君に気持ちを伝えたい 作:世嗣
これのBGMは「曇天」で書きました。やたらとカッコ良い曲なのでなんかどうしたもんかとやとらと悩みました。
次からものを書くときに音楽を聞くのはやめよう。
「降ってきおったな……」
空を覆う分厚い雲に思わず嘆息がこぼれた。ざーざーと降りしきる雨が視界を遮る。
本格的な梅雨が到来したようだった。
こんな気持ちの悪い天気は早く家に帰ってブレイブデュエルでもして気分転換がしたいものだが、今の我にはそれは叶わない。
「あれ?委員長今帰り?」
背後から見知った、能天気な声が聞こえた。ふわふわとしたその調子はやもすればやもすればどこかに飛んで行ってしまいそうだ。
「雉咲?」
「ご名答」
にこにこと笑い近づいてくる其奴は、我と同じクラスの副委員長、部下の雉咲禊だった。
「委員長が一人って言うのは珍しいね。大抵はシュテルンとレヴィの三人なのにね」
「今日は我は少し調べ物があったのでな、先に帰らせた」
雉咲は我の隣まで来ると興味なさげに相槌を打った。
「興味が無いなら聞くで無い、戯け」
「いんにゃ、別に興味が無いわけじゃ無いけど」
そう言うと奴は玄関に立てかけてあった青色の傘を手に取り、手の中で半回転させた。
今奴は傘の真ん中あたりを握り自らの腹辺りに石突を向けている状態だ。
「何をしておるのだ」
「ん」
奴は我の質問には特に答えることはなく傘の柄を我の方に向けて突き出した。
「ーーどういう意味だ」
「いや、貸してあげる。忘れたんでしょ、傘」
図星を突かれて思わず表情が歪んだ。
「此れは貴様のぶんだろう?」
「僕は教室に折り畳み傘あるし何とかなるよ」
ならばよい、のか?
奴の傘の柄を握る。梅雨の湿った空気のせいかしっとりと濡れているような気もした。
雉咲は満足げに笑うとぱっと手を離した。
支えがなくなったことで傘の石突が重力に従って落ちる。慌てて止めようとした。しかし、我が間に合うはずもなく石突は地面に当たって甲高い音を立てた。
「す、すまぬ」
「気にしなくて良いよ。というか委員長が傘を忘れるなんて、珍しい事もあるんだねぇ」
心底面白いものを見た、とでもいうように唇を意地悪そうに歪めて笑う。
「き、今日はたまたまだ!何時もなら忘れぬわ!ほ、本当だからな!」
「へー、そうかそうか」
「ーーくっ」
い、いかん。今日は奴を圧倒的優位な立場に立たせてしまった。今日はこれ以上ここにいてもイジられる未来しか見えぬ。
「わ、我は帰る。傘の件感謝する。この恩はいつか」
「気にしなくて良いよ〜。あ、それかこの前の名前の件とおあいこでチャラにしてくれても良いんだけど」
「翠屋のシュークリームか?」
「うん、それ」
「そ、それと此れとはまた話が別だ!絶対に翠屋には連れて行ってもらうからな!」
えー、と言って奴がため息をつく。
何と言おうがあれはあれ、これはこれだ。
「じゃあね、委員長。また明日にでも」
「ああ、またな」
ばさっと我の物より一回り大きい傘を開いて雨の中に足を踏み出す。
ローファーが水たまりの中に踏み込み雨と混じった泥を僅かに跳ねさせた。
ちらと一度だけ後ろを振り向くと奴は我と別れた玄関のガラス戸の前にいた。
奴は我が見ているのに気がつくとにこにこと笑って手を振った。
遠慮がちに手を振り返して帰宅の足を速める。
男子というだけでこうも行動の一つが気恥ずかしくなるとは……!
校門を出る際にもう一度だけ振り向くともはや顔は識別できなかったが、雉咲がそこにいることはわかった。
ーー早く教室に傘を取りに行けば良いものを。
律儀に見送っているのかはわからんが早く帰るべきだろう。
足を踏み出して校門を出る。
さて、時間的にブレイブデュエルは出来んだろうが、腹を減らす奴らのために早く帰宅するとしようか。
ユーリらのことを考えると身が軽くなる。今日は雨だし何か身体のあったまるものでも作ろうか。
そうだな、雉咲のおかげで濡れずに帰れることだ、少し手間のかかるものでもーー。
そこまで考えてはたと気づく。
なぜ奴は我に傘を貸した後あそこでぼんやり突っ立っていたのだ?
なぜ奴はいつまでも見送っていた?
いや、そもそもーー。
「奴はあらかじめ折り畳み傘を用意しておくような奴ではあるまい」
彼奴はどちらかというと傘を忘れて貸してもらう方の人間のはずだ。
ということは、つまり今奴は。
「あん、の、戯け〜〜!」
我に傘を貸してどうしようか頭を悩ませておるのか。
人助けは嫌だ嫌だ、と口では自分本位なことを言っておきながら根本的なところでお人好しの奴らしい行為だ。
その事が思いついたら自然と足は学校に向かっていた。
どうするかなど決めていない。
それでも今は奴のところに向かわねばならん気がした。
ーー最悪電話してシュテル辺りに傘を持ってきて貰えば良い話だ。
遠目に校門が見える。後少しの距離を走って近づいていくと、そこにはーー。
「ーーな?」
藍色の髪の女子と仲睦まじく同じ傘に入って帰る雉咲がいた。
◯●◯●◯●
「さーて、どうしたものかねぇ」
ざーざーと降りしきる雨を見つめてぼんやりとつぶやく。
カッコよく「傘持ってけよ(キリッ)」と言ったのは良いけど帰れなくなってしまった。
なに?バカじゃないかって?
女の子の前ではカッコつけたくなるのが男ってものだろう?
「あはは、ずいぶんかっこいい真似したね」
後ろから笑い声が聞こえた。この愛しくとも何ともなく、やたらと耳になじみがある声。
「相変わらず女の子の前ではカッコつけたがるのね」
「何か用?」
正面に回り込み僕の顔を覗き込んできたのは、腐れ縁、中島ギンガである。
「もう少し愛想よくしてくれても良いんじゃないの?」
「何でオマエに愛想よくしなきゃいけないのか僕は全くわからないね」
無愛想に僕がそう言うとギンガはやれやれといった風にため息をついた。
「君はほんとーに変わらないね。いや、
「そんなのオマエには関係ないよ。というか用件は何?」
「傘、貸しちゃったんだね」
「ーーどこから見てたの?」
ギンガの発言に頰がひきつる。
コイツ僕と委員長のやり取り見てたな。
「うーん、『僕は教室に折り畳み傘あるし』辺りからかな」
ほとんど最初からである。
「盗み見してたのか」
じとっと半顔で睨みギンガを責めるとギンガはふるふると首を振って否定した。
「そんなんじゃないよ。どっかの誰かさんがカッコつけてるのがただ聞こえてきただけ」
君は折り畳み傘なんて置いとく性格じゃないのにね、と言って笑った。
「へいへい、カッコつけて悪うござんしたね」
「ふふ、別に悪いとは言ってないよ。そう言うとこは変わらない、と言っただけ」
ーー居心地悪いなぁ。
なんか胸のところがもやもやして落ち着かない。視線をうろうろさせるとギンガと目があった。
藍色の髪に海を思わせる深い緑の瞳。顔立ちはすっきりと整っていて将来は美人さんになるだろう。性格は典型的な大和撫子で料理もうまい。異常に良すぎる運動神経もはたから見れば美点だ。
コイツは何も悪くないんだ。
ただ、僕がコイツを苦手にしているというだけ。
「どうかした?私をじっと見つめて」
「別にどうもしない」
視線をギンガから外して今度は地面を見た。今日は雨になったせいかところどころ水滴が散っていた。
「私の傘にいれてあげようか?」
「ーーえ?」
「だから私の傘にいれてあげようか。ないんでしょ、傘」
こちらを伺うように上目遣いのギンガ。不意打ちの仕草があまりにも綺麗で思わず見惚れてしまった。
さらりと揺れる長い髪、きらきらと濡れたように光る瞳。
顔に熱が集まる。
心臓がどくどくといつもより早いビートを刻む。
「た、たのむ」
顔を見られないように後ろを向いて隠した。このままだとコイツにそうとう情けない姿を見られてしまう。
ーーそれは、なんかヤダ。
ギンガはニッコリと微笑むと傘立てに手を伸ばし一本の傘を抜き取った。
「とりあえず
「いい」
「ねぇ、なんでさっきからあっち向いたままなの?私早く帰れないんだけど」
「ちょ、ちょっと待ってよギンガ」
深呼吸、深呼吸。
おちつけー、僕の心臓。
こんな奴にドキドキしてはならない。相手はギンガだ。あの脳筋ギンガだ。
おちつけおちつけおちつけおちつけおちつけ、おちけつ!
いや、ケツを落としてどうするんだ。
「よし、大丈夫だ。待たせたね」
ギンガの方を向いた僕を見てギンガは傘を開いた。ばさっと大きな音を立てて視界を水色が覆う。
「ほら、君も入りなよ」
ギンガがちょいちょいと手招きをして自分の隣をさした。
「お邪魔します」
体を傘の中に入れた。なんとなしに入ったがギンガとの体の近さに思わずひるんでしまう。
「わ、動かないでよ。雨に濡れるでしょう」
ギンガがむくれたように鞄を持つ手を僕の腕に絡ませてきた。
「ぎ、ギンガさん?」
「だってこうしないと私も禊も濡れちゃうし」
ふわりと甘いラズベリーのような香りがした。僕よりほんの少しだけ低い位置にあるギンガの頭から漂う芳香が僕の鼻腔をくすぐる。
頭を振って雑念を退散させる。
「カバン、持つよ」
「ん?そう、ありがとう」
絡めた腕を解かないままで手のカバンを僕に手渡した。ずしりとした重みが僕の手の中に伝わる。この優等生は置き勉などはせずに教科書を律儀に持ち帰っているのだろう。
特にそれから僕らは喋ることなく歩みを進めた。
今はなし崩し的にこんな状態になっているが、本来僕とギンガの仲はもっと気まずいものだ。
嫌なわけではない。
ギンガが嫌いなわけでもない。
ただ、
そんな空気の中でギンガは話しかけてきた。こちらの事はなんとも思ってないと言わんばかりである。
「クラスの副委員長ってやっぱ忙しいの」
「それなりにね」
なんで知ってるのかは知らないが。同じ学校で同じ学年だ。知っていてもおかしくはないだろう。
相手が話しかけてきたことだしこちらもにさちょっとくらい会話をしてようか。
「ゲンヤさん元気にしてる?」
「まあ、それなりに元気」
「そっか」
会話が続かない。
互いにした質問はどこか散発的で話が膨らまない。
チラリと隣を盗み見ると降り注ぐ雨がしとしととギンガの肩にかかっていた。
ギンガが持つ傘を今一度見ると僅かに僕の方に傾いているのがわかる。
ーーコイツ、余計な事を。
「傘僕が持つ」
「え?いやいいよ?私持てるよ?」
「いいから貸してよ」
「もしかして私の方が身長低いから気にしてる?でも大して変わらないでしょう。2センチくらい?」
「失礼な3センチはある。いいから貸せよ」
僕の不機嫌な調子におされたのかギンガは思いの外あっさりと僕の方へ突き出す。
僕は今まで両手に持っていた二つのカバンを一つの手で持ち直し突き出された傘を手に取る。
その拍子にギンガと手が触れ合う。
白く、綺麗な白魚のような手だった。
ギンガの手の感触を頭から振りはらい、傘をギンガの方へと傾ける。
今まで僕のために濡らしていた肩を濡らさないように。
ギンガが驚いたように僕の方を見た。ようやく僕が傘を受け取った真意を理解したようで、瞳をいっぱいに開いている。
「言っとくけど、別にオマエだからしたわけじゃないよ。男子は女の子の前ではカッコつけたくなるだけだから。気にしないでよ」
ギンガに僕の顔が見えないようにそっぽを向く。今はコイツに顔を見られたくなかった。
だって、今僕の顔はとっても赤くて変な風になっているだろうから。
「ふふ、ごめんね禊。さっきの言葉とり消すね。君はやっぱり
隣から笑い声が聞こえる。組んだ腕からギンガの震えが伝わる。
顔は見えないがギンガは今すごく笑っているはずだ。
「ねえ、今日ウチでご飯食べていかない?どうせコンビニ弁当なんでしょ」
「そうだけど、なんか申し訳ないよ」
「大丈夫だって。というか最近禊がうちにご飯食べに来ないからみんな寂しがってるんだよ。父さんなんか特に」
「でも、ねぇ……」
煮え切らない僕の答えにギンガは困ったようにため息。
そんな言われたって他人の家でご飯、というのはなかなかビックイベントなんだぞ。
「じゃあ……」
ギンガはしばらく考えるそぶりを見せると、ポンと手を叩いた。
「お母さんに君の好きなコロッケを作ってもらうのはどう?」
「むむ」
それはなかなかに心惹かれる提案だった。どのくらいかというと頭の中で今日の夕飯を明日の朝飯にしても問題ないか考え始めてるくらい。
「更にどうしてもっていうなら私の食後のデザート分けてあげてもいいよ」
「お世話になります」
即答した。
そんな好条件を提示されたらもう悩むところなどない。
「よし、じゃあ帰ろうか!」
「私の家に、だけどね」
ギンガの指摘に笑い声が漏れる。隣を目だけを動かして盗み見る。
「うん、帰ろう!」
ギンガの嬉しそうな声と共に久しぶりに、本当に久しぶりにギンガの太陽のような笑顔を見た。
ギンガのヒロイン力に驚く。
最初は「委員長と梅雨」の話だったのに、あれよあれよと言う間にギンガメインの話に。
解せぬ。