソナーは破壊出来る可能性はそこそこある」

 

『……あの、えっと、艦長?今自分の耳が壊れてないとするならば、今()()()()とか言いました?』

 

「言ったよ。それがどうかした?」

 

『どうかした?じゃ有りません!!機関部に大ダメージ必須の暴挙に加えて、その機関部に喰らう可能性の高い魚雷攻撃を敢えて受ける!?どう考えても狂ってます!正気じゃありません!大体被雷して深度特定とか何言ってるんですか?!』

 

「……?被雷時に計測した威力から逆算すれば発射地点は特定可能でしょ?魚雷内部の燃料や酸化剤の残存量でほんの僅かとは言え威力は変わるんだし」

 

 

 

 副長妖精の極々当たり前の感性に基づく言葉に対して、正しく【なにいってんだこいつ】と言うありありとした疑問符付きの表情でぶっ飛んだ言葉を返す『桜風』。基本艦娘の妖精さんはそれぞれ自身の艦長の気質は熟知している筈なのだが、流石にこんな事を真顔で言われたら一言物申さずにはいられないだろう。どうせ聞き入れられないと理解していても。

 

 

「まあ大丈夫。計算したけど酸素魚雷数本と機関が一部爆発したくらいじゃ沈まないし、戦闘継続も可能だから」

 

『どう考えても艦長に対するダメージのフィードバックで大変なことになりますが?!』

 

「今まで船体を展開した状態の艦娘が、船体の沈没以外で消滅した事例は報告されてないから。ね?」

 

『ね?じゃ無いですってばぁ!!』

 

 

 頭のネジが良い感じにぶっ飛んでいる艦長(戦人)とそれを支えている副長(常識人)に外野ではやし立てたり火に油や水をぶっ掛ける観客連中(その他大勢)。この駆逐艦『桜風』における戦闘中の艦橋内部では、このような図式へと転移当初からいつの間にやら変化していた。

 

 

「…『ドレッドノート』からの雷撃が止まった。各員準備、やるよ」

 

『…………ああ、もう!分かりました!やります!やってやりますよ!!』

 

 

 結局副長妖精の諫言は『桜風』には届かず、『桜風』原案のまま『ドレッドノート』釣り出し作戦は決行された。とは言え、『桜風』も自ら沈みたがる様な酔狂な存在ではない。寧ろこう言った超兵器戦(常識外れの戦闘)が求められる場合、『桜風』が持つ最大の長所たる()()()数字(Data)()()()()()()()()()が最大限の威力を発揮する。

 

 

『……艦長!魚雷発見!此方に来ます!』

 

「迎撃開始、指定魚雷以外は破壊しないで」

 

『了解!!』

 

 

 

 『艦艇』が『艦娘』となった時の良い点は感情と精神が有る事であり、悪い点もまた同じく感情と精神が有る事である。良い様に作用すれば自身の実力以上の能力を発揮可能である代償に、悪い様に作用すれば案山子にすら成れない程脆弱な存在になる可能性も否定できない。だが一般艦娘とは違い『桜風』の場合は、自己を艦娘(意識ある生命体)である事と艦艇(物言わぬ無機物)である事と言う矛盾した二つの命題を同居させている。所謂()()()()と言う物である。

 

 

『魚雷、来ます!!』

 

「防御重力場解除、魚雷三発通せ!」

 

 

 二重思考とは、一つの精神が同時に相矛盾する二つの信条を持ち、その両方とも受け容れられる能力のことをいう。艦娘(意識ある生命体)であるからこそ存在し、生かせる恐れや勘といった生命にしか発揮出来ない非理論的な能力と、艦艇(物言わぬ無機物)であるからこそ可能な、すべての感情を排した混ざり気なしの機械でしか不可能な論理的な分析の同時両立。ありとあらゆる死地を潜り抜け、自沈する最後の瞬間に人の形を生み出す奇跡を成し得た彼女(『桜風』)だけが得る事が出来た、如何なる武器にも勝る最大の切り札(欠陥)である。

 

 

『がっ……報告!被雷により浸水発生!く、加えて機関部の一部が熱暴走を開始しています!!』

 

「損害即応班は直ちに修理作業に移れ!機関一杯、全速前進。捕捉完了した『ドレッドノート』へ攻撃する!!」

 

 

 

 ……これが、『桜風』がアクティブステルスソナーを操る『ドレッドノート』の居場所を特定出来た裏事情である。勿論、これだけの無茶をした代償は、『桜風』も、その妖精さんたちも察していた通りに、そう軽い物では無かったが。

 

 

 

 

 

 

『……火の勢いが止まらない……消火剤だ、早く……!』

 

『……障壁封鎖急げ……破られるぞ……!』

 

『……早くしろ……もうこの区画は持たない……!』

 

『……こちら第三班……駄目です、手が付けられません……撤退の許可を……!』

 

『……もう諦めろ……このまま居ると皆死ぬぞ……!』

 

 

 

 通信を通して艦橋要員の耳に飛び込む、機関部に配置された、又機関部に増援されたダメージコントロールチーム(妖精さん)たちの報告は、例外無く芳しくない物だらけであった。

 

 

 

『艦長!機関部の緊急修理に当たっていた第三班が限界です!撤退指示を!』

 

「溶解、暴発した第2タービン室、第8、第9、第10ボイラー室は現時点を以て封鎖し放棄、損害即応班第三班は即時退避し鎮火作業に回れ。船体尾部並びに中央部の浸水は障壁封鎖後第一、第二班が対応。戦闘要員は『ドレッドノート』への攻勢を継続」

 

『イエス、マム!』

 

『報告!被雷と機関暴発の衝撃で発着艦場が損壊!現在第四班が復旧作業に入ります!!』

 

「第四班、発着艦場の修理は中止。鎮火作業中の第三班の応援に回れ」

 

『え?!へ、ヘリ(SH-60J)はどうするんですか!?』

 

「すでに天候が荒れ始めている。この状況下で発着艦しようとすれば確実に二次災害が発生する。命令は撤回しない」

 

『りょ、了解!』

 

 

 

 矢継ぎ早に飛び込む損害報告の山に、『ドレッドノート』への攻撃能力の保持を最優先事項とする『桜風』は殆ど報告を入れる妖精さんを視界に入れる事も無く艦橋ガラスに映し出した気象状況を見ながら指示を出す。現状は何とか安定しているが、開戦前に確認した雨雲が発達しつつ現海域にまで浸食を続けていた。

 

 

 

――――……『ドレッドノート』への攻撃は成功し、アクティブステルスソナーを機能不全にする事には成功した。でもそれ以外に『ドレッドノート』への目立った戦果は無し、か

 

 

 アクティブステルスソナーを破壊した事は紛れもない大きな戦果では有るが、そうでなくとも『ドレッドノート』の持つ素の静音性は意外と高い。時間をかけ過ぎれば、今『桜風』の居る海域は潜水艦最大のホームグラウンドと言っても過言ではない嵐になる。

 

 

「……コレは……っ、ぐ…!!ゲホッ……!」

 

『艦長!!……やはり、やはりこれ以上()()()()()()()()()()は無茶です!!戦闘要員からも人員を割きましょう!!』

 

「……き……却下に、決まってるよ。そんな具申」

 

『ですが!』

 

「副長が傷付いている訳じゃ無いのだから、気にしないで。今は成すべき事を成しなさい。……早く」

 

 

 

 加えて、戦闘の長期化を行えないもう一つの理由。

 

 

『…ですが!艦長自身の身体に船体の損害が反映されているんです!!このまま戦闘を継続すれば船体よりも先に艦長の方が死んでしまいます!!』

 

 

 

 三本に渡る酸素魚雷の直撃、そして機関の溶解、暴発と火災発生は、彼女の肉体(『桜風』)を徹底的に痛めつけ、傷付けていた。雷撃損害の反映により腹部が引き裂かれて血肉が艦長席に滴り落ち、機関部の暴発は心臓と肺に張り裂けんばかりの衝撃を与えて右肺に至っては本当に張り裂け、脚部に至っては火災と機関部の暴発、溶解を反映して赤黒く焼け爛れ、一部に至っては肉片が剥がれ落ちかけ始めかけてすらいた。

 

 両足の焼け爛れで滲み出た血液に加えてつい先ほどの吐血で『桜風』の薄水色を基調としたウィルキア解放軍軍服が血に染まり、『桜風』の表情も強烈な痛みの影響か、僅かながらに苦悶の表情を浮かべていた。それでも、普通の人類のみならず一般艦娘なら確実に狂乱する大怪我を負いつつも、叫びものた打ち回りもせずにやる事と言ったら思考を切り替える為に口内から滴り落ちる血を腕で拭うだけに済ますのが『桜風』なのだが。

 

 

「『ドレッドノート』は現在アクティブソナー(『音波探信儀Ⅴ』)で捕捉中。機関部の損壊である程度速度低下していると言えども、戦闘機動によって修正は可能。弾薬庫への延焼は防止済みの為に『新型対潜ロケット』と『5連装新型対潜誘導魚雷』の残弾は今なお存在。結局昔ながらの『ドレッドノート』(超兵器)が沈むか『桜風』(自身)が沈むかのチキンレースね」

 

『……艦長』

 

「そんな顔しないで副長。実際問題、耐久力にはまだまだ余裕が有るんだからさ」

 

 

 そう言いつつ艦橋ガラスの表記の一部を駆逐艦『桜風』の全体図に変え、艦艇内の被害状況などをもとに算出された耐久バーを見せる『桜風』。一応耐久バー表記では残り体力60%を少し割った程度、と言ったところだろうか。炎上中である為じりじりと削れつつあるが。

 

 

『報告!報告!此方第一班!水密区画の封鎖完了!浸水停止!!』

 

「第一班、排水作業は既存機器の自動装備に任せて鎮火作業の応援に……全速後進面舵一杯!機銃迎撃用意!!」

 

『見張りより艦橋!艦尾より魚雷接近ってどわぁ?!』

 

 

 歴戦の勘による唐突に感じ取った得体の知れない恐怖に逆らう事無く緊急回避を行う『桜風』。自身の目たる各種電探機器や見張り員の反応よりも若干早かったのは兎も角として、警告無しにいきなり急旋回を行ったが為に現在鎮火作業に当たっている妖精さんの一部が踏ん張り切れずに火の中に突っ込んで消火剤塗れになったりしているが、彼らの叫びは割愛する。被害も精々泡塗れになった程度でもあるのだから。

 

 

 

「『ドレッドノート』再補足!攻撃よーい!!」

 

『こちら水雷妖精!敵さん艦尾からの奇襲雷撃外れて慌てているみたいです!!『5連装新型対潜誘導魚雷』ロックオンよろし!!』

 

「了解!()ー!!」

 

 

 

 機関が一部崩壊しようとも、それでも『桜風』の発揮可能な速力は潜航中の『ドレッドノート』の全速よりも上をいく。丁度V字状のT字を描きながらの一航過で文字通り魚雷とロケット弾を雨霰と叩き付け、その『桜風』の連続射出中の魚雷発射管の船体真下の機関部では妖精さんがどうにかこうにか火炎の勢いを抑え付けつつある状況。

 

 

 

『艦長!『ドレッドノート』より巨大な破壊音を聴音にて確認!!恐らくバラストタンクが破損した物と思われます!』

 

「『ドレッドノート』急速浮上……なら……砲術妖精、『RAM』にて敵対艦ミサイルの迎撃用意!」

 

『了解しま……』

 

 

 その言葉が来るのが早いか、『ドレッドノート』の十八番たるホエールダイブにて『桜風』右舷後方に『ドレッドノート』が出現。見張り員の報告を待つまでも無く、水中から飛び出した多数の飛翔体が此方に向かって白煙を撒き散らしながら突進してくるのが即座に見て取れた。

 

 

 

『『ドレッドノート』より主砲発砲並びにミサイル多数接近!『RAM』『40㎜4連装機銃』、撃ちー方始め!!』

 

「取舵一杯、砲雷撃戦用意!!此処で『ドレッドノート』を……」

 

『見張りより艦橋!魚雷が…』

 

 

 『桜風』の宣言を遮る見張り員の絶叫が途切れたその直後、駆逐艦『桜風』の船体右舷……それも、先ほど障壁封鎖が完了したばかりの被雷により発生した破孔へと魚雷が直撃し、艦橋を超える程の水柱が発生。

 

 

 

 

『……ぐぁ……か、艦長……?』

 

 

 間髪入れずに続けざまに『ドレッドノート』の40.6㎝砲弾が直撃し、衝撃にて床に叩きつけられた副長妖精にたたみ掛けるが如く艦橋内の照明が消失。補助電源が作動したらしく戦闘用の電子機器は兎も角それ以外の照明は文字通りの最低限で薄暗く変化した艦橋。

 

 

 

「……機銃並びにミサイル迎撃にて、これ以上の被弾は回避……。『防御重力場Ⅳ』で衝撃と水密区画の障壁以外の大きな損害は無し……電源復旧は比較的早期に完了可能……残存機関稼働確認……」

 

 

 その状況下でも、我らが艦長は艦橋ガラスに映し出された駆逐艦『桜風』(自身の身体)の状況を冷静に確認していた。防御重力場で被雷と被弾の爆裂はある程度抑えられたが、防御重力場の壁を突破した衝撃が水密区画の障壁にも一撃を与え、耐え切れなくなり断裂。加えて主砲弾の一撃で電装機器が一部破断。だが両者とも幸運にも比較的近くにダメージコントロールチーム(妖精さん)がいた為に分派して対処した為、最低限の損害で事なきを得た。

 

 

『報告!報告!艦長!!此方第三班!我、火災鎮火に成功!!繰り返す!火災鎮火に成功!!誘爆の危険性は回避されましたぁ!!!』

 

「……大丈夫、私たちは勝てる。立って、副長。未だ戦闘は終わっていないよ?」

 

『……は、はい!!』

 

 

 

 薄暗がりでも何となく分かる、自分の艦長の笑みと差し伸べられた手。正常な神経をしていれば狂いたくなるほどの傷を負いながら、余りにも不釣り合いな優しい微笑みを見せる『桜風』に、文字通りの鉄火場であると言うのに柄にも無く副長は見惚れてしまっていた。

 

 

 

 

……副長妖精が『桜風』(艦長)の身体に新しき袈裟斬りが刻み込まれ、算出された駆逐艦『桜風』の耐久値バー表記が30%を切っていた事実を知るのは、もう少し後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もはや……これまで、か」

 

 

――――……よもや、これほどまでに、我とあ奴の力量がかけ離れておったとはな……

 

 

 超兵器『ドレッドノート』のCIC内部。今なお砲撃戦が続く中、短髪深紅の女性(『ドレッドノート』の依代)は、自身の運命を悟っていた。

 

 

「浮上時の勢いに紛れて本命染みた牽制の対艦ミサイルを発射、すぐさま追撃の40.6㎝砲を放ち、その波間に紛れて『48.3㎝誘導魚雷』をあ奴の破孔へ多数叩き込む。船体が『フリゲートⅡ』本来の耐久力であれば、とっくに沈んでいる筈なのじゃがな」

 

 

 『48.3㎝誘導魚雷』が低威力で有ったのは事実であるが、そもそも『48.3㎝誘導魚雷』でなければ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う芸当は不可能である。加えてそれ以上に、『桜風』の乗員(妖精さん)が想像以上の連度を発揮し、今の今まで存在を隠蔽していた『48.3㎝誘導魚雷』による奇襲攻撃に対する間接防御を完遂した事。この事は完全な誤算で有った。

 

 

 

「……排水も追い付かぬ上、補助機関も雷撃にて損壊し発電量が低下。無数の警報音がが鳴りたてた末、兵装も補助装置も次々と落ち始めとる。……超兵器機関を暴走させれば、我は未だ戦えるが……」

 

 

――――……まあ、決まっておるな

 

 

 

 

「我は【ドレッドノート】の名を穢す面汚しじゃが……断じて、理性も知恵も無い獣にあらず」

 

 超兵器機関に施された人為的制限を、それこそワールウィンドの様に枷を破壊すれば、例えどのような道筋を辿ろうとも戦闘終了後に、己の船体が耐え切れずに崩壊する一点を考えずに今この場だけを考えれば、『桜風』のに対する勝ち筋が出てくる可能性は少なからずあった。

 

 

 

「これほどまでに、良き戦場(死に場所)を与え給う武士(もののふ)に……そのような、無礼かつ無様極まりない死に狂いを見せる訳にはいかぬな!ハッハッハッハ……」

 

 

 だが……悲しいかな、『ドレッドノート』はあくまで勇者らしく正道で有る事(正面からの決闘)を望んで居た。意図的な超兵器機関の暴走(誇り無き詭道の類い)は、例え自身がどうなろうとも選択出来ない、勝利する事こそが存在意義たる軍艦に有るまじき愚か者(欠陥兵器)だった。

 

 

「……ふむ、時間……か」

 

 

 既に装甲が施された外殻は砕かれた。機関部も浸水にてもはや復旧は不可能。超兵器機関も最低限の電力供給以外では殆ど活動を停止。兵装も被弾による損壊に加えて電力供給の停止により文字通りに全滅。完全なる詰みである。

 

 

 

「……聞こえるかのう、我が強敵(『桜風』)

 

 

 ならば、最後の儀式を終えるだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ええ、聞こえています。『ドレッドノート』。……未だやる気ですか?」

 

【「本気で言っとるのか、主は……。その様な気が有ろうとも、もう無理に決まっとろう。完敗も完敗、完全なる、我の負けじゃ」】

 

「ここまで襤褸雑巾にしておいて……よくもまあ、完敗などと言えますね」

 

【「その言葉、そっくりそのまま返させて貰うぞ」】

 

 

 『ドレッドノート』最後の賭けである誘導魚雷の直撃を喰らいつつも、寸前で持ち堪えた駆逐艦『桜風』。そして水上戦ともなれば、そこは『桜風』の独壇場である。超兵器と言えども、大元の基礎設計が潜水艦である頸木から逃れられなかった『ドレッドノート』にとって、水上戦は完全に不得手である。詰まる所、潜水可能な間に『桜風』を沈めきれなかった時点で、『ドレッドノート』の敗北は確定していた。

 

 

 

【「……何、大した事では無い。……我は、主に感謝しとる事を伝えたかった。……それだけじゃ」】

 

「……感、謝?」

 

 

 今『ドレッドノート』の発した言葉の意味が飲み込めず、困惑した表情を浮かべる『桜風』。常識的に考えて、今の今まで命の取り合いをしていた相手から恨み言やら憎しみの言葉が来るのなら未だしも、まさか感謝の言葉を受け取るとは想像の埒外に有った。臓物や骨肉が引き裂かれようとも戦えるなら戦闘継続する気しかないようなぶっ飛んだ『桜風』が()()の事を言えた立場ではないが。

 

 

【「勇有りし武人には、それ相応の仕儀が必要」】

 

「……戦闘開始前に、私が言った言葉ですね」

 

【「加えて、主の血判状」】

 

「ただの署名では説得力皆無かと思いまして」

 

【「……主にそんな感情は無かったやも知れぬが……我にとってみれば、主の独特な礼儀には救われた様な物なのじゃ。想定外の事態と言えども、元の世界と誤認した末に無関係な者達を複数殺め、その場から遁走した輩にはな」】

 

 

 駆逐艦『桜風』の艦橋に響く『ドレッドノート』の肉声。映像こそ入ってきていない物の、それでも『ドレッドノート』の余りにも穏やかな肉声は、『桜風』に話しかける『ドレッドノート』の表情をありありと脳裏に浮かべさせるには十分すぎた。

 

 

「……取り敢えず、一つだけ訂正して置く」

 

【「……なんじゃ?」】

 

『ドレッドノート』(貴女)が攻撃したアメリカ艦隊。奇跡的に死者並びに重篤な負傷者ゼロだから」

 

【「……担ぐのも、慰めも要らんぞ」】

 

「嘘を言ってもこっちに利益は無い。人類側の艦艇に命中したのは低威力の『48.3㎝誘導魚雷』で、損害復旧(ダメージコントロール)も容易かった。アメリカ海軍の艦娘には確かに轟沈艦が出たのは事実。だけど全艦【応急修理要員】や【応急修理女神】で復活している」

 

【「…………相も変わらず、世界が変われども贅沢な戦をしとるのだな、アメリカ合衆国は」】

 

「戦争中のアメリカは、昔から人員を救出するために機動部隊や特殊部隊を動員し、有効とあらば機材も平気で使い捨てする国家ですから。まあ、この世界のアメリカはある程度常識的になっていますが」

 

 

 

 『桜風』の言葉は嘘等無い、本当の真実である。守備範囲が比較的狭く大和型戦艦やら南雲機動部隊がゴッソリ存在する日本とは違い、アメリカの艦娘は軽量級が多く、尚且つ防衛範囲が両南北アメリカ大陸沿岸部全てと常人なら発狂したくなるほどの遠大さである為、一隻たりとも喪失する訳にはいかず、加えてアメリカ軍の性質と伝統として人員保護は全世界で最も重要視している。今回は『金で済むなら安い話だ』と言う第二次世界大戦中のB-29伝説の様なノリで艦娘全員に【応急修理要員】【応急修理女神】を搭載していたのが功を奏した形である。アメリカ合衆国財務省はまだまだ問題無い上に必要性は理解しているとは言え、それでも結構な出費に対して軍に皮肉の一つや二つは言いたくなる気分であろうが。

 

 

 

 

【「……すると、何じゃ……。我は、今の今まで……」】

 

「勝手に早合点して、勝手に自分を思い詰めて、勝手に覚悟決めて、私と殺しあった。客観的にみると、こうなります」

 

【「……ハハ、アハハハハハ……我は、我は何をやっておったのであろうな……」】

 

 

 乾いた笑い声が艦橋内に木霊する。自己嫌悪に苛まれ、禊の意味も含めて『桜風』との決闘を態々申し込み、激闘を繰り広げ、だがその自己嫌悪や禊は一部的外れであった。茫然とするのは仕方がないのかも知れない。

 

 

 

「さて……少なくとも、私は『ドレッドノート』がそう言った失策を気に病む様な正道かつ勇気に優れた者で有る事は認めますが」

 

【「だが、艦艇…特に潜水艦としては失格以下の性格じゃ。そうであろう?」】

 

 

――――……それは……

 

 

 何か言い返そうとして……結局、『桜風』は何も言えなかった。潜水艦の本分は通商破壊と隠密奇襲。大日本帝国海軍は例外的に劣勢な国力面と独特なドクトリンに基づき、通商破壊では無く艦隊決戦用の大型高速潜水艦を整備したりしていたが、世界の主流は『ドレッドノート』の様な正面対決では無い隠密と奇襲を旨とした、至極真っ当かつ常識的な戦い方になっていった。前の世界ならば話は別だが、今この世界に居る『ドレッドノート』の性格的には【居るかも知れない】と言うだけで敵軍に負担を強いる様な器用な真似は出来なかった。何せ我よ我よと先に立って突撃していくのだから。

 

 

 

【「……主の気性、余りにも優しすぎるようじゃな。我と主は厳然たる敵同士じゃと言うに、我を気遣うとはな」】

 

「唾棄すべき様な下劣な者と、間違いを犯せど一本の芯が通った良き信念を持つ者。対応が違うのは当然だと思いますが」

 

【「……主の異常な攻撃性は、その優しき心根の裏返しやもしれぬな」】

 

「……異常?」

 

【「……本気で言っとるのなら、一度主の友に話を聞くが良い」】

 

「以前ヴィルベルヴィントとの戦闘で、何故か命を大事にしなさいと説教されたのですが……戦闘、それも対超兵器戦となればこの程度の損傷を負うのは普通ですよね?」

 

【「お主、馬鹿じゃろ。否、寧ろここまでの底抜けの大馬鹿者とは到底思わなんだわ。このたわけが」】

 

「いや何でですか!?私当たり前の事……痛、うぅ……」

 

 

 

 つい先ほどまで殺しあっていたとは思えぬほどに、穏やかかつ親し気な会話を交わす『桜風』と『ドレッドノート』。『ドレッドノート』側は兎も角、『桜風』の方は艦長席を血に染め上げ、床に血の池と肉片の小島を作っている中穏やかな談笑を交わしているのは、『ドレッドノート』の言う通り明らかに馬鹿以外の何物でもないが。因みに『桜風』の妖精さんは治療の為必死に包帯やら消毒液やらピンセットなどを艦橋に搬入している真最中だ。

 

 

 

【「……まあ、よかろう。もう我も終わりに至るのでな」】

 

「ヴィルベルヴィント改めワールウィンドが、貴女を待っています。時が経つにつれ、貴女の同類(超兵器)貴女の元(黄泉の国)へと送られるでしょうから、寂しくは有りませんよ」

 

【「……今の主の武装で、勝てると思うておるのか?」】

 

「勝てる勝てないじゃ有りません。……()()んです」

 

【「……ハハ、先の言葉は訂正しよう。主は底抜けにあらず。文句なしの、底なしの大馬鹿者じゃ!」】

 

 

 『ドレッドノート』の気持ちの良い呵呵大笑が、駆逐艦『桜風』の艦橋内に響き渡る。停泊中の駆逐艦『桜風』から見える『ドレッドノート』は、『ドレッドノート』と『桜風』との対話が始まる前から少しずつ沈没を始めていた。今では艦橋が何とか水面に顔を出している程度である。

 

 

 

【「まこと、まっこと、我は果報者じゃ。主と、主と、死力を尽くす大戦(おおいくさ)を、異界の海で、思う存分、行えたのじゃからな……!」】

 

 

 今まで鮮明に聞こえていた『ドレッドノート』の肉声に、少しずつ雑音が入り込み始める。精密部品は例外無く水没に弱い。超兵器が搭載している各種機器が例外で有るはずも無い。もう少しで、己の性質と正反対の能力に苦悩し、それでも愚直な正道を望んだ『ドレッドノート』がこの世から消え去る事は明白だった。

 

 

 

【…………感謝、するぞ……()()()()()()()()()()()()『桜風』。我は……主と戦えて……幸福、じゃった……!】

 

 

――――…………え?

 

 

 

 

 

 

 

『敵超巨大潜水艦、急速沈降!!』

 

 見張り妖精からの報告が、艦橋に響く。

 

 

『……『ドレッドノート』、爆発確認!!『ドレッドノート』撃沈確実!!我々の勝利です!!!』

 

 その言葉が艦艇全てに広がるが早いか、艦艇全ての乗員から爆発的な大歓声が響き渡る。アクティブステルスソナーと言う、今までにない兵器を操る『ドレッドノート』を相手に、文字通り沈む可能性極めて大な博打を打ちまくり、そして勝利を収めたのだ。脳内麻薬が大爆発せざる負えないのは明白であった。

 

 

『……ふぅ……。やりましたね、艦長。後は帰還して入渠…………艦長?』

 

 

 初めに『桜風』の異変に気付いたのは、『桜風』の腹心である副長妖精であった。

 

 

「……重雷装……装甲……フリゲート……超甲種……突撃型……重武装……種別……駆逐艦『桜風』の……正式名称……」

 

 

 文字通りの応急手当の為に包帯で身体の至る所をグルグル巻きにされた『桜風』。そんな状態でも、と言うより応急手当される前からずっと平常な表情と態度であったのだが……

 

 

『……あの?艦……長……?』

 

「……違う」

 

『え?』

 

「違う、違う違う違う……!私、知らない、こんな事、こんな戦場、こんな光景、知らない、見てない、行った事が無い……!」

 

 

 

 右手で顔を抑え、左手で血に染まった胸元を握り締め、目を見開き鬼気迫る表情で否定の言葉を繰り返す『桜風』。先ほどまでの凛々しさは完全に掻き消え、今の『桜風』は必死になって怖い物を追い払おうとするかのような、か弱い少女であった。

 

 

『か、艦長!?』『艦長!?何が有ったんですか?!』『お、おい今艦長に何が起こった!?』『分からん!行き成り錯乱し始めた!!』『落ち着いて下さい!艦長!艦長!!』『通信妖精!対超兵器部隊は今どこに?!』『現在こっちに向かって急行中ですが未だ時間がかかります!!』

 

 

 何時もは平静沈着で、時々妖精さんと遊びだす位に余裕のある『桜風』が見せる突然の奇行。いつもとはかけ離れた『桜風』の狂乱する姿に、誰も彼もが動揺し、混乱していた。

 

 

 

「……違う……沈めていない……筑波大尉は、日本に残っていない……副官も、筑波大尉……ブラウン博士じゃ、無い……私は……やってない……筑波大尉を……殺していない……!」

 

『艦長!艦長!!しっかりして下さい!』

 

「……氷山空母『ハボクック』……違う……アイスランドなんかに……私、行ってない……!私は、私は…………!」

 

 

 

 血に染まりきった、ウィルキア王国軍女性士官用制服。その血染めの羽衣に身を包んだ少女は、心の奥底では完全に()()()()()()()()事実に対して、愚かにも必死に抗っていた。どう足掻こうとも、消すことも塗りつぶす事も出来ないと言うのに。

 

 

 

「……私、は……覚えて……いる……」

 

 

 

 

……駆逐艦『桜風』には【()()()()()()()()()()戦った世界】と【()()()()()()()()()()()()戦った世界】。二つの世界の当事者として……そして、戦争の勝者として戦い抜いた過去がある事を。




これにて、超巨大潜水艦『ドレッドノート』戦、終了となります。


これからは……まあ先ずは入渠からの医務室監禁セットコースですなぁ。

因みに言ったらアレ何ですが二重思考の解釈が間違ってた場合はスルーでお願いします。ガンバって落とし込もうと理解しようとした結果がコレ何ですよ……
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