グリムガル〜灰燼を背負いし者たち〜   作:ぽよぽよ太郎

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épisode.9

 

 

 

 

         *

 

 

 

 

 完璧に出口を潰され、しばし唖然としてしまう。だが、続いて聞こえてきた怒号で冷静になれた。何かを探しているような、明確な意志を持った声だった。

 セイヤたちは何から逃げていた? 俺たちよりも強いパーティーが、あそこまで追いつめられる相手。俺たちの手に負えるわけがないのだ。ここは逃げの一手に徹するべきだろう。

 

 「みんな、荷物はそのままで最低限の装備を持つんだ!」

 

 俺の叫び声とともに、三人は行動を始める。

 

 だが同時に、唯一残った入り口からゴブリンが入ってくる。その数、全部で四体。先頭にいるやつは相当にデカく、俺よりも少し大きいくらいだ。ホブゴブリン……なのか? あの体躯はそうじゃないと説明がつかない。だが、そいつは立派な鎧をつけていて、手には大きなバスターソード。ボロボロだけど、明確な凶器だ。

 

 なにより気になったのはあいつの雰囲気。あれは普通のホブゴブリンとは違う。本来ホブゴブリンは知能が低く、ゴブリンに使役される立場だ。それなのに、あいつは違う。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その予感を証明するように、理知的な瞳からは油断なくこちらを伺うような素振りが見えた。

 そして、その瞳が神官であるタケシを射抜く。

 

 ……まずい!

 

 「集合はポイント2! 万が一はぐれてもそこを目指してくれ! シュン、二人を頼んだぞ! 俺が来なかったら先にオルタナへ戻るんだ!」

 

 「わ、わかった!」

 

 この建物にはいくつもの穴がある。そこから外に出れば、撤退は楽だろう。このデカブツは通れなさそうだしな。そして、撤退する時間を稼ぐには誰かが囮になるしかない。まあ、適任なのは俺しかいないだろう。ゴブリンたちとの距離は10メートルもない。ここまで接近されてしまえば、全員で一緒に逃げ切るのは不可能だ。

 みんなそれがわかっているから、何も言わずに走ってくれた。

 

 「――きゃあっ!」

 

 だが、不意にマイの悲鳴が聞こえた。俺は迫るゴブリンたちから視線をそらさず叫ぶ。

 

 「シュン、どうしたんだっ!?」

 

 「ゴブが一匹いて、マイが棍棒で殴られた!」

 

 「わ、私は大丈夫! 痛いけど、動けないほどじゃないから!」

 

 すぐさま二人の返答がある。極限状態だからか、マイも普段見せないような大声でそう言ってくる。おそらくゴブリンはすでに倒したようだ。

 

 「イブキ! 絶対追ってこいよ!」

 

 最後にシュンのその言葉が聞こえ、遠ざかっていく足音が響いた。

 

 俺は改めて目の前のホブゴブリンを睨む。

 すでに他のゴブリンたちは俺を囲むように移動していて、正面にホブゴブリンとゴブリン一体、左右に二体といった形だ。周囲のゴブリンたちは普通の個体みたいでボロボロの鎧を着ていて、武器もメイス装備が一体にショートソード装備が二体。こいつらだったら、どうとでもなる気がする。

 

 だが、問題はホブゴブリンだ。人間の、それも大男が着るような重厚な鎧を着ていて、兜こそないが籠手のようなものまで装備している。見てくれは立派な重戦士だ。今も俺を射殺すように睨んでいて、明確な知性を感じさせた。やはりこれは、相当異常なことだろう。

 

 俺は手に滲む汗を拭うように鎧へ擦りつけ、ハルバードを握りしめる。グローブ越しだから意味がないのはわかっているのだが、自然とやってしまっていた。

 

 ちくしょう、なんだよこれ。俺に任せて先に行けとか、キャラじゃない。こういうのはあいつのほうが……あいつ? くそ、なにかが引っかかる。俺は今誰のことを思い出したんだ? 記憶が集まり、そして霧散していく。  ――いや、今は目の前のことに集中しなくちゃな。

 

 こういった死地を経験するのは初めてだ。目の前に立つホブゴブリンは、強者だ。戦士ギルドの教官であるガルバスと対峙しているような、そんな圧倒的な威圧感があった。救いは、背後に守るべきものがいないことだ。一人きりなら、逃げるくらいはなんとかなるかもしれない。そのためには、主導権を握らないと……!

 

 ――やるしか、ない……!

 

 「うおおおおおぉぉぉぉおおおおおお……!!!」

 

 戦士のスキル”雄叫び(ウォークライ)”。

 独特な発声方法で特殊な大声を出して、相手を威圧する。身構えてなければどんな生物だって少しは怯むだろう。

 事実、ゴブリンたちは怯んだようで動揺しているようだ。ホブゴブリンでさえ面食らっているみたいで、一瞬の硬直の後に急いで身構えようとした。

 

 だが、俺はその隙を逃さない。

 

 「うらあぁっ……!」

 

 自分を鼓舞するように大声を張り上げ、右側にいたゴブリンへと斬りかかった。ハルバードを大きく振るって力任せに叩きつける。ゴブリンは必死に剣をハルバードの進行方向に出して遮ろうとするが、それは悪手だ。これでも膂力には自信がある。ゴブリンごときに負けてたまるか!

 ゴブリンの防御もろともハルバードを叩きつけ、ゴブリンを吹き飛ばす。体重の軽いゴブリンなら、こうすることで距離を取ることができるのだ。本来ならもう少し丁寧な戦い方をするのだが、今はそんな余裕はない。

 

 狙い通りにゴブリンを吹き飛ばしたことで、脱出口が見えた。俺はなりふり構わずそこから逃げようと、全力で地面を蹴って進もうとした。

 だが不意に強烈な殺気を感じ、俺は何も考えず左に飛び退いた。すると、今まで俺のいた位置をものすごいスピードでショートソードが通り抜けていく。

 

 まさか、剣を投げたのか……?

 

 俺は地面で受け身を取って、急いで立ち上がる。敵に囲まれた状態で寝転がっているなんていうのは自殺行為だ。すぐに周囲を確認し、再びハルバードを構えた。

 俺が吹き飛ばしたゴブリンはすでに立ち上がっていて、俺の前で四体が集まっている。

 剣を投げたのはホブゴブリンみたいだな。あんな威力、ゴブリンには出せない。ゴブリンのうちの一体はそのまま武器を持たずに俺を威嚇していた。

 

 どうやら、逃がす気はないらしい。後ろを向いて逃げ出したら容赦なく攻撃してくるだろう。さっき避けることができたのだって、運が良かっただけだ。

 

 俺は、こいつらを倒せるのか……? 目の前の四体を見て、どうしてもそう思ってしまう。ゴブリン三体はまだなんとかなると思う。だけど、このホブゴブリンはどうだ? こいつはたぶん、相当強い。セイヤたちもこいつにやられたんだろう。そんな相手にたった一人で、勝てるのか?

 

 ……いや、勘違いするんじゃない。勝たなくていい。生き残ればそれでいいんだ。

 

 そう思ったら、なんとなく落ち着いた。

 

 俺はハルバードの持ち方を変える。ゴブリンたちから目を逸らさず、ゆっくりと。

 左足を前に出し、半身に構える。そして両手の親指を中心に向け、穂先をゴブリンたちに向ける。この持ち方では膂力を生かした一撃は期待できないが、その分小刻みな動きに対応できる。勝負を急ぐのではなくて、耐えて耐えて、少しずつ削っていく。それが今の俺にできる最善だ。

 

 俺の雰囲気が変わったのを感じてか、ゴブリンたちが飛びかかってきた。ホブゴブリンは悠然と後ろで構え、俺を観察している。まず一体が殴りかかってきたので、それをハルバードで弾く。本当ならここで突き刺して戦闘不能にしたいが、そうすると後続への対応が追いつかない。斧の横腹で素手のゴブリンを左側に殴りつけ、次にかかってきたメイスのゴブリンに意識を切り替える。メイスは打撃武器だ。ショートソードよりも間合いは狭いが、その分下手に受けると武器を弾かれる。でも――

 

 「――ふんっ……!」

 

 メイスで殴りかかってくるより早く、俺は鋭く穂先を突き込む。ゴブリンは痛みで呻くが、浅い。その怯んだゴブリンを尻目に残りの一体が斬りかかってくる。だけど、それも想定済みだ。他の二体はまだ体勢を立て直していないし、ホブゴブリンも手出しをしようとはしていない。ここは決めるべきだろう。

 一気に左足を踏み込み、そのゴブリンを石突き付近で思い切り下から殴りつける。ゴブリンは慌ててショートソードでそれを防ぐが、俺はそのまま右足を踏み込みショートソードの刃の上を滑らせ、ゴブリンの胸へと石突きを突き入れた。人間でいうとことの鳩尾のあたり。そこを思い切り突かれたことで、ゴブリンは「かひゅ……っ」と掠れた声を漏らす。隙だらけだ。ハルバードを手元に引いて、次は左から素早く斧の部分でそのゴブリンの首筋を狙う。

 

 「がひゅっ……!」

 

 空気の漏れるような小さな呻き声と共に、ゴブリンの首から血が噴き出す。そして、地面に倒れてビクビクと痙攣を始めた。よし、最小限の動きで一体倒せたのは良い成果だ。

 

 すぐに残った二体のゴブリンに意識を切り替える。人数的に不利な場合は、待ちに徹するのが一番良いだろう。だが、浮き足立っている今なら……!

 

 俺はそう確信して、最初に殴りつけたゴブリンとの距離を詰める。その一歩で持ち方を従来のものへと変えて、右から大きく振りかぶりゴブリンを斧部分で殴りつける。避けようとしたゴブリンだったが、避けきれずに 右足を切り裂かれる。痛みに気を取られている隙に、俺はハルバードを振るった勢いを殺さず回転させ、頭上で振り被る。

 

 「うおおおぉぉぉ……!」

 

 両手で柄の下部を握りしめ、全力で振り下ろす。足を切られて立ち止まったゴブリンに避ける術はない。悪あがきなのか防具をつけていない両手を眼前で構えるが、そんなものは障害でさえなかった。眼前に掲げた両腕もろとも、俺はゴブリンを叩き潰した。頭部を潰されたゴブリンは、力なく地面に崩れ落ちる。周囲に血だまりができるが、気にしてはいられない。

 

 最後に残ったゴブリンは唖然としていた。仲間が二人やられたことで動揺しているのか、隙だらけだ。素早く近付いて、首をひと突き。それだけであっけなく崩れ落ちた。

 

 これで、残るはホブゴブリンが一体。

 

 途端に、汗が噴き出してくる。今までにないくらい集中して戦闘を行ったが、こんなにも疲れるものなのか……。息が少し荒くなるが、相手はそんなことを考慮してくれるほど馬鹿ではない。

 

 隙を見せないように息を整えつつ、残ったホブゴブリンを睨みつける。

 

 問題はあいつだ。セイヤたちのパーティーを崩壊させたのもあいつに違いないのだ。油断なんてできるわけがない。ホブゴブリンは仲間がやられたのを見ても、特に何も思っていないみたいだ。こいつはゴブリンを仲間だと思っていないのかもしれないな。

 

 ホブゴブリンはニヤリと笑みを浮かべて、錆び付いている大剣を構えた。どうやらやっとこいつが出てくるみたいだ。

 

 俺にはゴブリンの表情なんてわからないが、心底楽しそうに笑っていることだけはなんとなくわかった。

 

 「ギイィィィィアアアア……!」

 

 ホブゴブリンは、耳障りな大声をあげて突進してくる。その姿はだいぶ様になっていて、それこそゴブリンらしからぬ力強さがあった。そしてなにより――

 

 「――こいつ、速い……っ!」

 

 一足飛びに距離を詰めてきて、ホブゴブリンは大剣を振るう。仕方なく俺はハルバードで受け止めるが、想像以上に衝撃が強くて弾き飛ばされそうになる。それをぐっとこらえて、ギリギリと鍔迫り合った。

 キツイが、耐えられないほどじゃない。ホブゴブリンは押し合うだけじゃなく、膝をもぶつけてくる。どうにかして体勢を崩そうとしているみたいだ。

 

 このままじゃジリ貧。逃げようにも背中を見せればばっさりといかれるだろう。ならば、打ち合うしかない。

 

 俺は思い切り力を込めて、ホブゴブリンの大剣を押し返す。自身の二の腕が膨れ上がるのを感じながら、全力で。無理に耐えてくれれば楽だったんだが、ホブゴブリンは俺の力を受け流すようにして後ろへ下がった。

 

 そこへ追撃。俺は飛び退いたホブゴブリンを追って前へと詰め、ハルバードを突く。だがそれは、軽々と躱されてしまう。引き際に鉤爪(フック)で足を取ろうとしたのだが、それすらもだ。そしてホブゴブリンは躱しざまにも大剣を振るい、俺の頭の位置を水平に()いでこちらを攻撃してくる。俺は必死に首を傾けてそれを避けようとするが、行動にうつるのがあまりにも遅すぎた。

 

 「――くそっ……!」

 

 頭に装備した皮製のヘッドギアもろとも、こめかみをパックリと斬られてしまう。義勇兵になってから初めての怪我らしい怪我だ。だが、意外にも冷静でいられた。どくどくと血が流れてくるが、ギリギリ目には入らない。

 

 ……あの攻撃は、避けられたはずだ。

 

 ハルバードでの戦闘がゴブリン相手には有効だっただけに、少しだけ気を抜いてしまったのかもしれない。カウンター気味の攻撃を喰らい、咄嗟に反応ができなかった。

 下手な攻撃は、こいつにはまず当たらない。それを念頭に置かないと今みたいにキツイしっぺ返しを食らうことになるだろう。

 

 ホブゴブリンは楽しんでいるのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 その顔はものすごくムカつくが、冷静さを欠いてはいけない。

 

 一度、深呼吸。

 

 意識を変えろ。

 今まで通りじゃいけない。

 目の前の存在と戦うには、もっと集中しないといけない。

 弱いままでは、いけない。

 

 すぅ、と息を吐いて、ホブゴブリンを睨みつける。

 

 コイツを、()()

 

 地面を蹴ったのはどちらが先だったのか。俺とホブゴブリンはほぼ同時に飛び出し、ぶつかり合った。金属と金属が激突する甲高い音が響き、大気が震えた気がした。何合も打ち合い、その度に衝撃で手が痺れる。それでも、一瞬でも気を抜けば致命傷を受けるのがわかっているから耐えるしかない。

 

 時には拳を、時には蹴りを、時には足踏み(スタンプ)を。いろいろな手段を用いて撹乱し攻撃を繰り返すが、ホブゴブリンだけあってどうしても決定打にはならない。とんでもない耐久力だ。話に聞いていたオークとも遜色ないどころか、それ以上の力を持っているように感じる。

 すでに俺は身体のいたるところを斬られていて、体力的にも消耗していた。こいつの剛剣は革鎧や鎖帷子程度は布切れ同様なのだろう。ハルバードで逸らしたりはしているが、どんどん身体を刻まれていく。自分の命が血となって身体中から流れ出ているような気がして、どうにもしんどかった。

 

 ホブゴブリンの鎧も俺の攻撃で所々凹んでいるが、あくまで打撲程度だろう。それくらい、俺とこいつには装備にも差があった。まったく、モンスターに装備で負けてるとか笑えない。質で勝ってるのは武器くらいだ。

 

 だが、そんな不利な状況でも不思議と絶望感はなかった。むしろ、どこか心地良くて満たされていくような感覚。身体中の細胞が生きたい、生きているんだと叫んでいるようで、妙な高揚感を覚えた。そして、それが無性に楽しかった。

 

 「オオオオオオオオオオオォォォォォォォ……ッ!!!!」

 

 俺は吠えながら、全力でハルバードをぶつける。近距離でガンガン音がなり耳が痛むが、それがどうした。自分の口角が上がっていくのを感じる。

 

 どれくらいそうして打ち合っていただろうか。

 それは、唐突だった。

 

 ガキィンッ! と一段と高い音が鳴り、ホブゴブリンの持つバスターソードがポッキリと折れる。ホブゴブリンも、そして俺もそれに唖然としてしまうが、これはチャンスだった。

 

 ――このままこいつを叩き斬るか、それとも背を向けて逃走するか。

 

 迷ったのは一瞬だった。

 隙を見せたホブゴブリンの足を斬りつけ、くるりと振り返る。そして、そのまま振り返らずに走った。

 

 こいつを倒しても、集合ポイントまでたどり着けなければマイたち(あいつら)が危ない。すでにオルタナへと脱出しているかもしれなかったが、万が一まだ待っていた場合、日が落ちてからだと危険すぎる。

 

 斬りつけた足のせいか、ホブゴブリンは追ってこないようだ。

 脱出用の穴から建物の外へと這い出て、血まみれのヘッドギアをむしり取ると投げ捨てた。廃屋からは、悔しがるようなあいつの叫び声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 集合ポイント2。

 入り口近くから順に番号付けしただけなので、ここは集合ポイントの中では二番目にオルタナから近い場所だ。あの廃屋から逃げ出した俺は、ようやくそこに辿り着いた。

 

 万が一に備えて、足音を殺して進む。もっとも、俺の場合は鎧の音が少なからずあるためあまり意味はないのだけど。ゴブリンがいた場合、少しでも発見されるリスクは減らしておきたかった。

 

 「――おい、タケシ! どういうことだよ!?」

 

 だが、ゆっくりと進もうとしていた俺の耳に、突然そんな怒号が聞こえてきた。声の主は……シュンか。シュンがこうして怒鳴ることなど初めて見た。何かがあったのか?

 

 俺は急いで廃屋内へと入っていく。

 

 

 「――すまん、待たせた!」

 

 

 廃屋に入った俺を待っていたのは、ものすごい形相でタケシを問い詰めるシュンと、そんなシュンに怯えるタケシ。そして、ぐったりと地面に横たわったまま動かないマイだった。

 

 

 

 

 

 

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