君に気持ちを伝えたい   作:世嗣

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六月二日

 

今まで僕は修羅場、という奴にとんと縁がなかった。

 

そりゃそうだ。

だって最近まで僕は友達なんて同性はクロノ、異性ならチンクくらいしかいなかったのだ。

 

だから友人の修羅場を見たこともなければ、もちろん彼女との修羅場なんて経験したこともない。

 

だけど、今まさにこの場で起きていることは、修羅場だと言える。

 

簡潔に言おう。

 

僕の上司(委員長)幼馴染(チンク)が修羅場すぎる。

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

梅雨が近づいてきたことを感じさせる熱気から店内の涼しげな空気の中へと入る。

 

「おう、来たか少年」

 

「おいっす、おやっさん」

 

チンクと連れ立って店の中に入り、おやっさんと挨拶を交わす。

おやっさんは相変わらず布巾でグラスを磨いていた。そのうちあのグラスは宝石もかくやという輝きを手に入れる事だろう。

 

「嬢ちゃんもらっしゃい」

 

「お世話になります」

 

ぺこりとチンクが頭を下げた。さらりと銀髪が揺れてチンクの整髪剤の匂いを振りまいた。

 

「てか、この時間から相変わらずお客さんいないね」

 

「ほっとけ、夜はもっと繁盛してるんだぞ」

 

「夜の方が儲かるカフェってもうカフェじゃないんじゃない?」

 

おやっさんが苦い顔をして早く着替えてこい、と手を振った。

ふむ、図星をついてしまったらしい。

 

バックヤードにチンクと一緒に引っ込んで制服の上着を脱いで椅子にかける。

ロッカーから黒いエプロンを取り出してぱぱっと着てしまう。

後ろの紐をきゅっと結ぶとどこか心まで引き締まった気もした。

 

「おーい、チンク着替えたー?」

 

「ま、まだだ。まだだから覗くなよ!」

 

更衣室の方からチンクの慌てた声が聞こえた。

でも、エプロンを羽織るだけだからそんなに着替えっぽい事はしていないはずなんだけどなぁ。

 

暫くすると更衣室の扉が開く音が聞こえる。やたらと時間がかかっていたが女子の着替えってのはそういうもんらしい。ソウヤさんが言ってた。

 

「待たせてすまないな」

 

チンクが少し小走りでこちらに近寄ってきた。何時もはストレートの髪は動きやすさを重視するためか後ろでひとつに縛ってある。

いわゆる、ポニーテールというやつだ。

 

「む、お前はまた……」

 

チンクがため息をついて手を伸ばしたのはさっき椅子にかけた僕の上着。

チンクは僕のロッカーを開けてハンガーを一つ取り出すと上着をかけてロッカーへとしまう。

 

「それ後でやろうと思ってたんだよ」

 

「すぐわかるような嘘はいい。お前はいっつもハンガーにかけてないだろう」

 

言い訳じみた僕の言葉にチンクが呆れたように笑った。

ちぇ、本当にやろうと思ってたのにさぁ。

 

せかせかと僕の前を歩いて表へと出るチンクの後ろ姿が僕の目に入る。今はポニーテールにしているためかいつもは見えない白いうなじが覗いている。

いつだったが女子のうなじはイイという話を聞いていたがどうやら本当だったらしい。

 

ーー確かにこれはイイね。

 

頭を占拠する邪な考えを頭を振って退散させる。今は仕事前。そういうことよくないヨ。

 

僕らがバックヤードから出てくるのを待っていたように大学生ぐらいのカップルが入ってきた。

 

切り替えよう。今は仕事である。お給金をもらうのだからその分の仕事はしなければ。

 

暫くは淡々と接客をこなす。

心がけることはそれほど多くない。

笑顔で、はきはきと、サービス全開で。

それさえ心がけられれば接客業というやつは基本的に何とかなるもんだ。

 

そうだ。それさえ気をつければ何てことはない。

長年接客に携わってきた僕にしてみればよっぽどの事がなければ崩れない。

 

例えば、そう、予想外なことが起こるとか……。

 

がらんとドアの開閉を知らせる鐘がなったので、接客用のスマイル全開で新たなお客さんに顔を向けた。

 

「いらっしゃ……」

 

瞬間。笑顔が固まった。

自分でもわかる。今僕は接客中とは思えない顔をしていることだろう。

 

「雉咲、ここで何を」

 

「い、委員長……」

 

そう、例えばこういう予期もせぬところで知り合いと出会わない限り僕の態度は崩れないんだけどなぁ。

 

「何って、その……バイト、というか……なんというか」

 

もごもごと言葉が詰まる。

口からうまく言葉が出てこない。考えがまとまらない。

なんで今僕はこんなに焦っているのか。

 

「委員長はなんでここに?」

 

「いや、買い物の途中で少し休憩がてらな」

 

ひょいと手に持った黒のエコバックを掲げた。

主婦みたいな事がしてるね。

 

「ケイ?どうかしたのか?」

 

「んあ?いやちょっと知り合いがね」

 

さっきからドアの前で喋り込む僕を不審に思ったのか寄ってきたチンクは僕の隣にいる委員長をみるとその目を僅かに鋭くした。

 

「すまぬな。我が雉咲を引き止めたのだ。仕事の邪魔をして悪かったな」

 

委員長は表情を柔らかなものに変えるとチンクに対して微笑む。

対するチンクの方はぴしりと動きを止めたまま委員長から目を逸らさない。

 

「とりあえずあちらの席へどうぞお客さま」

 

チンクがおやっさんがいる辺りのカウンターへと手を向けた。

 

「ねえチンク僕の見間違いでなければテーブル席まだ空いてるよね」

 

チンクは僅かに僕へと目を向けると何も言わずに再び逸らした。そしてそのまま他のお客さんのところへ行ってしまった。

 

言うまでもなくガンスルーである。

やめてよチンク!君にそれをされたら僕はやばいくらいダメージ受けるんだけど!

 

チンクの態度に胸を痛めながらおやっさんの近くに座った委員長へ注文を取りに行く事にする。

 

「お客さん、注文は?」

 

「貴様、いくら知り合いといえどももう少し真面目にやったらどうだ?」

 

「だって、なんか委員長には無理かも」

 

仲良くなりすぎて。接客用の笑顔とかは無理かも。

 

「ほぉ、この嬢ちゃんが噂の『委員長』っつーわけか。なかなかにべっぴんさんだな」

 

おやっさんがにやにやと下世話に笑う。

 

「うるさいなぁ、脳内ピンク老人」

 

「まだまだ、現役だぜ?」

 

「あの、噂の『委員長』とはどういう?」

委員長が高笑いをする僕たちに遠慮がちに聞いてきた。ふむ、おやっさんの前だからいつもより少しばかり慎しみ深いね。

 

「その話をするのもいいか先に飲み物でも飲むといい。コーヒー?ココア?紅茶に緑茶にオレンジジュース。大抵はあるぜ?」

 

「じゃあ、紅茶で」

 

おやっさんが愉快そうに笑って紅茶を淹れる準備を始めた。

 

「じゃー、その間に委員長は僕とおしゃべりでもしようか」

 

「貴様接客はいいのか?」

 

「だいじょぶだよ」

 

指差して見せたのは精算カウンターのチンク。そこには現在この店に入る最後のお客さんがお金を払っているところだった。

 

ね、と笑うと委員長は納得いかないような表情をしておやっさんを目の端で見た。

 

「いいんだよ。ウチはそんなに厳しくはやってないからね」

 

おやっさんは注いだ紅茶をソーサーにに乗せて委員長の前に置いた。木のカウンターに置かれたソーサーがコトリ、と小さな音を立てる。

 

「じゃあ、紹介するね委員長。こっちのオジサンは僕の雇い主のおやっさん」

 

「よろしくな嬢ちゃん」

 

「で、おやっさんこっちの美人さんは僕の上司の委員長」

 

僕がおやっさんにそう紹介すると優雅な仕草で紅茶に口をつけていた委員長はきりっとした表情で僕を見つめてきた。

 

ありゃ?なにか気に障ったのだろうか。しっかり美人さんと紹介したんだけどね。

 

「委員長、とはなんだ。しっかり名前で紹介せんか」

 

「な、名前……?」

 

「ああ、我の名前だ」

 

「ーーあ、ああっ!な、名前ね名前。委員長のなまえ……」

 

委員長はまったく、と言っておやっさんに向き直った。どうやら僕の紹介の後に自己紹介する気らしい。

 

じっとりと背中に嫌な汗が伝う。

 

ーーーーやばい、委員長の名前覚えてない……!

 

唸れ僕の灰色の脳細胞!

最後に委員長の名前を聞いたのはいつだったか、た、確かユーリちゃんが言っていたような気がする。

 

「雉咲まさかまだ()()()()()とは言うまいな」

 

「も、もちろんさぁ」

 

ちらりとおやっさんへと目を向けると下を向いて肩を震わせていた。あの人絶対僕のおかれている状況わかってる。

くそ、あの脳内ピンク老人め!

 

「ーーん?我の名前を言ってみよ?」

 

なに委員長ジャギ様なの?

俺の名前を言ってみろぅ!とか言い出しますのん?

 

「ディ……」

 

そうだ、確かディから始まる何か。度々ディエチちゃんと間違って怒られたんだ。なら語感がきっと似ているはず。

 

「ディアチェ!」

 

「惜しかったな【ディアーチェ】だ」

 

どむ、と脳天に落とされる委員長のチョップ。

いつだったかの右ストレートに比べれば優しさに満ちている。

 

「まったく貴様という奴は……。まさかまだ我の名前を覚えておらぬとは思っておらんかったぞ」

 

「ご、ごめん……」

 

「ま、さ、か、な!」

 

ふんっと委員長がいじけたようにそっぽを向いた。

でも、一回呼び方を委員長で固めちゃったらなかなか名前が覚えられなくなっちゃったんだよなぁ。

 

「はっはっは、この件に関しては全面的に少年が悪い!土下座でもなんでもして許してもらえ」

 

にま、と笑ってサムズアップを決めてきた。濃いヒゲと総白髪のダンディさとよく似合った仕草である。

おやっさんの言うことは最もだ。腹立つけど。

 

「ごめんね委員長」

 

いまだそっぽを向いたままの委員長に両手を合わせて謝る。委員長は視界の端で僕を捉えているようだが返答はない。

 

「えと、ちゃんと名前は覚えるようにするし、なんなら今度から名前で呼ぶようにしても……」

 

「ぷっ……、ふふ」

 

焦って言葉を重ねていくと委員長の口から笑い声が漏れた。委員長は肩を震わせて笑いを堪えていた。

 

「な、なんだよ」

 

「いや、必死に取り繕う雉咲がおかしてくてな」

 

「そ、そりゃないよ」

 

まったく委員長も人が悪いったりゃありゃしない。こっちは割と本気で焦ったっていうのにさ。

委員長はいまだおさまりきらない笑いを堪えて僕へと向き直った。

 

「翠屋のシュークリーム」

 

「ーーえ?」

 

「あそこのシュークリームで手を打とう。それ以上はもうなにも言わぬ」

 

「シュークリーム?」

 

「ああ、知らんのか?」

 

こてん、と首を倒して委員長が聞いた。いや、もちろん知ってる、と返したがなんというかそれだけでいいのか?

 

「貴様が我の名前を覚えておらんかったのには驚いたが、まあ貴様らしいといえばらしいのだろう」

 

「ご、ごめん」

 

「それに、我は貴様の『委員長』という呼び名がそれほど嫌いでもない」

 

「ーーえ、それって」

 

委員長の控えめな笑顔に添えられた言葉に胸が高鳴る。あわてて聞き返そうとする。

それは、僕らしくないことだったかもしれない。もしかしたら委員長の笑顔による一時の気の迷いだったのかもしれない。

それでも、僕は彼女に聞き返そうとしたんだ。

 

「委員長、それって」

 

「仕事中にずいぶんと楽しそうだな」

 

「おひょっぐ!」

 

背後から現れるチンク。そして飛び上がる僕に床に転げる椅子。

僕はごろごろと二、三回回ってチンクへと体を向けた。

 

「なにするんだよチンク!びっくりしてびっくりしてびっくりしただろう!」

 

「びっくり三昧だな」

 

「まったくそうだね!」

 

ぐっと親指を立てる。心臓飛び出すかと思ったぜ。

 

「ま、気を取り直して」

 

ころげていた床から跳び上がる用にして立ち上がる。

 

「おやっさん、チンク、こっちは委員長ことディアーチェさん。僕の上司。チンクとは知り合いだったみたいだけど一応ね」

 

「ディアーチェ・K・クローディアです。よろしくお願いします」

 

ぺこりと頭をさげる委員長。その口調は珍しく尊大なものではなく年相応の女の子のものだった。

もしかしたらよそ行き用の喋り方なのかもね。

 

「んで、こっちがチンク。僕の幼馴染」

 

チンクは委員長をしばらく見つめ続けた後、珍しく小さな声で控え目によろしく、と言うと頭を下げた。

 

幼馴染、という単語に反応して濃い青の髪の脳筋少女が脳裏に浮かんできたが全力で遠くに投げ飛ばした。

僕の幼馴染はチンクだけで充分なのだ。

 

「そしてこっちのダンディなおっさんがおやっさん。僕の雇い主」

 

おやっさんは委員長ににこにこ笑って手を振った。

 

「おやっさん……?その、なんとお呼びすればいいのですか?」

 

「おやっさんでいいじゃん。チンクだっておじさんて呼んでるよ?」

 

「いや、それはちょっとだな……」

 

真面目な委員長にはちょっと抵抗あることだったのだろうか。

なんというか委員長は良い意味でも悪い意味でも頭が硬い。

 

「んじゃあ、マスターとでも呼んでくれ。そういう呼ばれ方憧れてたんだ」

 

「それなら呼べそうです」

 

委員長が頷くとおやっさんは喜びをあらわにした。

相変わらずの厨二病をこじらせたような呼び方が好きだねぇ。

 

そんなおやっさんを尻目に委員長は尊大な態度のままチンクに話しかけた。

 

「改めて初めまして。我のことは気軽にディアーチェとでも呼ぶが良い。呼びにくければ……まあ我とわかる名ならば何でも良い」

 

委員長はふっとやたらとカッコよく微笑むとチンクの頭をぽんぽんと叩く。

おお、アレが噂の頭ぽんぽんという奴ですか!

流石委員長!下手な主人公より主人公してるね!どこの誰とは言わないよ!

 

「よろしく頼むチンク()()()

 

「ーーほぅ」

 

「ーーあ」

 

「ーーあちゃー」

 

委員長の言葉に全員が固まる。

因みに上からチンク僕おやっさんである。

 

ーーやっちまったね委員長。

 

よりにも寄ってチンクの中で一番のタブー年齢の間違いときた。

 

チンクはぴくぴくとうっすら額に青筋を立てながらにっこり笑って委員長の手を払った。

 

「初めましてディアーチェ()()。一年の中島チンクだ。()()ケイがお世話になってるようですまない」

 

何故だろう。すごく笑ってるのに寒気がとまらないね。

委員長はしばし「やってしまった」という感じでフリーズしてたが、ぱっとこちらも笑顔に変えた。

どこかこの笑顔も背筋が寒くなる。

 

「いや、すまないな年を間違えてしまって。我も()()()此奴を見張っておかねば心配なのでな。気にするではない」

 

あはは、ふはは、と笑いあう2人。目は怖いので見たくない。

 

「ケイは結構手がかかるからね。精神年齢が子供に近いというか。幼い頃から見ている私も心配でならないよ」

 

「ははは、まったく同感だな。このあいだなどこやつの食生活のずさんさのあまり夕餉につい招待してしまった」

 

「それは()()のケイがお世話になったみたいで」

 

「間接的に僕にダメージいれていくのやめない?」

 

「「何か言ったか」」

 

「イエ、ナニモ」

 

二人の全く同時の言葉に文句を言う気も一気に失せた。

実は二人とも仲が良いのではなかろーか。

 

「おやっさん、何とかしてよ」

 

「そりゃあ、無理な相談だ。乙女の諍いを咎めるほど無粋じゃない。それが恋に関することなら尚更な」

 

おやっさんはそう言うと僕の前のカウンターにコーヒーを置いた。

片目を瞑って僕に目配せをするおやっさん。大方俺のおごりだとでも言っているのだろう。

 

ありがたくコーヒーを頂戴し一口含み口の中でころがす。淹れたての熱さが僕の舌を焼くがそれを我慢して深い旨みを感じる。

 

「うまいよ、おやっさん」

 

「そりゃあ、よかったよ」

 

二人は未だ口喧嘩に見せかけた僕の悪口を言いつづけている。

ちょうど今はチンクが僕の幼い頃の失敗談。委員長が書類をまとめる時に僕がやらかしたミスのことを話していた。

 

「ホント、勘弁してよぉ……」

 

僕の情けない呟きはヒートアップした二人の喧騒に飲み込まれた。

 

「私はバイト帰りはいっつも同じ自転車で帰っている」

 

「ほぅ、そんなものか我は……」

 

今僕は切実に願う。

 

お客さん早く来てくれと、と。

 

 

 

 

 

 

 




言うほど修羅場ってない。
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