そして世界は華ひらく   作:中嶋リョク

26 / 31
短めです。


[22]査問会_ミルキ・ゾルディックの場合

「終わるまで此処で待ってたら?」

 

 姿見で着物の襟を直していた手を止める。鏡面には袴姿の自分と、黒いスーツに身を包んだイルミ兄さまが映っていた。今回私は、査問会に証人喚問される父と兄に無理を言って付いて来ている。

 

 相変わらずの無表情だが、心配そうにこちらを窺う。いや、これは怒っている方かもしれない。私は少しだけ笑って、首を横に振った。耳の横で黒髪が短く揺れる。長いときの感覚が抜けきらないのか首回りが少し寂しい。

 鏡に映るジャポンの留袖は、白地に紫の菖蒲(あやめ)柄に、濃紫の袴。「仕事(殺し)の時は、ちゃんとした格好になさい」と母さまが用意したものだ。別に殴り込みに行くわけじゃないけれど、母さまの勘違いを訂正する気にもなれず、私は粛々と衣装を受け取り――現在に至る。

 

「ボクと父さんで十分だよ」

 

 鏡越しに、ソファーに座る父さまの後ろ姿をちらりと見る。イルミ兄さまの声は聞こえているだろうに、あくまで傍観を貫くようだ。事実、査問会に出席したいと申し出た時、父さまからは「好きにしろ」と言われている。あの時、イルミ兄さまが父さまの決定に珍しく反対してたっけ。

 

「これは、私の事でもあるから」

 

 ここは、ハンター協会にあるゲストルーム。私たちは査問会に出席する為に控えていた。もう会場には私たち以外が揃っているだろう。後は呼び出されるのを待つばかりだ。

 

「嫌な思いをするかもしれない」

 

「……うん。わがまま言って、ごめんなさい」

 

 相手はあのパリストン・ヒルだ。きっと愉快にはなり得ない。彼に会ったことはないが、私には原作の知識がある。確か、会長選挙編に登場する一筋縄ではいかない人物だったと記憶する。実際に対面したことのある兄さまが、かなり警戒している事からもそれは察せられた。

 

 それでも。私はこの事件の結末をこの目で見たい。この先の未来を生きるため、ミルキ・ゾルディックとしてのこれからのためにはどうしても必要だと思えた。

 

 扉がノックされる。協会職員の迎えだろう。

 

「時間だ」

 

 父さまが立ち上がる。

 

 それが、長い一日の始まりの合図だった。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

「証人として、パドキア共和国からゾルディック家当主に来て貰った」

 

 ジンさんの言葉と共に会場に入ると、一斉に視線を浴びる。プロハンター達にとって暗殺稼業をしているゾルディック家はあまりにも有名だ。とはいえ、こうして目にする機会はほとんど無いからだろう。査問委員席からは、「あれがゾルディックか」という囁きと、値踏みするような不躾な視線が寄越された。

 

 別に私たちは顔を隠して生活している訳ではない。父さまは実業家として社交の場に出るし、兄さまも当主代理として出向することもある。ただ、積極的に公表しているかというとそんな筈もなく、日ごろはククルーマウンテンの屋敷に籠っている。侵入者に対してはミケや執事達が対応するし、暗殺依頼があっても依頼人と直接会うことはない。結果、『誰も顔を知らない伝説の暗殺一家』が出来上がった訳だ。

 

 査問委員席を眺めると、ちらほらと見覚えのある顔があった。勿論、前世の知識と照らし合わせた上での『見覚え』だ。一段高い所にいるのは、ネテロ会長だろう。錚々(そうそう)たる面々の中に、ビスケット・クルーガーの存在を認める。見た目は実に可憐な少女だが、実態は外見と内面が凄まじくかい離している人物だ。GI編では57歳だったから、今は40代後半の筈だった。彼女が父さまに釘付けになっているのを見て、ミルキは内心で苦笑する。

 

 それから。

 

 ――あの人が、パリストン・ヒル。

 

 ジンさんと向かい合う形で坐している男を見る。仕立てのいいスーツに身を包んだ好青年然とした人物だ。一見すると物腰柔らかで知的な印象を受ける。彼の視線は入室直後父さまから兄さまに移り、最後に私に止まった。一瞬ぎくりと固まった私を見て、パリストンは僅かに目を眇めて口角を上げる。

 

「当主であるシルバ・ゾルディック、その隣が長子のイルミ、そして第2子のミルキだ」

 

 ジンさんの紹介に合わせ、私はゆっくりと腰を折ってから着席した。ジンさんは砂漠の民を彷彿とさせるいつもの格好だ。変わらない様子にほっとする。査問会の準備に忙しかったせいか、意識を取り戻して以来ジンさんとはまともに顔を合わせていなかった。

 

 ミザイストムが口を開く。

 

「証人には、査問会が国際法に準じて進められることを承知しておいて欲しい。つまり、虚偽の発言は偽証罪になるし、犯罪行為があった場合は逮捕の対象になる」

 

「承知した」

 

 父さまは鷹揚に頷く。ジンさんは手元の資料を協会職員に手渡した。

 

「査問委員には、ビーンズが今配っている資料を見て貰いたい。これは、パドキア共和国モローク地区カサブランで起こった幼児連続誘拐事件の公式記録を纏めたものだ。被害者は6名で、そのうち4名が拷問の末死んでいる」

 

「……胸糞悪ぃ事件だな。でも、査問会とは関係ねーぜ?」

 

 査問委員のひとり――あれは確かカンザイだ。

 

「まあ、待て。犯人の名前はジョセ・ヴァーシ。1969年10月31日生まれ、274期のプロハンターだ。奴はゾルディック家の執事見習いだった」

 

 会場がざわめく。ここでゾルディックの名前が出てくるとは思わなかったんだろう。私を拐った男の名前に少し手が震えたが、イルミ兄さまが手を握ってくれた。落ち着きを取り戻す。

 

「資料によると、誘拐されたのは5名よ。ジンの説明だとひとり多い」

 

 指摘したのは、検死官でもあるポイズンハンターのゲル。黒いドレスに身を包んだ黒髪ロングの女性は、特徴的な爬虫類の目をジンさんに向ける。ミルキは前世云々とは関係なく、彼女のことを知識として知っていた。ゾルディックでも毒を日常的に扱うことから、毒関係の知識は幼い頃から叩き込まれる。新種の毒を数十種も発見している彼女のことは、おそらく父さまも兄さまも知っているだろう。発見される度、家族が囲む食卓には彼女の毒が追加された。

 

「その通りだ。公式記録では被害者は5名ってことになっているが、実はもうひとりいた」

 

「公式記録からは削除された人物……一体誰かね」

 

 テラデインの言葉を受けて、ジンさんが私に視線を寄越す。私は小さく頷いた。ジンさんの気遣いは嬉しいが、今更だ。代わりに兄さまの手をぎゅっと握り返す。

 

「あそこにいるゾルディック家の長女、ミルキ・ゾルディック。彼女がジョセ・ヴァーシに拐われた最初の被害者だ」

 

 会場は水を打ったようにしんとした。静寂は次の瞬間怒号に変わる。

 

「おいおい……」

「ちょっと待て。此処に被害者を連れて来たのか?!」

「あんた、馬鹿なの?!」

「あったま痛いわ」

「信じられない」

「こんな所に子どもを巻き込むとは」

「デリカシーのない男ね」

「だから親権で負けるんだよ」

 

 ジンさんが散々な言われようだ。丸めた紙やゴミまで飛んできている。これは、ちょっと予想していなかった。そう言えばジンさんも、パリストン・ヒルとは違った方向性で十二支んの中でかなり嫌われていたっけ。完全に失念していた。でも――そうか、と思う。彼らにとって私は庇護されるべき『子ども』なのか。これが一般的な反応らしい。生まれた時からゾルディック家で育っていたからか、そういった感覚に鈍くなっていた。でもどうしよう。これではジンさんが人でなし扱いになってしまう。私が無理を言って出席させて貰っているのに。

 

「――んなこたぁ分かってるよ。それについては言い訳しねー」

 

 ジンさんががりがりと頭髪を掻く。

 

「執事見習いだったジョセ・ヴァーシが一方的にミルキに懸想して誘拐した。俺は、被害者のうちのひとり、レジーナ・ココの母親と知己でな。母親に頼まれて俺は犯人を追った。奴の潜伏先でミルキを見つけて保護したのが発端だ」

 

 ジンさんは父さまに身体を向けた。

 

「ゾルディック当主、ここまで間違いはないか?」

 

「間違いない」

 

 短い答えに、ひとつ頷くとジンさんは話を進める。

 

「ここで、5年前のアナスタシア家襲撃事件を思い出して欲しい」

 

「アナスタシア……? ああ、マフィアの抗争事件だね」

 

 サッチョウの指摘に、査問委員の何人かは思い出したらしい。その他の顔には、クエスチョンマークが浮かんでいる。活動拠点の大陸が違えば、事件そのものを知らない者がいても無理はない。

 

「分からないねえ。教えてくれるかい?」

 

 リンネが代表して発言する。

 

「アナスタシアを覚えていなくても、殺人請負機関(マーダーインク)なら聞いたことがないか? アナスタシア家は複数の殺し屋を部下に抱える殺し専門のマフィアだった。だが5年前に何者かの襲撃を受け壊滅している。メディアも警察もマフィア同士の抗争だと報じたが、実際は違う。――ゾルディック当主」

 

「5年前、アナスタシア家の暗殺依頼を受け、我々ゾルディックが襲撃した。実働部隊は俺と、隣のイルミ。それから父であるゼノだ」

 

 シルバの言葉に査問委員の面々が唖然とする。堂々と犯罪行為を認めているのだ。

 

「おいおい、いいのかよ。ここにいるサイユウは賞金首ハンターだぜ?」

 

「事実だから仕方ない。虚偽の発言は偽証罪に問われるのだろう? 我々の稼業は知ってのとおりだ。俺や親父は勿論、イルミも既にブラックリストに載っている。捕まえたければ捕まえたらいい。尤も、こちらも大人しく従うつもりもないが」

 

 父さまは事もなげに言う。質問してきたカンザイは、呵呵大笑して「だってよ。こりゃあ、やり甲斐があるじゃねえか、なあサイユウ」と発破を掛ける。声を掛けられたサイユウは実に迷惑そうに顔を歪めた。

 

「話を戻すぞ。5年前、ゾルディック家に暗殺依頼を出した依頼主を調査した。当時アナスタ

シアと対立関係にあったマフィアが依頼したように偽装されていたが、依頼主はある非営利団体(NPO)だった。その非営利団体(NPO)は、ハンター協会の出損金(しゅつえんきん)で設立されていて、設立時の代表者はパリストンだ」

 

 ハンター協会の資金で非営利団体(NPO)を設立するまではいい。大きな民間企業では、社会貢献は寧ろ義務だ。ハンター協会ほどの民間団体ともなると、その活動は多岐に(わた)るだろう。

 

「パリストン。5年前にゾルディック家にアナスタシア家の暗殺依頼をしたのはお前だな」

 

「その通りです」

 

「そして、当時14歳だったアナスタシア家の嫡男を非営利団体(NPO)で保護している。名前はジョセ・アナスタシア。パドキア共和国で誘拐事件を起こしたジョセ・ヴァーシと同じ男だ」

 

「ええ、そうですね」

 

 会場にどよめきが上がる。対して渦中のパリストンは涼しい顔だ。どうしてこうも自信があるのだろうか。追い詰めているのはこちら側なのに。パリストンは、宥めるように両手を上げる。

 

「ただ、誤解はして欲しくないのですが、私的な目的で依頼した訳ではありません。ボクのモットーはハンター協会の繁栄と発展です。ひいては皆さんの利益を守ることです。当時アナスタシア家は、著しくハンター協会の利益を損ない得る危険分子でした。ボクは穏便に退場して頂いただけですよ。ハンター協会の名前を表に出すことなくね。事実、世間ではマフィア同士の抗争と判断された。よくある事でしょう?」

 

「危険分子? 何を言っている?」 

 

 ジンさんの質問にパリストンが笑う。が、目は全く笑っていない。彼は周囲を見回して勿体つけるように「それは勿論」と指を立てた。

 

「第2のハンター協会ですよ」

 

 

 




ジンは才能あふれる天才肌で、魅力的な人物である一方、
その身勝手さから迷惑をこうむっている人も多いですよね。
(一番の被害者はゴン)

査問会の面々からの反応(=怒号)はこんなものかなと。
ただ、11名のうち3名は沈黙を守っています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。