真・恋姫†無双〜李岳伝〜   作:ぽー

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第四十話 段珪

 目を覚ました時、段珪は全身を縄で雁字搦めにされ、芋虫のように地面に這いつくばっていた。うっ、と呻き胃の中のものをわずかに吐き出した。かすかな頭痛に悶え、段珪はしばらくものを考えることさえできなかった。自らが虜囚の辱めを受けている、ということを正確に把握したのは四半刻が経ってからである。

 どれほど眠っていたのか全く把握ができない。薄暗い地下室のようなところに転がされているのだ、陽の光も届かず朝なのか夜なのかすらわからない。不意に、とんでもない事態になったのだ、という恐怖と焦燥で段珪は滅茶苦茶に暴れた。誰かに拉致された、誰かに誘拐されたのだ――

 大声を出していいことがあるとは思えない、という奇妙な冷静さの狭間で、段珪は荒縄で縛られた手首が擦り切れてじわりと血が滲むまでもがき続けた。

 冷たい石畳の上でしばらく蠢き続けた後、力尽きてぐったりした段珪にやがて明かりが差しこみ声がかけられた。

「大人しくしといてもらおうか」

 眩しさに慣れず、段珪は目を細めた。一人の男が部屋に入ってきたことだけはわかる。背の高い男であった。

「貴様、私を誰と心得る」

「中常侍が一人、段珪殿。もちろん承知しておりますよ」

 男は肩をすくめて呆れたように答えた。男の顔には全く見覚えがない。頭部の鈍痛以外に見覚えのあるものは周囲には全くなかった。最後の記憶は確か李岳の攻勢に対して脱出しようと荷支度を整えたあたりのことである。つまり、その宮中で打撃され運ばれたのだ。

「ま、色々とお伺いしたいことがございましてね。ご不便をおかけします」

「なんだと、馬鹿な。貴様」

「いえいえ、ごゆっくりしてください。貴方から直接お伺いしようとは思っておりませんので」

「なに?」

 段珪が問い返すまでもなく、男は背後よりもう一人を引っ張った。女。段珪が荷造りを命じた下女である。

 女ははっとして駆け出すと段珪にしがみついた。

「旦那様! ああ、こんなお姿で!」

「なぜ、ここに」

「お怪我はございませんか!」

 女はすがりつき涙を流し始めた。慌てて段珪の戒めを解こうとするが、ガチャガチャと音がなるだけで一向に外れない。段珪からは見えなかったが、頑丈な錠前が施されていた。

「まあではごゆっくり」

「待て!」

 背の高い男はわずかに目を細めると、扉を無慈悲にも閉めてしまった。部屋は再びかすかな明かりだけを残して暗闇に落ち込んでしまった。女はどうにか段珪を自由にしようと未だに力を尽くしていたが、段珪はわずらわしい、とばかりに振りほどいた。

「ええい、やめろ。無駄なことだ」

「も、申し訳ありません」

 責め立てるつもりではなかったが、女は自責の念に俯きまた涙を流し始めた。暗がりに目が慣れ始めると、段珪は下女の口元からわずかに血が流れているのを見つけた。

「待て、お前」

「はい」

「……やつらに何かされたのか?」

 恐る恐る段珪はたずねたが、女ははっとするほどの鮮やかな笑顔を見せた。

「旦那様、私は決して何も話しませんから」

 女の儚げな微笑みが、段珪の胸を締め付ける。段珪はそうか、と呟きそっぽを向く他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水と食事は日に二度与えられた。用は部屋の隅で足さなければならなかったが、それも毎回持ちだされた。囚われの身としては上等な方であろう。腕の戒めも解かれた。尋問や拷問というものもされなかった。

 だがそれは段珪に限った話であり、下女は一刻に一度、起きてようが寝ていようが連れ去られた。やめろ、と段珪はすがりついたことがあったが腕力でかなうはずもない。引き剥がされて床に放り投げられるのが精々であった。床にはいつくばりながら自分の無力さと、そして下女ごときに何を必死になっているのか、という自嘲めいた気持ちに責め立てられて段珪は再び苦しむ。責めはきっかり半刻だったが、その時間は永遠のように長く感じられ段珪を苦しめた。

 戻ってきた女は時に口から血を流しており、時には痛みに呻くように腹を抱えていることもあった。意識がないときさえもある。どのような責めを受けているのか考えたくもない。あるいは段珪の想像を絶するひどい状態に置かれているのかもしれない、と思うと段々頭をかきむしりたくなるほどのもどかしさに段珪は苦しんだ。

 尋問は遠くで行われているのだろう、悲鳴さえ聞こえないのだ。女は戻ってくる度に、自分は何も言わなかった、と脂汗を浮かべたまま誇らしげに段珪に伝えるばかりであった。馬鹿者、とだけ告げて段珪は眠るふりをした。

 長身の男が下女を連れ去ろうと扉を開けた四度目の時、物陰に隠れていた段珪は不意打ち気味に体当たりで突っ込んだ。だが敵の身体に触れた瞬間、鍛えぬかれたその肢体を実感し段珪は為す術もなく放り投げられた。長身の男は呆れたように段珪を問い質す。

「なぜ、どうされたのですか段珪殿」

「貴様ら、この人でなしどもが」

 これは驚いた、と男は笑った。

「なるべく紳士的に振舞っているつもりですが? 貴方に危害は加えておりませんよ」

「この女を痛めつけているではないか!」

「下女でしょう?」

 男の言い分が正しいことを段珪は理解していた。身分違いである。下女の苦痛など考えるべきではなかった。段珪でさえこの地位に上り詰めるまでに似たようなことを行なってきた覚えがないではない。

 だが、そんなことは関係なかった。耐え難いことは耐え難いのである。

「貴様ら、何を聞きたい。何を知りたいのだ! この女は何も知らぬ! 何も知らぬのだ!」

「名も知らぬ下女に随分とお優しいことで」

「うるさい!」

 男は段珪と下女を交互に見比べると、何も答えずに背を向けると出ていってしまった。あ、という間もなくである。下女への拷問をいっとき阻止したのだ、という勝利感が湧いたが、同時になぜこんな下女を庇うのか、という背徳感も強まった。

「旦那様……」

「うるさい、よるな……わしに触れるな!」

 女の手を払いのけ、背を向けると体を丸めて眠りにつこうと試みた。背中の向こうですすり泣く下女の声が、しかし段珪の眠りを妨げてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 段珪は(エン)州済陰郡の人であった。早くに性器を切り落とし宦官の道を進んだ。段珪は優秀であり小黄門の地位に至るまでさしたる時はかからなかった。

 侯覧、王甫、曹節……三人の巨頭とも言うべき宦官の長が権勢を振るっていた時代である。さらなる出世をするためには彼らを出し抜かなければならない。高齢である曹節は放っておいても死ぬだろう。段珪は侯覧に近づいた。

 済北国に騰延という男がおり、彼が侯覧の目の敵であったのである。騰延を堂々と殺す計略がある、と耳打ちしてから段珪は取り入った。

 段珪と侯覧は済北国で農業の開発を始めた。その成果は順調といえ、済北国の相である騰延にもかなりの利益を分けたのでやがてかなりの規模に育った。だがやがて二人の部下が済北で略奪を行なっている、という噂が国中に広がった。騰延は激怒し、兵を挙げて二人を包囲し、とうとう済北から追い出した。

 段珪と侯覧はこれを不服に思い皇帝に直訴した。霊帝は当時未だ明晰であり、ただちに調査を命じた。結果、略奪を行なっていたのは段珪と侯覧とは無関係の野盗であり、騰延の思い込みと言いがかりによる暴挙であると裁きが下った。騰延は免職され、失意のうちに死ぬ。

 だが事実はその野盗も、噂を広げたものも、全て段珪の手配した者たちであった。二重三重に依頼先を挟んだのでどれほど調査しようと段珪の名が上がらないことになっていたまでである。皇帝さえ手玉にとって段珪は計略を完遂したのであった。

 このようにして段珪は侯覧の懐刀として宮中で力を振るっていくことになる。だがその切れすぎる刃は主と思い込んでいた侯覧さえも切り刻んだ。まずは王甫が段珪の手によりでっち上げの罪で訴追され刑死に追い込まれたのである。それにより宮中の権力は侯覧の一手に集まったが、次は己の番だ、という恐怖が日々彼を苛んだ。とうとう侯覧が自ら首を吊ってしまうまで、王甫の死から百日も経たなかった。

 そしてその年の内に曹節も老衰で死に、中常侍という新たな秩序が漢を支配するようになっていった。張譲や趙忠にその支配を任せてはいたが、その内実を誰よりも知り尽くしていたのは彼に他ならない。

 陰謀と工作、その手練手管により漢の頂点に君臨してきた男、段珪。自らもまた嵌められ死に行く事を覚悟せぬ時はなかった。だがどのような惨めな立場に追い込まれようとも、我こそは段珪、と悪らしき見事な死に様を魅せつけてくれる、と心に誓ってさえいた。

 

 ――だがいま、その覚悟は崩れつつある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけの時間をこの地下牢で過ごしたのか、段珪にはもうはっきりと分からなくなってきた。ただ毎日段珪にだけ与えられる食事と水、それを下女に分け与えていなければ彼女はとっくに死んでいただろう、ということだけははっきりしていた。

 尋問は時に苛烈を極めているようだった。下女は話すこともままならないほどに衰弱していることがあった。時間がくれば寝ていようが食事中だろうが引きずり起こされて連れて行かれるのである。一体何をされているのか、下女は段珪が聞いても決して答えなかった。段珪も本心では聞きたくなどないので、再び聞こうという勇気は湧いてこない。

 なぜ下女にばかり執拗に尋問を繰り返すのか、段珪にはわけが分からなかった。この女が何かを知っているはずがないのだ。それはもう相手も薄々わかっているだろう。あるいは下女が頑なに口を閉じているから、何かを隠しているのだと敵が誤解している可能性もあった。

 嘘でも何でもいいから言ってしまえ、と段珪は下女に詰め寄ったことがある。だが下女は決して首を縦には振らなかった。ぐったりと冷たい床に寝転がったまま、儚げな笑みを浮かべるだけなのである。

「なぜだ、なぜお前がそこまでするのだ……」

「旦那様……」

「こんな、私など! 本当はおぞましいと思っているのだろう! 宦官の権力者など、この漢を腐敗させた原因だと! こんな私などかばわずともよいのだ……私を売れ! 私が今までそうしてきたように!」

「……ふふふ」

 下女は何がおかしいのか、脂汗を浮かべたまま笑った。

「旦那様は、確かに宦官で権力者ですが……こんな下女を心配されて」

「誰が、お前などを心配するか!」

 叫び声は狭い地下牢を反響し、何度も段珪の耳を叩いた。一度、二度と自らの声が返ってくる度に、段珪はうなだれて、とうとう観念するように俯き言った。

「……いや、違う、事実お前が心配だ……なぜだ! わからぬ……名も知らぬお前などを庇っている、なぜだ……私は段珪。この国の頂点を占めた者だというのに……なぜ……」

「紅梅」

 段珪ははっとして顔を上げた。下女は跪き、段珪に頭を下げていた。再び上げた顔にはやはり笑顔がある。

「紅梅です。旦那様。私の真名は……紅梅と申します」

 馬鹿馬鹿しい、真名などという風習に段珪が気を遣ったことなどこの三十年ない。誰に魂を預けるというのだ、誰の魂を守れというのだ! 熾烈な権力闘争の渦中で情などというものは重石にしかならぬ。水中でお互いを綱で結んでしまうかのような愚行だ。片方が沈めば自らも一緒に水没するのだ。

 だが、その真名を段珪は預けられた。生と死、苦痛と絶望のこの究極の状況下で捧げられた無上の信頼であった。金でもない、名誉でもない、権力でも美食でもない――ただの名である。

 その瞬間、心の中の堤が決壊していた。段珪は泣いた。ひれ伏し、下女にすがりつき泣いた。一回りも二回りも年下の、自分よりも遙かに地位の低い下女に、まるで童の時分に母に甘えるように、許しを乞うように段珪は泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがていつものように姿を現した長身の男に、段珪は穏やかな声で、全てを話す、と言った。その目には解脱したような澄んだ輝きがあった。男は束の間考えたあと、頷いて段珪を上階へ促した。

 夕方であった。何日経っているのかはわからないが、その橙色の輝きが朝陽ではなく、黄昏なのだと段珪はなぜか確信できた。美しい色合いであった。世界は本当に美しさに満ち溢れており、段珪を新鮮な感動で満たした。

 尋問は穏やかであった。怒鳴り声も恫喝もない。長身の男の問いに段珪は自らの全てを語った。生い立ち、出世までの道のり、権力を握ってからの葛藤。

 そしてやがて現れた田疇という男と劉岱、劉遙の兄弟。そして彼らがもたらした恐るべき計画――

「天下蠱毒の計、だと?」

「ああ、それがこの国を救う唯一の策だと田疇は言った」

「その中身は?」

「天下を混乱せしめ、洛陽を危険にさらす。その際宮中の邪魔な外戚を全て排し、全土の兵力を結束する。そして再び栄光を帝の直下に集結させる、という」

「まことか?」

 段珪は首を振った。

「いや、嘘だろう。今ならわかる。田疇は我らに全てを語らなかった。我らは自らの権力欲を奴らに利用されたに過ぎぬのだ。今にして思うが、なぜあんなものを信じたのだろうな? 私にもわからぬ。奴らはさらに違うことを考えておったのだろう。なぜか、はっきりとわかる」

 その後、詳細なやり取りが段珪の口から語られた。日付、人数、会話の中身、自分が行ったこと、将来の行方……段珪の答えの正確さは廖化が舌を巻くほどで、慌ててもう一人呼びつけると余すことなく書き記された。一刻の間に竹簡がどっさりと山になるほどである。

 天下の頂点に君臨し続けた男の生半ではない力量を存分に発揮していた。

 段珪自身も、自らの思考が冴え渡っていることを理解した。なぜだろう、全てが恐ろしい正確さで理解できた。段珪は自らの置かれた状況も、余すことなく理解していた。

「わかりました。ご協力に感謝しますよ、段珪殿」

「……一つ聞きたい。お前たちは何者なのだ?」

「我ら、李岳麾下」

 男の答えに段珪は大口を開けて笑った。愉快だった。これほど完全に騙されるとは思っていなかった。他の諸侯、あるいは他の宦官の手の者とばかり思っていたが、完全に考えの他の名前が出てきた。

「なるほど、恐ろしい餓鬼だな。奴を侮ったのが我の敗因か……ごまをすることだけが上手な木っ端なのだとばかり思っていた。田疇の言うとおり、宮中に突っ込んできたのだな。その際に私を拉致した……侮ってはいかん男だったか」

 どこか難しい笑みを浮かべて男は段珪を促した。再び地下牢に戻される道すがら、段珪は大きく息を吸って吐いた。全身に疲れが溜まっている。じわり、と熱を帯びたある種の快感を伴う疲れであった。

 地下室に戻ると、下女が心配そうな瞳で段珪を待っていた。明かりが灯されている。盆と茶が置かれていた。今用意されたのだろう、湯気がまだ立っている。

 下女がおずおずと段珪の様子を窺っているのがわかった。段珪は気にするな、と笑った。段珪は下女の隣に腰を下ろすと、その手を取って言った。

「私の真名は至司」

 下女の目が見開かれた。段珪の変わりぶりに下女もまた驚いているようであったが、本人には及ばないだろう。

「旦那様……」

「真名をただもらう、ということはないだろう。そなたには真名をもらったのだ、私も預ける。よいだろう、紅梅」

「はい、至司様……」

 心地良い響きだった。至司――よい名をもらっていたのだな、と今にして思う。全ては遅すぎたけれども。いや間に合ったのか。幸福と後悔の狭間に揺れ動きながら、段珪は茶を取り口にした。程よくぬるまっているが、香りは死んでいない。舌に微かな刺激があった。途端、疲れが快感を伴って段珪を酔わせた。

「眠くなってきたな」

 段珪は紅梅に近づくと、そのふとももに頭を預けた。紅梅の柔らかい手が段珪の髪を撫でる。穏やかだった。静かであった。これで下が冷たい石畳でなければいうことはなかったのだが。

 揺籃の時を思い出しながら、段珪は大きくため息を吐いて瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廖化は地下室の扉の前でしばらく待っていた。扉はやがて開き、その奥から二人の人間が姿を現した。

「段珪は死んだよ」

 下女……張燕は肩に担いだ男に目を向けながら、静かに言った。廖化は段珪の顔を見ようとしたが、俯いているのでよくわからない。だが穏やかな表情をしているのだろう、ということはわかった。

「殺さなくてもよかったのではないんですかい」

 廖化の言葉に、張燕は力なく首を振った。駆け寄ってきた永家の者たちに段珪の体を預け、そして言う。

「だめだね。この男はここで死ななきゃならなかった」

「ですが」

「この男は、最期気づいてたよ。アタシが首魁だってことに。ひょっとしたら茶に毒が入ってたことも知っていたのかもしれない」

 まさか、という思いが廖化によぎったが、そうかもしれないという納得も同時にあった。死に瀕した人間には普段持ち得ない不思議なまでの潜在能力を発揮することがある。それは馬鹿力だけに限らない、神の如き洞察もその範疇だろう。

「あそこで生きながらえて、自分が騙されていたことを他人から知らされることは、あの男の誇りを、魂を傷つけることになる……それ、嫌だよねえ」

「そうですね」

 闇の技――人の心を篭絡し、抵抗する力を失わせて思い通りに操る術。

 気が重かった。段珪という大物を相手にする以上、確かに頭領である張燕が自ら動いたことは正しい判断だったろう。だがこの技は心に深い傷さえ負わせかねない。相手にこちらを依存させる以上、こちらもまた相手に依存するからだ。人一倍情に厚い張燕である。つらくないわけがなかった。

 そしてまた、もう一つの黒い感情が廖化の中に沸き起こってもいた。暗い暗い嫉妬の炎……死の間際に張燕に看取ってもらったこと、恐らく真名を交わしたこと、そして二人の間にしかない絆を結んだこと――自らの醜さに廖化は嫌になる。忠義だけで動いてはいない自分の不純さにも、廖化は頭痛を覚えそうな程であった。

「……さて、最低限の仕事はした。そろそろ坊やに報告しなきゃね」

「どこまで言いますか?」

「結果だけだ。過程は言うな」

 頂上に立つものが全てを背負う必要はない。闇の技は闇でのみ共有できれば十分なのだ。洛陽炎上で精神的にも参っているだろう、ここに置いて一人の男の死を伝える必要はなかった。

 李岳――そこでようやく、廖化は張燕に報告できずにいたことを告げた。

「ところでお伝えできなかったんですが、その李岳の旦那が……」

「なんだい?」

「倒れたんでさ」

「……倒れた?」

「病のようです。今は面会謝絶、ということになっております。ご自分の命令一下、誰一人として顔は出すなと。顔を出せば処断する、と」

 人は死ぬ。病でも、刃でも、簡単に死ぬ。そうか、と張燕は呟いた。ここで死ぬのならばそれまでの男だということでもある。生き延びれば、さらに飛び続けることが出来るだろう。毎度順風満帆というわけにはいかない。羽がへし折れることもある、それを癒すことが出来るかどうかもまた、器なのだった。

 わかった、と言って張燕は歩き出した。腹を抑えて苦痛にこらえながら……張燕の命令で拷問は実際に行われていた。闇の技に容赦も遠慮もない。その身を捧げて張燕は段珪の信頼と、情報を手にしたのだ。

 廖化はそっと彼女に肩を貸した。行く先はきっと墓場だろう、と廖化は察した。段珪をまともに葬ることは出来ない。城外の名も無きものたちの墓所に弔うのである。

 なぜかそれを、廖化はうらやましい、と思ってしまった。


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