グリムガル〜灰燼を背負いし者たち〜   作:ぽよぽよ太郎

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épisode.5

 

 

 

          *

 

 

 

 俺たちがグリムガルに来てから九日。俺たちの初めてのゴブリン討伐を終えて、現在シュンと二人で市場の店々を見て回っていた。

 

 ゴブリンとの戦闘後、充分に休息を取った俺たちはモンスターに襲われることもなく無事に街に到着した。

 そして、ぐったりとしているタケシとマイを先に帰して、比較的余裕のあった俺とシュンでゴブリンの持ち物を売りに行くことにしたのだ。

 

 「とりあえず、適当な店で鑑定してもらおうか」

 

 「そうだな〜。欠けた銀貨って普通に使えんのかな?」

 

 「……どうだろう。一応、欠けた銀貨も鑑定してもらおうか」

 

 シュンと話しつつ、市場全体をぼんやりと眺める。この市場には複数の買取を行っている店があるようで、同じく義勇兵っぽい人たちの姿が何人も見えた。その中でもある程度の人が利用していて、且つ一番空いているところを選ぶつもりだ。普通に話しているが、シュンの顔にも少し疲れが見えているしな。

 

 少しの間見て回って、良さそうな店を選んだ。白髪の痩せた爺さんがやっている露店で、衣服や装備などといった義勇兵向けのものが店頭に置いてある店だ。小さなカウンターの向こうで椅子に座っている爺さんは、むすっとした表情で近付いてくる俺たちを睨みつけている。

 

 「すみません、鑑定お願いしたいんですけど……」

 

 「……見せてみろ」

 

 爺さんは痩せた身体に見合わない鋭い眼光をしていて、声をかけた時に少しだけ驚いた。シュンなんかも俺の陰に隠れてるし。

 

 「えーと、なにかの牙と金属片、後は欠けた銀貨です。あ、後ゴブリン袋も」

 

 俺はゴブリン袋から牙と欠けた銀貨、駄目元で金属片を取り出して、ゴブリン袋と一緒にカウンターに置く。爺さんはそれを一瞥して、口を開いた。

 

 「……欠けた銀貨は30カパー。牙は1シルバーで買い取ろう。金属片はダメだな。これは鎧のサイズを調整した時に出る鉄くず、ただのゴミだ」

 

 「ぎ、銀貨が30カパーっすか!?」

 

 シュンが思わずといったふうに声を上げる。

 爺さんの言った査定額には俺も驚いたが、彼の俺たちを見る目は騙そうとしているような目じゃない。真剣に、そう言っていた。

 

 「あの、欠けてるだけでそんなにダメなんですか?」

 

 「……この状態だと貨幣として使うのは難しいからな。辺境伯様が集めてに鋳潰しまた新しい硬貨にしているが、いちいち等価交換していたら財政が破綻するだろう?」

 

 俺の問いに爺さんは淡々と答えた。確かに、その通りだ。

 

 「牙は魔除けの材料になるから、比較的高値で売れる。あくまで、ゴブリン関係ではな」

 

 それから、と言って爺さんは続けた。

 

 「ゴブリン袋は取っておけ。大した値段はつかないし、その長い紐を切って腰で結んでおけば、収集した素材を保管するのに役立つ」

 

 ……この爺さん、昔は義勇兵だったのかもしれない。なんとなく、そう思った。

 

 「わかりました、ゴブリン袋は取っておきます。他のはその値段で買取をお願いします」

 

 俺の言葉に爺さんはふん、と鼻を鳴らして頷くと、無言で1シルバーと30カパーを取り出して手渡してきた。

 

 「ありがとうございます。たぶん、また来ると思うので、そん時もよろしくです」

 

 「よ、よろしくお願いしまっす!」

 

 俺とシュンは、そう言って爺さんに頭を下げる。先達からのありがたい助言だ。

 爺さんは俺たちを追い払うように手をぷらぷらとさせ、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 「ということで、俺たちの今日の稼ぎは3シルバーと30カパーになった。とりあえず3シルバーは三人で分けてくれ。俺は今回は30カパーだけもらえればいい。この分は、次に端数が出た時融通してくれ」

 

 あの後西町の義勇兵宿舎に戻った俺とシュンは、マイとタケシを呼んで今回の分け前を話していた。事前にこのあたりはシュンと話し合っていて、最後まで不満そうにしていたが結局シュンも頷いてくれた。

 

 俺の言葉に依存はないようで、三人とも何も言わない。シュンだけはやはり不満そうにしているが、ここは押し通させてもらおう。マイとタケシには、しっかりと稼げたという実感を持ってもらいたい。それで少しでも、初陣の恐怖心だったりを忘れてくれればいいんだが……。

 

 一応明日は休息日にして、身体と心を休めることにした。みんなも内心それを望んでいたようで、ホッとした様子を見せていた。

 

 俺の残金はこれで1シルバーと40カパー。4カパーは宿代ということで割り勘して払っていて、20カパーは帰り道に下着を買った時に使ってしまった。60カパーで6着という格安の値段まで値切れたので、シュン、タケシと2着ずつ買った感じだ。タケシには聞かないで買ったので、最初はシュンと2人で30カパーずつ払ったのだが、宿舎で聞いたところタケシも欲しがったのでこうなった。ちなみに今回買った下着は安いやつだったが、綿製のものはもっと高い。肌触りが良いが、買えるのはまだまだ当分先になると思う。

 

 贅沢をしなければ、まだしばらくは暮らしていけるだろう。お金の入った皮袋は多少かさばるが、まだヨロズ紹介に預けるほどではないと判断して腰のポーチに突っ込んでいる。

 正直、ヨロズちゃんを見に行きたい気持ちもあるのだが、我慢だ。

 

 マイは宿に戻った時に沐浴部屋がちょうど女性用の時間だったようで、汗を流してこざっぱりとした格好をしている。とはいっても、寝巻きにしているのはここに来た時に来ていた服なのだが。

 マイの場合は下着関係でも出費が嵩みそうだし、なるべく早くコンスタントに稼げるようにならなきゃな。

 

 その後、俺とシュン、タケシは沐浴部屋で頭と身体を洗い、男部屋へと戻った。洗濯も済まして、部屋に吊ってある。当初はみんなで飯を食いに行く予定だったが、マイが疲れていて眠たそうなので中止にした。シュンとタケシも疲れたとのことで、飯は食わずに寝るみたいだ。

 

 薄いわらのベッドに寝転びながら、俺はゴブリンとの戦闘のことを考えていた。

 

 ガルバスに口うるさく言われたほど、ゴブリンが脅威には感じなかったのだ。牽制のつもりで振るったハルバードすら避けられていなかったし、技術も拙かった。ゴブリンの脅威は数にあるってことはわかっているのだが、どうにも納得できなかった。命の奪い合い。それは熾烈で、過酷で、残酷なもののはずだ。それなのに、あのゴブリンは。あのゴブリンとの戦いでは、俺は全然――

 

 

 「――満たされなかった……っ?」

 

 

 自分の口から出てきた言葉に、鳥肌が立った。

 

 何ふざけたことを考えているんだ、俺は。たまたま初戦がうまくいったからって、もう調子に乗っているのか?

 

 ……明日は戦士ギルドに行って、ガルバスに鍛えてもらったほうが良さそうだ。お金がないのでスキルは覚えられないが、基礎訓練がしたいならいつでも来いと彼は言っていた。個人的に鍛えてやる、と。

 

 ”油断だけはしないほうがいい”

 

 ハルヒロの言っていた言葉の、本当の意味がわかった気がする。

 たぶん今の考え方のままだと、取り返しのつかないことになりかねない。

 

 「やっぱり、明日はギルドで訓練だな……」

 

 ぽつりと呟くと、いつの間にかシュンとタケシのいびきが聞こえてきた。二人はもう寝たみたいだ。いつもより全然早い時間帯だが、それだけ消耗していたのだろう。

 

 一方の俺は、なぜか寝付けない。身体の中に何かがくすぶっているようで、うずうずするのだ。

 

 「――外、出るか」

 

 情報収集がてら、シェリーの酒場にでも顔を出してみよう。

 そう思い立った俺は、二人を起こさないよう静かに着替えて、夜のオルタナへと繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜のオルタナは、昼間の喧騒と比べるといくらか落ち着いていた。気持ち冷ためな空気を風が運んで、落ちているゴミをさらっていく。

 オルタナ南区の西の端。俺たちの泊まる宿舎はギリギリ南区といえるこの場所に建っている。西町はスラム街ということもあり、夜に出歩く人はほとんどいない。昼間ならまだしも、好き好んで夜にこのあたりはうろつこうとは思わない。

 

 俺はそんな誰もいない通りをブラブラと歩く。こんな図体のでかい男を襲おうとするアホはいないだろうということで、それほど警戒もしていない。

 

 シェリーの酒場は、南区の宿屋街にほど近い花園通りと呼ばれる飲み屋街の一角にある。そのあたりは義勇兵たちがよく集まっていて、夜通し賑やかな場所でもある。

 ハルヒロたちやキッカワもよくそこで飲んでいるとか。

 

 そうこう考えながら歩いていると、すぐに花園通りへと辿り着いた。道中で酔っ払った義勇兵を何人も見つけたが、娯楽といえるのが酒くらいしかなさそうだからしょうがないのかもしれない。

 中には、酒に逃避する人もいるのだろう。

 

 シェリーの酒場のドアをくぐると、もわっとした熱気とともにアルコールの匂いが鼻についた。どこを見てもどんちゃん騒ぎで、正直耳が痛くなる。

 俺は一旦その騒がしさから目をそらしつつ、カウンター席の一つに腰掛けた。だいたいが団体のようで、カウンター席に座っている人は少ない。というか、俺しかいなかった。

 ハルヒロたちやキッカワの姿は見えない。

 

 俺が座ったのを見て、ウエイトレスが注文を取りに来た。俺は適当に酒を注文し、周囲の話に耳をすませた。情報収集なら、こうして周囲の聞いているだけでもだいぶ意味がある。

 まあ本当のところ、今日はあまり他の義勇兵を見ていたくないっていうのはある。

 俺たちはゴブリンを一匹討伐しただけでこうして立ち止まっているのにっていう、焦りみたいなもの。周囲にいる良い装備を身につけた義勇兵たちを見ていると、嫌でもそういった現実を突きつけられるのだ。

 

 「お待たせしましたぁ〜!」

 

 ウエイトレスが元気いっぱいに注文した酒を持ってくる。たぶん俺たちのような見習い義勇兵をたくさん見てきたのだろう。その接客態度からは、どこか母性めいたものも感じられる。

 俺は彼女にお礼を言って、木製のジョッキを受け取る。

 そして、それをグイっと(あお)った。

 

 「〜〜〜ぷはぁっ……!」

 

 喉を流れる酒を感じつつ、大きく息を吐いた。

 一仕事終えた後の酒は、やけに心地良く感じる。

 

 周囲からはやれ誰々が怪我をしただの、誰々が逃げ出しただの、誰々に女ができただのといった、くだらないことばかりが聞こえてくる。まぁ、これも特段変わったことがない証拠だろう。俺たちが来る前なんかは、オークの軍団がオルタナに侵入した、なんていう事件もあったみたいだし。

 ……これなら、もっと静かなところで飲めばよかったかもな。

 若干後悔しつつも、ぼんやりと酒を(あお)り続ける。

 

 「ごちそうさま」

 

 ぐいぐい飲んでいると、あっという間に酒はなくなった。俺はウエイトレスの一人に声をかけ、5カパーをジョッキの横に置く。そして、これだけで帰ることに若干の罪悪感を感じつつも、足早に酒場を後にする。

 

 ドアをくぐって外に出ると、なんの気なしに上を見上げた。頭上で輝く赤い月を見ていると、やはり違和感を覚える。どこか遠く、今の俺の知らない場所では、月は赤くなかった気がする。考えたところで答えが出ないことはわかっているのだが、こうした時にふと思ってしまうのだ。

 

 ――俺は、どういう人間なんだろう?

 

 不意に、冷たい風が頬を撫でた。肌寒さに驚くが、むしろ火照った身体にちょうど良いかもしれない。

 軽く頭を振って、花園通りを歩き始める。

 

 夜風を感じながら歩いているうちに、火照りも冷めた。同時に、少し飲み足りない気もしてきた。どこか酒場にでも入るか?

 無駄遣いはまずいが、今日くらいはいいだろう。

 それっぽいところを探すため、路地を含めていろいろと見て回ることにした。

 

 そうして歩くこと数分。

 

 花園通りの端、路地を少し入ったところにその酒場があった。酒場というよりは、もっと落ち着いた雰囲気の店構えの店だ。周囲に人影はない。路地の外からは相変わらずの喧騒が聞こえてくるが、このあたりは静かだった。

 

 ――とりあえず、入ってみるか。

 

 味のある木製のドアを開いて、中に入る。ドアをくぐる時、微かに甘い匂いがした。これは……果実の匂いか? 店全体に仄かに香っている。

 内装は木製で、穏やかな色をしたランプがいくつか天井から吊り下げられていて、落ち着いた雰囲気を作っている。カウンター席が7つ、奥にテーブル席が二つあるだけで、程度な狭さといえばいいのだろうか、それぞれのスペースがちょうど良い広さに設計されているように感じる。

 

 店内を見回すと、それほど客は入っていなかった。カウンターに連れ合いらしき男女が2人。4人掛けのテーブル席には3人の男が座っている。

 

 俺はカウンターに座る二人とは反対側の位置に座ることにした。少し重量のある木製の椅子を引き、カウンター席に腰掛ける。その瞬間にもふわりと良い香りがしたので、木自体に匂いが染み込んでいるのかもしれない。

 俺が座ったのを見て、カウンターの向こうにいる60代くらいのマスターがこちらへ視線を投げかけてくる。彼は白髪と黒髪の混じり合った長髪を後ろで縛っていて、目が糸みたいに細かった。

 

 「……お任せでお願いします」

 

 なんとなく、そう注文してみた。

 酒の種類もわからないし、ここはプロに任せるべきだろう。

 正直いうと料金的な意味で少し不安なのだが。

 

 頼んでから数分、グラスに入った酒が出てきた。

 透明で中にフルーツが浮いている。

 

 「――貴方は見習い義勇兵ですか?」

 

 「……そうですけど」

 

 グラスをテーブルに置いた時、マスターがそう声をかけてきた。少し(しわが)れた、柔らかくて落ち着きのある声だった。

 

 「ふふふ、そうですか。ここはそこまで高くはないから、安心してください」

 

 「……なんか、すみません」

 

 マスターは茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべると、音も立てずに下がっていった。

 なんていうか、すごいな、あの人。達人みたいだ。

 

 そっとグラスを傾ける。口に含むと仄かな甘さが鼻から抜けて、次にぐっとした辛味が喉に来る。だけど、喉元を過ぎるとそれがすっと消えていって、心地良い熱さが胸に広がる。

 上手く言えないが、すごく気分が楽になった気がした。

 

 たぶん、無意識に身体がこわばっていたんだろう。

 疲れていないと思いつつも、俺だって初めての実戦で戸惑っていたのかもしれない。それを、気付かされた。

 

 その後もチビチビとグラスを傾けながら、時間が過ぎていくに任せた 

 今までのこと。これからのこと。いろいろ考えないといけないことはあったけど、今は何も考えないでぼんやりとしていたかった。

 

 どれくらいそうしていたのだろう。

 

 そろそろグラスの中身がなくなるかといところで、ギィと音を立ててドアが開いた。無意識にそちらへ目をやると、思わぬ人物がそこに立っているのが見えた。

 

 「――イブキ……?」

 

 驚いたように目を見張る彼は、俺の名前を呟いた。

 それが少しおかしくて、苦笑しつつも言葉を返す。

 

 

 

 

 

 

 

 「……久しぶりだな、セイヤ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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