スワルダニシティーはヨルビアン大陸の南東に位置し、バルサ諸島を望む比較的歴史の浅い都市である。元はスワルと呼ばれる片田舎の地方都市に過ぎなかったが、100年程前、近海に油田が発見されたことで民間の資本が流入し飛躍的に発展した。
ハンター協会本部が移転したのもちょうどこの頃だ。民間資本の中でもハンター協会は潤沢な資金を有しており、また協会も惜しみなく投資した。瞬く間にスワルは近代都市としての形態を整え、スワルダニシティーとして現在に至る。
気候は緯度の割に比較的温暖だが、冬は当たり前に氷点下となる。その代わり夏は気温も湿度も低く大変過ごしやすい。
そして、今は夏。
「やっぱり、夏のスワルはいいわね」
私用艇から降りて、チードルはハンター協会本部ビルを見上げた。まだ明けきらない薄い空をバックに、ビル壁面に刻まれた協会の紋章が浮かび上がる。
ここに来たのはもう半年も前。研究の実績と報告のために訪れて以来か。研究に没頭してしまうと寝食や時間の経過を忘れてしまうというのが最大の要因ではあるが、何より
チードルは頭をひとつ振ると、後方の広場を見遣る。ハンター協会に程近い協会専用の離着陸場には、続々と飛行艇が降りたってくる。その数は自分の乗ってきた飛行艇を加えて10を越えた。
異様な光景である。飛行艇から降りてくるのは全て星持ちのハンター。皆、忙しく世界を飛び回っている者ばかりだ。突然の呼び出しにも関わらず、自分も含めこれだけの人数が集まったのだ。やはり異常な事態と言えた。
「よお、相変わらずツンとしてんな」
「なによ、それ」
チードルは苦笑で返す。声を掛けて来たのはカンザイだ。姿勢と目つきの悪い男が片手を上げて挨拶する。反パリストンの急先鋒と目されているが、チードルから見るとカンザイは単に毛嫌いしている人間への不満を垂れ流しているに過ぎない。そこには思惑も画策もない。パリストンから見れば、脅威ではないだろう。――だが、今回はカンザイは脅威たり得る。
「貴方は来ると思っていたわ」
私の言葉にカンザイは怒ったように「けっ」と言う。やや背中を丸めた姿勢と相まって、威嚇するネコ科の動物そのものだ。
「たりめーだろが。今日はパリストンの公開処刑の日だって話だろ? あいつがボコボコにされるのを見れるってんなら、嫁が出産中だって俺は来るぜ」
世の経産婦全てを敵に回す発言だ。
「――『処刑』じゃなくて『査問会』よ。それにまだ罪に問われた訳じゃないわ。言葉は正確にね」
カンザイは面倒そうな顔をした。それから頭をぼりぼりと掻き毟ると「女ってわっかんねーな」と呟く。
「お前さー……」
「何?」
「俺はあいつが大っきれーだけど、お前だってそうだろ?」
ええ、そうね。苦手だわ。嫌いといってもいいほどには。けどね、それをあからさまにするのは子どものする事ですもの。……まあ、包み隠さない貴方を少し羨ましくは思うけれど。
私はさも心外そうな顔を作って「あら、誤解よ」と言って笑う。カンザイは半眼で私を見てから「やっぱわっかんねーわ」とつまらなさそうに呟き、協会本部のエントランスへ消えていった。
星持ちのハンター全員に招集が掛かったのは昨日。パリストン・ヒルへの査問会が翌朝開かれるという通達だった。いや、正確に言うとパリストン・ヒルの査問会を開くために星持ちのハンターに招集が掛かったのだ。
査問会を開くには様々な制約がある。その中のひとつが、星持ちのハンター5名以上の参加だ。これは査問に掛けられる者の罪を判定するため、査問委員が必要だからだ。査問委員の条件は、「星持ちであること」となっている。広場に停まる飛行艇の数を見る限り、査問会は問題なく開かれるだろう。
私は再び協会本部ビルを見上げてから、正面エントランスへ歩を進めたのだった。
――――――
「じゃあ、始めるとするかの」
ネテロ会長の短い言葉で、ハンター協会設立以来初となる査問会は始まった。会場は、星を叙される際にも使われる最上階の広間である。一枚織りのペルシア絨毯が敷かれ、高い天井にはクラシカルな照明が光る。こぢんまりとした立食パーティーくらいなら十分な広さを持った空間に、今日は木製の机と椅子が持ち込まれていた。
席次は、一般的な裁判の形式を真似ているらしい。所謂被告人席にはパリストン・ヒルが座し、発言台を挟んでジン・フリークスが対峙する。発言台正面の一段高い場所にネテロ会長の席があり、左右に私たち星持ちのハンター――つまりは、査問委員が半円状に座る。集まった査問委員は総勢11名。発言台から見て、左側にはサッチョウ、ミザイストム、サイユウ、ボトバイ、ゲル、テラデインが。右側にはリンネ、ビスケット、私、カンザイ、クルックの順となる。
昨日の今日で、本当に良く集まったものだ。……もしも集まらなかったのならどうするつもりだったのだろう。
チードルはちらりとジン・フリークスを盗み見た。自分が楽しむことを最優先にする
「まずは、査問会についての説明をさせて頂きます。お手元の資料をご覧下さい」
査問会の書記でもあるビーンズが、A4サイズの紙を確認しながら立ち上がる。両面刷りの薄っぺらい資料だ。
「査問会の記述は先々代のハンター協会会長にまで遡ります。お配りしていますのは、当時の協会幹部によって規定された規約文です。本会が開催されるにあたり、皆さんは既にご確認済みとは思いますが――改めてボクから説明させて頂きます」
皆が頷く中、カンザイの「へえ、規約文ねえ」という呟きは当然のように無視された。
「ひとつ、査問会申請には申請者の星ひとつを以て対価となす。ひとつ、査問委員5名以上の出席を以て会の成立とする。ひとつ、査問委員とは、星を有するハンターを指す。ひとつ、会は申請者と被査問者との質疑応答を以て構成される。ひとつ、判定は査問委員の多数決とする。ひとつ、多数決の結果、申請者に義ありと判するとき被査定者のハンター証は回収となる。ひとつ、被査定者に義ありと判するとき申請者は被査定者の換金可能財産を倍する金銭を以て賠償とする」
「つまり、この査問会を開くにあたり、ジン・フリークス氏のダブルだった星はシングルになっているという訳ですな」
テラデインの言葉にビーンズが頷く。
「ええ、その通りです。申請が受理されて後、ジン・フリークス氏の星はひとつ取り消され、現在はシングルとなっています」
「でもって、パリストンが有罪なら、こいつはライセンスを失うって事でOK?」
クルックが頬杖をつきながらパリストンを指さす。指された男は、相変わらず嘘くさい笑顔でクルックの視線を受け止めた。
「ええ、その解釈で間違いないと思います。ライセンスが取得できるのは、一生に一度だけですし紛失しても再発行はされません。回収された場合も同様に考えられます。つまり、今回の査問会では査問委員6名以上の賛同により、パリストン・ヒル氏のライセンスは失われることになります――以上を踏まえた上で……」
「ボクへの質疑応答の前に、ちょっといいですか?」
パリストン・ヒルが片手を上げて発言する。ああ、ほら来た。査問会開始直後、必ずこの男は発言すると思っていた。内容は、恐らく判決の根幹に関わることだろう。
「今回の査問会に対して提言をしたいと思います」
「ああ?!」
声を荒げたのはカンザイだ。
「てめーはただ質問されたことに応えてろ。自分から発言してんじゃねーぞ」
「それは誰が決めたんですか?」
「ああっ!? 誰がって、そりゃ……誰だ?」
言葉に詰まるカンザイに、右隣のビスケットが「馬鹿だわさ……」と眉間を押さえる。パリストンはすかさず「ほら、皆さんご覧の通りです」と大袈裟な身振りで両手を広げた。
「今回の査問会は、ハンター協会史上初の出来事です。規定も詳細とはいえません。前例がない以上、今日が今後のひな形となるでしょう。とするならば、きちんと決めるべきことは決めておきませんか」
「とか言って、お前が自分の好きなように決めたいだけだろうが!」
カンザイの言葉に、パリストンは、はははと笑う。白々しいほどの爽やかな笑顔に、場の温度が確実に一度下がった。
「では、どうでしょう。ここはミザイストムさんに決めて頂きましょうか。職業柄、裁判にはお詳しいでしょうし、何よりミザイストムさんなら『公平』です」
指名されたミザイストムは3秒ばかりの沈黙の後、指を組み直して口を開く。
「査問会が開かれてから査問会の詳細を決めるなど、愚の骨頂だとは思うが……パリストンの言うとおりだ。規約からは、『質疑応答の後、査問委員が多数決による判定を行う』という大まかな部分しか読み取れない。だが、ここで決めてしまうというのもどうだろう。詳細な規約は改めて詰めるべきだ。この査問会が終了するまでの暫定とさせて貰えるなら提案させて貰うが?」
「ミザイの提案なら俺は構わない。規約が整っていなかったから、今回の査問会は無効にしろと、後でガチャガチャ言う奴がいるかもしれないからな」
サイユウの言葉に幾人かが頷き、幾人かは渋面を作った。その内のひとり、リンネが口を開く。
「……確かに規定は大事なことじゃろうて。だけどねぇ……あんまり詳細すぎる規約文を提案されても、この場にいる全員がそれを把握できるんかえ?」
リンネは溜息をついた。基本リンネは中立の立場ではあるものの、熱量の全てをグルメハントに費やしている。興味のない事は二の次どころか三の次だ。そして、それは星持ちのハンターの多くに共通する。
「査問委員である皆さんが事細かく把握される必要はありませんよ。その判断は専門家であるミザイストムさんがされるでしょうし、第一今から規定をいちから作成するのはナンセンスです。既存のものを流用すればいいんですよ。そうですよね、ミザイストムさん」
パリストンは会場を見回してから、誰も発言しないことを確認し、今度はミザイストムに笑顔を向けた。
「……そうするつもりだ」
「では、ミザイストムさんは、どちらの法に則ったものに?」
「ねぇ……ちょっと待って」
チードルは思わず制止の声を上げた。パリストンがこの場を支配していることにどうにも不安を感じる。ミザイストムに提案させると言ってはいるが、彼の言動を予測して場を誘導しているのはパリストンだ。
このままなし崩しに提言を受け入れると、きっと酷い事が起きる。それが何かは分からないが、そんな気がする。
「ここは公機関じゃないわ。民間団体なのよ。今回は、その民間団体の査問会よね。査問会自体に法的な拘束力があるわけじゃなし、そこまで拘る必要があるかしら。例えここでライセンスを失うことがあったとしても、それは法的に罪に問われた訳じゃないわ。ただ資格を失うだけでしょう?」
「ただ、資格を失う……ですか? 本気でそう思っていらっしゃるなら、僕はチードルさんの正気を疑いますね。確かにハンター協会は民間団体ですが、国と言っても差し支えない程の権限があるのですよ。国際ライセンスであるプロハンター証の価値は、貴女にとってその程度のものですか? もしも僕がライセンスを失えば、僕の信用は地に墜ちる。社会的に抹殺されると言ってもいいでしょう。――何より査問会の規定がお粗末なものであるならば、ハンター協会の信用問題にもなりませんか?」
チードルは唇を噛んだ。明らかに分が悪い。自分が言い出した事は単なる足掻きだと分かっていただけに、論破されるのは予想できた。この流れを止めることはできそうもない。
なぜなら、パリストンの提案は、至極尤もで『まとも』なのだ。この提案を否定する方がどうかしている。
「ふむ。他に意見がないようなら、ミザイストムの提案を聞こうかの」
ネテロ会長の言葉でパリストンの作った流れは決定づけられる。結局、査問会はミザイストムにより、国際法に則って進められる事となった。
パリストンは、先程までの雄弁が嘘のように静かに被告席に坐している。――
――どうするつもりなの、ジン。
一堂に会してから一言も発言しないジンをチードルは睨み付けた。余計な事だったかもしれないが、一応ジンの援護射撃のつもりで先程発言したのだ。
ハンター協会のあるスワルダニシティーって何処にあるんでしょうね……。
何度原作を読んでも分からないんですが。
スワルダニシティーの変遷は、いつも通り丸っと捏造しました。