そして世界は華ひらく   作:中嶋リョク

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オリキャラ視点です。


[16]名も無き協専ハンターの場合

 俺は名も無きハンターだ。

 

 ――と言っても、別に本当に名前がない訳じゃない。

 冒頭で呟いてみた台詞は、自己紹介を比喩的にしてみたんだ。つまり、有名人じゃないよって事。

 

 一応俺にも、40数年間連れ添い続けている“エドガー・ハーケン”という名前がある。36歳で7歳下のショップ店員と出会い、それなりに恋愛をして結婚した。娘も二人いる。妻の尻に敷かれ、二人の娘から徐々に疎ましがられつつある平均的なパドキア国民の悲しき父親だ。

 

 容姿も実に平均的で、くすんだブラウンの頭髪にやや童顔に見える顔。若い頃ならば、10人いればひとりくらいは「好みだ」と言って貰えたかもしれない程度の男だ。

 年のワリに腹も出ず、若い頃の体型を維持しているのが唯一の救いか。

 

 「エドガーはありふれていて陳腐だけど、ハーケンっていうファミリーネームはちょっとハードボイルドな響きで素敵ね」と出会った当初の妻に言われて以来、ファミリーネームだけは気に入っている。

 

 ファーストネームを陳腐だと初対面で言いきった女性と最終的に結婚しているあたり、俺の性格が推し量れるというものだ。

 因みに初対面の際、客という立場にいたにも関わらず、敬語を使っていたのは俺の方だった。今でも、この敬語スキルは発動することがある。主に妻を怒らせてしまった時なんかだ。

 

 ああ、大切なことを忘れていた。

 長々と自分語りをしておいて今更なんだが、間違っても俺の名前なんて覚えなくていい。

 

 例えば『世界の偉人列伝~ハンター編~(学友社)』や、1990年上半期ベストセラー本『星持ちハンターの偉業から学ぶ処世術(学友社)』なんかに掲載されるような人間じゃないし、これからもそんな予定はない。

 

 常時600人前後居るプロハンターの中でも、下から数えた方が早いような俺だ。格闘に秀でている訳でも頭脳明晰な人間でもない。念なしで戦えば、アマチュアボクサーにだって負ける自信がある。

 一応、ハンターライセンスを所有しているから、プロハンターで間違いないが、どこの世界でも何かの間違いで紛れ込んでしまう異分子は居るものだ。それが俺だ。

 

 俺が念に目覚めたのは35歳の時で、その翌年にハンター試験を合格した。合格したのはその年俺だけで、ハンター試験史上稀に見る不作の年と言われている。合格者が一人も出ない事もあるのに、ひとり合格した俺の年が“不作”と言われる事には神の悪意さえ感じる。

 

 最終試験会場で、試験官達は一様に微妙な顔をしていたが、「まあいいか」と合格にされてしまった。多分、既に念を習得していた為、偶々合格側に天秤が傾いたのだろう。――と、つい最近まで思っていたのだが、当時莫大な借金を抱えていた俺が五体投地で合格をせびったのが要因らしい。そう言えば、そんなこともしたような気がする「呆れを通り越して哀れを誘ったのだ」とは、ハンター協会のロビーで偶然再会した試験官だった男の言葉だ。

 

 俺は元々ドサ回りの旅芸人で、腹話術師をしていた。他の大道芸人達と一緒に一座を形成し、各地を興行するのが俺の生活の全てだった。俺の役目は興行時の前説や前座で、花形の人気芸人が登場するまでのツナギである。

 

 腹話術という特性上、実に前説向きだった俺は、一座を辞めるまでずっとそのポジションだった。「さあ、少し会場を温めておきやした、後は先生方お願いしやすぜ?」てなもんだ。13歳の時から35歳まで実に23年間ずっとやってきたから、我ながら前説としては神の域に達していたと思う。――まあ、所詮は前説だが。

 

 俺が15歳の時、三ヶ月だけ一緒にドサ回りをした芸人がいた。トランプを得意とした手品師で、これがまたちょっといないくらいの美男子だった。手品の腕も超一流で、何でうちみたいな中堅どころの一座に参加することになったのか今だに不思議だが――まあ、要はその男が念能力者だったって事。

 

 何故か俺と俺の腹話術をいたくお気に召したらしいそのイケメンは、“念”という不思議な世界の話を聞かせてくれた。“念”を習得するための方法も「ホントは駄目なんだけどネ」と言いつつ、“瞑想”とそのコツをこっそり耳打ちしてきた。

 

 俺は歓喜した。

 そんな人智を越えた能力を身に付ければ、地位も名誉も金も女も濡れ手に粟だ! ――当時の俺を15歳らしからぬすれっからした考え方をするガキだと、後ろ指をさしたければさすがいい。早くから大人の中でもまれてきたら、大体こんなもんだ。

 

 俺は早速その日から瞑想紛いの行動に出る。毎日、とはいかなかったがほぼ毎日だった。短い時で20分、長くて1時間程度の瞑想だ。1年間は我ながら根気よく続けられたと思う。全ては自分の欲望のためだ。

 

 しかし、一向にウンともスンとも言わない自分の身体に“念”の習得を諦めたのは間もなくだった。それでも続けていたのには、興行前に集中力を高める方法として採用していたからだ。毎日ランニングを日課にしているランナーが、走らない日は何だか調子が狂うと感じるように、瞑想は俺にとってのランニングみたいなものになっていた。5年も経つと、瞑想をしない日は何だか気持ちが悪く思うほど、それは自然と俺の日常に組み込まれていた。

 

 10年後には、瞑想のきっかけが“念”の習得だったことさえすっかり忘れた。ガキの頃教えて貰った集中力向上法だったような気がする、程度のもんだ。思い出がいい加減に補正されるほど、“念”は遠い遠い昔聞いたお伽噺に置換される。

 

 だが、それは突然だった。いや、本当は「(ようや)く」という表現が一番妥当か? 瞑想を始めてから実に20年目、俺の精孔は開き期せずして念能力者となる。

 

 エドガー・ハーケン35歳、遅咲きの春であった。

 

 だが、問題は精孔が開いてからだった。イケメン手品師は、精孔を開く方法は教えてくれていたが、それだけだった。立ち上ぼり続けるオーラを留める“纏”の概念を一切口にしていなかったのだ。

 

 おそらく、俺の精孔が開く日はないだろうと思っていたからに違いない。ある意味それは正しくて、俺が20年間もしつこく瞑想を続けたから起きた奇跡だ。

 

 最初精孔が開いた時、訳が分からなくて俺はただ動転した。当然のようにこの時、“念”のことはすっかり頭から抜け落ちている。今まで見えていなかった蒸気のようなものが自分の身体から出てるんだぜ? 先ずは眼の病気を疑ったが、眼科医には、全く相手にされなかった。

 

 俺の日常は一変する。

 全身の疲労、虚脱感――果ての失神。この繰り返しの毎日が続いた。

 

 こうなってくると興行どころではない。長年親しんだ2流一座を辞し、俺は国立精神医療センターに入院した。原因不明の奇病として医者もあの手この手を尽くしてくれたが、結局ダメだった。

 

 医療費で貯金も底を尽きかけた時、俺はやっとこさ念のことを思い出した。藁にも縋る思いでハンター協会に電話すると「有料ですが、貴方のご病気をどうにかできると思います。成功・不成功に関わらず料金は発生しますがどうされますか?」という回答だった。どうされますか、だって? 俺は是、と即答した。

 

 ――そうして、俺の元に小さな女の子が派遣されてきたのだ。名をビスケット・クルーガーという。

 

 

 

――――――

 

 

 

「なんとまあ……話には聞いていたけど呆れたど根性だわさ」

 

 少女は、可愛らしい容姿とはあべこべの……ババくさい……いや、落ち着きのある口調だった。

 ハンター協会から派遣された少女は、自分は協専ハンターではないと言っていた。しかし20年間続けた瞑想で精孔が開いた男がいると聞き、興味本位で仕事を引き受けたらしい。

 まだ幼さの残る少女でありながらかたやプロハンター、かたや20年後に精孔が開いたおっさんの俺。世の中の不平等さを改めて噛み締めながら、俺は少女に頭を下げた。

 

「兎に角、日常生活が送れるようになりたい。お願いします」

 

 おかしい。念を習得すれば、地位も名誉も金も女も手に入れられる筈だったのでは。普通に生活したいんです! と訴えているってどういうことだろう。ドサ回りをしていたあの頃が懐かしい。

 

「あんた……才能なさそうねぇ……」

 

 少女の言葉が突き刺さる。

 

「顔も平凡だわさ」

 

「顔は関係ないと思います」

 

「お黙り。あたしのモチベーションの問題だわさ」

 

「…………」

 

 ちょっと涙が出そうだったけど、俺は黙った。疲れきっていたのもあるが、長年前説や前座で人の顔色を伺いつつ、その日のネタを決めていた俺だ。俺の勘が、この人間には決して逆らってはならないと警鐘を鳴らす。

 

 かくしてこの日より、ビスケット・クルーガーと一時的な師弟契約を結び、俺は“念”の基礎を学ぶ事になる。

 

 

 ビスケお嬢さん――何故か、師匠と呼ぶことは許されなかった――の扱きはスパルタの一言に尽きた。兎に角容赦がない。ハンター協会へ助けを求めたことを何度後悔したことか。派遣者のチェンジを切実に願ったが、「変えて下さい」の一言がどうしても言えなかった。言ったら殺されるより酷い目に遭うだろうことは火を見るより明らかだったからだ。そんな恐ろしいことになるよりは、この生き地獄の方が幾分マシだろう。

 

 それでもビスケお嬢さんは、指導者として非常に秀でていた……と思う。何せ比較の対象がないから主観でしか言えないが、『指導し慣れている』という印象を受けた。お蔭でお嬢さん曰く「恐ろしく才能がない」俺が、3ケ月後には粗末な練度ながらも纏、絶、練を習得していた。俺の伸び代を考えると、これはかなり異例な事らしい。強くなることではなく、日常生活を恙なく送ることに主軸を置いていたから成し得たと言える。20年間の瞑想で培った集中力も後押ししてくれたんだ……と思いたい。

 

 纏、絶、練を習得した効果は目を見張るものがあった。あの謎の倦怠感と失神の無限ループから抜け出せたばかりか、明らかに以前よりも身体の調子が良くなっている。「纏をしていると若さを保てるから」という師しょ……いや、ビスケお嬢さんの言葉に納得する。なるほど、言われてみれば確かに細胞ひとつひとつが活性化して力が漲っているような気がする。まるで生まれ変わったかのようだ! いや、事実俺は生まれ変わったんだ。

 

 歓喜する俺の目の前に、ことん、とガラスのグラスが置かれた。

 グラスには8割ほど水が入っている。水面にはそこらへんで千切ってきたような葉っぱが一枚ぷかりと浮いていた。

 

 ――ん? 分からない。

 

 俺はアホみたいにグラスを眺める。

 まさか……これを飲めと? 中身……水、だよな? 水以外だったらどうしよう……。

 

 俺は意を決してグラスをガッ、と掴んだ。

 

「分かりました、飲みましょう!」

 

「違うわ、ボケぇ!!」

 

 ビスケお嬢さんから見事な突っ込みを後頭部に頂く。

 

「これは水見式だわさ」

 

「水見……? 何ですって?」

 

 白煙を上げる頭を抱えながら、涙目になってお嬢さんを見上げる。

 

「呆れた。あたしは最初に言ったはずよ。特訓の最後は水見式であんたの念系統を調べて終了にする、って」

 

 ああ、そう言えばそんなことも言っていたような気もする。何せ、3ケ月前のことなど霞がかってよく思い出せない。それほど濃厚でトラウマな日々を送っていたのだ。でも……、そうか。いよいよ訓練も終了なのだな。

 

 俺はしみじみと喜びを噛み締めていた。これでビスケお嬢さんともお別れか。あの辛い日々も思い返せば美しい思い出に――なる日が来るのかは疑問だが、別れには一抹の淋しさを感じる。

 

「グラスを包むように手をかざして、練をするわさ」

 

「はい」

 

 正直、練は苦手だ。まあ、絶も苦手だが、とりわけ練は苦手だ。四苦八苦しながら、それでもオーラを練っていく。おや、と思う。何だか少し動いたような。集中力の限界まで練をすると、水面に浮いていた葉っぱがゆらりゆらりと二度揺らいだ。

 

「うーーーん……正直、微妙な練だけど、多分あんたの系統は操作系だわさ」

 

「多分、ですか?」

 

 じと目でビスケお嬢さんを見る。多分、って何ですか多分って。

 

「仕方ないでしょうが。あんたの練がお粗末なんだから」

 

 ビスケさんは俺の事をばっさりと切り捨てると、新聞の折り込みチラシの裏に六角形を描いた。よりにもよってチラシの裏かよ、という突っ込みは間違っても表情には出さない。フリーハンドで描かれた六角形は歪んでいて絵師のやる気が一切ないのが見てとれた。それでも俺は、念における未知の情報を見逃すまいと凝視する。一番上に操作系、次いで時計回りに放出系、強化系、変化形、具現化系、特質系と続いた。この6つが念の系統なのだろう。一番上に書かれた操作系が俺の念系統。

 

「操作系ってどんな系統なんですか?」

 

「オーラで生物や物質を操作する能力ね」

 

「もうちょっとこう……具体的にお願いします……」

 

 恐る恐る言うと、お嬢さんは腕を組んで「うーん……」と唸る。

 

「あたしも統計をとっている訳じゃないから断定はできないんだけど、多分念能力者の中で最も多い系統だと思うわさ」

 

「平凡、って意味ですか?」

 

「まあ、悪く言えば。良く言えば王道ってことね。別に操作系が悪い訳じゃないのよ。確かに攻守共にバランスが取れているのは強化系なんだけれども。強化系は、回復力も他の系統と比べて段違いだしね。操作系は、その性質上どうしても――」

 

「どうしても?」

 

「オーラを操る練度が大事になってくるわさ」

 

 ああ、なるほど、と思う。練度か。練度ね。そりゃ大事だろう。オーラの緻密な扱いなど今の俺には到底出来ない事ではあるが。

 

「その上、操作系は他の系統と比べて不利な点があるの。――まあ、これは具現化系も同じなんだけど」

 

 なんと、まだあるのか。

 

「この六角形で隣り合う同士の念系統とは相性がいい――つまりは、隣り合う系統の念を習得しやすいんだわさ。ところが、操作系も具現化系も共通して隣り合う系統があるでしょ」

 

「――特質系、ですね」

 

「そう。特質系ってのはその名の通り、先天的に持っている遺伝的な要素とか特殊な生い立ちなんかで派生するものなの。その特異性から、特質系は努力で習得できるようなもんじゃないわさ。だから、操作系の念能力者は大概が放出系寄りの操作系になるわね」

 

 つまり、俺は操作系である時点で、片腕をもがれたような状態ということか。どんだけ俺は念の神様に嫌われているんだろうか。自分の系統はオーラを操る練度が肝になり、相性のいい系統が実質1系統だけ、とは。

 

「その代わり、具現化系も操作系も後天的に特質系になることもあるわさ」

 

 落ち込む俺に、慰めるようにビスケお嬢さんは一言付け加えた。でも、その目が語っている。『操作系が特質系を派生する確率は極めて低い』のだと。

 

「どっちにしろ、オーラを操る練度はどの系統でも基本であり肝であるわけだから特訓あるのみだわさ。――ところで、あんたは今後どうするつもり?」

 

「実はハンター試験を受けたいと思っています」

 

 俺は胸を張って答えた。ビスケお嬢さんの顔が少し優しくなったような気がする。

 

「へえ……。安全パイ思考のあんたがねえ……。で、ハンターになれたとしたらどんな仕事をしたいワケ?」

 

「もちろん、協専ハンターになって安全かつ安定した収入を得たいと思っています!」

 

 ビスケお嬢さんは組んでいた腕を力なく降ろすと、「聞くんじゃなかったわさ……」と静かに首を振った。俺はこの日のビスケさんの生ぬるい視線をある忠告と共に忘れないだろう。曰く、「念能力者である以上、ハンターである以上、厄介ごとなんてあちらさんからやって来るわさ」と。

 

 ビスケお嬢さんとお別れをした2日後、その厄介ごとはやって来る。

 俺が呆然として手にしていたのはハンター協会からの請求書だった。そこには見たこともない桁数の額が載っていた。並んだ0の数に驚愕する。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん……。

 

「3千万Jだとぉっ!!!!」

 

 俺の手の中で小さな紙切れがぶるぶると震える。俺の人生がつんだ瞬間だった。




でも3千万Jはお安いと思う。
(きっとビスケさんの口利きがあった筈)

次話でイルミ兄さん少し出ます。

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