君に気持ちを伝えたい 作:世嗣
「禊じゃないか久しぶりだな」
ホビーショップT&H。その二階でリンディーさんお手製のお茶をちびちびと飲んでいると黒髪で童顔の少年が声をかけてきた。
「おー、クロノいつぶり?」
手招きをしてクロノを呼び寄せると対面に座らせた。
「確か、最後に来たのは禊がバイトをしていたころだから……まあ、よくわからないが久しぶりだ」
「おう、久しぶりだね」
最後に来たのはどのくらい前だったか、確か一ヶ月前くらいに一度顔を出したっきりだった気もする。
湯のみになみなみと残る僅かに白みを帯びたお茶をすする。
「うっわ、甘!甘い!相変わらずドロッドロに甘いね!」
喉に纏わりつくような甘さに自然と顔が歪んだ。そんな僕をクロノは苦々しげに見つめていた。
「母さんのか」
「おふこーす」
う"ーと舌を出して憎々しげに湯のみを睨んだ。だが湯のみの残量は変わることはなく、その残量はそのままこれから訪れる地獄を表していた。
「正確にはof courseだ」
「うるさいよ優等生」
「じゃあ真面目になれ劣等生」
「黙ろうか堅物」
「分別を持てあーぱー脳筋」
「理論を振りかざすなシスコン」
「殴れば済むと思うなロリコン」
ひとしきり罵倒しあうと互いの口から堪えきれず笑いが漏れた。
僕は暫くの間
アルバイトと言っても、ブレイブデュエルが大流行し、人手が足りなくなった時に、ちょっとした小遣い稼ぎ程度に手伝っていたのだ。
クロノとはその時に知り合った。
年も近く数少ない男子、更には性格的にも結構ウマが合い、仲良くなったのだった。今では僕の数少ない友人の一人に数えられる。
「もうフェイトとは会ったか?とても会いたがっていたが」
「いんにゃ、まだ会ってない」
「ーー?いつもならもう帰ってきてるハズなんだが」
首を振って答えるとクロノが心底不思議そうに首を傾げた。
その動作に追随するようにクロノの男とは思えないほど髪質のいい黒髪がさらりとゆれた。
「オトモダチのなんとかかんとかちゃんとこに行ってるらしいよ」
って、
「あのフェイトにオトモダチが出来たんだねぇ」
人見知りでいっつもアリシアの背中に隠れてたようなフェイトに友人が出来たということはとても良い知らせだった。
これからは人見知りを直してどんどん友人を増やして欲しいと思う。
「禊には僕くらいしかいないのにな」
「お前はなんで水を差すかなぁ」
せっかくの喜ばしい気持ちが空気を抜かれたように萎んでいった。
とりあえず腹が立ったのでクロノにデコピンをお見舞いした。
大きくため息をつくと先ほどから手元で弄びつづけていたお茶をままよ!とばかりに一気に飲み干した。
口に広がった破壊的な甘味。いまならリア充をみて口から砂糖を吐けるかもしれない。
というかリア充に砂糖吐いてやろうかな。周りに目を向けると人より頭ひとつ抜けた白髪が窓の外を見て優雅にコーヒーを飲んでいた。
「ごっはああああ」
思いっきりぶちまけた。どういう現象がわからないけどとりあえず砂糖をはけた。
ホントにリンディー茶はふぁんたじー。
「どういうつもりだ禊」
「やあやあお久しぶりですソーヤさん。彼女さんと仲良くやってますかごっはああああ」
「会話の途中で砂糖を吐くな。どういう生理現象だ」
「たぶん体が異常摂取した糖分をなんとかしようとしてるんだと思う」
「ホントに人間か?」
やれやれ、といった感じでため息をついた白髪のメガネイケメンは八神ソウヤ。簡単に言うと僕の先輩である。
因みに現在高三で彼女持ちである。
所謂リア充、という奴だ。
「おい禊、どこに……ソウヤさん?!」
「ああ、久しいなクロノ創建か?」
「は、はい」
いきなり走り出した僕を追いかけてきたクロノはソウヤさんを見て慌てて挨拶をしていた。
なにやらソウヤさんを恐れているようでもある。
まあ、身長180オーバーだから威圧感でも感じてるんだろう。
「ソーヤさん何で今日はここに?ふられたんですか?」
「受験勉強の息抜きだ。生憎と仲は良好でね」
ふふん、と自慢げに顔を綻ばせると僕の額を小突いてきた。
「うわー、死ねばいいのに」
「俺が死んだら悲しむ人がいるからまだ死ねん」
「砂糖もう一発行っとく?」
「断る」
ちぇ、なんとすかした人なのか。
「じゃあ俺は帰るぞ」
ソウヤさんは肩に掛かった砂糖を軽く払うと笑みを浮かべて立ち上がった。途端に僕より身長が頭二つばかり大きくなる。
「もう帰るんですか?」
クロノが言外に戦わないのか?と尋ねる。首は傾げられておりクロノに深い疑問があることを表していた。
この人の腕前を知る僕からしてもそれは不自然だった。
この人は割とけっこう強いので
僕らの視線に当てられてソウヤさんははあ、と大きなため息をついた。
「俺だって戦りたくない訳ではないけどアイツと約束したんだな」
「約束とは」
「受験終わるまでブレイブデュエルしない」
ソウヤさんが無感動で告げたからかこそその決意のほどが感じ取れた。
「俺はこれをしっかりと守るつもりだ。それがアイツとの約束だし、俺も今はそうすべきだと思う」
「ソウヤさん……!」
クロノが感動したかのように声を漏らした。確かに今の言葉はかっこよかった。
「それに、約束破ったらアイツが怒るんだ……」
「ソウヤさん……」
ちぇっ、とつまらなさそうに地面を蹴ったソウヤさんに今度は二人揃って嘆息が漏れた。
「ま、そういうわけだ。俺は帰る」
じゃあな、と手を振って去っていく白髪を見つめながら僕とクロノはこう思っていた。
ーーあの人絶対尻に敷かれる、と。
だるそうに肩を落とす姿が戦場に向かう負傷兵のようだ。あれが人生の墓場へと進む男の末路だというのか。
「クロノ、強く生きよう」
「ああ、あの人を無駄にしないためにも」
まるでソウヤさんが死ぬみたいだった。
そんな哀愁を漂わせ謎の決意の言葉を交わし合ってい僕らの背後から近づく気配。
「だーれーー」
「久しぶりアリシア。相変わらずアホやってた?」
僕の目を抑えて自らの名を尋ねる、通称「だーれだ(きゃぴ)」をしようとしたアリシアをするりと避けて代わりにクロノを押し出した。
「うわっ」
「えっ」
止まらない手。
アリシアよりだいぶ高い僕の目を抑えるために勢いよく出された手はちょうどクロノの眼球あたりに向かっていた。
ざすっ鈍い音を立てて、とクロノの目にアリシアの手が突き刺さる。
クロノは「ーーーー!」と声にならない叫びをあげてそこいらをごろごろと転げまわり出した。
わお、なかなか痛そうね。
我ながらなかなかに鬼畜の所業だったと思う。
ゴメンネ!でも友達だろ!
「うわー、ケイくんだ久しぶり!」
びしっと敬礼をして挨拶を返すアリシアの無邪気さに思わず頬が緩んだ。
僕はそんなアリシアの煌めく金髪をぽんぽんと軽く撫でた。
さらさらとした髪の感触が心地よい。
アリシアは猫のように目を細めて嬉しそうにえへへ、と言っていた。
「僕を忘れるな!スルーするな!この鬼畜!」
「いきなり叫ぶなよ。わ、クロノ目が真っ赤だぞ?」
「ホントだーウサギみたいだね」
「君がしたんだろうが!」
興奮したクロノにがっくがっくと体が前後に揺らされる。
酔うからやめてほしい。
「というかやったのは正確には僕ではなくてアリシアじゃん」
「それはそうだが……」
クロノの手が緩んだすきに手を持って体側に持って行ってアリシアの背後へと離脱。
ふはは、頭脳戦だよ。
「だから僕に怒るのは筋違いって奴だぜ、クロノ」
クロノが難しい顔で苦々しげに声を漏らした。言い分はわかるが納得できない、と言ったところだろうか。
いまから懇切丁寧に言いくるめる、もとい言い負かせてもいいがこの
ぽそぽそと間近にあるアリシアの耳にクロノに聞こえない程度の声で指示を出す。
「えと、ごめんねお兄ちゃん?」
「はぐっ!」
シスコン に こうかは ばつぐんだ !
クロノは殴られたようによろめき数歩後ろに下がると肩を震わせて俯いた。
無理もない。
あいつはクールぶっているが、基本的には
その片割れから上目遣いで普段言われない「お兄ちゃん」何て事を言われたら大ダメージ必至である。
故に僕はここであの滑稽な
「やーい、シスコン」
途端に今まで肩を震わせていたクロノがぴとりと動きを止めて烈火の如く僕を睨みつけた。
「なんだとロリコン」
「なんだって!?」
ロリコンだと?!今この真っ黒クロスケは僕のことをロリコンと言ったのか。
「チンクの何がロリだとぅ!」
「いやいや、誰もチンクちゃんの話はしてないよ?」
「やいクロノ!」
「私はスルーなんだね。扱いが雑だよね」
クロノに詰め寄ってじっと見下ろした。横でアリシアが何か言っているが気にしないことにする。
「お前あのチンクをロリータだとでもいうのかこんちくしょうたしかにチンクは一般的な女子中学生から比べると僅かに幼い容姿をしているけどそれを補って余りある魅力があるんだぞそうだ例えばだなチンクは起こった時にはほっぺたを少し膨らませるんだけどなそれが可愛いったらもうないぜそれに妹たちの面倒見も最高にいいしなしかも料理もうまいちょっとヤキモチ焼きの所があるけどそこもまた可愛いんだよなぁ……なんの話ししてたっけ?」
「……君はチンクが大好きだ、という話だ」
うーむ、溢れ出るチンクへの愛が暴走してしまったようだ。
目の前にいるクロノは幸せが全速力で逃走してそうな大きなため息をついた。
不思議に思って隣に目を向けると困ったように苦笑いをするアリシアと目があった。
「チンクちゃん、可愛いよね、うん」
そんな二人の態度に僕はひたすらに首をかしげるだけだった。
「ケイくんおかわりはいる?」
僕らの間に漂うなんとも言えない空気に割って入る柔和な声。
怒りなどとは程遠く、まるで慈母のように僕たちの空気を溶かした。
まあ、声はよくても内容は悪魔の囁きだが。
「ああ、母さんたっぷりあげてくれ泣いて喜ぶ」
クロノが僕が答えるよりも早く声の人物に返答した。
「え?ちょっとまって」
「はーい、任せてちょうだい」
彼女……は手にした急須から湯のみへ僕の苦労してなくした甘味兵器を再び注いだ。
僕がこの世の絶望を見たように目を挙げる。
そこには優しい笑みを湛えた緑髪の女性。ホビーショップT&Hのオーナーの一人のクロノの母親、リンディ・ハラオウンさんがそこにいた。
「ふふふ、アリガトウゴザイマス……」
地獄だ。地獄が始まる。
ん?断ればいいじゃんだと?
善意100パーセントでにこにこ笑って感想を聞いてくる相手に「あんたのはまずいのでいらない」とか言えるわけないだろ。
僕は基本的にヘタレで意気地なしなのだ。
クロノに恨みがましい目で「覚えてろシスコン」という言葉を投げかけると。
嘲笑うように「頑張れ」という感じで目を向けられた。
「でも、ケイくんが来るのはずいぶん久しぶりねぇ、またバイトに来てくれない?」
「いや、僕もそれなりに忙しいし、バイト二つの掛け持ちって言うのは……」
「そう?残念ね。フェイトちゃんもきっと喜ぶけれど」
「べ、別にそれで揺らいだりはしないですよ」
そう?と笑うリンディさんに肩身が狭くなる。このなんでも知ってますよーて感じは苦手なんだよなぁ。
「そうだねぇ、フェイトはケイくんのこと一日三回は話してるもんねぇ」
「え?嘘だよね?」
「嘘だよ」
アリシアの言葉に慌てるとすぐに帰ってきた否定の言葉。
「こんの〜くだらない嘘をつくな〜」
「んにゃあ、
アリシアのほっぺたを引っ張ってぐにぐにと左右に引っ張る。
おお、すべすべだ。
しかも、なんかもちもちしてるしいつまでも触っていたくなるな。
アリシアのほっぺたの誘惑を断ち切って手を離してアリシアのほっぺたを解放した。
「いたいなぁ……。流石に一日三回は言い過ぎだけど二日に一回くらいは言ってると思うよ」
「と、容疑者は言ってるけど真偽の程は?クロノ執務官、リンディ艦長?」
「ふむ、確かに二日に一回くらいは言ってるような気はするな」
「うーん。なんかデュエルがしたい!って言ってるわねぇ」
ああ、
別にがっかりはしていない。あのこのことだから大方そんなところだと予想していた。ほんとだぞ?
「というか執務官ってなんだ?」
「いや、なんか言わなきゃいけな気がしたんだよね」
どっかから謎の電波を受信したような気もする。
「り、リンディさーん人が増えてきたので手伝って下さ〜い!あ、クロノくんも急いで!」
階段の方から顔だけを出した茶髪のお姉さん、T&Hのバイトの一人エイミィさんがリンディさんとクロノに声をかけた。
「あら、じゃあ私たちも応援に行きましょうか」
リンディさんが言うとクロノはうなづいた。
「じゃあ、利口にしておくんだぞ禊」
「了解、お前もクロノも頑張って働けよ」
ああ、とうなづいてクロノはエイミィさんが消えた方へと走って行った。流石優等生お利口さんだねぇ。
「うふふ、禊くんも手伝ってくれていいのよ?」
「あー、僕は止めときます。もうルールあやふやだし」
「あらそう?残念ね」
リンディさんは特に急ぐことなくゆったりとその場から去って行った。やっぱりあの人は少し苦手だ。
「というかアリシアは手伝わなくて良かったの?」
「ケイくんは私がいたら邪魔なの?こんな美少女と二人っきりがーーごめん本気で不思議そうな顔をしないで傷つく」
美少女?一体誰のことを言っているのだろうか?
僕も委員長のような美少女とは二人っきりになれるのは嬉しいが生憎僕の目には美少女は写っていない。
「ケイくん、ほんとーにいい性格してるよね」
「よく言われる」
冗談だよ、と言ってアリシアの頭を撫でた。アリシアは美しいというより可愛い女子だから違和感が拭えないだけだ。
ちらりと手首につけた安物の腕時計を見るとそろそろバイトの時間だった。
もう少しいてもいいがあんまり長くいるとバイトに遅れる可能性がある。
「僕そろそろ帰るね。そろそろバイトなんだ」
「そっか、フェイトもあと少ししたら帰ってくると思うんだけどな」
「まあ、よろしく言っておいてよ」
ばいばい、と手を振ってアリシアに背を向けた。
一歩歩き出すと背中がきゅっと引っ張られるような感覚を感じた。
「アリシア?」
顔だけを後ろに向けるとさっきの楽しそうな顔からは反転して思い詰めたような顔をしたアリシア。
「私が預かっている
「ずっと持ってくれたりはしないよね?」
「やだよ。私はあくまでも
アリシアは僕にふざけることで逃げ道を与えないためにか真剣な顔で僕を見つめ続ける。
「……たぶんいつかいるようになるかもしれない時がくると思う」
苦肉の策のあえて何も断言しない。ふわふわしてどこかに飛んで行ってしまいそうに確証のない返答だった。
アリシアは仕方ないな、とでも言うようにため息をつくと摘んでいた僕の服を離した。
胸の奥の方がズキリと痛んだ。
自分のことが嫌になる。こんな女の子に気を使わせて、いろんなことを考えさせて、挙げ句の果てには曖昧な言葉で濁らせた言葉で煙に巻く。
ーーやーな、奴だ。
「帰るよ。じゃあね」
アリシアから目を逸らした。これ以上はアリシアと目を合わせているのさえ辛かった。
「ケイくん!」
呼びかけてくる声に再び立ち止まる。まだなにかあるというのだろうか。
「なに?」
あえて振り向かずに声だけを返した。
きっと今僕はアリシアの顔を直視できないだろう。
それ程に僕自身が情けなかった。
そんなアリシアが僕に投げかけた言葉は非常に単純であって、しかし僕の心を痛めつけるには十分なものだった。
「リンディ茶、残ってるよ」
「……見逃してよ」
「ヤダよ」
ーーくそう、このまま空気で流したかったのに。
その後死ぬほど甘いリンディ茶を口にぶち込んで帰った。
覚えとけリンディさんよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
汚い水色のペンキが塗りたくられたドアに鍵を差し込んで取っ手を掴んで開ける。その拍子に赤茶けた錆が僕の手にまとわりついた。
手を鼻に持って行って匂いを嗅ぐと金属特有のツンとした匂いがした。
顔をしかめて手を払って電気をつける。ぱち、とスイッチの音がして年季のかかった廊下とその先のリビングを照らした。
「ただいま」
返答はない。母さんも忙しい人なのでまだ帰ってきていないんだろう。
買ってきた惣菜を机の上に置いて自室へと向かった。
扉を開けたらバックをそこらへんにほおって上着を捨てて制服のままベッドに寝転んだ。
長年僕と睡眠を共にしたベットがギシリと軋む。
ああ、寂しいな。
思い出すのは、委員長の笑顔、グランツ研究所での食事、チンクとの帰り道、ギンガとコーヒー、そしてアリシアのため息。
嫌になる。こんな自分が本当に嫌になる。
嫌悪感で瞼を閉じて思考を止めた。
疲れていたのかすぐに眠気は僕を襲ってきた。食事がまだだが起きてからでいいだろう。ほんの少し、少しだけ眠るだけだ。
僕はどろりとした眠気に身を委ねてその意識を闇に落とした。
後半の鬱さね。
てめーはキャラどうしをワイワイさせとけばいいんだよタコォ!
という方がいた時はまあ我慢してね?
これはこれで大切な話なのよ。
オリキャラ登場でした。
まあ、苗字でわかるでしょうけど一応公言はしときません。バレバレですが。
彼もあとからそれなりにキーパーソンになるんで、オリキャラが嫌いな方はブラウザバック。