épisode.1 始まりの塔
”――
声が聞こえた気がして、目を開けた。
どうやら地面に横たわっているようだ。
背が接する地面は固く冷たい。そっと手で触れてみるが、どうやら石でできているらしい。ひんやりとした地面に手をついて、俺はゆっくりと身体を起こす。
周囲はうっすらとした光源で照らされている。立ち上がった俺の頭の少し上のあたりにあるその蝋燭のおかげで、ぼんやりとだが周囲を見ることができた。もっとも、蝋燭が頭上にあるため足元だったりはほとんど見えない。
……ここはどこだ?
そんな疑問が浮かんできたが、それに対する答えは出てこなかった。というよりも、何もわからないのだ。
自分がなぜここにいるのか、今まで何をしていたのか。
考えようとしても、それがふっと浮かんでは消えていく。まるで自分という存在を形作るピースがどんどん欠けていくような、そんな恐怖があった。
これ以上考え込んでも仕方がない、か。
一旦思考を切り上げて、俺は改めて周りを見渡す。だいたい10人くらいか? それくらいの数の気配がする。たぶん人間なんだろう。息遣いからみるに、俺と同じようにこの状況に戸惑っているようだ。
「誰か、いるのか?」
若い男の声がする。どこか意思の強そうなその声は、こんな状況でも明確な意思を持っているように感じた。
「は、はい……」
「ああ」
「いますよ〜」
数人の男女の声があがり、それを皮切りに次々と声が上がる。
やはり10人程度はいるみたいだ。
「とにかく、出口を探そう。壁伝いに歩けばきっと見つかる」
先ほど最初に声を上げた若い男がそう言い、小石を踏みしめる音が響いた。言葉通り、壁伝いに歩き始めたみたいだ。
蝋燭に照らされた彼の身長はそれほど高くはない。成人男性の平均くらいだろう。栗色の髪をしていて、ゆるくパーマがかかっている。薄暗いからか顔色までは見えないが、迷いなく進んでいる。
やはり彼は落ち着いているように感じる。この異常な状況に動じていないというか。俺も大して動揺はしていないんだが、こうやって率先して動こうとはしなかったからな。
「わ、私も行く!」
「俺も行こう」
彼に同意するように数人の声が上がる。
「……反対側にも行けそうだ」
俺の後ろから、ハスキーな低い男の声がする。俺も気になっていたが、そちらには蝋燭が置いていないのであまり気は進まない。
「今は一緒に行動したほうが良いと思う。何が起こっているのかわからないし」
栗色髪の優男は少し考えるように俯き、そう答えた。確かにな。声をかけた男もそれに納得したのか、俺を追い越して進んで行く。
こいつ、デカイな。身長は2メートル近いんじゃないだろうか。俺よりも10センチくらい背が高い。ボクサーみたいに筋骨隆々なのが服の上からでもわかる。丸坊主で、嫌に鋭い目つきをしているのが見える。
……ボクサー? 一体何なんだ、それは……?
不意に浮かんできた単語だったが、俺にはなんのことだかわからなかった。おそらく、消えていく記憶に関係したものなのだろう。他にも妙な単語が浮かんでは消えていく。
「――きゃっ」
俺がそんなことを考えていると、背中にドンッと衝撃を受ける。その柔らかい感触に多少驚きつつ振り返ると、眼下には黒い髪をしたおかっぱの女の子が倒れていた。彼女は前を見ていなかったようで、俺の背中にぶつかって倒れたみたいだ。
「悪い、大丈夫か?」
「う、うん……」
俺が差し出した手をおずおずと掴み、彼女は立ち上がる。俺の顎くらいの位置に彼女の頭がきて、ほのかに甘い香りがした。
立ち上がった彼女は不安そうに佇んでいる。目の前にいた俺に気がつかないくらいだから、相当視野も狭くなっているのだろう。俺たち以外は歩き始めているため、このままだと取り残されることになる。
「とりあえず、俺たちも歩こう」
俺はそう言って彼女を先導するように歩幅を小さくして歩き始める。背中からは彼女の息遣いが聞こえるため、ちゃんとついて来ているみたいだ。足元が見えないため、ゴツゴツとした壁に手を付きながら俺たちは歩く。
延々と同じような光景が続くため、時間の感覚がわからなくなる。
どれくらい歩いたのだろうか。ものすごく長い時間だった気もするし、ごく短時間だったようにも思える。
「鉄格子……? 外に光が見える」
不意に、先頭を歩いているだろう栗色髪の優男が声を上げた。
「出口だ!」
誰かがそう叫ぶ。まあ確かに、この閉塞した空間には嫌気がさしていたところだ。
自然とみんなの足取りも軽くなる。
鉄格子付近の蝋燭――いや、あれはランプか。そのランプに照らされて、優男と先ほどの丸坊主が立っているのが見える。
丸坊主が鉄格子に手をかけてそれを揺さぶる。すると、鉄格子はガコッと音を立てて動いた。
「出られそうかしら?」
落ち着いた雰囲気の女性がそう声をかける。
丸坊主は鉄格子をゆっくりと開くと、優男とともにその先に進んで行く。
「――階段がある。上からは光が漏れてるな」
中からのその声に、喜色めいた雰囲気が広がる。
鉄格子の先はカビ臭い通路になっていて、どうにも狭苦しい。先には石の階段があり、灯りこそないが上から刺す光で比較的明るい。
俺たちはそこを一列になって上がっていった。一番上にはまた鉄格子が嵌められていて、そこには鍵がかかっているみたいだ。丸坊主がガシャガシャと音を立てて鉄格子を揺らすが、開く気配はない。
「誰かいないか!?」
優男が鉄格子の向こう側に向かってそう叫び、丸坊主は続けて鉄格子を鳴らす。
それからすぐのことだった。不意に丸坊主が鉄格子から手を離して、距離を取る。優男もそれに続いた。どうやら誰か来たみたいだ。
鍵の外れる音がして、鉄格子が開かれる。
「出ろ」
若干投げやり感のある声。鍵を開けた人物のだろう。
階段を上がると、そこは石造りの部屋だった。ランプのおかげで下よりも明るく、さらに上階へ上がる階段も見える。
ずっと感じていたことだが、ここは全体的に古くさく感じる。鍵を開けた男もそうだ。使い込まれた金属製の鎧を着ていて、同じような作りの兜を被っている。腰に下げているのは恐らく剣なんだろう。
その鎧の男は、壁に取り付けられている黒っぽい器具を引っ張った。
すると、部屋全体が振動して、壁の一部がゆっくりと開いていく。動いた壁はゆっくりと沈み込んで、そこに縦長の穴があいた。
「こっちだ。さっさと出ろ」
鎧の男はまたそう言って、穴に向かって顎をしゃくってみせた。
優男を先頭に、ぞろぞろと穴から外に出る。
「わっ! 眩しい!」
誰かが叫ぶ。
ちょうど昼頃だろうか。太陽がさんさんと照りつけていて、暗闇に慣れた俺たちには少し辛かった。
何度か瞬きを繰り返すことで、だんだんと目が慣れてくる。そして、恐る恐る周囲を見渡した。
どうやら俺たちは今、小高い丘にいるみたいだ。後ろには、俺たちがいた場所――高い塔がそそり立っていた。
人数を数えてみると、合計で9人。俺や優男、丸坊主を含めた男が6人。女性陣は先ほど俺にぶつかってきた小柄な女の子に派手めな金髪の女の子、メガネを掛けた大人しそうな女の子の計3人。もちろん全員、見覚えのない顔だ。
「あれは……砦かな?」
優男が丘の向こうを指差して呟く。
そちらに目をやると、城壁に囲まれた街があった。確かに、砦のようにも見えるな。ここからでも、街を行き交う人々の様子がぼんやりと見える。
「つーかさ、ここってどこなんだろうな?」
背の低い調子の良さそうな男が声を上げる。だが、その問いに答えられる者はいないみたいだ。もちろん、俺も。なんせ記憶がないのだ。もしかしたら、他の全員も俺と同じように記憶が欠けているのかもしれないな。
「……誰もわからねぇみたいだな」
「さっきの奴に聞いてみるってのはどう?」
丸坊主の言葉に、長い茶髪を後ろで結んでいるチャラそうな男がそう言う。
だが、出てきた場所はすでに閉じていて、普通の壁と見分けがつかないようになっていた。
「あ〜……」
気まずそうにするチャラ男。
これで、俺たちには尋ねるべき相手がいなくなった。
さて、本当にどうするか。
「――今回は9人か」
そんな感じで少しの間途方に暮れていた俺たち。そんな俺たちに、謎の男が声をかけてきた。黒っぽい鎧を着ていて大剣を背負っているその男は、俺たちをざっと見回すと歩き始める。
というか、今回ってことは何度も俺たちみたいなのが来てるってことだよな。
「とりあえず付いて来い。詳しい説明を聞きたいならな」
振り返りながら男が言った言葉に、俺たちはとりあえず従った。聞きたいこともあったが、男の発する雰囲気に当てられているみたいだ。重苦しい空気が漂う。
結局そのまま、俺たちは何も言わずに街へと入っていった。
街には様々な建物があった。石造りのものもあれば木造の建物もある。区画整備などはされていないようで、石畳の道は曲がりくねっていた。
道を行き交う人々は質素な格好をしていて、言ってしまえば見すぼらしいといった感じだ。ジロジロ見られるのは居心地が悪かったが、そんなことを気にしていてもしょうがない。
「君は、何か思い出せる?」
俺がそんなことを考えていると、謎の男のすぐ後ろを歩いていた優男が声をかけてきた。彼は先ほど丸坊主と話していたから、こうして皆にいろいろと聞いて回るつもりなんだろう。
「……名前くらいだな。それ以外はなんていうか、思い出そうとすると消えていく」
「やっぱり、みんなそうみたいだね。僕もそんな感じ」
優男は困ったように笑う。
「僕の名前はセイヤ。君の名前は?」
「俺? 俺は……イブキだ、たぶん」
優男――もとい、セイヤにそう答える。他にも思い出そうとしたのだが、いかんせんイブキという名前しか思い出せなかった。
「そっか、イブキって言うのか。よろしく」
セイヤはそう言って、人好きのする笑みを浮かべる。
それから少しの間言葉を交わすが、どうにも違和感が拭えなかった。セイヤは普通に人当たりの良い好青年に見えるのに、その印象がどこかちぐはぐに感じるのだ。
「――っと、他の人にも聞いてみるよ」
セイヤはそんな風に怪訝そうに眉を潜めた俺を見たからか、すぐに俺の元から離れた。
いろいろと行動的な部分も含めて、頼りになる奴なのかもしれない。だが、俺はなぜか彼の目が気になった。俺を品定めするような、そんな意図が感じられる視線だったのだ。
……いや、考えすぎか。
きっと、よく分からない環境に放り出されて疲れているんだろう。俺はこの違和感にそう結論づけることにした。
「あ、あの……」
セイヤが俺の元から離れたのを見て、先ほど俺にぶつかったおかっぱの少女が声をかけてきた。どうやらセイヤは彼女に声をかけていないみたいだ。
「ああ、さっきの」
「わ、私、マイって言います。さっきは……あの、ごめんなさい」
「いや、こちらこそ。俺はイブキだ。よろしく」
マイは少しおどおどしていたが、俺が名乗るとほぅっと息を吐いた。緊張していたのだろうか。
「や、優しそうな人で良かった……」
どうやら俺は、怖い奴だと思われていたみたいだ。確かに俺は丸坊主ほどではないが身長は高いし、身体も結構筋肉質。それに、目つきも悪い。……仕方ないっちゃ仕方ない、か。
「あ〜、なんつーか、気軽に話してくれて大丈夫だぞ?」
「……うん、わかった」
俺がそう言うと、マイは笑顔で頷いた。
「お二人さん、もしかして知り合いとか?」
そんな風に話していた俺たちを見ていたのか、背の低い調子の良さそうな男とぽっちゃりとした男がこちらに近付いてきた。その顔を見る分には囃し立てるような意図はないようで、ただただ純粋に疑問を抱いてるみたいだ。
「いや、ここに来てから知り合った」
「うん、そうだと思う」
俺の言葉に、マイもうんうんと頷いて同意する。
それを見た二人は、少し驚きつつも口を開く。
「いや、てっきりアンタっておっかねえ奴だと思っていたからさ。ちょっと驚いた」
背の低いほうはそう言って、楽しそうに笑う。たぶん彼に悪気はないんだろうが、少し傷つくな。
「あ、そういやまだ名乗ってなかったな。俺の名前はシュン! んでこっちがタケシ! よろしくな!」
「よ、よろしく……」
シュンはそう言って、ぽっちゃりとした気の弱そうな男――タケシ共々自己紹介をしてきた。マイペースというかなんというか、シュンと話していると少し疲れる気がする。
「俺はイブキ。よろしく」
「私の名前はマイ。よろしくね、シュン君にタケシ君」
その後は、シュンを中心に俺とマイが合いの手を入れ、タケシがおどおどと話すといって具合で会話が進んでいった。
俺たちを先導する男が立ち止まるまで、俺たちはそんな感じで話しながら歩いていた。
男が立ち止まった建物は石造二階建ての古びた建物で、白地に赤い三日月が描かれた旗が掲げられている。文字の擦れた看板も出ていて、何かの施設であることがわかる。
「……ここがオルタナ辺境軍義勇兵団レッドムーンの事務所だ」
男は俺たちを一瞥するとそう言って、建物の中に入っていった。ふと看板を見てみると、確かに”オルタナ辺境軍義勇兵団レッドムーン”と読めないこともない。
そしてたぶん、オルタナっていうのはこの街のことだろう。
俺たちは男に続いてぞろぞろと中へと踏み込む。
建物の中は酒を飲む店のホールみたいになっていて、テーブルと椅子の向こう側にカウンターがあるのがわかる。そのカウンターの向こうには男が一人立っていて、俺たちと彼以外に人はいないみたいだ。
「では、後はあそこにいる者に引き継ぐ」
ここまで俺たちを連れてきた男はそういうと、カウンターにいる男に視線を投げかけて歩き出す。カウンターにいる男はその視線にウインクで答え、なぜか腰をくねらせている。
先導してきた男が建物から出て扉を閉めると、俺たちは自然とカウンターの男へと目を向ける。
その男はファンタジックな緑色の髪の毛をしている。しかも唇は黒い口紅を塗っているのか艶やかに黒く、長く量の多いまつ毛はカールしているのかバサバサだ。その下の綺麗な水色の瞳が余計に恐怖心を煽る。全体的に濃いめの化粧をした彼は、もちろん男だ。そのはずだ。
「ふーん……結構良い男がいるじゃない」
その男は俺たちを舐めるように見回して、自身のケツアゴを指でなぞる。今目が合ったのは、気のせいだと思いたい。
「んふふ、歓迎するわ、子猫ちゃんたち。アタシの名前はブリトニー。当オルタナ辺境軍義勇兵団レッドムーン事務所の所長兼ホストよ。所長、もしくは気軽にブリちゃんって呼んでくれていいわ」
ブリトニーは腰をクネクネとさせながらそう言った。
「……すみません、所長。ここは一体どこなんですか? 僕たち、記憶がないみたいで……」
みんなを代表して、セイヤが口を開いた。口調こそ下手に出ている風だが、その瞳からは有無を言わさぬ迫力が感じられる。だが、ブリトニーはそれを見て何も思わないのか、ニヤリと笑うだけで言葉を続けた。
「……いいわねぇその目。特に変なことしようとする子もいないみたいだし、あなたたち良い子たちね。少し前来たグループは向こう見ずが多くって困っちゃったわ」
まったくもう、と愚痴りながらも、言葉とは裏腹にブリトニーの顔はどこか嬉しそうに歪んでいる。
「男が6人に、女が3人……今回は少し少ないわね。間隔が早かったのと関係があるのかしら? 上手く戦力になってくれればいいけど」
「戦力?」
シュンが不思議そうに呟く。確かに少し物騒な言葉だ。だが、”ここの看板”と合わせて考えれば意味がわかった。セイヤや丸坊主、チャラ男も気が付いたみたいだ。マイやタケシは気が付いていないみたいで、キョトンとしている。シュンも同様だ。
「……俺たちに、義勇兵とかってやつになれってことか?」
丸坊主が口を開いた。その口調からはなんとなく楽しそうな雰囲気が伝わってくる。おもちゃを前にした子どものような、そんな感じの。……こいつ、やばい奴かもしれない。
「あらま」
ブリトニーは驚いたように声を上げる。
「見所のありそうな子が多いじゃない。そう、あなたたちはこれから義勇兵になるのよ。選択の余地はあるけどね」
ブリトニーはそう言って人差し指を立てる。
「アタシのオファーを受けるか、断るか。オファーの内容は、アタシたちオルタナ辺境軍義勇兵団レッドムーンに加わること。まぁ最初のうちは、見習い義勇兵として参加してもらうことになるけどね」
彼(彼女?)の話を要約すると、この世界――グリムガルというらしい――には人間と敵対する種族やモンスターが多々いるみたいで、それらから街を守るのが辺境軍。そして、辺境軍だけじゃ手の回らない敵への攻撃を義勇兵団が行うらしい。
辺境軍ももちろん攻勢に出たりするが、補給などの制約がある。その点、義勇兵団は3人から6人程度のチームを組んでの少数行動が基本。それぞれが己の才覚、独自の判断で情報を収集し、敵を叩く。
「――これが、アタシたち義勇兵団レッドムーンの仕事よ」
ブリトニーの提案通り義勇兵団に加入するとなると、まずは見習いからスタート。支度金として銀貨10枚、10シルバーを渡されるらしい。きっとそのお金で色々と支度をするんだろう。
その後はモンスターを倒すなどしてお金を稼ぎ、銀貨20枚、20シルバーでブリちゃんから正式な団章を買うことができる。それで晴れて一人前の義勇兵になれる、というわけだ。
彼はそこまで言うと、俺たちの人数分の見習い章、そして銀貨が入っているのであろう皮袋を取り出した。
「はい。それじゃあ見習い義勇兵になる子はこれを持ってって。ならないって子は、そのまま野たれ死ぬことね」
彼の威圧的に俺たちを見渡す態度とは裏腹に、その目はとても真剣だった。それを見ると、嫌でも覚悟を決めさせられる。
「……まぁ、どうしようもないよな」
誰も動こうとしないので、とりあえず俺が最初にそれらを掴んだ。銀貨の入った小袋はずっしりとした重さがある。事実、このお金が俺の今後の生命線なのだ。軽いわけがないな。
一応皮袋の中身を確認しておく。三日月のマークが入った小ぶりな銀貨、それがちゃんと10枚入っていた。
俺が皮袋を掴んだことをきっかけに、セイヤ、丸坊主が続く。そして他も次々と見習い章と皮袋をつかんでいく。
だが、マイとタケシは躊躇しているみたいだ。まあ確かに危険なことばかりみたいだし、義勇兵になるのは覚悟が必要だ。それでも、生きていくためには俺たちに選択肢なんてないに等しい。
「あなたたちはどうするの? やらないなら出て行って欲しいんだけど」
ブリトニーは残った二人、マイとタケシに尋ねる。その目が決断を急かすようで、タケシはおどおどしながらも慌ててそれらを掴んだ。
「わ、私は……」
一人残されたマイは、未だ決心がつかないのか目を瞑って俯いてしまう。
「――マイ」
たぶんマイは、争い事とは正反対の性格をしている。だからこそ、この瀬戸際で躊躇しているのだ。
それでも、このままだとブリトニーは本当にマイを追い出すだろう。右も左もわからないこの世界に、たった一人で。そんなことを考えたら、自然と声をかけていた。
「大丈夫だ。俺たちもいる」
「――っ……!」
そうして決心がついたのか、マイはぎゅっと目を瞑ったまま見習い章と皮袋を掴んだ。
「――おめでとう」
それを見届けてから、ブリトニーはわざとらしく笑みを浮かべて手を叩いた。
「これであなたたちは今から見習い義勇兵よ。頑張って義勇兵になってちょうだいね」
義勇兵……か。正直、道は長そうだ。
「……ショウヘイ、僕とパーティーを組まないか?」
不意にセイヤが言った。相手はあの丸坊主だ。確かに彼は背が高く力強そうで、義勇兵というのを聞いてからもどこか楽しそうにしていた。仲間としては心強いだろう。
「……いいだろう。お前となら生き残れそうだしな」
丸坊主――もといショウヘイもそう答える。
セイヤはそれに笑って頷くと、次々に勧誘を始めた。チャラ男に派手な女、メガネの女の3人だ。3人はそれぞれそれを了承し、何やら話し始める。
「――イブキ」
そして次に、セイヤは俺に声をかけてきた。
「君は、どうする?」
そう尋ねるセイヤからは、先ほどまでのお人好しそうな雰囲気はかけらも感じられない。俺の感じていた違和感はこれだ。このセイヤが、本当のセイヤなんだろう。たぶん、道中の会話や態度であたりをつけていたといったところか。
「……マイたちはどうするつもりだ?」
俺の予想が正しければ、マイたちはセイヤの選考から漏れた。マイやシュン、タケシはセイヤからそれほど話しかけられてはいない。確かに正直言うと、彼らはどこか頼りない。逆にセイヤが声をかけた者たちは、俺から見ても有望そうな人材だった。
そして――
「――彼らは……足手まといになる」
だから、チームには入れることができない。そういういうことだろう。予想通りの答えが返ってきた。
正直、ここはセイヤの誘いに乗るのがベストだ。十分な数のメンバーがいるってだけでも強みになるし、セイヤというリーダーもいる。現状、生き残るにはこれ以上の選択肢はないはずだ。
だが――
「……すまん、俺はやめておく」
仕方なかったとは言え、俺が見習い義勇兵になるよう勧めてしまったマイ。チームを組んだセイヤたちを絶望の表情で見ているタケシ。状況を理解できていないのかきょとんとした顔のシュン。俺には、彼女たちを見捨てていくことはできなかった。
「……そう言うと思ったよ」
俺の言葉を聞いたセイヤは悲しそうに、だけどどこか羨ましそうに笑う。
「……お互い、情報交換だけでもできるといいね」
最後にそう言ってセイヤたちはこの建物を出て行った。いっきに5人がいなくなり、どこか寂しく感じる。
「よ、良かったの?」
扉を見つめる俺に、マイがそう聞いてくる。どこか泣きそうなその表情に、思わず俺は笑ってしまった。
「むぅ……」
そんな俺を見て、彼女は拗ねたように頬を膨らます。だがそれもどこか子供っぽくて、俺は必死に笑い声をあげるのを我慢した。
「……はぁ〜、いや、良いも何もないよ。ただ俺は、マイたちと組んだ方が楽しそうに思えたから残ったんだ」
マイだって俺の言葉が本気かどうかはわかっているんだろう。複雑そうな表情のまま俯いた。
「……それに、ショウヘイとキャラ被りだしな、俺」
俺が冗談めかしてそう言うと、マイはふふっと笑い声を漏らす。
「ん〜よくわかんねえけど、俺たちは4人チームってことか?」
「まぁ、当分はそうなるな」
「よし、わかった! 頑張ろうぜ、タケシ!」
「……うぅ……だ、大丈夫なのかなぁ……?」
シュンの掛け声に、タケシは泣きそうになりながら呟く。
「とにかく、まずは外に出て情報収集だ。ほら、行こうぜ」
俺は3人の背を押して、出口へと向かっていく。そして3人が外に出たのを確認すると、後ろを振り向いた。
「所長、ありがとうございました」
一応ブリトニーに説明などをしてくれたことへのお礼を言っておく。団章を買いに来る時も会うのだから、コミュニケーションをとっておくのは大事だろう。
「――アナタに忠告しておくわ」
俺がお礼を言って外に出ようとしたら、ブリトニーが不意にそう言った。
「あなたたちより幾分前に来た子の中にも、有望な子がいたの。落ちこぼれ――いや、余り物をまとめて、なんとかチームとして形にした。リーダーとしても優秀だったみたいね」
その状況は、今の俺達に酷似していた。自分が有望だと自惚れるわけではないが、俺たち4人が余り物だというのはそのままだ。だからこそ、ブリトニーはこうして俺に教えてくれているのかもしれない。先達の経験を、俺たちへのアドバイスとして。
「そして彼は――」
しかし、なにかがおかしい。彼の顔を見て、無性に嫌な予感がした。真剣な表情の奥には、憐憫の色が見て取れたからだ。
「――すぐに死んだわ」
「……っ!」
その言葉は、半ば予想したものだった。
「アナタはそうならないことね。せっかくの戦力が勿体ないから」
義勇兵を数字としてみているような、そんな言葉。
だが、そう言う彼の顔にどこか寂しさのようなものを感じるのは気のせいだろうか。
「……忠告、感謝します」
俺はブリトニーに再びお礼を言うと、今度こそ扉をくぐった。
天然なシュンに気弱なタケシ、臆病なマイ。きっと、俺たち4人では見習いを卒業するのは時間がかかる。見習いである俺たちを喜んでパーティーに入れてくれるような、そんなもの好きはいないだろう。良くて有り金を毟り取られて放り出されるのがオチだ。
だが、それでも――
「――なんとかやってくしかない、か……」
こうして、グリムガルでの長い日々が始まった。