そして世界は華ひらく   作:中嶋リョク

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[14]シルバ・ゾルディックの場合

『アナタ、聞いてらっしゃるの?!』

 

 耳から幾分離しているにも関わらず、携帯から声が割れるほどの音量が鼓膜に突き刺さる。

 

「……よく、聞こえている」

 

『あたくしだって、ミルキちゃんのことが心配なんですのよ? どうして電話ひとつ下さらないのかしらね!!』

 

 キキョウはヒステリックに叫んだ。もう10分近くこの調子だ。同じ事を繰り返し説明しては、冒頭に戻る。結局、キキョウが怒っているのは俺の決定にだ。「ミルキを暗殺者にはしない」と告げてから、キキョウの機嫌は急降下した。これは半分以上俺への八つ当たりと言える。

 

「だから、連絡しなかったのは悪かった。何度も言っているようにミルキは無事だ。……まあ、怪我はしているがそれは大したものじゃない。もうすぐ此処(ここ)を出発する。明日中には本邸(うち)に着けるだろう」

 

『怪我を心配しているんじゃありませんのよ!』

 

 ――やはり、そこじゃないのか。

 

 半ば予想していた事だが俺は苦笑を禁じ得なかった。

 

 一緒になって随分経つが、キキョウという女が時々分からなくなる時がある。ある意味、俺よりゾルディックらしい思考をする女だ。そんな所が気に入ってもいるが、流星街出身だからなのかそれとも生来のものか。一般的には大幅に、俺からも若干ズレた価値観を耳にする度、二度見することもしばしばだ。

 

 俺が事件の顛末(てんまつ)を説明している中でミルキが子どもを殺した段になると、嬉しそうに『まあ! まあ‼︎』と喜んでいた。俺としてはミルキが子どもを殺したからどう、とも思わないが仕事とは関係のない殺しだ。全ては俺の管理不行き届きが招いた結果であり、今回の殺しは歓迎すべきものではない。

 

 だが、キキョウにとってはミルキが初めて人を殺したという事実だけが重要らしい。だから暗殺も大丈夫だろう、と短絡的に行かないことはキキョウ自身も分かっているだろうに。

 

 いや……違うか。キキョウとの価値観は概ね俺と一致する。しかし話がミルキの事に及ぶと平行線となるのだ。どうしても暗殺者にしたいキキョウと、「無理だ」と一蹴する俺と。

 今回の事件で、キキョウの願いは断たれた。俺が、()った形になる。キキョウに対して余り多用することのない当主命令で黙らせたのだ。

 当主命令である以上、キキョウは俺に従わなければならない。決定に対して文句を封じられた為、別口でウサを晴らしているのだろう。

 

 ミルキは暗殺者には向かない。陳腐な表現だが、“優しすぎる”。あいつはゾルディックには異質な存在だ。ゾルディックの中で生まれ育ち、暗殺者に必要な教育をイルミ同様に施してきたつもりだった。だが、ミルキは違う。根本的に俺やイルミとは異なると言わざるを得ない。長じるにつれ、ミルキの異質さは俺の中で際立っていった。多分、身近にいたイルミはもっと早くに気づいている。

 幸か不幸かミルキ自身が弱かったせいで、それが表立つ事はなかった。だが、もう先伸ばしに出来ない年齢に達している。ミルキからも人を殺したくないと告白された。随分と思い詰めていたミルキの様子が脳裏によみがえる。

 ミルキに暗殺者になれということは、海洋生物に陸で生活しろと言ってるようなものなのかもしれない。

 

 携帯からは、相変わらずキキョウの『どうしましょう、心配だわ』という声が聞こえていた。

 

「お前は、一体何を心配している」

 

 まともに答えが返ってくるとも思わなかったが、一応聞いてみる。珍しく沈黙したキキョウに、俺はひと息ついた。キキョウとの長々とした会話で喉の渇きを覚えていたから、手近にあったミネラルウォーターをグラスに注ぐ。

 

『アナタ……』

 

「うん?」

 

『ミルキちゃんが処女でなくなったのなら、お嫁の貰い手がないじゃありませんか!』

 

 俺は、口に含んだ水を盛大に噴き出した。

 こいつは、俺の説明をちゃんと聞いていたのだろうか? どうしたら、ミルキの処女が奪われた話になるのか。多少悪戯(いたずら)はされているが、無事だと言った筈だ。

 

「ミルキはまだ処女だ!!」

 

 傍に控えていた執事がぎょっとして俺を見た。

 多少の事では動じない奴だったと記憶しているが、俺の口走った内容が内容だったからだろう。俺は咳払いをして話を続ける。

 

「例え――ミルキが生娘じゃなくなったとして、それがどうした? それでミルキの価値が下がるとでも言うんじゃないだろうな?」

 

 まさか、貞操は結婚相手に捧げるべきだ、などと古風な価値観ではあるまい。それともあれか? ミルキの心情的な問題だろうか?男への嫌悪感が残るのではないかと、そういう事か? ……まあ、それは多少あるだろうが……。

 

『あら、結婚するまで(みさお)を守るのは当たり前じゃないですか』

 

「はあ?」

 

『あたくしだってそうでしたのよ? ……まさか、お忘れじゃないでしょうね、アナタ』

 

「そ……そうだった、な」

 

 そうだったか? という言葉を辛うじて飲み込む。

 不味い。全然記憶にないんだが。

 

 キキョウは『暗殺者にはなれなくても、お嫁さんの道はまだ残ってて安心したわ』と少し機嫌を戻しつつある。

 まあ、でも――そうか、結婚か。その手があったか。

 

「キキョウ。ミルキの独立が難しいようなら、そのうち嫁にやる。あいつはああ見えて頑固だからな。お前が俺を選んだように、ミルキ自身に伴侶を選ばせるさ。最低条件くらいはつけるがな」

 

『あら……まあ! 素敵ね。ミルキちゃんにも早速言っておかなくちゃ!』

 

「いや、男に嫌な思いをしたばかりだ。第一まだガキでそんな時期じゃないだろう。そういう話はおいおい……」

 

 俺は唐突に言葉を切った。

 殺気だ。俺に向けられたものではない。随分遠くだ。一般人のモノよりかは幾分マシだが、闘い慣れた能力者のそれとは比べるまでもない。直後に膨れ上がったもうひとつの殺気は――イルミか。

 

『アナタ?』

 

「――何かあったようだ。また後で連絡する」

 

『ちょっと!? まだウェディングドレスと式場のお話がまだですのよ!?』と声を荒げるキキョウを無視して通話を切る。

 

「シルバ様、ミルキ様が……」

 

 執事も気が付いたようだ。――ミルキの気配が酷く弱い。いや、より正確に言えば――死にかけている?

 

「行くぞ」

 

「は」

 

 俺は一般病棟へと急ぐため、飛行船を後にした。

 

 

 

――――――

 

 

 

 円で確認するまでもなく、病院の正面エントランスから逃げ惑う大勢の人が見えた。

 人の波を(かわ)してホールに滑り込む。

 すぐに目に入ったのは床に仰向けに倒れた死体――女の死体だ。頭部の破損が激しいが、あれは警察官のエギナ・ココじゃないだろうか。

 

 脳漿(のうしょう)をぶちまけた死体を中心に、人々が遠巻きにしていた。床にイルミの(びょう)とハンドガンが落ちているのを確認する。十中八九、エギナを殺したのはイルミだろう。

 死体のそのすぐ(かたわ)らにはミルキが倒れていた。肩を赤く濡らしたミルキに意識はない。ジン・フリークスからの蘇生措置を受けている。顔面は蒼白で、唇にはチアノーゼが出ていた。肩からの出血が、床に赤い染みをじわじわと拡げている。

 いや、特筆すべきはそれだけじゃない。あろうことか、精孔が開いている。

 

 俺は視線を巡らせる。

 ジンとミルキからやや離れた場所で、床に膝をついて呆然としているイルミがいた。両手はだらりと垂れ下がり、手から零れたのか(びょう)が数本散らばっている。――目の焦点が合っていない。

 まさか、と思う。

 ミルキにイルミの攻撃が当たったのか。

 

「イルミ、どういうことだ?」

 

 俺の言葉が聞こえていないのか、イルミはぴくりとも動かない。

 

「イルミ」

 

 俺はつかつかとイルミの元へ行くと胸倉を掴んで引き起こし、横っ面を殴打した。

 

 

「……あ……」

 

 イルミの(ひとみ)が揺れて焦点を結ぶと、漸く俺を見る。俺を認識すると身体をガタガタと震わせ、泣きそうに顔を歪めた。

 

「父さん、どうしよう……。ミルキが、死ぬ。死んじゃう」

 

 俺の腕に指を食い込ませて縋る様子など、初めて見る。――こんなに。こんなに脆いものなのか。イルミの中でのミルキの比重の大きさに危ういものを感じた。

 ミルキが死んだら、イルミはきっと駄目になる。「ボクのせいだ」とただ繰り返すイルミに、もう反対側の頬を引っ張たいた。

 

「しっかりしろ。お前が今すべきことは何だ?」

 

「ミルキ……ミルキを助ける――死なせない」

 

「ならば、行動しろ。……分かるな?」

 

 イルミは頷くと、迷いのない動きで(びょう)を自分の頭に突き立てた。周囲から悲鳴が上がる。(びょう)はずぶずぶと深く刺さって頭部に埋没すると、イルミから動揺が霧散して目に冷静さが戻る。一時的に感情や肉体をコントロールするための措置で、自分で自分を操作するのだ。これは後の反動が酷いから、多用は出来ないと本人から聞いている。それだけ、イルミが追い詰められているということだろう。

 

「どいて」

 

「お前、何言って……」

 

 心臓マッサージを続けようとするジンをイルミが制する。ジンは訝しげに眉根を寄せた。

 

「いいからどけって言ってんの。ミルキを死なす気?」

 

 ジンを押しのけると、とりわけ細く長い針を懐から取り出した。ジンがぎょっとしてイルミの腕を掴む。

 

「おい?!」

 

 俺は、驚愕して止めようとするジンの肩に静かに手を置いた。振り返ったジンにひとつ頷いて見せる。

 

「大丈夫だ。イルミが意図的にミルキを傷付けることはない。イルミ、説明しろ」

 

「念を纏わせた針で経穴(けいけつ)を刺激して、自律神経を無理やり活性化させる。呼吸は意識的な活動でもあるけれど心臓と共に自律神経によってコントロールされているからね。まずはここ――鎖骨の間の天突(てんとつ)、背中の第二頸椎の風門(ふうもん)と第三頸椎の肺兪(はいゆ)(くるぶし)にある太谿(たいけい)、それから左腕の少海(しょうかい)……」

 

 ぶつり、ぶつりと順番にミルキに針を突き刺していく。

 

「アイジエン大陸の医療か?」

 

 ジンの言葉に頷いた。

 

「そうだ。念の系統上、イルミには一通り学ばせている。ベースは針治療だが、念の概念と融合させて……今ではイルミ独自のものだ」

 

 左腕を刺した所で、ミルキの胸が大きく動き、激しく咳き込んだ。これで心肺は戻ったが問題は精孔だ。正直、難しいかもしれない。なにせ、“悪意ある念の攻撃”を受けたのだ。普通の怪我とはワケが違う。

 イルミはミルキをそっと抱えると、「父さん急ごう」と呟いた。

 

「ジン、俺たちは急ぎククルーマウンテンに戻る。元々、ミルキがどんな状態でも連れて帰れるように医者も設備も整えてきた。ここは病院だが、ミルキの状態は一般的な病院でなんとかなるものじゃないのは分かるだろう? ゾルディックの経験と知識と――後はミルキの運次第だ。それから――」

 

 俺は、死体を指差した。

 

「ジンにはご友人を含め事後処理をする義務がある筈だ。何故、彼女が真実を知ってしまったのか。後程納得のいく説明を貰えるものと思っている」

 

 状況から判断して、エギナがミルキを殺そうとしたのは間違いない。エギナの娘を殺したのはミルキだ。理由がどうであれ、ミルキが手を下した事に変わりはない。彼女はそれを知ってしまった。そして、ミルキに殺意を抱いた。――そういう事だろう。

 問題は、エギナがそれをどうやって知ったかだ。俺達から漏れる筈はないから、警察を含めジン側の手落ちだ。

 暗に俺が責めている事を汲んだジンが、「すまない」と頭を下げる。

 

 だが、俺も謝罪を素直に受け取れるほど余裕があるわけじゃない。ミルキは俺にとっても可愛い娘だ。ジンの謝罪に無言で応えて(きびす)を返す。ミルキを抱えたイルミが後に続いた。

 

 ぐったりとしたミルキを見遣る。ミルキの精孔からは、オーラが勢いよく噴出し続けている。ゆっくり起こした時とはオーラの出方が明らかに違っていた。瞑想で精孔が開くとオーラがゆらゆらと立ち上るように出始める為、それを眺める余裕すらあるのだが。

 

 恐らく、身体の中でも制しきれないオーラが暴れている筈だ。それがどう肉体を傷付ける事になるのか……結果を見なければ分からない。腕を失うか、脚を失うか。それとも命を狩られるか。

 

 兎に角、早く本邸(うち)に連れ帰ってやろう。ミルキがあんなに帰りたがっていた場所だ。そして――死ぬのなら、家族で看取ってやりたい。俺は、ミルキが死んだ後のイルミの扱いにまで思考を巡らす。

 

 こんな時――自分の子どもが死にかけている時、一般的な父親の心理とはどのようなものだろうか。子どもが心配で、それ以外考える事が出来ないのが普通なのかもしれない。形振(なりふ)り構わず「助けてくれ」と泣き叫ぶのだろうか。

 だが、俺は父親の前にゾルディック家の当主だ。ミルキを心配しながらも、同時に当主として状況の分析と先読みをする自分がいる。

 

――すまない、と思う。すまないミルキ。だが、これがお前の父親だ。

 

 執事に指示を出しながら、飛行船に向かう。あまり良い思い出とはならなかったモロークの土地を、俺達は急ぎ離れたのだった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ツボネか」

 

 背後に現れた気配に、振り向かずに誰何(すいか)する。管と生物に埋め尽くされた壁面の影から、ツボネが深々と一礼したのが気配で分かった。

 

「シルバ様、ジン・フリークス殿からのお電話に御座います」

 

「――出よう」

 

 右手を横に伸ばすと、手の平に子機が置かれる。場を辞そうとしたツボネに「残れ」と短く告げると、その場で膝をついて控えた。どうせ、この後ツボネからの報告もあるのだ。ジン・フリークスからの電話の内容はある程度予想できていたし、別段聞かれて不味いものでもない。

 

「久しいな。2日振りか。すぐに連絡があるものと思っていたが」

 

『ミルキはどうしてる』

 

 俺からの嫌味を丸々無視して、ジンは必要な言葉だけを切り出した。モローク地区の精神医療センターで対面した時にも思ったのだが、ジンは飾ることをしない。それでいて頭も切れる人物のようだ。

 彼との会話は要注意だ。いつの間にか彼の欲しい情報を与えてしまう。

 

「それより、先に報告をして貰おう」

 

『――ミルキはどうしている。無事か?』

 

 再び俺の言葉を無視したジンに苦笑する。ここは年長者として俺が折れてやるべきか? しかも、無事か、とはどういう了見だろう。本気で言っているとしたら、ジンの正気を疑う所だ。

 

「無事なわけない。あれ以来昏睡状態だ。一度も意識は回復しないまま身体は衰弱し続けている。医者の話では、特に脳波が異常に活性化しているらしい。イルミの念を肩に受けた影響なのか、精孔が開いた影響なのかは今の所判然としないが、後遺症が残るとしたら脳かもしれない」

 

『……そうか』

 

 ジンは一言呟くと沈黙する。脳にダメージが残るとしたら、ミルキは廃人だ。これはある意味死ぬより酷かもしれない。特に、イルミにとっては。

 

『俺が調べて分かった範囲を報告する。俺がミルキからシャウエン事件の顛末(てんまつ)を聞いていた時の音声が残っていた。それをエギナに渡した人物がいる』

 

「誰だ?」

 

『看護師だ。エギナにフラッシュメモリを渡しているところを見かけた技師がいた。エギナのスーツのポケットから(くだん)のメモリを見つけた。ただし、技師によると見たことのない看護師で名前は分からなかった。特徴を聞いたが、一致する看護師はあの医療センターにはいない。メモリもエギナの指紋しか出なかった』

 

「……確かか?」

 

 ジンの報告は俺の予想の埒外(らちがい)だった。こうなってくると、あのエントランスでの一件は全く違った様相となる。表向きは我が子を殺された母親の復讐劇だが、裏で糸を引いていた人物がいるということだ。

 

『病院に残された監視カメラの画像を調べたが、例の看護師は一切記録されていなかった。だが、画像自体に改竄(かいざん)された形跡が見付かった。――つまり』

 

「つまり、ミルキは命を狙われていたということか?」

 

 俺がそう続けると、ジンから唸るような声が上がった。だから冒頭での『無事か?』という言葉だったのか。

 

『多分……いや、間違いなくそうだろう。ミルキが狙われる原因に覚えは?』

 

「あり過ぎて困るな。俺達の仕事を知っているだろう?」

 

 十中八九、ゾルディックへの恨みだろう。ミルキが人に恨まれる要素は皆無だが、ゾルディック家には恨みなどお釣りがくるほどだ。俺やイルミではなく、家族の中でもミルキを狙ってくるあたり内部事情をよく知っている。ミルキは弱い。しかも、キルアやアルカのように四六時中誰かが子守りとして傍についている訳でもない。――誰だか知らないが、随分と()ったことをしてくれる。必ず炙り出して生まれたことを後悔させてやろう。握っていた子機が手の中でみしりと音を立てた。

 

『……おかしいと思わないか?』

 

 ジンは慎重な声で続ける。

 

「何?」

 

『俺はハンターだ。ミルキを狙った犯人を突き止めようとこの2日間調べ尽くしたが分からなかった。相手は思った以上に大きいかもしれない。プロの仕事だ。資金も人手も一流の、な。こうなってくると、一体何処まで仕組まれた事なのかすら疑わしい』

 

 それは――それは、ミルキが拐われた事件そのものから仕組まれていた、ということか。確かに、シャウエン事件は公開捜査に至っていなかった。エギナにメモリを渡すタイミングも出来すぎだ。ミルキを拐ったジョセ・ヴァーシも、エギナ・ココもただの駒だとしたら?

 

「ジョセ・ヴァーシがミルキを殺すならそれもよし、エギナ・ココが殺すならそれもまたよし、ということか? 状況を作り出し、または利用してミルキを殺そうとした? ――随分と回りくどいな。しかも他人任せで確実に殺す保障もなかろうに」

 

『バレたら、ゾルディックに消されるからな。慎重にならざるを得ないんじゃないか? ジョセ・ヴァーシがミルキを殺せなかったから、次の手を打ってきた、とも考えられる。確証はないが、恐らくジョセ・ヴァーシもエギナも自分が意図的に動かされているとは思っていなかっただろう』

 

 嫌なやり口だ。自分は表に出ず、人を誘導して目的を達成する。目的……そもそも黒幕の目的とは何処までだろう? 今回狙われたのはミルキだが、ミルキひとりで済む話だろうか? これは、急いで確認する必要がある。

 

「この件は、ゾルディックでも調べよう。取り急ぎ、ジョセ・ヴァーシと接触する」

 

『殺すのか?』

 

「いや……まあ正直、エギナが死んで生かしておく意味も無くなったと思っていたが……。こうなってくると貴重な生き証人だ。イルミに接触させる」

 

『……大丈夫なのか?』

 

 ジンの声が疑わしい。ミルキに不逞を働いた男だ。イルミが感情的になって殺すのではないかと思っているのだろう。

 

『イルミには事情を話しておく。何よりミルキを狙った犯人に繋がるかもしれんのだ。殺したくても殺せんよ――それより、ジンには謝らねばならないな。改めて礼もしよう』

 

 電話口で、ジンは『そんなもん、いらねーわ』と笑う。

 

『それより、ミルキに何かあったらすぐに教えてくれ』

 

 それだけ告げると、ジンは通話を切った。俺は子機をツボネに渡す。考えることは山ほどある。まずはイルミだ。

 

「ツボネ、イルミはどうしている」

 

「お部屋にいらっしゃいますが……随分と荒れておいでで御座います。お食事に呼びに上がった新人の執事が2名死にました」

 

 俺は溜め息をつく。どんな時でも飯は食えと言ってあった筈だ。ツボネはほほほ、と笑い声を上げた。

 

「あたくしは、今のイルミ様は好ましく思いますことよ」

 

 何処(どこ)がだ。背後を振り返ったが、ツボネはもういない。俺はもう一度溜め息をついてからイルミの部屋に行くために立ち上がったのだった。


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