グリムガル〜灰燼を背負いし者たち〜   作:ぽよぽよ太郎

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原作2巻〜3巻の間がどれくらいあるのかわかりませんが、この作品ではだいたい2〜3ヶ月くらいということにしておきます。
最初だけ別の冒険者たちの視点です。


épisode.14

 

 

 

          *

 

 

 

 俺たちは、よく言えば中堅の義勇兵だ。戦士二人、聖騎士一人、神官一人に魔法使いを一人、最後に盗賊の俺を加えた六人パーティー。全員がすでに20代の半ばを過ぎた。

 普段はサイリン鉱山をメインに活動して、こうしてたまにダムローでゴブリンを狩っては初心に帰っている。稼ぎにはならないが、連携の確認にはなるのだ。こういうところをしっかりしないと、簡単に命を落とすからな。

 

 「ゴブリン3体だ。行けるか?」

 

 俺は斥候として前方にいたゴブリンの数を仲間たちに伝えた。仲間たちは力強く頷く。標的のゴブリンはここから三十メートルほど先にたむろしていて、それぞれ武装していた。だが、俺たち六人なら朝飯前だ。

 適度な緊張感を保ちつつ、俺たちは進んだ。まずは戦士二人が突っ込み、聖騎士が遊撃。魔法使いが詠唱し、神官は周囲の警戒。俺は背面打突(バックスタブ)狙いでゴブリンたちの裏へと回る。これが必勝パターンだった。

 

 だが――

 

 「……なんだ、あいつは?」

 

 俺たちが標的にしていたゴブリンは、すでに他の人間と戦っていた。否、蹂躙といっても良いかもしれない。

 

 黒ずんだ皮鎧を着た黒髪の大柄な男。装備からして、たぶん戦士だろう。そいつが手に持ったハルバードを振り回すたびに、ゴブリンの一部が吹き飛んでいく。武器だったり、削がれた肉片だったりが。ゴブリンがなんとかしてハルバードでの殴打を防ごうとしても、いきなり突きに切り替えて突き刺す。避けても転ばされ、トドメを刺される。

 

 ゴブリン相手に一方的な展開になるのはよくあることだ。パーティーで分担して、各個撃破していく。見習いを卒業した義勇兵たちなら簡単なことだし、俺たちだって余裕だ。だが、この戦士の周囲には仲間の気配はなかった。そう、たった一人なのだ。

 

 俺たちが唖然としているうちに、三体のゴブリンは全身から血を流して事切れていた。本当に、一瞬のことだった。

 

 「……あんたら、なんか用か?」

 

 その戦士は俺たちを睨み、静かに問う。こいつはおそらく、俺たちがゴブリンの戦利品を奪おうとしていると勘違いしているみたいだ。

 

 狩場でのブッキングなんてよくあることだ。そして、先に手を出したほうが優先っていうのが暗黙の了解になっている。だから今回の場合、先に見つけたのが俺たちだとしても、先に戦闘を始めていたこいつが優先される。

 

 それに元々、俺たちは奪おうという気はない。正直いうと、俺は返り血に塗れたその戦士の姿を見て少しビビっている。他の仲間たちも同じみたいだ。まるで手負いの獣のような、獰猛な雰囲気。身長も高いが、盛り上がった筋肉がなおさら彼のことを大きく見せていた。身体全体に傷を負っているようで、ゴブリンの返り血と相まって一層の迫力があった。

 

 「い、いや、別に……」

 

 俺は乾いた口で、言葉を紡ぐ。

 

 「……ならいい」

 

 彼はそれだけ言って、ゴブリン袋などを剥いで去っていく。

 

 「あいつ、”()()()()()”だ」

 

 「死にたがり?」

 

 仲間の戦士が、ポツリと呟いた。

 

 「ああ。ハルバードを持った黒髪の戦士らしい。なんでも一人でモンスターに突っ込んで、仲間も全員死なせたんだとよ。んで、仲間が死んだ後もああやってモンスターに突っ込んでいくから、”死にたがり”」

 

 なんだそれ。まるで狂戦士(バーサーカー)じゃねえか。

 

 「あいつ、見習い義勇兵だったぞ……?」

 

 「は……?」

 

 「さっき、胸元に見習い義勇兵章しかなかった……」

 

 仲間の言葉に、俺はなにも言えなかった。あんなのが、見習いなのか?

 

 「俺たちも、頑張らないとな……」

 

 俺はみんなを元気づけるように、思ってもないことを口に出す。みんなもそれに答えて、動き出す。覇気のない、沈んだ声で。

 

 ああいうのは、別だ。俺たちみたいな落ちこぼれとは違う。今までだって、何度も見てきたんだ。

 

 俺たちは、こうして今日も必死に生きていた。

 

 俺たちなりに、精一杯。

 

 死ぬまでの日を、指折り数えて。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 俺がハルバードをふるうと、それを防ごうとしたゴブリンは棍棒を吹き飛ばされた。ついでに手首もイカれたらしく、プラプラになった右手首を抑えてうめき声を上げている。

 

 残った二体のゴブリンを牽制しつつ、隙だらけのそいつの頭部をハルバードの柄で横殴りにする。これで残り二体。ぐしゃり、という骨のつぶれた感触を尻目に、牽制を掻い潜りこちらへ躍りかかって来た剣持ちを蹴りつける。ゴブリンの胸の真ん中。人間でいうみぞおちのあたりに踵がめり込んで、剣持ゴブリンは汚い唾液を撒き散らしつつ吹き飛ぶ。

 

 この間に、様子をしていた残りの一体へと肉薄。そいつは手に持った小剣をがむしゃらに振るうが、恐怖心からかその太刀筋は拙く、驚異ですらない。

 一旦距離を取り、ハルバードの間合いを生かして一方的に攻撃する。突いて、ひっかけて、殴って。小剣とハルバードで数度打ち合うが、体格の違い、膂力の違いでゴブリンはすぐに追い詰められる。焦りから小剣の握りが甘くなったようで、ハルバードを防ぐと同時に小剣が手から弾かれた。もちろん、その隙を逃すわけがない。一息に首を突き刺し、捻りあげる。ゴブリンは血を吹き出しながら数秒暴れるが、次第に力が抜けていった。

 

 さて、これで残りは一体。そいつは右手で小剣を構えてはいるが、未だに左手では胸を抑えて嘔吐(えず)いている。俺は鉄製のブーツを装備しているし、相応のダメージといえるだろう。……これは相手にならなそうだな。

 

 そのゴブリンにゆっくりと近付く。それを見てゴブリンは威嚇するように声を上げるが、ただ哀れなだけだった。ハルバードをふるって、そのゴブリンと打ち合うこと数合。あっけなく転ばされたゴブリンにトドメを刺すことで、戦闘は終わった。その間は10分にも満たなかった。

 

 これで今日狩ったゴブリンは全部で7体。小さな怪我も増えてきたから、そろそろ帰るべきだな。

 

 「あんたら、なんか用か?」

 

 ここで、先ほどからこちらを伺っている集団に声をかけた。20代半ばくらいの義勇兵たちだ。戦士二人、聖騎士一人、神官一人に魔法使いが一人、リーダーらしい盗賊の六人パーティー。そいつらは臨戦態勢で俺のほうを睨んでいる。

 

 ……こいつらは敵なのか?

 

 俺は警戒を解かず、いつでも戦闘を始められるように構える。六人相手だとだいぶ厳しいが、逃げることくらいならできるかもしれない。

 

 「い、いや、別に……」

 

 だが、その義勇兵たちには敵意はないようだった。リーダー格の盗賊が戸惑ったようにそう言ったことで、その仲間たちからも張り詰めた空気が霧散した。

 

 「……ならいい」

 

 敵じゃないのなら、どうでもいい。警戒は解かないが、それ以上はいいだろう。俺は三体の屍からゴブリン袋などを剥ぎ取って、その場を後にする。

 

 ソロでのゴブリン狩りを始めて、一ヶ月が経っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通り、俺は”白い月”で酒を飲んでいた。カウンター席の一番左。テーブル席から一番遠いそこが俺の指定席だ。もっとも、最近は毎日そこで飲んでいるから誰も座れないだけなんだけどな。

 

 「――今日はどうなさいますか?」

 

 「……適当に」

 

 毎回、マスターに任せている。どうせ何も飲んでも、味なんてわからないのだ。

 

 このところの俺は、毎日一人でゴブリンを狩っていた。

 昼間にダムローへと向かい、少数のゴブリン集団を倒してオルタナへと帰る。市場のおっさんのところで戦利品である見慣れた牙やら石やらを売って、そのまま適当な酒場で適当に酒を飲む。そして、飲み足りなくなったらここで静かに酒を飲む。この繰り返しだ。

 

 あの日から寝つきが悪く、酒を浴びるように飲んでも眠れないことが多々あった。宿舎を出てある程度のランクの宿で部屋を取ったが、そこで寝たことは数える程度しかない。鍵付きということもあって、今では物置のようなものになっている。狩りの時に着ていた血の跡の残った黒ずんだ皮鎧や、愛用のハルバードも部屋に置いてある。

 

 そして今日も今日とて、俺は安い大衆酒場でバカみたいに度数の高い酒を飲んでからここに来ていた。それでも、酔えた気は全くしない。

 

 マスターが用意してくれたグラスを煽って、ただ時間が過ぎるに任せる。

 今日は俺以外に客はいないため、店内は静かだった。マスターがグラスを拭く音だけが店内に響く。

 

 不意に、ギィとドアの開く音がした。

 

 その音を聞いて、なんとなくセイヤが来た時のことを思い出した。あれ以来、セイヤたちには会っていない。最近はろくに情報集めすらしていないから、あれからの動向すら知らないのだ。

 

 「――あの……」

 

 そんなことを考えつつ酒を飲んでいると、声をかけられた。振り向くと、扇情的な印象の女性が立っていた。金髪のポニーテールに派手なアイライン、なぜか彼女の着ているローブはミニスカートのようになっていて、その下にはショートパンツを履いているようだった。

 ともに塔で目を覚ました同期の義勇兵で、セイヤたちのパーティーに入った派手な女――マイカだ。

 

 「……なんの用だ?」

 

 そして、俺たちのパーティーにゴブリンを押し付けた義勇兵の一人。もっとも、覚えている限り彼女は怪我を負ってショウヘイに背負われていた。おそらく、気を失った状態で。

 

 大方、後にそのことを知って罪悪感にかられたとかそんなところだろう。現に彼女は悲痛な表情を浮かべている。俺に声をかけたまま、泣きそうな目でこちらを見ていた。

 

 「あの、私……私たち……ご、ごめ――」

 

 「――謝るな……!」

 

 思わず、声を荒らげてしまった。なぜだか、彼女の態度が嫌に気に障った。

 

 「で、でも……」

 

 「……あんたが謝っても意味はない。もう、済んだことだ……」

 

 確かに、セイヤたちに押し付けられたことで俺たちは壊滅した。あの混乱さえなければ、少なくともあそこでみんなが死ぬことはなかっただろう。

 だが、そんなことがなくても、結果はおそらく変わらなかった。とうにバラバラだった俺たちが、あのパーティーのまま生き残れるとはどうしても思えなかった。

 

 それにだ。仲間が、あの三人が死んだのは、俺のせいだ。中途半端な判断で、肝心なことから目を逸らしていた俺の。

 確かにセイヤたちのせいにするのは簡単だし、気が楽になるのかもしれない。そして彼女も、俺に謝ることで楽になりたいんだろう。

 でも、俺は自身の責任から目をそらしたくはなかった。

 

 俺も彼女も、何も言わずに時間が過ぎる。とりあえず酒を飲もうとグラスを持つが、すでに中身は空になっていた。

 

 「――もう一杯、いかがですか?」

 

 マスターの声に、俺は頷いた。

 

 

 

 

 

 黙ったままのマイカを座らせ、隣同士で酒を飲む。

 

 マイカは相変わらず泣きそうな顔をしているが、俺自身は思うところはなかった。セイヤの判断は、正しい。ああいう非情な決断ができるのは、リーダーとして重要な素質だ。俺にはなかった、パーティーをまとめる上で大切なもの。そのことを思うと、どうにも責めることができなかった。

 

 もちろん、セイヤとは今まで通りの関係ではいられないだろう。

 

 マイカはあまり飲みなれていないようで、一杯飲んだだけでだいぶ顔が赤くなっている。それでもグラスを煽る手は止まらずに、ちびちびと酒を飲み続けていた。何かを飲み込むように、ぎゅっと目を閉じて。

 

 そして、しらばくすると、声を殺して泣き始めた。

 

 ――マイカは家庭的なお母さん。

 

 セイヤの言葉が、不意に浮かんだ。たぶん彼女も、いろいろと抱え込んでいたんだろう。セイヤたちは、俺たちにゴブリンたちを押し付けることで生き延びた。だが、そんなことをして今まで通りでいられるはずはない。

 

 マイカ静かに泣きながら、ポツポツと話してくれた。

 あれからやはり、セイヤたちのパーティーはギクシャクしているようだった。ショウヘイは自身の不甲斐なさを恥じ、ケンボーはセイヤを責め、トミはケンボーに突っかかって、セイヤは鬼気迫る様子で毎日を過ごしているらしい。狩りに行ってもバラバラで、パーティー内での会話すらも少なくなったみたいだ。

 

 マイカは以前の雰囲気、セイヤが言っていた家族のような雰囲気が好きだったのだと。

 

 正直、それを俺に話したところで何も変わらない。それどころか、セイヤたちに押し付けられた側の俺がそれを聞かされるなんて、皮肉もいいところだ。

 

 だが、なんとなく放っておくことはできなかった。それからしばらく、ただ俺はマイカの話を聞き続けた。

 

 だいたい深夜0時を過ぎた頃。相当お酒の回ったマイカを伴い、俺はマスターにお代を払って店を出た。外の空気を感じたことで、彼女も少し酔いが覚めたみたいだった。

 

 「――ご、ごめん。謝るどころか、話まで聞いてもらっちゃって……」

 

 「……いや、別にいい」

 

 足取りこそフラフラとしているが、受け答えは意外としっかりしていた。だが、夜道では不安が残るだろう。ミニスカ風に改造されたローブは相当に扇情的だし、身体つきだって女のそれだ。そんな女性が酔っ払って歩いていたら、いらんことに巻き込まれるのが目に見えている。

 

 「宿はどこだ? 送っていく」

 

 「え、でも……」

 

 「あんたになんかあったら寝覚めが悪いからな」

 

 「お、送り狼……?」

 

 「――はあ……?」

 

 うだうだと言うマイカを連れて、彼女の宿へと歩いていく。セイヤから聞いた宿のままなら一応場所はわかる。道中、マイカから誤解したことについて謝られたりはしたが、あのことについてはもう謝ろうとはしてこなかった。

 

 そのまま宿屋街へと辿り着き、マイカたちの泊まる宿の前までやってきた。

 別れ際、お互いに今日あったことは誰にも言わないでおくことにした。言いふらす意味もないし、セイヤだって俺の名前が出ればいろいろと思うところがあるだろう。

 

 「――じゃあ、あの、今日はありがとう……」

 

 「……ああ」

 

 俺もマイカも、それ以上は何も言わなかった。

 マイカが宿へと入っていったのを確認して、俺は再び歩き始める。

 

 行き先は天空横丁。

 オルタナの夜は、長かった。

 

 

 

 




次回の更新は未定です。
BLEACHのほうで色々あったので、息抜きに書くかもしれませんが……。

ではでは。

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