君に気持ちを伝えたい   作:世嗣

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後日談かと思った?
残念、全く関係ありませんでした!




六月二十八日

「あれは……雉咲?」

 

それは少し調べ物をする為に図書館へと赴こうとしていた時だった。

 

雉咲がいたのだ。

 

いや、いる分には全く構わない。何せここは奴の住む場所なのだ。どこで何をしていようが奴の勝手だろう。

しかし、我が不思議に思ったのはそこではない。

 

「あの荷物はなんだ?」

 

基本的に奴は何をするにしても手ぶらなのである。

奴のスタイルとしては財布とケータイがあればいいや、というものらしい。前に自分で言っていた。

 

雉咲はあたりを伺う様にキョロキョロとあたりを見回すとリュックサックを背負い直して路地裏に消えていった。

 

何というか挙動不審だった。

 

だからだろうか雉咲の後をつけてみる、などというスートーカーまがいの事をしてみる事にしたのは。

 

路地に入ると一月ほど前雉咲が我を助けに来てくれたのを思い出す。

 

奴は高校生ほどの男たちに引っ張り込まれた我を助けてくれたのだった。

 

「あの時だけはちょっとだけカッコ良かったな」

 

自分で口に出して気恥ずかしくなる。

 

頭を振って雉咲を追いかけるため足を速める。

 

路地は一本続きで雉咲がどこに行ったかなどは特に気にする必要はなかった。

 

路地を抜ける。

 

すると目の前に鬱蒼と生い茂る木々が現れた。

一瞬ここがどこかわからなくなるが、頭の中で地図を思い出すと場所は容易に特定できた。

 

「小山か……?」

 

その名はこの地に長く住む子狸やちびひよこなどが呼んでいた名前だ。

本当の名前は他にあるらしいが、この辺りの人には親しみを込めてそう呼ばれているらしかった。

 

あたりを見回して雉咲を探してみる。

 

だが、少し時間を置きすぎてしまったのか影も形も見つからなかった。

 

雉咲の背中だけを追いかけてきたため我は奴の行き先など知らない。

こうなってしまえばこの尾行もどきも断念しなければならないだろう。

 

「いや、もう少し近くをうろついてみれば或いは……」

 

そこまで口に出してはたと気づく。

何故我はそこまでして雉咲を探しているのだ?

 

これでは我が雉咲を()()()()()()()ようではないか。

 

「……帰るとするか」

 

もう図書館に行く気分でもなくなった。今日はもう帰ってユーリと編み物でもして暇を潰そう。

 

「あれ委員長何してるの?」

 

小山に背を向けて路地に戻ろうとした時不意に声をかけられた。

 

「雉咲……?」

 

先ほどまで我の前にいた筈の雉咲がこちらを見ていた。

リュックサックを右肩に掛け休日のスタイルなのか淡い青のキャップを被っていた。

 

「奇遇だね委員長こんなところで会うなんて」

 

「そ、そうだな」

 

ゆらゆらとしたつかみ所のない笑顔を浮かべて我に話しかけてきた。それに対し、尾行していた我はどこかバツが悪くぎこちない返事を返すしかなかった。

 

そんな我を見て雉咲はわずかに眼を細める。我の態度を不審に思ってるのかもしれない。

 

「委員長こんなところで会うなんてもしかしてさ……」

 

雉咲が目線を下に落とした。

 

「あ、ち違うぞ!我は、我はだな」

 

「散歩でしょ?!ここら辺景色いいもんね!」

 

「……よくわかったな」

 

雉咲は正解が嬉しかったのか子供っぽい笑顔を浮かべる。此奴の能天気な調子に肩の力が抜けた。焦っていた我が馬鹿みたいだ。

 

「雉咲こそこんなところでそんな荷物を持って何しているのだ?まさか散歩というわけでもあるまいよ」

 

そんな荷物、と言うところで背中のリュックサックを指差した。

すると雉咲は気まずそうに目をそらして指で頰をかいた。

 

「ちょっと野暮用で小山にね」

 

野暮用、とは釈然としない物言いだ。それでは何かやましいことをしているかのようだ。

 

「野暮用とは何だ何か危険なことをしようとしているのではあるまいな」

 

「い、いやそんな事ないよ!べ、別に普通の事だよ」

 

我がずいっと雉咲に顔を寄せて問い詰めると雉咲は面食らったように慌てて顔をそらした。

顔が見えない代わりに見えるようになった耳が僅かに赤くなっている。

 

何かあったのだろうか。

 

「ならば言えるだろう。して、野暮用とは何だ」

 

「べ、別に関係ないでしょ」

 

「な、ん、だ」

 

雉咲の襟首を持ってこちらを向かせると下からじいっと覗き込んだ。

雉咲は我の顔をみて魚のように口をぱくぱくと開けたり閉めたりしていたが、やがて観念したように口を開いた。

 

「絵を描きに行くんだ」

 

「ーー絵を?」

 

余りにも予想外な答えに手を雉咲の襟から放して首を傾げた。

 

「どうせ僕には似合わない趣味ですよーだ」

 

雉咲はそう言うと唇をへの字に曲げてぷいっとそっぽを向いた。

どうやら我の仕草がよっぽどお気に召さなかった様だった。

 

「そう怒るな。ただ意外だったのだ」

 

「ふーんだ」

 

雉咲は未だ少し不機嫌そうな面持ちで此方に向き直った。

 

普段通りの少し子供っぽい仕草に笑みが漏れる。雉咲はそれを見てさらに不機嫌そうに唇を歪めた。

 

「なあ我もついていっていいか?」

 

「え?別に絵を描くだけだよ」

 

「それでいい。そういう貴様が見たいのだ」

 

ただ此奴が静かに絵を描くなんて面白いモノを見逃す手はないというだけだ。

雉咲はしばらく迷っていたようだったが我の顔を見ると小さく嘆息した。

そしてしぶしぶ、といった様子で頷いた。

 

じゃあ付いてきて、という雉咲の背を追って小山の中に足を踏み込む。

雉咲が選んだ道はコンクリートなどで舗装されたものではなかったが、それでも今まで何人もの人が歩いてきたのかしっかりとした道となっていた。

 

雉咲は奴にしては珍しく特に何も喋る事なく黙々と道を進んでいく。

背中ばかりを追いかけるのは癪だったので少し歩調を早めて隣に立った。

 

「雉咲はよく小山に来るのか」

 

「いや、月一くらいだよ」

 

「絵を描くのは必ず小山で?」

 

「一応ね」

 

ぶつっと会話が途切れた。

 

今日の雉咲は何処かおかしい。

普段ならばこうした移動中はどうでもいい事をぺらぺらと喋り続けるのだが今日は我が話しかけても話が膨らまない。

 

少し考え事をしたからか知らず知らずのうちに歩くスピードが落ちていたらしくまた雉咲の背中を見つめる状態となっていた。

 

ーー歩幅だって早い。

 

普段雉咲といれば何やかんやで退屈しないのだが、今日は何だかいつもと違う。

 

青空の向こうに突然真っ黒の雨雲が迫ってくるのが見えたような、そんな何とも言えない不安を感じる。

 

「ついたよ委員長」

 

雉咲は我に向かってそういうと自分は早々に腰を下ろした。

 

雉咲の後を追って雉咲のいる少し開けた平地まで出る。

 

「ーーおお」

 

見事な景色だった。

 

ここはそれほど高い山ではないのだが、それでもこのあたりを見渡すのには十分な高さらしかった。

 

ふと隣にいる雉咲に目を向けた。奴は感嘆の声を漏らした我を微笑ましげに見ていた。

 

それを見ると何処か気恥ずかしくなり雉咲の隣に腰を落とした。

体操座りをしたため少しスカートが気になったが隣にいる雉咲には見えないだろう。

 

雉咲は我から目をそらすと背負っていたリュックサックからシャーペンと古びた青いスケッチブックを取り出した。

シャーペンは真新しいありふれたものだったがスケッチブックの方は表紙の青は日焼けや痛みで若干色が抜けており水色に近い色をしていた。

 

特に何も言わず写生を始める雉咲。その仕草は堂に入ったもので、相当長い時間そうしてきた事を容易に想像させた。

 

雉咲は何も言わない。

我も何も言わない。

 

いや、言えない。

 

今の雉咲は万人を拒否するような圧倒的な壁を形成していた。

普段の雉咲からは考えられないような閉鎖的で、閉塞的な雰囲気だった。

 

真面目な表情で写生を続ける少年の見つめてみる。

 

長くもなく短くもない適度な長さの黒髪。瞳は夏の青空の如く透き通るように青い。

いつもふわふわとした雰囲気を放ち、子供っぽいのに何処か何を考えてるのかわからない。

 

不思議な、奴だった。

 

シュテルたちとは比べ物にならない程短い時間しか共にしていないのに既に我の大切なものの一つなっている。

 

「なあ雉咲」

 

「ん?」

 

雉咲が手を止めて顔をこちらに向けた。

 

「絵を見せてくれないか?良かったらで構わん」

 

「別にいいよ」

 

雉咲はスケッチブックを此方に手渡す。我はそれを受け取るとパラパラとめくって見た。

 

「ーーすごい……」

 

そして思わず称賛の声が溢れた。

 

それ程までに上手な絵だった。

 

我には絵のことなど何もわからぬが、それでも上手な絵だと言えた。

 

そう、()()()絵だった。

 

上手い絵なのに何処か空虚。これには肝心の心が入っていない。

 

外面だけをきれいに取り繕うあまり内面の空虚さが際立つ。

 

それはあの感受性の豊かな雉咲とは対極にあるようなものの気もした。

 

それでもこれは奴の絵なのだ。

 

「風景ばかりだな」

 

スケッチブックは時々鳥などが描かれていることはあったが、その殆どを占めているのは風景だった。

 

木、街並み、草原、花、埋め尽くしているのはそうした無生物だった。

 

「人は、いないんだな……」

 

スケッチブックから目は離さずに雉咲に問いかける。

 

「うん、一応」

 

丁寧でいて、冷たい拒絶を含んだ返答。

 

その空気が嫌だった。

 

我の知っている雉咲のようにもっとくだらない冗談で笑っていて欲しかった。何時ものような陽だまりの中にいるような温かさで話がしたかった。

 

だからか普段ならば言わないような雉咲を茶化すような冗談を言ってみた。

 

「なぜ描かんのだ?これだけうまければ人だけ描けぬ、という訳ではあるまい」

 

「委員長」

 

「はは、まさか友人が居なかったから頼む相手がいなかったのか?うむ、ならば如何してもというなら我が……」

 

「委員長!」

 

雉咲が声を荒げた。その語尾は明確な怒気を孕んでおり、我の背筋を僅かに震わせた。

 

「僕は、人は描かないんだ……」

 

()()()()のではなくて()()()()

 

苦しげに歪められた顔。ぎゅっと握りこまれた右手は何かに耐えるようで。

 

そんな雉咲の態度を見て我は、硝子細工を連想した。

 

繊細で、美しくて、下手に触れれば壊れそう。

 

でも、だからこそ力になりたい、と思ってしまう。

 

雉咲が困っているのなら手を差し伸べたい。

 

だって、雉咲は我の大切な、大切な……。

 

「なあ、雉咲もし困っているというのなら我が何か出来ないか?」

 

言外に困ってないか?という問いかけも込めて雉咲へ話しかける。

 

優しさを込めて、心から奴のためになりたい、という思いのために。

 

「我の知人にそういう方面に詳しい人がいる。もしよかったら……」

 

「委員長……」

 

雉咲の静かに呼びかける声に恐る恐る奴の横顔を覗き見る。

雉咲の表情はどこまでもどこまでも静かで、孤独に満ちていた。

その夏の空のように青い瞳は何処か遠い場所をぼんやりと見ていた。

 

「そういうの、迷惑だ」

 

すうっと心が冷えた。

 

「ーーっ。迷惑、だと……!」

 

「……うん、他人にそこまで踏み込んでほしくない」

 

じわりと視界が歪んだ。

 

それは拒絶のためか、それとも他人と言われたことへの悔しさか、ただただ悲しかったのか。

 

「ごめん」

 

雉咲が顔を膝の間に埋めて謝った。

 

やめろ、謝るな。

 

謝るくらいならなんで我にそんなことを言う。

 

それじゃあ、もう何も言えないよ……。

 

「いや、此方こそ無遠慮にすまなかった」

 

ありがとう、と言って雉咲にスケッチブックを手渡す。

雉咲は膝から顔を離すとスケッチブックを受け取って再び写生を始めた。

 

しばらくして雉咲は手を止めた。

 

「僕は帰るけど委員長はどうする?」

 

「ああ、我も帰ろう」

 

雉咲は小さく頷くとスケッチブックとシャーペンをリュックサックにしまった。

 

再び元来た道を引き返していく。我は奴の背中をぼんやりと見つめたまま、ただただその背中を追いかける。

 

「ここでいい」

 

「委員長の家まではまだあると思うけど?」

 

「我はこれから図書館へと赴く。だから送迎は不要だ」

 

「そっか」

 

雉咲は小さく微笑むと我にばいばい、と言って手を振った。

我もそれにさらばだ、と言って手を振り返した。

 

「こんなことなら奴を追いかけるのではなかったな」

 

小さくなっていく雉咲の背中をぼんやりと見つめながらポツリと呟く。

それならこんな気持ちをしなくても済んだのに。

 

「我は、こんなににも」

 

それから先の言葉を紡ごうとすると、夏特有の喧しい音が邪魔をした。

 

(セミ)か……」

 

我のそばを通り過ぎたセミは近くの木に止まると喧しく泣き始めた。

 

前キリエから聞いたことだが、セミの鳴き声というのは求愛行動らしい。

キリエは生きたい、という生の叫びだとか捻くれたことを言っていたがそれもまた真実の一つなのかもしれない。

 

「そうか、もう、夏か……」

 

もうすぐ梅雨が明けるのだ。

 

セミは我が去るまでずっと喧しく鳴き続けていた。

 

 

 

あと少しで、夏が、始まる。

 




相手の地雷を認識して、避ける主人公と、
相手の地雷を認識して、敢えて取り除こうとするディアーチェ。

二人の違いが少しずつ際立ってきた。

というか、なんかシリアスもどきでゴメンナサイ。
次の閑話を挟んだ次の章からまた明るくなるので。
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